日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (31)

2022年12月29日 04時13分33秒 | Weblog

 美代子は、大助を母屋の中央にある2階の十二畳の広い座敷に案内すると、広いテーブルの上に大きい地図を広げて、お菓子を食べながら、現在地と大助の住む東京の地図に赤ペンで印しを書き込み、互いに近隣の模様を楽しそうにお喋りしてていた。

 大助は、煌びやかな大きい仏壇と、床の間に飾ってある鎧兜や日本刀、西郷隆盛の銘のある掛け軸、それに、部屋の真ん中に敷かれた豪華な緑色の絨毯や唐草模様が漆塗りされた立派なテーブルに気を奪われて、田舎の旧家の素晴らしさに美代子の話も半ばうわの空で相手していた。 
 美代子は、そんな大助の気持ちにお構いなく、彼の隣に寄り添う様に足を崩して座り直すと、7月の県下中学校の水泳大会で3位に入賞したことを話し始めたので、彼は彼女の差し出した腕を見て
 「道理で、良く陽に焼けているわ」
と、彼女の腕をソット擦って言うと、彼女は
 「大助君の顔や腕も、こんがりと陽に焼けて逞しいヮ」「野球の練習で先輩からしごかれているの?」
と、彼の腕を平気な顔をして掴んで
 「やっぱり、オトコノコは筋肉が引き締まってて堅いのネ」
と何度も彼の腕をさすていた。
 それが、文通をはじめ深い交際もなく1年振りに逢った、若い二人の男女とは思えない自然の仕草で・・。

 老医師は、大助のことが気になりながらも、何時もより多い患者の診察に少しイラツキ気味で診察室を出ると、受付の朋子さんに疲れた表情でカルテの束を投げ出して
 「何時もの薬なので、キャサリンと節子さんに頼んで処方して貰いなさい」
 「ワシは疲れたので部屋で休むから」
と言ったあと、朋子さんから美代子と大助のことを聞くとニヤット笑い
 「アッ そうだったなぁ。予定より早かったなぁ」
と呟きながら途端に表情を崩して
 「どの部屋にいるんだい」
と聞き、彼女が
 「美代子さんが、二階に案内しましたゎ」
と教えると
 「キャサリンに離れの2階に来るようにと言ってくれ」
と指示して、白衣を脱いで大急ぎで階段を上がって行った。

 この部屋は、美代子達のいる部屋と中庭の池と老松の大木を挟んで向かい合った離れにあり、眼下に小川が流れていて、木陰から瀬音が静かに聞こえてくる、老医師が好んで使用する和室である。
 キャサリンが部屋に顔を出すと、大助が訪ねてきた理由を一通り聞いたあと、望遠鏡を持ってくるように言いつけ、やがてキャサリンが止めるのも聞かずに、窓の硝子戸と障子戸を少しあけて、美代子達の開け放された部屋から賑やかに聞こえてくる声に誘われる様に覗きはじめた。
 最初のうちは黙って覗きこんでいたが、そのうちに、自分も童心に返ったのか、隣で心配しているキャサリンに、滅多に見られない可愛い孫娘の遊び興じる姿を、まるで実況放送をする様に彼女に逐一聞かせるかのようにブツブツと喋り始め
  「キャサリン、あんたが男の子を生んでいれば、毎日、こんな愉快な孫達を見ていれらるだよなぁ」 
  「ワシは男の孫も欲しかったが、まぁ、無い物ねだりか」「君と正雄も罪だよなぁ」
  「あの大助君は、素直で、去年見たより随分成長し、ワシの孫みたいに可愛いわ」
  「美代子も、彼とは相性が合い、二人でいるとまるで人間が変わった様に朗らかになり、今晩からは、また、美代子のヤツ威張りよって五月蝿くなるなぁ」
  「普段、なんやかんやと友達にいじめられているので、その鬱憤をはらす気持ちもよぅ判るゎ」
と、キャサリンに愚痴っているのか、心の中を思うままに独り言を喋っているのかブツブツ言っていたが、そのうちに素っ頓狂な声で
  「オヤオヤッ! わしの宝物である尺八を、二人で交互に吹いているが、音が出ないためか諦めて畳に放り出して、今度は、テーブルを囲んで盆踊りをはじめよったわ」
  「アッ! 美代子がワンピースをたくし上げて、大助君にステップを教えているらしいが、二人が手を合わせて楽しそうにはしゃいでいるわ」
  「アララッ 美代子が太腿にくっきりとわかる、海水着との境の陽に焼けた部分を見せて自慢そうに笑っているわ」 
  「ホンマニ あのこは無邪気で恥ずかしくないのかなぁ~」  
  「イヤイヤッ わし等のころと違い、男女の間の厚い壁がとり払われて、これでイインジャナ。 わし等とは時代が違うんだ」  
  「キャサリンは、どう思うかネ」 
  「あんた達も若いころ、あの二人達の様に、無邪気にはしゃいでいたのかネ」
  「でも、腿まで見せなかったろうネ」  
等と盛んに呟いていたが、老松が視界を邪魔するのか自慢の老松にまでケチをつけて、時々、文句を言いつつも、満足しているらしく何時になく御機嫌であった。
 そんな話を聞いていてキャサリンは、時折、顔を赤らめていたが、老医師が覗き見しながら
 「大助君にお土産を用意してあるのか?」
と聞いたので、彼女は済まなそうに咄嗟のことで用意していない旨答えると、老医師は急に機嫌を壊して
 「君は、まだ、田舎の風習を理解していないんだなぁ。普段、節子さんからよく聞いておくんがなぁ」
 「お客様を招待したときは、例え少しのもでも地元の名物を用意して差し上げるのが礼儀だよ」
 「せがれも、君もわかっていないんだなぁ~」「正雄に電話して帰りに用意して来いと言いなさい」
と、小言を言ってキャサリンを困らせていた。

 美代子達二人は、離れの座敷から覗かれていることなど知るはずもなく、遊び疲れて再びテーブルに並んで座ると、美代子は大助を見つめて、青い瞳を潤ませて助けを請うように
  「ネェ~ 大助君、わたし、学校では、時々、男子生徒から面白半分に、青い目のオンナノコは下の毛も金色か?。なんて、つまらぬことを言われて、からかわれたことが度々あったが、そんなこと先生にも両親にも相談できず、帰宅後、自分の部屋で悔しくて何度も泣いたゎ」
  「大助君は、そんなことに興味がある?」
と、しんみりと悲しげな表情をして聞くので、大助は
  「僕、そんなこと、今、初めて聞いたよ」
  「世界中には色々な人達が住んでおり、皆、それぞれの先祖の血を受け継いでいるので、そんなことは遺伝で当たり前のことで、何も気にすることはないと思うがなぁ~」
  「第一、現在では国際結婚も珍しくなく、都会では若い人達の中にも、わざわざ金髪に染めている人も沢山いるよ」
  「僕のクラスにもアメリカ人がいるが、そんなこと話題にもならないなぁ~」
と答えてやると、彼女は元気を取り戻し
  「やっぱり、都会に住んでいる人達は心が広いのネ」
  「わたし、去年の夏、川で水泳中に足を滑らせて転びそうになったとき、君に抱きかかえられ助けられたとき、君は何も不思議がらずに平気な顔をしていたのが、今でも強く印象に残っているヮ」
  「あのときは、物心ついてから初めて肌色で差別されなく自然な姿で接してくれた君に凄く感激し、とっても嬉しかったゎ」
  「それ以来、いじめられて悔しいとき、時々、あの時のことを想い出すことがあり、君が近くにいたらなぁ~」
と言いつつ、俯きながら彼の右手の指を一本一本数える様に順にいじっていた。

