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リセット整体まるたけにようこそ(札幌市厚別区)

整体はエンターテインメント!からだを楽しんでみませんか?

エステ < 整体 < 美容室

2012年06月01日 | “まるたけ”のこだわり
整体のお店って、やはり少し特殊なんだと思います。
感覚的にいえば、エステと美容室の間くらいの必然性じゃないでしょうか。

髪は必ず伸びてきますので、美容室は必然性が高いお仕事。
自分(または家族、友人)でカットすることも可能なので、絶対に必要な仕事とまでは言えませんが。

エステは、どちらかといえば“ご褒美”として存在していますよね。
女優やモデルさんでもない限り、「エステは生きていく上で絶対に必要なんだ!」なんてことはないですからね。
ということで、エステは必然性が低いお仕事です。

では、整体はどうなんでしょう。
自分への“ご褒美”として利用することもありますが、「肩が痛くてどうしようもない」という切実な願いのときもあります。
だからこそ、必然性で考えるならば、エステと美容室の間ぐらいが妥当だと思いますね。

でも実際問題としては、まだまだ利用されていないジャンルだと感じています。
「一度は行ってみたいな」というニーズは、少なくないと思うのですが、未体験の方にとっては敷居が高いですもんね。

私の家族ですら、「整体?なにそれ?」って感じですから(笑)。

これからは、もっともっと積極的に、整体の良さを発信していこうと思います。
日常の選択肢の中に、「整体に行くこと」が入っている時代になれるように。

「元気」より「上機嫌」のほうがいいのかな?

2011年10月27日 | “まるたけ”のこだわり
リセット整体まるたけの裏テーマは「元気」です。
なんだか「裏テーマ」というと、腹黒い印象がある言葉ですが(笑)。

店名も開業直前まで「VIGOROUS」(=元気な)のつもりでした。
諸事情により、「まるたけ」にしましたが。

でも最近は、「元気」というのも善し悪しだなあ…と感じています。

基本的には、元気な人は好きです。
ただ元気な人の中には、他人の元気を奪って元気になっているような人もいます。

そういう人ほど、他人に悪影響を与えている自覚がないですから、タチが悪い。
罪の意識がない犯罪者ほど、扱いが難しいですからね。

となると、「元気」に代わるテーマってなんでしょう?
今のところ、「上機嫌」や「ご機嫌」がいいのではないかと思っています。

「元気」も「上機嫌」も、ベクトルは同じ。
プラス思考です。

でも「元気」という状態はパワフルなんで、威圧的という印象もありますよね。
本気で弱っているときは、元気な人間が近くにいるだけで、疎ましく感じちゃいますから。

そう考えると、少し弱めのプラス状態である「上機嫌」のほうが、どんな状況であれ、受け入れやすいかな?

元気いっぱいな奴がうざいと感じるときでも、ご機嫌な奴レベルなら、気にならない。
むしろそういう人間が、ただ黙って隣にいてくれることが、救いになることもあるでしょうし。

これからは「元気」より「上機嫌」を裏テーマにします。
いやいや、表テーマにすべきかな?


VIGOROUS < CHEERFUL

「ゆがみ」があって何が悪い!

2011年04月19日 | “まるたけ”のこだわり
「私の体、ゆがんでいませんか?」
初めて来店されたクライアントは、こういう発言をすることがある。

「ゆがんでいる」の定義をどうするかによって、答えも当然変わってくる。
一般論からいえば、「ほぼ全員がゆがんでいる」のであって、ゆがんでいない体のほうが稀である。

しかし私が関心があるのは「ゆがんでいる・いない」ということではない。
「ゆがんでいる」という発言の裏にある思想である。

人間は知らず知らずのうちに、ある一定のモノサシ(常識)を有してしまう。
ここでいうなら「ゆがんでいる=悪いこと」というモノサシ。
でも、本当にゆがんでいることは悪いのだろうか?

