Tissue Paper … 気長に気楽にかあるくかるく…

いらっしゃいませ。おひとりさまで? 
お好きな席にどうぞ。

20180806(月)…柿本人麻呂「あしひきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」

2018年08月06日 | 小倉百人一首


朝飯をちゃっちゃと済ませて…
7時からレストラン開店なんだけど
あっという間に満席になって
あっという間に空席になる…。




みんな忙しいんだね。



8月6日(月)午前8時5分

さ、出かけます。





ホテルから出て見上げる空は
「今日も暑くしてあげるからね~」
と言っているようだった。




8月6日(月)午前9時26分



乗り換え
電車の乗り換えって、少し緊張するよね。



路線図を見て気がついたんだけど
昨日の駅「貴生川」からでも、「柘植」で乗り換えて「加茂」まで来られる。
このコースでも面白かったかも。



8月6日(月)午前9時42分










バス30分待ち。
なんか楽しい。









バス停から歩いて1分。
岩船寺に到着です。
このお寺も、柿本人麻呂と何かつながりがあると聞いてきてみたのですが…。




岩船寺は緑に囲まれ
どこから見ても
美しかった。




紫陽花寺と言われるらしいから、花時に来れば
さらに美しいんだろうなあ。



お堂の中には
1,000年前からある
仏様の像が。





お堂の中は少し涼しい。




汗が引く。





平日だったせいか
訪れる人はまばらで
リュックをベンチに起きっぱなしにして境内を歩き回ってしまった。







8月6日(月)午前11時23分




暑いけど
素敵なお寺さんでした。









そろそろバスがくるかな。






岩船寺のすぐ横に白山神社があることに気がついて
せっかくなんで、そちらもお参りしてきました。





階段50弾ほどで、白山神社に到着。
お社が2つ。
間近に見られるというか、触ることもできます。(しませんが。)














岩船寺から浄瑠璃寺までバスで数分。
バスで数分かもしれないが
バスが来るまでが数十分待ち。






ここにも三重の塔。
最初のインパクトってヤツかもしれないが、印象は岩船寺のほうが強く感じた。浄瑠璃寺の塔は、大人しい感じ。









お堂の中には
見事な像が並んでいた。
う^わ。
すげー。
予備知識なしに来ちゃったもんだから、びっくり。










8月6日(月)午後0時4分






黙祷したあと、昼飯。




飯を食って、バスの時間調整。
涼しい室内ですごすことができたんで汗がひいた。







バス。
ふぅ。
疲れた。
山が荒れてる。








8月6日(月)午後2時39分

京都に帰ってきたんで
ビール。








夜は京都のフォロワーさと一杯。
鱈腹、ビールを楽しんだ。










帰ってきてから
悪い癖で
コンビニで買い込んで
さらに食らう。

別腹なのよね。(何が?)




スマホをいぢくっているうちに爆睡。


今回、柿本人麻呂って人をテーマに回ってみたんだけど
「ああ、ここに」…と感じられるところがなかったなあ。
回った御寺様、どこもかしこも、「うちも柿本人麻呂さん、祀ってありますよ」みたいな感じだ。