 老医師は、キャサリンに対し
 「オヤオヤ? 二人ともなんだか急にしんみりとして、顔を近寄せて話し合っている様だが、なにか難問でもおきたのかな?」
 「一寸、心配だなぁ~」
 「あんた、大助君が機嫌を壊して健太郎君の家に帰ってしまうと、ワシも寂しいので部屋に行って見て来なさい」
と、慌てた様に言うと、キャサリンは
 「大丈夫ですよ」「若い人達は色々な思いがあるので、好きな様に遊ばせておきなさいよ」
と答えていたが、老医師までもが深刻な顔つきになって肩を落とし望遠鏡を放り出して、障子戸をそっと閉めてしまった。


 

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河のほとりで (30)

2022年12月25日 11時07分45秒 | Weblog

 中学2年生の美代子の家庭は、祖父が軍医上がりの、村に古くからある診療所である。
 彼女の父正雄は、父が南の外地インドネシアで終戦を迎えたとき、その外科技術をイギリスの軍医に見込まれてイギリスに渡り、ロンドン大学病院で外科学を助手として研修や私生活を助けてくれた、イギリスの婦人グレンと結婚して生まれた一人息子だが、戦後、一家で帰国して日本で医学を学び、現在、大学病院に外科医として勤務している。 
 一方、母親のキャサリンは、診療所の老医師の妻グレンの姪で、イギリスの大学で薬学を勉強中に恋人が空軍士官としてイラクに派遣され戦死したが、その時、すでに恋人の胤を宿していて悲嘆にくれていたのを、老医師が妻グレン姉妹と相談して、生活環境を変えることが精神的に大事であると考え、日本に帰国する際同伴して来て、やがて生まれる子供は自分達が育てることにし、結果、生まれた美代子をグレンが医師の経験を生かして育てた。
 キャサリンは、やがて同じ屋根の下に暮らす必然性から長男正雄と結ばれた。
 義父が老齢となり診療が困難になったため、2年前から新潟市から美代子と共に夫の正雄に連れ添い村に移住して診療所の薬剤師として、雪深い村で慣れない生活に苦闘しながらも、家族を懸命に支えて暮らしている。
 最近では、正雄の強い要望で診療所に招いた看護師長の節子さんが、唯一心おきなく話せる友人で、年令的にも近く姉妹の様に交際し頼りにしている。
 夫の正雄は、週1回診療所で老医師と共に診察しているが、大学病院に勤めている間は、大学から随時派遣されてくる医師と共に老医師は問診中心に診療を続けていた。

 理恵子の母、節子は健太郎の教え子で年齢差はあるが、健太郎が秋田に勤務中に彼女の生家で下宿していたときからの思慕の念を貫いて、やがて、彼女の高校の先輩であった理恵子の亡母秋子が世話をして、健太郎と結婚したのを機に、東京での看護師生活に終止符を打ち、帰郷して大学病院に勤めていたが、結腸癌を手術後の夫の健太郎の健康状態が心配になり、また、或る同僚医師との交際が同僚間でありもしない噂になったのが嫌になり、大学病院を退職して家庭に入ったが、診療所を拡充したこともあり、夫と親交のある老医師や元の上司である美代子の父親正雄に嘱望されて、診療所の十数名の看護師のまとめ役として勤務する様になった。 
 彼女は出産経験がないためか、実年齢より若く見え、肌が白くて細身でもあり、性格的に静かで温和な印象を周囲の人達に与えるため、出身地の秋田になぞらえて、典型的な秋田美人として近隣や勤め先で評判が良い。 
 大学病院時代に、理恵子の亡母を看取ったところから、亡き秋子先輩の遺言により理恵子を健太郎と共に養女として迎え、深い愛情の中にも厳しい躾をもして、理恵子が亡母のあとを継いで美容師になり、亡母が残した美容院を継ぐことを、誰よりも楽しみにしている。
  (大助と美代子をとりまく人間模様は前編「蒼い影」参照)

 

 物語は戻るが・・
 
 大助は、1年振りに訪れた理恵子の故郷である田舎町の駅頭で、思いもかけず迎えられた美代子に無理矢理車に乗せられると、母親のキャサリンが運転する車で川沿いに曲がりくねった道を進みながら、濃い緑色に染まった山々に時折見える白樺の美しい並木や、ゆったりと流れる濃紺の川に掛かる赤い鉄橋を何度も繰り返して渡りながら診療所に向かったが、途中、母親のキャサリンが美代子に対し
 「美代子、あんたお爺さんに似て、そんなに男の子みたいな話し方をしないでょ。お母さん、恥ずかしくなってしまうヮ」
 「大助君、気に留めないで下さいネ」
と話すと、彼女は
 「お母さん、隔世遺伝でしようがないでしょう~」「学校では普通のことょ」
と反論していたが、確かに美代子は大助の目から見ても、自分の知る範囲のオンナノコに比べて勝気で少し我儘に思え、東北訛りが混じった明るく屈託のない話しぶりには違和感を感じず、むしろ昨年河で泳いだり盆踊りで遊んだ印象から親近感を覚えていた。

 大助は、白壁の診療所前で美代子に促されて下車すると、広い庭に植えられた松やサルスベリと林檎と銀杏などの樹木を取り囲む様に、雪国らしく椿やさつきが綺麗に手入れされた生垣の中央に敷き詰められた石畳を、美代子に導かれて懐かしい思いで見回しながら歩んだが、彼女は診療所脇の母屋の玄関から入らずにずに、わざと診療所の入り口から大助を連れて入ると、見え覚えのある受付の若い看護師の朋子さんから悪戯っぽく
 「患者さんは、何処の具合が悪いのですか?」
と笑いながら声をかけられると、朋子さんの冗談に乗せられ美代子の茶目っ気な仕草に誘われて、普段の陽気な彼に戻り、笑みを返しながら右手の人差し指を頭に当てると、朋子さんは
 「アノゥ~ うちでは脳神経科はありませんが・・」
と、二人の関係を薄々知っているので、わざと冗談でからかう様に答えていると、その会話を聞きつけた老医師が診察室から飛び出してきて、満面に笑みを浮かべて両手を広げ、大きな声で
 「やぁ~ 暑いさなかよく来てくれた。 君が訪ねて来るのを楽しみに待っていたんだ」
 「患者の手当てを終えると直ぐ行くから、冷たいお茶でも飲んで休んでいてくれ」
と話しかけられたが、美代子は、そんな祖父の話を無視する様に
 「ハイッ! 患者さん、2階の診察室に行きましょうネ」
と、病院の娘らしく見様見真似で覚えた口調で、大助の手をとり階段を上がり始めた。 
 こんなやり取りを見ていた待合室のお年寄りの患者さん達も、普段見られない若い二人の余りにも愉快な即興劇に声を出して笑いだしてしまった。

