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イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

こんな時こそ思い出すといい幸福のこと!(縄文時代の楽しみ方 6/10) 

2020-04-24 | 第五章「和解と平和」

 社会人になって関西に単身赴任して営業の仕事に就いた。関西弁もできず、営業など初めて、しかも歴史のある商いの本場で・・・そんな私に周りの先輩や上司が心配して、時々心のこもったアドバイスをしていただいた。「嫌なことがあったときは、ビフテキとか豪華な食事するのがいい」。「定期的に遠くの顧客を訪問して旅を楽しむのがいい」。「美味しい食事を出してくれる店を自分のために探してから営業をする」。

 「生き甲斐の心理学」を学んでいる私だが、あらためてこのアドバイスは貴重だったと思う。人と接する職業では(どんな職業でもそうかもしれないが)、感情の理解がとても大事。仕事の中で問題がおこると、感情は:不安->怒り->身体症状(胃を壊す、眠れなくなる等)->ウツ->錯乱 と酷い状態に変わっていくものだ。この中で、身体症状になる前でなんとか踏みこたえる力があれば良いのだが。そして、今のCOVID19(新型コロナウィルス2019)の非常時でも大事なことだと思う。

 U先生の「生き甲斐の心理学」で学んで目からうろこの知恵の一つに、二つの幸福を意識するということがある。

 一つは幸福の条件。若い私だったら、営業の仕事で売り上げの目標などの達成、あるいは上司から与えられた課題などは、それに近いかもしれない。将来XXになるためにXX学校に入学する。XXの人と結婚する。XXの仕事に就く。年収XXを目指す。これは生臭い条件かもしれないが、もっと人生の目標といった高邁な条件を考える場合もあると思う。年をとって幸福の条件をある程度達成してきたので、もういいと思う高齢者の方も多いかもしれないが、一日一日を大切にし、世のため人のためにXXをするんだ。とお聴きしたりすると。幸福の条件は尽きることがなく、この張り合いが人生を豊かにしてくれのだと思うようになる。

 そして、もう一つの幸福は幸福感という感情の世界だ。ふつう、私もそうだったが幸福といったとき幸福の条件しか意識しない人も多い。しかし、人生を歩んで行くと、XXを達成しても何か虚しい。達成しないとさらに惨め。そんな経験を積んでいく(笑)。幸福の条件は人生を歩む上で大切とは思うが、どうもそれだけが人生ではないと思うようになる。幸福の条件と幸福感の世界は繋がっているようで繋がっていないのかもしれない。

 先の例で、先輩や上司にアドバイスしていただいた美味しい食事は、味覚を含む五感体感から繋がる幸福感の世界で、大事な知恵だと思う。しかし、いつもご馳走を食べられる訳でも無いので、ほかの知恵も必要だ。縄文時代、あるいはもっと昔の旧石器時代から私たちの祖先が行ってきたと思える、歌と踊りも馬鹿にできない活力を生む。U先生からも脳科学者の知恵ということで教えていただき私も何度も試しているが。踊りは太極拳を学ぶことで半分日課としている。歌はカラオケは暗い歌が多くて余り好きになれないが、教会で聖歌を歌ったりするのは好きだ。楽しみも真善美を意識すると何か違うようにも思う。
 ZOOM会議(ビデオ電話会議)では、ZOOM飲み会なども最近話題になっているが、それより歌をうたったり踊りを楽しむのはどうだろうか?私も先日仲間とZOOMで歌って元気を頂いた。こんなYouTubeは何とも元気になる。(こちら)。祖先達も草葉の陰で微笑むかもしれない。

 感情の知識としてもう一つ大事なのは、暗い感情と明るい感情は背中合わせということがある。怒りの裏には友好的感情、ウツ感情の反対に幸福感。錯乱の反対に統御感。こうした感情の不思議さに気づいたりすると、世の中が違って見えてくるものだ。そして、暗い感情をどのように明るい感情にするのかを意識していると、人生いろいろな発見がある。人生の中での様々な記憶。それは心が躍る成功体験もあるかもしれないが、残念な記憶とか感情も湧かないような記憶、さらに嫌で思い出したくもない記憶がある。ただ、そういう記憶も、例えば30才の時の嫌な思い出を50才になって人生経験が豊かになった時点で振り返ると、豪華な人生という料理をつくるための重要なスパイスだったかな思えるようになったりする。記憶を癒やすというのは重要なことだと思う。そして、記憶を癒やすために「生き甲斐の心理学」は役に立つと思う。

