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パンチョ伊東さんの「使える」原稿、コメントを懐かしむ……

2006年01月29日 | Baseball/MLB

(1922年から使われ続けているカージナルスの「紅冠鳥」マーク。このすばらしいデザインを生かすセンスのない「ユニクロ」は、売れる商品をわざわざ売れなくしているようなものだ)

昨年、スカパー!MLBライブの先輩コメンタリーである松原隆文さんからいただいた年賀状で、私がベースボール・マガジン社のムックに寄稿している原稿が「使える内容」だと過分なお褒めの言葉をいただき、恐縮しまくったのもだ。

しかし、メジャー中継が日本で本格的に始まった70年代後半、当時パ・リーグの広報部長だった「パンチョ」こと伊東一雄さんと、セ・リーグ企画部長だった八木一郎さんのおふたりが、テレビで話し、雑誌や本に書いた情報はそれこそ「使えるもの」ばかりだった。というよりも、私を含めてメジャーリーグに関した原稿を書いたり、話したりしている人間で、この時期のおふたりの仕事から何の恩恵も受けていない人間は「皆無」であると断言していい

これは単行本化されていないのだが、78年に伊東さんは週刊ベースボールに「大リーグ球団史」を連載した。題名どおり、当時の26球団すべての歴史について述べられており、ヤンキースは3回にわたって連載されている。本文のほか、下段には略年表もあり、もちろん30年近く経過しているから多少の事実誤認はあるが、現在もこのスクラップは大切な資料として活用している。実は現在も日本では、これほど詳しいメジャーの全球団史は発行されていない。これだけの原稿が残されているのだから、事実誤認を訂正し、生まれた4球団も加えた最新の情報を書き加えて、ベースボール・マガジン社は何とか1冊の本にまとめていただけないものだろうか

さて、前述の松原さんも中継では、貴重な情報をいつも視聴者に提供している。時にはアメリカ文学の影響にまで言及されることもあるので、こうした奥の深さでは私などまったく足元にも及ばない。特にカージナルスのニックネームについての情報は、目からうろこが落ちる思いだった。
Cardinalは北米大陸に生息するスズメ科の鳥「紅冠鳥」で、アメリカの都市部でも緑の多い公園などで見かけることがある。以前、カージナルスのニックネームはセントルイス市のあるミズーリ州の州鳥でもあるこの紅冠鳥に由来すると紹介する資料が多く、私自身もそう思い込んでいたが、実は紅冠鳥はミズーリ州の州鳥ではなく、アメリカ大陸の広い地域にわたってに多く生息している鳥だ。
松原さんによれば、そもそもこのニックネームは、本来の意味であるキリスト教の枢機卿(Cardinal)が着用する礼服の色から、鮮やかな赤い色彩に使われる言葉であり、「Scarlet(緋色)」と同様にredの派生語である。すなわち、Cincinati RedsやSt.Louis Brownsと同じく、最初はユニフォームやストッキングの色からつけられたものであり、19世紀にアメリカン・アソシエーション(ナ・リーグの対抗リーグ)に先行して誕生していたBrowns(のちの同名ア・リーグ球団、現在のボルティモア・オリオールズとは別)に対抗する意味で命名されたそうである。
事実、紅冠鳥がユニフォームやチームのエンブレムに採用されたのは、1922年のことで、チームの有力後援者の女性のアイディアを、当時のGMだったブランチ・リッキーが採用したのが始まりだった。
以来、2羽の紅冠鳥がバットを止まり木にするおなじみのデザインは現在に至るまで使われ続けており(あの「ユニクロ」がせっかく高い使用料を払って商品化権を獲得しながら、製品にこのマークをまったく使っておらず、担当者のセンスのなさを世間に暴露している)、基本的なデザインが変わっていない点では、ヤンキースやタイガース、カブスに匹敵するくらい長い年月、アメリカのファンに親しまれている。
実際には1956年に一度だけ、この紅冠鳥を胸のロゴからホーム、ビジター用ともに外し、左袖につけたことがあったが、1年でこのユニフォームは廃止され、翌57年から使われるようになったユニフォームが、現在も使われているデザインの基本になっている。ホーム用が赤い帽子、ビジター用に紺の帽子を用いるスタイルは、5度目のワールドチャンピオンになった1964年からのものだ(ただし、背番号と胸番号のデザインが現在とは違う)。

伊東さんのメジャー解説を聴いていていつも感じていたのは、まずこちらが知りたいこと、聴きたいことを「かゆいところに手が届く」ように話してくれるタイミングのよさと、何度か話した情報でも、あえて繰り返してしゃべることがあったことだ。これは私のように同じ話を何度も聴いている人間がいる一方で、伊東さんのコメントを初めて耳にする人もいたのだから、当然のやり方と言えただろう。私もしばしば以前話したこと、書いたことを再びしゃべったり原稿にしたりすることがあるが、これも基本的には伊東さんと同じスタンスによるものだ(もちろん中身は格段に落ちますけどね=笑)。私はそうした類のものに一切目を通さないので、他人から聞いた話なのだが、ある掲示板に、私がビリー・ワグナーの登板のたびに「彼は身長が低い」とコメントしているとの書き込みがあったそうだ。別に私はワグナーの背の低さ(とはいっても178cmあるのだが)をからかっているわけではなく、逆にその体格で160km台の豪速球を投げることが素晴らしいということを伝えるために彼の身長のことをご紹介しているのであり、彼が投げる試合の視聴者には、そのピッチングを初めて目にする人だって必ずいるはずだ。第一、何十億も稼いでいる大投手の身長が低いことをからかいのネタにするほど、私は愚かでも品性下劣でもない。

しかし、コメントにしても原稿にしても、それを語ったり書くことで実際にお金をいただいているのだから、使っていただかなければ申し訳ない。むしろより「使える」内容になるように努力していかなければならないと思っている。



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