はるのしん

女、妻、鬼嫁、ママのつれづれ日記

寂しい現実

2006-07-05 23:57:38 | つぶやき
昨日のニュース。広島女児殺人事件の裁判。ペルー国籍の被告が殺人、強制わいせつ致死などの罪に
問われた裁判の結果は無期懲役。
「計画性がなく衝動的な犯行で、前科も認められず、死刑にはなお疑念が残る」と裁判長は
死刑回避の理由を述べていたとの事。
死刑適用については、1983年の最高裁判決で、「殺害された被害者の数などを考慮する」
とした基準が示されていて、被害者が1人だったという事も極刑にならなかった理由の1つらしい。

死刑が良い事だとは思わない。でも、何人までだったら人を殺しても犯罪者は生きていられるの?
と単純な疑問が残る。
被害者の父親が語ったように、7歳の女の子が何の疑いも持たなかった相手からいきなり
強姦されるというのは、どんなに恐ろしくショックな事だっただろう。
そして命まで奪われて…
思い浮かべるだけで涙が出る。

無期懲役ならいつか出所する可能性がある。
こんな恐ろしい事を起こすことを1度経験した、しかも以前にも立件されなかっただけで
実際には罪を犯しているかもしれない人が2度と同じことをしないと保証できるのだろうか。
そんな人の心の痛みが分からない人が罪を償う意識を一生持ちつづけられるだろうか?
彼らのための食事代は誰が払って生かしていくというのか…

どんな人にも生きる権利はある。でも他人の権利を奪う権利はない。
奪われてしまった人はどうすれば良いのだろう?

どんな人とでもしっかり向き合えば心は通じるし、心が通じ合えば、お互いが分かり合える…
そう思うし、信じている。
でも、昨日のこのニュースを見てこの被告とは分かり合えない、分かりたくないと思った。
今日の北朝鮮のミサイル発射というニュースを見ていても対話のできない人達ってやっぱりいるんだよね、
と思う。“どんな人とでも~”なんてきれい事で、理想なだけで現実は違うのかな…
最近は本当に寂しいニュースが続いている。