よっちんのフォト日記

旅先や日常で感じたことを
写真と文章で綴ってみたい。
そう思ってブログを始めてみました。

何?これ?珍風景-熊本県宇土市:御輿来海岸

2014年01月25日 | 熊本
Okoshiki Beach, Uto City, Kumamoto Pref.

さてさて、天草からの帰路、熊本県宇土市にある御輿来海岸(おこしきかいがん)に立ち寄ったワタクシ達でありますが
ちょうどこのあたりでは国道57号線に並行するようにJR九州の三角線が走っているんです。
ワタクシは鉄道好きなので、どうしても三角線が気になってしまい、ちょっと駅に立ち寄ってみることにいたしました


この駅は網田駅というのですが、「あみだ」ではなく「おうだ」と読むのですから難読地名ですね。
翌日は元日ですので、迎春準備もしっかりすまされておりました


天草グルメ快速「おこしき」や臨時特急「A列車で行こう」などが運転され、JR九州らしい企業努力が見られる路線です。
ジャズ好きの人なら「A列車で行こう」という特急には、ちょっと乗ってみたいですよね


とはいえ、三角線も赤字路線であることは言うまでもなく、ここ網田駅も一日の乗降客は190人ほどにすぎません


それでもワタクシは「頑張れ、JR九州!」と、この会社の企業努力には拍手を惜しみません

そしてそして、この網田駅からほど近い海岸で、ワタクシはなんとも珍しい光景に出会ったのです


なななんと、道路が真っ直ぐに海に向かって伸びているんですよ
この先には何があるの…海しかありません。


遠浅の有明海…このあたりでは、そうとう沖合の方にしか漁船を停泊させておくことが出来ないんですね。
そこでこのような道路を作って、船のそばまで車で行けるようにしたのですな
なおこの道路は漁師さん専用の道路でして、ここから先に立ち入ることは出来ませぬ。


この写真を撮った時は干潮だったのですが、満潮になれば道路は海の上に浮かんだように見えるんじゃないでしょうか。


有明海…昨日のブログといい今日といい、ちょっと他の海では見ることが出来ないような不思議な光景にお目にかかれました。
大阪で生まれ育ったワタクシには、とてもとても興味深い光景でした
ぜひとももう一度、訪ねてみたい場所ですね。

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


大晦日の一日はあっという間に過ぎ去ってしまい、この後私達は家人の実家に戻りました。
年越しそばを食べ、紅白歌合戦を見てお酒を飲む…当たり前の年越しが、とても楽しく思えました。
それにしても紅白歌合戦でAKB48の大島某って女の子が、脱退宣言したのはいただけなかったなぁ。
(何で「脱退」なのに「卒業」って言うんでしょうね
?)



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干潟に魅せられて-熊本県宇土市:御輿来海岸

2014年01月24日 | 熊本
Okoshiki Beach, Uto City, Kumamoto Pref.

さてさて、天草を出て熊本市の方に向かって行く途中、熊本県宇土市を車で走っていると北側に有明海が広がっています。
有明海は干満の差が日本一で、潮が引くと有明海の沿岸には美しい干潟が見られるんですよね
宇土市には御輿来海岸(おこしきかいがん)という海岸があり、ここには見事な干潟が広がっていました。
ワタクシ、何度か道路わきに車を停めて、美しい干潟の姿に見入ってしまいました


関西に住むワタクシにとって、干潟というのは非常になじみ深い存在です。
関西では兵庫県姫路市の網干あたりで見られるくらいで、大規模な干潟はほとんどありません。
そんなワタクシですから、この光景には目を奪われたんですよ


知識としては有明海の浅さというのは頭の中にあります。しかし実際にこうして眺めてみると、ビックリします。
自分の頭の中にある海という概念は、沖合10mも行けば背が立たない深さになるものだという認識です。
しかししかし、この写真の中央の奥の方に4人くらいのグループがいるのがわかるでしょうか?
何をしているのかわかりませんが、彼らにとって「海は遠くまで浅いものだ」という感覚なんでしょうね


