●人と人の距離感
人と人との距離感ほど、難しいものはないですね。
遠すぎれば、心を開いてもらうことはできませんし、逆に、近すぎれば、息苦しいこともあります。
“まるたけ”というお店を開業するにあたり、お客さん(患者さん)との距離感をどの程度に保つのかで、かなり迷いました。
サービス業としてとらえるならば、たとえ常連さんであっても、特別あつかいは、しない方がいいとされています。
それは、新規のお客さんからすれば、逆に差別されている感情を抱いてしまうかもしれないからです。
確かに、初めて行ったお店で、店員さんが、ほかのお客さんとずっとしゃべっていたら、もうそのお店には行かないでしょうね。
私なら、絶対行きません(笑)。
けれど、私が常連さんの立場で、店員がよそよそしいと、「はじめて来たお客と同じあつかいって、どうよ?」と、舌打ちしちゃうかも。
難しいですね、ホント。
では、話を“まるたけ”に戻しましょう。
●患者さんとの距離感
「患者さんを、自分の身内だと思って、施術しなさい」
私は、このように教わりました。
確かに、家族だと思えば、一生懸命、愛情をもった施術になる…といったことを言いたいのでしょう。
現場に出るまで、この言葉は素晴らしいと思っていました。
現場に出て、経験を重ねるごとに、考えが変わりました。
「患者さんを身内と思ったら、施術のクオリティーが落ちる」
いま現在、このように考えております。
家族が病気になってしまうと、冷静な判断ができなくなってしまうのではないでしょうか。
愛情があればあるほど、パニックになってしまうもの、何もできなくなってしまうものだと思います。
●施術者としての距離感
けれど、来ていただいた患者さんを、商売上のお付き合いと、割り切ることもできません。
どうしたって、患者さんの体に触れる仕事ですから、人間としての“情”の部分が生まれてしまいます。
その“情”が強くなってしまうと、施術の“質”が落ちるのも、事実。
しかし、“情”のない施術は、人の心を癒してくれません。
この“情”と“質”のバランスが、とても重要なんです。
このバランスが、どのくらいでベストかということは、患者さんによって異なります。
それを見極めることも、施術者の力量なんでしょうね。
●現在の“まるたけ”の距離感
お店を開業してからは、患者さんとの距離が近くなりましたね。
以前、勤めていたお店は、オープンスペースのお店だったので、ベッドが何台も仕切られずに並んでいました。
その状況だと、患者さんも周りに別の患者さんがいるので、自然と構えてしまいます。
いまは、プライベートスペースのお店なので、患者さんが構えることは少ないですね。
そういったこともあり、いい意味で距離感が近くなっています。
回数を重ねるごとに、信頼関係が生まれ、さらに距離感が近づきます。
「他人なんだけど、信頼できる」
この関係こそ、施術効果(質×情)が最も発揮される、ベストな距離感だと思います。
●私にとって施術とは
施術は、技術ではありません。
施術は、情熱や愛情だけでは、効果が出せません。
施術とは、いったいなんでしょう。
私の考える施術とは、「施術者のすべて」です。
施術する者の技術、知識、会話、しぐさ、愛情、理想…そういったすべてが、施術に反映されると考えております。
●当店の存在理由
とにかく、来ていただいた患者さんに満足してもらうこと。
最低でも、納得していただくこと。
これが“まるたけ”の存在理由です。
できるならば、患者さんが感動していただけるような施術がしたいですね。
リセット整体“まるたけ”は、ある意味、普通の部屋で開業しています。
それには、理由があるんです。
人間は、どんな場所がいちばんリラックスできるのでしょう?
人それぞれ違うでしょうが、やはり自分の家が落ち着きますよね。
ということは、自分の家で施術を受ける方が、効果的ということになります。
けれど、出張マッサージの人を、家にあげるのって、ちょっと抵抗ありますよね。
一人暮らしの方なら、なおさらでしょう。
であるならば、施術スペースが自分の家っぽいと、リラックスしやすい。
よって、“まるたけ”は普通の部屋で、営業しています。
かたくるしさもなく、他人の目も気にしなくていい。
やはり、リラックスして施術を受けるほうが、断然気持ちがいいものです。
それには、理由があるんです。
人間は、どんな場所がいちばんリラックスできるのでしょう?