何をもって悪いと定義するのか?
まずは、機能的に悪いという意味でしょう。

ただ機能的に悪いといっても、「どの基準で考えるか」ということが問題になる。
スポーツ選手と一般人の「機能的に悪い」という基準は、かなり違っている。

同じスポーツ選手といっても、その種目によって基準は違う。
同じ種目でも、その人の個性によって、これまた基準が違う。

つまり、どこまでいっても「どこに基準を設定するか」ということが問題になってくる。
ある人にとっては「OK」なレベルでも、ある人にとっては「全然ダメ」ということもある。

極論すれば、「良い悪い」というモノサシ自体が相対的なものにすぎない、ということ。
絶対的基準が成り立たないのに、確固たる判断なんてしようがありません。

また「ゆがんでいる=悪い」という先入観には、美的なものも含まれるでしょう。

ただこれも、先ほどの「機能的に悪い」と同じことで、美というモノサシがあいまい。
確かにゆがんでいないほうが「きれい」ではあるのですが、けっしてそれだけで「美しい」とはいえないものです。

岡本太郎さんも言っていますが、「きれい」と「美しい」は根本的に異なっているもの。
「汚れた美しさ」はあっても、「汚れたきれいさ」はない。
美しさとは、表面的な問題ではなく、生命の輝きそのものだからです。

何をもって、ゆがんでいるというのか?
いやむしろ、「ゆがんでいて何が悪い!」といってもいいのかもしれない。

ゆがみを修正することが目的ではなく、結果としてやがみが軽減されていく。
整体の根本の哲学として、ここのところを勘違いしないことが大切なんだと思っています。

姿勢も症状も、ただの“結果”にすぎない。

2011年03月08日 | “まるたけ”のこだわり
「姿勢をよくしましょう」
なんとなく、よく聞くフレーズ。
でも、よくよく検討すると、なんだか分からない言葉でもある。

「いい姿勢って、何だ?」
整体の仕事をしている人間が言うのもなんだが、よく分からない。

教科書的な意味での“いい姿勢”は分かる。
けれど、そんな人間、見たことがない。

姿勢の分類では、フラットバックだのスウェイバックだのという名称はあるが、それが本当に100%ダメとは言い切れないでしょう。

個人差と普遍性。
姿勢や症状などのことを考えだすと、どうしてもこの点が引っかかってくる。

どんなに悪いとされる姿勢でも、何の不自由もなく生きている人がいる。
どんなにバランスのいい姿勢をしていても、体の不具合を訴える人もいる。

カチカチに固まった筋肉をしていても、症状がない人がいる。
少し張り感があるだけでも、つらい症状になってしまう人もいる。

姿勢や症状は、動作習慣(体の使い方)の“結果”にすぎない。

だから結果である姿勢だけを矯正しても、根本的解決にはなっていない。
だから結果である症状だけを改善しても、根本的解決にはなっていない。

では、整体師のやっていることって、無意味なんだろうか?
動作習慣を変えない限り根本原因が変わらないのであれば、整体がやっていることに価値が見いだせなくなる。

それでも、私は症状の改善を目指す。
つらい苦しいと訴えてくるクライアントさんがいる限り、まずは症状を緩和することが最優先であり、かつ意味のある行為だと思っている。

いや、そう信じたいだけなのかもしれないが…。

姿勢を改善するということ

2011年02月07日 | “まるたけ”のこだわり
良い姿勢とは何か?

結論から言えば、「ラクな姿勢」が良い姿勢である。

ただ、ここで誤解が生じる。

一般的な感覚として、「ラクな姿勢=ダラッとした姿勢」という方程式が成り立っている。

でも実際問題として、「ダラッと」していることが本当に「ラク」なんだろうか?


誰でもわかる実験。

まず自分が思っている「ラクな姿勢」で座ってみる。

そのまま待つこと、1分。

たかが1分間でも、すでに姿勢を変えたくなっているのではないだろうか?

次に、正座をしてみる。

なるべく上半身も長くして。

で、同じように1分間そのまま。

たぶん、特に姿勢を変えたいとは思わないだろう。
(※脚のしびれ感は別として)

つまり、一般的に窮屈だと思われている「良い姿勢」のほうが「ラク」なんです。

「ラク」だと思われている「ダラッ」とした姿勢ほど、同じままだとつらくなる。

落語家さんやお坊さんは、訓練することによって正座が続けられるわけではない。

あぐらより正座のほうが「ラク」だから、正座をしているわけです。


なぜ「良い姿勢」をしなければならないのか?

