2021年11月8日、経団連は「テレワークなどによる出勤者の7割減を、なくしていく方向で見直すべき」という提言を出した。テレワークはあくまで緊急事態対応であり、「早く元に戻そう」という意向が感じられる。
確かにテレワークは新型コロナの感染拡大を機に、緊急対応的に始まった。当初はパソコンの整備や通信のセキュリティ問題を始め、ZOOMなどのウェブ会議システムも初めて使う人が多く、ウェブ会議の進め方も手探りだった。まして、テレワークを前提とした人事管理のあり方など、誰も分からないままの、手探りでのスタートだった。
しかし結果的にテレワークは、なかなか進まない日本人の働き方改革に、一石を投じたのであった。
想像以上に大きかった
テレワークで社員が気づいたこと
実際、テレワークがビジネスパーソンにもたらした「気づき」は想像以上に大きかった。
それまで誰もが当然だと思っていた「満員電車で会社に通い、皆揃って出社し、フェイス・トゥ・フェイスで仕事を進める」というやり方が、実は当り前ではなかったことに気づいた。人によっては通勤で失う2時間以上の時間、そこで失う体力は、テレワークをやってみると、何と無駄なエネルギーを費やしていたのかと気づいた。
また、会社に出社することで「仕事をしている」と思っていたのが、リモートで仕事をやってみると、出社するだけで仕事をしていない人が、社内に結構いたことにも気づいた。出社は仕事をするための「手段」のはずだったが、「目的」と勘違いしていた輩がたくさんいたのである。
毎週のように行なわれていた社内会議が、いかに不要なものであったのか、いかに非効率であったのかも明白になった。
さらに、コロナで家にこもる機会が多くなることによって、身体的には筋力や体力の低下などが進んだが、メンタル的にはテレワークによって孤独感を持つ人がいる一方で、職場の人間関係のストレスから解放された人も少なくなかった。
テレワークが開けた
企業社会の“パンドラの箱”
本稿では、エッセンシャル・ワーカーや工場や小売業、人的サービスなど、出社しないと仕事にならない職種を除き、いわゆる事務系のホワイトカラーの仕事に絞って話を進める。
日本企業の生産性は、製造部門は国際的にも遜色ないが、ホワイトカラーの生産性が低いことは以前から指摘されてきた。そこに、突如テレワークという“黒船”がやってきたのである。
黒船は、ほとぼりが冷めたら、追い返してしまってよいのだろうか。テレワークという黒船は、日本人の働き方という“パンドラの箱”を開けたのではないだろうか。その箱を閉じて、早く元に戻そうという発想は、時代と逆行してはいないだろうか。
テレワークでは人事管理はできない
という、日本企業の思い込み
企業の立場から言えば、「テレワークではきめ細かい人事管理ができない」という懸念が強い。フェイス・トゥ・フェイスで細目を詰め、仕事のプロセスを見ることで進捗を管理することによって、Q(品質)、C(コスト)、D(納期)を維持しようとしてきた管理職も少なくない。
野村総合研究所の社内調査(日経速報ニュースアーカイブ 2021.8.17)によると、テレワークでモチベーションが下がったのは、仕事の進め方が分からない3年未満の新人と、部下の実態が把握できない40歳代の管理職であった。逆に30歳代は、上司の目を気にせず、伸び伸びと仕事ができたと言う。仕事を教えてほしい人と、管理したい人は職場勤務を望む一方、仕事を自律的にやりたい中堅社員は、テレワークでモチベーションが上がっていたのである。
また、そもそも日本の賃金体系は、非管理職に関しては超過時間に対して残業代が払われる仕組みになっており、労働時間の判定が難しくなるテレワークは、管理に限界がある。その時間で管理するという伝統的な働き方も見直そうということで、数年前から働き方改革が叫ばれてきたのではないだろうか(会社から自宅のパソコンに不定期に信号を送り、きちんと働いているかをチェックする“性悪説”に基づいたシステムを採用している企業もあるが、これは自律的に仕事をしている従業員からは、甚だ評判が悪い)。
