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邪教の苦悩から救い出す

2022年12月31日 | 諸宗教破折(一)

大白法 令和4年12月16日 (第1091号)からの転載

諸宗教破折 142

邪教の苦悩から救い出す

 ー諸宗教

 

 過日の安倍元首相の銃撃事件。容疑者は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の元信者で、親が教団に約一億円もの献金をして破産したことが、事件の発端であったという。

 そして、別の元信者である女性によって開かれた記者会見では、教団によって受けた苦難の日々が赤裸々に打ち明けられた。

 本来、人を救うべき宗教が、人を苦しめていたというこの事件。これは、けっして旧統一教会だけの話ではない。

 これらの根底にある邪な教えによって人生が狂わされ、苦しむこととなる。跳梁跋扈する邪教を見過ごしてはならない。

 

 搾取の教団

 「全国霊感商法対策弁護士連絡会」によると、旧統一教会による被害は、三十五年間で被害件数三万四千五百三十七件、被害総額約千二百三十七億円であったという。

 しかし、邪教団による搾取は他にもある。例を挙げれば「幸福の科学」では、教祖発行の出版物の販売数が布教の数であるとし、新作が発刊されるたびに信者は多部数を購入する。 それが毎月のように何冊も出版されるのだ。

  また「天理教」では、信者に富は不幸の原因と言い、家財を教団に献上することを教える。

 財産の搾取に箍(たが)が外れた教団により、破産に追い込まれたり、命の危機も。 その余波は、子供の日常を蝕む。受験を諦めたり、食べるものにすら窮(きゅう)し、当たり前の生活が失われたりもしているのだ。

 

 宗教の呪縛

 一般的にキリスト教では、人は生まれながらに原罪があると教える。

 一方、キリスト教団を標榜する旧統一教会では、信者同士が結婚して生まれた子供には原罪がない、という独自の教義がある。「祝福二世」と呼ばれる子供は原罪のない”血統”を増やす使命を課せられ、 将来は教団の者と結婚を強要される。

 同じキリスト教系教団の「エホバの証人」でも、教団外の者を悪魔とし、交友はおろか、教義に抵触する行事の参加も許されない。祝福とは名ばかりの、人生を縛られた子供は数多く、ネット上には彼らの苦難の声が吐露されている。 

 

 治療を受けられない子供

 エホバの証人の信者が輸血を受けないことは有名であるが、子供も例外ではない。かつて、事故に遭い輸血を要する子供が、親の輸血反対によって命を落としたこともあった。子供の意思とは関係なく、最善の治療を受けられないのだ。

 また、「手かざし」で病気を治せるとした真光教団の教義を信じた親が、子供に「手かざし」 するばかりで治療しない事案もある。治療を受けさせず死に至らしめる事例もあり、「手かざし」のまやかしに惑わされれば、愛する我が子を苦しめることとなる。

 

 迷妄の法を恐れる

 そもそも、旧統一教会やエホバの証人は、聖書を教団に都合よく解釈し、キリスト教からも異端視されている。

 また、幸福の科学や、天理教、真光系教団は、自分らに都合よく教義を作り出す、道理なき信仰である。

 いずれも、教祖の我慢偏執による妄説を打ち立てており、そこに救われる道理などない。

 日蓮大聖人が、

 「迷妄の法に著するが故に本心を失ふなり」

  (御書 一八五八㌻)

と仰せのように、邪教団に傾倒すれば、 正常な判断はできなくなる。それが、自分だけでなく家庭をも苦しめる結果となることを恐れるべきである。

 『立正安国論』には、

 「何ぞ同じく信心の力を以て妄(みだ)りに邪義の詞(ことば)を宗(あが)めんや」

  (同 二四九㌻)

とある。

 親が子や孫を思い、 信仰を伝えたいという気持ちは尊い。だからこそ、苦しみの原因である謗法を捨て、唯一絶対の正法である三大秘法に帰依することが大事である。

 今なお、苦しみにもがく人は多く、「自分や家族が地獄に落ちるのでは」と恐れ、抜けられずにいる人もいる。我々はそのような人々の声を聞き漏らさず、救いの手を差し伸ばし続けなければならない。

 

 

 

 

 

 

 


種脱相対

2022年12月29日 | 日蓮正宗要義(一)

⑩日蓮正宗要義 改訂版からの転載

 第一章 日蓮大聖人の教義

 第一節 五綱

 第一項 教

  第一目 五重の相対

              (五)種脱相対

 種脱相対とは、まさに下種益の法仏の法体と、脱益の法仏との相対であり、それはそのまま末法下種の機と、在世脱益の機との相対の意を含む。大聖人の出世の本懐、上行所顕の法門はまさにここに存する。不相伝の諸門流は、このような相対に耳目を驚(きょう)動(どう)し、いまだに異論喧(けん)囂(ごう)としているが、これら異見我流の批判にかかわらず、種脱における法仏の相対は、まさに大聖人独自の正義であることに、いささかも変わりはないのである。

 種脱相対とは、観心本尊抄の

 「彼は脱、此は種なり。彼は一品二半、此は但題目の五字なり」 (新編六五六)

の文、並びに開目抄の

 「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり」(新編 五二六)

の文による。日顕上人は前掲開目抄の「但」の字は一字であるが、 下の三句に冠するものと指南された。すなわち、一念三千の法門は一代諸経の中には但法華経であり、法華経の中には但本門寿量品、本門寿量品の中には但文底深秘の大法の意である。

 これが三大秘伝であり、第一重は権実相対、第二重は本迹相対、第三重は種脱相対に当たるのである。

 総じて日興上人以外の門流においては、文上の法体のほかに文底の法体を認めない。 開目抄によって文底の語は使用されるが、文上久遠の釈尊の法体を顕わす一品二半に対し、それをそのまま束ねたものとして、上行菩薩の唱導による末法の衆生の題目観心をそれに当てているのがほとんどである。法体に当てはめれば、 文上即文底論を主張する。

 そのため種脱の相違を在世と末法の機根に約して考えており、 法体はこの機に応じて、券(けん)(題目の五字)と舒(じょ)(一品二半)の相の異なりはあっても、その実体は在世独顕の本仏釈尊、本法妙法であって、在未の異なりはないとする。券(けん)舒(じょ)の法体は、体異にあらず相異であって、種脱はあくまで在末の機の違いによるというのである。これは大聖人の化導の本義を滅し、御書の意に背く本末転倒の見解である。

 種脱の違いは、開目抄・ 観心本尊抄とも、在末の二機に対する相違のみではなく、文体明らかに種脱の体異を示されるものである。まず第一にいえることは、五重相対・五重三段中の第四重までは、ともに従浅至深・捨劣得勝して教法・教主、いわゆる法仏の体異を明らかにしているから、第五の相対・第五の三段のみを相の異なりとすることは、まことに辻褄が合わない。

 第二には結要付嘱の筋目である。およそ大聖人が上行菩薩の後身として出現せられたことは、何人も認めざるをえないところである。しかし、この上行菩薩としての出現の自覚と、それにより当然決定される法義の筋道については、各派とも存外に無関心か、あるいはあえて掘り下げを好まない。

