星蜜記

ホシ蜜と申します。リンパ浮腫、乳房再建、食べ歩き、ワンコ(柴7歳)のことなどあれこれ思うままに綴っています。

冒険とイマジネーションの海 その1

2016-09-09 23:59:34 | ちょい旅
先週末ここへ行ってきた。



「冒険とイマジネーションの海」、ディズニーシー。
こういうキャッチコピーがあったんだね。知らなかった。

ちなみにランドは開園当初と変わっていなければ「夢と魔法の王国」。
たしかに、当時は夢と魔法で溢れていたと思う。今は「カネとカネの王国」って感じがする。

私とディズニーの関わりはもう半世紀にもなる。

物心がついた時には、もう既にディズニーは身近なものだった。ディズニーの絵本や紙芝居に囲まれて育った。1番すきだったのは「わんわん物語」。それから「シンデレラ」「白雪姫」「ピノキオ」「ピーターパン」などなど。テレビでディズニー映画やマンガが放映されるときには必ず見ていた。ディズニーキャラの存在は私の中で当たり前にあるべきものになっていた。
たぶん両親がディズニーの世界を好きだったからだと思う。

ディズニーといえばアメリカ。
昭和一桁生まれの親世代にすると、相反する憎悪と憧憬の対象であるアメリカ。
私が子供の頃、人々の憧れはアメリカに向いていた。
実際にはGHQの洗脳工作である「WGIP」によって、自国である日本を卑下し戦勝国アメリカ様を崇めるように仕組まれていたことが、最近は認知されてきたけど。
テレビでは「奥様は魔女」「ルーシーショー」「ニューヨークパパ」「わんぱくフリッパー」「名犬ラッシー」など次から次へとアメリカの番組が放映されていた。みんながアメリカの生活にあこがれていた。
そんな中で両親が私にディズニーコンテンツを与えたのは、当然の流れだったろう。
(このへんを踏み込んで書いていくとディズニーとは関係ない方向に話しが行ってしまうので、これについてはここまで。)

私は英語嫌いが幸いだったのか災いだったのかわからないが、関心はアメリカよりも東洋的な事柄に向いていた。
ただ、ディズニーはいつも身近で大好きで、大好きすぎて大学生になった私は3年間もディズニーランドでバイトをした。浦安にディズニーランドがオープンしてすぐのことだった。
大学卒業とともにバイトも辞めたが、それからも最低でも年に1度はディスニーランドかディズニーシーを訪れている。

私とディズニーはそんな長いつきあい。

で、先週末に夫の仕事の関係で安く入場できる日があったので、ディズニーシーに行って来た。

つづきはまた♪
コメント (2)
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