人それぞれ違うでしょうが、やはり自分の家が落ち着きますよね。
ということは、自分の家で施術を受ける方が、効果的ということになります。
けれど、出張マッサージの人を、家にあげるのって、ちょっと抵抗ありますよね。
一人暮らしの方なら、なおさらでしょう。
であるならば、施術スペースが自分の家っぽいと、リラックスしやすい。
よって、“まるたけ”は普通の部屋で、営業しています。
かたくるしさもなく、他人の目も気にしなくていい。
やはり、リラックスして施術を受けるほうが、断然気持ちがいいものです。
マッサージや整体をしているとき、その施術者は何を考えていると思いますか?
私の場合、何も考えていません。
「オイオイ…」ってツッコミたくなるようなコメントですよね。
でも、事実です。
ただ、もう少し正確に言えば、『何も考えないようにしている』ということです。
つまり、『先入観を持たずに、患者さんの体と向き合う』ということです。
整体などの代替医療と呼ばれるものは、非科学的な面があります。
それをマイナスな伝統として、科学的手法で理論付けをする療法もあります。
しかし、そのことがむしろ、代替医療の“良さ”を削ってしまうのではないでしょうか。
例えば、人間の感情。
これを、科学的に証明できる、理屈で100%解決できる、なんて考えている人は少ないでしょう。
でも、「感情」の存在を否定する人はいませんよね。
存在することは事実だが、それが何かわからない。
そういったことが、人間の体にだってあります。
病院で検査しても、異常はない。でも、痛い。では、この原因のわららない痛みは、なんなのか。
お医者さんは「気のせいですよ」というかもしれません。
では、その「気」って何なんでしょう。
それは、「感情」なのかもしれませんね。
人体とは、何なのか。結局、わからない要素がまだまだあるってことでしょう。
だからこそ、先入観を捨て、無心で体と向き合うことに、整体やマッサージの“良さ”があると信じています。
医学的知識が必要ないという意味ではなく、整体師は整体師のできることを、一生懸命やるべきです。
お医者さんのまねごとをしても意味がありません。中途半端な知識で患者さんを不安にさせるべきでもありません。
多くの人々には、“神の手”なんて必要ないのです。それよりも温もりある“人の手”が必要なんです。
だから私は「施術中、何を考えているの?」と聞かれたら、自信を持って、こう答えます。
何も考えていませんよ、と。
私の場合、何も考えていません。
「オイオイ…」ってツッコミたくなるようなコメントですよね。
でも、事実です。
ただ、もう少し正確に言えば、『何も考えないようにしている』ということです。
つまり、『先入観を持たずに、患者さんの体と向き合う』ということです。
整体などの代替医療と呼ばれるものは、非科学的な面があります。
それをマイナスな伝統として、科学的手法で理論付けをする療法もあります。
しかし、そのことがむしろ、代替医療の“良さ”を削ってしまうのではないでしょうか。
例えば、人間の感情。
これを、科学的に証明できる、理屈で100%解決できる、なんて考えている人は少ないでしょう。
でも、「感情」の存在を否定する人はいませんよね。
存在することは事実だが、それが何かわからない。
そういったことが、人間の体にだってあります。
病院で検査しても、異常はない。でも、痛い。では、この原因のわららない痛みは、なんなのか。
お医者さんは「気のせいですよ」というかもしれません。
では、その「気」って何なんでしょう。
それは、「感情」なのかもしれませんね。
人体とは、何なのか。結局、わからない要素がまだまだあるってことでしょう。
だからこそ、先入観を捨て、無心で体と向き合うことに、整体やマッサージの“良さ”があると信じています。
医学的知識が必要ないという意味ではなく、整体師は整体師のできることを、一生懸命やるべきです。
お医者さんのまねごとをしても意味がありません。中途半端な知識で患者さんを不安にさせるべきでもありません。
多くの人々には、“神の手”なんて必要ないのです。それよりも温もりある“人の手”が必要なんです。