 美代子は、2階の自室に大助を案内すると、大助は窓際の椅子に腰掛て、稲田を渡って吹き渡ってくる涼風を気持ちよく肌に感じながら、久し振りに見る飯豊連峰の峰に掛かる白雲をみていたが、時折、部屋を見渡すと、成る程、裕福な暮らしをしているらしく、立派な家具や調度品が並べらているが、カーテン越に見えるベットには寝巻き類が雑然と放りなげられて、机の上も図書や文房具で雑然としていたが、冷たい紅茶を運んできた彼女が
  「大助君、ベットの方は見ない様にしていてネ」「わたし、これから涼しいワンピースに着替えるので」
  「大助君も、シャツを脱ぎランニグだけになさいョ」
  「切角の機会ですもの、遠慮しないで快適な気分で過ごしましょうょ。 ネッ!」
と、彼の目を気にすることもなく、さっさと着替えをはじめてしまった。

 彼女が着替えを終えたころ、母親が
 「美代子、お座敷に飲み物やお菓子を用意したヮ」
と言って彼女の部屋に顔をだすと
 「アラッ イヤダッ!」「こんな乱雑なお部屋にお客様を案内して・・」
 「美代子も、少しは母さんの気持ちを考えてョ」
と小言を言ったが、大助は
 「小母さん、この部屋は美しい山並や野原の景色が眺められ、コンクリートで固められた都会では味あえない気分で、それに涼しい風も流れて、まるで猛暑なんて別の世界みたいで、僕、ここで結講ですよ」
と、見たまま感じたままを正直に答えたら、美代子は大助に
  「お母さんの言うことを聞かないと、母さんとわたしが、五月蝿いお爺さんに叱られるので、座敷に行きましょ」
  「君のことを誰よりも気にしている、お爺さんに機嫌を損なわれたら、お祭りのお小遣いにも影響するので・・」
と言って、大助を家の中ほどにある綺麗に整理された広い和室に連れていった。

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河のほとりで (29)

2022年12月20日 04時30分53秒 | Weblog

 例年になく全国的に酷暑が続く夏休み。 
 昨晩から旅行の準備に余念のなかった大助は、翌朝、母親の孝子や姉の珠子から出発に当たって、旅先での注意を細々と言い聞かされ、何時ものこととはいえ、ここが我慢のしどころと馬の耳に念仏で心は旅先に思いをはせて、正座した足の痺れを我慢しながらも俯いて神妙に聞き、その都度、頭をコクリと垂れて頷いて返事をしていた。
 小言にも似た 話が終わるやヤレヤレといった表情で立ち上がると、少し沈んだ思いでリュックを背負い玄関を出た途端タマコちゃんが見送りに来ていて、大助の表情を見て「ゲンキガ ナイミタイネ ムリシテ ユクコトナイワ 」と彼女も冴えない顔つきで言ったので、彼は「そうか いま母さんと姉貴に文句を言われ気分が重いわ。お前しか心配してくれる人がいなくてチョット寂しいよ」と答えバイバイしながら、理恵子と珠子に連れられて東京駅に向かった。

 理恵子の家は、新幹線の新潟駅で急行列車に乗り換えて約1時間位かかる県北の都市から、更にバスで30分位離れた、山形との県境に近いところにある、飯豊山麓に囲まれた村である。
  近隣の村が合併したため名称は町でも純農村地帯で、その中心部から少し離れた周囲に田畑と杉の木立に囲まれた家々がまばらに散在する集落が集合した町である。
  稲穂が出揃った棚田越しに駅が眺望出来る丘陵の中ほどに、商店街や市役所と中・高校等があるが、後の三方は雄大な山脈に囲まれ、町の中央を縫うように豊かな水量をたたえた川が流れている静かな町である。

 新幹線に乗車後、40分位して高崎駅に停車するや、大助は珠子の腿を叩いて
 「あの達磨弁当たべたいなぁ~」
と小声で言ったら、彼女は
 「なに言ってるのョ」「その様な我侭を言わない約束だったでしょう!」
と、あっけなく断られると、彼は
 「チエッ そんな、よそ行きの冷たい顔をして・・」
と、つまらなそうな返事をすると、理恵子が
 「これで良かったら食べなさい」
と用意してきた海苔巻きや卵焼きなどの惣菜をだして、珠子に
 「中学生時代は時間に関係なく環境次第で食べたくなるものョ」
と了解を求めていたが、大助は海苔巻きをほおばりながら長いトンネルを抜けた車窓から移り行く緑一色の田園の越後平野や遠くに霞む八海山を中心とする越後山脈の景観に目を奪われていた。
 彼女達は、互いの恋愛観やこの先の進学や就職の話題に花を咲かせて、途中の経過駅にも気ずかずにいたが、新潟駅で羽越線に乗り換えバスに揺られて、漸く県北の駅に降り立つと、理恵子は途端に目に映る駅前の家並みや、紺碧な空のもと遠くに聳える飯豊山を見て、郷愁が胸にこみ上げてきた。

 理恵子を先頭に改札口に出ると、父の健太郎が車で迎えに来ていたが、珠子と大助が丁寧に挨拶したあと、理恵子が
 「お母さんは?」
と聞くと、健太郎が
 「母さんは、今月から、村の診療所に勤めているが、今日は早く帰ると言っていたよ」
と答えると、理恵子が
 「アラッ そうなの」「わたし、ちっとも知らなかったヮ」
と、やや不満そうに返事した。
 

 珠子は、理恵子に寄り添い黙って親子の会話を聞いていたが、後ろにただずんでいた大助が突然「アッ!」と声をあげたので彼女が振り向くと、大助は後ろからシャツの袖をいきなり引っ張られた途端に急に離れ、少し離れたところで彼を見つめていた、金髪の母の背に隠れて大助を見つめているいる姿が目にとまった。
 理恵子が大助の声で気付き珠子に耳うちする様に説明すると、珠子は「マサカァ~」と小声を出し、大助が数日前の深夜に母親の孝子に戯言の様に言っていたことが現実となって目の前に現れビックリし絶句してしまった。
 珠子は、突然のことに心を奪われ母娘を見ていたが、直ぐに昨年の夏に大助が河で彼女と戯れていることを想いだし、それにしても、ひと夏を越しただけで、彼女の表情がキリット引き締まり容姿も大助の言うとおりグラビア.アイドル以上にスレンダーで美しく、チョッピリ嫉妬を覚えるほど成長しているのにビックリしつつも、母親の背に隠れる様子を見て、やはり中学生の娘さんだなぁ。と、幼さを残した様子がすごく可愛く思えた。
 

 健太郎は、恐縮している母親のキャサリンと娘の美代子を前にして、理恵子達に
 昨日、節子からお前達が帰郷すると聞かされたことで、祖父の老医師と孫の美代子がにわかに元気を出して騒ぎだし、老医師はキャサリンに診療所の仕事は看護師に任せて駅に迎えに行け。と、例の命令調に言い出し、一緒に来たんだよ。勿論、節子も老医師の思いを充分承知しているので賛成し喜んで納得していたよ。と、節子の勤める診療所の田崎家の模様を、にこやかに笑って説明していた。
 健太郎の話が終わると、キャサリンは誰に言うともなく、お爺さんは昨年お逢いしたとゆうだけなのに大助君をことのほか気に入り、美代子と同じ気持ちになってはしゃいでいるんですよ。と、口に手を宛てて恥ずかしそうに話した。