終焉の地である島根まで行ってみたら、大々的に柿ノ本人麻呂してるんだろうか。

20180805(日)前編…山部赤人「田子の浦にうち出てみれば白妙の富士のたかねに雪はふりつつ」

2018年08月05日 | 小倉百人一首



小倉百人一首シリーズ第3弾。

今日のテーマは、山部赤人。
amazonで山部赤人の本を検索してみても、
やたら高額な本しか出てこず

GOOGLEで山部赤人ゆかりの地で検索してみても、
あまりめぼしいヒットもない。

きっと、不詳の下級貴族だったんだろうなあと勝手に推測。

さあ、おでかけです。


8月5日(日)午前6時4分



暑い。
さっき、おにぎりとカンチューハイを買い込んだ。






8月5日(日)午前6時21分



さっそく
いただきます。


朝6時の
新幹線で
酒呑んでるって、
危ない人に
思われそう。




8月5日(日)午前7時50分






米原で降りて近江鉄道に乗り換えです。



近江鉄道米原駅。
2両編成の電車。
あついね。




米原駅前に
湊跡の史跡があった。
このあたりが湊だったとは。




8月5日(日)午前8時5分







新幹線の中では
うたた寝できたんで
気分はすっきり。
酔いも醒めた。
顔は赤いみたいだけど。




さあ、これから1時間ほど。
各駅停車を楽しみます。








朝日大塚駅で下車。
思っていたよりも田舎…(^_^;)



帰りの電車をチェック。
1時間待ちになる可能性も大。



日陰が何も無い田んぼの道をひたすら歩き、汗だくだく。
30分ほど歩いて山部神社と赤人寺に到着。
観光地ではないんで、人はほとんどいない。


夏の屋外授業なのか、
県立大学の学生さんと教授がこの神社に来ていた。

地元の方が、大学の方々とぜひ行動を共にして見学してくださいと言ってくださったのだが
大学の方々にいらぬ気遣いをしていただくのもなんだかなんで遠慮した。

山部神社、どういういきさつがあって
山部赤人を祀るようになったのか、説明文に書いてあった。
それほど昔のことではなさそう。







鳥居にかけられているしめ縄もなにやら意味深げ。
地域の人たちから大切にされているお寺と神社なんだろうなあ。

山部赤人、はたしてどんな人だったんでしょうね。
近江国から、遠江国のさらに遠くの駿河の国まできて、
あの歌を歌ったのか…?







神社内には歌碑がふたつ。






それと山部赤人についての碑だと思われるものがひとつ。




神社の紋なんでしょうか。
松の図柄が
屋根の瓦や馬にも。








さて、神社に隣接しているというか
地続きというか
すぐ横の赤人寺です。









山部赤人の終焉の地らしく、
寺の裏には七輪の塔が立っていました。
国重要文化財らしいです。








さあ、帰ります。

バスで帰ろうと思ってバス停まで行ったんですが、
バス停を間違えて、バスは無常にも俺の目の前を走り去っていってしまったので
詮無く、最初の朝日大塚駅まで歩いて行きました。


8月5日(日)午前11時17分


暑い。
この暑さの中、
道は間違える、
スマホはおかしくなるで
もう大変。
ティシャツ、絞ると汗が。

やっと朝日大塚駅。

電車はあと20分ほど来ないみたい。
冷房が欲しい。












ここから貴生川駅まで行きます。




8月5日(日)午後1時22分




京都に着いた~~。
昼飯を食って
壬生寺へ行くかな



8月5日(日)午後1時36分








昼飯は地下街のラーメン屋さん。

ぷはあ。

ビールがうめー。

はい、ここまでで山部赤人編は終了。

20180401(日)…持統天皇「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天のかぐやま」

2018年04月01日 | 小倉百人一首


小倉百人一首シリーズ、第2弾。

今回は持統天皇。

春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天のかぐやま。








奈良に行く前に、「持統天皇 ゆかりの地」でググってみたら
あるもんですねぇ。

持統天皇 所縁の地はここをクリック


素直にこのコースをたどってみました。(^_^;)。







新幹線で京都まで行き、そのまま、出口を出て正面にある近鉄へ乗り継いだんですが
近鉄特急の特急券は、スマホの近鉄のアプリで事前に確保してあったんで
乗り継ぎ時間を心配する事無しに、余裕のよっちゃんでホームでたたずむことができました。
ありがとう、近鉄さん。








名古屋から近鉄、京都から近鉄、どちらがどれくらい金と時間が違うのか次回は調べてみたいな。
でも、新幹線名古屋駅から近鉄って、結構歩かされるイメージがあるんです。(あくまでイメージ)


