Ⅵ
それは、今から五年前の冬の出来事である。
大陸北東の支配者であるレムローズ王国は、ティヴァーテ剣王国にも匹敵するほどの広大な国土と軍事力を備えた大国である。
その国風は閉鎖的で、他国との交易などは一切行わず、自国の力のみで立つ傾向にあった。故に文明も他国より、より中世的で、国民の生活水準も低い。
しかし、一方で多数の屈強な戦士を輩出する国でもあり、その軍事力は突出している。
大陸の北には他に、ノウエル叡智王国(現皇帝)、ガルトラント、ハイランド北海王国が存在するが、当時のレムローズ王国の影響力は、次の皇帝位をも狙えるほど強大で、ティヴァーテ剣王国あればこそ、大陸の均衡が保たれていると言っても過言ではなかった。
レムローズ王国は強大だが、多数の国民を抱える上、国土の三分の一が凍土で覆われており、残された土地も痩せている為、厳しい冬ともなると、しばしば食糧危機に陥ることもある。
故に、肥沃な大地を求めてやや好戦的な行動を取る国でもあった。
家族を飢えさせない為、愛する人に十分なパンとスープを与えることが出来るなら、兵士たちはそれだけで戦う理由を正当化できた。
戦わなければ、その代償として、愛する家族の誰かを失うことになるのだから。
当時のレムローズ王国が、次の皇帝位すら狙えるほど強大と呼ばれたのには、ある理由があった。
元来、名将ハイゼン候率いるレムローズ王国軍は、屈強であることも知られていたし、独力でギーガ戦に臨めるほどに、その兵たちの錬度は高い。
だがその戦列に、英雄とも呼べる優れた二人の王子が加わったのだ。
一人は第一王子である、ローヴェント王子。
ハイゼン候に師事し、知略に優れた黒髪の美青年。
後に賢王と呼ばれるであろうと云われたこのローヴェント王子は、武芸の才にも秀で、その戦士としての能力も、レベル92と極めて高い。
あと一人は、弟のカルサス王子で、知略よりも武勇に優れる彼の資質を見抜いたハイゼン候は、彼を一流の戦士として鍛え上げた。
カルサス王子の戦士レベルは94。
この数字がいかに強力であるかということを説明するには、その上が大陸最強の剣王と謳われるバルマード、ただ一人しかないということで十分であろう。
この二人の王子の加入により、レムローズ王国軍は常に勝利を繰り返し、国民は二人の王子たちに熱狂した。
そして国民の過剰な期待に応える働きを、二人の王子はやってのける。
二人の父である当時のレムローズ王は、病に伏せっており、余命幾ばくもないと噂されていた。
王妃は二年前に他界しており、王室は不幸が続いていたが、二人の王子の活躍の陰に消される形で、国民は王の病状よりも、いつローヴェントが王に即位するのかという、その時期の方に関心を集めていた。
英雄王の誕生ともなれば、長年、ティヴァーテの風下の立たされていたレムローズ王国の民たちも、自国の王が皇帝になれるかも知れないという強烈な誘惑に、ついには目覚め始め、王室の不幸など消し飛ぶほどに、レムローズ王国の民たちは王子二人への期待を過熱させていた。
ハイゼン候は、王子たちを戦列に加えるには時期尚早だったのではないかと、そのあまりの過熱ぶりを危惧した。
ハイゼン候自身は、レムローズ王国軍が行っている侵略行為自体には後ろ向きで、むしろ交易を復活させ、国家の財を切り売りしながらでも、民たちを一人でも多く飢えから救い、無用の争いを避け、民たちを慎ましくも平穏な日々へと導きたかった。
ローヴェントやカルサスも、ハイゼンのその意見には賛成であったが、病床にある王はそれを許さず、故に好まざるとも戦う必要に迫られた。
そのような状況にあって、このレムローズ王国の王室に、実は第三の王子が存在していたことなど、民たちは知る由もなかった。
それは、今は無き王妃と病床の王がその王子の存在自体をひた隠しにしてきた為なのだが、その王子は、名を『エリク』という。
現在、アメジストガーデンにいるあのエリクこそが、その第三王子である。
エリクは、時のレムローズ王の命により、十五の歳に至るこの時まで、王子としての生活を強いられてきたが、本来は姫である。
そして、エリクは間もなく、十六歳の誕生日を迎えようとしている。
エリクは言いつけを素直に守り続け、忠実に自分が姫である事を他者に悟られないように努めてきた。