 大聖人の法門は、霊山会上の契約により、上行菩薩が付嘱の本法である妙法を胸中に持って末法に出現せられ、法華経の予証をことごとく身に当てて行ぜられ、付嘱の妙法と行者の絶大威力を顕わされることがその一つである。

 そこで右付嘱の筋道を明確にして、法門の起尽を定めなければならない。霊山虚空会の結要付嘱により、末法弘通の妙法は既に釈尊の手から離れ、上行菩薩の手中に存している。またこの妙法は一代仏教の根幹であり、それを包摂するから、 この妙法が上行菩薩の所有ということは、取りも直さず一切の仏教が上行菩薩の権能の中にあるということである。既に上行菩薩に付嘱せられた後の釈尊は、末法の化導に何ら具体的な関係を持たれていないことを知るべきである。

 次に第三として、末法出現の妙法蓮華経が本果の釈尊仏法との対比において、本因の位置と体の異を顕わし、もって末法弘通の大法の全貌を示すところに、上行所伝の法門の鋼格があることを知らなければならない。種脱相対こそ大聖人の法門であって、経旨の本迹論までは、天台大師の助言に過ぎないのである。

 この種脱相対は、在世と末法の体同益異を示すものではなく、観心本尊抄の第四の三段の正宗一品二半と第五の三段の正宗一品二半とは名同義異にして、第五の三段の正宗一品二半と下種流通の正体たる題目の五字とは名異義同であり、在世と末法は種脱の意義の異なる所以を判釈されたのである。下種の法と仏に対する脱益の法と仏の異なりは、第五の法門三段と第四の法門三段にあり、その内容において文底と文上、名字凡夫と色相荘厳、本因妙と本果妙、久遠元初と迹中化他、観心直(じき)達(だつ)と理上法相、因果一念と因果並常等の義異が存する。また益異としては下種正益と脱益正益、凡夫即極即身成仏と初住ないし等覚である。すなわち第四の三段の正宗一品二半が文上の義を顕わすのに対し、第五の三段の正宗一品二半は文底の義を詮(あき)らめている。これが「我が内証の寿量品」といわれる所以であり、本果迹中化他の仏身でなく、本因久遠元初を所詮とするのである。

 これを明らめることが種脱相対の内容である。大聖人は佐渡以降において、その法義と宗旨の化導的展開をますます充足なされることによって、末法万年に流通する大法の正体を確立されたのである。

 観心本尊抄の種と脱についての文も、また開目抄の文底秘沈の文も、大聖人が総括して仰せられたものであり、その包蔵する本因名字の大仏法の深義内容は、その後種々な面より教示されるところである。この重の法門が大聖人の諸御書における久遠の法体を示される重要な文に明らかに拝取され、誰人も虚心担懐に法義を談ずるならば首背せざるをえないのである。

 各御書(総勘文抄・当体義抄・三大秘法抄等)に久遠の本地を示されるについて、必ず「当初」の二字を用いられていることもその明証の一つである。この当初の二字は、単なる衍(えん)字(じ)ではない。衍字とするには、重大な文に必ず使われているといわなければならない。当初とは、まさに久遠元初を示されるものであり、総勘文抄によれば、凡夫即極をもって仏法の根源とし、その位妙は本因名字を志向されることが明らかである。天台大師の「本迹約身約位」(玄下 二八二)の決判を軽々に看過してはならない。

 更に大聖人より日興上人への御相伝の本因妙抄に

 「一代応仏のい(域)きをひかえたる方は、理の上の法相なれば、一部共に理の一念三千、迹の上の本門寿量ぞと得意せしむる事を、脱益の文の上と申すなり。文底とは久遠実成の名字の妙法を余行にわたさず、直達正観・事行の一念三千の南無妙法蓮華経是なり」(新編一六八四)

と説かれるところは、入室体信の弟子に相承された法門であるから、その教示は更に明確であり、これまた各御書の文と軌を一にする。

 寿量文底の妙法とは、応仏釈尊の脱益の本門寿量品、つまり色相をもって荘厳する仏の化導の領域ではなく、本因名字の位において証するところの妙法の直達正観であり、真の事の一念三千、即身成仏の法なのである。下種の仏法とは本因名字の妙法であることを明らかにするのが種脱相対である。釈尊や三世十方の諸仏が成仏の根本の種子として尊崇されるのは、妙法五字である。ところが妙法には体・宗・用(ゆう)の三章を具えるから、人格的主体が具わる。その人格は妙法を所有される方であり、取りも直さず末法出現の日蓮大聖人である。これこそ本因妙抄の

 「仏は熟脱の教主、某は下種の法主なり」(新編一六八〇)

の元意、その他開目抄の主師親三徳の開示によるものであり、法と仏に種と脱の別のあることが明らかである。また末法の衆生は下種の仏により、根本の仏乗種を植えられて、凡夫身に即身成仏をなすところの下種の利益であり、在世の脱益の相と明らかに異なっている。我々末代の凡夫が三十二相身皆金色の釈尊と等しくなることは、できるはずもないことであり、凾(かん)蓋(がい)不相応というほかはない。下種の機には下種の教主こそふさわしく、凡夫成仏の目的に合致するのである。もって種脱相対の法門が肝要な所以である。

 

 

 

 

 


本門の本尊

2022年12月27日 | 教学ノート(三)

大白法 平成29年3月16日(第953号)

 「 教 学 ノ ー ト 」 

     ㉚  本門の本尊

 本門の本尊とは、日蓮正宗の教えの根本である三大秘法 (本門の本尊・本門の戒壇・本門の題目)の1つを言います。

 大聖人様は『法華取要抄』に、

 「問うて云はく、如来滅後二千余年に竜樹・天親・天台・伝教の残したまへる所の秘法何物ぞや。答へて曰く、本門の本尊と戒壇と題目の五字となり」(御書 736㌻)

と、末法の御本仏として、法華経の真髄である三大秘宝を説き明かされています。

 また、大聖人様は『本尊問答抄』に、

 「本尊とは勝れたるを用ふべし」(同 1275㌻)

と仰せられています。

 もともと「本尊」という言葉には、

・根本尊崇(法の根本であるから尊い)

・本有尊形(もとのままの尊き姿)

・本来尊重(もとから尊ぶべきもの)

という3つの意義があります。

 大聖人様はこれらの意義が具わる正しい本尊として大漫荼羅を顕わされました。この本尊が本門の本尊です。

 本門の本尊には、「人」と「法」の2つの意義があります。

 「人」の本尊とは、久遠の法体を所持される日蓮大聖人様を言います。

 「法」の本尊とは、事の一念三千の南無妙法蓮華経を言います。

  この「人」と「法」の本尊は一体であり、優劣があったり別々に存在したりするわけではありません。これを人法一箇と言います。御本尊様の中心に「南無妙法蓮華経 日蓮」と認められているのは、大聖人様が人法一箇の御内証を顕わされたものです。

 そして、大聖人様が顕わされた多くの本尊の中で、弘安2年10月12日に顕わされた大漫荼羅本尊こそ、究竟中の究竟とされる最も勝れた本尊です。

 この本尊を「本門戒壇の大御本尊」と尊称し、約700年間、総本山大石寺に厳護されています。

 この本門戒壇の大御本尊様は、三大秘法の意義が具わり、一切衆生を成仏に導く根本の本尊です。

 この御本尊様を固く信じ、それぞれの所属寺院や家庭の御本尊様に向かって、日々勤行・唱題に励むことが私たちの幸せの源となるのです。



 

