よっちんのフォト日記

旅先や日常で感じたことを
写真と文章で綴ってみたい。
そう思ってブログを始めてみました。

大阪はどこに向かう-大阪市中央区:空堀

2024年03月19日 | 大阪(大阪市内)
Karahori, Chuo Ward, Osaka City

さてさて、ワタクシはノスタルジックな町並みが残る大阪市中央区空堀を散策していました


松屋町筋~谷町筋~上町筋まで東西約800mつづく空堀商店街です。明治以降から戦前まで賑わい、
戦後も空襲の被害が少なかったためにいち早く復興、市内初の福引大売出しをして人気を博したという歴史があるんです


この写真でもわかると思うんですが、空堀商店街は上町台地の斜面に位置しているので、商店街の中にかなりの勾配があるんですよ。
この商店街、「プリンセストヨトミ」という映画のロケ地としても知られています


この建物は「惣」という、長屋を再生した複合ショップです。
同じような複合ショップで「練」「萌」というのも近くにありまして、
「萌」「練」「惣」ですから三つ並べると「ほう・れん・そう」となるわけですな


この界隈を歩いていると1960年代から1970年代頃の、「古き良き大阪」の風景が残っています。
ワタクシは大阪万博が開催された1970年が、大阪が幸せだった最後の時だったように思います


大阪という町を支えてきたのは数多くの中小企業、零細企業でした。
大阪万博からわずか2年、1972年に始まったオイルショックで大阪の中小企業は大打撃を受けてしまいます。
その時から、大阪の経済的な地盤沈下が進んでいったと思うんですよ


今では東京との経済格差は著しく、大阪で生まれ育った大企業も本社を次々と東京に移転させていきました。
もう大阪が「大大阪」と呼ばれ、東京以上の経済力を誇っていた時代に戻るようなことは絶対にあり得ないでしょう


そんな沈滞した大阪の起爆剤として、「夢よ再び」ということなのでしょうか。二度目の大阪万博の開催が来年に迫っています。
しかし、大阪の町には盛り上がりは皆無です。ワタクシの周囲で、大阪万博が話題になることはまずありません。
たまに話題になるのは「これで開会式までに工事が間に合うんかいな」「建設費が当初の見込みの2倍になっとるがな」
「入場料高すぎるで」「赤字になったら誰が補填するねん」といったネガティブな話題のみです


大阪万博が終わった時、大阪はどうなっているのでしょう。成功に終われば維新の会はさらに大阪で強い力を持つでしょうが、
失敗に終わった時、大阪はどこに向かうのか。ワタクシは大阪万博が「負の遺産」にならないことを願うばかりです

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


大阪万博は夢洲という埋立地で開催されますが、夢洲ではその4年後に統合型リゾート、早い話がカジノが完成します。
お隣の韓国では大規模なカジノの完成後、ギャンブル依存症の増加が深刻な問題となっています。
外貨を稼ぐ目的だったのが、実際は韓国人がカジノにのめり込んでしまい、思ったほど外貨の獲得には繋がっていないんですよ。
なぜかその事実はあまり報道されず、マカオやシンガポールの成功例ばかりが報道されることにも疑問を感じています。



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古くて新しい-大阪市中央区:空堀

2024年03月18日 | 大阪(大阪市内)
Karahori, Chuo Ward, Osaka City

さてさて、今年の正月明け間もない頃、ワタクシは大阪市中央区にある「空堀」というエリアを散策しました。
今日からはその時の写真をアップしていきますね


空堀(からほり)の地名の由来なのですが、豊臣秀吉が大坂城の外堀として築いた南惣構(みなみそうがまえ)堀が、
水を入れない空堀だったことなのだそうです。空堀は大阪城の南側に位置しており、大阪市の中心部にあります


大阪市の中心部は太平洋戦争で大空襲を受け、多くが消失したのですが、ここ空堀界隈は奇跡的に空襲の被害を逃れたんです。
そのおかげで戦前の古い建物、町割りが残っているんですよ


路地の奥に地蔵尊がありました。ワタクシが生まれ育った場所が、ちょうどこんな感じだったんですよ。
車が入ってこない狭い路地の奥は、子ども達にとって絶好の遊び場でした。
そして、お地蔵さんに手を合わせて「まんまんちゃんあん」と言いながらお辞儀をしたものでした


ちなみに「まんまんちゃんあん」ですが、「南無阿弥陀仏」→「なんまいだ」→「まんまんちゃん」となった幼児語で、
最後の「あん」は「あな尊し」からきているそうです。大阪では子ども達が普通に使っていた言葉なのですが、
他の地域ではどうだったんですかね。なお、今では大阪でもほぼ死語になってしまいました