さて京都駅から大和八木駅まで1時間ほど。
ウトウトしながら…ほどなく…って感じで大和八木駅に到着。





下調べしてあったとおり、駅南でレンタサイクルで自転車を拝借。(1,000円/1日/電動)
生まれて初めて乗る電動自転車に感動。
そうかあ。
こんなふうに動く物なんだ。
確かに、出だしは、速度が早く、軽い抵抗で動くんで戸惑うなあ。





で…ここで、さらに戸惑いまして。

いつもは歩きで探索していく俺ですから
自転車の速度の頭がついていかなくて周囲の風景の流れる速度に目が回る。

だいたい、どちらに進めばいいのか?
方向はあってるのか?
地図を見ながら走るわけにもいかず、うーむと思案。。

思いついたのが、GOOGLEのナビ。
音声で右だ左だとか言ってくれるんで、重宝しました。
次回はスマホを自転車のハンドルにはさんでおけるようなグッズを持って行こうかな。
なかなか片手に持って運転するというのは結構危なかしくて。
でも、バッテリーの減り方が気になってしょうがないんだけどね。



下つ道

下つ道?…さあ、わかんねぇ。笑。
そもそも、聞いたことの無い言葉だし。しらんもん。









とりあえず、道なりに自転車をけったくって
交差点で…お?
「下つ道」って記された石発見。

上でリンクしているサイトから引用
「大和盆地を縦断する道で、
藤原京の造営が進む中、持統女帝が視察した大路は、この下ツ道であると考えられています。
下ツ道や横大路は藤原京設計の基準線となっただけでなく、
都の幹線道路として重要な役割を果たしました。
藤原京は奈良盆地を東西・南北に縦断する古道によって周辺地域とつながっていたのです。
下ツ道は平城京の朱雀大路へもつながり、平城宮朱雀門にまで至ります。
現在も橿原市に残る古道です。」

ってことは、持統天皇は、藤原京の前の都に住んでいたわけで…

藤原京の前の都はなんだっけ?

ググってみました。

643年     飛鳥板葺宮               皇極天皇
645年     難波長柄豊崎宮             孝徳天皇
655年     飛鳥宮                 斉明天皇(皇極天皇)
667年     近江大津宮               天智天皇
672年     飛鳥浄御原宮              天武天皇
694年     藤原京                 持統天皇
710年     平城京                 元明天皇
740~745年 恭仁京、難波宮、紫香楽宮、平城京 聖武天皇
784年    長岡京                  桓武天皇
794年    平安京                  桓武天皇


なるほど、
飛鳥浄御原宮(あすかのきよみはらのみや、あすかきよみがはらのみや)なわけか。
持統天皇は、この飛鳥浄御原宮で藤原京ができるのを楽しみにしていたわけだね。

そういや、ロードオブザリングで「中つ国」って言葉でてきたし
山岸凉子さんの銀の三角でも、「富める中つ国」ってでてこなかったっけ?
あれ?それって萩尾望都さんの「11人いる!」だっけ?
この場合の「つ」って「の」なんだろうね。


下ツ道が、いまひとつ、実感できないまま、それはそれでいいとして、次。
本薬師寺に向かいます。
方向に自信のないまま、ひたすら、自転車をけったくって、行きつ戻りつを繰り返し…








そして訪ねてみると、医王院(白鳳山醫王院)が、本薬師寺跡にありました。
いや、もしかしたら、本薬師寺跡が医王院(白鳳山醫王院)の
境内にあるというのが正解かもしれません。

本薬師寺跡…以下、「かしはら探訪ナビ」から引用。

「現在奈良市の西の京にある薬師寺(やくしじ)の前身にあたる寺です。
天武(てんむ)天皇が後の持統(じとう)天皇である皇后の病気平癒のため祈願して、
天武9年(680年)に薬師如来を本尊とする寺の建立に着手。