🖊 三大秘法について

 

       三  大  秘  法  開  合  の  相

 

一大秘法  本門戒壇の大御本尊様

 

三大秘法  本門の本尊ーーー(六大秘法)人本尊 ▶ 八

                    法本尊 ▶ 万

      本門の戒壇ーーー(六大秘法)事戒壇 ▶ 四

                    義戒壇 ▶ 千

      本門の題目ーーー(六大秘法)信題目 ▶ 法

                    行題目 ▶ 門

 

 

 

 

 

 

 


三学

2022年12月25日 | 教学ノート(三)

大白法 平成29年2月16日(第951号)

 「 教 学 ノ ー ト 」 

  ㉙ 三 学

 三学とは、仏道を修行する者が必ず学ばなくてはならない、戒学・定学・慧学の三つの修行のことを言います。

  戒定慧の三学は、 釈尊の数多くの教えに説かれています。

また、あらゆる教えは、この三学に集約されます。

  戒学は、防非止悪(非を防ぎ悪を止む)を旨として、身口意の三業による悪い行いを止め、善い行いを実践するように努めることを言います。

 定学は禅定のことで、心を静めて雑念を払い心が乱れないようにすることを言います。

 慧学は智慧のことで、定学により迷いを払って煩悩を断ち、真理を体得することを言います。

 この三つは、戒律を守ること(戒学)によって禅定に入り(定学)、禅定により真理を照らす智慧を成す(慧学)ので、相互の関係にあります。

 よって、仏道を修行する者は、この三学すべてを具えて、初めて成仏することができるのです。

 日蓮大聖人様は『四信五品抄』に、

 「末法の時代に初めて悟りを求める者は、必ず 円教の三学すべてを実践する必要があるのでしょうか。お答え申し上げると、これは非常に大事なことである。仏様は、末法においては戒と定の二学を止めて、ひたらす慧の一つに限って実践すべきであると仰せである。しかし、智慧を得ることは困難であるから、信心を智慧の代わりにするのである(趣意)」(御書 1112㌻)

と仰せられています。

 つまり、私たちの修行は、三学のうちの慧学に限られるのですが、智慧を得ることは非常に困難であります。よって私たちは、御本尊様への信心をもって成仏のための修行とし、御本尊様より智慧を賜るのです。これを”以信代慧”と言います。

 また大聖人様は、「信の一字を詮と為す。不信は一闡提謗法の因」 (同 1112㌻)

と信心を根本とする修行こそが末法における修行とされ、反対に正法を信じない不信は、成仏できない原因になると御教示されています。

 『本因妙抄』に、

 「信心強盛にして但余念無く南無妙法蓮華経と唱へ奉れば凡身即ち仏身なり」(同 1679㌻)

と仰せのように、私たちは戒定慧の三学が具わる御本尊様に対し、強盛にして確固たる信心をもって御題目を唱え、弘めることにより、即身成仏の大功徳を得られるのです。



🖊 三学と三大秘法

 大聖人様は『御義口伝』に、

 「戒定慧の三学、寿量品の事の三大秘法是なり」

  (御書 1773㌻)

と、 三学を三大秘法に配当されています。戒は本門の戒壇、定は本門の本尊、慧は本門の題目に当たります。大聖人様が顕わされた三大秘法こそ三学の根幹であり、私たちは三大秘法を固く信受して成仏が叶うのです。

 

 

 

 

 

 


誓願

2022年12月24日 | 教学ノート(二)

大白法 平成28年4月16日 (第931号)

 教 学 ノ ー ト

  ⑳ 誓 願

 誓願とは、誓いを立てて成し遂げようと願うことを言います。

特に、仏様が衆生を救済するために誓願を立てて、その成就のために実践することを言います。

 釈尊は『法華経方便品第二』に、

 「舎利弗 当(まさ)に知るべし 我(われ)本(もと)誓願を立てて 一切の衆をして 我が如く等しくして異ること無(な)からしめんと欲しき」(法華経 111㌻)

と説かれているように、一切衆生を成仏させようとの誓願を立てられています。 そして、

「我が昔の所願の如き 今(い)者(ま)已(すで)に満足しぬ 一切衆生を化して 皆(みな)仏道に入(い)らしむ」(同㌻)

と、法華経に至って、その誓願は満足、成就したと説かれています。

 また天台大師は誓願の大事について、誓願を立てない修行は、 あたかも御(ぎょ)者(しゃ)のいない猛牛(ぎゅう)のようなものであり、行き着く先を見失ってしまうと示されています。そして誓願を立てることで修行が持(たも)たれ、赴(おもむ)くべきところに導かれると説かれています。

 (摩訶止観弘決会本下−195㌻)

 このように、誓願を立てるということは、「修行を持続する力」が生まれることであり、私たちの仏道修行において必要不可欠なものなのです。また、この請願の力によって修行が正しく維持でき、赴くべき境界へと正しく導かれるのです。

 日蓮大聖人様は『開目抄』 に、

 「我 日本の柱とならぬ、我 日本の眼目とならぬ、我 日本の大船とならむ等(とう)とちかいし願(がん)やぶるべからず」

  (御書 572㌻)

と、御本仏としての御立場から、日本乃至全世界の一切衆生を救済しようという大誓願(三大誓願)を立てられています。

 また御法主日如上人猊下は、

 「誓願は、掛け声だけであってはなりません。誓願は達成して初めて仏様との誓いを果たすことができるのであって、仏様との約束を果たすため、なんとしてでも総力を結集して達成しなければならないのであります」

 (大白法 901号)

と仰せです。

 私たちは、全世界の一切衆生を救済せんとの大誓願を立てられた大聖人様の弟子壇那として、勤行・唱題・折伏・育成に対して常に誓願を掲げることが大切です。そして、力強い実践の力によって、必ず誓願を果たすことができるのです。 




🖊 ポイント

  仏と菩薩に共通する誓願に四弘誓願

・(衆生無辺誓願度〈衆生を救おうとする誓い〉

・煩悩無數誓願断〈煩悩を断とうとする誓い〉

・法門無尽誓願知〈仏の教えを学ぼうとする誓い〉

・仏道無上誓願成〈仏道を修して成仏しようとする誓い〉) 

があります。

 大聖人様は、四弘誓願の中で化他行の衆生無辺誓願度が最も肝要であり、大聖人様が顕わされた末法本因妙の下種仏法により、一切の衆生を救っていく以外に誓願はないと仰せです(御書 1862㌻)

 

 

 

 

 

 


近年広布の歩み ②

2022年12月22日 | 近年広布への歩み(一)

大白法 令和2年12月16日(1043号)

 宗祖日蓮大聖人様の御聖誕八百年をお祝い申し上げよう ②

 近年広布のあゆみ(平成〜令和)

前回お話したように、法華講は平成2年、御法主上人猊下のもとに、僧俗一致・異体同心して御命題の「三万総登山」を大成功させたのをきっかけに、大きく前進を開始しました。

