上田龍公式サイトRyo's Baseball Cafe Americain  「店主日記」

ベースボール・コントリビューター(ライター・野球史研究者)上田龍の公式サイト「別館」

グリエルへ~なのになぜ、君は行くのか?亡命してまで

2006年08月01日 | Baseball/MLB

去る3月のワールドベースボールクラシック(WBC)で日本代表と決勝を戦い、惜しくも準優勝に終わったアマ野球世界最強のキューバナショナルチーム。その主砲で、最後の打者でもあったユリエスキー・グリエル二塁手が、コロンビアでの国際試合の最中に、チームメートの遊撃手エドゥアルド・パレとともに亡命したらしいとのニュースが、現地コロンビアの地元紙で報道されている。一部ではヤンキース入りの情報もあるらしい。
(日刊スポーツ7月31日付http://www.nikkansports.com/baseball/mlb/p-bb-tp2-20060731-68658.html

近年、オルランド(メッツ)とリバン(ナショナルズ)のエルナンデス兄弟ホセ・コントレラス(ホワイトソックス)、ユニスキー・ベタンコート(マリナーズ)など、キューバの有力選手の亡命・メジャー流出が相次いでいるし、グリエルほどの逸材なら亡命・メジャー入りの可能性は十分にありうる。ただ、過去にオマール・リナレス(元中日)などにも国際試合の最中に亡命の噂が流れたが事実無根だったケースもあり、もっかのところ日本では日刊スポーツのほかに目立った報道が見られないため、現時点ではなんとも論評のしようがない。

WBCなど最近の国際大会でのプレーぶりを見て、すでに二塁手としてのグリエルが昨年殿堂入りしたライン・サンドバーグ級の大物であることは、当Blogでも紹介している。もし亡命が事実で、このままメジャー入りするとしても、22歳という若さもあり、この先十年以上にわたり、大活躍できる可能性は高い。
キューバの政治体制については、決してアメリカが主張するようなテロ輸出国家などではなく、北朝鮮のように人民の飢餓をよそに権力者が飽食の限りを尽くしているわけではないし、イスラエルのように他国を爆撃して罪のない子供たちの命を奪っているわけでもない。逆に、災害地への医療チーム派遣など、国際支援活動にも大きく貢献している国である。
しかし、半世紀近く続いているフィデル・カストロ議長の指導(支配)体制にさまざまな問題点やほころびが生じているのも事実だろう。そうしたことから生じるキューバ社会全体の閉塞感(とは言っても、実に明るい国民性なのだが)に加え、おそらくグリエルのような逸材が国際試合で知名度を上げれば上げるほど、亡命を恐れて当局の監視も厳しくなり、それが亡命に駆り立てる動機になってしまったのかもしれない。実に皮肉なことだ。ただ、グリエルが亡命とメジャー入りの道を選んだとしても、それは彼の生き方であり、誰もその決断を責めることはできない。どこでどう生きるかは(それが犯罪でない限りは)個人の自由なのだ。

もちろん、メジャーでも一流プレーヤーとして君臨することができれば、数年後にはトップクラスのサラリーを手にして、故国では想像もできなかったいい暮らしもできるだろう。キューバでもナショナルチームの選手は一般民衆に比べればはるかに優遇された生活を送ってはいるが、それはメジャーの超一流クラスに比べればつましいものだ。年俸数億、数十億という巨額の報酬をベースボールの才能で得られる人間は地球上で極めて限られているのだから、それを止める権利はもちろんキューバ政府にはない。

ただ、一方でこうしたキューバ選手の亡命をお膳立てするブローカーなどが、札束で横面を張るようなマネをしているのも確かだ。連中は「好きな野球で大金を稼げるようにしてやっているんだ」と言うかもしれないが、素晴らしい素質を持った野球選手たちが「カネに使われるような生き方」をするのは、ファンとしてあまりうれしい光景ではない。

そして、もしグリエルが本当に国を去ったとすれば、その代償もまた大きなものになる。おそらく残された家族や友人には亡命の手助けをしたとの疑いもかけられるだろう。そして、現在の米政府によるキューバへの経済封鎖をはじめとする敵視政策(それはきわめて不当なものであり、国連や米州機構などの国際機関でも非難の対象になっているのだが)と両国の断絶状態が続く限り、グリエルは死ぬまで故郷の土を踏めないかもしれない。

長期一党支配体制への批判はあるが、それでもアメリカの独善・身勝手なやり方(自由と民主主義の本家を自称する一方で、世界各地で親米軍事独裁政権への支援を続けてきた)に真っ向から異議を唱えてきた姿勢には、国際的な共感も多い。革命前のキューバと同様、長い間親米軍事独裁政権支配による貧富の差に苦しんできた中南米で、近年、反グローバル化を掲げる左翼政権が誕生していることは、何よりの証である。そうした価値観を100%否定される人生を、グリエルは本当にこれから歩むのだろうか。

グリエルに対して、清貧に甘んじて、キューバの野球発展のために尽くせと強要することは誰にもできない。ベースボールファンとして、メジャーの大舞台で大活躍を見せる彼の姿を見たい気持ちもある。ただ、もうあの真紅のジャージを身にまとった背番号10の勇姿を国際舞台で見ることができないとすれば、やはり一抹の寂しさは否定しようがない。

キューバやドミニカ共和国などカリブ海諸国の野球事情などについては、現地で長期滞在取材のご経験をお持ちのスポーツリポーター中村恵美子さんのBlog「Emi's Ballpark」も是非ご覧下さい。
http://blog.goo.ne.jp/brisalatinaemi



最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Autumn Wave(秋波)(^_^; (ADELANTE)
2006-08-02 01:19:50
> もうあの真紅のジャージを身にまとった背番号10の勇姿を国際舞台

> 見ることができないとすれば、やはり一抹の寂しさは否定しようがない。



たしかにさびしいですね。(でも、MLBで才能をためすチャンスを失わせるのはもっとさびしいですね)

#アメリカとクーバ(←スペイン語発音です/笑い)の国交断絶は、おもにアメリカの責任だとおもっています。(イランだって、ベトナムだって、もちろんクーバだって、アメリカが腰をそれなりに低くして秋波をおくれば、なびいたはずです)



> 長い間親米軍事独裁政権支配による貧富の差に苦しんできた中南米で、

> 近年、反グローバル化を掲げる左翼政権が誕生していることは、

> 何よりの証である。



ひそかにチャベスを応援している私です。(本当はもう左も右もないのですが)



#「美しい国へ」などと(新生銀行かさわやか信用金庫か)、たわごとを言ってないで、本気で彼には機会平等社会をつくって欲しいです(結果平等はいらないが、敗者復活戦は欲しい)。
返信する