完成しないうちに天武天皇が崩御したので、持統天皇がその遺志を継いで完成させました。
当時は、金堂や東西に二つの塔がありました。
平城遷都に伴って寺は伽藍ともども西の京へ移築されたと言われていましたが、
別々に造られたという説が有力です。

それ以来、この寺は本薬師寺(もとやくしじ)と呼ばれるようになりました。
いま、寺には小堂が建っているばかりですが、
前庭にあたる跡地には金堂の礎石や東西両塔の上壇、塔の心礎などが残されています。
現在、その背景には畝傍山(うねびやま)が望めますが
その光景はいかにも天皇が発願した官寺跡にふさわしいものです。」


とのこと。











夫が妻の病平癒のために建立しちゃったお寺さんが薬師寺だったんだ。
完成する前に、その夫が没しちゃって、
病気から平癒した妻が完成させたっていうから、なんだかすごい。(^_^;)

花吹雪の中、しばし時間が経つのを忘れ、頬を撫ぜる風に古(いにしえ)を偲びました。


さ、次は…と。
示されたコースでは、藤原宮となんたら神社だったんですが、
まず先に持統天皇陵を見たいと思い立ち
通り道にある「藤原京朱雀大路跡」を拝見。













例によって、ここも「跡」なんで、「跡」しかありません。
「跡形もない」よりはいいってもんです。

ここに、其の昔、大路があって、それが平城京まで伸びていて
いろんな人が行き来して…と想像々々…想像で楽しみました。

道路を挟んで、金網フェンスの向う側に
「藤原の 古りにし里の 秋萩は 咲きて散りにき 君待ちかねて」の歌碑がありましたが、
さりげなく存在していて、かつ、傷みが結構来ていて、目につきにくいかもしれません。









さ。
自転車で東進。
地図で見ると目の前にあるのが、あの「天の香具山」のはず。
衣を干すという「天の香具山」。
夏、この山の周囲で、白っぽい衣を干していたんでしょうねぇ…。


春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天のかぐやま

春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天のかぐやま


香具山へ登ってみようかと思ったんですが、さすがに時間が許してくれそうにもありませんし
持統天皇も、山頂からあの歌を歌ったわけでもないようですから、今回はパス。


自転車を進め、「雷」という交差点に到着。
何やら、謂れがありそうな…。









ほどなく、ルートにあった石神遺跡に到着…でも、びっくりするくらいちゃちぃ。
説明板の上の四角で囲まれたところが遺跡らしいです。
ひぃぃぃぃ。

でも、上でリンクしているサイトには


「 迎賓館の跡で、噴水機能をもつ須弥山石や石人像といった石造物が、この遺跡の一角から掘り出されています。
  斉明女帝の時代には、東北に住む蝦夷や南九州に住む隼人、また外国使節を迎え、
饗応するためにつくられたと考えられ、
女帝が目指した国づくりや都づくりの象徴でもありました。
持統朝では武器庫があったとの説もあります。」


と記されていて、いよいよ、空想力を試される状況になってきました。
あの四角から迎賓館を想像しなくてはならないのは、きつい。笑。












隣接していた道の駅みたいなところでお弁当を購入。
んでもって、持統天皇のお父さんの天智天皇が置いたという水時計の「跡」も鑑賞。













腹も朽ちたことだし、さらに自転車をけったくります。
途中、真っ赤な花が咲いていたんですが、これも桜なんでしょうか???












