なんだりかんだり

電動車いすで街に繰り出して感じたことを気軽に書きます。

大変なことが起きた!

2021年03月31日 09時16分00秒 | 日記



今、我が家で大変なことが起きた。自分たちのせいではないから、不可抗力。内容は書けないし、まだ話せない。でも心はもやもや。全部吐き出せたらどんなに気持ちが良いだろう。しかし今はやっちゃダメなの。しばらくしたら笑って話せることになればいいけど。今は発表を待っている状態です。

みなさん、すみません。

仙台は、桜が咲きました。でも花見はできません。窓から桜の木を眺めてます。

そして、ニュースで見たんだけど宮城県は非常事態宣言だけど、関東は宣言が解除されたからこちらのほうに旅行に来ている人多いです。県民は巣籠もり状態なのに、よその人が旅行しに来ている矛盾。なんかもやもや。

今回短くてすみません。





宮城県独自の非常事態宣言

2021年03月24日 06時35分00秒 | 日記
先週あたりから宮城県の新型コロナウィルス感染者の数が増加しています。三桁の日もあり、もうびっくりです。とうとう宮城県独自に非常事態宣言まで発令されてしまいました。まあ、何の拘束力もないですけど。100,000人あたりの感染者の割合をパーセンテージでゆーと、宮城県はワースト1になるそうです。

私的に言えば、去年の秋ごろからずっと気をつけていて、通院や役所での手続き以外は外に出ないようにしています。会議への参加も減らして、本当に巣ごもり状態です。必要な会議に出ることさえ遠慮しいしい、こそこそ出かけています。だから今さら非常事態宣言が出てもあまり変わらないんですけど。

私たち障害者は「家にいて当たり前」的に世の中が、コロナ禍になる以前から思われていたように感じます。電車に乗っている時に、気の良さそうなおばさんから「あなたは電車に乗って出かけられて幸せね1ヶ月に1回ぐらい出ているの?お兄ちゃん(隣の介護者に)偉いね」などと声をかけられていました。その当時1週間に1回位を仙台に出ていた私。このおばさんに本当のことを言ったらびっくりされるだろうなと、心の中で思っていました。私のように介護が必要な障害者が社会参加をすることが贅沢だと思われている節が、あるみたい。さすがに今は差別的な言動は、表立ってはなくなりました。ところがこのコロナ禍で、外に出さない大義名分ができました。コロナ怖いでしょう?と言えば、私を家に閉じ込めることができるのです。本当に心配している人は少なからずいると思うけど、なんか疑心暗鬼になります。  

花粉症もどき?

2021年03月17日 12時38分00秒 | 日記
お日様が出ていればと言う条件付きですけど、暖かい日も多くなりました。朝と夕の温度差が激しくて厳しい日もありますけど。東京などは桜の開花があったみたいですね。わが東北はまだまだ先なんですけど。今年もコロナのせいで例年みたいなお花見は無理みたいですけど。暖かい地方では桜って「別れの花」なのでしょうが、こちらは「出会いの花」になります。ちょうど入学式とかの時期に咲きますから。新入社員とかの最初の仕事は、花見の場所取りだったりして.学校なんかでも歓迎会がわりの花見になったりして。

さて、我が宮城は新型コロナウィルスの感染者が拡大しています。まだまだ怖いです。こちらは非常事態宣言にはなっていませんが、外出を控えて巣ごもりをしています。それでも年度末なので、いろいろなことが動き出しています。

そして「花粉症の時期」でもあります。私もその症状に苦しんでいます。鼻水ズルズル、涙ボロボロ。目がかゆいのを通り越して痛いです。眼科のお医者さんに言わせると私は花粉症では無いそうです。ドライアイなので、目の表面に水気が不足しているため、そこに花粉やゴミが入って炎症起こして涙や鼻水が出ると言う事だそうです。素人の私からすれば「それが花粉症じゃないのか?」と思うわけですけど、つまりはアレルギーでは無いけど、同じ症状を起こしてしまうと言うことです。そーゆーわけで医者からはお薬をもらえませんが、ドラッグストアで花粉症用の薬を買ってしのいでいます。目が開けられない日もあります。早く花粉やハウスダストが飛ばないようになってくれればいいなと思っています。ご同様に苦しんでいる皆様、もう少しの辛抱です。がんばりましょう。





