ep第39話← →ep第41話
********************
「おや、邪魔してしまいましたか?」
外の空気を吸うために、店のバルコニーへとつながる扉をあけた隼平は
そこで携帯片手にタバコを吸う大都芸能・速水真澄を見つけた。
「いえ、ちょうど済んだところです」
お気になさらず、と片手を軽く掲げそのままの流れでタバコをふかす。
「無事に撮影終了できてよかったです。」
北島はじめ、うちの所属俳優が大変お世話になりました、と
丁寧にあいさつされた隼平は、かえって恐縮する。
「こちらのほうこそ、主役の北島さんに迷惑ばかりかけて
年下なのに本当しっかりされていますね。」
隼平の言葉に、この世で初めての物に出会ったかのような
びっくりした顔を見せた速水は、これまたびっくりするほど
大きな声で笑い出した。
「・・・・・、失礼。よもや彼女をさして"しっかりした"という形容詞が
出てくるなど想定していなかったものでね・・・」
しばらくしてようやく笑いが収まったといった様子の速水は
すでに灰ばかりになったタバコを慌てて灰皿へと落とす。
「そうですか・・・、北島はしっかりしていましたか。」
「今回の作品は、僕にとってはいろいろと演技の事を考える
いいきっかけになったと思っています。
北島さんがいなかったら、ここまで真剣にカナデになろうなんて
考えなかったかもしれない。
北島さんがあんなに見事にミナトでいてくれたから、
僕も演技を超えたリアリティを追求できた気がします。」
思いがけず熱く語ってしまった隼平を、しかし速水は
笑い飛ばすこともなく温かなまなざしで軽くうなずきながら聞く。
確かに、こと演技のこととなるとまっすぐ立ち向かって
ちょっとやそっとのことでは動じないかもしれませんね・・・と
やや遠い目を見せたのが隼平には意外だった。
"鬼社長といったイメージとは少し違うな・・・"
10月から放送を開始した北島マヤ初主演ドラマ
『Letouch of Love』は、11月末に撮影を終了した。
視聴者からの反応もよく、高視聴率を維持している。
12月に入り、年末でいろいろと忙しさを増す業界、
今日は最終回を待たずに一足先の撮了打上パーティーが
催されている。
パーティーには北島マヤをはじめとする主要キャストをはじめ
プロデューサーや制作スタッフ、そして
速水のような事務所関係者も参加しているが、いずれの顔も明るい。
特に今日はストーリーの重要な転機となる回がオンエアされたばかり
とあり、巷では放送終了直後からドラマの感想にあふれていることも
皆の達成感を高めている。
「そういえば今日放送のシーン、先日速水社長が
陣中見舞いに来て下さった時に撮影した所でしたね。」
撮影は時に深夜に及ぶ。ちょうどその日は昼間の撮影が天候待ちで
延び、当初の予定から大幅にずれ込んでいた。
「あのキリキリと冷え切った夜の空気感が
映像にも、演技にも反映されたような気がします。」
その日最後のシーンはビルの屋上での深夜撮影となり、かなり寒い中
行われた。
特にマヤの役は幽霊、着ているものはかなり薄く
体に負担も大きかっただろう。
"幽霊は温度を感じない・感じさせない"
その一言で、まるで何ともないかのようにのびやかに
動き回っていたマヤの姿が思い出される。
「僕が速水社長から差し入れて頂いたケータリングのスープで
ぬくぬくとあったまっていた間、北島さんは屋上の寒空の下で
ずっとミナトになりきっていたんですよ・・・」
正直頭が下がります・・と、その時の事を思い出した隼平は
あらためてマヤの演技への真摯な向き合い方を畏敬した。
「・・・・ま、まあ、あの子は昔からそういう風に役作りをしてきてますから・・・」
なぜか慌てたように言葉を挟む速水の顔は心なしか赤い。
「最初は、あの紅天女と共演するなんてと緊張していたんです」
会場を見ると、なにやらマヤを中心に関係者が楽しそうに
盛り上がっている。
もうすこし、自分は席を外していても大丈夫そうだと
その場での会話を続けることにした。
速水のほうも、喧噪を離れて休憩が出来ると、新しいタバコを
取り出している。
「意外に普通の子で、驚いたでしょう」
「ええ・・・。正直最初は気づきませんでした。あまりに普通で・・って
すみません。」
「いえ、その通りですから。」
「でも、役作りで山にこもってたって聞いてびっくりしました。
そんなこと、よくあることだって・・・本当なんですか?」
「ああ・・・あれはね」
都会に置いておくのが危険だったからですよ、とこれまたイメージに
似つかわしくないにこやかな笑みを浮かべクックッと笑う。
「今回は幽霊の役だと、言ったとたんに街中をフラフラと歩いて・・・
車にひかれそうになっていたものでね。」
とりあえず車のない所に隔離しないと本当の幽霊になってしまうと
まるで当たり前のことを話すように語る速水の言葉に
隼平はふと、記憶の隅を刺激される気がした。
「・・・・・幽霊・・・・フラフラとって・・・あ、え、もしかして、あの時の・・」
そういえば少し前、ちょうど今回のドラマのオーディションを受けた直後に
街で見かけた、ちょっとおかしな動きをする女性の姿が
一気によみがえる。
浮足立ったかのようにフラフラと歩きながら吸い寄せられるように
車道へと寄っていくその姿が危なっかしくて、つかず離れず様子を
伺っていたのだ。
案の定その人は後ろからくるトラックにも気づく様子なく
今にもぶつかるその寸前で隼平が助けたあの女性こそ・・・・
"・・・・あれ、北島さんだったんだ・・・!"