さあ、天皇陵までもう少し…のはず。











坂を下ったところに天皇陵がありました。
天武天皇と持統天皇は一緒にいらっしゃるとのことで
夫婦で眠っているってことになります。
んでもって、持統天皇は、初めて火葬された天皇だそうです。

さあ、ここからは戻り道。
さっき下ってきた坂を上らなきゃなりません。
電動自転車、頑張れ。


藤原京跡に行く前に
ちょっと迂回して
前から見たかった、巨石遺跡を経由することにしました。
「亀石」
「石舞台」
「酒舟石」

その昔、マンガの「三つ目がとおる」で描かれてました。
浪漫です。













「亀石」、立ち寄りました。

あれまあ、こんなにも唐突に
普通に民家の横に存在してるんだ。
不思議。

自転車を進ませて、川原寺跡。
また、「跡」。(^_^;)




「川原寺は、飛鳥寺、薬師寺、大官大寺と並ぶ飛鳥の四大寺に数えられ、
 7世紀半ばの天智天皇の時代に建立されたものと思われるが、
 正史『日本書紀』にはこの寺の創建に関する記述がない。
 そのため創建の時期や事情については長年議論され、さまざまな説があり、「謎の大寺」とも言われている。
 平城京遷都とともに他の三大寺(飛鳥寺、薬師寺、大官大寺)は
 その本拠を平城京へ移したが、川原寺は移転せず、飛鳥の地にとどまった」


「」内は、Wikipediaからの引用です。








基礎だけ残るのが、川原寺跡。
上の説明だと、飛鳥四大寺のひとつ。






川原寺跡のお向かいにある橘寺へ。
桜が見事でした。



「橘寺(たちばなでら)は、奈良県高市郡明日香村にある天台宗の寺院。
 正式には「仏頭山上宮皇院菩提寺」と称し、 本尊は聖徳太子・如意輪観音。
 橘寺という名は、垂仁天皇の命により
 不老不死の果物を取りに行った田道間守が持ち帰った橘の実を植えたことに由来する。

 橘寺の付近には聖徳太子が誕生したとされる場所があり、
 寺院は聖徳太子建立七大寺の1つとされている。
 太子が父用明天皇の別宮を寺に改めたのが始まりと伝わる。」


「」内はWikipediaからの引用です。










お爺ちゃんがお孫さんと桜の木の下で自撮りしていたり
キャラクター物のコスプレ?をした人を桜の木の下で写真を撮っていたりと
桜、満開!









橘寺の遠景です。




さあ、ここから石舞台に向かいます。
石舞台は、一説には蘇我馬子のお墓であると言われているようです。

なぜ、この墓石?が
いつのまにやら
剥き出しになって
かつ
今まで残されてきたのか。

桜に囲まれた石舞台古墳。

しっかり入場料を取られます。








石舞台の下にも入れます。

石はつるつる。

ここに蘇我馬子が葬られていたんですねぇ…。








石舞台古墳は、人がいっぱいでにぎやかでした。
駐車場も満車で、
交通整理されている方も四苦八苦しているようでした。





石舞台古墳から、
ちゃりんこをゆるりと走らせて10分程度でしょうか。

飛鳥板蓋宮跡に到着です。

調べてみると、
同じ場所に飛鳥浄御原宮もあったようです。

中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を殺めた、
大化の改新(最近じゃ、乙巳の変と言うらしい。)が勃発したのもこの辺りだそうです。











道ながら
自転車を10ほど走らせて、酒舟石。
住宅街を抜けた山の中、階段をかけあがること1分。













ぜぇぜぇ…。

巨石遺跡って、どうして唐突にあるんでしょうかねぇ。
ロマンです。

夏にここに来ると
たぶん、ヤブ蚊がいっぱいだろうなあ。
春で良かった。


酒舟石を後にして、次は、飛鳥寺。
飛鳥大仏を拝してきました。
大仏様の写真もOKだったようなんですが、畏れ多くて撮りませんでした。













門前にあった土産物屋さんで。軽めの昼食。






「酥」を試食することができました。
土産に買いたかったけど、要冷蔵だったんで無理。

チーズのような…うん、奈良時代の貴族の気分に浸れました。


藤原京までの帰り道の地図を見ると、大官大寺「跡」も寄れそうです。
飛鳥寺、薬師寺、川原寺と並ぶ「飛鳥の四大寺」のひとつだったそうで
せっかくなんで、4つとも訪れてやろうと思い、行ってみました。