東日本大震災から10年

2021年03月10日 09時25分00秒 | 日記


明日で「東日本大震災」から10年を迎えます。私の住んでいる多賀城市は「都市型津波」と言われる津波で、川からと海からの水が街をサンドする形で2メートルの津波がやってきました。おまけに仙台新港の石油コンビナートが爆発し、赤い炎と黒煙が一週間も空を覆っていました。幹線道路は、流されたリ、置き去りになったりした車が道路を塞いでしまって、通行止めになっていました。一週間くらいです。

それでも私の家は高台にあるため、自宅そのものには大きな被害はありませんでした。本当に幸いです。でも下の方にはさっきも述べたように壊滅的な街の惨状があり、電気、水道、ガスが1ヶ月以上停止しました。私は車椅子に乗っている身体障害者、その頃はまだ生存していた父は寝たきり、おまけに母はぎっくり腰で動けない状況で満身創痍の状態でした。同じマンションの方が同情してくれて代わる代わる水汲みを代行してくれました。そしで荒廃とした道路をかき分けて自転車で2時間もかけて食料を運んでくれた介護者のT君、E君、などに助けて頂きました。本当にありがとうございました。今でも感謝してます。そして遠くから物資を送ってくれた友人のみなさん、SNSで知り合いになった方からも
いろいろお世話になりました。

「10年と言う区切りで、語れるのは以前の暮らしを取り戻せた人だ」と、復興道半ばの方々は明日も昨日も同じ日常なのだとインタビューに答えていたニュースキャスターがいました。日常を取り戻せた私には胸に突き刺さる言葉でした。

とはいえ、日本人は区切りをつけるのが好きですよね。
今年の3月11日は、様々な特集番組が放送されるようです。


障害者手帳

2021年03月03日 12時52分00秒 | 日記

今日は3月3日、お雛様の日です。しかし今年はお雛様を飾りませんでした。なんとなく面倒で。いつもなら喜んで飾っているのにやる気ないんですよね、この頃。何の刺激もないし。予定立てでもコロナ禍で潰されるし。外出するとたとえ用事があっても気が引けます。どこにウィルスがあるか分からないし。天気の良い日が少し暖かいのが救いかな。

先日 障害者手帳の等級が変わりました。前の等級は、5歳の時のものです。あれから55年状況も変わっているのに障害者手帳は申請をしなければ、変える義務はありません。しかしこの等級、主に市町村が行ういろいろな制度に影響してきます。前の手帳の中で受けられなかった制度が結構ありました。私の身体の現状が手帳通りなら仕方ないのですが、どうもそうは思えない感じでした。なので、リハビリの医師にお願いして再認定のための検査をしてもらいました。そしてやはり、手帳の等級が変わりました。やっと現状にあった等級になれたのです。日常生活で困っていたことをやっと聞いてもらえて今、申請中です。これまではよく友人たちに「あなたの状態ならこれこれが受けられるのにどうしてやらない」と、まるで私がサボっているかのようなことを言われていました。悔しかったです。まぁいろいろ勇気も必要でした。身体の萎えも急激にやってきたし。人それぞれに変化の時期はいろいろです。家の中で車椅子に乗っていたリ、ベッドから起きたり寝たりすることを自力でできなくなるなんて10年前には考えられませんでした。それはとても悲しいことです。でも生きていかなければならないので、いろいろ考えて制度を
使っていきたいと思います。皆さんが考えているよりかなり厳しい道のりです。