ほしちゃんの「続・なるようにしか、ならん」。

安くてウマいもんと料理と旅行と音楽と競馬が好きなサラリーマンの暮らしを、ありのままに綴ります。

「ムーンライトながら」、廃止…

2021-01-22 19:00:41 | 鉄分の多い話

東京〜大垣を結ぶ臨終夜行快速「ムーンライトながら」が、今春のダイヤ改正で廃止される事になった。
昨年の運行が最後となり、ラストランのない廃止となってしまうのは実に寂しい限りである。
廃止の理由としてJR東海は
「お客様の行動様式の変化と、車両の老朽化」
を挙げているが、早い話がJRはそういった変化への対応は「廃止」しかなかったという事になる。

「ムーンライトながら」はその昔、東京〜大垣間を走る快速列車だった。
列車に名称はなく、鉄道ファンの間では「大垣夜行」と呼ばれていた。
「青春18きっぷ」で安く移動したい客には大人気で、かく申す私も一度だけ利用した事がある。
座りたい一心で早くに大垣へ行き、無事座れたのだがなにせ当時は165系急行電車の車両、シートが直角なので寝られたものではない(笑)。
旅慣れた人は廊下に銀色のウレタンマットを敷いて寝ており、その方がどれだけ楽だったろうか。
ヘロヘロになって東京へ着き、山手線に乗って上野発の常磐線始発に乗り、仙台からは吉田拓郎の歌でおなじみの苫小牧行きフェリーに乗って北海道へ渡った。
当時私は20歳、もう33年前の話だが20歳の私をもってしてももうこんなキツい列車には乗るまい、と思ったものである。

それから時が過ぎ、時代が列車に快適さを求めるようになってリクライニングシートを備えた特急用車両を用いた「ムーンライトながら」という列車に生まれ変わった。
快速なので特別料金は要らなかったが、全席指定のため座席指定券は必要だった。
しかしJRの云う旅行様式の変化で、ムーンライトながらは学休期間のみ運行の臨時列車になってしまっていたのである。

お聴きになった方もいらっしゃると思うが、先週土曜日NHKラジオ第1で「寝台特急さくらの旅」というのを再放送しており、思わず聴き入ってしまった。
私は西表島でレンタカーを乗り回していたのだが、カーラジオで熱心に耳を傾けていた。
走行音や車内放送だけを集めたLPレコードがあり、それをかけながら鉄分の多いアナウンサーが語る番組で、食堂車の営業案内の放送や車掌の寝台設置のアナウンスは、実に興味深かった。

ただそこに旅情を感じるのは、少なくとも我々アラフィフ以上であろう。
今は同じ夜行でも高速バスに乗れば寝台特急の半額以下で動けるし、安く動くならLCCも発達した。
今は「サンライズ」以外の寝台列車はカネにあかせて乗るものばかりになり、それはJRの戦略として決して間違ってはいないのだが少なくとも乗る人の暮らしや人生を運ぶものではない。

なくなって寂しいのはある一方で
「じゃあそれだけ寂しいのなら、アナタはこの何年かで何回乗ったの?」
と聞かれたら、残念ながら一度も乗っていないのが全ての答えのような気がしてならない…