それはそのほうが「ラク」だから。

「ラク」をすることは悪いことではありません。

無駄な「ガンバリ」ほど、迷惑なものもないですし。


真剣に積極的に「ラク」することを考える。

それが姿勢を改善するということです。

がんばらない、施術。

2011年01月19日 | “まるたけ”のこだわり
整体における施術のクオリティを維持するコツは、“がんばらない”ことだと思う。

「がんばったほうがいいんじゃない?」
そういった意見もあるでしょう。

でも、“がんばる”ということは、どこかに“集中する”ということであり、感覚が“かたよる”という状態になる。
偏った感覚では、良い施術なんてできっこない。

施術の良し悪しを決めるのは、感覚。
感覚の良し悪しを決めるのは、精神状態。
精神状態の良し悪しを決めるのは、身体がニュートラルか否か。

身体がどこにも偏らず、全身にほどよい緊張感がある状態が、ニュートラル。

整体師にとって、自分の身体は仕事道具でもある。
調音できていないギターじゃ、どんなにスキルが高くても、まともに曲なんか弾けないですからね。

とは言いつつ、今日は“がんばった”施術をしてしまった。
同業者の方がクライアントさんだったので。

完全な“気負い”ですね。
知らず知らず、いいところを見せようとしてしまって…。

100%の力を出そうとして、60%ぐらいな内容に。
及第点といえば、それはそうなんですが、まだまだ未熟ですね。

もっともっと“がんばらない”施術にしなくては(笑)。

スポーツ障害

2010年05月29日 | “まるたけ”のこだわり
私は主に一般人を相手にした整体のお店をしている。

「一般人」とは何か?
確固たる定義はないが、個人的意見としてスポーツが原因の障害を持った人は「一般人」のカテゴリーには入っていない。

例えば、危険な登山をする人がいる。
そういった人が、事故にあおうが遭難しようが「自己責任」である。
誰に強制されたわけでもなく、好きで危険な登山しているのだから、死んだって文句を言っちゃいけない。
そういう覚悟がないのなら、はじめから危険なことはしなければいい。

スポーツって、同じでしょう。
好きで体の限界にチャレンジしているのですから、ケガをしようが障害が残ろうが「自己責任」にほかならない。
そう、万が一、動けない体になったからといって文句を言っちゃいけない。
そういったリスクが嫌なら、はじめからやらなければいい。

だからスポーツ障害の悩みを共有することができない。
ある意味、ダメな整体師ですね。

でも、それはそういった悩みを共有できるセラピストはたくさんいます。
私が首を突っ込まなくてもいい世界観でしょう。

私は「一般人」のスペシャリストになりたい。
まじめに働き、一生懸命生きている人の役に立ちたい。

中途半端なスポーツ選手なんかより、普通に生きている人にこそ、輝きを感じてしまうので。

専門バカにならないように

2010年01月25日 | “まるたけ”のこだわり
どんな世界でも、“専門バカ”は存在します。
特定の分野には詳しいが、そのほかのことは、てんで分からない。
分からないどころか、常識すら持ち合わせていない。

もちろん、こういったタイプの人間は必要です。
学問であれスポーツであれ、一流になろうと思えば、むしろ“バカ”でないといけない。

整体の世界でも、“専門バカ”な先生はいます。
ある理論には精通しているが、ほかのことには全く関心がない。
自分の好きな理論以外は、認めないタイプ。

それはそれで“大先生”なのかもしれませんが、私はなりたくないですね。
何かひとつだけをかたくなに信じる姿は、どうしても“いびつな心身”に思えてしまうので。

理想は、中庸。
偏らない精神をもっていなければ、バランスいい施術はできないでしょうから。

「老舗の味」と整体

2010年01月21日 | “まるたけ”のこだわり
老舗の味、というものは変わらないことが重要。

「また、あの味が食べたいな」
と思ったときに、お客さんは店に足を運ぶ。
味がコロコロ変わっていたのでは、お客さんの期待を裏切ることになる。

しかし、同じ味を作り続けるのも、製造者サイドからすれば、苦痛かもしれない。
「もっと、おいしいものを」
と願っても、それがお客さんにニーズに反してしまうから。

変わらないことには、どれだけの価値があるのだろうか?
それは創意工夫の放棄とは言えないのだろうか?

しかし、変わらないことこそ、変わる続けていること、とも言える。

製造するのは、人間。
人間は、生物。
生物は、変わり続けるのが宿命。
にもかかわらず、ずっと一定レベルものを製造し続けるということは、やっている作業が微妙に変化しているということにほかならない。

整体も同じだな。
変わらない価値もあるし、変わり続ける価値もある。

前回の施術が気に入ったクライアントにとっては、“同じ”施術内容を望むだろう。
頻繁に来ているクライアントにとっては、“同じ”ではない施術に期待している部分もあるだろう。