想像もしていなかった偶然に驚くと共に、一所属女優のプライベートの
動向をそこまで管理している大都芸能社長にも驚かされる。
「なに、どうせそんなことだろうと部下に様子を見させていただけですよ」
こちらの心が読めるかのように、聞かれてもいない質問に速水が答える。
こんなに管理されてちゃ、プライベートも何もあったものじゃないな、と
他人事ながらマヤが不憫に思える。
「・・・・そりゃ映画や舞台を観るくらいしかできないな・・・」
「え?」
「い、いえ。。」
もしかしたら既に報告済なのかもしれないが、うかつに隼平の口から
マヤのプライベートの事を話すわけにはいかない。
「・・・・よく、芸の肥やしとかいいますが・・・・速水社長は、その
所属俳優が恋愛することをどう思っていらっしゃるんですか?」
嫌がられるかもしれないと思いつつ、大都芸能の速水とこうして話す機会は
今後そうないことだと、隼平は少し踏み込んでみた。
「たとえば・・・北島さんとか、今回は少し変則的ですけど
今後さらに恋愛をテーマにした作品に出ることも多いでしょうし、
今回ですら、演技と直接関係のない大学生役を身に付けるため
大学に通われたくらいです。」
極端な話だが、例えば今後人妻の役をやるとなったら試しに結婚してみる
くらいのことは言いかねない・・・、短い中でもマヤの演劇に関しての突拍子もない
思考回路は十分すぎるくらい理解している隼平は
話しながらだんだん本気で不安を感じ始めた。
「・・なるほど、そういう手段もありましたね」
「え?」
「いや・・・・。まあ、さすがに結婚はお試しできないでしょうが」
「僕は、北島さんなら恋愛や結婚のイメージが女優としてのキャリアにさほど
影響しない、そんな稀有な女優になれると思うのですが・・・」
軽く眉間にしわを寄せた速水に、さすがに踏み込みすぎたかと
この話題は切り上げようとしたが、
「・・・結婚はしなくても生きていけるが、演技ができなくなったら恐らく彼女は
生きていけないからね・・・。
私にできることは、彼女が最大限演劇につぎ込める環境を
作り出すこと、それだけです」
そう言って最後のタバコを吸いながら、夜空を見上げる速水の横顔に
隼平は総毛立つような冷気すら感じた。
"この人は、彼女にとって何が一番必要なのかを分かっている"
北島マヤという女優が演じることが出来る環境を阻害する要因が
あれば、きっとどんな手段を使ってでもそれを排除するのだろう。
たとえそれが、彼女の最愛の人であっても・・・・
この比とが本気になって動いたら、恐らく
たいていの事を覆すことができる、まさに一ひねりだ。
大都芸能の速水真澄という存在の恐ろしさを改めて痛感したその時、
吐くようにかすかな声で、速水が言葉を発した。
「まあ、彼女は結婚しているようなものですよ。」
演劇とね・・・・と言った顔は、少し切なそうにも感じて少し意外な気がした。
"この人の心の中は本当に読めない・・・・"
「これでも今日はよく見えるほうか・・・・」
唐突につぶやいた速水の視線につられて空を見上げた隼平は
そこにチラチラと輝くわずかばかりの星の姿を見つけた。
「星はお好きなんですか?」
「子供の頃はよくプラネタリウムに行っていた。大人になってからは
そんな機会も・・・・・・一度くらいか」
「そうですか」
「・・・やっぱり都会は明るすぎて見えないな。」
梅の里の星は本当に降るように輝いていてきれいだったが・・・と
独り言のように速水がつぶやく。
「それ!この前きたじま・・・」
以前ロケでマヤも同じことを言っていたと告げようとした隼平は
空を見上げる速水の表情に、言葉を飲んだ。
"本当に星が降ってくるかと思いました!!"
