日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (26)

2022年12月07日 04時39分50秒 | Weblog

 理恵子は、風呂場から出ると織田君の視線を避けるように隣に腰掛けると、彼は呑んでいた缶ビールを差し出して「リーも、一口飲むかい」と言ったが、彼女は小声で「いらないゎ」と言って立ち上がり、持参してきた風呂敷包みからお弁当をテーブルに広げると、彼は
 「あぁ~旨そうだ! お腹も空いたね」「一緒に食べよう~ょ」
と言いながら、海苔巻きをほおばり、彼女に
 「こんな暑い日は、食べて体力をつけないといけないよ」
と言ってくれたが、理恵子は食欲がなく、缶コーヒーを開けて飲んだ。  
 彼は食事しながら彼女の顔を見ることもなく、途切れ途切れに
 「切ない思いをさせてゴメンナ」 「身体は、大丈夫か」 「リーのことは、一生、面倒を見るから心配するなよ」
 「お互いに自分に忠実に生きるためにもね」
等と言ってくれたが、理恵子は細い声で
 「モウ ソノオハナシハ ヤメマショウ」
と答えると、彼はビールで口をすすいだあと、再び、彼女を抱き寄せて軽いキスをしたが、理恵子は彼の背中に手を廻して抱きつき胸に顔を埋めて
 「 アイガ タシカメラテ ウレシカッタワ」
と囁くような細い声で言いながらも、零れ落ちる涙に堪えきれず小さく嗚咽した。 
 彼は何も言わずに軽く背中を擦って、いたわってくれたので、その優しさが一層身にしみて嬉しく感じた。

 窓外の街灯も灯り薄暗くなった頃、帰宅時間を思案していた、理恵子が
 「わたし、こんな泣きはらした顔では恥ずかしくて街に出られないし、家に帰ることも出来ないゎ」
と言うと、彼は
 「それもそうだな」 「狭いけれど、君さえよければ泊まっていってもいいよ」
と言ってくれたが、理恵子は泊まって彼と一緒にいたい気持ちは山々だが、翌日家の人達の手前帰りずらくなるし、それに、初めて抱かれた衝撃が頭に強く残っていて、若し再度求められる様なことがあっても、それに応える気力も欲求もなく、一寸、考え込んだ末
 「遅くなっても帰らしてもらいますゎ」
と返事をすると、彼は
 「ウ~ン 帰るならば途中まで送って行くよ」
と、自分が心配したことに拘ることもなく返事をしてくれたので、内心ホットした。

 理恵子は、辺りが暗闇になった頃を見計らい、織田君に促されえて部屋を出ると東横線で蒲田駅まで送られ、駅前で改めて言葉を交わすこともなく顔を見つめ合い軽く手を握りあって別れると、池上線に乗り換え席に腰掛けることもなく久が原駅まで、途中通過した駅もわからずに今日の出来事を多少心めいた気持ちで、ボンヤリと夜景を見とれて思案しながら帰宅したが、すでに門灯は消されて家族は休んでいる様であった。
 忍び足で自室に入り、灯をつけずにワンピースを脱ぐと、気になっている下腹部に消毒用のアルコールのしみたカット綿をあて、シュミーズ姿のまま窓を開けて椅子に腰掛けると敷居に足を乗せて、十三夜ころか、青い月の光に照らされながら、放心したように心地よい夜風に身を晒していた。
 彼女は今日の出来事とあわせ、今頃は月の砂漠を黙々と旅しているであろう亡き実母の秋子の面影や、自分の卒業を楽しみに待っててくれる故郷の義母の節子母さんのことを想い浮かべ、二人は果たして事実を知ったとき、自分のとった行動をどの様に思うだろうか。
 更には、帰りの車中で彼が語っていた、<大学卒業後も、今の社長に恩返しする為にも、2~3年は今の会社に勤めるつもりだ。勿論、教職課程は履修しているが・・>と話していたことから、近い将来に一緒になれない彼の重い言葉等を思い巡らせていた。 
 然し、彼の仕草から、これまでに女性の肌に触れていないことが確かめられたことが、何よりも嬉しかった。 

 すると、入り口のドアーを軽くノックする音が聞こえたのでビックリして振り向くと、お盆にサンドゥイツチと牛乳瓶を乗せた白い腕が伸びて顔を見せずに、珠子が小声で
 「お疲れ様でした。これ食べてください」
と囁くので、理恵子は
 「アラッ 珠子さん」「良かったら、はいりなさいョ」
と声をかけると、彼女は
 「本当に、いいんですか」
と聞き返すので、理恵子は
 「月夜で明るいので照明はつけませんが、わたしも下着のままですが、なんだか気持ちが落ち着かないので、貴女さえ良かったらどうぞ」
と答えると、彼女はノースリーブの薄いネグリジェ姿で部屋にソロリと入って来て、理恵子の脇の座布団に足を崩して座ると
  「暑いのでお掃除も大変だったでしょうネ」 「大助の部屋を見れば、おおよそ想像できますゎ」 
  「大助の部屋なんか、足の踏み場もないくらい乱雑で、下着や敷布も言わない限り、何時までもそのままで、汗臭くて嫌になってしまうが、織田さんのところは大人ですのでそれほどでもないと思いますが、それでも独身の男性ですもの・・」
と言ったあと、理恵子の顔を覗き見るようにして
  「顔色がだいぶ青白い様ですが、体の疲れ以外にも、何か精神的なショックでもあったんですか」
と聞くので、理恵子は
  「いいえ、別に・・」 「そんな風に見えますかしら。月の光のせいかもね・・」
と返事をすると、珠子は理恵子が敷居に乗せて伸ばしている足に手を当てながら、少し言うのをためらっていたが、理恵子は
  「珠子ちゃん、同じ年代の女性同士ですもの、気になることがあったら遠慮せずになんでも言って下されない」
  「わたし、珠子ちゃんなら、心から信頼していますので、何でも安心して話せるゎ」
と、理恵子も昼間のことが人に察しられないかと気になり、なんなりと話をする様に促すと、珠子は遠慮気味に
  「アノゥ~ 本当にいいのですか」 「わたし、相談を兼ねて、真面目にお話をしたいんですが・・」
  「理恵子さんの傍に座ったとき、消毒用のアルコールの臭いがしたので・・」
と言って口篭ってしまつたが、理恵子が
  「ソウ~カシラ」「ゴメンナサイネ」
と小さい声で返事をすると、珠子は蚊の鳴く様な小さい声で、ネグリジュエの裾をいじりながら、下を向いたまま
  「イインデスヨ」 「ワタシ オンナノカンデ アルイハ・・ト オモッテ ハナシオシタ ダケデスノデ」 「シンパイ シナイデクダサイネ」
と言ったあと、理恵子の半ば同情と救いを求めるような問いかけに、珠子も彼女の心境を察してか、自らの経験とそれに伴う苦悩を話してくれた。

 

コメント
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