 こうして、幸福の条件、幸福感という二つの幸福を意識すると、漠然と幸福を考えるよりは、具体的に幸福に近づいて行けるように思う。

 さて、この2-3日、テレビを見ていると自粛ブームの中で、どのように過ごすかが大きな問題になっているように感じる。外出も極力控えるということではあるが、気分転換の外出はゆるされるとされている。しかし最近の報道ではグレーエリアのようで、危険を冒して遠くのパチンコ屋さんに行くのは論外としても、ジョギングや家族ずれでごった返す公園での過ごし方も、いろいろ言われている。そこで、私の過ごし方を一つの参考として、このブログに書かせていただく。

 この時期私は、自分の意識を解放するために歴史(私の場合は縄文だが)を学びつつ、早朝の公園に一人で出かけ楽しんでいる。どのようにするかというと、まずは東京都教育委員会のホームページ(こちら)を出す。そして右下の「内容で探す」の中の「生涯学習・文化財」をクリック。次に三番目の大項目「文化財」の中の「都内の文化財情報」をクリック。次に「遺跡地図情報」をクリックすると都内の遺跡地図情報にアクセスできる。自分の馴染みの地域(公園など)をこの地図で確認すると、近くの遺跡の概要が分かる。

 この遺跡地図を知ってからは、有名ではないかもしれないが身近な遺跡を見つけ訪れる喜びに目覚めた。そして、昨日は多摩地区ではどこにでも在りそうな公園を早朝散策した。

   

 周辺には、昭和の後半に遺跡が発見された。大栗川沿いにあるちょっとした尾根道だったと思われるこの場所には、分かっているだけでも8000年前の縄文早期の住居跡が3件、次に4000年~3500年くらい前の縄文後期の土器や柱跡。さらに平安時代にお寺の尼さんと思われるお墓まで。

 COVID19でちょっと憂鬱な私が散歩する小道を、8000年前の住人、3500年前の人々、平安時代の僧侶が歩いたのかなと想像。もちろん、何か生活を背負い。そして、今私が味わっているようなCOVID19で空気が澄んだ自然の中の平安感を、当時の人達も同じように味わっているかもしれない。そんな風に想像するとなんとも言えない幸福感がやってくる。孤独は辛いけど静けさは遙かな祖先達さえ誘うようだ。

U先生の次の二つのYouTubeを参考にしました。ありがとうございます。二つの幸福 人生の妙薬

縄文時代の楽しみ方 6/10 

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悲しみと喜びが出会う聖地、東京のストーンサークル (縄文時代の楽しみ方 4/10)

2020-04-10 | 第五章「和解と平和」

 「今泣いたカラスがもう笑った」。子供の感情の変化を表す言葉であるが、どうも子供だけでなく万人に当てはまるところがあるようだ。U先生の「生き甲斐の心理学」を学んで驚いたことの一つに、明るい感情と暗い感情の表裏の関係がある。親しい関係など、憎しみあっていたと思うと友好的感情になったりする。夫婦喧嘩は犬も食わないといわれるのがその一例かもしれない。

 さて、政府による緊急事態宣言が出され、慣れ親しんだ普通の生活が大きく変わってきているようだ。私を含めた国民の殆どがこの事態に巻き込まれ、濃淡はあるものの不安と隣り合わせでいる。しかし、未知の感染症ということではないが、私たちはそれに類した感情生活を個人的にはすでに体験している方も少なくないようで、意外に落ち着いている人も多い。

 大切にしていた人の突然の死。想像もしていなかったことにいつのまにか巻き込まれてしまう。まさか・・・。そして、当初は感情がついてこないが、そのうちに深い悲しみや激しい怒りが湧き起こってくる。やがて、そうした深い悲しみを乗り越える時がやってくる。年をとるに従って、そうした経験は少なくない人が経験するようで、以前、還暦を祝うクラス会で語り合ったときに、互いの年輪に頷くところが大きかった。悲しみを乗り越える。そこには、深い感情と人間の変化の神秘が隠されているようだった。
 
 自戒をもって言えば、大変なことが起これば、本来は激しい感情の渦に巻き込まれる。ただ、私たちを守ろうとするこころの仕組み(防衛機制)もあり、それにより私たちは、どこかに歪みを持ちつつも、何もなかったかのように抑圧したり、逃避したり、合理化したりして生活を送ることができる。しかし、問題を受容し、それを生命体として解決していかなければ、本当の喜びとは無縁でありつづける。冬の無い春は年輪とはならない。