で、行ってみてびっくり。
跡形もありませんでした。笑。
でもまあ、ここにお寺があったんだと思えばいいし。












見事に周囲は畑ばかり。



















次は、畝尾都多本神社。
うっかりすると通り過ぎてしまうくらいの控えめな神社の入り口。
車の通りが激しくてなかなか神社側に渡れなかったです。


天武天皇の息子で、政治を牽引した高市皇子。
その妃である檜隈女王が夫の延命を願ったとのいわれがある神社です。
檜隈女王が、
「哭澤の 神社(もり)に神酒据(みわす)ゑ 祈れども 我が大君は 高日(たかひ)知らしぬ」
と詠んだといわれる万葉歌碑が境内にあります。


とサイトにあったんですが
持統天皇との所縁がよくわかりませんでした。
勉強不足ですいません。


で、最後の目的地、「藤原京跡」。
田んぼのような畑のような公園のような…。
車がいっぱい停まっていました。









むぅ。
ここに持統天皇が都を作ったんですねぇ…。
朱色の柱群。

公園になっているようでした。


さ、近鉄に乗って京都に行きます。













京の宿は、例によって、ここ。
ネットで宿泊予約をするとカレーをくださるキャンペーン中でした。









今回も、コンビニ飯。
独りで飲み屋に行けたらいいんですが
基本、人間苦手な俺ですんで。苦笑。

ふぅ。
おやすみなさい。


20171106(月)…天智天皇「秋の田のかりほの庵の苫をあらみ我が衣手は露に濡れつつ」その2

2017年11月06日 | 小倉百人一首


ホテルで朝食をとって









湖西線に乗って祟福寺跡に向かう。

天智天皇が大津宮を護るために造ったお寺の跡だ。

湖西線「大津京駅」で京阪「皇子山駅」に乗り継ぎ、「滋賀里駅」で下車。









昨晩、ホテルで
酒やらジュースやらで水分を取りすぎたせいか、
いまひとつ腹の調子が悪く、トイレとお友達状態。
トイレから長時間離れている自信がない。(^_^;)。












滋賀里駅は
どこにでもある小さな無人駅のようで
周囲に公衆トイレらしき建物が見あたらず、いやな冷や汗をじっとり。。
この状態で、たどり着けるのか…。

寺跡までは、1キロそこそこらしい。
トイレを探しつつ住宅街を歩き
そのうちに里山に入ってしまった。






途端に静寂と枯れ葉の腐ったようなにおいにつつまれだす。
杉の山。山道は次第にぬかるみが強くなり、轍も消えていく。

いやな静寂。
見られているような錯覚。
どんどん薄暗くなっていく。

熊…

まさかなあ。
人家からすぐだし里山だし…
でも、このあたりの山の奥はどうなってるんだろう。
一人だしなあ。
来た道を振り返る。
まさか来た道に獣が出たら
山奥へ逃げることになっちまう。
新聞に載りたくはない。

バッグから鈴をとりだし
シャンシャン鳴らしながら
山道を行く。


ある日森の中熊さんに出会った~♪なんて悠長に歌ってはいられない。

だんだん周囲は薄暗くなっていくし
ひとりだし
不安感が増してくる。






志賀の大仏というらしい。
ゆかりは知らんが
地元の方々に大切にされているんだろうう。

そこから少し歩いて
目指す寺跡まで、あと300メートル。

東海道自然歩道。右が寺跡。
右がますますぬかるんで、鬱蒼としか感じで道が続いている。

この辻に
「このあたりで熊がでました。用心して歩いてください。」と書かれた看板が貼られていた。

やめた。
引き返そう。
熊が出たのがいつのことなのか知らんが、やっぱり用心にこしたことはない。
笑い話ですまそう。
熊に襲われたら…それはそれで笑われる話になりそうだが。