「星を見ていると、嫌な事を忘れられる。月があまり明るくないほうが見やすいが・・・
夜空に輝く月はすべてを包み込む力を持っているな・・・」
あの月は格別に美しかった・・・・
"空に輝くお月様、とってもきれいだったんですよ"
あの時、そう話したマヤの表情がよみがえる。
"ウソだろ・・・・まさか・・・"
ようやく二人の姿が見えないことに気付いたのか
スタッフたちがバルコニーに向かってしきりに手まねきをしている。
「そろそろ戻った方がよさそうですね」
そう言った速水の表情はうってかわっていつものあの
抜け目のない実業家のそれに戻っていた。
「は、速水社長っ!」
自分のこの予感を確かめたいのか分からないまま
とっさに隼平は前を行く背中に声をかけていた。
「どうして、今回のドラマに僕を選ばれたのですか?」
「・・・・・・・」
ポケットに片手を突っ込み、ゆっくりと隼平の方へ振り返った速水は
「あなたなら、絶対に北島と恋愛関係にならないと思ったからですよ」
「・・・・・え・・・?」
一瞬、射るように速水の本心がむき出しで向かってきた気がした。
「・・・ふ。やっとかえった大切な金の卵ですからね、わが社にとって」
その時にはもう、そつのないいつもの速水に戻っていた。
室内でなにやら速水に文句を言っているようなマヤの顔と
それを軽く受け流す速水の手慣れたあしらいの光景を前に
隼平は自分の脳裏に浮かんだ予感を消しきれずに呆然とたたずんでいた。
**
「慣れというものは恐ろしいものだな」
パーティーが終わり、帰りの車の中で器用に携帯をいじる
マヤの姿に、ついこの前までメールもままならなかったことが信じられない思いがする。
「大学生ならこれくらい朝飯前です!」
バカにされたとプリプリしながら、マヤが答える。
「といってもあいちゃんが教えてくれなかったら絶対できませんでしたけど・・・」
「あいちゃんというのは・・・・もしかして柊あいの事か?」
『Letouch of Love』撮影にあたって大学生体験をさせてもらったマヤが
通っていた大学は、実は以前ドラマで共演した柊あいの大学でもあった。
「あいちゃんがいなかったら、とても大学なんて通えなかった・・・」
そういうと短い期間ながら同級生としてすごしたキャンパスの思い出を
楽しそうに語る。
「彼女とは今もよく連絡を取っているのか?」
「はい!なんといってもコレですから!!」
じゃーん、と得意げに携帯の画面をみせると、そこには
最新のメッセージツールが表示されていた。
「・・・・・マヤ、柊君以外に自分の連絡先を教えたりしていないだろうな・・・・」
今の時代、どこからどんな情報が漏れるか分からない。
ましてやこういうことに疎いマヤが生半可な知識でもし万が一のことがあったら
ゆゆしき問題だ、と真澄は心の中で頭を抱えた。
「はい、交換したいって言われましたけど、あいちゃんが全部断ってくれました。」
「・・・・なるほど。」
危機管理という言葉など辞書に載っていない
(そもそも辞書すら搭載されているかあやしい)この女優とは違い
柊は芸能人としてのまともな感覚を持っているようだと少しホッとする。
"しかしそれはそれで新たな問題か・・・・・"
「マヤ、柊君と連絡を取るのは構わないが、あまりプライベートで
会うのはしばらくよしたほうがいい」
「え?どうして?」
「連絡を取り合うなと言っているんじゃない、外で会うのはしばらく
やめておけと言っているんだ」
「・・・・理由も分からず聞けません!そういうなら理由を教えて下さい。」
「これは、所属事務所社長としての命令だ」
「・・・・・・イヤです。」
「なんだ?その様子からすると既に会う約束でもしているのか?」
どこで?誰と?