 湧き起こる感情に向き合い、感情と対話する。それはAさんのことであったとしても、感情は自分の感情であり、それと向き合うことは当たり前だが自分と向き合うことになる。そして、大きな悲しみや怒りの蔭に。生まれたての雛のような温かいものがあることに気づいたとき。激しい怒りのうちに、Aさんへ柔らかい想いがあったり、自分の感情の息づかいがあったりする。自分の中の神秘?といったら良いのか、そういうなかで新しい何かが始まる。

 ところで、冒頭の写真であるが、東京の小さなストーンサークルである田端遺跡から冬至の入り日を撮ったものである(2018年に冬至の日ではなかったが、ほぼ同じ位置に入り日が落ちる2-3日前)。太陽が最も南に寄り、一日が一番短くなる冬至。その日を境に太陽動きは反転し少しずつ北に寄り出し、日が長くなっていく。そのまさに冬至に見晴らしの良い田端遺跡から、江ノ島に下る境川を越えた丹沢山系の最高峰である蛭ケ岳に日が落ちる。蛭ケ岳は神奈備型で縄文人が愛する山容である。
  

 このストーンサークル(環状積石遺構)は楕円形で長径9m、短径7mと小さく、大湯遺跡などをはじめとする縄文後期の巨大なストーンサークルと比べると見劣りがする。しかし、調べてみると縄文中期の環状集落と同じような構造を持っていて、北側のグループ(小グループの積石が3つ)と南側のグループ(小グループが3つ)のといった構造をもち、さらに、この環状積石遺構ができる前にはいくつかのお墓(土壙墓、周石墓)がつくられており、さらにその前は整地造成されたために消えてしまった縄文中期の集落があった。
 父系制でも母系制でもなく双系制。環状が大きな意味を持つ精神生活。もちろん、土偶や石棒など祭儀に使ったと思われる遺物も沢山出ていて聖地であることは間違いがない。

 
 この写真は、日本で最大のストーンサークルといわれる東北の大湯遺跡の日時計(レプリカ)である。日時計といわれるだけあって、中心の立石を中心に東西南北の方向に正確に目印の石があったり、また巨大な二つのストーンサークルの中心を結ぶ線上にこの日時計が位置されており、夏至の日没地点が重なる。
 世の中には原始時代には暦などあるはずがないとする思う方も多いと思うが(かつての私もそうだった)。多様な食物に依存していた縄文時代の人にとって、正確な暦は今以上に生きるために必要だったと思うし、旧石器時代においても、狩猟をするためにも動物の動きを知るための暦は大事だった思う。最近は考古天文学という分野があり、日本の岐阜県の金山巨石群などが研究され、嘘か本当か閏年まできちっと観測できるようになっているようだった。


 
 こうしたストーンサークルは3500年前とか4000年前といった時期に東日本で作られることが多く、私も機会があれば出向いて見学させていただいた。宗教的な意味があったと思うほか、暦に関係しているなと思うことも多かった。ただ、こうした遺構ができた背景や目的は、よく分からないとする科学的知見に基づいた考古学者のご意見も良く耳にするが、私は今の自分たちの行動や心のありようを鑑みればかなり正確に当時の人の思いが分かるように感じている。
 膨大な河原から大量の石を持ってきたりする作業を村全体で行ったり、土地の造成作業も当然あったりする。これは、明らかに強い意志が働き、目的志向が強くなければなせない。人間の欲望といえば食欲とか性欲は有名だが、もう一つ神仏を求める欲望というのがある。
 人が死者を埋葬したりすることは何万年か前から行われている。魂とか神を信じるからこそ遺体を大事にする行為である。有史以来、私たちの祖先も国民総動員的に巨大な大仏をつくったり、世界に冠たる前方後円墳をつくったりしている。これは気まぐれかというと、そうでは無いと思う。さらに、海外と比べて宗教心に乏しいといわれる私たちであるが、盆(夏至)や正月(冬至)に帰省し一族で集まり参拝したり、春分や秋分には墓参りに行く。遺伝子科学の進歩のお蔭で、現世人類はアフリカに20万年位前に生まれ、5万年~10万年前にアフリカを旅立ち世界に散らばったというのが定説になった。そんなことから諸外国の実情も意識すると、例えば、クリスマスは冬至と強い関係があり、キリスト教の復活祭やユダヤ教の過越は春分と強い関係があるなど、二至二分と宗教の強い関係は決して日本だけでないことがわかる。

