日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

(続) 山と河にて 3

2023年11月26日 03時33分46秒 | Weblog

 寅太は、同級生とはいえ成績が優秀であったことと、大学生になって一段と大人らしい艶を増した美代子に対する畏敬で、内心では、大助と交わした約束もあり、いざ、この場に及んでも話すことを一寸躊躇した。
 それでも、日頃、彼女の元気のない表情を見るにつけ気になり、同情心から、やはり話してしまおうと腹を決めるや、重い口を開いた。
 彼は彼女の表情を伺いながら用心深く、そろりと小声で
  「美代ちゃん。大助君は新潟にいるよ」
  「俺、一瞬、他人の空似かと自分の目を疑ったが、思いきって近寄り話し掛けたところ間違いなく大助君だった」
  「この話しを、社長や老先生に話ししようかと、散々悩んだが、大助君の立場を考えた末、美代ちゃんも大学生だし、直接話す方が一番良いと思い、今、話すんだよ」
と、話し出した。 

 美代子は寅太の話を聞いた瞬間、驚いて青い瞳を輝かせて、彼の腕を掴んで
 「嘘でしょう!そんな筈ないわ。全然、信じられないゎ」
 「わたしを、からかわないでよ」
と震えた声で言うと、野原に寝転んでいた三郎も、寅太の意外な話にビックリして
 「お前、何か勘違いして言っているんでないか?」
 「そんなバカみたいな話を真面目腐ってするなんて・・」
と言って、起き上がり胡坐をかいた。
 寅太は、最初の言葉を切り出したことで、気が少し楽になったのか、何時もの彼らしく朴訥な話振りでトツトツと話続けた。

 『実は、先週の土曜日の夕方、大学の生協に何時もの通り生活必需品等を配達を終えて帰り際に、大学の校庭脇を通り過ぎようとしたとき、サッカーの練習を終えた数人の学生が、テニスの練習を終えたらしい、白いミニスカートを履いた女学生に囲まれて賑やかに話をしていたのが目に留まり、俺と同い歳の連中は仕事もせず気楽なもんだなぁ。と、暫く見とれていたんだ。
 そしたら、そのうちに女学生から膝に包帯を巻いてもらっている男が、どうも大助に似ているので、もしやと思い夢中で彼等の傍に近寄ったら、介抱を受けているのは間違いなく大助君だったので
 「オ~イ 大助君でないか」
 「横須賀の大学にいるとばかり思っていたが・・」
と声を掛けると、彼は突然のことに驚き
 「アッ! 寅太君でないか」
と、女学生がビックリするほど大きい声で答えたので、俺も偶然とは言え、まさか、大助君と逢えるとわ思っていなかったので、思わず互いに抱き合ってしまったよ』

と、一気に話すと、彼は美代子が涙ぐんで聞いている姿が気になり、まずいことになったと思って、その後、大助のアパートに無理矢理押しかけて話込んだこと等を話すのをやめてしまった。
 最も、大助から美代子には絶対に話さないでくれと言はれていたこともあり、その先の話は、大助の生活状態が凄く惨めで、とても正直に話せる気になれず、彼女を悲しめるだけだと思ったからである。

 寅太は、迷っていたことを話したことで、取り敢えず友情として自分の役割は終わった気楽さで
 「さぁ~話は終わった。弁当をたべようや」
と、声を掛けて幕の内弁当の蓋を開けると、三郎は待ちかねていた様に、早速旨そうにカツをほおばって食べ始めた。
 美代子は弁当の蓋を空けることもなく、蜜柑ジュースを一口含むと、寅太に対し
 「なにを言うのかと思ったら、突然、わたしの胸を針で刺すような話で、前後の事情がさっぱり訳が判らないゎ」
 「ネ~ェ。意地悪しないで、もっと詳しい話をして教えてよ」
 「何時もの寅太君らしくないわ」
と、不安と悲しみが混じった表情で、寅太の手から箸を取り上げて手を掴み、真剣な眼差しで頼むと、三郎も
 「そうだよ。このトンカツの肉の様に歯切れの悪い話だわ」
 「まるで、TVの恋愛映画のラブシーンを見ていて、二人の唇が接近した途端に、CMが入って興奮が覚めてしまったみたいだ」
と、旺盛な食欲で食べながらも
 「飯を食ったら続編を話してくれよ。この儘では消化不良になってしまうよ」
と、彼女を応援する様に加勢した。
 美代子も、寅太の顔つきからして、満更、造り話でもない様に思え、突然、思いもよらぬことを聞かされて、心が揺らぎ、瞬間的に、自分を取り巻く周囲の人達が、自分と大助君との交際を裂くために、彼が新潟にいることを承知していながら、知らない振りをしているのかしら。そうだとすれば、自分は孤立していると咄嗟に思い浮かべた。

 気楽で陽気な三郎が、彼女の沈んだ表情をチラット見るや、寅太に対し
 「お前、呼び出しておいて、話の途中で止めるのは卑怯だよ」
 「そんなことだから、ラーメン屋の真紀子に振られるんだ」
と、美代子の心配そうな気持ちを和らげるかの様に、寅太が秘かに思いを寄せているアルバイトの真紀子の勤める店に、二人で足繁く通っているラーメン屋で、或る日、三郎にそそのかされて、彼女の尻を悪戯ぽく撫でたとき、彼女が怒ってお盆で彼の頭を思いきり叩いたエピソードを話し、なんとかその場をとりなそうとした。

 寅太は、美代子が元気になると思ったことが逆になり、その態度に面食らって、三郎の話に照れながらも
 「コノバカヤロウ お前のお陰で俺の青春が滅茶苦茶になってしまったわ」
と本気で怒鳴ったので、美代子も可笑しくなり、機嫌を直し
 「貴方達は相変わらず乱暴なのネ」「それでいて、結構仲がよいのが不思議だわ」
と言って、その場が少し和らいだ雰囲気になった。
 三郎は、場が和んだとみるや間髪をいれず、絶妙な口調で、寅太に対し
 「お前のことだから、その時、無理矢理うまいこと言って、大助の宿に押かけただろう」
 「お前の顔に書いてあるわ。正直に白状しろっ!」
 「大助君の、宿の町名番地とアパートの名称、それと電話番号を正確に言えよ」
と、普段、携行しているメモ帳を出して命令調に言ったので、寅太は
 「おいっ!。俺は不審者や犯罪者はでないっ!。警察官の倅とは言え、職務質問みたいな聞き方はよせ」
と、苦りきっ顔で答えて三郎を睨みつけた。
 美代子は、三郎の加勢に力を得て、寅太に対し
 「ねぇ~、意地悪しないで全部教えてょ。一生恩にきるゎ」
と、彼に両手を合わせて願んだが、寅太は
 「知らん、知らん。これで全部だ」
と、頑なに返事を拒んだので、彼女はしびれを切らして
 「いいわ。こうなったらお爺ちゃんが知らぬ訳はないと思うので、今晩、諍いになっても聞き出すゎ」
と、思いつきだが本気でその気になり話した。
 彼女は、二人の漫才みたいな話を聞いていて、男の人って、皆、恋愛を遊び半分で楽しんでいるのかしら、まさか、大助君までも・・。と、不安な影がチラット頭を掠め、こうなったら自分の目で確かめなければ絶対に納得出来ないと覚悟を決めた。