何故、エリクがそんな真似をする必要があったのかは、今の時点では『神の啓示』とだけ言っておこう。
エリクの行動範囲は、レムローズ王国の王宮のさらに奥のごく一部に限定されていた為、譜代の重臣たちであっても、第三王子の存在自体を知らぬ者も少なくはなかった。
二人の兄たちは、エリクの存在をもちろん知ってはいたが、二人がエリクと接触しようとすると、王も、王妃も共に嫌な顔をした。
エリクの教育係を任されていたハイゼン候だけは、誰をはばかる事なくエリクに会うことも出来た。
勘の鋭いハイゼンは、何故、エリクをそんなに人目に触れさせない場所に隔離するような真似をしたのか。そして、二人の兄のですら、妹であるエリクと会うことに嫌悪感を示す王と王妃のその行動を、長年、王家の執務に携わる者としての経験から、雰囲気的に察することが出来た。
確かに、その不可解な行動の理由を、ハイゼンが直接、王たちから告げられていたなら、彼も王や王妃同様、二人の兄を、妹であるエリクに近づけない行動を取っていただろう。
が、そこまで明確な理由をハイゼンが知る由も無く、時折、人目を忍んで会いに来る二人の優しき兄と、その素直なまでに弾むエリクの笑顔に流され、ついハイゼンはそれに目をつぶってしまう。
エリクがまだ幼い頃は、二人の兄とエリクの関係も、とても仲のよい兄弟として、誰の目から見ても微笑ましい光景といえたのだろう。
しかし、ハイゼンが初めてエリクに出会った時に直感したものが、時の流れと共に現実化して来ると、やはり、自身の判断は甘かったとハイゼンは思い知らされる。
エリクは、天才である。
それも、ハイゼンがその人生で初めて出会ったと断言出来るほどの才気に満ち溢れ、その秘めたる力たるや、英雄の名で呼ばれる二人の兄ですら遠く及ばないと、ハイゼンはエリクの成長を見守りながら、それを実感させられずにはいられなかった。
日に日に、美しさが磨かれていくエリク。
だが、美しいという言葉だけでは、彼女を語ることは出来ない。その精神はとても気高く気品に溢れ、その心は慈愛に満ち溢れている。
一言で形容するなら、それは紛れも無く彼女のその存在は、『天使』そのものである。
それより、一年前。
彼女が十四歳から、十五歳となる冬の季節を迎える頃には、すでに王子と押し切るのには、あまりにも無理があった。
美しく成長したエリクのその姿は、大陸に並ぶものがないと言えるほどの絶世の美姫であり、その存在を国の内外に知られていたなら、この麗しき美姫を巡る為、戦争をも辞さぬという王や諸侯も数多いた事だろう。
王と王妃が、そのエリクの存在を王子と偽ってまで、ひた隠しにしたのは、これを見越しての事だったのだろうとハイゼンも納得したが、理由はさらにあった。
ハイゼンはその理由については、後で知ることになるのだが、偶然にも二人の兄、ローヴェントとカルサスは、その理由を先に知り得たのだ。
それは、さらに時を遡ること一年前。
王妃が最期にレムローズ王と交わした言葉を、二人の兄が耳にした事に始まる。
聞こうと思って耳にしたわけではない。
王妃の危篤の知らせに駆けつけた二人が、その軽く開いた扉の前で、半ば強制的に聞かされてしまったと言っていい。
二人の兄は計らずも知り得たその事実を、知らねばよかったと強く後悔する。
その年の冬、十四歳の誕生日を迎えたばかりのエリクは、二人の兄を心から魅了してやまないほどに、可憐で心優しい少女に成長していた。
端整な顔立ちのせいもあって、その年齢よりはやや大人びてみえる。
さすがにこの頃ともなると、二人の兄たちもエリクが自分たちの妹であることは知っていたし、彼女が二人の目の前で、類まれなほどに美しく成長していくその姿に、エリクもまた、一人の『女性』であるということを、二人は意識せざるを得なかった。
まだその時点では、蕾(つぼみ)である彼女だが、あと一、二年もすれば、この世でたった一輪の、比類なき美しき薔薇を咲かせる事は、容易に想像出来る。
それだけならいい、妹が美しく成長するのを見守るのも、兄としての当然のことだと、優しい二人の兄たちは、そう割り切れた。
だが、王妃の残したその言葉は、あまりに衝撃的だった。
エリクが、彼女が、自分たちと血が繋がっていないとは一体、どういうことなのだ!?