 この総会で、前御法主日顕上人が、「法華講の未来への大前進を物語るもの」(大白法 三三二号)

と仰せられたように、その後の地涌六万大総会、総本山客殿落慶を記念しての十万総登山、宗旨建立七百五十年慶祝記念三十万総登山大法要と、御命題を賜るたびにすべて達成して、発展してきました。

 『立正安国論』正義顕揚七百五十年の平成21年は、1月3日の出陣式に始まり、記念大法要、七万五千名大結集総会、記念総登山、五回にわたる海外信徒総会が、すべて無事に終了しました。国内外から、延べ五十万人の総登山を達成したのです。7月26日の七万五千名大結集総会では、御法主日如上人猊下より、平成27年までに法華講員を五十パーセント増やすこと、そして令和3年には法華講員八十万人の体勢を築くこと、と新たな御命題を賜りました。

 

総本山御影堂大改修落慶法要

         ー平成25年ー

 『立正安国論』正義顕揚七百五十年の記念事業として、総本山御影堂大改修がありました。これは、老朽化が進んだ御影堂を未来に残し伝えるための、大事な工事でした。すべて解体して、材木や装飾などを一つ一つ修復し、痛んだものは新調して元の姿に戻すという、とても大がかりなものです。工事の開始は平成18年でした。

 平成25年11月14日・15日に、完成した御影堂に、御影堂の御本尊様と宗祖日蓮大聖人様の御影が、工事期間中にお待ち申し上げていた法堂(旧仮御影堂)から御遷座されました。

 11月19日には、御影堂大改修落慶大法要が盛大に奉修されました。

 11月23日から12月20日までの24日間で、四十六回の記念法要が行われ、日本全国と海外から御僧侶、信徒、合わせて五万五千名以上が登山参詣し、みんなでお祝い申し上げました。

 11月23日と24日には、鼓笛隊の代表チームによる、記念演奏も行われました。

 私たちは、法華講員五十パーセント増の御命題達成に全力で精進することを、御宝前に改めてお誓いしたのです。

 

 第二祖日興上人御生誕七百七十年

           ー平成27年ー

 平成27年は、第二祖日興上人御生誕七百七十年の佳節です。

 「すべての法華講支部が現在の講員数をを五十パーセント増加する」という御命題を達成でき、3月8日に第二祖日興上人御生誕七百七十年奉祝大法要が、盛大に奉修されました。

 3月22日からの10日間と海外信徒対象の4月19日で計十一回、奉祝記念法要と法華講員五十パーセント増達成記念大会が行われました。

 国内外から、御僧侶と信徒、合わせて五万七千名以上が登山参詣し、令和3年の宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年の大佳節における「法華講員八十万人体勢構築」の御命題達成に向けて、決意を新たに出陣しました。

 記念事業としては、出版物の刊行、第二祖日興上人御生誕七百七十年記念特別展などがありました。

 

 宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年

            ー 現 在 ー

 宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年の御命題に向けての記念事業は、

①法華講員八十万人体勢構築の推進

②総本山三門大改修、五重塔・諸堂宇修復工事及び関連事業

③宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年慶祝大法要及び記念法要

④記念出版事業

⑤その他委員会において必要と認める事業。

の五つです。先日、令和3年2月16日に慶祝大法要を、令和4年に記念法要を奉修することが発表されました。

 総本山の五重塔や諸堂宇の修復工事は順調に進み、令和3年1月16日には、総本山三門大改修並びに諸堂宇修復完成奉告法要が執り行われます。記念出版として『日蓮大聖人略伝』など、 日蓮正宗の教義や歴史の理解を深めるための書籍が刊行されます。

  法華講員八十万人体勢の推進に向けては、世界中の支部で、力を合わせて真剣に折伏・ 育成に励んでいます。

 御法主日如上人猊下は、

 「折伏の方法が解らないという人がいたら(中略)何はともあれ動いてください。折伏はこうやったら絶対にうまくいくというような秘訣はないのでありますから、まず立ち上がって動くことであります。折伏に打って出ることであります。動けば必ず智慧が湧きます」(同 七一七号)

と御指南されています。

 

記念事業諸堂宇の修復工事 

・鬼門修復工事   平成28年12月20日

・五重塔修復工事  平成29年 1 月16日

・二天門修復工事  平成29年11 月 1 日

・三門大改修工事  令和 3 年 1 月 16日

・総本山三門大改修並びに諸堂宇修復完成奉告法要    令和 3 年 1 月 16日

 

 

 

 

 

 


因果・因縁

2022年12月20日 | 教学ノート(二)

大白法 平成28年2月26日(第927号)

 「 教 学 ノ ー ト 」

  ⑲ 因 果・因 縁

 因果の「因」とは原因、「果」とは結果のことで、仏法における最も基本かつ重要な法則を言います。

 一切の事物の原因には必ず結果があり、過去・現在・未来の三世を通じる因果の法則により、行為や言動、思考などのすべての原因が、後にその報いとして善悪の結果(果報)を体や心に受けるのです。

  大聖人様は、その論証として『開目抄』に、

 「過去の因を知らんと欲せば、其の現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲せば、其の現在の因を見よ」(御書 571㌻)

と、『心地観経』 を引かれています。

 

 また、「因」という直接的な原因だけでは結果は生じません。

因を助ける「縁」という間接的な原因があって、初めてその果報を生ずるのです。

 そして、この「果報」が 次の因や縁となる故に、因果は三世に亘って繰り返していくのです。

 我々が成仏という最高の果報を得る方途も、この道理と同じであり、最高の因縁に依らなければなりません。

 よって、 善き結果(成仏)を得るためには正しい教えや本尊に対して善き原因(修行)を積むことが大切であり、反対に、 間違った教えや本尊に対して修行をすれば、かえって悪果を得て苦しむことになってしまうのです。

 これを 善因善果、悪因悪果と言います。

 また、因果には、本来原因から結果への経過において時間的な差が生じます。

 釈尊が法華経以前に説かれた爾前経には、衆生が生死を繰り返し、長い間修行を重ねて煩悩を断じ、最後に仏の境界に至る修行法として歴劫修行が説かれるように、結果には長い修行期間(原因)を経なくてはならないと説かれています。

 しかし、大聖人様は、『観心本尊抄』に、

 「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五時に具足す。我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ」(同 653㌻)

と説かれるように、大聖人様の御法門は、仏様の因行(成仏の原因となる修行)と果徳(修行の結果として得た悟りの功徳)の両方が具わっているのです。

 よって、 我々が本門戒壇の大御本尊に向かって真剣に勤行・唱題に励む修行には、受持即観心の義によって、直ちにその身そのままの姿で成仏という最高の境界に至ることができるのです。




🖊 ポイント

 前御法主日顕上人猊下は、

 「仏法においては『身は心の従』と教えており、身体は心の善悪に従ってあらゆる変化が生じ、そこに種々の病気や不幸が現れるのであって、その病気の元は過去・ 現在・未来の三世にわたる心の因縁果報に損するのであります」(大白法 609号)

と御指南されています。 このように、 現世における病気や不幸の原因は、全て心の善悪によるものなのです。

 

 

 

 

 

 


近年広布の歩み ①

2022年12月20日 | 近年広布への歩み(一)