 寅太は、美代子のただならぬ決心を聞くと、彼女以上に驚き
 「美代ちゃん、それはないぜ。俺は美代ちゃんのために良かれと思って教えたんだよ、その様なことをされたら、俺の立場がないよ」
 「大学生らしく考えてくれよ」「そう約束したんだろう」
と苦々しく言うと、三郎が
 「美代ちゃん、俺はその考えに賛成だな。念のため頑固爺さんに聞いてみるがいいわ」
 「中途半端な話は、寅太らしくなく卑怯だよ」
と彼女を応援し、寅太には
 「爺さんが怒って店が潰れたら、老人介護施設に来いよ」
 「若い人手が足りず、お前は体格も良く、大歓迎されるよ」
と、彼のことも本気で心配してアドバイスしていた。
 寅太は、二人に執拗に攻められて返答に窮し、この分では彼女は必ず老医師に話すだろうと思い、彼女に対し
 「美代ちゃん、全部話すから爺ちゃんに聞くことだけはやめてくれ」
 「大助君の話では、爺ちゃんにも話してないと、はっきりと言っていたから・・」
 「皆の幸せの為だ」
と、思い留まることを懸命に説得し、その代わり老医師に内緒で案内することを約束してしまった。
 寅太は、美代子に対し渋々と、自分が偶然遭遇した様子を、普段の彼らしくなく歯切れわるく断片的に

 『宿の住所なんて聞いていないないのでわからんわ。
  兎に角、大助君は古臭いアパートの一室に自炊で住んでいるよ。
  部屋を覗いたら雑然としていたので、俺もビックリしてしてしまったわ。
  美代ちゃんを案内すれば、彼との約束違反でブンナグラレルかも知れないが、俺は無抵抗で我慢するので、今度こそ約束を絶対に守ってくれよ。
  だけれど、問題はそのあとだなぁ。
  美代ちゃんも、彼を思うなら、あまり無茶苦茶なことを言って彼を困らせないでくれよ』

 と、眦を決して話した。そのあと
 「今度の配達は土曜日なので、行きたければその日に連れて行くから、昼頃、店の前に来てくれ」
 「果たして、その日に大助君がグランドに居るかどうかはわかんないが・・」
と告げ、三郎にも
 「お前にも、こうなっちまったた責任があるので、大助君に殴られることを覚悟して一緒に来いっ!」
と言って、芝草の上に仰向けになって寝ころがえり、大きく溜め息をついて
 「えらいことになってしまったわい」
と呟いて、空を仰いだ。

 そよ風に揺れるススキの穂先には赤トンボが心地良さそうに戯れていた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(続) 山と河にて 2

2023年11月23日 03時10分16秒 | Weblog

 寅太は、校舎裏の丘陵に綺麗に咲いている赤茶色のカキノモトの畑を通り過ぎて、眼下に駅舎が望める杉の下に僅かばかり広がる野原につくと、自転車を横に倒して腰を降ろし
 「ここが人目につかずいいや。美代ちゃんも座れょ」
と言ったとき、繁茂するススキの中から三郎が大声で
 「オ~イ 何処に隠れた~」
と叫んだので、寅太は苦々しく
 「あの野郎 辺りをはばからず無神経で大声を出すので、これだから嫌になっちゃうんだよなぁ~」
と、眉間に皺を寄せて不機嫌そうにムッとして
 「此処だよ もっと小さい声で静かにいえッ!」
と、愚痴ったことも忘れて、三郎に負けず劣らず大声で返事をして場所を教えた。

 裏山に誘われて来るときは、ご機嫌で明るかった寅太が急に不機嫌になったことに対し、美代子は
 「寅太君。そんなに怒ることないわ」
 「私達、中学生時代の同級生で普段仲良しにしており、村の人達に見られても怪しまれることはないでしょ・・」
と言って三郎を庇うと、寅太は
 「美代ちゃん、そうでないんだよ。美代ちゃんには恋人の大助君がいるだろう。村の人達は、皆、将来、大助君が美代ちゃんのお婿さんになると思いこんでいるんだよ」
 「それを、俺達が美代ちゃんを裏山に引張り出したと、爺さんに知れたら鉄拳制裁ではすまんわ。俺の気持ちをモット真面目に考えてくれよ」
と語気を強めて返事をした。
 美代子は呟くように
 「大助君とは春に別れたっきり連絡も取れず、今頃、どうしているか全くわからないゎ」
と言って寂しそうな表情をしたところ、寅太は
 「そんな顔をするなよ、心配ないさ」
とブッキラボウに答えた。

 寅太は、美代子と一緒にいることを村の人に悟られない様に気遣っているのに、三郎に雰囲気を壊され不機嫌な顔をしていたが、三郎はそんな彼のことを気にせず、裏側の繁る熊笹を見回して感慨深げに
  「あぁ 此処にくると思いだすんだよなぁ~」
  「中学3年の秋、山崎センコウ~(先生)に嘘を言って昼休み前に、この藪の中で小使い室から大鍋を持ち出し、豚肉や豆腐それにキノコ等をゴチャゴチャに入れてトン汁を作って、5人位で弁当を食べたことがあったよなぁ」
  「途中から女子に見つかり押し寄せられて、寅なんか気前良く振舞っていたが、美代ちゃんもそのときいたかなぁ」
  「俺、覚えていないが、食後、寅の号令で女子全員が二列に並ばされ、一人が逆立ちすると向かい合った者が足を掴んで支えてやり、女の子の中にはスカートが下に垂れてパンテーが剥き出しになり、泣いたヤツもいたっけなぁ」
  「美代ちゃんが、そのときいればよく拝んでおくんだったわぁ」
と、懐かしそうに話し出すと、美代子は
  「そんなこと覚えていないゎ」
  「あんたがたは、クラスでもオチャメで乱暴者だったから、皆が一目置いていたけど、たまには、奇抜なアイデアで生徒達を面白がせていたわネ」
と、素っ気無く答えると、寅太は三郎の頭をコツンと叩き
  「コノ バカッ!そんな昔の御伽噺はどうでもよいわ」
  「これから重要な話をするんで、静かにしていろ」
と言って、三郎の話を遮ってしまった。

 寅太は、空を仰いで一息いれて少し間を置いたあと、横に座っている美代子に対し
 「東京の大助君と、春に別れたあと、爺さんに内緒でラブレターの交換をしているんかい?」
と聞くと、美代子は俯いて周囲の草を少し摘まみ指先に絡めていじりながら、寂しそうな表情で
 「ラブレターを出すどころか電話も一切していないゎ」
 「最も、わたしがイギリスに居たせいもあるし、彼も規則の厳しい大学の寮生活で、外部との連絡は余程の用事がない限り、出来ないらしいの」
 「だから、飯豊に帰ってきてからも、彼とは音信途絶だゎ。どうすれば連絡できるのか迷っているのよ」
 「それに、お爺さんからも、大助君の勉強の邪魔になる様なことは一切するな。と、厳しく言われているので・・」
 「遠距離恋愛より、音信途絶はもっとつらいゎ」
 「まさか新しい恋人が出来ているとは思いたくないが・・」
と不安そうに答えたので、彼は信じられないような顔つきで
 「フ~ン 頭のよい連中はそんなもんなのかなぁ~」「俺達の頭では全然わかんないやぁ」 
 「それでも、心は繋がっているんだろう。連絡がとれないってゆうくらいで、あまり後ろ向きに考えるなよ」
と、自分達では想像も出来ないことなので、不思議がって聞くと、彼女は
 「私の面倒をみてくれている、お爺さんの言いつけだから仕方ないゎ」
 「それは、イギリスに居たときも、帰って来てからも、なんとか電話くらいしたい気持ちは山々だけれども、兎に角、大助君に一生懸命勉強をしてもらうためには、わたしが我慢する以外に、今のわたしに出来ることがないし・・」
 「でも、わたしは彼を絶対信じているし、彼も私を裏切る様なことはないと思うゎ」
と、言ったところ
 
 三郎が拍子を合わせるように
 「ほんと、うるせい爺さんだからなぁ」
 「この前なんか、朝の忙しいときに施設の婆さんを病院に送り、入り口に車椅子から降ろして毛布でくるんだまま置いたところ婆さんが転がってしまい、運悪く爺さんが顔を出してそれを見て、若い看護師の見ているところで
 「コラッ!患者を荷物扱いするな。と、怒鳴られて恥ずかしい思いをしたわ」
と言ったが、彼女は三郎のその時の様子を思い浮かべて苦笑したが、寅太の肩を軽く叩き
 「君達、わたしが精一杯自分の気持ちを抑えて耐えているのに、急に不安がらせないでょ」
 「春にお別れするとき、二人で永遠の愛を誓って、揃ってマリア様にお祈りしたのょ」
と、後の部分は一寸顔を赤らめ恥ずかしそうにして、小声で飾らずに心境を話した。