何を変え、何を変えないか?
難しい問題ですね。

値引きいたしません。

2008年05月27日 | “まるたけ”のこだわり

お店の経営ではいろんな考え方がある。

例えば食品業界だと、よく新商品を出す。
とにかくお客さんの好奇心をくすぐるため。
そして、すぐに消えていく。
定番商品になることはほとんどない。

紳士服屋さんの閉店セールも、年がら年中やっている。
本当の閉店ではなく、ただ店内のレイアウトをいじるくらい。
そして、今度は開店セール(笑)。
忙しいこっちゃ・・・。

私の整体の店、リセット整体まるたけでは、割引などのセールはしない。
例えどんな売上が欲しいときでも、絶対にすることはない。
それはなぜか?
値引きは、すればするほど苦しくなるだけだから。

初めて利用する方には、半額になるクーポンを発行している。
これは、まず試して欲しいから。
デパチカの試食みたいな感覚。
整体は、受けてみないといいかどうか判断できぬもの。
だから、このクーポンはOK。

常連さんのために、回数券を発行している。
これは、感謝のしるし。
値引きだけが感謝の表し方ではないと思うが、慢性化した症状を解消するのには、回数も必要。
そんな時、利用してもらえればな・・・ということ。

これ以外の値引きはしない。
正直、キャンペーンなどをしたこともあり、売上は伸びる。
しかし「安いなら、行こうかな」という状態はいいはずがない。
利用する立場で言えば、安いにこしたことはないが、施術の質が落ちる危険が高い。
流れ作業の施術は、もっとも恥ずべきものだと考えています。

値段は、安くなくていい。
“適価”であるなら、それでいい。
それで納得してもらえないなら、仕方ないこと。
納得してもらえる人が増えるよう努力するだけ。

値引かなければ、にっちもさっちもいかない経営は、基本が間違っているということ。
見直すべきは、値段設定ではなく経営そのもの。

お客様に対する感謝の気持ちは、値引きで表現しない。
粗品で表現しない。
ポイントカードで表現しない。
すべては、施術で表現すべきもの。

この考え方は、譲れない。


心は、身体より生まれる。

2008年05月25日 | “まるたけ”のこだわり
「うつ」など心の問題が、最近、特にクローズアップされていますよね。
精神的な問題をかかえた人は多い。
というより、精神的なトラブルがない人なんているのかい?ってことでしょう。

心の問題に対して、心(脳)にアプローチするのは、どうなのかなって思います。
簡単に言ってしまえば、緊張している時に、「緊張するな!」ってアドバイスは、なんの役にも立たないでしょ。
自分自身に、「リラックス、リラックス」なんて暗示をかけても、まあ無駄でしょうね。
「寝るぞ!寝るぞ!」って気合いを入れて寝ようとするようなもの。
気合いが入っちゃ、寝れません(笑)。

どんなに悩んでいても、虫歯が痛ければ、悩みなんて吹っ飛んでしまう。
どれほど崇高な悩みであろうと、例え愛する人が亡くなった悲しみであろうと、歯痛には敵わない。
歯の痛みという身体的苦痛のほうが、“高級”な精神的苦痛より優先順位は上である。
これが、生き物の“さが”である。

だから、どんな不機嫌な顔をしてても、身体の調子が良ければ、ほがらかな顔になってしまう。
どんなにつらい現実があっても、カラダが軽ければ、なんとか受け止められる。

生きていれば悩みは尽きない。
人生の悩みに特効薬などない。
お金も地位も名声も若さも美貌も、“生きる悩み”を解決してはくれない。
では、どうするか?
それは各人が、それぞれ受け止めること。
誰も代わりなんてしてくれない。

筋肉は柔軟なほうがいい。
なぜか?
それは“閾値”が上がるから。
つまり、多少の刺激では痛い・苦しいと感じない身体になるということ。
負荷(労働など)に対する、許容範囲が大きくなるということ。

心も、同じではないでしょうか。
心の負荷(悩み、ストレスなど)を無くすこと・減らすことが困難であるならば、その負荷に対する免疫・抵抗力を付けるほうがいい。
心の許容範囲を大きくすることが、精神的トラブルの解決法ではないでしょうか。

心の“閾値”を上げるには、身体の“閾値”を上げること。
心は身体の“奴隷”です。
身体あっての、心なんです。

リセット整体まるたけは、心の問題を解決するために存在するわけではありません。
けれど、体がきちっとリセットされれば、悩みを真正面から受け止めることが出来るのではないかと期待しています。
悩みは、何で悩んでいるか分からないときが、一番厄介なこと。
悩みの元がハッキリすれば、解決しなくても、“病気”にはなりません。
悩みの元をハッキリさせるには、体力が必要。
体力は、しなやかな身体にこそ存在する。
しなやかさであれば、リセット整体の目指すところ。