大白法 令和2年11月16日(1041号)

宗祖日蓮大聖人様の御聖誕八百年をお祝い申し上げよう  ①

 近年広布のあゆみ(平成)

 

 日蓮正宗の目的は、正しい教えを弘めることです。その正しい教えとは、御本仏・日蓮大聖人様の仏法です。

 多くの人が、信仰と自分たちの人生や生活がどう結びついているのかを知りません。

 「信仰が幸・不幸に関係があるとは思わない」「自分の身近な、縁のあった神や仏を信じればいいのではないか」などと思っています。それが間違いで、正しい御本尊を選んで正しく信仰をすることで幸せになれると教えてくださったのが大聖人様です。

 御法主日如上人猊下より、「信仰とは実践である」(大白法六九八号)「折伏には行動が伴わなければなりません(趣意)」(同六九三号)と御指南 戴くように、願ってるだけ、思ってるだけでは平和も幸せもやってきません。 

 日蓮正宗の歴史は、日蓮大聖人様御在世の頃から今に至るまで、すべての人の幸せのため、折伏の実践をしてきた歴史とも言えます。

 来年(令和三年二月十六日)、日蓮大聖人様の御聖誕八百年という大きな節目を迎えます。そこで今回と次回の二回で、特に近年、日蓮正宗の勢いが増した歴史を振り返ります。

 

 総本山大石寺は、第二祖日興上人が、

 「富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり」

  (御書『日蓮一期弘法付嘱書』一六七五㌻)

と御遺命を受けられて謗法と化した身延山を離れ、南条時光殿が寄進された最も適切な富士の地に、本門戒壇の大御本尊様を御安置あそばされたところから始まります。

 末法万年の広宣流布の、根本となる礎を築くために、日興上人様が総本山大石寺を開かれてから七百年ーーー



総本山大石寺開創七百年

     ー平成2年ー

 昭和58年、総本山第67世日顕上人より、「今から7年後に、大石寺開創七百年が巡ってくる。その時に法華講は三万人が登山しなさい(趣意)」と御指南を賜りました。 

 三万人の総会のためには五万世帯になろうとめざして迎えた 「三万総登山」(法華講連合会第二十七回総会)」の当日は、目標を超え、四万名以上も結集しました。

 この結集の時に、日顕上人から平成6年には、地涌六万恒河沙(※) にちなみ法華講六万世帯の達成を目標に「一年に一人が必ず一人を折伏しよう」 と御指南を賜り、平成広布の大前進が始まりました。

 この直後、不思議なことに日蓮正宗の信徒団体であった創価学会の大謗法が明らかになりました。創価学会が要望によって大聖人様の仏法を破壊し始めたのです。

 真の僧俗和合、団結して大聖人様の破邪顕正の御教えのまま、正しく広宣流布していく時を迎えたことを、法華講の誰もが自覚したのが平成2年でした。

 

(※)地(じ)涌(ゆ)六(ろく)万(まん)恒(ごう)河(が)沙(しゃ)とは、法華経『従地涌出品』というお経に出てくる、末法で正法を弘めるために現われた地涌の菩薩とその眷属のことで、御本仏日蓮大聖人様の法を弘める人のことです。

 恒(ごう)河(が)は、インドのガンジス川、沙は砂のこと。六万恒河沙とは、ガンジス川の砂のように数え切れないくらい多いことを表わしています。

 

 地涌六万大総会新六万塔建立

              ー平成6年ー

 平成6年は、元旦からの百日間にわたり、六百億遍の唱題行が行われました。御法主上人猊下のもとに僧侶と信徒が自行化他の題目を唱え、正法広布の大前進を誓うため新六万塔が建立されました。

 7月23日には広布坊が建立され、翌日に開催された「地涌六万大総会」 で、日顕上人は、

「広布の確実な進展とともに法界を浄化し、精気・清風を世に送り、 国家社会の自他具安同帰寂光の礎を建設することにより、広大な仏恩に報い奉るとともに、その実現に向かい、法華講の皆様の広布に対する偉大な実証を、本日よりの折伏大前進をもって顕していただきたい」

 (大白法 四一四号)

と御指南され、さらに8年後の平成14年、「宗旨建立七百五十年」の大佳節をめざして、三十万人以上が参加して大法要を奉修する旨の御命題を仰せられました。

 

 宗旨建立七百五十年慶祝記念

                                          ー平成14年ー

 平成14年の宗旨建立七百五十年には「法華講三十万総登山」 と銘打たれた登山が、3月から始まりました。「記念大法要」 の奉修、「記念出版事業」「特別記念展」の開催、さらに10月12日には、全国僧俗の御供養によって建立された奉安堂の落慶大法要を奉修して、大佳節の年を慶祝しました。

 落慶記念大法要で日顕上人より、大聖人様が『立正安国論』 を顕わされて七百五十年の平成21年に、 折伏と育成で地涌の友を増やし、大結集するようにと、新たな御命題を賜りました。

 平成17年、総本山第68世日如上人猊下が御法主上人となられました。

 

 立正安国論正義顕揚七百五十年

           ー平成21年ー

 平成21年は、「『立正安国論』 正義顕揚七百五十年」を記念して、総本山塔中の坊を建て替えたり、宝物殿で「記念展」の開催、「海外信徒二万名大結集総登山」など、様々なことが行われました。4月から7月まで、百日間唱題行も行われました。

 7月15日・16日に「記念大法要」が行われ、26日には、「七万五千名大結集総会」が開かれました。 総会で御法主日如上人猊下より、①平成27年の日興上人御生誕七百七十年までに法華講員が五十パーセント増になること、②令和3年の大聖人様御聖誕八百年までに法華講員八十万人の体勢を築くこと、と御命題を賜りました。

 

 

 

 

 

 


法華経の行者

2022年12月18日 | 教学ノート(三)

大白法 平成29年1月16日(第949号)

 「 教 学 ノ ー ト 」 

  ㉘ 法華経の行者

  法華経の行者とは、法華経に説かれている教えの通りに修行して、教えを弘める人を言います。 

 日蓮大聖人様は、法華経を説かれた釈尊をはじめ、 中国の天台大師(智顗(ちぎ))、日本の伝教大師(最澄)を法華経の行者とされています。

  末法の法華経の行者については、釈尊が『法華経勧持品第十三』の、

 「 仏(ほとけ)の滅(めつ)度(ど)の後(のち)の  恐(く)怖(ふ)悪世の中に於て 我等当(まさ)に広く説くべし 諸(もろもろ)の無智の人の 悪(あつ)口(く)罵(め)詈(り)等(とう)し 及び刀(とう)杖(じょう)を加うる者有らん(中略)数(しば)数(しば)擯(ひん)出(ずい)せられ 塔(とう)寺(じ)を遠(おん)離(り)せん」

 (法華経 375㌻)

という二十行(ぎょう)の偈(げ)文(もん)に、三類の強敵が競い起こり様々な難に遭(あ)うことが説かれています。

 

 大聖人様は『寂日房御書』に、

 「勧持品の二十行の偈の文(もん)は日本国の中には日蓮一(いち)人(にん)よめり」

  (御書 1393㌻)