 寅太は、彼女が敬虔なクリスチャンであることは知っているが、彼女の言う永遠の愛を誓うとゆうことが大袈裟に聞こえ、少し緊張気味の彼女の気持ちを和ませようと思って、彼なりに率直に
 「ヘ~エ。美代ちゃんは上品な言葉で言うが、その永遠の愛を誓うって、神様や仏様に頭を下げて、お願いすればいいんかい」
 「俺も、ラーメン店の真紀子と永遠の愛を誓いたくなったわ。方法を教えてくんないかい」
と聞き返すと、彼女は
 「それは、人それぞれで、わたし達のことは詳しくお話できないわ」
 「意地悪なことを聞かないでょ」
と言いながら、今度は、寅太の膝を叩いて話をやめてしまった。
 三郎は、腹這いに寝そべって、両手の掌に顎を乗せて怪訝な顔つきで、時折、目を細めて美代子の顔を盗み見する様に覗きこんで黙って聞いていたが、彼女の言葉に心を揺すられたのか、同情する様に時々顎で頷いていた。

 寅太は、美代子の返事を聞いた後、タバコを取り出して一本火をつけ深く吸い込んで、空に向かって紫煙の輪を噴出した。
 美代子がその仕草を見て
 「アラッ 寅ちゃん、まだ、未成年でしょ、いけないゎ」
と言うと、彼は真面目な顔つきで
 「精神安定剤だよ。何時も吸っている訳でわないよ」
と答えたあと、吸いかけたタバコを、恨めしそうに見ていた三郎に渡し
 「美代ちゃん達のことは聞いても、実際のところよく判らないが、お爺さん先生は頑固で厳格なことは、俺もよく叱られたこともあり承知しているが、それにしてもなぁ~」
 「美代ちゃんのところの病院は、うちの店のお得意様で、これから俺が話すことは、お爺ちゃん先生は勿論、ほかの人には絶対に内緒にしてくれよ」
 「俺は、美代ちゃんのことが心配で正直に話すので、若し、老先生に、この話がバレタら、寅のヤツ、余計なことを喋りやがってと、眉毛を逆立てて怒り、その結果、折角新しく出来た病院に出入り禁止、俺は店を首っ!、社長は倒産で夜逃げ。と、とんでもないことになるので、美代ちゃん約束してくれょ」
 「サブ(三郎の愛称)、お前は口が軽いので、本当は聞かせたくないんだが、美代ちゃんと蜜会すについて、美代ちゃんに手を出さなかったと証明できるのは、俺の周りにはお前しか適当な人がおらず、やむなく高額な弁当を奢ってやるんだし判ったなっ!」
と注意していた。

 美代子は、寅太の膝をつっき
 「なにを大袈裟に言うのょ。どの様なお話か判らないが、わたし胸騒ぎがして、チョッピリ不安になってきたゎ」
と言うと、三郎は
 「おい寅っ! お前まさか、身のほどに似合わず、美代ちゃんを愛してるなんて、一世一代の告白をするんでないだろうな?」 
 「どうせ、一発でノックアウトされるんだから、よしておけ。よしておけよ」
 「それでも、永遠の愛を誓って、キスをするんなら、俺、藪の中に隠れるから、思いきってすればいいさ」
 「俺もなんだか不安になってきたわ」
 「真紀子はどうするんだ。お払い箱か?。カワイソウニ・・」
と、勝手なことを言ったあと、起き上がって胡坐をかき、真剣な顔つきで、寅太に対し
 「ここまできたら、もう引きさがれないし、度胸を決めて、さっさと言ってしまえよ」
 「腹も減ってきたし。さっさとかたずけてしまえよ」
 「将来、美代ちゃんと結婚する場合は、俺が立派な証人になってやるわ」
と、相変わらず気楽な性分で言うと、寅太は、三郎の減らず口を無視して、一語一語言葉を選びながら語りはじめた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(続) 山と河にて

2023年11月18日 10時28分16秒 | Weblog

 母親の母国であるイギリスから帰国して間もない美代子は、前日の校内マラソン大会の疲労で熟睡していたが、大助が沿道でニッコリ微笑んで手を振っている夢を見てハッと目を覚ました。
 この夢は果たして良い知らせなのか、或いは怪我や病気の不幸な暗示なのかと、しばしベットの中で思い巡らせていたが、思案するほどに胸が締め付けられる様に息苦しくなり、起き上がって出窓のガラス窓をあけて大きく息を吸い込んだ。

 飯豊山麓の晩秋の冷えた柔らかい風が頬をなで、空を見上げると、十三夜の月が煌々と夜空を明るく照らし、そのため他の星は、遥か遠くの方に離れて霞みチラチラと瞬いていた。
 俗に”西郷星”と呼ばれる火星だが,月とほどよい距離を保ってポッンと妖しげな光を放って瞬いていた。
 眺めているうちに、神々しさを感じて冷静さを取り戻した。
 彼女は妖しげに瞬く火星を茫然として眺めているうちに、大助君の勉強に差し障りの無い様にとの祖父の気配りと忠告に従い、彼と春に別れて以来、文通をかわすこともなく過ごしていたが、あの西郷星は静かに彼に寄り添う自分に似ている様にも思えた。

 美代子は、過ぎ去ったことだが、北国に漸く訪れた萌える春に、義父正雄の不適切な生活態度が発端で家庭が崩壊し、それを契機に、お爺さんの老医師も診療所の経営に意欲を失い、診療所を閉鎖する覚悟をしたことを知らされた。
 母親のキャサリンも、正雄との結婚生活に絶望して、母国のイギリスに帰国し、一人で暮らす老母の面倒をみたいと考え、老医師も賛成してくれて、それに伴い老医師の勧めもあって、彼女も大助と離れることに、後ろ髪を引かれる思いでキャサリンと連れ立って故郷を離れていた。
 その際、老医師は自分の孫の様に可愛いがっていた大助の勉学に、恋愛感情が支障とならない様にとの考えから、彼の将来を慮って、暫くの間、文通をしないことを、彼女に厳しく言い渡しておいた。
 彼女も、老医師の大助に対する深い愛情を理解しており、自分達の唯一の理解者である老医師が健在であるかぎり、しばしの別離の試練に耐え忍ぶことにより、何時の日かは、お互いに成長した大人として再会できる日が必ず訪れると堅く信じて、老医師の忠告を忠実に守り、ロンドン郊外にある地元の大学に通っていた。

 彼女は、その間、彼が恋しくなると、地元の風景写真の裏や花模様入りの便箋に思いのたけを書いて気持ちを晴らし、出すあてもないレターを、机の脇の書棚に積み重ねていた。
 何時の日か、彼に読んんで貰い、別離していても、その間のいちずな愛情を理解して欲しいとの願望を込めて書きつずり、切ない恋心を紛らわせて時の流れをすごしていた。

 ロンドンの晩秋の風は、故郷の飯豊の風と違い肌を刺し寒く感じるが、晴れた日の朝、庭の薔薇の花を眺めては、今頃は、懐かしい飯豊の町にある診療所の片隅にある柿の老木に、例年の様に、重そうに釣るさがっている柿の実が橙色に色ずいていることだろう。と、懐かしく思い浮かべてた。