だから、リセット整体は心にも“効く”と思いますよ。

 

濃厚・濃密な施術こそが、“リセット整体まるたけ”です。

2008年03月03日 | “まるたけ”のこだわり

施術は、濃厚・濃密であるべきだと考えています。
それはどういうことか。
つまり、施術から無駄なものをなるべく取り除いたものがベストだということです。
では、なにを無駄と定義するのか。
簡単に言えば“時間調整な施術”は必要ないと思っています。

私の中で、時間調整な施術といえば、機械をもちいたもの、つまり施術者が直接関与しないことをさします。
ローラーベッドに寝かしたり、電気や赤外線をあてる、フットバスに足をつけておく…などです。
これらの行為も、当然施術時間に含まれます。
私が施術を受ける立場だと、こういった行為の必要性を感じません。
むしろ、時間の無駄だと感じます。
そんなことに私の貴重な時間やお金を使いたいわけじゃない…、そう感じてしまいます。

以前私が受けたお店では、延々とベッドや機械の説明(何百万円のするものだと強調する)があり、辟易した経験があります。
「その機械がいかに高級であろうと、そんなの関係ないじゃん。とにかく、つらさをどうにかしてよ」私は心の中でそう思っていました。
一台何億円もするCTやMRIをもちいても、「なんでもないですね」と言われて困ってらっしゃる方が利用するのが整体です。
機械ではわからない症状を、少しでも改善していくのが整体の役割だと考えております。

整体師がお医者さんより優れているなんて、全く思いません。
整体さえあれば、病院なんて必要ない、なんて思ったこともありません。
ローラーベッドも電気治療器もいいでしょう。
それらの機械の効果を否定するつもりもありません。
ただ、私のお店の施術として必要ではない、正直無駄であると考えております。

私の理想の整体は、すべて“手”でおこなうもの。
人の“手”で施術されることが、最も効果が発揮される形だと確信しております。

リセット整体は“手”を用いて、つらい症状を改善することに全力を注ぎます。
「からだ全体を改善すれば、いつか今のつらい症状は軽減されますよ」
このようなスタンスはとりません。
施術の目的は、その症状を改善していくこと。
それ以外にありません。
そのために、症状の出ている部分以外を丹念に施術することはよくありますが、「全体をなんとなく良くしましょう」ということではないのです。

症状の改善を目的にすれば、施術時間中に無駄な行為をするひまなどないのです。
“なんとなく施術”をやる時間があるなら、もっとやるべきことがあるはずです。
リラクゼーションを目的とするなら、その“無駄”も大切でしょう。
ただ、私がしたい形は“整体”です。
私には、まどろむような癒しより、積極的で元気な癒しが理想なんです。

施術の濃度だけは誰にも負けたくない。
整体師としての私のプライドは、施術の濃厚さ・濃密さです。

リセット整体まるたけの“濃い”施術には好き嫌いがあるとは思います。
「もっとライトな整体がいいな」なんて声もあるでしょう。
でも、私にはできません。
貴重な時間とお金を使っていただく以上、“なんちゃって整体”はプライドが許しません。
自分自身が納得できる施術方法を、提供したい。
ただそれだけなんですね。


整体マッサージの秘訣は“共感力”です

2008年01月28日 | “まるたけ”のこだわり
肩こりや腰痛という症状を、いかに改善させるか。
そこで必要になってくるものもひとつに、“共感力”があると思います。

患者さんの痛みを理解するだけではダメ。自分のこととして考えることができること。
これが共感力。
患者さんが症状を訴えている部分だけではなく、自覚していないが押されると痛みがあるところを、さわっただけでわかること。
これも共感力。
同じ「凝っている」という状態でも、その日により「こりの性質」は違っていることが多い。その違いを言葉にし、患者さんにも理解してもらうこと。
これだって共感力。

施術の効果を高めるためには、患者さんに安心感や信頼を持っていただくことが何より大切です。
患者さん本人もうまく説明できないつらさを、いかに共有できるか。
そして現在の体の状態をいかに患者さんに理解できる形で伝えることができるか。
こうした、お互いの認識を同化させていく能力を、私は“共感力”と定義します。

リセット整体まるたけでは、施術のテクニックと同じくらい、この共感力にも自信があります。

会話も“施術”の重要なポイント!

