自分の人生で、チャレンジの時を考えると、どうしても5年前のサラリーマンを辞めたときのことを思い出す。勿論、高校生のころや、大学生のころ、就職してからもいろいろなチャレンジがあった。
ただ、基本的なこととして、何か与えられたレールの上を走るようなところがあって、自分で何かをやった気がしなかった。そして、家族の問題や父の死を経験した40歳台から、その違和感が増大していったように思う。依存的な人生ではなく、もっと自立した人生をということだろうか?
その違和感に気がついたかは、ある異業種交流会に参加したときであった。各自が今の問題をプレゼンテーションしたのであるが、私の場合は、当然ながらサラリーマンであり、所詮立場は社長、経営者と異なり、自分の与えられた仕事を如何にどうするか? という狭い生き方を感じた。
多くの参加者は一国一城の主であり、何をするか(What)ということが重要なテーマであった。与えられた狭い問題を解くHowの人生。それも重要だと思ったが、自分の生き甲斐を見つけながらのWhatの人生を歩みたかった。
生き甲斐は、お金や地位や名誉とは異なるとも思った。自分の死を想いつつ、また信仰等を見据えて、自分の深いところから出てくる何かを実現していきたかった。ただ、まだ辞めた訳でないので、具体的に何をするのか、どう生きるかはピンとこなかったが、それでも良いと思った。
この中で、自分を辞めるように追い込むために、いろいろ努力をした。辞める一年前には、やめる方向性を決め、特に数か月リラックスしながら自問自答を試みた。今から思えば、無理なく自分の結論を深めたのが良かった。さらに、経済的な問題等感謝すべきことが沢山あった。
そして実際に計画を実行に移したとき、家族の反対もあり、職場の反対もあり、想像以上に自分の意志は揺らいだ。しかし、不思議な経過を辿りつつ退職が決定した。この時は、自分の意識の世界というより、無意識の世界の存在を強く感じたものだ。
<挑戦の時2/4>
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このことは頭で分かっていても実際のところは自分で起業してみないと解らない感覚だと思います。
私の場合、会社を辞めるつもりはなかったけれどもオーナーとの意見の相違を理由に、家族に相談することもなくいきなり辞めることに成りましたので、そりゃもう大変でした(笑)
蓄えがある訳でもなく、つぶしが利く訳でもなく、たちまち路頭に迷う結果になった(笑)。でも、それが私にとっての必然だったのだと今となっては思えるのです。
私のチャレンジは会社を辞めた6年前から続いています。
100円を稼ぐ難しさを知り、天命を知り、自分を磨くことに専念している今日この頃です。
ヨーシャンさんも6年前に辞められたのですか。感慨深いです。志が純粋であればあるほど、100円を稼ぐことが難しいかもしれませんね(笑)でも、悔いのない人生に向かってお互いに頑張りましょう!