 そんな秋の夕暮れに、キャサリンは老医師からの思いがけぬ便りを受け取った。
 それは、一旦は閉鎖を決断した診療所だが、地域の中核病院として施設を拡充して存続して欲しいとの、県や地元周辺の自冶体の度重なる要請を受けて継続することに翻意し、再開することになったので、そのため薬剤師で診療所の業務に精通している彼女に帰国する様にとの指示であった。
 キャサリンも手紙を何度も読む返えして、老医師の健康を気ずかい、また、診療所の再開への強い意欲に促されて、僅か半年でイギリスを離れる決意をし美代子を連れて秘かに帰国していた。
 美代子は、母親から話を聞かされたときは、舞い上がらんばかりに嬉しさで胸が一杯になった。
 キャサリンにとっては彼女以上に、心が通い合う山上節子と、また、一緒に日々を過ごすことが出来ることが何より嬉しかった。
 山上節子は、兄弟のないキャサリンにとっては、年齢も近く、診療所の看護師長として日常の業務について若い看護師を指導してくれるばかりか、夫正雄と離婚して以来、院内業務は勿論のこと、日常生活の中で主婦としての悩み事や娘の教育などについて、まるで、姉妹の様に最も心おきなく話し合える人であり、彼女にとっては異国の地である飯豊の町で過ごす身の上では、唯一心から尊敬し信頼していたからである。

 診療所が地域の要望で拡充し病院として格上されて再開するについては、大学医局に勤める長男で元夫である正雄医師が、その裏で、父親である老医師のこれまでの業績や名誉を立派に残してやりたいとゆう思いと、自己の犯した失敗を償う気持ちから、大学医局や地方自冶体それに地元の有力者との折衝に奔走し、綿密に練り上げた計画を秘かに進めた結果てある。
 正雄は、軍医上がりで厳格な性格の老医師の逆鱗に触れない様にと、自分は極力身を隠し、地元有力者を表に立てていた。
 それに、別れて以来一層愛しさが募る美代子について、将来、病院の継承問題とは関係なく、例え、どの様な型になるにせよ、彼女が幸せになれる様にと願う親心からでもあった。

 そのような背景を露ほども知らない美代子は、帰国後、新潟市内の看護大学に編入試験を受けて通学し、大助と過ごした過ぎし日の数々を思い出しては、落ち着かない気分でいた土曜日の昼下がり。
 地元の山崎商店に勤めている同級生の寅太が、いつもの様に入院中の患者の日用品や介護品を配達にやって来た。
 寅太は、中学生時代担任教師であった山崎社長に無理難題を言っては授業をサボリ校外の裏庭で喫煙したり、他の生徒に乱暴したりして校内の問題児であったが、大助がことあるごとに助言をうけている町内の先輩である健太から冬山で厳しくしごかれた事を契機に卒業後は一転して心を入れ替え、今では山崎先生が退職して開業した雑貨店の営業マンとして活躍しており、時折、彼女のために影で力になってくれている同級生である。 
 彼は、体格も良く根が正直で義侠心旺盛で機知に富んでおり、得意先には人気者で、店の営業を一手に引き受けて、山崎社長の信任も厚い。

 寅太は病院の入り口で美代子を見つけると、親指を立てて「爺さんいるか」と声を潜めて聞き、彼女が「座敷で休んでいるゎ」と答えると、ニコット笑って
 「いま、暇か」「時間があったら裏山に散歩に行こうゃ。内緒話があるんだ」
と誘い、退屈していた彼女が
 「そうネ お天気も良いし、久し振りにデートしましょうか」
と機嫌よく返事をしたので、彼は
 「大事な話で、爺さんには内緒だぜ。約束してくれよ」
 「俺一人では君と一緒にいるところを、村の人達に見られたとき変な目で見られても困るので、相棒の三郎も一緒に行くが、校舎裏の入り口前で待っているよ」
 「じゃなぁ。自転車で来いよ」
と言い残して用事を終えるとさっさと出ていった。
 
 三郎は、村の駐在所の三男坊で、小柄で気性が強く中学時代は寅太と仲が良く、端で見ていて寅太の子分のようで、寅太と一緒に厳しい試練をうけたあと改心して、今では山崎先生の推薦で街の老人施設に臨時職員として勤めており、愛嬌があり入居者の老人からは可愛がられ、他の職員が嫌がる汚物の処理や車椅子での散歩を積極的に引き受け、施設では重宝がられ人気者になっていた。

 美代子は、長い金髪を後ろに束ねて、首には紫色のネッカチーフを巻いて横で結び、紺色のカーデガンに黒のスラックスを履き、自転車を引いて校舎裏にやって来た。
 寅太は、その容姿を見るや、服装を変えただけで随分綺麗になり、チョッピリ大人の色気を含んだ雰囲気を漂わせている彼女が、これが自分の同級生かと思うと一瞬ドキッとしたが、直ぐに我にかえり、三郎に対し
 「オイッ! 昼飯の弁当と飲み物を買って来い」
と言いつけ、寅太が気前良くお金を渡すと、彼は
 「今日は仕事をサボッテお前の応援をするのだから、少し値が張るが俺の好きなカツ弁を買って来るぞ」
と言って、喜んでスーパーに行ってしまった。

 彼女は、二人の様子を見ていて、お爺さんに隠れて大事な話しって、一体なんだろうかしら。と、不思議に思いながらも、彼等を信頼しているので心配することなく、寅太の後について自転車で校舎の裏山に向かった。
 裏山の原っぱの道は、ススキの茎が背丈を越えて高くなり、途中から坂道になったので、彼女は
 「寅太く~ん、歩いて行きましょうょ。そんなに早くては、わたし君についてゆけないゎ」
と声をかけると、彼も自転車を降りて
 「ここまで来れば人に見られることもないしな」
と妙な一人語とを言って、なおも、奥山の方に自転車を引いて歩いていった。

 美代子は道すがら思いをめぐらせ、春、東京に帰る列車に乗った大助を、この裏山で寅太と二人で手旗や傘を振りながら泣いて見送った時には、野イチゴが赤く実を結んでいた草原は、いれ代わるように紫色のリンドウの花がポツン・ポツンと咲いており、秋の深まりを感じさせた。
 
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山と河にて (31)

2023年11月14日 03時28分17秒 | Weblog

 ハプニングに富んだ結婚式が終わり、皆が休憩室で休んでいるうちに、式場が披露宴の会場に変わると、珠子は化粧直しをして、薄緑色のスーツに衣替えして、昭二と連れ立って各席をニコヤカニ笑顔を振りまきながら挨拶廻りしていた。
 健ちゃんは、隣席に座った永井君の手を堅く握り、感激した面持ちで
 「やっぱり、君は頭がずば抜けていいわ、感心したよ」 
 「それにしても、随分、手の込んだ脚本と演出で、今日の演技はアカデミ~賞ものだよ」
と言って、彼の肩をポンと叩き頭を下げて礼を言った。
 永井君は、健ちゃんのお礼に対し、手の掌を顔の前で何度も横に振って、にこやかな笑顔で
 「とんでもない。僕こそ先輩にお礼をしたい気持ちで胸が一杯ですよ」
 「僕の真意は、ホレッ!。 夏の登山訓練で、健ちゃんから結婚後の大人の生活について色々と教えてもらった頃から、珠子さんは勿論、参列してくださった周囲の人達、それに両親の心を傷つけないで、この場を円満に治めるには、どうすればよいのか、真剣に考えた末のことで、もし、先輩や昭二君が出席されなかったら・・。と、そればかりを朝から心配してましたよ」 
 「改めて、先輩の機知に富んだ勇気ある行動にお礼を申しあげます」
と言って、立って深々と頭を下げた。
 その顔は、目的を完遂し、長い間苦しんでいた問題が、月をかすめる雲の様に静かに流れ去り、明るく穏やかであった。

