くらしのタネ


原田 晴子
やきものやる日々

寂しい別れ

2011-01-31 | 日記

またも訃報が届いた。竹内公明さん(通称こうめいさん)常滑に来て一番にお世話になった先生で伝統工芸士であられたが、最終的には病気でそれもお返ししたとご本人から聞いていた。元々サラリーマンをやっていてやきもの屋になる!!と勝手に決めた時古本屋でたまたま見つけた「瀬戸・常滑」というやきものの本。そこに鯉江良二氏が顔写真とともに載っておりなんと不敵な面構えのおっさん!!(失礼)と勝手に惹かれて夏休みにブンとバイクを飛ばしやってきた常滑で色々な方と出会い、私の居る所はここなんじゃないかと若い思いこみであっと言う間にやってきたわけであるが実際最初からこの公明さんにお会いし、大変に助けて頂いた。陶芸研究所を受けたが落ち、落ちたらこっちに入りなさいとこれまた最初からお会いしていた共栄窯というギャラリーオーナー長谷川氏に「今年うちはすごいのつくるから」という誘いでその年から始まった”プロ養成コース”の一期生となった。ここの校長であり陶芸研究所の先生のお一人でもあった公明さんは「自分は百姓だから」と米を作り山に入ってはタラの芽やタケノコを採り、家に鉄工所ばりの道具があって機械の事ならなんでもござれ。そしてもちろんやきものの事は細かい原材料の事から陶土の発掘・・・本当に色々なことを教えて頂いた。 基本的には派手な事は苦手で不器用な性格(手先は真逆)の方であったと思うが心から尊敬していた先生だったので卒業してからも時々お宅に伺っては土の事など聞いたりしたが、すっかりご無沙汰してしまって三年ほど前にお会いした時にはすっかりご病気で雰囲気が変わられていて悲しくなってしまった。

灰釉を研究され美しい緑とブルーを器の上に自在に出し、、新しい焼き締めやもち米のわら灰でピンクを出そうなどされ、確かな技術と知識で作られた作品には品があった。最初に常滑に来て灰釉に惹かれたが私のやることではないのでは・・と考えた末今は手を出していない。でもまたいつかトライしてみたいとも思うし、公明さんの教え子だったということはいつまでも私の誇りだと声を大にして言いたい。

せんせい・・・さようなら。


寒い日曜日

2011-01-30 | 展示会・イベント
あまりに風がびゅうびゅう鳴っているのでかなり布団から出るのが億劫であったものの、寝室前に太ったファー子がごはん欲しさににゃあ~…と悲痛な叫びをあげているので起きる事に。しかし既に9時を回っており娘と共に昨夜は裏の親戚宅で夜更かしをしてしまったので好きなだけ寝ればいい!!と確かに言ったが健康な4歳児としてはとっくに起きて遊び始める方がよいのでは…と心配になる。しかしまあこちらとしても楽なので珈琲豆をゴリゴリ擦りながらメールをチェックしのんびりと日曜の朝を楽しめた。
結局娘が起きたのは11時。ティーンかよ!とどつきたいが この人の強さはこのよく寝られる所にあると思う。飛行機の中では本当によく寝るよい子で助かった。しかし起きた後もう全然寝られなかった~とか言ったりする。どの口が言うのか…
朝昼兼用ブランチを食べ写真の整理なんぞをしつつおもむろに素焼きを窯詰め。こんなふうでも仕事中。素焼きは土日にしないと…平日では時間が勿体無いと思うし子供とのんびり過ごしてもなにか罪悪感がない。つくづく貧乏性だなあ…
本日のおやつは切り餅のあべかわ風。私は甘酒。娘はきな粉で頂きま~す。

魚のあら煮

2011-01-28 | 日記

昨晩は久々に買ってあった鯛のあらを煮て娘と二人の食卓に出した。鯛の煮付けは母の得意料理であり、子供のころの大好物でよく食べた。豪勢な話ながら母方の実家は静岡県御前崎の民宿をやっており、行けば祖父が台所で出刃包丁を片手に新鮮なカツオやマグロをおろしており、それはそれは新鮮で旨い魚(たまにアニサキスの危険もあり)を子供ながらお腹いっぱい食べさせて頂いたし、母も帰省ごとに鯛やら醤油付けの刺身やらがんがん持って帰りいつでも鯛が冷蔵庫にはあるような家だった。が、やはり海近くの生まれで母の煮付けは甘い。が、旨い。鯛を一尾丸ごと煮るのはなかなかコツが要り煮すぎると硬くなるし足りないと中心部分が生煮え。難しいので私は大体あらを好んで煮る。(第一安いし)

