“渋谷の父 ”ハリー田西の占い研究所

自身のことを含め世の中の森羅万象を占い師・運命学研究家の立場からつづります。

青森の朝は早い!と書いてみる・・・

2009年08月01日 16時28分07秒 | Weblog
地図で見ると、青森市の市街地は非常にわかりやすい地形になっています。

というのは、青森市は本州の北の果て、東北本線の終点なので、
街の北側は海、つまり陸地がないのです。

JRの青森駅まで続く東北本線の線路が切れたその先にあるのは
下北半島と津軽半島に囲まれた陸奥湾。

そして、その向こうは津軽海峡を隔てて、北海道が広がっています。

しかしながら、この青森市からは、北海道ははっきりと望める近さではないのです。

そう、ここにあるのは、
海峡を渡る連絡船のデッキに佇んだ女性が
未練に後ろ髪を引かれながらそっと涙ぐむ・・・
ああ、もう私は帰らないわ、と・・・なんて、そんな演歌の世界。
(う~ん、なんて感傷的なんだ!)

そんな青森の市街地は、ほぼ青森駅の南側と東側に広がっています。
西側は、これが県庁所在地の市街地(?)というくらいに静かな住宅地で、
行ってみるとびっくりしてしまいます。

朝5時半、ホテルの一室で目を覚ました僕が窓の外を覗くと、
僕らが宿泊した「ホテル青森」の11階の部屋からは、
青森港とグレーの暗澹とした海面を静かに波立たせた陸奥湾が望めました。

「ホテル青森」、一見名前を聞くとそこらにある小さな連れ込みホテルのようですが、
このホテルは地元でも1、2を争う高級なシティーホテルだということで、
たしかに地元のロータリークラブの会合などにも使われているようです。

さて、朝早々と目を覚ました僕は、思い立って単身で、
早朝の市内見学に出かけてみることにしました。
ホテルの案内の冊子の中に、
300円で自転車を貸してくれるとあったのを見つけたからです。
自転車で早朝の市内めぐり・・・それもまた爽快なものかもしれません。

フロントで小型の折りたたみ自転車を借りた僕は、ホテルを出るとまず北へ、
つまり青森港を目指しました。
海岸までは500メートルほどの距離です。

そして、この海岸線に東西に長く海浜公園が広がっています。

海岸線にたどり着いた僕は、そのまま西にハンドルを切り、
早朝の海風を受けながら、海沿いにのんびりとペダルを漕ぎました。

やがて、左側にJR青森駅の駅舎と線路を跨ぐ形で架けられている
ベイブリッジという幹線道路のバイパスになっている
大きな陸橋のたもとににたどり着きました。

その橋のたもとから海側が、いわゆるかつての青函連絡船の船着場で、
現在は資料館として使われているかつての連絡船「八甲田丸」が繋留されていました。

そして、その横にあるのは、あの有名な石川さゆりさんの名曲「津軽海峡冬景色」の歌碑。
上野発の夜行列車 降りたときから・・・
僕は、思わず歌の一節を口ずさみながら携帯で記念写真をパチリ!

その後も、この港のここかしこで、
とりあえず想い出を残そうとばかりに、パチパチと写真を撮りました。
こういう時、イマドキの携帯って本当に便利がいいですね。

それから線路を跨ぐ小さな連絡橋を渡り、青森駅の西側に出てみました。

ところが、青森駅の西側の海岸には小さなマリーナがあるものの、
青森駅の西口そのものはびっくりするくらいこじんまりとし、駅舎も小さく、
非常にローカルな、最果ての雰囲気が漂っていました。

そこで、僕は再び青森駅の東口へ戻り、駅前の繁華街をしばし散策。

朝から開いている駅前の食堂でウニ・ホタテ丼などを食しました。

ホント、今回の青森の旅のクライマックスはまさにこの瞬間でしたね。

こうしてチャリンコで市内を駆け巡り、ホテルに戻ってきたのは8時半。
ほどよい、心地の良い汗をかきました。
部屋に戻ってのシャワーが気持ちの良かったこと!

束の間の市内観光でしたが、とても充実したひと時を過ごすことが出来ましたよ。
こういう旅をすると、早起きはやっぱり“三文の徳”だなと思います。
本当は、(二束)三文の値打ちしかないってことですけどね・・・


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