 永井君と入れ替わるようにして、昭二が額に汗して青ざめた顔で、健ちゃんの隣に座り
 「健ちゃん、今日は本当に有難う。この恩は、珠子と共に一生忘れないよ」
と感謝して、コップにウイスキーの水割りを作って渡すと、健ちゃんは
 「正に、負け試合で迎えた9回2死ノーランナアーの打席で、何とかホームランを打って逆転したようなもんだ」
 「これで、俺も監督として責任を果たせてホットしているよ」
 「想い起こせば、駅前の食堂で珠子さんとデートさせたとき、見事に三振して、入り口の籠の中のオームにまで、おかしな啼き声で冷やかされたこともあったが、全く人生は”諸行無常””難行苦行”で、お前も辛抱強く頑張ったよ」
と褒めたたえると、昭二は恐縮しながらも
 「健ちゃん、ついでに教えてもらいたいんだが、予期しない突然の結婚式で、頭の中が真白で混乱していて判らないんだが、今晩はどうすればいいんだい?」
と聞いたので、健ちゃんも、とっぴな質問に答えるのに戸惑い
 「オイオイ、お前、大卒の文学士で女性心理には詳しいんだろう! そんなことまでコーチはできないよ」
 「前に居る新婚ホヤホヤの、看護師のマリーに聞け!」
と言って、呆れた顔をすると、六助が身を乗り出すようにして、先輩風を吹かせて
 「自然体だよ。自然!。少しは痛がるかもしれないが、珠子さんなら心得ているよ。何とかなるさ・・」
 「最も、マリーは泣いたり喚いて五月蝿かったが・・」
と言うと、マリーは、怒りをこめて六助の頬を強く抓り
 「コノ ヘタクソ ガ」「余計なことは言わないことっ!」
と言って、昭二の隣に寄って来て小さい声で、看護師らしく、意味ありげに微笑んで
 「男女夫々の肉体が、そおゆう知恵を備えているので、心配することないゎ」
と答え、肩を軽く叩いていた。
 珠子は、そんなやり取りを聞いて少し顔を赤らめたが、健ちゃんにチラット目を流し、恥ずかしそうに、彼の耳もとで
 「コンバンハ ショウジサンニ ウ~ント カワイガッテ イタダクワ」
と囁くと、豪胆な健ちゃんも、流石に返事に窮して「う~ん、参った」と唸って、隣にいる妻の愛子の胸に顔を埋めてしまった。 

 奈緒は、彼等の話が耳ざわりになり、大助の袖を引いて外に誘い出すと、庭の中ほどにある池の方に手を繋いで散歩に出かけてしまった。
 珠子は、抜け出した二人が自分のこと以上に気にかかり、その後ろ姿を窓越から見ていると、二人は人造池のほとりの芝生に並んで腰を降ろし、大助が立て膝にしている奈緒の膝辺りのスカートの裾に手をかけて
 「奈緒ちゃんの脛も随分色っぽくなったなぁ」
と、悪戯っぽく笑うと、奈緒は彼の手を叩いて跳ね除けていたが、笑顔を絶やさず、彼等はその後再び手を繋いで散歩に出かけてしまった。
 珠子は、二人がハグしてキスを交わすこともなく歩き出した姿を覗き見て、なんかがっかりした気持ちになったが、彼等が自分の願い通りに、仲睦まじくして手を取り合って散歩している姿が微笑ましく見え、自分のこと以上に嬉しくなった。

 大助は、池を一回りしたあと、再び、池の端に腰を降ろし、一人ごとの様に
 「姉の結婚式も、なにか映画を見ている様で現実離れして、終わってみれば、自然の成り行きで、余り感激が湧いてこなかったなぁ~」
と呟いたあと、心の奥深くに潜んでいた思いを何気なく言葉に出して
 「奈緒ちゃんも、いずれ誰かと結婚すると思うが、僕以外の人とのときは、出来れば招待しないでくれよ」
 「寂しさと悔しさで、胸がキュンと締め付けられるだろうからなぁ~。若しかして心臓発作が起きるかもしれないよ」
と、何気なく小声で漏らすと、彼女は
 「それって、本当の気持ち?」「美代子さんとはどうなっているの?」
 「大ちゃんと結婚するなんてこと、とても信じられないゎ。でも、その様に言ってくれるだけでも嬉しいわ」
と返事して、いたずらぽく
 「わたし、恋愛ベタで、このまま一生独身で過ごすかもしれないわ」
 「この先、大ちゃんみたいに素敵な人なんて、私の前には絶対に現れないと思うの」
と、大助の漏らした問いかけに少し遠慮して答えた。
 二人は、互いに握りあった手を大きく振って、再び歩るき続けた。
 奈緒は、珠子が今迄とおり自分の身近にいるとゆう、ただ、それだけのことだけで、彼女なりに安心して笑顔が絶えなかった。
 そんな会話の中でも、大助は心の中で、姉が気心の知れた昭二さんと結婚してくれたので、昭二さんの境遇から、いずれは家に入ってくれ、家督を相続してくれるであろう。と、勝手に想像した。 
 そして、これで、美代子さんが気に止めて悩んでいた、自分達の間に立ちはだかる、長男長女であるための難問も、一つクリアしたかな。と、秘かに思った。


 
 
 柿の実が黄色く色ずきはじめ、朝晩の冷気に秋の気配を感じるころ。 
 美代子は母親のキャサリンと祖母のグレンの三人で、懐かしい里の香りが漂う、飯豊山麓の静かな街にある、実家の診療所にイギリスから秘かに帰って、新潟市の大学に転校して日々を過ごしていた。
 彼女は、大助に対する思慕から、日夜、悩んで生活の張りを失いかけていたが、祖父である老医師からは、日頃から、彼の勉学に迷惑になるからとの理由で、連絡することを堅く禁じられていた。
 珠子の結婚式に招待された、山上節子と理恵子の親子も、大助に対し挨拶を交わしたほかは、美代子のことについて話を触れることを避けたのは、情において忍びなかったが、老医師の大助を思う心情をおもんばかって、一言も触れず
 「紅葉の色ずくころ、また、里山の景色を見に遊びに来てくださいね」
 「お爺さんも口にこそ出さないが、君が来ることを心待ちしているゎ」
と、それとなく誘いの言葉をかけておいた。                                   (完)

                                                  後編  (続)山と河にて  



 
                                               
                      
                                                                                
                                                         

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山と河にて (30)

2023年11月07日 03時42分19秒 | Weblog

 永井君が、宣誓に答えることなく沈黙を続けていたので、牧師は優しく諭す様に
 「永井さんには、私の言葉が聞こえましたか?」
と聞くと、彼は「ハイ」と、か細い声で素直に返事したので、牧師は親切に、再度「貴方は、新婦を生命のかぎり愛し・・」と、繰り返して告げると、彼は暫し間を置いて、参列者にも明瞭に判る様に、はっきりとした言葉で
 「僕は、誓うことができません!」
と、自信たっぷりな口調で、牧師の顔を見て答えた。
 珠子は、永井君らしい聞きなれた何時もの元気のある声で、はっきりと答えたので、、瞬間、目前でおきた突発的で奇妙な現実を理解出来ず、訳もわからずに心の中で、アッ!救われた。と、思った。

 それは、今のいままで、官能小説の主人公とダブって連想していた屈序と羞恥に対する嫌悪感。
 重苦しく息の詰まるような思いで、今夜からの猥らな行為を、耐えて受け入れるのが、妻となる以上夫に対する義務と考え、恐怖と悲壮な思いでいただけに、彼の言葉を素直に聞きとれず、自分の耳を疑った。
 突発的な出来事に、彼の言葉が何かの間違いではないかと疑心暗鬼な思いにかられて不安感は拭えず、間違いであったとしたら、やはり、今夜からは、彼の気持ちに逆らわず、彼の求める行為を嫌々ながらも受け入れることも致しかたないと改めて覚悟を決めていた矢先だけに・・。
 その反面、若し、彼が自己に忠実に答えたとしたならば。と、思うと全身から力が抜けて、不安な気持ちでいたことが急に萎えて、不思議にも永井君に、かぎりない好意が湧くのを覚えた。