と、この法華経勧持品二十行の偈に説かれる経文の通りに身をもって読まれたのは、日本国においては、大聖人様ただ御(お)一人(ひとり)であると仰せられました。

 さらに、大聖人様は『種々御振舞御書』に、

 「今 日蓮は末法に生まれて妙法蓮華経の五時を弘めてかゝるせ(責)めにあへり。仏(ぶつ)滅(めつ)度(ど)後(ご)二千二百余年が間、 おそらくは 天台智者大師も『一(いつ)切(さい)世(せ)間(けん)  多(た)怨(おん)難(なん)信(しん)』の経文をば行じ給はず。

 『数(さく)々(さく)見(けん)擯(ひん)出(ずい)』の明(みょう)文(もん)は但(ただ)日蓮一人なり」(同 1062㌻)

と仰せられて、末法に出現して妙法五字を弘痛し、法華経の経文をその身に実証された真の法華経の行者は、御自身のみであることを明かされたのです。

 そして、大聖人様は『右衛門大夫殿御返事』に、 

 「日蓮は上行菩薩の御使ひにも似たり、此の法門を弘むる故に(中略)斯(し)人(にん)行(ぎょう)世(せ)間(けん)の五(いつつ)の文字の中の人の文字をば誰とか思(おぼ)し食(め)す、上行菩薩の再誕の人なるべしと覚(おぼ)えたり」(同 1435㌻)

と仰せのように、上行菩薩の再誕として、根本の妙法を弘通し、末法の衆生に下種折伏されました。

 しかし、この上行菩薩の再誕という御(お) 立(たち)場(ば)は、 一往(浅い義)であり、再往(一重立ち入った真実の義)は末法の一切衆生を救済される久遠元初の御本仏であらせられるのです。 




🖊 ポイント

 大聖人様は、『四菩薩造立抄』に、

 「総じて日蓮が弟子と云って法華経を修行せん人々は日蓮が如くにし候へ」(御書 1370㌻)

と仰せられ、第二祖日興上人は『佐渡国法華講衆御返事』に、

 「このほうもんはしでしを、たゞして、ほとけになるほうもんにて候なり」

と仰せられています。

 私たち、大聖人様の弟子壇那である日蓮正宗の僧俗は、御本仏大聖人様の教えの通りに、日々信心修行に邁進することによって成仏することができるのです。

 

 

 

 

 

 


十四誹謗

2022年12月17日 | 教学ノート(二)

大白法 平成28年1月16日(第925号)

 「 教 学 ノ ー ト 」

  ⑱ 十 四 誹 謗

 十四誹謗とは、正法に対する謗(そし)りのことで、前のページで学んだ「謗法」の姿を十四種に分類して、より具体的に説明したものです。

 日蓮大聖人様は『松野殿御返事』に、

「『悪の因に十四あり。一に憍慢(きょうまん)・二に懈怠(けだい)・三に計我(けが)・四に浅識(せんしき)・五に著欲(じゃくよく)・六に不解(ふげ)・七に不信(ふしん)・八に顰蹙(ひんじゅく)・九に疑惑(ぎわく)・十に誹謗・十一に軽善(きょうぜん)・十二に憎善(ぞうぜん)・十三に嫉善(しつぜん)・十四に恨善(こんぜん)なり』と十四誹謗の名目を挙げられて、在家・僧侶共に誡めなければならないと示されています。

 大まかに十四誹謗の意味を述べると、

一に憍慢とは正法に対して驕(おご)り、侮(あなど)ること。

二に懈怠とは仏道修行を怠(おこた)ること。

三に計我とは正法を自己の考えで推し量り我見に執着すること。

四に浅識とは正法を自己の浅い知識で判断し、より深くを求めないこと。

五に著欲とは欲望に執着して正法を求めないこと。

六に不解とは正法を理解しようとしないこと。

七に不信とは正法を信じないこと。

八に顰蹙とは正法に対して顔をしかめ非難すること。

九に疑惑とは正法を疑うこと。

十に誹謗とは正法を謗ること。

十一に軽善とは正法を信受する者を軽蔑(けいべつ)すること。

十二に憎善とは正法を信受する者を憎(にく)むこと。

十三に嫉善とは正法を信受する者を嫉(ねた)むこと。

十四に恨善とは正法を信受する者を恨(うら)むことを言います。

 これらを犯したものが受ける罪の報いについて法華経『譬喩品第三』には、

 「常に地獄に処すること 園観に遊ぶが如く 余の悪道に在ること 己が舎宅の如く」(法華経 180㌻)

と、常に地獄や畜生などの悪道の苦しみを受け、その悪道の中でしか生きられない境界になると明かされています。

 大聖人様は、この十四誹謗の中でも特に、

 「十四誹謗も不信を以て体と為せり」(御書 39㌻)

と説かれ、 また御法主日如上人猊下は、

 「信ということがいかに大事であるか。つまり信ずるということが成仏の鍵であり、不信は謗法の根源なのであります。ですから、まず信心がなければ絶対にだめだということになるのです」

  (大白法 748号)

と仰せです。

 私たちは御本尊様に絶対の確信を持ち、常に十四誹謗を誡めて正直に信心修行に励むことが成仏の鍵となるのです。




🖊 ポイント

 大聖人様は、

 「いかに日蓮いのり申すとも、不信ならば、ぬれたるほくちに火をうちかくるがごとくなるべし、はげみをなして強盛に信力をいだし給ふべし」

  (御書 1407㌻) 

と、大聖人様がいかに祈ったとしても、私たちが御本尊様を信じなければ、濡れた火口(ほぐち)に火を打ち掛けるようなもので無駄になってしまう、されば、なお一層、強盛な信力を出(い)だして日々励みなさいと仰せられています。

 

 

 

 

 


倶舎宗

2022年12月16日 | 仏教各宗(一)(南都六宗)

第一章 仏  教  各  宗   から転載

  一、南 都 六 宗

    倶 舎 宗(現在、宗名あるだけ、宗団は存在しない)

【沿革】

 倶舎宗は、『倶舎論』を依りどころとして仏教教理を研学する学問宗派であり、成実宗、三論宗と共に「論宗」とも呼ばれた。論宗とは、経律論の三蔵のうち、論蔵を基にした宗派である。

 『倶舎論』は、正式には『阿毘達磨倶舎論』と言い、小乗の『阿毘達磨発智論』の註釈書である『阿毘達磨大毘婆沙論』の教理を、インドの世親が組織的にまとめたものである。『倶舎論』は、中国では陳の光大元(五六七)年、真諦によって訳出され、次いで唐の高宗の永徽(えいき)五(六五四)年、玄奘によって新訳された。以後、『倶舎論』の 研究は、真諦系と玄奘系との二系統に分かれたが、次第に玄奘の系統が盛んとなった。

 日本には法相宗と共に現場の系統が伝えられたが、これには法相宗と同様、南寺伝(元興寺伝)と北寺伝(興福寺伝)との二伝がある。天平勝宝三(七五一)年ころ、倶舎宗として一宗派を形成したが、延暦二十五(八〇六)年以後は、法相宗の寓宗(他宗に寄寓する宗派。付宗とも言う)となっている。

 