 健太郎たちの話が終わるや機会を待ちかねていた様に美代子が大助の傍らに近寄り、ブルーの目を輝かせて、小さい声で
 「ダイスケクン コンニチヮ」
と恥ずかしそうに言ったあと続けて、周囲を気にしながら
  「わたし、きのうの夜から首を長くして待っていたのヨゥ~」 
  「チカクニイル ワタシニ キズカナカッタノ」 「ソレトモ ハズカシクテ ワザト シランフリ シテイタノ」
と笑顔で言葉をかけられ、彼も予想もしていなかったことに吃驚して言葉も出ず、それに姉の珠子の手前もあり、ただ、笑ってお辞儀をしていた。 

 美代子は、涼しそうな水色のワンピース姿で、大助と同じくらい背が高く、少し銀色の混じった金髪を肩まで流れるように伸ばし、痩身だが少し陽に焼けている肌色が健康美そのものの娘である。
 彼女は雰囲気に戸惑っている大助に積極的に腕を伸ばして大助と握手し、傍らにいる金髪で彫りの深い顔をした細身の母親のキャサリンに、大助の手を無理やり導いて握手させ挨拶させていた。
 大助は、彼女の母親であるキャサリンとは、昨年の夏にも顔を合わせているが、言葉を交わしたことも無く、互いに見覚えがあり親しみを感じて笑って握手して頭をたれた。
 彼女の母親キャサリンは、義父である日本人の老医師に伴われて英国から日本に来て10数年位たつが、如何にも外国の婦人らしく、大助と握手するときも膝を軽く曲げて腰を落とし、にこやかに笑みをたたえて心から大助を歓迎してくれていることが、その姿から彼にも容易に判り、彼の心を幾分和ませてくれた。

 予期しない突然の出来事に珠子は驚いていたが、理恵子は笑いながら大助と美代子の二人を見つめていたところ、健太郎が理恵子と珠子の二人に対し
 母親の節子は、以前大学病院で一緒に仕事をしていた先生が、祖父の経営する診療所の医師になり、気心の知れた先生に請われて勤めるようになり、今日の出迎えも老医師の勧めで駅に来られたんだ。 
 土地の風習もあり、娘さんの美代子さんも、学校では女生徒には打ち解けて仲間になっているが、男子生徒とは、お互いに心の中に越えられない壁があり、親しい友達も出来ない様なので、昨年の夏、一緒に川で遊んで、そんなことを全く気にしない大助君とは気が合う様なので、わたし達も喜んで承知したんだ。 
 やはり、地方ではまだまだ、外国の人達はなかか都会の様には馴染めないところがあり、美代子さんも、中学卒業後は東京のミッション系のスクールに進学するらしい。
と、簡単に説明していた。
 理恵子の紹介で珠子が大助の姉であることを美代子の母親に説明すると、彼女は、一層、大助に親近感が沸いたらしく、珠子に何度もお辞儀をして「仲良しにしてくださいね」と、流暢な日本語で愛想よく頼んでいた。
 理恵子は、珠子に対し
 「何処の国の人でも、子を思う母親の気持ちは同じなのネ」
と話しかけ、珠子もやっと事情を納得して少し安堵し微笑をもらした。

 大助は、何時も自宅でタマコを相手に適当に遊んでいるのとは勝手が違い、彼にしては緊張気味で口数もすくなかったが、珠子が
 「大ちゃん、そんなに堅くならずに遊んでいただきなさい」
と話すと、やっと緊張がほぐれたのか、彼らしい調子を取り戻して、美代子さんに
  「いやぁ~ 君のことは家族にもチョコット御伽噺風に話しておいたが、まさか今日駅で迎えてくれるとは全然考えてもいなかったので、失礼してごめんなさいネ」
と言って笑いながら、今度は大助の方から握手を求めると、彼女も優しい笑顔ではにかみながら、両手で大助の手を握り
  「いいのョ、わたし、今日とゆう日を、本当に楽しみにしていたのョ」 
  「これから、わたしの家に一緒に来てネ」
  「帰りは、理恵子さんのお母さんと一緒に帰えられればいいヮ」 「理恵子さんのお母さんも、ご承知してくださっているんことなので、心配することはないゎ」
と、言いながら母親の運転する車に彼の背中を押して無理矢理乗せてしまった。
 キャサリンは、健太郎や彼女等に対し、老医師も美代子以上に大助を心待ちしていることを告げて了解を得ると
  「美代子が勝手なことを言って済みませんが、少しの間、彼をお預かりさせて下い」
と、恐縮して会釈していた。
  

 

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河のほとりで (28)

2022年12月17日 04時00分59秒 | Weblog

 大助が、部活の野球の練習をしているとき、担任の先生が家庭訪問に訪れ、母親が勤務で留守のため珠子が代わって懇談した。 
 担任の教師は、彼はクラスでも男女や学年の区別なく、柔らかい人当たりから人気者で、生徒間のコミニュケーションも上手くとり、部活も熱心で特に指摘することはないが、来年は高校入試もあり、もう少し英語と数学の予習をする様にと言って帰られた。
 
 その日の夕方、大助は野球の練習に疲れて帰って来ると、シャワーで汗を流そうと風呂場に一目算に勢い良く飛び込んだところ、珠子が
 「コラッ! 良く見て入って来いッ!」
と湯船から立ち上がり、いきなり怒鳴り散らして桶で湯をかけたので、彼はビックリして浴室を飛び出たが、風呂から上がって来た珠子が
 「脱衣場を見れば判るでショッ!」「コノ アワテモノガ」
と言いながら、いきなり頭に拳骨を一発見舞った。 彼は殴られた頭に手をあてて
 「浴室に鍵をかけておけばいいんだよ。とんだ災難だ」
と、ぼやいて浴室を出るや、そのときチラット見た珠子の白い姿態と陰部の黒い毛が、彼にとっては成熟した女性の裸体を生で見た、人生で初めての経験であった。