矢継ぎ早の真澄の問いかけに狭い車中で追い詰められるマヤ
「き、決まってません、な、何も。ただそんな頭ごなしに否定されるのは
納得がいかないだけです!!」
この真澄の様子だと、もしかしたら柊の事務所に圧力すらかけかねない。
一体柊あいと交流することが何の問題があるのか、と納得がいかないマヤ
だったが、真澄のただならぬ威圧感にとりあえずうなずく事しかできなかった。
「・・・・と、とりあえずそんなことになったら速水さんに報告しますから!」
「連絡が来たらすぐにだぞ。事後報告でごまかすなよ」
「・・・はい!!分かりました!!!」
その瞬間、握りしめていたマヤの携帯にメッセージが届いた。
アプリを立ち上げたままだった携帯は音もなくそのメッセージを表示する。
幸い真澄に画面は見えていない。
"マヤさん!例の話決まりました!
予定通り、今度の水曜日でお願いします!!楽しみ~~~//"
車内の険悪な雰囲気など知らない柊あいのスタンプがにこやかに手を振っている。
ep第39話← →ep第41話
*支線エピ ep第40.01話
~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
おさらい
由比隼平(ゆい・じゅんぺい)27歳
劇団「新KIZOKU」所属の舞台俳優
現在放送中のドラマ『Letouh of Love』で共演
柊あい(ひいらぎ・あい) 19歳
朝ドラ主演でブレイクした若手最有望株
昨年ドラマ『ひと夏のままで』でマヤと共演
現在マヤは22歳です。
マヤとの恋愛も順調で、なんだかおっさんくさく落ち着いてしまっている
真澄さんを、そろそろばたつかせたい衝動です。
「なに!?」って慌ててマヤを追っかけるあの情熱よもう一度。
どうして北島マヤの事となるとそんなに取り乱されるのですか?
そんなあなたに、私は会いたい・・・・。
あと、亜弓さんのことも気になっています。
書けるときに書かなくちゃね。
~~~~~
********************
「おや、邪魔してしまいましたか?」
外の空気を吸うために、店のバルコニーへとつながる扉をあけた隼平は
そこで携帯片手にタバコを吸う大都芸能・速水真澄を見つけた。
「いえ、ちょうど済んだところです」
お気になさらず、と片手を軽く掲げそのままの流れでタバコをふかす。
「無事に撮影終了できてよかったです。」
北島はじめ、うちの所属俳優が大変お世話になりました、と
丁寧にあいさつされた隼平は、かえって恐縮する。
「こちらのほうこそ、主役の北島さんに迷惑ばかりかけて
年下なのに本当しっかりされていますね。」
隼平の言葉に、この世で初めての物に出会ったかのような
びっくりした顔を見せた速水は、これまたびっくりするほど
大きな声で笑い出した。
「・・・・・、失礼。よもや彼女をさして"しっかりした"という形容詞が
出てくるなど想定していなかったものでね・・・」
しばらくしてようやく笑いが収まったといった様子の速水は
すでに灰ばかりになったタバコを慌てて灰皿へと落とす。
「そうですか・・・、北島はしっかりしていましたか。」
「今回の作品は、僕にとってはいろいろと演技の事を考える
いいきっかけになったと思っています。
北島さんがいなかったら、ここまで真剣にカナデになろうなんて
考えなかったかもしれない。
北島さんがあんなに見事にミナトでいてくれたから、
僕も演技を超えたリアリティを追求できた気がします。」
思いがけず熱く語ってしまった隼平を、しかし速水は
笑い飛ばすこともなく温かなまなざしで軽くうなずきながら聞く。
確かに、こと演技のこととなるとまっすぐ立ち向かって
ちょっとやそっとのことでは動じないかもしれませんね・・・と