 閑話休題。
 なぜ縄文後期にこのようなストーンサークルが多く作られたか。識者は寒冷化等により食糧難があったのではないかとよく言われる。確かにそうだが、その後の大きな社会の変化を考えると。大きな自然災害があったり、今回のような伝染病の蔓延するというような事件をきっかけ、何かが怒濤のごとく変わっていったのかもしれない。そして、元に戻れないような時代のうねりと共に、縄文中期に精神的に回帰するようなストーンサークル作りが始まる。川から膨大な量の石を運ぶ大事業で、時に何世代にもわたっての建設され、祭りを行う聖地として500年とか700年という期間、その聖地は維持されていく。
 
 時代の流れは不可逆的であると今回のCOVID-19(新型コロナウィルス感染症)の出来事の中で思う。私が学生の時に話題になったカタストロフィーの理論のように、地球の反対側の蝶の羽ばたきによる微風により巨大台風が起こったように思う。現在のCOVID-19が中国のある地方から何かのきっかけ始まり、それが世界を揺るがす大事件になる。古代の縄文中期末から後期に日本列島を襲った大変化(例えば、中部高原や関東の主要村落の解体とも思えるような離散の状況)もそれに似ているのかもしれない。
 
 COVID-19が大きな問題となったのも、それを用意する様々な積み重ねがあったからだと思う。温暖化、環境問題、格差社会、科学技術の一般化・・・そんな中、様々な問題が発生しても、自戒をこめて思うが、問題に寄り添い何かを聴こうとしていたのだろうかと。もっと早く手を打てば良かったと私たちはよく言う。あるいは、反対にこの期に及んで無関心を押し通すこともあった。それは個人が本来の悲しみや怒りから眼を反らし、偽の喜びというかニンジンに現を抜かしている姿に酷似しているのではないだろうか。

 縄文中期末から後期の社会。やはり大きな変化があったに違いない。今と同じように社会の構造が固く制度疲労が進んでいたのかもしれない。矛盾を矛盾と感じる柔らかな生命が傷つけられる時代だったのかもしれない。それが、何かの事件をきっかけに崩壊する。

 春分、夏至、秋分、冬至。この二至二分は最も安定した地球と太陽を巡るダイアモンドのように硬質な法則の中で、もっとも柔らかで傷つき易い、人間臭い時かもしれない。冬から春へ、夏から秋へ、多くの生き物が生まれる季節、収穫の季節・・それは感情の変曲点といっても良いかもしれない。私たちの祖先は蛭ケ岳に落ちる入り日をみながら、何かのピークアウトを感じたのだろう。そして、自然と共に何かの気配を感じたのだろう。ピーアウトの瞬間は悲しみと喜びが一致する瞬間。悲しみの意味が腑に落ち、新たな希望の喜びに身を震わせる瞬間かもしれない。

今回は次を参照しました。

安孫子昭二著 「東京の縄文学」之潮 2015年 
植村高雄先生のYouTube. 
ヘンリ・ナウエン著 「今日のパン、明日の糧」2019年 日本キリスト教出版局 27P

縄文時代の楽しみ方 4/10 

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今の騒動と4400年前の騒動(縄文時代の楽しみ方 3/10 )

2020-04-03 | 第五章「和解と平和」

  先日、京王相模原線の多摩境駅周辺を散策した。いつもは近くのストーンサークル・田端遺跡が多いのだが、その近くの粘土採掘場の多摩ニュータウンNo.248遺跡と多摩境駅東側のNo.939遺跡である。

  写真は、土器につかう粘土の採掘地として縄文中期に栄えた場所で、斜面の上方尾根緑道(戦車道路)から撮ったものだ。写真の奥の建物の向こうには、田端遺跡や土器づくりの村・No.245があり、江ノ島に向かう境川が見えた筈だ。私は土を掘る真似をしているが、当時の道具は石器装着の道具ではなく、固い木の棒だと推定されている。ここでは良質の粘土が採れ、南の境川周辺の村々などに1000年くらいにわたって提供していたのだろう。因みに拙書「縄文小説 森と海と月 5000年前の愛と魂」ではNo.245が登場しサトやウタリなどが活躍する。

