高橋靖子の「千駄ヶ谷スタイリスト日記」

高橋靖子の「千駄ヶ谷スタイリスト日記」

お天気力

2005-05-30 | Weblog
伝説の喫茶店といわれている原宿の「レオン」は、「入るのには勇気が要った」という人がけっこう多い。10時過ぎて、クリエイターが出たり入ったりし始める。そこは打ち合わせの場所になったり、事務所での作業に疲れた人の息抜きや気分転換の場所になったりした。その雰囲気に気後れする人たちがいたのだろう。
でも、朝8時くらいに開店してからの数時間は、どこにでもある街の喫茶店だった。仕事前のスーツ姿のサラリーマンなどもここでコーヒーを飲んで職場に向かっていた。
私は一児の母親になっていたが、開店したばかりのレオンで、よく親子3人で過ごした。喫茶店のトーストを離乳食代わりに子供の口に突っ込んでいる父親の楽しそうな姿のスナップがある。子供がいて海外ロケに出かけると、気になるのはそのスケジュールだった。お天気次第の撮影になるが、どんなことをしても、予定通りに帰ってきたい。そのためにいつも、心の中で良い天気を祈った。

ある時、こんなことがあった。香港の駐車場で、日本ではちょっと考えられないことだが、車を燃やしながら撮影することになった。それも、夜から明け方までの時間帯だ。闇夜にギラギラの照明の準備も整って、いざ撮影という時、大粒の雨が降り出し、とりあえず、カメラや危険な照明などを雨から護るため、現場は右往左往の状態になった。私は駐車場の隅っこにうずくまって祈った。
「今夜撮影ができないと困ります。雨は止んでください。そして朝まで決して降らないで。この願いを聞いてくれた証拠にこれから空を見上げるから、星を見せて。そのあとは朝まで、曇り空のままでいいから、雨だけは降らせないでください」
私はつぶっていた目を開けて、夜空を見上げた。雨が止んで、途切れた雲のあいだから、一瞬星空が見えた。それから肌寒い曇りがつづいたが、撮影は無事早朝に終った。

ロケ中は朝起きると、水の入ったコップをホテルのベランダや窓辺においてお天気を祈ることがあった。撮影中曇ってくると、目をぎゅっとつぶって、快晴の空をイメージした。なんだか効力があるような気がしたけど、そのことは他の人にはしゃべらなかった。
子供が大きくなるにつれ、そんなオマジナイも忘れ、そのせいか私のお天気力も、すっかりどこかに飛んでいってしまった。

写真 (撮影・なぞのひと) 外苑のいちょう並木で。