やや遠い目を見せたのが隼平には意外だった。
"鬼社長といったイメージとは少し違うな・・・"
10月から放送を開始した北島マヤ初主演ドラマ
『Letouch of Love』は、11月末に撮影を終了した。
視聴者からの反応もよく、高視聴率を維持している。
12月に入り、年末でいろいろと忙しさを増す業界、
今日は最終回を待たずに一足先の撮了打上パーティーが
催されている。
パーティーには北島マヤをはじめとする主要キャストをはじめ
プロデューサーや制作スタッフ、そして
速水のような事務所関係者も参加しているが、いずれの顔も明るい。
特に今日はストーリーの重要な転機となる回がオンエアされたばかり
とあり、巷では放送終了直後からドラマの感想にあふれていることも
皆の達成感を高めている。
「そういえば今日放送のシーン、先日速水社長が
陣中見舞いに来て下さった時に撮影した所でしたね。」
撮影は時に深夜に及ぶ。ちょうどその日は昼間の撮影が天候待ちで
延び、当初の予定から大幅にずれ込んでいた。
「あのキリキリと冷え切った夜の空気感が
映像にも、演技にも反映されたような気がします。」
その日最後のシーンはビルの屋上での深夜撮影となり、かなり寒い中
行われた。
特にマヤの役は幽霊、着ているものはかなり薄く
体に負担も大きかっただろう。
"幽霊は温度を感じない・感じさせない"
その一言で、まるで何ともないかのようにのびやかに
動き回っていたマヤの姿が思い出される。
「僕が速水社長から差し入れて頂いたケータリングのスープで
ぬくぬくとあったまっていた間、北島さんは屋上の寒空の下で
ずっとミナトになりきっていたんですよ・・・」
正直頭が下がります・・と、その時の事を思い出した隼平は
あらためてマヤの演技への真摯な向き合い方を畏敬した。
「・・・・ま、まあ、あの子は昔からそういう風に役作りをしてきてますから・・・」
なぜか慌てたように言葉を挟む速水の顔は心なしか赤い。
「最初は、あの紅天女と共演するなんてと緊張していたんです」
会場を見ると、なにやらマヤを中心に関係者が楽しそうに
盛り上がっている。
もうすこし、自分は席を外していても大丈夫そうだと
その場での会話を続けることにした。
速水のほうも、喧噪を離れて休憩が出来ると、新しいタバコを
取り出している。
「意外に普通の子で、驚いたでしょう」
「ええ・・・。正直最初は気づきませんでした。あまりに普通で・・って
すみません。」
「いえ、その通りですから。」
「でも、役作りで山にこもってたって聞いてびっくりしました。
そんなこと、よくあることだって・・・本当なんですか?」
「ああ・・・あれはね」
都会に置いておくのが危険だったからですよ、とこれまたイメージに
似つかわしくないにこやかな笑みを浮かべクックッと笑う。
「今回は幽霊の役だと、言ったとたんに街中をフラフラと歩いて・・・
車にひかれそうになっていたものでね。」
とりあえず車のない所に隔離しないと本当の幽霊になってしまうと
まるで当たり前のことを話すように語る速水の言葉に
隼平はふと、記憶の隅を刺激される気がした。
「・・・・・幽霊・・・・フラフラとって・・・あ、え、もしかして、あの時の・・」
そういえば少し前、ちょうど今回のドラマのオーディションを受けた直後に
街で見かけた、ちょっとおかしな動きをする女性の姿が
一気によみがえる。
浮足立ったかのようにフラフラと歩きながら吸い寄せられるように
車道へと寄っていくその姿が危なっかしくて、つかず離れず様子を
伺っていたのだ。
案の定その人は後ろからくるトラックにも気づく様子なく
今にもぶつかるその寸前で隼平が助けたあの女性こそ・・・・
"・・・・あれ、北島さんだったんだ・・・!"
