古の先行く人の跡見れば
踏み行く道は 紅いに染む
新渡戸稲造 (鍵山秀三郎 『寸土力耕』より)
明治の教育者、新渡戸稲造の感じていたことがこの句に込められているという。新渡戸家は主君に尽くし功がありながらも讒言を受けて悲運に見舞われ続けた。しかしながら稲造自身はまだ父祖父ほどの辛い目にあっておらず、国の前途を憂いて警世の言を上げたことで迫害を受けるのは、新渡戸家の宿命との思いだったという。
人に先駆けて事を成すのは難しい。よってその後を継いだものはその幸せを噛みしめつつ、後世に受け渡す責務を負う。今自分はそんなふうに解釈しています。
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