大型書店に行けば、健康に関するコーナーでも、さらに細分化されている。
『健康…ダイエット』
『健康…ヨガ・ピラティス』
『健康…トレーニング』
『健康…マッサージ・整体』
健康になるための、さまざまな方法論。
さて、これだけ情報が多くなってしまうと、何を基準に選択すればいいのか迷ってしまいますよね。
どの方法論であっても、ある一定の期間継続しなければ効果が出ないのは同じ。
ということは、この世に存在する健康法をすべて1年ずつ経験しようとすれば、いったい何歳まで生きなければならないのでしょうか?
いま現在でも多種多様なのに、これからだってまた目新しい健康法が出てくるのでしょう。
これらの方法論の価値を証明しようとすれば、いつまでたっても死ねないですね(笑)。
整体師という仕事をしているからこそ、言える結論。
それは、「健康法なんてなんだっていい!」ということ。
乱暴なな言い方ですが、ホント、なんだっていいんです。
何かだけを食べる方法でもいいですし、動かないって健康法もありでしょう。
健康法において一番重要なことは、どういう方法を選択するかということではない。
「どのくらい主体性を持って実行できるか」が肝心なんです。
「与えられて方法を漠然と実行している」といった状態では継続できません。
継続できないのであれば、当然のこと、効果も出ません。
「どうやったら健康になれるか?」と自問自答し、試行錯誤の上でたどり着いた方法であれば、どんなやり方であっても、その人にとってのベストな健康法になるのです。
普通に考えると、相反するような健康法でも、それぞれに効果があるのが不思議に思えますよね。
けれど、この「主体性にこそ価値がある」という考え方をもってすれば、何の不思議もありません。
そりゃそうですよね。
どのような健康法であっても、創始者が試行錯誤した結晶。
それだけの思いがあれば、科学的にはわけがわからない理屈でも、創始者には効果的でしょうね。
神社のお守りと同じ。
あんなもので家内安全になったら、誰も悩みはしない。
あんなもので、交通事故が無くなったら、警察なんていらない。
でも、お守りを持っているという安心感(プラシーボ効果)はバカにできません。
人間はそういう思い込みで健康にも不健康にもなる生き物なんですから。