御輿来海岸というユニークな地名は、4世紀の中頃に第12代景行天皇が九州遠征の際、干潟模様の美しさに見とれ、
しばしば御輿(みこし)を止めたいわれ、それから「御輿来」と呼ぶようになったといわれているそうです。
ずいぶんと歴史のある地名ですね


日本全国の干潟のうち、約40%がこの有明海に集中しているそうです。
ここ御輿来海岸は1月~4月頃は、夕暮れ時になると干潟が夕日に染まるのでとても美しい光景になると聞きました。


この日は雲が多かったので見えなかったのですが、晴れていれば対岸の長崎県にある雲仙も手に取るように見えるとか。
うーん、いつかは夕日に輝くこの海岸を見てみたい。カメラに収めてみたいなぁ。
ということは、また来ないとダメなんですがね


沖合に数えきれないほどの柱のようなものが見えますが、あれは養殖海苔の支柱ですね
有明海の海苔の養殖の仕方は支柱に網を張り海苔を育てる支柱作です。
網は干満の差により、海中に浸かっている時間と海の上に露出している時間の2つの時間を経過することになります。


潮が満ちているときは海の中で栄養を蓄え、潮が引いて日干しにされると、太陽の光を浴びてしっかりと旨味を閉じ込めるそうです。
これは、ずっと海に浸かりっぱなしでつくる他の海苔漁場とは違い、有明海の漁場独特の養殖方法なんですよ。
調べてみると、いろんなことがわかるものですね


有明海じゃなかったら、写真に写っている船は陸地に乗り上げたのかと思ってしまいます
でも、ここでは潮が満ちてくるとあの船は海に浮かぶことになるのでしょう。

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


有明海…私はこれまで佐賀県や長崎県で有明海を眺めたことがありました。
でも同じ有明海でも、対岸の熊本県ではまた表情が違うことがわかりました。
これだから旅は楽しい。これだからいろんな場所に行きたくなるんですよねぇ



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海の天主堂-熊本県天草市:崎津天主堂

2014年01月23日 | 熊本
Sakitsu Church, Amakusa City, Kumamoto Pref.

さてさて、熊本県天草市の崎津へやって来て、崎津天主堂を訪れたワタクシ達でありますが
昨日のブログにも書きましたように「510段の階段をチャッチャッチャ」っと登って行けば展望公園があると聞きました。
そうなると登らないワタクシではありません。家人はパスしましたが、ワタクシはチャッチャッチャっと登りました


崎津の集落、穏やかな羊角湾、そして崎津天主堂が手に取るように見ることが出来ました


崎津天主堂は「海の天主堂」とも呼ばれるそうです。その別名がふさわしいことがよくわかる光景です。


そうそう、ワタクシ今回の旅行ではFUJIFILM X-E1を持ってきているのでありますが
昨年末、ボーナスでもらったお小遣いでワタクシ、思い切って55-200mmの望遠レンズを購入いたしました
ワタクシはあまり望遠レンズを使わないのですが、こういう時は望遠レンズが役に立ちますね


あまり家人を待たすわけにもいきませんので、ワタクシ、階段をチャッチャッチャと下って行きました。
すると神社の鳥居と天主堂が重なって見えたんですよ。なんとも不思議な光景ですよね。

ところでところで、大江天主堂や崎津天主堂のことをこのブログに書くときに、何度か「島原・天草一揆」という言葉を使いました。
島原・天草一揆(島原の乱という言い方もあります)という言葉は誰もが知っていると思いますが、この反乱はけっこう誤解されているんですよ
というのは、島原・天草一揆を「過酷な迫害に耐えかねたキリシタンの反乱」と思っている人が多いんですよ。
もちろん島原・天草一揆にはそういう側面もありますが、それ以上に「不当な年貢取立てに対する農民の反乱」という側面が強いんです。
つまりこの一揆は農民の反乱とキリシタンの反乱が結びついた大規模な一揆なんですね。
どうも地理や歴史の好きなワタクシは、講釈が多くなってしまいます


