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皿尾城の空の下

久伊豆大雷神社。勧請八百年を超える忍領乾の守護神。現在の宮司で二十三代目。郷土史や日常生活を綴っています。

47回目のおめでとう

2025-08-30 23:32:36 | 日記

奥さんの誕生日を迎えました。結婚して21年ですが、23歳の時からお付き合いしていましたので24回目のお祝いになります。
来年で四半世紀。干支も2回回りましたがまあまあよくここまで来たなあと思います。
ともかく感謝しています。

コーヒー好きですので、毎年コーヒーで乾杯します。これからもどうぞよろしく。


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蓮日記 5月21日

2025-05-21 21:52:53 |  久伊豆大雷神社

令和七年蓮植もいよいよ最後となりました。弥生祈年祭の折、小見の真観寺さまからわけていただいた蓮の一部を植えきれず、発泡スチロールで保管しておりましたが、今日ようやく鉢に植え替えることができました。

しばらくぶりの泥づくりはなんとなく懐かしく、黒土、培養土、田の土の割合を考えながら丁寧に植え込みます。



三月に泥替えした蓮はそれぞれ育成も良く、浮き葉から立ち葉へと移行しています。
いよいよ夏日が続く陽気となり、まさに蓮の季節を迎えようとしています。




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旧大里村 玉作八幡神社

2025-03-15 20:21:48 | 神社と歴史

旧大里村玉作の地名は古代勾玉や管珠が製作された場所で、近くには船木遺跡からの出土品として見られる。往古玉造部が住んでいたと考えられており、近くを流れる荒川支流和田吉野川の治水に苦心してきた。

現在玉作水門が建てられその治水の役を果たしているが、荒川流域の氾濫は古くから地域を悩ませていて、この八幡神社の社殿も水害を避けるために水塚の上に建てられている。

『郡村誌』の記述によれば往古は「玉作神社」と記されていて古代の玉造部が信奉した神社ではないかと思われる。玉造神社から八幡神社へと改称した時期や理由は明らかではないが地内にある玉泉寺は源頼朝の弟、源範頼が創建した慈眼院を再興したものとの伝承があることから源氏の台頭にともなって八幡神社となったものと推測される。御祭神の誉田別命は戦の神とされ、戦時下では出兵兵士の武運を祈る八幡参りが盛んにおこなわれたという。大戦後現代となってそうした信仰から五穀豊穣や家内安全が主に祈願されるようになっている。

境内末社の石碑がしっかりと祀られていて、過疎化に伴う氏子の減少からか、境内の見回りも警察のパトロールに頼るところも見られる。

一方境内地脇には広々とした敷地にたくさんの桜が植樹されており、氏子の神社に対する思いが伺われる。植樹20年前後のものが多く、幹も枝もまだ若々しさが残っている。もししばらくすれば美しい桜の花が咲き誇るのだろう。

 

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一節気 立春

2025-02-11 21:11:10 | 生活

日本海側の大雪のニュースが伝えられていますが、最強寒波と呼ばれる低気圧もやや弱まり、雪解けの気温となるようです。暦の上では今年は二月三日が立春でした。四年ほど前に125年ぶりの春節分が2月2日になって以来、今後は春の節分が二日になったり三日になったりするようですね。旧暦では立春に近い新月の日を元日としていたそうです。寒が明けて少しづつ春の兆しが見え始め、一年のスタートにふさわしい季節です。

立春の日にその年の恵方(今年は西南西)の井戸から汲んだ水は「若水」と呼ばれ一年の邪気を祓う神聖な水と信じられてきたそうです。のちに元旦早朝の組み水になり、神棚にお供えして飲食に使う風習が残されるようになりました。

今では恵方といえば太巻き寿司ですが、巻きずしを食す風習はそれほど古いものではないようです。商魂はなはだしいところではありますが、今ではすっかり立春前の行事となっています。

春の語源は様々ですが万物が「発る」だとか草木の芽が「張る」天候が「晴る」など命の芽吹きを感じるところです。ではなぜ厳冬の時季に「春立つ」のでしょうか。

古来中国では陰陽五行の思想から「陽極まって陰に転じ、陰極まって陽に転ず」と考えられてきました。

寒さも極まると暖かさに転じる

寒の極みこそ春の始まりだと昔の人は感じ取ったのです。

 

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本丸郵便局にて

2025-02-06 19:47:36 | 日記

花手水のきれいな本丸郵便局まできました。
忍城の本丸が地名となって、郵便局までその名がついています。我が家から一番近い郵便局で私も子供の頃から利用しています。

郵便局の前の道は忍中学校の通学路で、子供たちも毎日この局の前を歩いて学校まで通いました。私が中学生の頃は浮城通り(旧国道125号沿いにあって、東照宮と横並びだったことをよく覚えています。駐車場の確保のため、二十年ほど前に移転したと思います。(30年前かもしれません)
年賀状仕舞いをする方が増えましたが、私は手紙文化が好き。ですのでできる限り年賀状出したいと思っています。今年のお年玉は切手シート4枚でした。いただいた年賀状が60枚ほどですので、高確率で当選しています。

本丸の名もいつしか忘れられてしまうかもしれません。民営化以降郵便局もその役割を他業者に侵食され続けています。
いま忍の町を彩る花手水もいつしか忘れ去られてしまうかもしれません。すべては無常なのですから。
故にもののあわれを感じることを改めて思います。




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