よりみち散歩。

日々の暮らしのなかで心に浮かぶよしなしごとを、こじんまりとつぶやいています。お役立ち情報はありません。

成田山新勝寺と神田明神

2015年01月19日 | 神社仏閣
どちらかを熱心に信奉するひとは、もう片方に絶対参拝しないとか。

神田明神に祀られている平将門、その将門を調伏した僧を祀った新勝寺。

いわば敵対関係なので、両方にお参りするのは禁忌だというらしい。



…神仏はすべてをリスペクトしてくれると思う。


ヒロシマ、ナガサキに原爆を落とした国がある。

落とされた国が怨嗟にまみれて幾星霜、というわけでもない。

その国ではなく、戦いを憎んでいる。


ヒトでさえ、赦しを知り、恨む相手を間違えないのに、
いわんや神仏においてをや、という思いを抱いている。

むしろ、神仏をそれほどに狭量と考えるほうが非礼だ、と
思う私は少数派なのだろうか。


サザエさんうちあけ話

2015年01月09日 | 読書


長谷川町子さんの自叙伝漫画を読み返す。

今回は、町子さんの母、貞子さんについて。

初読のときは「善行に一生懸命な敬虔なクリスチャン女性」と思っていた。
何せ子どもだったから。

しかし、今読み返すと「頼られて善行を行うのは大好き、
けれど頼み事は苦手」な女性だったのでは、という印象をもつ。

例えば、女学生だった町子さんを、田河水泡の弟子に、と頼む際、
付き添いは長女・鞠子(町子姉)さん。

洋子さん(町子妹)を菊池寛の弟子に、と頼むときも
使者にたったのは鞠子さん。

サザエさん2巻を本屋に置くよう一軒一軒まわったのも鞠子さん。
(このころは姉妹社の社長になっているから、役割かもしれない)

そして資金繰りが苦しい中、知人に「家を買ってくれ」とお願いされ
「そんな余裕はない」と鞠子さんが拒否しているところへ
善行大好き母・貞子さんが
「そこを何とかならないの!何とか!」と怒鳴りつける。

結果、要らない家を買うため奔走させられる、気の毒な鞠子さん。

貞子さんはいつも「いいとこどり」だ。
頭を下げるところ、泥をかぶるところ、稼ぐところはすべて娘に丸投げしている。



話が変わるが、私は『美味しんぼ』の栗田ゆう子が一時期苦手だった。

困った人をみると「何とかしてよ、山岡さん!」と怒鳴りつけ、
自分は何もせず、山岡さんが窮地を救うと「良かったわ」と
さも自分が功労をたてたようなドヤ顔をする。
(※ゆう子嬢は途中から自分でも行動するキャラになった)



話を戻すと、どうも貞子さんから、あの栗田ゆう子の匂いを感じてしまう。
そして、やはり善行は自分のお金と労力で行うべきだろう。

子孫に美田を残さないという発想は理解できるが、
子どものお金を親が奪いまくるのは、まったく共感できない。

使い道がオトコであろうと、恵まれない相手であろうと、
他者の稼ぎをつぎ込むのは感心しない。

貞子さんが近所のおばさんなら、とても頼れる良い人と思うが、
家族は苦労したろうなとしみじみ思う。

もちろん「町子さんの描く母親像」から想像するだけだから
実際とは異なる面もあるだろうが。

高幡不動尊の奇跡

2015年01月04日 | 神社仏閣
1月3日に高幡不動尊に参拝に出かけました。
大安吉日だし、多少混雑しているだろうと思っていましたが…



多少どころか!参道は人なみで渋滞しています!
一瞬出直そうかと逡巡しましたが、いえいえ縁があって今日ここに来たのですもの、
頑張って行列に参加することにしました。

…私、混雑は超、超苦手なのです。

もし大晦日の夜に明治神宮に参拝したら100万円やると言われても、
絶対家でゴロゴロしているほうを選ぶくらいに苦手なのです。

その私にしては、根性をみせました!





交通整理の方、ありがとうございます。
おかげで、15分程度で参拝することができました。





あまりに混んでいたので、ご本尊のみの参拝としました。
中をのんびり歩ける状態ではなかったので。

いつも気になるのは、賽銭を投げ入れる人たち。
あれ、神仏に相当失礼な行為だと思うんですよ。

人間同士だって、小銭だろうと札だろうと投げて渡さないですよね。
そんなことをしたら、品性を疑われます。

基本混まない時期を選んでいく私ですが、どんなに混雑していようと
お金は静かに賽銭箱に入れます。絶対投げません。

あと数メートル進むのが待てなくてお金を投げているなら、
金運が薄まるのはもちろん、投げやりな利益しかいただけないと思いますよ。




帰路、振り返ってもやはり人、人、人。


この混雑でもお参りしたくなるくらい、高幡不動尊は私にとっては特別な場所です。
もう10年以上前になるでしょうか。こんな不思議なことがありました。

通勤電車の中でコンタクトレンズを片方、落としました。
「あ!」と思った時には人波でもみくちゃ。

諦めてそのまま出勤し、5日ほど経ったある日曜日、なぜか
「ツキをあげるために高幡さんに行こう!」と思い立ちました。
(その前から、高幡さんに行くとツキが戻る現象はあったので)

京王線の電車に揺られているうち、急に睡魔に襲われまして、
少しまどろんでおりました。

ふと膝の上のバッグに視線を投げると、バッグ側面中央部分にコンタクトレンズが
ちょこんと鎮座しているではありませんか

ええええ

なぜこんなところに?
バッグは普通に通勤に使い、満員電車でつぶされ、ロッカーに放り込み、
信号を渡るときには振り回し…

とても5日間、バッグの側面に張り付いていたと思えないのです。
形状もフラットで引っかかるデザインではないし。

これはお不動様のご利益だな
きっと私は強く守られているんだな
ひしひしとありがたさを感じまして、以来年に数回は参拝しています。

3日も新年のご挨拶ができて本当に良かった

            


その後、巣鴨のとげ抜き地蔵さんにも参拝。







洗い観音さまはいつも長蛇の列です。本尊参拝だけにとどめました。
心に棘が刺さらないように、刺さってもすぐに抜けるようにお願いしました。

高岩寺の向かいの永楽堂で大好きな花のお香を買いました。
新春サービスということで、可愛い色のろうそくや、綿棒をサービスしてもらいました。



春から縁起がいいな