路地なのですが、大阪では「ろじ」ではなく「ろーじ」と発音します。京都でもそうでした。
大阪弁の一つの特徴として、語尾を伸ばすというのがあるんですよ。
「目」を「目ぇ」、「おなら」を「屁ぇ」、「蚊」を「蚊ぁ」、「血」を「血ぃ」という感じですね


古い街並みが広がる空堀ですが、十数年前からでしょうか。若手デザイナーやアーティストが集い、ギャラリーやカフェ、
スイーツや雑貨店などが、次々とオープンしているんです


こんな昭和レトロな店舗があるかと思えば、古民家や長屋をリノベーションしたオシャレなお店が点在するのが空堀です


ではでは、「古くて新しい」空堀の町を散策するとしましょうか

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


狭い路地、古い長屋、小さな地蔵尊、銭湯、空き地…こういったものが私にとっての原風景です。
ですので、大通りを歩くよりも狭い道を歩く方が安心感がありますし、新興住宅街に行くとどうも落ち着きません。
「三つ子の魂百まで」と言いますが、幼少の頃の記憶というのは大きなものですね。



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妻入の商家が並ぶ町-兵庫県丹波篠山市:河原町

2024年03月17日 | 兵庫
Kawaramachi, Tanba Sasayama City, Hyogo Pref.

さてさて、丹波篠山市の「小田垣豆堂」でくつろいだ後、ワタクシ達はカフェのすぐ近くにある河原町へと向かいました


この篠山の地は山々に囲まれた盆地でして、古くから京都や山陰、山陽を結ぶ交通の要所でした。
そして、1609年に篠山城が築城され、翌年から城下町が整備されていきます。河原町に商屋が建ち始めたのはその少しあとでして、
1612年頃だと言われています。その後多くの商屋が軒を連ねる一大商業地として栄えました


「河原町妻入商家群」として重要伝統的建造物群保存地区にも指定された河原町には、
妻入の商屋が東西約600mに渡って並ぶ町並みが続いているんですよ


建物の各面の呼び名として、長辺側、あるいは屋根の棟と平行な面を平といい、短辺側、あるいは屋根の棟と直角な面を妻と言います。
商家等の町屋建築における「平入り」や「妻入り」とは、建物のいずれの面に正面出入口があるかによって分類した様式でして、
平入りは上述の「平」の側に出入口があるものを指し、「妻」側から出入りするものを妻入りというんですね


この河原町には二軒の「NIPPONIA」と呼ばれるお宿があります。NIPPONIAは古民家などを活用した分散型のお宿で、
最近はいろんな場所でその姿を見るようになりました。ワタクシ、一度泊ってみたいなぁと思ったのですが、
とてもワタクシの財力では泊まることが出来るようなお宿ではありません


おそらく利用客の多くは日本の原風景、日本ならではの滞在スタイルを望む外国人観光客なのでしょうね。
今や日本は高価な宿には外国人が泊まり、日本人は安価な宿を探して泊まらねばならなくなりつつありますな


なにせ今では日本の平均賃金はアメリカの55%に過ぎません。韓国にも抜かれてしまい、OECD加盟国の中では最下位グループです。
物価の安い日本にはどんどん外国人がやって来ることでしょう


ま、あまり悲観的に考えても仕方がないですね。「なるようになる。なるようにしかならん」と思うのもいいかもしれませんな


柔らかな春の日差しを浴びて、心地よさそうに春眠を貪るネコちゃんがいました。
ところがワタクシのシャッターの音で目を覚ましてしまいました。ネコちゃん、邪魔をしてごめんね

使用したカメラ:FUJIFILM X-T30


一泊二日の「カニ三昧旅行」でしたが、結構中身の充実した二日間になったような気がします。
我が家では旅行やキャンプに行く時、プランは基本的に私が考えます。
ただ、家人には「どこか寄りたい所、行ってみたいところはあるか?」ということを訊いた上でプランを考えるんです。
今回も家人からは「いい行程やったわ」とお褒めの言葉をいただきました。



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これは絶品-兵庫県丹波篠山市:「小田垣豆堂」

2024年03月16日 | 兵庫
“Odagaki Mamedou”, Tanba Sasayama City, Hyogo Pref.

さてさて、京丹後から大阪への帰路なのですが、ワタクシ達は再び兵庫県丹波篠山市に立ち寄ることにしました。
というのも、本当であれば前日の往路に立ち寄りたいカフェがあったのですが、
前日(3月3日)は篠山マラソンが開催されていたので、市内の中心部は混雑することが予想されたので行かなかったんです。
この日(3月4日)は月曜日ですので、どこも人は少ないだろうと思い行きたかったカフェに向かいました


この建物は「小田垣商店」というのですが、小田垣商店は1734年に創業した黒豆卸店の老舗です。
本社敷地内の江戸時代後期から大正時代初期の建物10棟は国の登録有形文化財でもあるんですよ。
丹波黒大豆や丹波大納言小豆をはじめとする豆類の販売や、豆や栗から作るオリジナル商品を販売するお店です


その老舗の店舗に併設して、「小田垣豆堂」というカフェがあるんです。
ここでは黒豆茶とあたらしい黒豆料理、黒豆、栗、大納言小豆を使ったスイーツなどを楽しめるということで、
ワタクシ達は訪れてみることにしたんです


店内に入ると立派なお雛様が飾られていました。ワタクシ達は前日がひな祭りであることも、すっかり忘れていましたわ


窓際の座席に案内されました。窓の外には見事な日本庭園を見ることが出来ました


さすがに享保年間創業の老舗です。素晴らしい建造物、そして庭園を楽しむことが出来ました


コーヒーをオーダーしたら「黒豆菓子三種」というのがついてきました


どーですか。家人がオーダーした「ODAGAKIモンブラン」です。一番美味しい時期の丹波栗をペーストにしたものを使っているそうです。
家人曰く「人生の中で食べたモンブランの中で一番美味しい。栗が上品な甘さで、むっちゃ美味しい」とのことでした


どーですか。ワタクシは「ODAGAKIソフトクリーム(黒豆きなこ)」をいただきました。
黒豆きなこをたっぷりと練り込んだソフトクリームは濃厚な味わいですが、甘さがくどくなく、最高に美味かったのです


どーですか。飲み物は「ODAGAKI黒豆コーヒー」をいただきました。黒豆を自家焙煎したコーヒーです。
独特な味わいでしたが、十分に美味しいコーヒーでありました


ワタクシ達は「これは人気があるのがわかるわ」「篠山に来るときはまた来たいな」
「今度はスイーツやなくって食事も食べたいね」などと言いながら、素敵なカフェを後にしたのでした

「小田垣豆堂」…兵庫県丹波篠山市立町19番地

使用したカメラ:FUJIFILM X-T30


男性の中にはカフェに行くのが苦手だという人がいますが、私はカフェに行くのが結構好きなんです。
私にとってはオシャレなカフェも、ガード下の居酒屋でも、駅前のうどん屋でも全く違和感なく入ることが出来るんです。
ただ、オシャレなカフェに私が似合っているかどうかはなんとも言えません。



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日本海‐京都府京丹後市:間人

2024年03月15日 | 京都(京都市以外)
Taiza, Kyotango City, Kyoto Pref.

さてさて、ワタクシは京丹後市間人砂方と呼ばれる集落のあたりを散策していました


明るく開放的な太平洋、穏やかで静かな瀬戸内海…ワタクシに馴染みが深いこれらの海と日本海は別物です


鉛色の雲、押し寄せる波、吹きつける風、冬の日本海は人を拒むような表情を見せてきます。
ワタクシは松本清張氏の推理小説が好きなのですが、氏の代表作の一つに「ゼロの焦点」という作品があります。
この小説は石川県の能登半島が舞台で、荒々しい日本海の様子が作品中にたびたび描かれるのですが、
ワタクシは高校生の時に読んだ「ゼロの焦点」のことを思い出していました


そういえば「ゼロの焦点」って10年ちょっと前に、広末涼子さんや中谷美紀さんが出演して映画にもなったので、
小説を読んでいない人でも内容を知っている人は多いんじゃないでしょうか


ワタクシは小学校時代に「シャーロック・ホームズ」シリーズの作品が大好きになってから、推理小説が好きだったんです。
いろんな作家の本を読みましたが、その中で一番のめり込んだのが松本清張でした。
今でも時々、昔に買った文庫本を開いて読む時があるんですよ


でも、一昔前の推理小説のアリバイ作りやトリックは、今の時代のスマホがあれば成り立たないものばかりです。
今は推理小説というのも多様化、複雑化していますね


古色騒然としたバス停留所の待合室がいい感じです。公衆電話が置かれてありますね。まるで時間が止まったかのようですわ


再び海に出ました。荒波が次々と押し寄せてきます。また来年もこの荒波を眺めに、鉛色の日本海を眺めに来ることでしょう


いや、本当は「また来年もたらふくカニを食べに来るでしょう」と書くのが正しいですな

使用したカメラ:FUJIFILM X-T30


今回、私達を含めて3組の宿泊客がいたのですが、うち一組は私たちより少し年配のご夫婦でした。
もう一組はやかましい四人組(男2、女2)だったのですが、聞こえてくる会話の中に「先生」という単語が何度かあったので、
最初は学校の先生のグループかと思ったんです。でも、どうやら四人の中の一人(年上のおっさん)がどこかの市議会議員のようなんです。
どうりで「声がでかく」「態度が横柄で」「偉そうにものを言う」のだと納得しましたわ。



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