3月11日は普段通り職場で仕事中でした。
午前中は作業が上手くかみ合わず若干遅れ気味で午後で午前中の分を挽回すべく頑張っていたところ、ちょっとした揺れ。
「どこか遠くの方で大きな地震かなぁ」と思ったのもつかの間、だんだんと揺れが大きくなり立っているのがやっとなくらいになり、職場内は停電。さらにものがどんどん倒れ始めてこれ以上強くなったら建物が崩壊するなというぐらい激しい揺れでした。
幸い揺れは建物が壊れる前におさまったのですが、点呼や安全確認の後課長の指示で外へ避難。とりあえず従業員は全員無事だったようですが、敷地内や前の道路は液状化でぐちゃぐちゃになっていました。しばらくその場で待機という事になり待っていると近隣の会社からも脱出してくる従業員が見えたり、上空を自衛隊の輸送機が低空飛行していたりとなんだか物々しい雰囲気。
停電もしているし仕事にならないという事で帰宅指示が出ました。着替えるためにロッカールームに戻ったところまた大きな揺れ。急いで着替えて駐車場に向かうも、激しく液状化で一部通行不能な通路があったりしたので、パレットを敷いて応急通路を作ってくれるのを待って行ってみると、駐車場も液状化で大きく亀裂が走ったり陥没箇所があり、タイヤが半分近く水につかった車もありました。
幸いこの日はいつもと違う場所に駐車したので無事でしたが、駐車場から道路に出るといつもの経路は泥で水没、ならば反対側…と向かうとこちらは大きな段差ができていて通行不能。もう一回泥の方に引き返して通ってみたら何とか通過できました。
職場から埋め立てられたとおぼしきエリアは停電していたようで、非常用電源を備えていたっぽい国道との大きな交差点以外信号も消えていたのですが、京葉道路を越えると電気は来ていたらしく、信号も普通に点灯してました。ただ、液状化で波打った道路や縁石がぐちゃぐちゃの歩道、それからブロック塀が倒れたり傾いたりしている家が散見されたり、駅周辺ではショッピングセンターから避難した人たちが公園や広場に集まっている姿を見るなどやっぱり非常事態なんだと認識。
何とか自宅に着くと、家族は無事。家もσ(^^♪の部屋で本棚から物が散乱した以外目立った損傷もなくライフラインも生きていたのですごく安心しました。
帰宅途中にラジオを聴いていたので、東北地方でとんでもない事が起きているのはだいたいわかっていたけど、改めてテレビを見ると映画でしか見た事のないようなことが、ゆかりのある場所で現実に起きているというショックを感じずにはいられませんでした。
その後も大きい余震が続いたり、大津波警報がなかなか解除されなかったり、一時は日本のすべての沿岸に津波警報や注意報が発令されたり、さらに福島第一原子力発電所の事故など未だかつて経験した事のない事態にただただ呆然とするしかありませんでした。
震災から1週間以上過ぎて、こちらはだいぶ落ち着きを取り戻しつつあるようですが、これからどうなっていくのか不安な日々を過ごしています。
ひとまず、落ち着かれたのでしょうか。
まだ予断を許さないのかもしれませんが、ご自宅もご家族も、そしてマーチも、ご無事で良かったです。
また余震が多くなってきましたが、こちらは何とか落ち着き取り戻しつつあります。
ただ、地震酔いとやらにやられていますが[E:weep]
津波にやられた相馬や南相馬は学生時代夜な夜なツーリングしたところ、若林区や仙台空港周辺も通った事あるし、何度か余震時の中継で出てきた福島市は住んでいたところだし、仙台市街地もよく遊びに行ったし、福島の原発もドライブした事あるし、いわきは小名浜やハワイアンズのある場所…。
大きな地震に遭遇したとことよりも、こういった思い出の場所が凄惨な状況になっている事の方がショックが大きいです。