しかも、十六歳の時を迎えると同時に、最愛の妹を、神に奪われてしまうとは!!
ローヴェントとカルサスは、王妃の言葉に苦悩する。
これまでは、可愛い妹でよかった。
しかし、それが妹ではなく、『異性』へと変わる。
二人とも、エリクの事は以前からずっと、心より愛している。
彼女に触れると心が安らかになる。
彼女の傍らにいることで得られる充足感は、他の何ものにも代え難いものであった。
一年と経たずに彼女は、レムローズ王国の薔薇姫と称えられるほどに、麗しき絶世の美姫と成長するであろう。
その姿は、今のままでも十分といっていいほどに美しい。
そのエリク姫をこの手にすることが出来るのなら、成人した彼女を妻に迎えられるのであらば、この国の王位など要らぬと思わせるほど、二人の王子にとってエリクの存在は強烈で、同時に、とても大切で、いとおしい存在であった。
また、それだけの想いがあるからこそ、彼女を傷付ける事が何よりも恐ろしかったし、その彼女が、神へと捧げられる身であるという事実は、とても受け入れられる事ではなかった。
王国の繁栄の身代として、王と王妃に育てられたエリク。
血が繋がらない妹。
その出生は、未だ謎のままだ。
ローヴェントとカルサスはその事実を知った時、共に彼女を守ろうと誓い合う。
それからの二人の王子の活躍は、以前に増して目覚しいものとなり、レムローズ王国はより強大に勢力を増し、かの大陸最強の剣王擁するティヴァーテ剣王国とも肩を並べ、その勢いに至ってはティヴァーテすら押し退け、大陸一とさえ称されるほどの、超大国へと成長していく。
エリクが、その貧しき土地を潤す為の対価ならば、その必要がなくなる程に富国に努めればいい。
神が、私たちの天使を奪いに来るのであれば、その神さえ寄せ付けぬだけの強大な力を有すればいい。
ローヴェントとカルサスは、極限にまで自己を高め、その運命(さだめ)と向き合うことを決意する。
カウントダウンは、二年後の冬。
こうして、二人の王子たちの『時間』との戦いは、その幕を切って落とされたのである。
それは、今から五年前の冬の出来事である。
大陸北東の支配者であるレムローズ王国は、ティヴァーテ剣王国にも匹敵するほどの広大な国土と軍事力を備えた大国である。
その国風は閉鎖的で、他国との交易などは一切行わず、自国の力のみで立つ傾向にあった。故に文明も他国より、より中世的で、国民の生活水準も低い。
しかし、一方で多数の屈強な戦士を輩出する国でもあり、その軍事力は突出している。
大陸の北には他に、ノウエル叡智王国(現皇帝)、ガルトラント、ハイランド北海王国が存在するが、当時のレムローズ王国の影響力は、次の皇帝位をも狙えるほど強大で、ティヴァーテ剣王国あればこそ、大陸の均衡が保たれていると言っても過言ではなかった。
レムローズ王国は強大だが、多数の国民を抱える上、国土の三分の一が凍土で覆われており、残された土地も痩せている為、厳しい冬ともなると、しばしば食糧危機に陥ることもある。
故に、肥沃な大地を求めてやや好戦的な行動を取る国でもあった。
家族を飢えさせない為、愛する人に十分なパンとスープを与えることが出来るなら、兵士たちはそれだけで戦う理由を正当化できた。
戦わなければ、その代償として、愛する家族の誰かを失うことになるのだから。
当時のレムローズ王国が、次の皇帝位すら狙えるほど強大と呼ばれたのには、ある理由があった。
元来、名将ハイゼン候率いるレムローズ王国軍は、屈強であることも知られていたし、独力でギーガ戦に臨めるほどに、その兵たちの錬度は高い。
だがその戦列に、英雄とも呼べる優れた二人の王子が加わったのだ。
一人は第一王子である、ローヴェント王子。
ハイゼン候に師事し、知略に優れた黒髪の美青年。
後に賢王と呼ばれるであろうと云われたこのローヴェント王子は、武芸の才にも秀で、その戦士としての能力も、レベル92と極めて高い。
あと一人は、弟のカルサス王子で、知略よりも武勇に優れる彼の資質を見抜いたハイゼン候は、彼を一流の戦士として鍛え上げた。
カルサス王子の戦士レベルは94。
この数字がいかに強力であるかということを説明するには、その上が大陸最強の剣王と謳われるバルマード、ただ一人しかないということで十分であろう。