想像もしていなかった偶然に驚くと共に、一所属女優のプライベートの
動向をそこまで管理している大都芸能社長にも驚かされる。
「なに、どうせそんなことだろうと部下に様子を見させていただけですよ」
こちらの心が読めるかのように、聞かれてもいない質問に速水が答える。
こんなに管理されてちゃ、プライベートも何もあったものじゃないな、と
他人事ながらマヤが不憫に思える。
「・・・・そりゃ映画や舞台を観るくらいしかできないな・・・」
「え?」
「い、いえ。。」
もしかしたら既に報告済なのかもしれないが、うかつに隼平の口から
マヤのプライベートの事を話すわけにはいかない。
「・・・・よく、芸の肥やしとかいいますが・・・・速水社長は、その
所属俳優が恋愛することをどう思っていらっしゃるんですか?」
嫌がられるかもしれないと思いつつ、大都芸能の速水とこうして話す機会は
今後そうないことだと、隼平は少し踏み込んでみた。
「たとえば・・・北島さんとか、今回は少し変則的ですけど
今後さらに恋愛をテーマにした作品に出ることも多いでしょうし、
今回ですら、演技と直接関係のない大学生役を身に付けるため
大学に通われたくらいです。」
極端な話だが、例えば今後人妻の役をやるとなったら試しに結婚してみる
くらいのことは言いかねない・・・、短い中でもマヤの演劇に関しての突拍子もない
思考回路は十分すぎるくらい理解している隼平は
話しながらだんだん本気で不安を感じ始めた。
「・・なるほど、そういう手段もありましたね」
「え?」
「いや・・・・。まあ、さすがに結婚はお試しできないでしょうが」
「僕は、北島さんなら恋愛や結婚のイメージが女優としてのキャリアにさほど
影響しない、そんな稀有な女優になれると思うのですが・・・」
軽く眉間にしわを寄せた速水に、さすがに踏み込みすぎたかと
この話題は切り上げようとしたが、
「・・・結婚はしなくても生きていけるが、演技ができなくなったら恐らく彼女は
生きていけないからね・・・。
私にできることは、彼女が最大限演劇につぎ込める環境を
作り出すこと、それだけです」
そう言って最後のタバコを吸いながら、夜空を見上げる速水の横顔に
隼平は総毛立つような冷気すら感じた。
"この人は、彼女にとって何が一番必要なのかを分かっている"
北島マヤという女優が演じることが出来る環境を阻害する要因が
あれば、きっとどんな手段を使ってでもそれを排除するのだろう。
たとえそれが、彼女の最愛の人であっても・・・・
この比とが本気になって動いたら、恐らく
たいていの事を覆すことができる、まさに一ひねりだ。
大都芸能の速水真澄という存在の恐ろしさを改めて痛感したその時、
吐くようにかすかな声で、速水が言葉を発した。
「まあ、彼女は結婚しているようなものですよ。」
演劇とね・・・・と言った顔は、少し切なそうにも感じて少し意外な気がした。
"この人の心の中は本当に読めない・・・・"
「これでも今日はよく見えるほうか・・・・」
唐突につぶやいた速水の視線につられて空を見上げた隼平は
そこにチラチラと輝くわずかばかりの星の姿を見つけた。
「星はお好きなんですか?」
「子供の頃はよくプラネタリウムに行っていた。大人になってからは
そんな機会も・・・・・・一度くらいか」
「そうですか」
「・・・やっぱり都会は明るすぎて見えないな。」
梅の里の星は本当に降るように輝いていてきれいだったが・・・と
独り言のように速水がつぶやく。
「それ!この前きたじま・・・」
以前ロケでマヤも同じことを言っていたと告げようとした隼平は
空を見上げる速水の表情に、言葉を飲んだ。
"本当に星が降ってくるかと思いました!!"
「星を見ていると、嫌な事を忘れられる。月があまり明るくないほうが見やすいが・・・
夜空に輝く月はすべてを包み込む力を持っているな・・・」
あの月は格別に美しかった・・・・
"空に輝くお月様、とってもきれいだったんですよ"
あの時、そう話したマヤの表情がよみがえる。
"ウソだろ・・・・まさか・・・"
ようやく二人の姿が見えないことに気付いたのか
スタッフたちがバルコニーに向かってしきりに手まねきをしている。
「そろそろ戻った方がよさそうですね」
そう言った速水の表情はうってかわっていつものあの
抜け目のない実業家のそれに戻っていた。
「は、速水社長っ!」
自分のこの予感を確かめたいのか分からないまま
とっさに隼平は前を行く背中に声をかけていた。
「どうして、今回のドラマに僕を選ばれたのですか?」
「・・・・・・・」
ポケットに片手を突っ込み、ゆっくりと隼平の方へ振り返った速水は