あわてて来た道を引き返す。
恐がり上等。
小心者でオッケー。


滋賀里駅について、次の目的地、近江神宮に向かった。
天智天皇を祀った神社だ。













駅から近江神宮までの間に、
大津宮の遺跡がいくつかあって
想像の世界にトリップできる。












ほんの数年しか使われなかった都ってどんなんだったんだろうね。


近江神宮は、凜とした何かを感じさせる立派な神社で
宮司さんたちが朝から忙しそうに本殿?で何かの準備をしていた。















最後は、三井寺というお寺に向かった。
行ってみたら、存外に大きなお寺で
有名な「黄不動」を所有するお寺さんだった。

黄不動は、京都国立博物館の「国宝」展で拝見してるし。それも一昨日。













ちなみに
赤不動-和歌山・高野山明王院蔵
青不動-京都・青蓮院蔵(将軍塚のほうね)

高野山、遠いなあ…。
将軍塚の青蓮院は、行ったことがある。(でも御開帳はしてなかったけどね)







弁慶が引きずったという釣り鐘。
豪快な話だなあ。










三井寺の宝物殿みたいなきれいな建物で
それこそ宝物を拝見し、ため息。。
やっぱ、行ってみなくっちゃだわなあ、と思うわけですよ。















てなわけで、百人一首の旅、でした。

次回は「持統天皇」です。いつになることやら。














天智天皇と言えば、中大兄皇子。
聖徳太子につながります。
かの名作「日出づる処の天子」は、必読。笑。
歴史の名を残す人々が生き生き生活しています。
漫画だと侮るなかれ。


帰り、珍しく京都駅の屋上まで行ってみました。
Christmas treeが準備中。
はやいねぇ。



















20171105(日)…天智天皇「秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露に濡れつつ」

2017年11月05日 | 小倉百人一首



京都には何回か行ったことがあって
「るるぶ」だの「じゃらん」だのの観光本に
掲載されている寺社のほとんどに、行くだけは行ってしまい、
観光本の視点に飽きて、
何か楽しい巡り方がないもんかと考えあぐねていたら、
ふと、百人一首を主題にお寺周りしてみたら面白いんじゃね?と思いつき実行してみた第1弾。
(前振りが長い)









当たり前だが行く前に「天智天皇」でググって下調べ。
知らなかったことを次々と知る幸せ。
いや、世間の人は知っているような当たり前のことばかりなんだろうけど。。







PCの画面に出てくる史実をかじり
鉄ちゃんよろしく何線に乗って何駅で降りて…と
今まで、行き当たりばったりで京都に行っていたことを考えると
真逆のことをやっているわけだから疲れるねぇ。


慣れないことは続かない。
だんだん下調べするのが面倒になってきて、行き当たりばったりでいいやんか、と思うようになってくる。


そもそも、百人一首の第1首目の「秋の田の~」、これ、そもそも、天智天皇作品じゃないらしい。
長い歴史の中で、いつのまにやら、天智天皇の作とされたっていうのが濃厚だそうで。







でもねえ。
百人一首好きだし。
たぶん、今でも半分くらいは覚えてるんじゃないのかなあ。





行ってみたかった天地天皇陵。
この天皇のお墓があるから、御陵という地名だとは知らなかった。
それはどうも京都検定の初級に出るような一般常識らしい。

京都から湖西線に乗って一駅だったかふた駅だったか、山科駅で下車。
ググってみると、山科駅から、旧東海道を歩いて、天智天皇陵まで行くらしい。







途中、愛宕常夜灯だとか五条分かれ道のような、小さな史跡もあって妙に楽しかった。
朝9時頃だったせいか、人通りはまばらだったが、
道を通る車が結構スピードを出していて、歩いているのがちょっと怖い。
みなさん、府道を飛ばすのね。