だから私は「施術中、何を考えているの?」と聞かれたら、自信を持って、こう答えます。
何も考えていませんよ、と。
私のおこなっている施術は、周りから見れば、ただ押したり、もんだりしているだけのように見えるでしょう。
実際、押したり、もんだりしているに過ぎません。
しかし、行為としては、単純作業なのですが、そこには“セラピスト”としてのこだわりもあります。
なにより、そのただ押すということ…「圧」にこだわりがあります。
まず、体をマッサージしていくとき、“手”でほぐしては、うまくいきません。“体”(=体重)を使って、施術します。
「圧」なかけ方は、重要です。“手ぢから”による施術は、痛いだけでほぐれてくれません。
施術者の“手”は、感じるために使うもの。もちろん、押すためにも使用しますが、大切なのは、感じること。いかに感じることができるかが、その施術者の力量だと思います。
まず、この手に体重を乗せていくことから、施術は始まります。
次に、乗せた体重をいかにコリの奥まで浸透させるか、ということが重要になってきます。
「圧」の深さですね。
深さを出すコツは、「圧」を持続させることです。
安定して持続圧をかけるためには、施術者のポジショニングが重要です。
無理な姿勢で施術していては、安定した「圧」を生み出すことはできません。
そして、一番難しいのは、ここからです。いかに、「圧」を抜くか。
いつ「圧」をやめるのかによって、コリを解消できるかどうかが左右されます。
この「抜き」のタイミングが、神経を最もつかう行為です。
施術中は、つまり患者さんの体と対話し続けています。
私の“手”は、話しかける「口」であり、訴えを聞く「耳」でもあります。
頭の中では、患者さんからうかがった自覚症状や症状の変化、日常の生活習慣などから、コリの原因(=可能性)について仮説を立てつつ、施術します。
その仮説と“手”からの情報をまたミックスして、さらに“手”で患者さんに語りかける。
ただ押したりもんだりしている中でも、さまざまな思いや葛藤があります。
たかが「圧」。されど「圧」。
最近になって、やっと「抜き」について、自分なりの方向性が見えてきました。それが“リセット整体”ということです。
実際、押したり、もんだりしているに過ぎません。
しかし、行為としては、単純作業なのですが、そこには“セラピスト”としてのこだわりもあります。
なにより、そのただ押すということ…「圧」にこだわりがあります。
まず、体をマッサージしていくとき、“手”でほぐしては、うまくいきません。“体”(=体重)を使って、施術します。
「圧」なかけ方は、重要です。“手ぢから”による施術は、痛いだけでほぐれてくれません。
施術者の“手”は、感じるために使うもの。もちろん、押すためにも使用しますが、大切なのは、感じること。いかに感じることができるかが、その施術者の力量だと思います。
まず、この手に体重を乗せていくことから、施術は始まります。
次に、乗せた体重をいかにコリの奥まで浸透させるか、ということが重要になってきます。
「圧」の深さですね。
深さを出すコツは、「圧」を持続させることです。
安定して持続圧をかけるためには、施術者のポジショニングが重要です。
無理な姿勢で施術していては、安定した「圧」を生み出すことはできません。
そして、一番難しいのは、ここからです。いかに、「圧」を抜くか。
いつ「圧」をやめるのかによって、コリを解消できるかどうかが左右されます。
この「抜き」のタイミングが、神経を最もつかう行為です。
施術中は、つまり患者さんの体と対話し続けています。
私の“手”は、話しかける「口」であり、訴えを聞く「耳」でもあります。
頭の中では、患者さんからうかがった自覚症状や症状の変化、日常の生活習慣などから、コリの原因(=可能性)について仮説を立てつつ、施術します。
その仮説と“手”からの情報をまたミックスして、さらに“手”で患者さんに語りかける。
ただ押したりもんだりしている中でも、さまざまな思いや葛藤があります。
たかが「圧」。されど「圧」。
最近になって、やっと「抜き」について、自分なりの方向性が見えてきました。それが“リセット整体”ということです。