この二人の王子の加入により、レムローズ王国軍は常に勝利を繰り返し、国民は二人の王子たちに熱狂した。
そして国民の過剰な期待に応える働きを、二人の王子はやってのける。
二人の父である当時のレムローズ王は、病に伏せっており、余命幾ばくもないと噂されていた。
王妃は二年前に他界しており、王室は不幸が続いていたが、二人の王子の活躍の陰に消される形で、国民は王の病状よりも、いつローヴェントが王に即位するのかという、その時期の方に関心を集めていた。
英雄王の誕生ともなれば、長年、ティヴァーテの風下の立たされていたレムローズ王国の民たちも、自国の王が皇帝になれるかも知れないという強烈な誘惑に、ついには目覚め始め、王室の不幸など消し飛ぶほどに、レムローズ王国の民たちは王子二人への期待を過熱させていた。
ハイゼン候は、王子たちを戦列に加えるには時期尚早だったのではないかと、そのあまりの過熱ぶりを危惧した。
ハイゼン候自身は、レムローズ王国軍が行っている侵略行為自体には後ろ向きで、むしろ交易を復活させ、国家の財を切り売りしながらでも、民たちを一人でも多く飢えから救い、無用の争いを避け、民たちを慎ましくも平穏な日々へと導きたかった。
ローヴェントやカルサスも、ハイゼンのその意見には賛成であったが、病床にある王はそれを許さず、故に好まざるとも戦う必要に迫られた。
そのような状況にあって、このレムローズ王国の王室に、実は第三の王子が存在していたことなど、民たちは知る由もなかった。
それは、今は無き王妃と病床の王がその王子の存在自体をひた隠しにしてきた為なのだが、その王子は、名を『エリク』という。
現在、アメジストガーデンにいるあのエリクこそが、その第三王子である。
エリクは、時のレムローズ王の命により、十五の歳に至るこの時まで、王子としての生活を強いられてきたが、本来は姫である。
そして、エリクは間もなく、十六歳の誕生日を迎えようとしている。
エリクは言いつけを素直に守り続け、忠実に自分が姫である事を他者に悟られないように努めてきた。
何故、エリクがそんな真似をする必要があったのかは、今の時点では『神の啓示』とだけ言っておこう。
エリクの行動範囲は、レムローズ王国の王宮のさらに奥のごく一部に限定されていた為、譜代の重臣たちであっても、第三王子の存在自体を知らぬ者も少なくはなかった。
二人の兄たちは、エリクの存在をもちろん知ってはいたが、二人がエリクと接触しようとすると、王も、王妃も共に嫌な顔をした。
エリクの教育係を任されていたハイゼン候だけは、誰をはばかる事なくエリクに会うことも出来た。
勘の鋭いハイゼンは、何故、エリクをそんなに人目に触れさせない場所に隔離するような真似をしたのか。そして、二人の兄のですら、妹であるエリクと会うことに嫌悪感を示す王と王妃のその行動を、長年、王家の執務に携わる者としての経験から、雰囲気的に察することが出来た。
確かに、その不可解な行動の理由を、ハイゼンが直接、王たちから告げられていたなら、彼も王や王妃同様、二人の兄を、妹であるエリクに近づけない行動を取っていただろう。
が、そこまで明確な理由をハイゼンが知る由も無く、時折、人目を忍んで会いに来る二人の優しき兄と、その素直なまでに弾むエリクの笑顔に流され、ついハイゼンはそれに目をつぶってしまう。
エリクがまだ幼い頃は、二人の兄とエリクの関係も、とても仲のよい兄弟として、誰の目から見ても微笑ましい光景といえたのだろう。
しかし、ハイゼンが初めてエリクに出会った時に直感したものが、時の流れと共に現実化して来ると、やはり、自身の判断は甘かったとハイゼンは思い知らされる。
エリクは、天才である。
それも、ハイゼンがその人生で初めて出会ったと断言出来るほどの才気に満ち溢れ、その秘めたる力たるや、英雄の名で呼ばれる二人の兄ですら遠く及ばないと、ハイゼンはエリクの成長を見守りながら、それを実感させられずにはいられなかった。
日に日に、美しさが磨かれていくエリク。
だが、美しいという言葉だけでは、彼女を語ることは出来ない。その精神はとても気高く気品に溢れ、その心は慈愛に満ち溢れている。
一言で形容するなら、それは紛れも無く彼女のその存在は、『天使』そのものである。