天皇陵は静かでなにやら清廉な空気が漂い気持ちが良い。
森の始まりをなぞるように歩き、やがて御陵が見えてくる。













たぶん鳥居の向こうの小山全体がお墓の山なのだろう。
緊張した気持ちで御陵に向かい頭を下げた。
こういうときは何を思えばいいのか。
千数百年前になくなった偉人に対して、今更冥福をお祈りするのも的をはずしているような気がする。








さわさわさわさわ。
風に揺れる葉の音。
ただただ静寂の中に音が吸い込まれていくだけのよう。

あきのたのかりほのいほのとまわあらみわがころもではつゆにぬれつつ。







天皇陵を後にして
近くにあるはずのお寺に向かったが工事中で不通。
行きつもどりしつつしていると「栗原邸」の前。


















偶然に、公開日だったらしく10時開館を館前で待って開館と同時に入館。
1924年に竣工したという近代建築。
コンクリートでできたモダンな作り。
この建物を大切にしてくれる方を探しているようで
こういう貴重な建物が売りにだされていることを知ってびっくり。
【国・登録有形文化財】













栗原邸のすぐ近くにある永興寺に。
このお寺には、豊川稲荷がある。
京都に来てまで豊川稲荷に参るとは…。(^_^;)











疏水をたどって、大本山本圀寺に。
「東の身延山久遠寺、西の大光山本圀寺」と並び称されるようなお寺さんらしい。
観光ルートから離れているので、人はまばら。














さあ、ここまでで半日を使ってしまった。
天智天皇をしのぶのは、明日にして
午後は、特別公開の寺社と京都国立博物館「国宝」(第3期)に。















京阪?「御陵駅」から東西線「西大路御池駅」まで電車で移動。
そこから30分ほど歩いて(この歩きが結構つらタン)、大将軍八神社を訪ねる。






渋川春海作天球儀とか大将軍像などを拝見できた。










次にすぐ近くの北野天満宮に。
正月の北野天満宮しか知らなかったんで
こんなに空いている天満宮に拍子抜け。









参道に人がぎゅうぎゅう詰だもんね、正月は。
それに露天がにぎやかに出ていると思ったんだが
それも正月のことなんだろうか。
たこ焼きやが1軒だけしか出ていなかった。

でもま、そこでたこ焼きを食って昼飯代わりにしました。










もみじ苑をせっかくなんで拝観。

まだまだ赤くなっていなかったけど
秀吉公が作った御土偉の上を歩き、これが京都を1周してたんだなあと感慨に浸ってみたり
独り京都を散策しているのは、俺くらいしかいないのかしらん…と我が衣手は露に濡れてみたり~の。笑。















気がつけば午後も3時近く。
ここから、京都国立博物館「国宝」第3期に向かわねば。
前回、会場前に行ったんで
今回は、閉館前に行ったらどうだろうと思って
午後3時半頃に行ってみたけど、やっぱり30分待ち。













今回の目玉は、金印。
ほれ、志賀島から出土したっていう「漢委奴国王」って彫られている金印。
個人的には、出土した様子からして、やらせっつーか、
すげー怪しい気がするんだけど。
まあ、専門家の偉い先生方の考証が済んでるんだから本物なんでしょうけどねぇ。…(^_^;)

金印に御目にかかるのは、実は今回2回目。
この金印、福岡「市立」博物館が所蔵してるんですよね~。
国でも県でもなく、「市」ってところがすごいと思うわけで。

前回は、福岡市立博物館で間近に見てまいりました。


さあ、例によって
京都国立博物館からは歩きで京都駅に向かいます。

今回の宿は常宿のアパホテルさん。
気に入ってます。
コインランドリーもあるし。
朝飯は美味いし。(京都のアパホテルでもここは美味い。)
俺、田舎もんだから、隣席と近いのがダメなんですよ。
でも、ここは席間が離れてるんで、落ち着いて飯が食えます。






ホテル近くにあるコンビニで
酒とつまみを仕入れて、独り酒。
爆睡。






おやすみなさいませ。