狭い入り江をぐるりと回って、対岸から崎津天主堂を眺めてみました。
ちなみに天主堂の左上の方、山の上に十字架の形をしたモニュメントが見えると思います。
あそこがチャッチャッチャっと登って行った展望公園なんです。


苦しめられ続けた農民とキリシタン…江戸時代の天草は迫害と受難の歴史だったのでしょうね。
今は穏やかなこの光景を眺めていると、ふと目頭が熱くなるワタクシでありました


陸地に深く入り組んだ羊角湾は波静かで、魚の養殖もさかんなようでした。
また来る機会があるかどうかわかりませんが、この光景を目に焼き付けておきたいと思うワタクシでした。


ちょっと小腹が空いてきたのですが、宿泊した「湯の郷くれよん」を出発するときに
「天草は飲食店があまりないので、ちょっとお腹が空いたときに食べてくださいね」とおにぎりを持たせてくれたんですよ
こういう心配りが嬉しいですねぇ

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


この日は12月31日の大晦日。考えてみると、ここのところ年末年始を自宅で過ごしていないんですよ。
去年は伊豆、一昨年は大分、その前はタイ、さらにその前はマカオ、さらにさらにその前は台湾、
さらにさらにさらにその前も台湾、さらにさらにさらにさらにその前はメキシコという有り様です。
正月を我が家でのんびり過ごす…私にはこれからもしばらくは無縁の言葉になりそうです



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信仰深き漁港へ-熊本県天草市:崎津天主堂

2014年01月22日 | 熊本
Sakitsu Church, Amakusa City, Kumamoto Pref.

さてさて、熊本県天草市を訪れ、大江天主堂がある大江の集落から車で15分ほど南へ向かうと崎津という集落に到着いたしました。
崎津は羊角湾というリアス式の入り江の奥にある天然の良港で、漁港らしい佇まいがワタクシの好みでありました。
ワタクシ、ここのところ漁港の風景に惹かれておりまして、この崎津の風景もワタクシ的にはストライクです


狭い路地にひしめき合うように民家が立ち並んでいます。リアス式海岸である羊角湾ですから目の前は海、背後には山という地形です。
平地が少ないので、狭い平坦な土地に民家が集まるのは日本各地の漁港でよく見られる光景です


漁港を歩くと独特の匂いがします。海から漂う潮の香り。軒先に干された干物の匂い。漁船のガソリンの匂い。
そんなものが入り混じった独特な匂いが漁港には漂ってるんですよねぇ。


この日は12月31日ですので、もう漁港の方は出航する船も無く、静かな佇まいなのかなぁと思って海の方に向かいました。


仕事納めなのでしょうか。まだ港を行き来する漁船がありました


穏やかな羊角湾…この長閑な風景が、かつては血塗られた時代があったとは嘘のような気がします

崎津には永禄12年(1569)ルイス・デ・アルメイダが訪ね、キリスト教の布教活動を行いました。
それ以後、天草においてはここ崎津がキリスト教布教の中心地でありました。
1637年の島原・天草一揆の後1638年に禁教令が実施されてから崎津では特に激しい迫害が行われました
キリスト教徒は、隠れキリシタンとなり、ひそかに真夜中に一緒に集まって礼拝し、祈りをささげていました。
1872年(明治5年)に、禁教令は廃止され、二世紀半の間隠れて守り抜いた先祖代々の信仰を公に行うことのできる新しい時代が訪れたのですね。


禁教令が解かれ、キリスト教の信仰が認められると崎津の集落に崎津天主堂が立てられました。
この建物こそがキリスト教弾圧から逃れた隠れキリシタンの最高の喜びだったと思うと胸が熱くなる気がします。
しかもこの天主堂は、かつての庄屋があった場所に建てられたのです。
ということは、絵踏みが行われたり、拷問が行われた場所の上にこの天主堂があるわけですよね