 早帰りの母親の孝子を交えて、久し振りに皆が顔を合わせて夕食を済ませたあと西瓜を食べながら、母親の孝子が大助の夕べの話が気になり、大助に
  「大助、昨夜話しをした、青い目の人とは、何処の人だネ」 
  「母さん、今日一日中気になってしょうがなかっただョ。もっと詳しく教えてくれないかネ」
と聞くと、珠子が
 「理恵ちゃん。嘘か本当か判らないが、この子ったら、外人さんの彼女がいるらしいのョ」 
 「ミツワ靴店のタマコちゃんとばかり思っていたが、全く隅におけないヮ」
と、笑いながら話すと、理恵子も驚いて
 「アラッ ソウナノ」「大ちゃんも随分発展しているのネ」
と大助の顔を見ながら言うと、孝子が大助に
 「ふざけてないで、真面目にきちんと言ってみなさい」
と、少し語気を強めて言うと、彼は澄ました顔で例によって時々片目をパチパチさせて
  「長く垂らした金髪と薄いブルーの瞳の色、それにスタイルが抜群に良い、気さくに話せるいい子だな。と、僕が勝手に思っただけで、友達でもなんでもないよ」 
 「まぁ~蒼い恋の片思いと言ったところかな」
  「その子とは、1年に一度しか逢えず、それも旧暦の七夕である、今年は8月16日に僕が彦星・彼女が織姫で天の川を挟んで逢えるんだよ」 
  「ロマンチックで羨ましいだろう」  「僕も、思い出すと心がキュンと弾んで眠れないくらいだよ」
と、まるで現実離れしたことを話すので、孝子達三人が呆れてしまったが、珠子が興味半分に
  「お前、その子の手を握ったりしたことがあるの?」「二人で親しい会話でも・・。まさかキスはしなかったでしょうね?」
と聞くと、彼は当時のことを想いだしてか、ニヤニヤ しながら、さも得意げに
  「ナイ ナイッ! 一度、河の中で抱きつかれたことがあったが・・」 
  「その時、オンナノコの体って、凄く柔らかいんだなぁと思ったよ」
と答えると、珠子が「まぁ~ 呆れた」と溜め息混じりに言うと、それまで笑って聞いていた理恵子が
  「大ちゃん、その子誰だか当ててみましょうか」
と言って笑いながら、話すには
 
 昨年のお盆に、城家の家族が揃って自分の故郷である田舎に遊びに行ったときに知り合った、わたしの父母が懇意にしている村の診療所の美代子とゆう娘さんで、大助と同じ年令の中学生で、彼女の父が大学の医師をしている英国系のハーフで、母は英国人で薬剤師をしている。
と、大助の気持ちを慮って当りさわりなく簡単に説明したら、大助は
  「当たりダッ! その子水泳がとっても上手で、クロールなんて僕と同じ速さで泳ぐんだぜ」
と、そのときの様子を記憶を辿りながら懐かしそうに話した。
 母親達に、その時の様子をなおも執拗に問い正された大助は仕方なそうに

 去年の夏休み。理恵子の実家である山形の飯豊に遊びに行った時、河で遊んでた際、偶然、美代子と二人で並んで泳ぎ、そのあと泳ぐのをやめて川辺に上がる際、彼女が河底の石に躓き倒れそうになり、近くにいた僕に<タスケテ~>と叫んだので、僕が慌てて片手で抱いて助けてやったが、その弾みで、今度は僕が前のめりに倒れたところ、彼女も面白がってわざと僕の横に臥して河の浅瀬で二人並んでしまったが、その際、彼女はニコニコしながら人なっこく
  「わたし、こんなに楽しく遊んだこと、今迄に一度もなかったゎ」
  「君って、水泳も上手で女性に対する思いやりもあり、わたし誰にも見えない水の中で君とお魚の様にキスしても構わないゎ。と、思ったゎ」
と、笑いながら楽しそうに言っていたが、僕は水中での”魚のキス”とは、上手いことを言うもんだなぁ。と、感心して笑ってしまったよ。
 僕達の後ろで見ていた織田君なんて
  「大助っ!もっと深く潜れ」
と、大声で冷やし半分に怒鳴って叫んでいたが
  「岸辺に上がると、麦藁帽子をかぶって浴衣姿の、彼女のお爺さんらしい人が、ニコニコしながら、アリガトウ アリガトウと何べんも言って、僕の頭を撫でて、来年の盆踊りの衣装はワシが用意しておうくからな」
と言って凄く喜んでいたよ。
  「その子は、夜神社の境内でもようされた盆踊りで若い人達と楽しそうにフォークダンス風の踊りをしていたが、うまかったなぁ~」 
  「今度、逢ったら僕にステップを教えてくれると約束してくれたんだ」 
と悪びれずに話した。

 彼の、何処にでもありそうな自然な話を聞いていた三人は、何時もながらの大助のユーモアのあふれた思わせぶりな話しに振りまわされて、気が抜けたように、安心やら呆れるやらで、話の腰が折れてしまった。
 こんな話のやり取りで、珠子が昼間に担任の教師が家庭訪問に訪れた話をすっかり忘れてしまったので、彼にとっては幸運にも文句を言われることもなく難を免れた。
 
 話が一段落しあと大助は、なんとかその場を逃れたい思っていたところに、タマコちゃんが浴衣姿で庭先に遊びに来て
  「大ちゃん、花火をして遊ぼうョ」 「お爺ちゃんが、危ないから大助にやり方を教えてもらへ。と、言ったので・・」 「やけどをしない様にネ」
と言うので、大助は家族の話に飽きていたので、渡りに船とばかり立ち上がり廊下に出ると
  「お前、来るのが遅いヨ」 「俺が待っているときは、いつも遅いんだから・・」 「俺、お前が来るのを待っていたんだぜ」
とタマコに文句を言いながらも庭に飛び出して、線香花火をして二人してキャアキャアと声を上げて遊んでいたが、大助が夏休みに田舎に遊びに行く嬉しさの余りつい口を滑らせて
  「僕、夏休みに、また理恵姉ちゃの田舎に遊びに行くんだ」「タマちゃんは、休みに何処に行くんだい?」
と話をしたところ、タマコちゃんは 
  「アラ~ッ わたしを置いて行くの。随分冷たいのネ」「ワタシモ ツレテイッテ~」 
  「宿題の作文になにを書いたらいいのか コマッテイルノョ」
とせがまれ、彼にしては、一難去って、また、一難でシマッタと思い、その場は皆に聞いてみるさと、思わせ振りに言って誤魔化しておいた。

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河のほとりで (27)

2022年12月12日 04時58分33秒 | Weblog

 珠子は、月の光が薄明るく照らす理恵子の部屋で、誰にも話したこともない自分の性的経験とその苦悩を説明したが、それは、理恵子を充分に説得するものであった。 珠子の説明によれば、断片的ではあるが

 彼女は、高校3年に進級した春。 以前から、なんとなく温和で勉強のできる同級生の男子に親近感を覚えて自然とほとばしる感情で交際していた。
  或る秋の日の午後。 帰校時に 彼の自宅に誘われて遊びに行ったとき、無理やりに求められて身体を許してしまったが、勿論、そのときは、恋とか愛とかでなく、以前の親密な友情と言うのかしら、強いて言へば互いにその場の雰囲気に飲み込まれ初体験をしたわ。 その後も、たまに誘われれば彼の家で興味半分のsexに戯れていたが、私達の場合、卒業すれば家庭環境から卒業後は別れることになるので、深い恋愛感情も芽生えず、ただ、お互いに好感を抱いているだけの交際で今でも続いているわ。
 丁度、そのころ、母親の携帯を偶然見たとき、耳にしたことも無い男性からのそれらしきメールを見てしまい、凄くショックだったけれども、母親が宿直だと言って普段とは違った服装で出かけて行くのを見たとき、最初はこれは怪しいなと思ったが、日がたつに従い、自分も親に内緒でsexしており、一人身の母なれば仕方ないと言うか、精神的にも肉体的にも、大人としてやむを得ないことかな。と、考える様になり、再婚だけは嫌だけれども、そうでなければ許せると考える様になったわ。
 こんなことも重なり、寂しさを紛らわせることからも、彼とのsexをたまにだが継続している理由かも知れないわ。
と、正直に告白した。

