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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

愛の原型と光源氏

2008-08-27 | 第九章「愛」

 孤独感、ちょっとしたときに感じる孤独感が異常に深まり心因的病理にならないためには、愛の原型が重要といわれている。それは、一人ひとりが成育していく中で、日常の中で愛し愛された一つ一つの場面であり、その経験ゆえに、人の親切を感じたりする個人的なノウハウとなるという。(生き甲斐の心理学 植村高雄著を参考)

 自分の愛の原型。愛の名場面で今の生活に、大きな影響を与えているものを考えると自分に対する傾向と対策ができるようだ。また妻と一緒に暮らしているが、妻の愛の原型を考察すると、妻への傾向と対策もできる?ようである。

 さて、このところ毎日、源氏物語を考察している。光源氏の愛の原型を考察するには、幼年期の桐壷が良いと思い、与謝野晶子訳、瀬戸内寂聴訳、あさきゆめみし(大和和紀著)を読んだ。

 光源氏が3歳のころに、実母桐壷の更衣が亡くなる。光源氏はその死が、まだ幼く実感をもって受け止められなかったようである。その後祖母と暮らしたりするが、その祖母が6歳の時に亡くなる。12歳の元服のころには、5-6歳上で父から亡き実母そっくりといわれた藤壺の宮(実母の妻にそのころなった方である)と楽しい時を過ごしたようだ。

 宮廷生活で精神的ないじめ、毒を盛られたり、僧による呪いの祈祷をされたりで命を縮めた桐壷の更衣。それを嘆く祖母や実父(帝)。恐らく、祖母や実父からは豊な愛の経験を得られなかったのだろう。

 藤壺の宮へ綺麗な花を差し上げたりする愛の場面。殆ど覚えていないはずの母とそっくりだからと父に言われ、素直に信じる光源氏。その藤壺の宮と後に通じてしまい、波乱の人生が始まる。後に光源氏の晩年には、正妻の女三ノ宮と柏木が通じてしまい、その報いを受けることになるが、なんとも言えない。

 自分の場合を考えてみると、愛の原型、名場面が自己肯定的、他者肯定的に解釈できる場合は健全なようだが、どこか自己否定的な解釈があったりすると良くないのではと思うことがある。光源氏が最後には出家し清明に満たされた世界に入るようであるが、この時の愛の原型の解釈はどう変わったのか興味深い。

 愛の原型の問題は、こころ(成育史からなる)だけではなく、身体もあり、そして魂の世界とも繋がる。

 今日は、コナツの捜索活動の予定であるが、空いた時間は源氏物語を読んでいたい。

<愛の原型3/4>

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