大白法 令和3年4月1日(第1050号)から転載
妙法の振舞い
『法華講員の心得』より
⑨日蓮正宗への入信 ①
入信とは、誤った宗教を捨てて、日蓮正宗の信徒になることをいいます。
入信にあたっては、謗法払いをしたのち、御授戒を受け、御本尊を下付していただきます。
再入信の場合は勧誡を受けます。
⚫謗法払い
入信に際しては、 他宗の信仰の対象物である本尊や神札、神棚や祠(ほこら)、念珠、経典、お守り、縁起物(だるま、熊手、破魔矢)などを取り払います。これを「謗法払い」といいます。この謗法払いは日蓮正宗の信仰を清浄に実践していくために絶対に欠かせないものです。(法華講員の心得 三〇㌻)
[信行のポイント]
今回は日蓮正宗への入信にあたり、謗法の念慮を断ち、正直に信心を持つことの大切さについて学びます。
正直に信仰に励むことが大切
日蓮大聖人様は、
「仏と申すは正直を本とす」(御書 三五九㌻)
と、仏法は常に「正直」を根本とすることを御教示されています。
法華経『方便品』には、
「正直に方便を捨てて、但無上道を説く(法華経以前に説いてきた方便権教を正直に捨て、ただ真実無上の仏道である法華経を説く)」 (法華経 一二四㌻)
と説かれ、大聖人様はこの経文を引かれて、
「法華已前の経は不正直の経、方便の経。法華経は正直の経、真実の経なり」(御書 九㌻)
と仰せられています。
正直とは、嘘や偽り、ごまかしがなく、そのままにということです。仏法においては、仏の語そのままに方便権教を捨てて、最高真実の法華経の教えを素直に信じることをいうのです。
では、具体的に私たちが信仰すべき正直な教えとは、一体何なのでしょうか。
大聖人様は『当体義抄』に、
「日蓮が一門は、正直に権教の邪法邪師の邪義を捨てゝ、正直に正法正師の正義を信ずる故に、当体蓮華を証得して常寂光の当体の妙理を顕はす事は、本門寿量の教主の金言を信じて南無妙法蓮華経と唱ふるが故なり」(同 七〇一㌻)
と、御教示です。 また総本山第六十七世日顕上人は、
「南無妙法蓮華経を唱えることは、唯一の成仏の道である。故に、これに他の方便の教えによる様々なものを交えては、良薬に毒薬を混じえることになり、大きな誤りとなる。南無阿弥陀仏とか、南無遍照金剛その他、一切、邪義邪宗の偽仏の称号等を絶対に、心にも、口にも、身にも混じえないことが肝要である」(すべては唱題から 七八㌻)
と、誤った思想や信仰への執着を捨て、末法の御本仏・日蓮大聖人様の御(み)教えのままに、正直に純粋な信心で御本尊様に向かい、法華経の肝心である本因下種の南無妙法蓮華経を唱えることが成仏への方途であると仰せられています。
謗法払い
謗法とは、誹謗正法の略です。大聖人様は『真言見聞』 に、
「謗法とは謗仏謗僧なり」(御書 六〇八㌻)
と、御教示です。これは正法を信じないこと、 正法を説く人を謗ることなど、日蓮大聖人の正しい教えに背く一切の教えや思想、行いのことをいいます。
入信に当たっては、一切の謗法を捨てて、日蓮大聖人の教えを信じ、三大秘法の仏法を受持することを誓う授戒式を執り行います。これを「御授戒」といいます。また、過去に御授戒を受けたことがある再入信の場合は「勧誡式」を執り行います。
入信の際には、それまで所持してきた他宗の本尊や仏像・神札・お守りなどの謗法物を取り払います。これを「謗法払い」といいます。
謗法払いを行う理由は、正法の信仰を始めるに当たり、それまでの謗法への執着を決然と断ち切るためです。それら他宗の謗法物には、人を救うどころか正宗の信仰を惑わし、人を不幸にする魔の働きがあるからです。
もし正法の信仰に謗法を雑えて修行するならば、正しい信仰の功徳は消滅して、かえって大きな罪業を積むことになります。
大聖人様は、『曽谷殿御返事』に、
「何(いか)に法華経を信じ給ふとも、謗法あらば必ず地獄にをつべし、うるし千ばい(杯)に蟹の足一つ入れたらんが如し。『毒気深入、失本心故』とは是なり」(同 一〇四〇㌻)
と仰せられ、『新池御書』に、
「いかなる智者聖人も無間地獄を遁(のが)るべからず。又それにも近づくべからず。与同罪恐るべし恐るべし」(同 一四五八㌻)
と仰せられています。
紹介者はこれらの御教示を、これから入信する方の生涯を左右するのだと自覚し、懇切丁寧に説明、よく理解せしめることが大切です。
入信前に、入信者が自ら謗法払いができるよう促しましょう。
次回は、御授戒・御本尊下付・勧誡について学んでまいります。
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