 珠子は、更に話を続けて
 そんな私に比べれば、理恵子さんは織田君との交際は両親も認めている間柄で、なにより本当にお互いに愛し合っている恋愛であり、将来の目的もはっきりしているので凄く羨ましいですわ。
 今日、たまたま、織田君と深い関係になったからといっても、それは年齢的にも自然の成り行きで恥ずべきことでないし、むしろ遅すぎたくらいと思うわ。
 わたしの同級生の半数以上の女性徒は、多分、経験者と思いますが、これは一寸行き過ぎとしても、中には中学生のときに経験したとゆう勇敢な友達もいますわ。
 良しあしは判りませんが、なんかsexも本で学んだことと異なり、今ではそれほど特別なことでも無くなったように思いますが、これって、世の中の価値観の変遷に従い女性の性に対する考えが変化してしまったのかしら。よく判りませんが・・
 だから、理恵子さんも、余り意識せずに普段通りにしていれば、誰も気にとめることはないと思いますわ。
 けれども、わたし時々考えるんですが、女性はある峠を越えると、それを契機に心も身体も変わると言うか、視野が広がると言うのか、確かに現実を見る目が冷静になり、少しずつ大人になって行く様に思いますわ。

と、思いもよらず、珠子を取り巻く若い人達の性と感情の複雑さを素直に話してくれたが、月明かりのためか、昼間見る強気な彼女の表情に哀愁を漂わせている様に、理恵子の目には映り
  「珠子さん、貴女、大人だゎ」 「わたし、お話を聞いていて、自分が幼いと言うか、やっぱり田舎者だと、つくずく思い知らされたゎ」
と返事をするのが精一杯だった。

 珠子は、一通り話終えると、「オヤスミナサイ」と言って部屋を出て行ったが、階下の食堂が明るく母親と大助の話し声が聞こえたので、キッチンのガラス戸越に中を覗いたところ、大助は鉢巻をして鮭の焼き身をご飯に乗せてお茶をかけて夢中になって食べており、母親は、時々、団扇で大助を仰ぎながら冷えた麦茶を飲んでいた。
 彼女は入り口に立ち止まり、耳を澄まして二人の会話を聞いていたら、母親が大助に対し
  「お姉ちゃんは、好きな人でもいるんだろうか、お前、なんか知っているんじゃないの?」
と聞くと、大助はご飯を口に運ぶのが忙しく、顔をも上げずに
  「全然、ワンカンナイョ。 僕から見ても友達に自慢出来る程の美人でもないが、まぁ~まぁ~の器量だし、僕に比べれば頭は抜群に良いし、一人位いるんでないかなぁ。いても当たり前だと思うよ」
  「八百屋の昭ちゃんなんか、お姉ちゃんに熱を上げているみたいで、僕も健ちゃんに言われて提灯持ちで一生懸命に中を取り持ってやっているんだが、姉ちゃんは、全然、関心を示さないところをみると、やっぱり、ほかにいるんでないかなぁ~」
  「母ちゃんも、親なんだから、遠慮しないで直接聞いてみたらどうなんだい?」
と素っ気無い返事をしていた。

 すると話のついでか、今度は母親が大助に対し
  「ところで、お前は、どうなんだい。 好きで付き合っている人でもいるのかネ?」「靴屋のタマコちゃんは別にして・・」
と聞くと、彼はご飯を食べ終えて麦茶を飲みながら、真面目くさって
  「僕のことを好きになるオンナノコなんている訳ないじゃないか」 「ヤボなことを聞くなよ」
と、にべも無く答えたが、母親の孝子がなおも執拗に聞くので、大助はひと呼吸おいて、過ぎし日を懐かしく回想しながら
  
 「僕が、一方的に好きとゆうだけなら、その人は東京にはいないわ。遥か遠くの北の空の下にいることはいるわ。 
  だけれども、相手は僕をどう思っているかは、判んないや。おそらく僕のことなんて眼中にないだろうなぁ。 
  去年の夏、偶然、逢っただけなので。悲しき片思いの大助サ。と、言ったところだなぁ。 
  それでも、一人で頑張っている母さんの子にしては上出来だろうな」
と返事をしたので、母親は興味ありそうに尚も聞き出そうとすると、彼は ニヤット 笑って
  「母さん、僕のこと、そんなに気になるんかい」 
  「どうしても知りたいとゆうんなら、別に隠すことも無いんで話してもいいよ」
と勿体をつけて、渋々ながら過ぎし日の出来事を回想しながら
  「その子は、ブルーの水晶の様に澄んだ瞳の人だよ。 
   僕と同じ学年で、背丈も高くスレンダーで、金髪に少し銀色の髪が混ざっていて、まるで映画で見る様な綺麗な女優さんみたいだよ。
  「外人さんて、色が白いと思っていたが、少し赤茶けているんだね」
  「何時か風呂場でうっかり見てしまった珠子姉ちゃんのほうが、よっぽど肌が白いわ。その子の肌はすべすべして柔らかい感じだったなぁ」
  「日本人も馬鹿にしたもんではないわ」 「勿論、理恵姉ちゃんの方が、姉ちゃんやその子より綺麗だけれどもね」
と言い終えるや、孝子は予期もしない話しに言葉を失い絶句してたところえ、突然、珠子が入って来て
  「こんな夜遅く、二人で何をくだらないことを話しているの!」
と怒りの表情で言うや、大助は不意の出来事にビックリして「シマッタ!」と叫んで、冷えた番茶の入ったコップを落としてしまった。
 大助は初めて見る姉の妖艶なネグリジェ姿に目を奪われていたが、彼女はそんなことに気付かずに
  「大体、母さんも悪いわ」「だから、大助が甘えて仕舞い、頼りがいのない子になるのょ。大助も、わたしのことなんか心配しないでも結講だわ」 
  「青い目の人ってダレョ」 「おかしなことをして、後で大問題をおこさないでョ」 「お前は、本当に心配の種だゎ」
  「きちんとと説明しなければ、夏休みに田舎に連れて行かないからネ」 「母さん、そうしましょう」
と言うと、母親の孝子が大助を応援するかの様に
  「珠子も、そんなネグリジエ姿でいきなり入って来ては、思春期の大助には目の毒だゎ」
と注意したところ、彼女は慌てて両手を胸にあて隠くす様にして、自分の部屋に戻ってしまった。

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河のほとりで (26)