現在の天主堂は1935年(昭和10年)に建て替えられたもので、今も崎津集落の400名のキリスト教信者の祈りの場です。
ワタクシは天主堂の中に入りましたが、なんだか身の引き締まる気がしました。
(天主堂の中は一切撮影が禁止されていますので、写真はありません)


集落のはずれに神社がありました。翌日は元日ですから、正月の準備も万端です
神社の前に「展望公園はこちら」という看板があったので、神社の前にあったお店のオッチャンに
「すみません、展望公園ってこの神社の奥を登って行くんですか?」と尋ねると
「そうですよ。階段を510段ほどチャッチャッチャっと登って行ったら着きますわ」と返事が返ってきました。
そうかぁ…510段ほどチャッチャッチャと登るとしましょうか

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


前日のブログに載せた大江天主堂は、大江の集落を見下ろす高台に聳えておりました。
一方、崎津天主堂は崎津の集落の中に溶け込むように、民家に囲まれるように建っていました。
好みの問題なのですが、私はこの崎津天主堂の佇まいが、なんとも愛おしく、また凛々しく思えたのです



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隠れキリシタンの地-熊本県天草市:大江天主堂

2014年01月21日 | 熊本
Oue Church, Amakusa City, Kumamoto Pref.

さてさて、熊本県天草市の下田温泉にある「湯の郷くれよん」で楽しい一夜を過ごしたワタクシ達でありますが
お宿で宿泊すると最後に大きな楽しみがあるんですよね。もちろん朝食です

最近の宿は朝食をブッフェ形式(バイキング形式)にしているところも多いのですが、ワタクシはブッフェ形式があまり好きではありません。
同じ時間にドッと宿泊客が食堂に行くと並ばなくてはならないし、どうも気ぜわしい気がするんですよね


ここ「湯の郷くれよん」の朝食はブッフェ形式ではありません。ワタクシ達はゆっくりと朝食をいただきました


このお豆腐が美味しかったんですよねぇ。大豆の味が濃厚で、実に味わい深いお豆腐でありました。


普段は朝食なんて10分程度で食べてしまいます。ゆっくりいただく朝食は、なんとも贅沢な気持ちになるんですよ。
最後まで本当に素敵なお宿でした。出発の時も宿の方が皆さん見送りに来てくださり、「また行きたいね」という気持ちになりました。

ではでは、今日は天草を回ってみるとしましょうかねぇ

熊本県の南西部に位置する天草下島は、16世紀中期にキリスト教伝来以来、キリシタン大名の小西行長によってキリスト教が広められました。
しかしながらキリスト教が禁止されると厳しい迫害と弾圧が繰り広げられました。
にもかかわらず、この地のキリシタン達は信仰の炎を絶やすことなく、明治時代に至るまで信仰を続けたのですね。


天草市の大江という集落の小高い丘の上に大江天主堂が聳えています。
大江は、島原・天草一揆で全滅したと思われていたキリシタンが160年余りを経て数多く発見された隠れキリシタンの里です。


大江天主堂は、明治時代になってキリシタン解禁後に天草への伝道に生涯をささげたフランス人宣教師ガルニエ神父が私財を投じて建設した天主堂です。
青空に聳える白亜の天主堂は、昭和8年に完成したそうです


島原・天草一揆から約160年。キリシタン達は役人の目を逃れ、信仰を続けてきたのですね
命を懸けて信仰を守る…ワタクシのような人間には到底理解できない思いです。


今ではこの大江天主堂は、静かな大江の集落の佇まいに溶け込み、なんの違和感も無いことが時代の流れを感じさせてくれますね。


ではでは、天草の地をもう少し巡ってみるとしましょうか

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


キリシタンへの迫害、弾圧の記録を見ると目を背けたくなるような記述がたくさん書かれてあります。
よくぞここまでの常軌を逸したような拷問、殺戮が出来たのかと背筋が寒くなる気がします。
人間の心の中には、誰もがそのような「狂気」を内包しているのかと思うと恐ろしくなります



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