 こうした活況を呈していた関東から中部高原の縄文中期の世界(富士眉月弧文化圏)は、4300年くらい前に大きく変貌を遂げ、この地域に住む人は激減する。この変貌の原因は、気候の冷涼化とかいろいろ言われているが、ある研究者は、この時期あたりから住人の使用していた言語も変わってしまったのではないかと問いかけている。従来は今のアイヌ語に近い言語だったが、弥生時代のだいぶ前に日本語に近い言語を話すようになったのではないかとしている。言語が変わるというと、戦争などでの支配を想像する人が多いが、新しい言語を話す人がいっしょに伝染病を持ち込んで、先住民が壊滅的打撃を受け、言語も変るというシナリオなども考えられるのだ。弥生時代には結核が持ち込まれたというのは遺骨の研究から分かっているが、それ以前の中期末から後期にも何かがあっても不思議ではない。日本語はご存じの通り、沖縄・南西諸島から日本列島の北を除く大和の地で話されていた。一方最近の遺伝子研究からは列島の北と南により縄文人の遺伝子が保存されていることから、弥生時代に大陸から移民が来たことによる二重構造モデルがほぼ証明されている。

  
 多摩境の駅は谷の中にあるが、東側の谷の下に札次神社がある。なかなか趣のある神社であり、ひっそりとして桜が綺麗であった。私は縄文遺跡の側にある祠や神社に良く立ち寄る。相模の岡田遺跡の近くの寒川神社。この地域には大きな神社は無いが、蛭ケ岳(丹沢最高峰)に冬至の入り日が落ちるのを眺められる位置を考えると、府中の大国魂神社も関係があるかもしれない。

   

 札次神社から長い階段を登り、駅の東側の台地に上がると公園になっている。そこがNo. 939遺跡の場所でやや狭い中央広場を持った環状集落が縄文中期後半にあったようだ。その時代は多摩丘陵を中心として、連弧文土器や背面人体土偶といった独自の文化が見え隠れした時期だった。中央高地方面の曾利式土器、東関東から始まった加曽利E型土器、そして多摩独自の連弧文土器とその影響下の背面人体紋土偶もこの939遺跡からでてくる。

 今でも、八王子や町田は東京の郊外と簡単に言えない複雑な顔を見せている。横浜線が典型的だが神奈川県との密接な歴史的関係があるのだ。そして、山梨県・中央高地にも近く、人の行き来も馬鹿にできない。それは、縄文時代でも似ていて、この小宇宙のような村は、山梨の出先機関があったのではないかと思えるような土器や土偶が発見されている。もちろん千葉の加曽利貝塚の影響で命名された東関東を代表する加曽利E型の土器も沢山でてきていて、当時の複雑なアイデンティティのありようを物語っている。特に4400年前ころは多摩丘陵などを含む地域で連弧文土器といった独自のブランドもでてくるが、時代の流れの中で加曽利E型に収束していく。もちろん縄文時代は土器だけの文化ではなく木工文化や食文化などの隠れた部分も実は大きいと思うが、今と同じような時代のうねりの中でアイデンティティを模索し変化していく様子が垣間見られる。恐らく、変化の中で祖先達は主張しあったり、喧嘩をしたり、妥協をしたりして、生き抜いてきたのだろう。

 ところで、昨今の新型コロナウィルス問題。朝から晩までマスコミやSNSを通じてさまざまな情報が駆け巡っている。特に今回は世界中が同じ問題に向き合うということで、壮大な比較文化、比較宗教の研究対象のような側面もあるようだ。あることが起こっても、人により解釈が全く違う。深層心理学では「自分以外の他人は驚きの対象」というが、本当にそうなのだろう。生まれ育った文化の違いで人は全く違う解釈をするものだ。それが本当の姿だと思う。
 しかし、心優しい私を含めた多くの人は、自分の解釈が結構普遍的なものと思い込むことが多い。そして、相手に同意を求める。しかし、生育史によってさまざまなので微妙に違ったりするものである。それがストレスとなり、やがて自己肯定・他者否定のスタンスが拡大し刺々しさが増す。人と人との間を2m開けよ。マスクをせよ。布製マスクは粗いのでキッチンタオルを挟め.飛沫感染を防ぐという意味では同じかもしれないが文化により随分解釈が違うものである。海外の報道を見ていると多様な解釈の意味がよく分かる。生育史が異なるので当然なのだが。そして、いつの間にか感謝をする余裕を失い、非難しあったりする。あるいは、マスクをして2m開けよといった新しい解釈が何となく生まれて来たりする。
 U先生の生き甲斐の心理学で学んできて役立っていることの一つは、自己肯定・他者肯定の自然体のスタンスを思い出しなさいということがある。それは、自分のこころの歪みを是正し自由にしてくれる。自己肯定・他者肯定の自然体のスタンスを思い出す簡単な自問自答の一つは感謝を思い出すことかもしれない。マスク2枚でも何だこれだけかと解釈するか、2枚も頂いて有難いと解釈するか。感謝の方向にベクトルを持つと今まで見えなかったものが見えてくる。もちろん、現政権を擁護したり非難したりすることと別の次元としての話である。4400年前の939の村人はどうだったのだろうか。