 式場内は、参列者の声を殺した小さなドヨメキがおきたが直ぐに静まり、一瞬、凍りついた様な不気味な雰囲気が漂ったが、彼は微動だもせず、平然と構えていた。
 牧師も、これまでに数多くの結婚式に司祭に招かれたが、誓いの言葉を宣誓する最も重要な段階で、新郎に明瞭に否定されたのは、これが初めてで、永井君の自然な態度と返事が間違いないと確認し、小首をかしげて苦渋の表情で、次の式次第をどの様に進めたら良いのかと戸惑ってしまった。

 少し間をおいて、永井君の母親が、顔色を変えて晴れ着の裾を押さえながら彼の傍に駆け寄り
 「勝則!。いまになって、なんてことを言うの!」
 「お前だけでなく、永井家の恥ですよ」「誓います。と、はっきりと言いなさい!」
と叱りつけて彼に翻意を促し、牧師に縋りつく様に
 「この子に、もう一度尋ねてやってください。気が小さいだけに式の雰囲気に呑まれて上がってしまい、うっかり返事を取り違えた様ですので・・」
と、泣き入る様な顔で懇願すると、牧師は気が進まない様子だったが、高額な謝礼金を受け取っている手前懇願を断ることも出来ず、妻の智代も牧師の傍らに寄り「貴方、願いを聞き入れて・・」と助言するので、牧師は、渋々と永井君に向かい、再度、重々しい口調で
 「それでは、もう一度、新郎の勝則さんに誓いの言葉を確かめます」
 「・・・・貴方はこの女性と結婚し・・・かたく節操を守ることを誓いますか」
と尋ねたが、彼は答えることなく俯いて頑なに沈黙を守っていた。
 珠子は、彼の真意が理解出来ずにオロオロとして心が動揺し、牧師同様に、この先どうなるのかと心配で胸が張り裂けそうに動転した。

 すると、少しざわついいた会場内の一瞬の間隙を突くように、式場の後方の席にいた健ちゃんが立ち上がり、雰囲気を変えるよに大声で「ハ~イッ!」と叫ぶと、それは沈黙した異様な会場の空気を稲妻のように突き破るように響きわたった。
 健ちゃんは、周囲を見渡したあと
 「ここに、長い間、新婦に切ないほどの片思いを抱いて来た、今にもこの世から消えいりそうな男がおります。彼ならその誓いを7~80%位守れると、親友の立場で確信します」
と告げ、続けて
 「どうか、この哀れな羊に牧師さんの暖かい心で神のお恵みを与えてください」
と、優等生らしい言葉で話したあと、彼の天性のユウーモア精神がでてしまい
 「牧師さんも、神様のお言葉は厳しすぎて100%は守れないでしょう?」
 「私も、自信がありません。然し、私は最高の幸せを感じて、妻と楽しく暮らしております」
と、早口で一気に話したあと
 会場内の小さな苦笑と、苦渋する牧師を見る智代夫人の目に<よくぞ言ってくれたわ>と微笑む表情を察するや、シマッタと気ずき、少し間を置いてゴホンと空咳をし、今度は落ち着いた声で、参列者に明瞭に判るように
 「永井君が、最後の瞬間に誓いを拒んだのは、彼の良心の現れだと思います」
 「私の友人に、是非、その誓いを立てさせてください」
 「彼は、珠子さんと5年越しの恋人同志で、町内の商店街や周囲の人達もそれを公然と認めています」
と発言すると、誰もが予期しない展開に会場内が静まりかえった。
 智代夫人は、その場を千載一遇の好機と捉え、牧師の顔に眼鏡の奥くから冷たい視線を投げかけてチラット覗き見て顔を寄せ、耳元で
 「あなたは、どうなの?。」「神の教え通り、節操を守っていらっしゃるでしょうね」
と、囁く様に耳うちすると、牧師は渋い顔で妻の智代を腕でこずき睨んだが、彼女は涼しい顔をして離れると、口に手を当てて可愛らしくクスット笑い、一瞬の間でも会場内を和ませた。
 それは、あたかも、彼女が事前に健ちゃんと打ち合わせしていたかのようにグット・タイミングであり、絶好の機会とばかりに、夫にクギをさしたのかも知れない。
 牧師は眉間に皺を寄せて、困惑の表情を浮かべていた。

 健ちゃんは、突然の出来事にキョトンとしている昭二の手を無理矢理に引いて「レッ・ゴ゛~」と気合をこめて式壇に向かうと、六助が「突撃!。健ちゃん!。頑張って~」と囃し立てた。
 少し間を置いて、健ちゃんの言葉を奇妙に理解したのか、そのとっぴも無い発言と素早い行動に、沈黙を続けていた参列者の中の若いカップルから拍手が起こると他の参列者からも、まるで漣が打ち寄せるように拍手がいっせに湧きおこった。
 
 健ちゃんが、昭二を連れて式壇に上がると、永井君はホッとした安堵の表情を浮かべて両手を広げて
 「健太さん。昭二君。よく名乗り出てくれた」「僕はこの様になることを心から望んでいたのです」
と言って二人に軽く会釈し、自信に漲った声で
 「珠子さんを、本当に幸せにできるのは、昭二君しかいない。と、ず~と前から思っていました」
 「これで、僕は君達や家族それに世間の人達に対して、僕が甘ったれの一人っ子でなく、自立した人間であることを、考えていた通りに宣言できて良かったです」
 「助けてくれて有難う!。人生の崖ぷちで助けてくれた、素晴らしい友情に感謝します」
と言って深々と頭を下げたあと、珠子に対し微笑みながら、優しく
 「貴女も、式場に入ったときから、今日の結婚式が間違っていたと、自己反省の思いで悩んでいたことは、今迄に見たこともない君の表情を見て判っていましたよ」
 「どうか、昭二さんと幸せな生活を築いてください」「及ばずながら応援させていただきますので・・」
と言って笑ったあと、昭二と珠子の手を重ねさせて、健ちゃんにも重ねる様に催促し、自分も重ねた。

 異様な雰囲気の中、意外な方向に展開した会場内の空気を素早くかぎとった彼の母親は、そこは社交術に長けた熟年の人だけに、その場の空気を自分に向かわせようと瞬時に思いつき
 「皆さん、私の子供は最後の瞬間において、神様の前に正直であったことは褒められるべきことだと思います」
 「名乗りを上げて此処に出られた人も、神様の御心にかなった人と思いますので、私は、折角、設けたこの式場で、お二方に式を挙げて頂きたいと思いますが、お二方も参列者の方々も異存は御座いませんね」
と、落ち着いた態度で話かけると、昭二と珠子は、嬉しそうにうなずき、参列者も拍手して異存のないことを示した。

 永井君は、昭二を控え室に連れて行き大急ぎで、自分の礼服を着せるると、彼の背丈が高く細身の礼服は、やや小太りで彼より背丈の低い昭二には合わず、困惑する昭二を励ましながらワイシャツだけを着せて蝶ネクタイを緩く締め、上着を手に持たせ長いズボンを引きずるようにして、再び、式壇に現れた。
 会場内は拍手で歓迎したが、その滑稽な姿を見た珠子が、微笑みながら、早くも新婦らしい振る舞いでズボンの裾を折り返してやった。
 健ちゃんは、してやったりとした顔つきで、牧師に
 「指輪は至急用意せますので、今日のところは交換を省略させてください」
と言って、最初から式を始めて欲しいと頼むと、牧師も事の成り行きを漸く理解して納得し、自分こそこの急場を救われたと、健ちゃんに笑みで答え頷いたあと、真面目な顔に戻り、珠子と昭二を前に立たせて、厳かに
 「それでは、式のはじめの部分は省略させていただいて、大切な誓約から行うことに致します」
と告げて、今度は式もスムースに進行し目出度く終了すると、あっけにとられていた牧師の智代夫人も精気を取り戻して、ウエデング・マーチを演奏するなか、珠子は晴れがましい微笑を浮かべて、ヴァージン・ロードを昭二に手を取られて、祝福の紙吹雪の舞う中を歩きだした。
 若い女の子の中には感激して涙声を出す人もいた。

