姫先生のおめめ

25年間の養護教諭の経験と脳科学、波動理論から引き出すレジリエンス向上について書いています。

『受け容れる』ことと『優しくする』ことは 違う アイシン波動個人セッション(2)

2013年08月07日 | 波動脳科学/主体的人生のリテラシー

 

【2013年 8月の記事】


 

昨日の記事の続です!


親から 「強制の愛情」を受けてきて それを嫌っていた私は

同然 同じことを周囲にする性質がある。

まさに その通り。

それ 娘に「おばあちゃんそっくり」と笑われる所以ですだ。(笑)(笑)

面白すぎる 人間の波動的理解!!


さて、状況説明と自分の陥るポイントが分かったところで 

体の調整です。


アイシンの個人セッションでの体の調整は

ただ 全部先生がやるわけではなく 


先生のリードで呼吸法をしながら、脳下垂体宣言を通して

自分で自分の肉体や意識

潜在意識、エネルギーセンターなどに入り込んでいるノイズを身体から出して調整します。


波動という名前がついているからといって


先生方が 「えいやーーーー!」

 とか言いながら波動砲を飛ばして治す・・・・ なんて受身的なことをするわけではないです。


誤解のないように。


あくまで主体は、その人自身です。

さて、というわけで 診察台にて体の調整の始まり


このところ 毎回 「人生マックスの痛み」を感じてきたのですが

(あ、これは私の状態が悪いわけで 多くの人はここまで痛くないです。気持ちいいっていう人が多い)

今回は 痛みとともに「くすぐったい系痛み」もあり


ぎょえー

ぎゃー ぶががががががが

うぉっ!!

ちぇんちぇー ぎゃははハハハハハは!!! 笑うしかない~!!!!!

うごーーーーーーーーーつ

ふはーっ ふはーっ!!!

へごへごへご


と、先生も爆笑するほどの 悲鳴が上がりました。

(何度も言いますが これは 私の状態がすこぶる悪いからでみなさんはもっと気持ちいいです)

さて、そこから 呼吸法で ノイズを出します。


心理療法や催眠療法では到達できないレベルのノイズにアクセスし

それを足裏から出していきます。


荒島先生は 呼吸のリードをしてくださいます。(出産みたいですね)


小窪先生は 基本的に 足裏「湧泉」のツボを触りながら

ちゃんとノイズが出ているのか 

そのノイズに紛れ込んだ 私の「想い」を読み取ってくださいます。


何かのノイズがしっかりと 排出されないときは

新たに 脳下垂体宣言を重ねていきます。


これがすごいんですよね。

「ん~ なんか引っかかってるなぁ なんじゃこれ。。。(しばし時間) あ、これかー。

じゃ 呼吸法で流すよ (と、呼吸法しながら 必要な脳下垂体宣言をリードされます)」


今回、かなりすごいノイズが出たみたい

一言でいうと、誰かに甘えるとういことは、私の潜在意識にとっては

「死んでしまう」くらいの恐怖なのだそうです。

だから、簡単に人に頼って甘えてくる人に対して『ふざけんじゃねぇ』という反応になる


自分の努力をせずに

「人が作ったものを簡単に盗んで使い それを自分が作りました」のような人たちに何度も出会い

 辛酸をなめるという体験をしてきました。


で、臥薪嘗胆。

かならずそういうやつに復讐してやるという強い怒りが私にとってのエネルギーだったんです。


恐怖より 怒りが強い人は 頑張れるんです。


でも それも 手放しました。


両方の先生が同時に 『手がしびれるほどのノイズだ』とおっしゃっていました。

このお二人 なにもお互いに話してないのに 同じ反応をされます。

面白い!


