よっちんのフォト日記

旅先や日常で感じたことを
写真と文章で綴ってみたい。
そう思ってブログを始めてみました。

これも町の歴史-京都市伏見区:中書島

2024年04月14日 | 京都市(南区、伏見区、山科区)
Chushojima, Fushimi Ward, Kyoto City

さてさて、伏見の散策を続けているワタクシですが、次に「月桂冠大倉記念館」を訪れました


ここは伏見の酒造りの技や日本酒の歴史をわかりやすく紹介する博物館です。歴史ある建物は京都市有形民俗文化財に指定されています。
古くからの酒造用具が行程順に展示され、月桂冠創業からの歴史を物語る史料の数々と合わせて見学できるようになっています。
ここにも多くの外国人観光客が訪れており、訪問客の7割くらいは外国人でありました


大正時代の宣伝ポスターです。当時の美人というのは、こういう女性だったのでしょうね


これはベーブ・ルースやルー・ゲーリッグを中心としたアメリカ代表の野球チームが、1934年に来日した時に作られたものです。
まさか90年後に、日本人選手がメジャーリーグで投打に大活躍してMVPになるなんて誰も想像しなかったでしょう


この資料館ですが、見学後は唎き酒コーナーで数種類の中から選択して3種類の清酒の試飲が可能です。
ただ、ワタクシのように車の運転などの事情で試飲できない人は清酒180ml壜詰の持ち帰りとなります


銘酒を造る湧き水です。まろやかで柔らかい味がしました。この水を飲んだ後、資料館を後にしたのですが、
次に京阪電車だと伏見桃山駅の一駅隣にある中書島駅の方に向かって歩いて行きました


中書島駅のすぐ近くには「新地」という地名があります。「新地」という地名はかなりの確率で、かつては遊廓があった場所なんです。
ここ中書島も駅の北側には遊廓があったということなので、その雰囲気を味わえる建物があるかと思い散策することにしました


なんとも素敵な銭湯の建物がありました。今も現役で営業されているとのことです。
「新地湯」という銭湯ですが、洋風・石造りを彷彿とさせる左右対称の外観には「泉温」の二文字が見えます。
昭和初期に建てられた当時の趣きを感じさせてくれますね。
ワタクシ、これまで遊廓があった場所を何度も尋ねたことがあるんですが、銭湯があることが多いのですよ。
これは男達が遊廓で遊ぶ前に銭湯で身体をキレイにして行ったのか、それとも遊廓で遊んだ後に銭湯で汗を流したのか、
ワタクシには知る由もありません


「場末のスナック街」という趣ですが、どうもかつての遊郭を思わせる建物はなかなか見ることが出来ません。
「もう遊郭の歴史を物語るような建物は残ってないんやなぁ」と思って諦めかけた時、すごい建物があったんですよ


「ふじわら」という飲食店ですが、これはもう100%間違いなく正真正銘の旧遊廓ですな。
2階の欄干からお姉さんが手招きしそうな雰囲気ですが、今は人気の小料理屋さんのようです。
古い遊廓の建物をキレイに塗り直したのでしょうが、ワタクシには老婆の厚化粧のように思えてしまいました

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


私は旧遊廓というのも立派な歴史遺産だと思うのですが、遊郭があった自治体にとっては「負の歴史遺産」なのでしょうね。
大っぴらに「ここに遊廓がありました」「かつては有名な遊廓でした」と宣伝しているような場所はどこにもありません。
でも、人身売買のような歴史があったことを思うと、やっぱり触れたくない過去なのもやむを得ませんね。



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桜咲く境内へ-京都市伏見区:長建寺

2024年04月13日 | 京都市(南区、伏見区、山科区)
Choukenji Temple, Fushimi Ward, Kyoto City

さてさて、京都市伏見区の散策を続けるワタクシですが、次に長建寺というお寺を訪ねました


長建寺の入り口には中国風の独特な形をした竜宮門が建っています。ちょっと他のお寺では見ることが無い様式ですね


竜宮門をくぐると、すぐに桜の木がありました。こちらのソメイヨシノもまだ三分咲きというところでしょうか


このお寺は言宗醍醐派の寺院で、本尊は八臂弁財天なんです。弁財天を本尊とする寺院は京都でもここだけなんですね。
「島の弁天さん」という愛称で、地元の人には親しまれているそうです


豊臣秀吉の時代、伏見は政治の中心地として大いに賑わっていました。しかし、1619年に伏見城が廃城になると伏見の町は衰退していきます。
そこで、13代目伏見奉行の建部政宇(たけべまさのき)は、1699年に中書島の開発や新たに壕川を開拓して交通の便を良くし、
伏見を復興させようとしました。その際に、深草大亀谷にあった即成就院の塔頭・多聞院の建物を現在地に移転させました。
これが長建寺の始まりだということです


