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ベースボールを“偏狭なナショナリズム”誇示の手段におとしめるべからず!

2009年03月23日 | Baseball/MLB

(東京ラウンド公式プログラム)
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 日本が2大会連続の決勝進出を決めたワールドベースボールクラシック(WBC)だが、正直なところ、3年前、キューバとの“決戦前夜”に比べると、期待に胸躍らせる気分はいささか減じている。

 

 アジア(東京)ラウンドから通算して5度目となる韓国との顔合わせに、いささか食傷気味なのは確かだ。 トータル9試合(アジアラウンド3、第2ラウンド4、決勝トーナメント2)のうち、半分以上が韓国戦では、明らかに対戦カードの多様性を欠く。アジアラウンドでは台湾、第2ラウンドではメキシコと、同組となった代表チームとの対戦がなかった。ダブル・エリミネーション方式は国際大会にはふさわしくないシステムだと断じていいだろう。

 

 それと同時に、明日の決勝戦を前に、いまひとつ胸が高まらない、それどころか一種の“厭戦気分”すら感じてしまうのは、第2ラウンド2戦目の日韓戦終了後、韓国代表チームがマウンドに自国国旗を立てた行為に象徴される「国威発揚」「偏狭なナショナリズム」に、この大会が覆われている印象を前回大会より強く感じているからだろう。

 

 韓国代表チームは前回のアメリカラウンドでも、日本戦で勝利したあと、同じ行為をフィールドで行なったが、ああした行為は「ノーサイド」の精神が尊重されるべきスポーツマンシップに反するものだし、それ以上にベースボールという素晴らしい競技を、単なる偏狭なナショナリズムを誇示する手段におとしめる愚挙だといわざるを得ない。

 

 本来、スポーツは国家・国籍・民族などのボーダーラインを超越した人類共通の文化だ。試合で優劣を争うのはスポーツのルールだが、試合、あるいは大会やリーグ戦で勝敗が決した時点で、それぞれのアスリートはお互いの健闘をたたえ、敬意を払わなければならないはずだ。

 

 今回の大会で、最高のスポーツマンシップを披露しているのは、日本代表の原辰徳監督だ。彼は試合前後の記者会見やコメントなどで、対戦相手のキューバやアメリカの野球文化に深い敬意を表すことを忘れていない。今日のアメリカ戦のあともそうだったが、特に勝利試合のあとの謙虚で対戦相手への尊敬と思いやりにあふれたコメントには心打たれるものがあった。

 

「審判に抗議はしない」との方針には、前回のアメリカ戦における“誤審”問題もあったので、多少物足りない気持ちもあったのだが、韓国戦での城島健司の思わぬ退場劇のあと、城島本人はもちろん、原監督も潔くその処分にしたがった冷静な判断は、キューバ戦で城島が出場停止になる事態を回避し、審判団が日本代表に要らぬ悪印象を抱いたり、それが判定に悪影響を及ぼしたりすることも防ぐ結果となった。采配に不満な点はいくつかあるものの、韓国戦での連敗に慌てふためくこともなく、決勝進出を果たした時点で、北京五輪での屈辱は十分に晴らすことができたと思う。

 

 韓国の選手たち、あるいは民衆にとって、野球に限らず、他の競技においても、「韓日戦」が他の代表チームの対戦とは違った意味を持つのはわかる。お互いの国におけるそれぞれの競技の普及・発展の過程で、両国が切磋琢磨するライバル関係が少なからず役に立ってきた側面も確かにあるだろう。

 

 だが、私は自分の国の人たちも含めてあえて問いかけたい。なぜ「Baseball First」ではないのか? 試合を通じて競技の魅力がアピールされることより、「国家・民族の威信」が優先されなければならないのか?

  

 日本と韓・朝鮮半島の間には、過去にさまざまな歴史的経緯が存在してきた。近代史における、日本による半島の植民地化、戦時中の強制連行・労働や従軍慰安婦問題、北朝鮮による拉致事件などはいまだに大きな痛みを伴う「負」の歴史だが、二千年にも及ぶ両岸の政治・文化交流が、数多くの実りをもたらしてきたのもまた事実だ。つい数年前の日韓共催サッカーW杯は間違いなく両国の交流にとって大きな進歩となった。

 

 3年前、日本とキューバの決勝戦でなぜあれほどの大いなる高揚感を感じたかといえば、キューバ革命以降、アメリカという巨大な壁によって隔たれてきたにもかかわらず、お互いの歴史・文化に、少なくともお互いの市民レベルでは深く敬意を払ってきたからだと思う。

 