【教義の概要】

 『倶舎論』では、一切の存在を構成する要素を指して「法(だるま)(達磨)」と呼び、この法の離合集散によって、自己およびあらゆる現象界が成立していると説く。そして、この諸法を色法・心法・心所法・心不相応行法・無為法の五位に分け、さらにそれを七十五法に細別し、これによって輪回の世界を説明している。この法によって構成される現象界の事物は、すべて無常であり無我であるが、その法自体は実有であると説いている。このように、一切は実有であると説く人々を「説一切有部」と称した。

 倶舎宗の教理は「用滅説」と「体減説」に大別することができる。「用滅説」とは南寺伝で主張されるもので、諸法はその実体が生滅するのではなく、作用が滅するのであって、実体は三世にわたって実有であるとする説である。これに対して「体減説」とは、北寺伝で主張されるもので、諸法は縁によって生じ、刹那刹那にその実体は滅亡するという説である。

 

【修証論】

 倶舎宗では、煩悩を断じ悟りを得る観法として「四諦十六現観」を説き、これによって小乗の極果である阿羅漢果の位に至るとしている。

 四諦とは、苦諦・集諦・滅諦・道諦という四つの真理のことで、釈尊が最初の説法で説いたものと言われている。

 一、苦諦とは、迷いのこの世はすべてが苦であるということ。(迷いの果)

 二、集諦の集とは招集の意を言い、苦諦である迷界の果報を招く因と縁のことで、煩悩と業が説かれる。(迷いの因)

 三、減諦とは、一切の煩悩を減尽した状態が涅槃の境地であること。(悟りの果)

 四、道諦とは、涅槃(減諦)に至るための修行を言い、八正道を実践すること。(悟りの因)

 

 また四諦十六現観の現観とは、見道の位において無漏智(煩悩を離れた智慧)によって四諦の理を観ずることを言う。説一切有部の修証論によれば、修行者は見道の位において、欲界の四諦を観ずる智(法智)と、色界・無色界の四諦を観ずる智(類智)をもって現観すると言い、この二つの智にそれぞれ「忍」と「智」があり、智慧を生ずる因としての八忍と、見道の位で得られる無漏智としての八智を合わせて十六心となり、これをもって四諦の理を観ずることから四諦十六現観と言うのである。



【破折の要点】

 ▶倶舎宗では、現象界は無常・無我であるが、それを構成する法自体は実有であると説いている。これは釈尊が外道の考えを破すために説いた初歩的な仏教教義である。 しかし、法の実有に固執すれば、仏教の基本理念である諸法無我の原理に背くことになる。 この実有思想を破折したのが大乗の教えである。

 大乗の中でも法華経は、空仮中の三諦円融をもって諸法の実相を 説き明かしている。したがって、倶舎宗の教義は諸法についての一面のみを明かしたもので、法華経に説かれる教えに対すれば、はるかに低い教えである。

 

 ▶倶舎宗は小乗の教えによって立てられた宗派で、説かれる修行も歴劫修行である。たとえ修行の末に悟りを得たとしても、それは小乗の極果である阿羅漢果でしかなく、法華経に説かれる即身成仏には全く及ばない。 

 

 ▶倶舎宗は、平安時代の初めには法相宗の寓宗となり、現代では宗名が残っているだけで、宗団としては存在しない。

 

 

 

 

 


末法

2022年12月16日 | 教学ノート(三)

大白法 平成28年12月16日(第947号)

 「 教 学 ノ ー ト 」 

  ㉗ 末 法

 末法とは、正・像・末の三時のうち、第三番目の時代のことを言います。

末法について『大集経』には、

 「次の五百年は、我が法中において、闘諍言訟し、白法恩没し損減して堅固なり」

と、釈尊の仏法の力がなくなり、人心が荒れて、世相の混乱により争いの絶えない時代であると説かれています。

 また、末法の衆生について、日蓮大聖人様は『妙法曼荼羅供養事』に、

 「三千大千世界の一切衆生の眼(まなこ)をぬける罪よりも深く、十方世界の堂塔を焼きはらへるよりも越えたる大罪を、一人して作れる程の衆生、日本国に充満せり」(御書 690㌻) 

と、貪欲・瞋恚・愚癡などの本能が盛んで、まるで大重罪を犯したほどの罪深い人々であると仰せられています。

 釈尊は、この末法の衆生を救う教えについて、『法華経薬王菩薩本事品第二十三』に、 

 「我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して、断絶せしむること無けん」

  (法華経 539㌻)

と説かれ、それは法華経であり、広く世界に弘められるとされています。

  しかし、大聖人様は『上野殿御返事』に、

 「今、 末法に入りぬれば余経も法華経もせ(栓)んなし。但(ただ)南無妙法蓮華経なるべし」

  (御書 1219㌻)

と、釈尊が説かれた法華経では救われないと説かれました。それは、末法の衆生には、釈尊の説かれた法華経では功徳がないからです。

 よって、先の『薬王菩薩本事品』の経文は、法華経でなく、南無妙法蓮華経の大白法が末法に広宣流布することを予証されたものなのです。

 そして、大聖人様が『蓮盛抄』に、

 「夫仏は一切衆生に於て主師親の徳有り」 (同 28㌻)

と説かれ、『開目抄』に、

 「日蓮は日本国の諸人に主師父母なり」(同 577㌻)

と説かれるように、大聖人様こそが末法の御本仏であることを御示しです。

その大聖人様が説き顕わされた法華経の肝要である「南無妙法蓮華経」によらなければ、幸せになることができないのです。

 私たちが生まれた末法の世相は混乱を極めています。しかし、私たちは、大聖人様の教えを弘めることによって末法濁悪の世を、安穏で平和な世界へと変えていくことができるのです。



🖊 ポイント

 大聖人様は、像法時代に生まれた天台大師や伝教大師について、

 「此等の論師人師、末法闘諍堅固の時、地涌出現し給ひて本門の肝心たる南無妙法蓮華経の弘まらせ給ふべき時を知りて、恋させ給ひて是(か)くの如き釈を設けさせ給ひぬ」(御書 1500㌻)

と、根本の南無妙法蓮華経が弘められる末法に生まれることができなかったため、末法に対して憧れの念を懐いていたと仰せられています。

 

 

 

 

 

 

 


南都六宗

2022年12月15日 | 仏教各宗(一)(南都六宗)

第一章 仏 教 各 宗 から転載

 一、南都六宗

 「南都六宗」とは、奈良時代の六つの宗派、倶舎宗・成実宗・ 律宗・ 法相宗・三論宗・華厳宗を言う。「南都」とは、後に京都(平安京)を北都と言ったのに対して、奈良(平城京)を指したものである。

  日本への仏教の公伝は六世紀の欽明天皇(または宣化天皇)の時代であるが、推古天皇・聖徳太子(五七四〜六二二)の時代に至って本格的に招来された。

  聖徳太子は、摂政として仏教思想を基とした国家社会の構築を目指し、推古天皇十五(六〇七)年、遣隋使・小野妹子を派遣した。 その後も僧侶を含む多くの留学生を髄に派遣して、積極的に大陸文化の摂取に努めた。さらに太子自らも四天王寺を建立し、敬田院・悲田院・施薬院・療病院の四箇院を設置して社会福祉事業を興したほか、法隆寺・中宮寺等を建立して仏教思想に基づく政治を行い、飛鳥時代の繁栄を築いたとされる。