 興奮した六助がマリーの制止を振り切るように、智代婦人に
 「奥さ~ん。 威勢よく祝典行進曲か、それとも”夢をあきらめないで”を演奏してくれませんかぁ~」
と絶叫すると、智代夫人は「楽譜が無いの・・」と答えると、すかさず、健ちゃんは音楽教室を開いている妻の愛子を手招きして呼び寄せた。
 彼女は、時折、奈緒の母が経営する居酒屋で、健ちゃん達に催促されて演奏する曲なので、楽譜なしで岡本孝子のヒット曲をピアノで演奏するや、式場では若い人達が中心になって
 ♪ いつかは 皆 旅立つ  それぞれの道を歩いていく
    あなたの夢を あきらめなで   熱く生きる瞳が好きだわ
       負けないように 悔やまぬように  あなたらしく輝いてね・・・
と、歌声喫茶のように明るい声で歌い出だして、皆の手拍子が会場に響き渡り、牧師夫妻も、初めて経験する若々しい雰囲気に満足そうに笑みを零して、参列者に伍して手をうって祝福していた。

 

 
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山と河にて (29)

2023年11月04日 03時44分26秒 | Weblog

 錦秋の9月25日は結婚式にふさわしく、東京にしては珍しく空が透き通る様に晴れあがっていた。 
 それに爽やかな微風も吹いて残暑をいくらかでも凌ぎ易いものにしてくれた。
 珠子は、朝早く起きて狭いながらも芝生のある庭に出て、日頃、心を癒してくれた百日紅やツツジ等の木々に、お別れとお礼の言葉を心の中で呟やいていたが、何気なしに庭の隅に目を移すと、大助が幼いころ多摩川の土手から採ってきて生垣に植えられている、わずかばかりのススキの穂が朝風に揺れており清々しい気持ちになり心が洗われた。
 隣のシャム猫のタマが遊んでくれるのかと勘違いして、垣根から飛び出してきて足元に絡みつき日頃可愛がっていただけに何時も以上に愛おしくなり頭を撫でてやったが「今日でお別れょ」と告げるのが忍びなかった。

 生垣のススキは、まだ大助が幼稚園児だったころの夏の日の夕暮れ時に、今は亡き父親をまじえて家族揃って近くの多摩川のほとりに夕涼みかたがた散歩に行ったとき、大助が
 「お月様に見せるススキをとってくれぇ~」
と、駄々をこねて亡き父を困らせ、素手でヤットのおもいで採って来て移植したものでる。
 その頃の大助はヤンチャ坊主であったが、近くで親しく家族ぐるみで交際していて、同じ幼稚園に通っていた奈緒ちゃんと遊び友達で、何故か奈緒ちゃんの方がお姉さんの様に振る舞い、二人とも素直に言うことを聞いてくれる可愛い盛りであった。
 それが今では・・。と、時の流れが速いものだと今更ながら改めて思った。
 彼女は、それらを思い浮かべ眺めていて少し感傷的な気持ちで、過ぎ去りし日々を懐かしんでいた。

 式は午後からで、珠子は仏壇の亡父の位牌にお別れを告げたあと、母親と一緒に迎えに来た車に乗って式場に向かった。
 会場のホテルの支配人は、昔、劇場の仕事をしていた関係から、ホテルの宴会場を見事な式場につくり上げて、式壇のうしろの半円形の壁にはステンドグラスがはめられ、両脇にはキク・カンナ・サルビヤ・カノコ百合等、季節の花々を溢れんばかりに生けられた花瓶で飾られ、それらの花々が特別の装飾もない式場の中を、清潔感と香りを漂わせて効果的に引き立たせていた。

 健ちゃん達一同も、ボーイの案内で会場の隅にある丸テーブルの席についた。
 六助とマリーは、自分達の式もこの様にしようと話合いながら嬉々としていた。 それに反し昭二は複雑な思いから青ざめて渋い顔をしていたが、健ちゃんの指図で彼の隣の席についた。
 大助と奈緒は並んで座ったが、大助は緊張感からテーブルに置かれたコップの蓋をとって冷えた水を一気に呑みほすと、奈緒が見かねて自分の前のコップを、人目をはばかる様に大助のコップとそっと取り替えてやった。
 六助は、お客さんの顔ぶれをキョロキョロと眺めまわしていたが、マリーが彼の袖を引張って注意するとニコット笑っていた。

 やがて、支配人の司会で、黒い法服をまとった、白髪頭の背の低いズングリとした、風格のある高齢の牧師さんが控え室から出て来て、会場を見まわしたあと、雑談が静まったのを見届けてから、重々しい口調で、季節を枕言葉にひと通りの祝意の挨拶をしたあと
 「それでは間もなく式を始めさせて頂きますが、新郎の縁戚、知人のかたがたは右側の席に、新婦の方々は左の席におられます。なお、ピアノの伴奏は私の妻でございます。 それでは只今から本日の結婚式をとり行います。 智代さん、どうぞ・・」
と呼びかけられると、脇の幕あいから、黒縁の眼鏡をかけ中年過ぎの痩身で見るからに貴賓のある黒いドレスが良く似合う、牧師とは一見して歳の差があると思われる、牧師婦人がピアノの前に座って賛美歌の演奏をはじめた。
 控え室からは、親族の男に付き添われて、背が高く細身の永井君が新調したモーニングを着て緊張した面持ちでもなく、撮影なれした俳優の様に会場の雰囲気に合わせたかの様な顔つきで、中央式壇の前に進み出た。
 続いて白一色のウエンデング・ドレスで身を装った花嫁姿の珠子が、彼女のたっての依頼で、奈緒の母親に手をとられて式壇の前に進み出たが、彼女は普段とは見違えるほど綺麗に化粧をしていたが、濃い真紅の口紅で化粧された薄い唇を真一文字にキリッと閉じて、流石に硬い表情をしていた。
 彼女は赤い絨毯の上を歩いているとき、健ちゃん達の方に目を移すと、大助は腕組みし姉を凝視していたが、その腕に奈緒が右手を差し込んで彼の肩に顔を当ててピッタリと寄り添い、左手のハンカチを口に当てている姿がチラット目に映り、彼女はその様子を見て緊張していた心が束の間であったがほぐれホットした。

 珠子は、式壇に近ずくにつれ、削り立った断崖の端を一歩一歩進んで行く様な心理に襲われ、未知の新しい生活に入る不安感。いや、もっと本質的な、体中の精力をあらいざらい抜き取られる様な恐怖感を覚えた。
 彼女は、訳も判らず、たった今でも出来れば白いベールも衣装もかなぐり捨てて、会場から逃げ出したい衝動に駆られる気持ちになったりもした。
 然し、結婚式とゆう社会の厳しい慣習をつき破る勇気もなく、その断崖から落ちれば自分の人生は終わりだとも思った。
 ただ、自分の手をとって先導してくれる奈緒の母親の手のぬくもりと、大助と奈緒の、これまで見たこともない仲睦まじい微笑ましい姿が、唯一、緊張している彼女を勇気ずけてくれた。
 
 式壇の牧師の前に、永井君と珠子が並んで立つと、支配人の配慮のきいた趣向で、会場の照明が消されて薄く暗くなり、式壇だけが明るく照明されると、出席者のテーブルの中央に置かれた小さなグラスのキャンドルが、ボーイによって次々と燈され、頭上からの照明で、二人の姿がくっきりと浮かびあがった。

 智代女史の賛美歌のピアノ演奏にあわせ、参列者は予め配布された歌詞の用紙を見ながら伴奏に合わせ、歌ったこともない賛美歌を小声で口すさんでいたが、クリスチャンのマリーだけは英語が得意で流石に透き通る様な声で歌っていた。
 中には調子外れの声も聞こえたが、とりわけ、健ちゃんと六助の調子ぱっずれは元気のある声だけに、ひときは目立ち、マリーが慌てて六助の口元に手を当てたが彼はそれを振り払っていた。
 珠子はその声が耳に入ると、恥ずかしさでワッ~!と泣き出したい気持ちになった。