テレワークを続ける若者のほうが
仕事のモチベーションが高い3つの理由
在宅勤務の生産性に関する研究は、まだ緒に就いたばかりである。内外で、生産性の向上あるいは低下の様々な結果が出ている。
森川正之・一橋大学教授の調査(『新型コロナと在宅勤務の生産性:パネルデータ分析』RIETI、Discussion Paper Series,21-J-041,2021)によれば、在宅勤務での生産性が低かった人ほど職場勤務(筆者注:出社ということ)に戻り、今も在宅勤務を続けている人の生産性は1年前に比べて上昇した。すなわち、在宅勤務の“学習効果”は、1年ほどたって出てきたのである。在宅勤務の生産性をどの時点で調査するかによっても、調査結果は違ってくると言えよう。
筆者は、働きながら夜間のMBAコースに通う学生と接しているが、コロナ感染が落ちついた後もテレワークを続けている社会人の方が、職場勤務に戻された社会人より、総じて仕事へのモチベーションは高いようだ(それは特に外資系企業に多い)。それは何故だろうか。
第一に、コロナ禍の状況にかかわらずテレワークを継続している企業は、個人のジョブが明確になっている。自分の仕事が明確にアサインされていれば、他人との余計な調整は最小限にすることができる。そのため家で仕事をしていても、仕事の進め方に関する不安は少ない。
第二に、そうした企業では社員を成果で評価する習慣が根づいている。成果を測るモノサシも共有されており、評価する側の評価能力もある程度訓練されている。成果を正しく評価することは、テレワークを進めていくための必須条件である。
第三に、「従業員は、職場で見張っていないとサボる」という性悪説に基づいた管理ではなく、どこで働こうが社員を信用して仕事を任せるという、性善説に基づいたマネジメントを会社がしてくれていることに対して、社員は心理的安定性を感じているのではないだろうか。
企業を選ぶ基準は変化
就職人気にも影響が
一昨年あたりから、就職希望者が重視する項目に、従来からあった仕事の内容、勤務条件、報酬などに加えて、副業の許容度が加わってきた。それは、単にアルバイトをしたいということではなく、副業の許容度が自由な企業風土であることのバロメーターと見られてきたのである。
しかしテレワークの許容は、副業を大きく上回る企業選択の新たな項目になる可能性がある。平時においてもテレワークを併用している企業は、先に述べたように職務が明確であり、自分の努力がよりストレートに評価される。上司へのゴマスリや夜の宴会にエネルギーを使う必要が少なくて済むとも見られている。
さらに、家事や育児、介護などと仕事との両立を考えた場合、テレワークを許容している企業は、そうした課題を抱えた場合でも対応しやすい。どこに住むかという選択肢も、テレワークを実施している企業であれば広がってくる。
たとえばNTTは、2021年9月、コロナ収束後もテレワークを原則とし、転勤、単身赴任をなくしていく方針を打ち出した。転勤、単身赴任という日本の人事管理において“当然”と思われていた制度にも、メスを入れたのである。同時に、ジョブ型の人事制度の導入も進め、全管理職を対象とすることにした。
NTTがテレワークを推進する通信の会社である点を割り引いても、日本を代表する伝統的な大企業が、テレワークをベースとした働き方や人事制度のあり方を再構築しようとする試みには、注目したい。
かつての就職人気ランキングの上位には、大きくて安定性があり、仕事が魅力的で、報酬が良い企業が並んでいたが、ここ数年の間に、平時においてもテレワークができる企業が上位に進出してくると予想される。逆に言えば、事務系ホワイトカラーで、全員職場勤務を強要するような企業は、自律できる優秀な人材が集まらなくなり、遠からずランキングから消えていく運命にあろう。
(早稲田大学ビジネススクール教授 山田英夫)