境内の奥に見事な枝垂れ桜がありました。この桜は「糸桜」と呼ばれ、早咲きの桜として知られているようなんです。
ワタクシが訪れた3月31日は糸桜がまさに見頃で、境内にいる人たちは歓声を上げて糸桜を撮影していました


ワタクシが糸桜を撮影していると、ワタクシの横に若い二人組の韓国人の女性がいました。
この二人が、コスプレイヤーというのでしょうか。何かのアニメから抜け出てきたような衣装と髪型なんですよ。
今やアニメというのは日本の重要な輸出コンテンツですし、こうして日本にやって来てくれるのも嬉しいことです


アニメではありませんが、ワタクシなどは幼少の頃から大のゴジラファンでしたので、
ゴジラ映画がハリウッドで賞などを獲得すると誇らしい気持ちになりますわ


長建寺にこんな枝垂れ桜があるのを知らなかったので、ワタクシはちょっと得をした気分でありました

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


年々、写真の撮影に出掛けていくと思うことなのですが、カメラで写真を撮る人って少ないんですよねぇ。
今や90%以上の人がスマホで撮影しているんじゃないでしょうか。
確かにスマホのカメラ機能は向上する一方ですから、わざわざ重いカメラとレンズを持っていこうなんて思わないのでしょうね。
あと10年もしたら「昔はカメラなんていうものがあってね、写真を撮るのに使っていたんですよ」なんてことが言われるかもね。



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今年も桜に出会えました-京都市伏見区

2024年04月12日 | 京都市(南区、伏見区、山科区)
Fushimi Ward, Kyoto City

さてさて、ワタクシは酒蔵と水路という伏見ならではの風景を楽しみながら散策を続けていました


今年は2月に20℃を超えるような日もあり、異常に暖かい日が続きました。
「今年は桜の開花も早くなるんやろなぁ」って、ワタクシは思っていたんですよ


ところが3月になると寒い日が多く、特に3月中旬からは例年に無い気温の低さが続きました


当初、大阪では「桜の開花日は3月23日、満開は3月30日頃」という予想だったのですが、
その予想は大きく外れてしまい、開花宣言は3月30日、満開は4月6日となりました


この日は京都で開花宣言が出されて二日目でしたので、桜はチラホラと咲いているという感じでした。
それでも、今年もまた桜に出会うことが出来た喜びをワタクシは感じていました


ワタクシはもう62歳。あと何度満開の桜を見ることが出来るのだろう。そんなことを思うんですよ。
春が来れば桜が咲く…その当たり前のことを、あと何度楽しむことが出来るのでしょう。そんなことを思うようになりました


竹内まりやさんの『人生の扉』という歌があります。50代を迎えた時に彼女が作った歌なのですが、
この歌の歌詞はしみじみとワタクシの心に響くのです


春がまた来るたび ひとつ歳を重ね 目に映る景色も少しずつ変わるよ
陽気にはしゃいでいた 幼い日は遠く 気がつけば五十路を越えた私がいる
信じられない速さで 時は過ぎ去ると知ってしまったら どんな小さなことも覚えていたいと心が言ったよ

満開の桜や 色づく山の紅葉を この先いったい何度見ることになるだろう
ひとつひとつ人生の扉を開けては感じるその重さ ひとりひとり愛する人たちのために生きてゆきたいよ

君のデニムの青が褪せてゆくほど味わい増すように 長い旅路の果てに輝く何かが誰にでもあるさ



今のワタクシは色褪せたデニム。でも、デニムって色褪せたほどカッコいいですよね。
ワタクシは色褪せたジーンズのような爺さんになりたいです

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


心に響く歌というのが誰にでもあると思います。私には『人生の扉』も心に響く歌の一つです。
中学生の頃から洋楽が好きになり、英語の歌であっても数々の心に響く歌を聴いてきましたし、人生に多大な影響を受けてきました。
歌との出会いも「一期一会」。素敵な歌にたくさん出会うことが出来たことを、私は幸せに思います。



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酒蔵と水辺、そして桜-京都市伏見区

2024年04月11日 | 京都市(南区、伏見区、山科区)
Fushimi Ward, Kyoto City

さてさて、伏見の町の散策を楽しむワタクシは、十石船の発着場へとやって来ました


あらあらあら、ワタクシはちょっとビックリ。船が水路を行き来するのは10時からなのですが、ワタクシがここに来たのは9時20分。
もう多くの方々が十石船に乗ろうと、船着場には長蛇の列が出来ていたのでした


伏見は、その長い歴史のなかで城下町、宿場町、そして京の都最大の内陸港として栄えてきました。
なかでも繁栄の大きな礎となったのは日本各地と京を結んだ「水運」だったんですよ。
伏見に港を設けたのは豊臣秀吉です。天下統一を果たした秀吉が、その晩年に拠点となる城をつくろうと考えたことが始まりでした。
築城に必要な材木や資材を運び込むためには、自然のままの川では荷の上げ下ろしも難しかったんですね