縄文時代の楽しみ方 3/10 

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受容する覚悟。縄文人の凄さ・・・ (縄文時代の楽しみ方 2/10)

2020-03-27 | 第五章「和解と平和」

 小池知事の自粛要請が出る前の2-3日。桜を楽しむために縄文遺跡周辺とその近くの公園に車で廻った。写真は東京都稲城市の稲城中央公園の近くだが、この日は多摩ニュータウン遺跡No.9やNo.471のある京王若葉台駅周辺を楽しんだ。5000年前は大河であっただろう多摩川上流の三沢川流域。東博での2018年の縄文展でも出品された東京都埋蔵文化財センターの有名な土偶(ほほえむお化粧土偶)が発掘されたところもある。

 さて、発掘の際の報告書や研究者の著書を読んで感動することが最近多くなった。62歳ころから縄文時代に興味をもち、遺跡を訪問するようになって7年くらいだが、やっと専門家のお話が少しは分かるレベルになってきたのかもしれない。逆に言えばまだまだ素人なのであるが。何でも10年間くらいやらないと一人前にはなれないと誰かが言っていたがそうだと思う。

 この2-3日興味を持って感動し続けているのは、縄文の村といっても私たちの想像するような村とは随分違うということだ。村にすむということは血縁関係と関わりがある。ここまでは皆納得できるところだが、そこから先がどうも違うようだ。

 私の生まれ育った家は母方の祖父母がとなりで、親戚もよく来たりしていたので、何か母系的な村に住んでいるようであった(もちろん祖父が家長ではある)。一方、夏になると広島の父方の祖父母の家に幼い頃から行って滞在した。その時期はブドウ畑の収穫期であり、高校野球のラジオ放送を聞きながらお手伝いをしたものだ。親戚の従兄弟も出入りし、縄文時代であれば村人総出で栗拾いをしたりするようなものだったかもしれない。

 ところで、縄文時代は、馴染みのある父系制でも母系制(疑似?)でもなく双系制社会(財産分与が父方母方別々など、また卑弥呼や古代の女性天皇はこうした伝統の片鱗だったかもしれない。双系制の話は別としても、村(多摩の例だが)はひとつの集団ではなく二つの集団、時には複数の集団が一緒に中央広場を囲んで環状住居をなして住んでいたようだ。そして、各々の集団のリーダ級の人(家長?)は中央広場に決められたやり方で埋葬される。

  

 この写真は、八王子市松木の富士見台公園にあった看板。近くにある多摩ニュータウンNo. 107遺跡の縄文時代の発掘現場である。縄文中期後半の320年くらいの期間にできたお墓を上空から見ると白っぽく環状住居ならぬ環状墓抗が見えてくる。これも東西南北の4つの集団に分かれていて、環状のお墓群になっているのが驚きだ。生きているだけでなく魂となって身体を離れても変わらないような願い。

 例えば100人位住む村があるとする。そこに何かの縁で結びついた二つとかのグループが住む。この縁はそれこそ母方とか父方という結びつきもあっただろう。しかし、私は縄文小説を書く中で気づいたのだが、自然災害、部族同士の利害、そんな中では決して単純ではなかったと。例えば、火山災害で難民化したグループを従者のグループとして考え、一つの村に二つのグループを想像した。

 記紀には海幸山幸の話があるが、これを同じ村の人と考えられないだろうか。ある村に漁業をするグループ、狩猟をするグループがあり、文化は違うものの共生する。縄文後期の気候変動の大きい時代には生活を安定させるために、こうした二つのグループの手組みもあったかもしれない。そのために中央広場を持ち共食し、祭儀を共にする。

 縄文時代の共生。それは、多様性を大事にし共生する文化だったように思う。春になるとモンキチョウが萩の花に群がる。植物と動物の不思議な関係など自然界には不思議なカップルが沢山ある。人間と犬などは直ぐにわかるが、例えば今や切実な問題となっている新型コロナウィルスと人間の関係も単純ではない。命を奪うという恐ろしいこともあるが、補うところもある。こんな時代に不謹慎なといわれてしまうが、石弘之著「感染症の世界史」(角川ソフィア文庫2018年)を読んでいたらウィルスが人間を含む哺乳動物の胎児を守っているという学説は定説のようだ。そういうこともあるんだなと思う。