2022年12月07日 04時39分50秒 | Weblog

 理恵子は、風呂場から出ると織田君の視線を避けるように隣に腰掛けると、彼は呑んでいた缶ビールを差し出して「リーも、一口飲むかい」と言ったが、彼女は小声で「いらないゎ」と言って立ち上がり、持参してきた風呂敷包みからお弁当をテーブルに広げると、彼は
 「あぁ~旨そうだ! お腹も空いたね」「一緒に食べよう~ょ」
と言いながら、海苔巻きをほおばり、彼女に
 「こんな暑い日は、食べて体力をつけないといけないよ」
と言ってくれたが、理恵子は食欲がなく、缶コーヒーを開けて飲んだ。  
 彼は食事しながら彼女の顔を見ることもなく、途切れ途切れに
 「切ない思いをさせてゴメンナ」 「身体は、大丈夫か」 「リーのことは、一生、面倒を見るから心配するなよ」
 「お互いに自分に忠実に生きるためにもね」
等と言ってくれたが、理恵子は細い声で
 「モウ ソノオハナシハ ヤメマショウ」
と答えると、彼はビールで口をすすいだあと、再び、彼女を抱き寄せて軽いキスをしたが、理恵子は彼の背中に手を廻して抱きつき胸に顔を埋めて
 「 アイガ タシカメラテ ウレシカッタワ」
と囁くような細い声で言いながらも、零れ落ちる涙に堪えきれず小さく嗚咽した。 
 彼は何も言わずに軽く背中を擦って、いたわってくれたので、その優しさが一層身にしみて嬉しく感じた。

 窓外の街灯も灯り薄暗くなった頃、帰宅時間を思案していた、理恵子が
 「わたし、こんな泣きはらした顔では恥ずかしくて街に出られないし、家に帰ることも出来ないゎ」
と言うと、彼は
 「それもそうだな」 「狭いけれど、君さえよければ泊まっていってもいいよ」
と言ってくれたが、理恵子は泊まって彼と一緒にいたい気持ちは山々だが、翌日家の人達の手前帰りずらくなるし、それに、初めて抱かれた衝撃が頭に強く残っていて、若し再度求められる様なことがあっても、それに応える気力も欲求もなく、一寸、考え込んだ末
 「遅くなっても帰らしてもらいますゎ」
と返事をすると、彼は
 「ウ~ン 帰るならば途中まで送って行くよ」
と、自分が心配したことに拘ることもなく返事をしてくれたので、内心ホットした。

 理恵子は、辺りが暗闇になった頃を見計らい、織田君に促されえて部屋を出ると東横線で蒲田駅まで送られ、駅前で改めて言葉を交わすこともなく顔を見つめ合い軽く手を握りあって別れると、池上線に乗り換え席に腰掛けることもなく久が原駅まで、途中通過した駅もわからずに今日の出来事を多少心めいた気持ちで、ボンヤリと夜景を見とれて思案しながら帰宅したが、すでに門灯は消されて家族は休んでいる様であった。
 忍び足で自室に入り、灯をつけずにワンピースを脱ぐと、気になっている下腹部に消毒用のアルコールのしみたカット綿をあて、シュミーズ姿のまま窓を開けて椅子に腰掛けると敷居に足を乗せて、十三夜ころか、青い月の光に照らされながら、放心したように心地よい夜風に身を晒していた。
 彼女は今日の出来事とあわせ、今頃は月の砂漠を黙々と旅しているであろう亡き実母の秋子の面影や、自分の卒業を楽しみに待っててくれる故郷の義母の節子母さんのことを想い浮かべ、二人は果たして事実を知ったとき、自分のとった行動をどの様に思うだろうか。
 更には、帰りの車中で彼が語っていた、<大学卒業後も、今の社長に恩返しする為にも、2~3年は今の会社に勤めるつもりだ。勿論、教職課程は履修しているが・・>と話していたことから、近い将来に一緒になれない彼の重い言葉等を思い巡らせていた。 
 然し、彼の仕草から、これまでに女性の肌に触れていないことが確かめられたことが、何よりも嬉しかった。 

 すると、入り口のドアーを軽くノックする音が聞こえたのでビックリして振り向くと、お盆にサンドゥイツチと牛乳瓶を乗せた白い腕が伸びて顔を見せずに、珠子が小声で
 「お疲れ様でした。これ食べてください」
と囁くので、理恵子は
 「アラッ 珠子さん」「良かったら、はいりなさいョ」
と声をかけると、彼女は
 「本当に、いいんですか」
と聞き返すので、理恵子は
 「月夜で明るいので照明はつけませんが、わたしも下着のままですが、なんだか気持ちが落ち着かないので、貴女さえ良かったらどうぞ」
と答えると、彼女はノースリーブの薄いネグリジェ姿で部屋にソロリと入って来て、理恵子の脇の座布団に足を崩して座ると
  「暑いのでお掃除も大変だったでしょうネ」 「大助の部屋を見れば、おおよそ想像できますゎ」 
  「大助の部屋なんか、足の踏み場もないくらい乱雑で、下着や敷布も言わない限り、何時までもそのままで、汗臭くて嫌になってしまうが、織田さんのところは大人ですのでそれほどでもないと思いますが、それでも独身の男性ですもの・・」
と言ったあと、理恵子の顔を覗き見るようにして
  「顔色がだいぶ青白い様ですが、体の疲れ以外にも、何か精神的なショックでもあったんですか」
と聞くので、理恵子は
  「いいえ、別に・・」 「そんな風に見えますかしら。月の光のせいかもね・・」
と返事をすると、珠子は理恵子が敷居に乗せて伸ばしている足に手を当てながら、少し言うのをためらっていたが、理恵子は
  「珠子ちゃん、同じ年代の女性同士ですもの、気になることがあったら遠慮せずになんでも言って下されない」
  「わたし、珠子ちゃんなら、心から信頼していますので、何でも安心して話せるゎ」
と、理恵子も昼間のことが人に察しられないかと気になり、なんなりと話をする様に促すと、珠子は遠慮気味に
  「アノゥ~ 本当にいいのですか」 「わたし、相談を兼ねて、真面目にお話をしたいんですが・・」
  「理恵子さんの傍に座ったとき、消毒用のアルコールの臭いがしたので・・」
と言って口篭ってしまつたが、理恵子が
  「ソウ~カシラ」「ゴメンナサイネ」
と小さい声で返事をすると、珠子は蚊の鳴く様な小さい声で、ネグリジュエの裾をいじりながら、下を向いたまま
  「イインデスヨ」 「ワタシ オンナノカンデ アルイハ・・ト オモッテ ハナシオシタ ダケデスノデ」 「シンパイ シナイデクダサイネ」
と言ったあと、理恵子の半ば同情と救いを求めるような問いかけに、珠子も彼女の心境を察してか、自らの経験とそれに伴う苦悩を話してくれた。

 

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河のほとりで (25)

2022年12月04日 03時30分33秒 | Weblog

 日曜日の朝。 今日も快晴で朝から陽ざしが照り映えて暑い一日になる様だ。 理恵子は、珠子の手伝いを得て海苔巻きや稲荷寿司と焼肉にレタスとウインナーや卵焼きなどの惣菜を作ったあと、掃除用のスラックスやタオル等衣類を袋に入れると、水色のワンピースに着替え終わると、護衛役の大助を伴い三人で等々力に向かった。