 前回大会に引き続き、開催方法などをめぐって批判の声が少なくないWBCだが、たとえば日本国内だけに目を向けても、スーパーで買い物をしているオバちゃんが日本戦の動向を気にしていると、レジ係が休憩時間中に見ていた得点経過をそっと教えるなど、国民的関心をベースボールに向けたという点では、間違いなく成功だと思う。それは、やはりベースボールという競技に、多くの人々を熱中させる魅力があり、大会に参加している選手たちが、プレーを通じてそれを存分にアピールしているからだろう。それは日本代表だけでなく、韓国、キューバ、アメリカなど、参加16か国すべての選手たちの大いなる功績でもある。

 

 だが、試合終了後に自国の国旗をマウンドに立てたり、逆に日の丸を顔にペイントした集団が敗戦チームの応援団を侮辱したり挑発したりするような行為は、ベースボール、いやスポーツ文化全体の価値を著しく下落させる効果しかもたらさない。

 

 明日の決勝戦は、日本と韓国双方の代表チームが国旗や国歌を背負うから価値があるのではない。「世界一」を決める舞台で、ベースボールの歴史に残る最高の選手たちによって、最高の試合が行なわれるからこそ、価値があるのだ。

 

 両チームの選手たちよ、明日は、「ベースボールの名誉」のために全力で戦って、素晴らしい試合を見せてほしい。そして、勝敗が決した瞬間、お互いの健闘をたたえ合い、敬意を払う姿を見せて、両国のボーダーラインを消し去ってもらいたい。

 

 

 

 

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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
野球の内容が最高なのに… (applestate baseball lover)
2009-03-24 07:17:15
 上田さん、こんにちは。スカパーMLBでの上田さんのコメンタリーは、毎回楽しみでした。もう観られないのか、聴けないのかと思うと、残念です。

 WBCでの韓国の振る舞いですが、まさにその通りだと思います。残念なのは、韓国の野球の質が非常に高く、日本との試合が毎回最高に面白いからです。アグレッシヴな韓国に、ペイシェントな日本の野球ががっぷりに組んで鎬を削る試合は毎回毎回内容が濃くて、野球好きとしてはたまらないものがあります。
 そんな試合に唾を吐きかけ、踏みにじるようなナショナリズムの顕示は何よりも野球自体を手段に貶める愚かな行為だと思います。その点、東京ラウンドでの日韓戦の観衆の反応は感動的でした。韓国野球のレヴェルの高さにリスペクトを示していたと感じられるからです。

 自分も韓国の野球はとても優れていると思いますし、だからこそ日本はそんな韓国に勝ってほしいと思うし、何よりも最高の試合を期待しています。たとえ日本が負けたとしても、最高にいい試合が観られたらそれはそれのほうがいいとさえ思います。この大会が野球という競技に対するセレブレーションとして完結できたら最高なのですが。

P.S. 日本代表の戦いぶりを見ていると最近のミネソタツインズを思い出します。スモールベースボールというよりピラニア打線といった趣で、自分はツインズファンなので見ていてニコニコです。
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中継の途中で (Kazuhiko Miyano)
2009-03-25 03:44:21
おそらく視聴率としてはかなり盛り上がっていた時間帯に、某政治家秘書の起訴のニュ-スをわざわざ試合の中継を中断してまでやっていたのが気になりました。
(岩隈投手が良い投球をしているのに、それを中継せずに…しかも起訴とはいっても冤罪もしくは無罪の可能性もあるのにね)

この国はヤバイ方向に向かっていると、真剣に感じました。

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コメントありがとうございます (Ryo Ueda)
2009-03-30 15:36:48
遅くなりましたが、コメントをお寄せいただき、ありがとうございます。

applestate baseball loverさん
>スカパーMLBでの上田さんのコメンタリーは、毎回楽しみでした。

再びお楽しみいただける機会は必ずあります。私とともに、今しばらくの御辛抱をお願いいたします。

>韓国の野球の質が非常に高く、日本との試合が毎回最高に面白い

決勝もその通りの試合内容になりましたね。

私の知り合いのイギリス人は、W杯予選の日韓戦を見て、「日本と韓国はよき“rival”であっても“enemy”でないはず」と言っていましたが、スポーツに限らず、国籍が違う人間同士の関係にも当てはまるようになってもらいたいと思っています。


miyanoさんへ
お久しぶりです。
>としてはかなり盛り上がっていた時間帯に、某政治家秘書の起訴のニュ-スをわざわざ試合の中継を中断してまでやっていた

これが日本のテレビ局の愚かなところですね。少なくともWBCを見ていた人で、わざわざ中継を中断してまでニュースが見たいと思った人はごくごく少数だったはずですし、もしニュースを見たければ、他のチャンネルを見ればいいのですから。まったく「大きなお世話」ってもんです。少なくとも私は、「あっちのイチロウ」は見たくありませんでしたしね(笑)。

>この国はヤバイ方向に向かっている
そういう方向に向かわせようとしているヒトが、このBlogにも盆と正月ぐらいのサイクルで「闖入」してきますね。私を「極左」「アカ」呼ばわりするファシストの方とか(笑)。


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