 隣には、永井君が表情も変えずに立っている。
 ただそれだけのことで、珠子は、下腹部の辺りに繰り返し不快な苦痛を感じた。
 今夜、この男とベットで夫婦の営みを行う。
 それは夫婦としての当然の交わりかも知れないが、実質は今までに何度か、彼の求めに応じて不本意ながらも戯れに経験した興味本意のsexが、結婚とゆう形式的に合法化され世間的に認められただけのことであるが・・。

 これまでに何度か誘われて蜜会したホテルと違い、時間的な制約も、また、自分に対する気兼ねもなくなり、かって、尋ねもしないのに告白した過去の豊富な女性遍歴で得た知識と、sexに対し、ことのほか好奇心を抱く、少し我儘な性格に加え、これまでのsexのとき愛撫もなく射精が終われば、わたしが、さっさとベットから離れることが気にくわなく、服装を整えてベットに戻ると、いつも<もっとsexplayをして君の身体を思う存分に楽しみたい>と、不満を漏らしていたことと、彼の潜在的なsex願望等を、重ね合わせて想像すると、今迄は同衾してもベットの中で遠慮気味にパンテーを脱がされる以外、シュミーズや肌着を脱ぐことを頑なに拒否すると不満そうにしていたが・・。

 然し、今夜からは、結婚したからには、夜毎、彼の求めに素直におおじ為すが侭に身をゆだねても、おそらく、彼は遠慮することもなく、いきなり無理矢理に肌着を剥ぎ取り、拒めば拒むほど逆に興奮して愛撫の手が荒くなり、赤裸々な姿態を彼の目に晒して、男の欲情を満たすだけの一方的で、感情や嫌悪感を無視されて執拗に愛撫され、羞恥心と屈序感に堪えられず、幾ら泣いて哀願しても許されず、その手は休むことなく長い時間続き、泣いて悶える姿態を眺めて、益々興奮して指先に力が入り、容赦なく、乳房や陰部をまさぐり、いたぶって、たまらずに横になって腰を引くと直ぐに力任せで仰向けにされ、顔を隠す両手の掌を手首を掴んで剥がし、苦悶する顔を眺めては、首から順次下腹部へと、唇や指先で全身をもてあそばれ、最後は半ば放心した身体におもむろに体を重ねて、やがて強引に挿入して一方的に性感を楽しみ、気が達するや息を弾ませて射精し終えて欲情を果たすまで、そんな猥らな行為が延々と続くであろう。
 更に、泣く泣く肌着をまとっているのに、疲れたから水割りを用意してくれとか。充分楽しんだとか。これがほかの女では味わえない夫婦のsexだ。毎晩、楽しませてもらうよ。等と、自分勝手なことを言いたい放題に言われ、彼は性を堪能した余韻を楽しんでいるであろう。

 そして、いずれハネムーンを過ぎれば夜の生活も慣れとマンネリズムに飽きて、ノーマルから次第にアブノーマルへと変化し、次第に強烈な刺激を求めることになるであろう。と、以前、本屋で何気なく手にとって興味深く立ち読みしたことのある、官能小説の筋がこのごにいたり生々しく甦り、その主人公と自分をダブラセテて連想して思い起こし、その様子を想像しただけで、軽い貧血を起こし目が眩みそうになった。
 若し現実にその様なめに扱われたら、世間の風評等気にせず逃げ出そうと考えたりもした。

 けれども、そこは、彼の性癖を承知して結婚するからには、結婚当初は致し方ないことと覚悟を決めてもいるが、ときには、自分が望まないときでも、妻として、また、彼の機嫌を損なわないためにも、不本意でも彼の求めに応じて、彼の性欲の生贄として耐えているうちに、必然的に、肉体の生理的な快楽と刹那的な性感を共有できる様になったとしても、果たして、この人に自分の全てを捧げて惜しみなく尽くす努力を積み重ねても、近い将来、真実の愛情と深い絆を精神的に得られる普通の生活が実現するだろうか。と、彼との生活に自信がゆらいだりもした。

 様々なことを思案しながらも、高校生の時から母親を助けて家庭を切り盛りして生活の苦労を多少なりとも経験し、成人して以後、おぼろげに覚えた知識では、最近、女性が男性を選択する自由の幅が広がってきたとはいえ、それは独身時代のことで、ひとたび家庭に入れば家族の和をなによりも優先することが妻の勤めである。と、古風な考えかもしれないが、結局は自分にその様に言い聞かせ心を落ち着かせた。

 それに、想像するに世間の大半の主婦も、おそらくは普段、何気ない顔をして生活や仕事に勤しんでいるが、結婚当初は、多少の違いがあっても、その様な男性の性に対する本能に秘められれた深遠な願望と能動的な生理的現象に、女性は受動的にひたすら耐えて、長い時の流れとともに夫のカラーに何時しか自然と染まりながら、今を築き上げてきたのであろう。とも考えて自らを慰めもした。
 ましてや、年代や名誉ある地位に関係なく、セクハラ問題を目や耳にする、最近のニュウスも日常的になり、これは一部が社会的に不運にも発露されただけで、その底辺は深く広く蔓延していると思うと、遠くは紫式部が源氏物語で男女の性行動を描写した古の時代から、性の区別がある限り、好奇心と快楽追求は絶えることなく、性が開放された現代では、その表現と行動が益々大胆になり恒常的となって人々を刺激している以上、永井君のみに理性的な性行動を求めるのは無理であるとも考えた。
 それに、彼が夜の生活に満足できずに外の女性に手を出して欲しくなく、また、それによって問題が起きれば、結局は妻の接し方が悪いからだと責められるのが嫌だし、ある程度は我慢しなければとも考え。

 そして、いずれは、好むと好まざるに拘わらずに、計画出産とはかけ離れた自然の成り行きで、この人の子供を生み、実母を差し置いて、血縁のない義父母の老後を面倒みるのかと思うと、消え入りたい思いにかられた。
 介護福祉士として毎日介護施設で老人の面倒を見ていて、人様の仕事・介護の両立の難しさを客観的に目にして、当事者の苦悩を見ているだけに、尚更、その思いが強く心をよぎった。
 別に永井君が嫌いな訳でもないが、この期に及んで、心の何処かで女の宿命が悲しく思えてならなかった。

 賛美歌がやむと、牧師が聖書の一節を朗読し、ついで祈祷の言葉を口ずさんだ。
 それがすむと、牧師は参列者に向かい
 「只今から、永井勝則と城珠子の宣誓をとり行いますが、この結婚に異議のある方はございませんか」
と告げると、参列者はヒソッと沈黙して異議の無いことを示した。
 その沈黙が、珠子には断崖の端に立った自分を後ろから押される様に思われ、遂に運命の岐路に立たされた時が訪れたと悟り、その瞬間、例え、どの様な屈序や苦難に耐えても、人が出来ることを自分にできないことはないと、本来の気丈な珠子に戻り、改めて永井君の良心を信じ、宣誓の覚悟を決めた。
 牧師は、参列者が全員賛成と確認して
 「それでは皆さん、御起立願います。只今から新夫婦の宣誓を行います」
と告げると、一同は椅子をきしませて起立した。
 牧師は、おだやかな声で
 「永井勝則君。 貴方はこの女性と結婚し、神の定めに従がって夫婦になろうとしています。貴方はその健やかな時も、病める時も、常にこれを愛し、敬い、これを慰め、重んじ、生命のかぎり、かたく節操を守ることを誓いますか?」
と、右手をかざして、永井君に告げると、彼は牧師の顔を見つめて、沈黙したままだった。
 会場には一瞬異様な空気が漂った。
 珠子はビックリして、沈黙を続ける永井君の顔をチラット覗き見ると、偶然、彼も彼女を見て目があったが、彼は落ち着いた顔つきで、珠子の顔を見て優しく微笑んでいるようにも見えた。
 



 

 
 
 
 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする