よっちんのフォト日記

旅先や日常で感じたことを
写真と文章で綴ってみたい。
そう思ってブログを始めてみました。

「天空の城」がある町-兵庫県朝来市:竹田

2019年12月19日 | 兵庫
Takeda, Asago City, Hyogo Pref.

さてさて、神子畑小学校跡を後にして、ワタクシ達は兵庫県朝来市竹田へと向かいました。
竹田は小高い山の上にある竹田城跡あるのですが、秋から冬にかけてしばしば良く晴れた朝に濃い霧が発生することがあります。
この朝霧が竹田城跡を取り囲み、まるで雲海に浮かぶように見える姿から、竹田城跡は「天空の城」と呼ばれるようになりました。
今ではこの竹田城跡と雲海を目的に、早朝からカメラマンがやって来たりするのですが、
この日は早朝に竹田に行くことは出来なかったので、ワタクシ達は竹田の城下町を散策することにしました


散策はJR播但線の竹田駅から始めます。瓦屋根の重厚な駅舎がいい感じですねぇ


一日の乗降客数は約170人。それでも竹田城跡の人気のおかげでしょう。2012年には130人まで減っていた利用者が、
170人まで数が増えてきています。微々たる増加かもしれませんが、微かな明るい兆しです


向こうに見える山の山頂に石垣群が見えるのがわかるでしょうか。そこが竹田城跡なんですよ


小さな城下町ですが、古い街並みが残っていました。最近は観光客の増加に伴い、新しい施設やお店も出来ているようです


この日(11月18日)は月曜日ということもあり、竹田の町には観光客の姿はほとんどありませんでした。
竹田駅にあった観光案内所の方の話だと、前日は一年に一度あるかどうかというくらい、霧が午前10時頃まで町を覆っていたそうです。
そのために竹田城跡を撮影するスポットには、かなりのカメラマンや観光客がやって来たそうなんですよ


残念ながらこの日は曇天。おまけに天気予報では午後から雨が降り始めるという予報でした。
ですので、霧は発生することはありません


竹田駅の西側にはお寺が並んでいるエリアがあり、そこは寺町通りと名づけられていました。
水路には美しい水が流れ、趣ある石橋がかかっていました


ではでは、竹田の町の散策を続けて行くとしましょうか

使用したカメラ:1、2、3、8枚目はFUJIFILM X-T30、他はFUJIFILM X-Pro2


雲海に浮かぶ神秘的な風景で、竹田城跡が「天空の城」として一躍有名になりましたが、
こうした雲海に浮かぶ城は他にもあるということで、最近は各地に「天空の城」が登場しています。
越前大野城(福井県)、備中松山城(岡山県)、郡上八幡城(岐阜県)、津和野城(山口県)などが有名ですが、
皆さんが住む地域にもあるかもしれませんね。



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学び舎の跡-兵庫県朝来市:神子畑小学校跡

2019年12月18日 | 兵庫
Closed Mikobata Elementary School, Asago City, Hyogo Pref.

さてさて、兵庫県朝来市にある神子畑選鉱場跡を訪ねたワタクシ達なのですが、
選鉱場跡から歩いて少しの場所に、気になる建物があったんですよ


一瞬、何かの倉庫跡かなぁと思ったのですが、ワタクシは「ひょっとしたら学校の施設跡とちゃうかなぁ」と思い、
建物の方に近づいて行きました。すると、こういう石碑がありました


思った通りここは神子畑小学校跡で、写真の建物は小学校の体育館でした。
校舎などはもう撤去されていてありませんでした


神子畑小学校は1954年、佐嚢小学校神子畑分校として開校しました。
1969年に神子畑小学校となり、1972年4月1日に山口小学校に統合されて廃校に至ったということです。
ということは、小学校としての歴史はわずか20年もなかったのですね


校庭には遊具が放置され、当然ながら錆びついたままにされていました。
かつてはこのジャングルジムで、歓声をあげて遊ぶ子供達がいたのですね


自分の母校が廃校になるというのはどのような気持ちなのでしょう。
幸いなことにワタクシは卒業した小学校、中学校、高校、大学ともに今も存在していますが、
ワタクシが在学当時は一学年11クラスだった中学校が、今は3クラスだと聞きました。
少子化が進行していくと、いつの日か統廃合という話が出てくるかもしれません


この体育館もいずれ撤去されるのでしょう。その時には、石碑だけがかつてここに小学校があったという
事実を伝えることになるのでしょうね


これは学校の前の道です。かつては小学生達の通学路だったのでしょう。
今はここを歩く子供は一人もいないのじゃないかなぁ


明治16年、神子畑から採掘された鉱石を生野にある精錬所に運ぶために総工費4万円をかけて約16kmの運搬道が造られました。
その道の途中には5つの橋がかけられ、この神子畑鋳鉄橋は当時のまま残っているんですよ。
ではでは、神子畑を後にして次の目的に向かうとしましょうか

使用したカメラ:8枚目はFUJIFILM X-T30、他はFUJIFILM X-Pro2


最近は日本各地どこに行っても、廃校になった小中学校を目にします。
廃校になった校舎が宿泊施設やカフェとして利用されたり、地元の人の集会所になったりしているのをよく見かけます。
ここのように校舎そのものが撤去されてしまうというのは、どうも悲しいですね。



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お雇い外国人-兵庫県朝来市:神子畑選鉱場跡

2019年12月17日 | 兵庫
Mikobata Concentrator, Asago City, Hyogo Pref.

さてさて、兵庫県朝来市にある神子畑選鉱場跡を訪ねたワタクシ達は、
かつて東洋一と評された選鉱場の跡を興味深く見て歩いていました


放置された機材の向こうに瀟洒な洋館が見えますが、この建物については後で説明しますね


かつて神子畑選鉱場は24時間稼働しており、夜中になると選鉱場が光る姿が印象的で不夜城のようだったそうです。
24時間稼働なんて、今の時代だと働き方改革とは全くの逆行するスタイルで、「ブラック企業」と言われるのでしょうね


ワタクシの父親は高度経済成長期に、大阪の下町で町工場(零細工場)を運営していました。
帰宅するのは毎日10時頃で、日曜日も工場に行って働いているのが当たり前でした。
ワタクシは子供の頃、家族で旅行に行くことなんて一度も無かったんですよ。
でも、この選鉱場なんてもっと酷い労働条件で労働者は働かされていたのでしょうね


この瀟洒な洋館なのですが、明治初頭、生野鉱山で働く外国人技術者のために、生野に宿舎(個人住宅)が5棟建設されました。
そのうち、フランス人技師ムーセの住居となっていた二番館は、ムーセが日本を離れた後、鉱山が発見された神子畑に移築され、
事務所兼診療所として利用されていたんです。その建物がこの洋館なんです


明治初期、日本の近代化に必要な西欧の先進技術や知識を単にもたらした「お雇い外国人」と呼ばれた外国人が数多くいましたが、
ムーセもその一人です。お雇い外国人というのは日本が知らない技術や知識を持っているということもあり、
かなりの厚遇で政府に雇われているんですよねぇ。まあ、当時の欧米の白人にとっては極東の地に行くというのは、
今の感覚で言えば月に行くくらいのイメージでしょうから、高給を支払わないと優秀な人材は来てくれなかったでしょうね


そして、彼らの知識や技術のおかげで明治政府のスローガンである「富国強兵」、「殖産興業」が推し進められていったのも
間違いない事実だと思います。ただし、そのスローガンが我が国を幸福に導いたのかどうかは、意見が分かれるでしょうね


左側に見えるインクライン(勾配鉄道)の急斜面に驚きを感じます。
この急斜面でどうやって機関車や貨物車が運行されていたのか、すごく興味を感じます


ワタクシはなぜか「夏草や 兵どもが 夢の跡」という松尾芭蕉の俳句が頭の中に浮かんできたのですが、
その俳句がこの場所に相応しいものなのかどうかはワタクシにはわかりません

使用したカメラ:1、3、6枚目はFUJIFILM X-T30、他はFUJIFILM X-Pro2


今にして思えば、昔の日本人というのは定時に仕事を終えるのは罪悪かのように、よく働いたものでした。
そのような勤勉さが、日本の経済発展を支えていた一つの要因なのですが、その価値観は今の若い人には通じないでしょうね。
最近は「働き方改革」という言葉がよく言われますが、今後はどうなっていくのでしょうね。



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日本の近代化を支えた場所へ-兵庫県朝来市:神子畑選鉱場跡

2019年12月16日 | 兵庫
Mikobata Concentrator, Asago City, Hyogo Pref.

さてさて、兵庫県神河町の「囲炉裏の宿 豊楽」に宿泊したワタクシ達は、前夜に痛飲したにも関わらず
朝はすっきりと目が覚めて、朝食の場所へと向かいました


この日は昼頃から雨という天気予報でした。午前中に活動をすませ、大阪に向かうことにしました


ワタクシは旅館やホテルに宿泊すると、夕食が楽しみなのはもちろんなのですが、朝食ってかなり楽しみなんですよねぇ


この日も美味しい朝食だったのですが、特にこの「とろろ麦ご飯」は絶品でした。
ワタクシ達は美味しい朝食をいただき、チェックアウトを済ませるとこの日の最初の目的地へと向かいました


ワタクシ達が向かったのは朝来市の神子畑選鉱場跡という場所なんですよ。(神子畑は「みこばた」と読みます)
神子畑選鉱場とは大正8年に、北西約6キロに位置する養父市の明延鉱山の選鉱場として建設されました