体の調整が終わって、身体に体温が戻ってきました。


新潟から東京へ向かう上越新幹線のクーラーがめっちゃ強く感じたのも

上野から乗った山手線のクーラーも冷たく感じたのは

自分の中から生気がなくなっていて

完全に芯からひえていたからだったのだと やっとわかりました。 


大腿筋の内側の筋肉が弱くなっているというのは、ほかでも言われていたことなので

これは 日常トレーニングに取り入れていきます。


やっと状態が整って

これまで受け容れることが苦手だったタイプに対しても反応が薄れることでしょう。


そんなアイシンでの個人セッションの話をもとに

「受け容れる」って話をしますね。


荒島先生から「受け容れる」っていうことについて、とっても腑に落ちる説明をしていただきました。


「受け容れる」もいろいろレベルがあるのですが、


「受け容れてほしい」と思っている人は、相手の表面な態度で受け入れられているかどうかを判断する。


「受け容れてもらっている」=「優しく接してもらえる」と解釈しているからです。

 でも、これは、その人が私に求めていることであって

 それをしてあげることが、決して本当の「受け容れる」ではないということです。


 受け容れてかかわる・・・とは、相手が受け容れてもらっているということをしてあげることではなく

 相手が「すべきこと」にまで自分がかかわらないということでもある

 相手が求めることをしてあげることが受け容れることではないということ

 

 要は 相手の生きるチカラを信じてかかわっているか、そうでないか。


 保健室コーチングの講座で、

 私が何度も受講生さんたちにお伝えしていることの根本はここにあります。


 相手に 「私を受け容れているならやさしくしてよ」と求められても、

それが必要ない(本当に相手のためにならない)と思えば

そんなかかわり方をする必要はないということです。


「受け容れてーーー!」が強い人は、

自分がこれをしたら、あなたにはこんな風に反応してほしい、やってほしい、、こうしてほしい」

という自分本位の願いがあるんですね。


何度もいいますが、それに沿ってあげることが「受け容れる」ということではありません。

本当に何度も言います。

 

相手を本当に受け入れていれば、

相手の意に沿うことをするのか、あえてしないのかは、私自身が決めること


 

以前は、どうしても受け容れることができない人が、

何かの行動を起こした時、

の裏側の情報を直観的にわかるがゆえにどう反応してよいかわからず

その状況になると、体の記憶のままにとてつもない恐怖が湧き上がり、

これが怒りとなり・・・ 結果、ぶっ飛ぶ(笑)⇒コントロー不能の状態


はいはい。

この状況、昔から何度もやってきたパターンです。


本当に、半世紀たってわかるなんて楽しすぎます。

だから、その状況になると雄弁な私が、

コトバにできない感情に支配され、とにかく『関わりたくない』の状況になる


人によっては、相手の求めに応じないことに恐怖を感じ、

無意識に相手が望むことをしてしまう方もあるようです。

(支援職の方で、人の役に立ちたいという思いが強い人ほど、この傾向があります)


しかし

本当の意味で受け容れていれば、

「相手が、何かやっていても、それはそれで必要で起きているから、存分に体験して気づいてね」

と、ちょっと離れて見ることができる


相手の可能性を信頼し、相手の存在そのものを受け容れているからこそ、それができます。

相手の一挙一動に、影響されないということなのだと解釈しています。

 

「受け容れるのなら優しく接しなければ」なんて思うと抵抗が起きるのですが

本当に受け容れるとはそういうことなんだとわかると、まったく自分が動じなくなりますよね。


だから「入れる」ではなく「容れる」 


相手との関係性ではなく、受け容れるとは自分の器の問題。


自分の容量をおおきくするってことなんです。


相手が求めるようにしてあげることではない


当たり前のことですが、もっと深いレベルで理解できました。


怒りのエネルギーを否定するわけでなく、それがあることも受け入れて

甘えるの実践もしていきます。


個人セッションをしたから、それで人生が変わるという単純なものではありません。

先生たちがやっているのは、人助けではなく、

その人が現実でチャレンジできる状態に持って行ってくださるだけ。

 

そこが すごいところ


相手の可能性を信じていなければできないことです。


「私が何とかしてあげる」「私の技術やセッションで変えてみせる」は

相手を受け容れてないやり方です。


今回の個人セッションでの調整を、日常で実践し、体験し、落とし込むことで 

個人の潜在意識の情報を変えていく実践が始まります。


【2017年 9月追記】


あれかた4年。

再び、同じような受け容れがたい状況が起きました。


でもね、さすがに10年アイシン波動の学びをやっていると

全く反応が違って、

さらに、この時に学んだことからさらに一歩進んで

「調和」というキーワードにチャレンジしています。


人生って色々あるけどさ、やっぱ生きる価値があるんだよ


 


 


最新の画像もっと見る