 駅前商店街で彼の下着や洗剤などを買い、彼等は織田君が書いてくれた地図を頼りに歩んだが、成る程、学生や勤め人など単身者専用の似たような小さいワンルームの賃貸住宅が並んでおり、理恵子は探すのに大変だゎ。と、珠子と話ながら歩いていると、大助が
 「姉ちゃん達は、僕から離れてついてこいよ」「僕、先に行って見つけたら手招きするから」
と言って先に行き、順番に表札を見ながら歩いていたが見つからず、見落としたかと思い、今度はゆっくりと後ずさりしながら再度表札を見て廻ったいたところ、彼の後ろから来た自転車が尻にぶつかり「痛テエ~」と叫んで後ろを見たら、髭のお巡りさんがニッコリ笑っており、大助も咄嗟に挨拶代わりにニコットと作り笑をして
 「これは、文句を言うには相手がワルイヮ~」
と呟いたら、お巡りさんは口髭をピックと動かすようにして不審そうな顔をして小さい声で
 「ワルイノワ 君だよ!。後ろに下がるときは後方にも気配りして注意して歩きなさい」
 「ところで、君は何をしているのかネ?」
と、質問されたので、彼は素直に目的を話すと、お巡りさんは納得したのか
 「直ぐそこの角に交番があるから一緒に来なさい。名簿で調べて教えてあげるから」
と言われ、彼は安堵して二人を手招きで呼んで、交番に行ったらすぐわかり、三人はお礼を言って交番から出て教示されたとおりに進むと、彼の表札が掲示された家の前に辿りついた。
 珠子と大助は、入り口前で次回訪ねるためにもと周囲を眺めたあと理恵子と別れ、帰り際に交番で大助が
 「先程は有難う御座いました。お陰さまで僕の責任も果たせました」
と礼を告げると、お巡りさんは
 「この暑い最中、君は恋人のために提灯持ちかい、いやご苦労さん!」
と冷やかされたので、大助は頭をかきかき「お巡りさん、この真昼間に提灯はイラナイや」とユーモアたっぷりに返事して、珠子と笑いながら丁寧に頭を下げて礼をして、揃って上野毛公園の方に向かって歩いて行った。

 理恵子は、二人と別れると早速マンションの部屋に足を踏み入れたが、彼の言う通り相当乱雑になっていたので、窓を開けて外気を流し入れて辺りを見回し、彼の日常の忙しさを察した。
 そのあと、彼女なりに作業順序を考えて衣服を着替え髪をタオルで覆って身支度を用意すると、図書や設計の用具を片付けたあと部屋を掃除し、洗濯物を分けて洗濯機に入れ、狭いキッチンと風呂場を洗剤で洗い流し、一通り作業を終えると、彼が汗をかいて帰って来ると思いお風呂を沸かしておいた。
 掃除を終えると、汗ばんだ顔を洗い化粧を直して着替えし、枕元の棚にお花を飾り腰掛けてジュースを飲みながら、壁に掲げらている故郷の飯豊山の麓で撮った二人の写真を見て、高校時代を懐かしく想いだして眺めていたら、彼が帰って来て
  「いやぁ~ 暑い、アツイ」 「おや、見違えるほど綺麗になったね。やっぱり女性は掃除がうまいわ」 
  「汚れていてビックリしただろぉ~。別の部屋になったみたいだ」
と言いつつ、感心しながら椅子に腰を降ろしたので、理恵子が
  「お風呂を沸かしておいたヮ。汗を流したら・・」
と言うと、彼が「ウ~ン それは有難い」と呟いて入浴すると、彼女は買ってきた下着とバスタオルを脱衣場に揃えて出しておいた。

 彼は、風呂から上がると、新しい下着を着て
  「下着まで用意してくれたのか」「こんな細かい心遣いが、如何にもリーらしいな」
と言いながら、いきなり理恵子を抱きしめて激しいキスをしたあと、耳元で
  「そのワンピース涼しそうでよく似合うよ」「リーの足が一層艶ぽく見えるな」
  「この間は、随分、僕達のことについて自信なさそうに言っていたが、今日は思いきって、僕の本心を知ってもらうために抱いてもいいか?」
等と静かな口調で言い出したので、理恵子は抱かれたまま、彼の肩越しに両手を絡めて耳もととに頬を寄せ、いつかはこのようになると覚悟をしていたので、自分でも驚くほど冷静に、小声で
  「あなたさえ良かったら、ワタシ オマカセ スルヮ」  「アナタノ スキナ ヨウニ シテ・・」
と返事をすると、彼は意欲満々に、早々と窓のカーテンを引きエアコンを少し強めにしてから、理恵子の肩に手を添えてベットの方に誘ったので、理恵子は彼に促されるままにベットに向かい、バックを取り寄せて用意してきた避妊具を枕元にソット隠すように置いてから、彼が興味深々と目を光らせて見ている前で、羞恥心を忘れたかの様にワンピースを脱ぎかけたが、彼の視線が異様に気になり思いなおしたように「ワタシモ アセオ ナガシテクルワ」と言ってシュミース姿で風呂場に行き、丹念に身体を洗ったあとバスタオルで身を包み下着を着たままベットに素早く滑る込むように入った。   
 彼女は、恥ずかしさと未知の不安に少し硬直した身体を、横たわっていた彼の胸に自分の胸を ピッタリ と押し付けて全身を見られない様にと寄り添えた。  

 彼は身動きがとれずにいたが、少し間を置いてから「本当にいいんだな」と念を押す様に言ったので、理恵子は「ナニモ イワナイデ」と答えると、彼は強引に彼女を仰向けにするや、手荒くブラジャーやパンテーを剥ぎ取り全裸にしたので、彼女は観念して目を閉じ両手で顔を覆い隠し、本能的に足首を交差して堅く閉じていたら、彼は、ぎこちない仕草で乳房を愛撫したり乳首にキスていたが、やがて興奮して本能が燃え上がり、いきなり彼女に覆いかぶさってきた。  
 理恵子は、上にのしかかられる黒い影を察した途端、彼が無理やり両足の間に割り込んできて下半身が触れたと思った瞬間、下腹部に痛みと熱い体感を感じ、思わず小声で「イタイッ! ヤメテエ~」と叫んでしまった。 
 彼は、そんな彼女の声を無視して、途中抜去して避妊具を装着するや再度強引に挿入し、やめることなく行為を続けたので、理恵子は彼に押さえつけられる様に抱かれて身動きできず仕方なく精一杯我慢していた。
 彼女は目を閉じて横を向いている顔や首筋に彼の熱く荒い息吹きを浴びながらも、両手は彼の両脇や背中にしがみついて彼に全てを任せ、時々、あえぎながらも苦痛に耐えていた。
 
 暫くすると、彼が離れたので、理恵子は彼に背中を向けて両手で顔を覆い、自分でも訳がわからないが、涙がしきりに溢れてきて、声を出さずに咽び泣いてしまった。
 彼が風呂場に行くと、理恵子は急いで用意してきた消毒用のアルコールの滲みたカットメンで下腹部を拭くと、真紅の鮮血がわずかに付着しており、一瞬、ギクッ としたが、自分に言い聞かせる様に、「コレデ イインダヮ」と心の中で呟き、急いでバスタオルで身体を覆って、彼と入れ替わりに風呂場に行き、彼の体臭を消そうと全身を丁寧に洗ったあと、水を何度もかぶって高ぶっている気持ちを静め、髪と化粧を直し上着を着て部屋に戻ると、彼は冷蔵庫から缶ビールを出して飲んでいた。


 


 

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