2008年01月10日 | “まるたけ”のこだわり

私は、おしゃべりである。

自分で言うのも、なんですが、話をするのが好きですね、
ホント。

マッサージや整体の施術中は、あまり話をしないことが多いですね。

理由は、簡単。

話をすることに夢中になってしまい、どんな施術をしたか忘れてしまうから(笑)

●会話も施術
しゃべりすぎは、当然よくありませんが、会話することも施術の一環であると考えています。

では、何の話をするのか?

それは、現在の状態と、それに対する施術方針です。

●現在の状態
みなさん、肩や腰がつらいといっても、どのくらいのレベルなのか、わからないですよね。

それは、当然のこと。

ほかの人がどのくらいの状態なのかなんて、知りようがないですから。

私は、この仕事をしているので、ほかの方との比較ができます。

状態により、どの程度まで改善してくれるか、予想が立てられます。

自分の体が、どのレベルにいるのかがわかるだけでも、人は安心できるものです。

●施術方針
患者さんの立場として一番嫌なのは、何を考えているかわからない施術者ではないでしょうか。

どのくらいでよくなるのか、本当に改善していくのか、それらについてどう考えているのか、知りたいですよね。

私は、なるべく丁寧に、お話しするよう心掛けています。

どうしても、こういう業界の先生たちは、患者さんに対して、上からものを言う方が多いですが、それは違うと思います。

「患者と先生」ではなく、「人と人」の関係でなければ、本当の信頼関係は生まれないのではないでしょうか。

●会話の目的
施術に関して必要な要素に「信頼関係」があります。

どれほどいい施術でも、信頼できない人間の施術では、効果が半減してしまうでしょう。

施術の効果を高めるためには、必ず「信頼関係」が存在しなければなりません。

そのためにできることは、話をすること。

思っていること、考えていることを、素直に伝えること。

都合の悪いことも、虚勢は張らず、きちんと伝えること。

できないことは、できない。

わからないことは、わからない。

自分にできることを、ひとつひとつ、しっかりしていくほうが、施術効果は高まります。

正直な会話が信頼を生み、信頼が施術をよりよいものにする。

だから、私は、お話をします。

ただの、おしゃべりなやつ、と思っていただいても、かまわないですが(笑)


整体は「芸術」である。

2008年01月07日 | “まるたけ”のこだわり

ちょっと、タイトルはオーバーな表現かもしれませんね。

自分で書いておいて、照れちゃいます(笑)

けれど、そういった面もあると、まじめに考えています。

「芸術」と言うべきなのか、「創造性」と言うべきなのか、そういったものが整体などの施術には必要だと感じています。

●施術の“質”を高めること
経験を重ねれば重ねるほど、感じることは、人間の多様性です。

十人十色とは、よく言ったもので、人間のからだは、まさに個性のかたまりです。

同じように見えても、人それぞれ体の反応の仕方は、法則性があってないようなもの。

同じ人でも、その日の体調により、全く反応が異なることなど、日常茶飯事なんですよ。

そういった、法則性のない「からだ」を対象に施術をするには、絶対に必要なものがあります。

それは、臨機応変な発想です。

施術効果を高めるためには、「技術」が必要です。

もちろん「知識」も欠かせません。

しかし、その二点だけでは、現場で通用する施術とは言えないでしょう。

「技術」と「知識」をもとにした、「自由な発想」がないと、質の高い施術にはなりえません。

人間のからだは、教科書通り、反応してくれません。

いくら勉強しても、思いもよらない症例など、くさるほど存在します。

現場では、
「こうすれば、よくなるはず。よくならない患者さんの体がおかしい」
なんてバカなことは言えません。

いま、目の前にいる患者さんの症状が、すべて。

それを改善してほしくて、お店に来ているわけですから、どんな症状の方が来ても、対応しなければなりません。

そこで大切になってくるのが、「感性」です。

患者さんの体が求めている刺激に気がつく「感受性」です。

ただ、その「感性」にばかり任せてしまうと、施術の質が安定しません。

前回はよかったけど、今回はイマイチだね…なんて思われてしまう危険性があります。

だから、「技術」や「知識」は、絶対に必要なんです。

施術の質を高めるためではなく、質を安定させるために。

●施術は「芸術」である
「技術」と「知識」に裏打ちされた、自由な発想。

これこそ、施術を「芸術」と考える所以です。

偉そうに言えば、「整体は、クリエイティブでなければならない」と感じています。

やっぱり、こう言い切ってしまうのは、こっぱずかしいですね(笑)