そこで文禄三年(1594年)、大規模な治水工事を行い、整備されたのが伏見港なんです。
秀吉は築城と同時に全国各地の有力大名に屋敷をつくらせ、商工業者を呼び寄せて都市としての基盤整備を行います。
伏見は、京と大坂、そして全国各地をつなぐ港町として栄えていくようになるのでした


明治に入り、鉄道など陸路の整備とともに伏見港はその長い役割に幕を下ろします。
そして現在では、かつて旅人を乗せて淀川で活躍した「十石舟」「三十石船」が復活しました。
観光船として人気を呼んでいるのですが、ここまでの人気とはワタクシには驚きでした


十石船が行き来する水路に沿って歩いて行くと、寺田屋事件で有名な寺田屋があるんですよ。
1866年3月8日、宿泊していた坂本龍馬を伏見奉行配下の捕り方が捕縛ないし暗殺しようとした事件が寺田屋事件です。
龍馬は同宿の養女・お龍の機転と護衛の三吉慎蔵の働きにより危うく回避し、一命を取り留めるのですな


大河ドラマで『龍馬伝』が放映されていた時、ここ寺田屋はすごい賑わいでした。
なぜかここを訪れる人たちは「ここが寺田屋ぜよ」「龍馬はここで命を奪われかけたぜよ」とヘンテコな土佐弁を喋り、
あちらこちらから「ぜよぜよ」「ぜよぜよ」という言葉が聞こえたのでした


再び水路に沿って戻っていきますが、往路は水路を見下ろす道路を歩きましたが、復路は水路の縁を歩いて戻ります。
この日は3月31日。京都で開花宣言が出されて二日後でしたので、桜はまだ「咲き始め」でした


桜はまだ見頃前でしたが、ユキヤナギは満開でした。酒蔵と水路のある風景は伏見の大きな魅力ですよね

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


伏見は今では「京都市伏見区」ですが、かつては京都とは別の城下町であり、港町だったという歴史を持ちます。
ですので、京都の中心部(上京区、中京区、下京区)などとは、ちょっと違う文化があるんですよ。
そんな違いを感じながら町を散策するのが、また楽しいんですよねぇ。



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板塀-京都市伏見区

2024年04月10日 | 京都市(南区、伏見区、山科区)
Fushimi Ward, Kyoto City

さてさて、伏見の町にやって来たワタクシは、酒蔵が立ち並ぶ伏見の散策を楽しんでおりました


この辺りから焼杉の板塀を使った建物が続くんですよ。そして、通りには微かに日本酒の香りが漂います


板塀、白壁、瓦屋根…同じような建物が並んでいると、視覚的なリズムとでも言うのでしょうか、
見た目の統一感があるために町並みがすごく美しく見える気がするんですよ


ヨーロッパに行くと同じような色合い、同じ素材、同じくらいの高さの建物が立ち並んでいる姿をよく見ます。
しかもそこには電線や電柱、何よりも無粋な看板などが無いために町並みに統一感があり、すごく美しい印象を受けるんです。
都市の景観ということに関しては、ヨーロッパというところはすごく進んでいるというのか、
都市景観も住民達が作り上げてきた文化として大切に守っているのだと感じるんです


ワタクシは「重要伝統的建造物群保存地区」を訪ね歩くのが好きですが、これらの地区は伝統的な町並みを守り、
景観保全が行われているために、町並みが大変美しく感じられます


ここ伏見は「重要伝統的建造物群保存地区」ではありません。しかし、京都市市街地景観整備条例によって景観整備地区に選定され、
町並みの景観が美しく保たれているんです


この伏見という地名なのですが、「酒処に名水あり」と語られるように豊かな伏流水に恵まれた伏見の語源は「伏水」なんです。
灘の硬水に対して軟水の伏見は、灘の辛口な”男酒”に対して、まろやかでふくらみがある飲み口から”女酒”と評されています


そして、伏見の町が大きく発展したのは豊臣秀吉の伏見城建設によって一大商都へと発展したからなんです。
かつての城下町の名残として興味深いのが伏見の地名でして、伏見城の麓一帯に「桃山長岡越中南町」「桃山毛利長門東町」
「桃山町松平武蔵」「桃山町本多上野」「桃山町板倉周防」と、人名由来の地名が並んでいるんです。
秀吉が伏見城を築城すると、各地の大名たちが次々と城下に屋敷を建立したことから、その屋敷の場所がそのまま地名となったんです。
こういうのも歴史ある町ならではですね


犬矢来もこの町には似合います。ではでは、伏見の散策、さらに続けていくとしましょうね

使用したカメラ:FUJIFILM X-Pro2


私は地名というのが好きで、地名を見ることでその土地の地形、歴史などが伝わってくるのが興味深くて楽しいんです。
新興住宅地にありがちな「◯◯丘」「××台」なんて無味乾燥な地名からは何も伝わるものがありませんし、
平成の大合併で生まれた「つくばみらい市」(茨城県)、さくら市(栃木県)なんて地名には悲しくなりますわ。



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