 欧米の国々、世界中の国々は新型コロナウィルスを敵視し戦時体制を組む。それに対し日本は平和憲法の縛りで不思議なほどゆるく対応している。今の状況では日本も戦時体制を組む方が良いのかもしれないが、そのふるまい方は独特だ。明治維新の前の幕藩体制の時に列国から日本の主権がどこか見えにくかったのと同じだ。まあ、命あっての・・であるのできちっとした現実に基づき覚悟を決めて対応してもらいたい。ただ、共生とは何か生物多様性とは何かは、私たちも考え続けなければならないと思う。

 さて、この共生を考えるとき。私が「生き甲斐の心理学」から学ぶことは受容ということである。よく、傾聴の話の中で、受容と共感、そして純粋と一致がでてくる。この3つを押さえると傾聴になるという。中でもこの受容は分かりにくい。私もそうだったが賛同することと思ってしまう。しかしそうではなく、相手の立場を深いところで理解し、相手をゆるすと言ってもよいのだろう。世の中傾聴とかコーチングとかで受容と言葉は良く聴くし、傾聴訓練などをしていくと受容なんて簡単・・・と思うようになる。しかし、受容というのはそんなテクニックの問題とは違うようだ。

 U先生の「生き甲斐の心理学」のブログに次のような一節がある。「現実を、森羅万象の解釈を、きちんと受けとめるには、相当の覚悟が必要ですが、私を含めた凡人は、ついつい現実を避けて、逃避的な夢に走ります。そうしないと厳しい現実に耐えられないからです。」(2007年8月21日)U先生が凡人とは思わないが、この覚悟という意味はとても深い。生命体、あるいは魂の問題と言ってもよいのだろうか。

 私たちの縄文時代の祖先は、強烈な火山爆発、地震、津波、・・・もちろん気象変化による食糧難もあっただろう。あるいは複雑な人間(人間集団)関係や疫病もあったと思う。そんな中でも命のバトンを後世に残しここに至っている。私は思うのだが不思議なほどに彼らは受容性があったのだと思う。そうでなければ10,000年以上の文化は崩壊しただろう。私たちは受容性についても学ぶ必要があるようだ。

縄文時代の楽しみ方 2/10 

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長い時の流れで変わるもの、変わらないもの(縄文時代もおもしろおかしく 9/10)

2020-03-06 | 第五章「和解と平和」

 新型コロナウィルス感染症の話が朝から晩まで・・・こんな一週間を好きな生き甲斐の心理学や縄文時代の研究もせず、野暮用の中で過ごした。そして、自分が自分でなくなるような気持ちの中で、今日は久しぶりに好きな世界に舞い戻っている。

 しかし、この新型コロナ騒動、環境の激変の中で人それぞれの個性が良い意味であぶり出されるように思える。

 例えばAさんは心優しい方であるためか、モノを捨てられず溜め込む傾向のある方だった。少し前はこの時代にあったミニマリストというか断捨離派の人に押され、回りからいろいろ言われ小さくなっていた。しかし、突然スーパーからいろいろなモノが消える激変の時となると、何でもホイと出されるので、急に温かく見られ出した。

 私はどうだろうか。幼い頃から、どうも発掘型の傾向が顕著だったようだ。幼い頃から友達と遊ぶのも嫌いではなかったが、一人で庭の動植物に触れたり土を掘ったりして遊んでいた。それが、青春期になると心理学や文学、創造工学といった、自分の心の中を探る(発掘する?)世界に興味を持つように。その延長で人間相手のマーケティングや営業の仕事にも深入りするが、行き着く先は生き甲斐の心理学の世界だった。

 U先生から通信制の私塾で生き甲斐の心理学を19年前から学ぶようになり、5年前にU先生の指導で論文を書いたが、その付録に書いたのが縄文小説「森と海と月 5千年前の祖先の愛と魂」の原型だった。縄文小説は小説家になりたいから書いたのではなく、心の発掘途上の成果物だったのだ。次作も基本的には同じなのだろう。

 さて、私のような発掘型の人は、物理的な閉鎖空間に沢山の人が集まるより、静かに一人でいるのが基本的に好きで、外出しにくい環境は余り苦にならない。また、ホームページを作ったり、ブログを書いたりするので好意的に見られたりする。こうした時に向いているかもしれない。

