(田村大五さんをしのぶ中西太さんのスピーチ)
先週の土曜日、都内のホテルで開かれた田村大五さん(元ベースボール・マガジン社常務、「週刊ベースボール」編集長、報知新聞運動部長)の「お別れの会」に出席した。
会場には長く在籍したベースボール・マガジン社のスタッフはもとより、野球界、メディア関係者など多くの出席者が集まり、親交の深かった佐々木信也さんが献杯の挨拶を行ない、中西太さん、坂井保之さんが田村さんをしのぶスピーチを行なったが、もっとも印象に残ったのは、名コラム「白球の視点」を通じて田村さんと交流のあった(私ももともとはそのひとりだった)日本中の愛読者、愛球家が数多く会場を訪れ、田村さんとの別れを惜しんだ光景だった。
そこから連想したのは、仏教の世界で使われる「結縁(けちえん)」という言葉だった。「世の人が仏法と縁を結ぶこと」を意味するものだが、私がこの言葉を初めて知ったのは、奈良・薬師寺で1970年代から本格化した「白鳳伽藍」の再興事業だ。
天武天皇の勅願寺として創建され、「南都六大寺」のひとつに数えられて全盛を誇った薬師寺も、戦国時代の兵火で金堂、西塔、講堂など多くの堂塔を失い、明治の廃仏毀釈、戦後の農地解放で多くの寺領を手放したことなどで、その寺運は大きく傾いた。国宝の東塔や薬師三尊など数多くの寺宝を擁しながらも、第二次大戦後間もないころの境内はすっかり寂れた様子で、本尊を安置する仮金堂で雨漏りがあっても、その修繕すらままならない時期があったという。
その再興に乗り出した管主(住職)の高田好胤師は、大企業や篤志家などからまとまった寄付の申し出があったにもかかわらず、「百万巻写経」によって金堂、西塔をはじめとする失われた白鳳伽藍の再興を進めた。参拝者や地方の希望者に一巻千円(現在は二千円)で「般若心経」を写経・奉納してもらい、納められた写経は金堂など再建された伽藍に半永久的に保管される。写経を奉納することで、ただお金を寄付するよりも、伽藍の再建に実際に力を貸したという業績が残り、薬師寺や諸仏との「結縁」が成立する理屈になる。
田村大五さんの「白球の視点」、あるいは「プロ野球人国記」「プロ野球選手・謎とロマン」などの著作は、高田管主の「百万巻写経」になぞらえることができると思う。 大五さんの名文によって、それまでお互いの顔や名前を知ることのなかった多くの野球ファンが結びついたのだから。
同時に私は、祭壇に飾られた田村さんの遺影が、薬師寺の国宝「東塔」にオーバーラップしてならなかった。
白鳳伽藍の再建事業が始まったとき、いろいろな反対意見があった。文化財保護の観点から、「唯一残された創建時の建物である東塔の周囲に新しい木造建築を建てることは、焚き木を置くのと同じこと」主張する声もあったし、「わびさびの雰囲気を台無しにする」との声もあった。なかでも朱色鮮やかな再建伽藍に囲まれることで、東塔がそのなかに埋没してしまうと危惧する声はもっとも多かったと思う。
しかし、それは杞憂に終わった。実際に再建事業の九割が完成した時点で伽藍を見渡すと、東塔は「青丹よし」の再建伽藍のなかで、逆に一千年の風雪が刻まれた風格を際立って漂わせているからだ。
それは単に、白鳳・奈良時代から現代までの長い歳月、建物として守られてきたという文化財的価値にとどまらない。堂塔である東塔は依然として現役の建物であり、薬師寺の学僧や信者たちによって執り行なわれる諸行事とともに今も生き続けているからだ。
田村大五さんも、まさにこの「東塔」と同じ存在だった。その周りに集まった多くの人たちを結びつけ、再建白鳳伽藍のような美しい世界を作り上げながらも、ご自身は古色蒼然としたたたずまいながら、生涯現役の「野球記者」として生き続けてきた。いや、残されたその著作、そして私たち一人ひとりの胸に残る思い出とともに、田村さんは今もなお生き続けている。
出席者が一本ずつ白いカーネーションを手向けた祭壇には、田村さんが野球とともに愛してやまなかったお酒──薩摩焼酎が2本、置かれていた。私は花を祭壇に置き、ご遺影を見上げながら、心のなかで「やっぱり“花より団子”のほうが良かったですか?」と語りかけた。
「お別れの会」と銘打たれてはいたが、実際には田村さんが導いた「結縁」による結びつきの再確認、あるいは新たな出会いの場でもあった。その縁を大事にしていく限り、田村さんと「お別れ」することは決してないのだ。
窓の外では桜の季節が過ぎ、つつじと新緑がまばゆいほどになっている。私は最後に、田村さんなくしてはあり得なかった仕事が間もなく成就することを報告して、会場をあとにした。
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