以前に某雑誌を病院の待ち合い室で読んだ折り、妙齢ミセスのあこがれ万田久子様が「あとひと匙多く砂糖を加えると母の味になるのはわかっている。それができない。」とあった。本当にそうだ。私の場合大匙一杯だけれどそれができない。実際を知ってしまうと怖い事って多い。クロワッサンを作ろうと思った時もそのバターの多さに恐れをなしもういいだろうと勝手に減らしてしまったし、ケーキやクッキーなんかもいやなにも小麦粉と同量でなくとも・・・と勝手に減らす。向いてないのかも。そのくせバターたっぷりや砂糖たっぷりのお菓子は好きなのでやっぱり知らなくていいのかもしれない。

まあとにかくちょいとひと匙多めにアラを焚き大根なんかも煮ちゃって私なりの煮付けを二人で食べた。ごはん自体の消費はいつも少なめな極端食いの娘が煮付けのたれをごはんに掛けまくりすすむすすむ・・・なんとおかわりまでしてついでに「毎日こんなごはんならいいのにな~」と言った。間違いなくこの人は大匙プラス1杯できる人だろう。かくして原田家の味は隔世遺伝で伝わっていくのかもしれない。

因みに夫君は「アラだけだと食べる所が少ない」と文句を言う人。自分で買ってこい!


悲しい知らせ

2011-01-26 | 日記

昨日ご近所の旦那様が亡くなられたという知らせを受け、”さみし見舞い”というおうちに菓子折りなぞ持って弔問へ行くという事をした。はじめてこの”さみし見舞い”という言葉を聞いたのでこの辺り独自の風習なのでしょうか・・・もう10年以上常滑に住んでいて全く知らなかった。最初にお隣だったこともあり、奥さんにおうちを紹介していただいたり、ちょこちょこお邪魔して一緒にお酒を頂いたり。気さくでインテリながら面白い方だったので自分でもちょっと驚く位喪失感に襲われてしまった。夫君にも突然現れた黒いお兄さんにも関わらず偏見なく親しく接して下さっていたのでこれは知らせなければ・・と夜(向こうでは午前11時ころ)電話をすると「あああああ~・・・・・・」と悲痛な叫びをあげた。

夫君はクリスチャンでお義母さんは大変敬虔な信者。あちらで過ごしたクリスマスの朝のミサにちょっとだけお邪魔したがさすがアフリカの教会だけあってドラム隊が居てノリノリのゴスペルが鳴り響くホーリーなミサの始まりで期待に胸ふくらませたがそのうち牧師の説教が始まり・・・長い。しかもピジンと呼ばれる土着の英語でしゃべっているのでたまにしか単語が頭に入ってこない。が、「No be so?」(そうじゃないか?)などど時々信者に呼びかけ皆「Yes!」とか口ぐちに言ったりする中「No!」というおっさんやおばさんもいたり、居眠りをしだして牧師アシスタントが回ってきて起こされたり・・・なかなか味がある。一回牧師が「Woman?Complane a lot!」(女性?!文句ばっかり!!)と言ったのには思わず吹き出してしまった。まあ皆笑ってたけど。娘がお腹が空いた~とごにょごにょしだしたのでようやくその場から去る事ができほっとした。・・私はクリスチャンにはなれないわ~。夫君はそんな敬虔な母の元一応朝起きればまずお祈りをしてはいるが教会にも行かないし弟達も同様であったが誰かが亡くなったとか悪いことが起こったという時にはちょっと長くお祈りをして心を静めている。あちらの人と話をしても(特に女性)いいことや奇跡的な偶然が起こった話をすると「それはね!神のおかげよ!!」とよく言う。随分お気楽だなと思ったりしてしまうが、そんなのんきさがいいところだと思う。今回も旅終盤に親類でドゥアラというヤウンデと並びビジネス首都に住む友人宅に2泊する予定があったものの彼女のお父様が行く当日の朝早く亡くなったという知らせを受けキャンセルとなった。運転手として朝迎えに来てくれた夫君の弟に告げると嘘のように「あああ~・・・」と壁際によろめいた。死の知らせは彼らを腰砕けにするらしい。今頃夫君も伏せっているに違いない。お母さんに聖水でもかけてもらって復活してくれるといいけど。私も今夜はお通夜に行き、八百万の神とご先祖さまにそっと手を合わせようと思う。ご冥福を心よりお祈りします。


大阪 いち 展示会

2011-01-23 | 展示会・イベント

来月11日から今年一発目の展示会をします。これでもう三年目となるいち さんでの展示会ですが今年は私のお気に入りの陶プラス布の作家さんを誘ってやらせて頂く事に。小さな豆雛も今年も届くそうで美しい骨董の雛壇と豆雛の組み合わせを見るのも楽しみであります。在廊は初日のみですが今年はまた違った面が見ていただけるのではと期待しつつ目下しこしこ作る毎日です。画像ぼやけて失礼・・チェンシーいづみ+原田 晴子 二人展

2011.2.11(Fri)-2.28(Mon)月・水・金・日のみ営業11:00am~6:00pm

arts&crafts  い  ち  

大阪府吹田市長野東3-23 TEL06-6816-3009

http://www.arts-ichi.jp/