神子畑選鉱所では明延鉱山で採掘された鉱石を選り分け、16キロ南東にあった生野鉱山併設の生野製錬所や
国鉄播但線経由で飾磨港から直島の精錬所へ送る中継拠点の役割を担っていました。
最盛期は約3000人が働いたといわれ、規模、生産量ともに東洋一と称されるほど栄えたそうなんです


明延鉱山が1987年に閉山された後は神子畑選鉱場も操業を終了し閉鎖されました。
その後は長らく建物が残存していたのですが、これらは2004年に撤去・解体されました。
現在はひな壇状に22段構成となっていた鉄筋コンクリートの基礎構造物と、
選鉱所の上下を結んでいたインクライン(勾配鉄道)の跡が残るだけとなっています。
下の写真が撤去・解体される前の神子畑選工場なんですよ



かつては日本の近代化を支えてきた選鉱場ですが、今は産業遺産として当時の繁栄をワタクシ達に伝えています


ではでは、選工場跡をゆっくりと眺めていくとしましょうか

使用したカメラ:4、5、8、9枚目はFUJIFILM X-T30、他はFUJIFILM X-Pro2
(7枚目は他所から引用した写真です)


ここも初めて訪ねる場所だったのですが、実に興味深い施設でした。
今後、この施設が産業資産として保存されるのか、それとも時代の流れとともに朽ち果てていくのわかりませんが、
世界遺産に選定された「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の中には、
この神子畑選鉱場跡よりも値打ちの無さそうなものが選定されていますからねぇ。



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囲炉裏端で舌鼓-兵庫県神河町:「囲炉裏の宿 豊楽」

2019年12月15日 | 兵庫
“Irorinoyado Houraku”, Kamikawa Town, Hyogo Pref.

さてさて、兵庫県神河町の「囲炉裏の宿 豊楽」にやって来たワタクシ達ですが、夕食の準備も整いました。
囲炉裏端で地元の食材を使った食事をいただくとしましょうか


どーですか。前菜は「胡麻豆腐、紫芋玉水晶、いが栗、穴子真丈、鮎の甘露煮」ですな。
ちょっとずつ、たくさんの種類を食べることが出来るのが嬉しいですね


どーですか。酢物は「クラゲ、雲子、キス、わらび、はす芋、パブリカ酢味噌がけ」です。
雲子というのはタラの精巣(白子)のことですね


どーですか。焼き物の「あまごの塩焼き」です。炭火でじっくりと焼き上げていくので美味しいのです。
岩魚はピクピク動いていたのですが、その姿を見て可哀想と思う人もいれば、美味そうと思う人もいるのでしょう。
もちろんワタクシは後者です。網の上では「帆立のバター焼き、ギンナン」を焼いているんですよ


どーですか。造りは「岩魚 山の芋・本わさびあつらえ」です。摩り下ろした本わさびの辛味が美味しいんですよねぇ


当然のごとくビールが進み、会話が弾みます。ああ、至福の時間帯ですなぁ


どーですか。焼き物の「万願寺唐辛子、手作りこんにゃく、椎茸、むかご」です。
大ぶりな万願寺唐辛子が美味しかったですねぇ


どーですか。茶碗蒸しのように見えますが蒸し物は「とろろ蒸し」なんですよ。
山芋をこんな風にして食べるのは初めてですが、これは絶品でしたねぇ


どーですか。これは牛肉ではなく「猪肉」です。丹波地方というのは猪肉を食べる文化が発達しているのですが、
ワタクシ達が宿泊した翌朝も宿のすぐ側で猪が捕獲されました。新鮮な猪肉なんですねぇ


シンプルに塩と胡椒の味付けだけで十分美味しくいただきました。臭みなども全くありませんでした


どーですか。油物は「稚鮎の天婦羅」です。この頃になってくるとかなりお腹も満腹になっていたのですが、
この天婦羅も美味しくいただきました


どーですか。汁物は「川ガニの汁物」です。宿の側の川で川ガニがたくさん採れるそうです


川ガニ自体はさほどみがあるわけでもないのですが、鍋にいいお出汁が出ていました。身体が温まりますなぁ


どーですか。飯物は「むかご飯」です。むかごなんて大阪ではなかなか食べることがなく、懐かしい味わいでした


ここ神河町でが柚子が特産品だそうで、自家製の柚子酒があったので柚子酒をいただきました。さっぱりした味わいがいいですねぇ。
たっぷりと食べて飲んだのですが、この後部屋に戻ってさらに缶ビールを2本飲んで、その後は熟睡モードとなりました

囲炉裏の宿 豊楽…兵庫県神崎郡神河町上小田332

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


料理が運ばれて来る際に、お店の方から食材や料理に関して詳しく説明していただきました。
お店の方との会話も弾み、楽しい夜の宴になりました。
今回もいいお宿に泊まることが出来て幸運でした。



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