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「キャプテン・ジーター」が愛され、尊敬される理由

2007年01月17日 | Baseball/MLB

 昨年の春、ヤンキースのキャンプ地フロリダ州タンパで松井秀喜選手にインタビューしたとき、2006年のチーム分析について質問すると、こちらがまだその名前を出していなかった(出していたのはジョニー・デイモンについてだったのだが)にもかかわらず、ゴジラは自らデレク・ジーターの名前を挙げ、彼がいかに打者として万能で、ヤンキースにとって不可欠の存在であるかについて、詳しく、そして熱っぽく話してくれた。もちろん、ジーターについてはこちらも尋ねるつもりだったのだが、それほど、松井と同年齢でもあるこのヤンキースのキャプテンは、ピンストライプのユニフォームを着ている人間にとっては、頼まれなくてもPRしたくなる魅力があるようだ。
 
 先日、ジーターがカンザスシティーにある「ニグロリーグ野球博物館」を初めて訪問したニュースは日本のメディアでも報道されていた。アフリカ系の父と白人の母を持つ彼は、いってみれば移民国家アメリカ、そして多人種によって構成される大都市ニューヨークを象徴する人物であるともいえるだろう。1947年にジャッキー・ロビンソンがドジャースに入団するまで、メジャーリーグで黒人選手がプレーすることを許されなかった時代のことは、ジーターも少年時代、父親から聞かされていたという。
 日本のメディアは完全に端折ってしまっていたが、ヤンキースの公式ウェブサイトに掲載されたジーターの記者会見を読むと、彼は元ニグロリーグ選手で、この博物館の理事長を長く務め、昨年秋に亡くなったバック・オニールさんについて、実に多くのことを語っている。
http://newyork.yankees.mlb.com/NASApp/mlb/news/article.jsp?ymd=20070114&content_id=1778887&vkey=news_nyy&fext=.jsp&c_id=nyy

 ジーターは彼がヤンキースのレギュラーになった1996年に、初めてオニールさんと対面を果たしたという。そのときの思い出をジーターは次のように回想している。

"I was a rookie," Jeter recalled. "He went out of his way to introduce himself: 'You don't have to introduce yourself to me. You're Buck O'Neil.'
「僕が新人のときでした。オニールさんは僕に自己紹介しようとしたんですが、僕はこう言いました。『お気遣いなく。あなたがバック・オニールさんだということは存じ上げていますから』」

 
ニグロリーグの名プレーヤーであり、またカブスでメジャーリーグ初のアフリカ系コーチとなって、アーニー・バンクスルー・ブロックらのちの殿堂入り野球人を育てたことでも知られるオニールさんは、もちろんアメリカ球界では生前から「歴史的人物」だったのだが、まだ21歳のルーキーだったジーターがきちんと彼のプロフィールや業績を認識したうえで、心からの敬意を持ってこの大先輩に接したことがうかがえるエピソードである。不滅の400勝投手を前に、思い切り名前を間違ったどこかの国のプロ野球選手とは大変な違いだ(笑)。
 
 ジーターは記者会見の冒頭で、オニールさんの存命中にニグロリーグ博物館を訪問できなかったことを詫び、さらに昨年のニグロリーグ関係者特別選考で、オニールさんの殿堂入りがならなかったことを大いに残念がり、近い将来、その栄誉に浴することを心から望むと語っている。

 日本のスポーツ紙などは、オニールさんとジーターとの関係を物語るこうしたやり取りを1行も伝えず、いつでも聞けるワールドチャンピオン奪回に向けてのコメントを報道している。もちろん、スペースや字数も限られてはいるのだろうが、野球界の先駆者と現役最高のスーパースターとのこうした心温まる交流を少しは紹介できなかったものだろうか。

 先日の野球殿堂入り競技者(記者)投票もそうだが、日本では現役の野球担当記者が、かくもベースボールの歴史や功労者たちの業績について無関心・不勉強なために、ジーターがせっかくこうして意義のある行動をしても、その本質が報道されないようだ。メディア、野球関係者、さらにはファンに至るまで、「過去に目を閉ざし、耳をふさぐ」タイプの人種が多くては、そりゃあ内海が「カネムラさん」ってカネやんご本人の前で言ってしまうのも(あ、名前書いちゃった!=笑)無理はないわな(笑)。

 ヤンキースという超人気チームを背負う大プレーヤーだけに、フィールドでのリーダーシップのみならず、私生活にもいろいろ注目が集まるジーターだが、それでも野球界の先駆者に対する敬意を忘れないこうした姿勢があるからこそ、(ボストンでのすさまじいブーイングは別として=笑。もちろん、あれはあれで人気のバロメーターである)、ファンやチームメートに愛され、また32歳の若さにして周囲のスーパースターたちからも心からの敬意を払われるのだろう。
 しかしながら、そんな偉大なプレーヤーが目の前で練習にいそしんでいるのに、遠い外野でキャッチボールをしている松井秀喜にばかりレンズを向けているどこかの国の報道陣を見ると、私は彼らに対し、「野球報道っていったい何なんだ」とついつい疑問を投げかけたくなってしまうのである。もちろん、ジーターはそんなことはまったく意に介さず、打球をひたすら追いかけていたのだが……。
 

※おしらせ
MSNメジャリーグコラム「ヤンキースvs.レッドソックス十番勝負」更新しました。今週のテーマは「Yankee Stadium vs. Fenway Park」です。
http://inews.sports.msn.co.jp/mlb/columns/27/2007/20070117-1756.html



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1 コメント

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素晴らしい! (adamish)
2007-01-18 14:13:43
情報ソースが限られる一般人にとって
こういう記事はうれしい限りです。
日本人メジャーリーガーしか紹介しない
マスコミには書けない記事を心待ちに
しております。
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