「あなたなら、絶対に北島と恋愛関係にならないと思ったからですよ」
「・・・・・え・・・?」
一瞬、射るように速水の本心がむき出しで向かってきた気がした。
「・・・ふ。やっとかえった大切な金の卵ですからね、わが社にとって」
その時にはもう、そつのないいつもの速水に戻っていた。
室内でなにやら速水に文句を言っているようなマヤの顔と
それを軽く受け流す速水の手慣れたあしらいの光景を前に
隼平は自分の脳裏に浮かんだ予感を消しきれずに呆然とたたずんでいた。
**
「慣れというものは恐ろしいものだな」
パーティーが終わり、帰りの車の中で器用に携帯をいじる
マヤの姿に、ついこの前までメールもままならなかったことが信じられない思いがする。
「大学生ならこれくらい朝飯前です!」
バカにされたとプリプリしながら、マヤが答える。
「といってもあいちゃんが教えてくれなかったら絶対できませんでしたけど・・・」
「あいちゃんというのは・・・・もしかして柊あいの事か?」
『Letouch of Love』撮影にあたって大学生体験をさせてもらったマヤが
通っていた大学は、実は以前ドラマで共演した柊あいの大学でもあった。
「あいちゃんがいなかったら、とても大学なんて通えなかった・・・」
そういうと短い期間ながら同級生としてすごしたキャンパスの思い出を
楽しそうに語る。
「彼女とは今もよく連絡を取っているのか?」
「はい!なんといってもコレですから!!」
じゃーん、と得意げに携帯の画面をみせると、そこには
最新のメッセージツールが表示されていた。
「・・・・・マヤ、柊君以外に自分の連絡先を教えたりしていないだろうな・・・・」
今の時代、どこからどんな情報が漏れるか分からない。
ましてやこういうことに疎いマヤが生半可な知識でもし万が一のことがあったら
ゆゆしき問題だ、と真澄は心の中で頭を抱えた。
「はい、交換したいって言われましたけど、あいちゃんが全部断ってくれました。」
「・・・・なるほど。」
危機管理という言葉など辞書に載っていない
(そもそも辞書すら搭載されているかあやしい)この女優とは違い
柊は芸能人としてのまともな感覚を持っているようだと少しホッとする。
"しかしそれはそれで新たな問題か・・・・・"
「マヤ、柊君と連絡を取るのは構わないが、あまりプライベートで
会うのはしばらくよしたほうがいい」
「え?どうして?」
「連絡を取り合うなと言っているんじゃない、外で会うのはしばらく
やめておけと言っているんだ」
「・・・・理由も分からず聞けません!そういうなら理由を教えて下さい。」
「これは、所属事務所社長としての命令だ」
「・・・・・・イヤです。」
「なんだ?その様子からすると既に会う約束でもしているのか?」
どこで?誰と?
矢継ぎ早の真澄の問いかけに狭い車中で追い詰められるマヤ
「き、決まってません、な、何も。ただそんな頭ごなしに否定されるのは
納得がいかないだけです!!」
この真澄の様子だと、もしかしたら柊の事務所に圧力すらかけかねない。
一体柊あいと交流することが何の問題があるのか、と納得がいかないマヤ
だったが、真澄のただならぬ威圧感にとりあえずうなずく事しかできなかった。
「・・・・と、とりあえずそんなことになったら速水さんに報告しますから!」
「連絡が来たらすぐにだぞ。事後報告でごまかすなよ」
「・・・はい!!分かりました!!!」
その瞬間、握りしめていたマヤの携帯にメッセージが届いた。
アプリを立ち上げたままだった携帯は音もなくそのメッセージを表示する。
幸い真澄に画面は見えていない。
"マヤさん!例の話決まりました!
予定通り、今度の水曜日でお願いします!!楽しみ~~~//"
車内の険悪な雰囲気など知らない柊あいのスタンプがにこやかに手を振っている。
ep第39話← →ep第41話
*支線エピ ep第40.01話
~~~~解説・言い訳~~~~~~~~
おさらい
由比隼平(ゆい・じゅんぺい)27歳
劇団「新KIZOKU」所属の舞台俳優
現在放送中のドラマ『Letouh of Love』で共演
柊あい(ひいらぎ・あい) 19歳
朝ドラ主演でブレイクした若手最有望株
昨年ドラマ『ひと夏のままで』でマヤと共演
現在マヤは22歳です。
マヤとの恋愛も順調で、なんだかおっさんくさく落ち着いてしまっている
真澄さんを、そろそろばたつかせたい衝動です。
「なに!?」って慌ててマヤを追っかけるあの情熱よもう一度。
どうして北島マヤの事となるとそんなに取り乱されるのですか?
そんなあなたに、私は会いたい・・・・。
あと、亜弓さんのことも気になっています。
書けるときに書かなくちゃね。
~~~~~