 因みに、外出がしにくい今のような環境では、インターネット文化がかなり進行するのでは無いかと思う(テレワーク、インターネット学習など)。インターネット時代の教育や制度についても一昔前に語っていた元カトリックの司祭であるイヴァン・イリイチの本「コンヴィヴィアリティのための道具」(ちくま学芸文庫 渡辺京二・渡辺梨佐訳 2015)を取り出して再読している。今の時代はいろいろなところに制度疲労があるように思う。もう一度原点に戻り考え直す必要があるのかもしれない。

 閑話休題。自分の傾向と渇望というか個性。それを大事に育てていくのが、人生を豊かにする鍵だと思うし、社会をよくする原動力だとも思う。それを可能にする技術もこの時代整って来ているようだ。スマホなど一昔前のスーパーコンピュータ以上だ。ただ、個性が世の中にうまく受け入れられるかは別だ。物持ちの良い優しい人が、今まで小さくなっていたように。

 さて、新型コロナウィルスで思い出したが、縄文時代の中期(例えば5000年前)に富士山の周辺というか、関東(南西部が中心)甲信地区に一つの文化圏があった。私の住んでいるところもその文化圏だった所で親しみを覚えるが、それが、4300年前ころに激変する。人口も減っているようであり(他の地域に転出したのだろうか)、考古学の一つの謎とされているようだ。自然災害説などいろいろ囁かれるが、疫病だったと言う説も聞いたことがある。疫病は当然ながら縄文時代にもあったと思う。

 そして、今の疫病でもそうかもしれないが、そうした変化の時代に、今まで蔭になっていた人達が一躍中心になることもあったかもしれない。例えば、有名な火炎型土器の次のパターンは、地味な蓋(土器)がつくことも多い土器だった。土器の厚みも薄くなり、用途別に工夫されたりするようになる。

 新型コロナウィルスの今の世相は、疑心暗鬼になって人と人との壁をつくりやすい時代のように思う。変な差別が生まれ、変に自己否定的になったりもする。自己肯定的であり他者肯定的な建設的な雰囲気から遠ざかる(自戒をこめて思う)。その結果、ギスギスしがちになり、電車の中で咳ひとつしても(マスクしてても)回りから睨まれる。人それぞれ生き延びることは大事なので非難はできないが、壁は世の中を変な方向に導きやすい。

 自らの壁を低くし、お互いの個性を大事にしつつ、新たに何かを生む為には何が必要か。生き甲斐の心理学では傾聴の6条件を大事にしているが、それは人間観とも大きく関係する。ある本を読んでいたら、宗教は人の魂の存在を信じるところから始まったとあった。縄文時代の研究者の多くは魂の信仰があったことを指摘している。4300年前の時代に生きて今に命のバトンタッチをした祖先達も壁を低くしてきっと生き抜いたと思う。

 相手の中に、例えば愛そのものの魂があることを信じる。鬼のような相手にもどこかに愛の魂があると信じる。すると、自分の中に自然体が生まれはじめ、相手を受容・共感(賛同とは違い、単に認めること)し始め、会話が豊かに紡がれ始める。

 写真は8000年前の籠が湿地帯なので700以上とか出てきた東名(ひがしみょう)遺跡。当時の籠(再現したもの)といっしょに撮っていただいた記念写真。8000年前の祖先達から、大きな気候変動(日本海に対馬海流が流れ込み、豊かな海になったことも)や大災害(鬼界カルデラで九州を中心とした大被害)、寒冷化、もちろん新型コロナウィルス以上の疫病もあった時代をくぐり抜け、しっかりと命のバトンタッチが行われてきた。時代によって、例えば火炎型土器が数百年の間で、外観が大きく変わる。しかし、変わらない何かもある。縄文土器の代表的な深鉢を囲んで飲食をともにする文化は鍋奉行を今でも残し。狭いが温かい竪穴式住居の文化は海外から揶揄されるウサギ小屋住居を生んだが、結構満足している。籠の伝統も今は少し危なくなってきたが、今後も続くように思う。変わらないものに思いを馳せると何か温かい気持ちになる。

 新型コロナウィルスは本当に大変だが、実際に病で苦しんでいらっしゃる方、混乱の中で困っている方、そして事態の終息、新薬開発を祈りたい。こうした祈りも縄文時代から続いているかもしれないが。

 縄文時代もおもしろおかしく 9/10 

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