 聖徳太子没後、まもなく三論宗が伝わり、次いで法相宗が伝わった。 この両宗に付随して成実宗・倶舎宗が伝えられたが、二宗は三論・法相の両教学を学ぶための補助的な学問宗派に過ぎなかった。さらに奈良時代には華厳宗と律宗が伝えられた。

  これら南都六宗は、独自に宗派を形成したものではなく、寺院も原則的には官立であり、国家の庇護のもと、鎮護国家の祈願所としての役割を担うと同時に、仏教教理を研究する場所でもあった。

 八世紀になると、全国的に律令体制が確立されるにともない僧尼令等が布かれ、 仏教も国の統治機構に組み込まれていった。

 また、聖武天皇は国家の安康と五穀豊穣を祈るため、全国に国分寺(金光明四天王護国之寺)・国分尼寺(法華滅罪之寺)を建立し、さらに総国分寺として東大寺を建立した。

 平安時代に入ると、仏教大師最澄と南都六宗との間で幾多の論争が起こった。延暦二十一(八〇二)年、高雄山寺(神護寺)において、最澄は南都六宗七大寺の高僧らに対し、天台の三大部を講じて法華一乗思想を宣揚した。

南都六宗側は最澄の講説に反駁(はんばく)することができず、最澄を讃歎(さんたん)する旨の書状を桓武天皇に提出した。








【南 都 六 宗 関 連 図】



南都六宗ーーー総本山・大本山ーーー現在の宗派

 

華厳宗 ーーー東大寺 ーーーーーー 華厳宗

     |

三論宗 ー|

     |

成実宗 ー|

     |

倶舎宗 ーーー元興寺 ーーーーーー

                |

     ーー興福寺 ーーーー |

     |        | |

法相宗 ーーー薬師寺 ーーーーーー 法相宗

     |

     ーー法隆寺 ーーーーーー 聖徳宗

     

律宗 ーーー唐招提寺ーーーーーーー 律宗

           |

           ー西大事ーー 真言律宗

 

 

 

 

 

 

 


はじめに

2022年12月14日 | 仏教各宗(一)(南都六宗)

 『諸宗破折ガイド』

   仏 教 各 宗  令和四年九月十二日  初版発行  から転載

  はじめに

 このたび『諸宗破折ガイド』の分冊版第一巻「仏教各宗」を発刊いたしました。

 『諸宗破折ガイド』は宗旨建立七百五十年慶祝記念局の記念出版委員会の編纂により、

平成十五年三月二十八日に刊行され、平成十九年一月一日に改訂第二版を刊行いたしました。

 

 今回の改訂にあたっては、

各宗派の本山所在地や寺院数などの基本情報を最新のものに改めるとともに本文全体を見直し、より正確な把握ができるように努めました。

 本宗僧俗におかれましては、本書を熟読玩味し、折伏弘通に邁進されることを念願いします。

 最後に、改訂作業に当たって宗内の関係各位に多大な協力をいただきましたことに厚く御礼申し上げます。

 

  令和四年九月十二日

                                  日蓮正宗宗務院






  第 1 章  仏 教 各 宗

 

 宗教団体法が施行された昭和十五年以前、宗教学上で伝統教義と定義される日本の仏教宗派は、十三宗五十六派に分かれていた。十三宗とは、法相宗・華厳宗・律宗・天台宗・真言宗・融通念仏宗・ 浄土宗・臨済宗・浄土真宗・曹洞宗・日蓮宗・時宗・黄檗(おうばく)宗(成立順)である。

 戦後、新しい宗教法人法のもとで、それぞれの宗派内で分立が起こり、令和元年には百五十六派(宗教年鑑・令和二年版)を数えるに至っている。

 ここでは、これら十三宗のうち、日蓮系を除く各宗派を南都六宗・天台系・真言系・浄土系・禅系に分類し、そこに属する現存の宗派について、沿革・教義・修行等の概略を述べ、破折を加える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


三時

2022年12月13日 | 教学ノート(三)

大白法 平成28年11月16日(第945号)

 「 教 学 ノ ー ト 」 

  ㉖ 三 時

 釈尊は自らの入滅後、仏法が流布していく順序を「正法時代」の千年、「像法時代」の千年、「末法時代」を万年と3つの段階(時)に分けられました。 

 また、大集経では、500年ごとに区切って「五箇の五百歳」としてその特長を説いています。

 三時に、この五箇の五百年を当てはめると、まず、

釈尊入滅後、

最初の五百年は「解脱堅固」と言い、衆生の根性が素直であったことから、仏の智慧を得て悟りを開く者が多い時代です。 

 次の五百年は「禅定堅固」 と言い、悟りを得るために心をひとつに定めて深く思惟する修行が広く行われる時代です。

 この千年は、仏の教えが正しく伝わる時代という意味から正法時代と言い、迦葉・阿難・竜樹・天親等の人師論師(仏法を習い極めた人)が、小乗教や権大乗教を弘めました。

 三番目の五百年は「読誦多聞堅固」と言い、お経を読誦し聴聞することが広く行われる時代です。

 四番目の五百年は「多造塔寺堅固」と言い、寺院や仏塔の建立が広く行われる時代です。

 この千年は、教えや修行の形のみが、正法時代に像(に)ているという意味から像法時代と言い、天台大師・伝教大師等が法華経迹門の教えを弘めました。

 そして、五箇の五百歳の最後、第五の五百年は「闘諍言訟・白法隠没・損滅堅固」と言い、釈尊の仏法が衰え、人々の心が荒廃し争い合う時代になって、仏法を修行しない者が充満することから末法時代と言うのです。また「 第五の五百年」は五百年間ではなく、「万年」という未来永劫を指します。

 釈尊は、『法華経神力品二十一』に、

 「日月の光明の 能く諸々の幽冥を除くが如く 斯の人世間に行じて 能く衆生の闇を滅し」

  (法華経 516㌻)

と説かれたように、釈尊の教えが隠没(衰えてなくなってしまう) する末法には、「斯の人」が出現して、衆生を救う大白法を説かれるとされています。 この方こそ、末法に妙法蓮華経を弘通された御本仏日蓮大聖人様なのです。

 天台大師は、

 「後の五百歳、遠く妙道に沾(うるお)わん 」

と、後の五百歳、つまり遠く未来にわたって妙法が流布することを予証されています。

 私たちは、末法の今こそ妙法流布の時代であることを知り、広宣流布に向かって日々折伏行に邁進することが大切です。



 

 

 

🖊 ポイント

 大聖人様は、『種々御振舞御書』に、

「今日蓮は末法に生まれて妙法蓮華経の五字を弘めてかゝるせ(攻)めにあへり。 仏滅度後二千二百余年が間、恐らくは天台智者大師も『一切世間多怨難信』の経文をば行じ給はず。 『数々見擯出』の明文は但日蓮一人なり」(御書 1062㌻)

と仰せのように、大聖人様こそ、妙法五字の弘通によって、法華経の経文に説かれる数々の法難を、身をもって拝読された真の法華経の行者、末法の御本仏であらせられるのです