それより、一年前。
彼女が十四歳から、十五歳となる冬の季節を迎える頃には、すでに王子と押し切るのには、あまりにも無理があった。
美しく成長したエリクのその姿は、大陸に並ぶものがないと言えるほどの絶世の美姫であり、その存在を国の内外に知られていたなら、この麗しき美姫を巡る為、戦争をも辞さぬという王や諸侯も数多いた事だろう。
王と王妃が、そのエリクの存在を王子と偽ってまで、ひた隠しにしたのは、これを見越しての事だったのだろうとハイゼンも納得したが、理由はさらにあった。
ハイゼンはその理由については、後で知ることになるのだが、偶然にも二人の兄、ローヴェントとカルサスは、その理由を先に知り得たのだ。
それは、さらに時を遡ること一年前。
王妃が最期にレムローズ王と交わした言葉を、二人の兄が耳にした事に始まる。
聞こうと思って耳にしたわけではない。
王妃の危篤の知らせに駆けつけた二人が、その軽く開いた扉の前で、半ば強制的に聞かされてしまったと言っていい。
二人の兄は計らずも知り得たその事実を、知らねばよかったと強く後悔する。
その年の冬、十四歳の誕生日を迎えたばかりのエリクは、二人の兄を心から魅了してやまないほどに、可憐で心優しい少女に成長していた。
端整な顔立ちのせいもあって、その年齢よりはやや大人びてみえる。
さすがにこの頃ともなると、二人の兄たちもエリクが自分たちの妹であることは知っていたし、彼女が二人の目の前で、類まれなほどに美しく成長していくその姿に、エリクもまた、一人の『女性』であるということを、二人は意識せざるを得なかった。
まだその時点では、蕾(つぼみ)である彼女だが、あと一、二年もすれば、この世でたった一輪の、比類なき美しき薔薇を咲かせる事は、容易に想像出来る。
それだけならいい、妹が美しく成長するのを見守るのも、兄としての当然のことだと、優しい二人の兄たちは、そう割り切れた。
だが、王妃の残したその言葉は、あまりに衝撃的だった。
エリクが、彼女が、自分たちと血が繋がっていないとは一体、どういうことなのだ!?
しかも、十六歳の時を迎えると同時に、最愛の妹を、神に奪われてしまうとは!!
ローヴェントとカルサスは、王妃の言葉に苦悩する。
これまでは、可愛い妹でよかった。
しかし、それが妹ではなく、『異性』へと変わる。
二人とも、エリクの事は以前からずっと、心より愛している。
彼女に触れると心が安らかになる。
彼女の傍らにいることで得られる充足感は、他の何ものにも代え難いものであった。
一年と経たずに彼女は、レムローズ王国の薔薇姫と称えられるほどに、麗しき絶世の美姫と成長するであろう。
その姿は、今のままでも十分といっていいほどに美しい。
そのエリク姫をこの手にすることが出来るのなら、成人した彼女を妻に迎えられるのであらば、この国の王位など要らぬと思わせるほど、二人の王子にとってエリクの存在は強烈で、同時に、とても大切で、いとおしい存在であった。
また、それだけの想いがあるからこそ、彼女を傷付ける事が何よりも恐ろしかったし、その彼女が、神へと捧げられる身であるという事実は、とても受け入れられる事ではなかった。
王国の繁栄の身代として、王と王妃に育てられたエリク。
血が繋がらない妹。
その出生は、未だ謎のままだ。
ローヴェントとカルサスはその事実を知った時、共に彼女を守ろうと誓い合う。
それからの二人の王子の活躍は、以前に増して目覚しいものとなり、レムローズ王国はより強大に勢力を増し、かの大陸最強の剣王擁するティヴァーテ剣王国とも肩を並べ、その勢いに至ってはティヴァーテすら押し退け、大陸一とさえ称されるほどの、超大国へと成長していく。
エリクが、その貧しき土地を潤す為の対価ならば、その必要がなくなる程に富国に努めればいい。
神が、私たちの天使を奪いに来るのであれば、その神さえ寄せ付けぬだけの強大な力を有すればいい。
ローヴェントとカルサスは、極限にまで自己を高め、その運命(さだめ)と向き合うことを決意する。
カウントダウンは、二年後の冬。
こうして、二人の王子たちの『時間』との戦いは、その幕を切って落とされたのである。
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