健ちゃん達は、大助を診療所に預けて宿に帰ると、早速、三人が手分けして知恵を絞り備え付けの大きい鍋に、持参の野菜や隣の商店から仕入れた豆腐やイトコンに、診療所から貰った解凍した熊の肉を入れて、チャンコ風な鍋の準備をし、炭火が赤々とともる広間の囲炉裏の吊り手にかけると、炊飯器にスイッチを入れて夕食の準備を終えると、浴衣に着替えて揃って温泉浴場にむかった
真っ先に入った六助は、熱すぎる湯を浴場に用意されていた消防用のホースを利用して小川から流れる豊富な水で湯加減したあと、熱い源泉の落ち口に、蜜柑を入れてきた網袋に入れたワンカップの酒瓶を吊るし、缶ビールを窓外の雪の上に出して、大きい岩石に囲われた豪華な浴場で温泉気分を満喫しながら入った。
健ちゃんが、ワンカップや缶ビールを見て
「六助、お前は相変わらず機転がきくなぁ」「自衛隊で相当仕込まれたなぁ~」
と感心すると、彼は
「海上は万事要領よく仕事をしないと先輩から気合を入れられるからなぁ~」
と得意満面に返事をしていたが、六助は
「健ちゃん、今日の訓練は一寸厳しすぎたんでないか?」
「あの連中も肝を冷やしていたなぁ~」
「俺も、健ちゃんにつられて調子に乗ってしまったが・・・」
と言うと、健ちゃんは
「あの位は軽い方だよ」「大助を庇ってやろうとは特に思わなかったが、あの連中には薬になったんじゃないか」
と平然と答えていたが、昭ちゃんは
「俺も、一時はどうなるのかと心配していたよ。力が違いすぎるわ」
と言うと、健ちゃんは
「昭ちゃん、大学の文学部で女子大生をナンパすることを、4年間研究して卒業してきたのとは訳が違うんだよ」
と答えたあと
「それにしても、昭ちゃん、俺がアレコレ考えて最高の作戦で指導しても、珠子さんを陥落させられないのは、敵も難攻不落か、或いは昭ちゃんが意気地なしなのか、最近、俺もジレッタクなって来たよ」
と、昭二と珠子の恋が実らないことを笑い飛ばしていた。 昭ちゃんは
「珠子さんに対する作戦も、今日みたいにスカッと決まれば言うことないんだがなぁ~」
と皮肉ぽく笑って答えていた。
温泉で汗をかいて気分よく部屋に戻り、囲炉裏を囲み、程よく燗された酒を飲みながら昭ちゃんが要領よく熱い熊汁を丼に盛り、皆が舌ずつみをうちながら機嫌よく雑談を交わしながら食事を始めたが、皆が珍しい食事に夢中になっているのに、六助が感慨深げに
「それにしても今日は朝からハプニングの連続だったなぁ。
なんと言っても、朝、いきなり外人さんの娘が訪ねて来て、大助と親しげにしていたのにはビックリしてしまったよ。
まるで映画のスクリーンから飛び出してきたのかと錯覚してしまったわ。
あの銀色が混じった長い金髪、それに透き通る様な青い目は印象的だったなぁ~。
あの目で見つめられたら、おそらく誰でもイチコロで参ってしまうよなぁ」
と独演会のように話の口火を切ったのが導火線となり、三人はこもごもそのときの感想を話あったが、健ちゃんだけは、なぜかそんな話題には余り積極的に興味をしめさなかった。
そんなところに宿のお婆さんが慌てて部屋に顔を出し
「いま、街の駐在さんが訪ねて来て、あんた達に合わせてくれ。と、険しい顔をして言っているが、何か悪いことでもしでかしたのかね?」
と、心配そうに告げたので、昭ちゃんは
「やっぱりか!。俺も、健ちゃんはやりすぎだと思ったが、暴行罪で逮捕されるのかなぁ」
と青ざめて言い、六助は丼を置くと
「まぁ~仕方ないさ」「元々は喧嘩の仲裁だし、たいしたことはないさ」
と落ち着いていたが、健ちゃんは
「心配するな!。事情を話せば判ってもらえるよ」「それで駄目なら、潔くお縄を頂くよ」
と腹を決めて丼を持ったとき、心が動揺していたのか熱い汁を胡坐の足に零して
「アツ アチチッ! お巡りさんの相手どころで無いわ」
「足首を火傷したみたいだわ。六ちゃん、タオルを水で絞って持ってきてくれ」
と叫んで、お婆さんを二度ビックリさせた。
健ちゃんは、足首を冷やしながら
「お婆さん、心配することはないよ。部屋に通して下さい」
と返事して、不安げな昭ちゃんにお構いなしに、なおも熊汁と酒を忙しそうに口に運んでいると、小柄で太って口髭を蓄えた、一見して人柄の良さそうな、制服姿のお巡りさんが、遠慮気味に現れて正座をして挨拶すると、歳上の健ちゃんに向かい、おもむろに
「いやぁ~、楽しいお食事中にお邪魔して恐縮ですが、今日は大変ご苦労様でした」
「スキー場でご迷惑をかけた連中は、街でも問題の少年達で、ワシも何度か補導したが一向になおらず、教師達もお手上げの状態で見てみぬ振りでいるので、益々、増長しており、ワシも困っていたところなんです」
「まぁ~、田舎にありがちな世間知らずと言う者ですが、今日とゆう今日は、あなた達の厳しい教えに懲りたようで、揃って駐在所に謝りに来ましたが、今度こそは、ワシの見るところ本物らしいですわ」
「三人の中で、一番背の低いヤツは、ワシの三男ですが、よく問いただしたら相手の人にケガをさせたとのことで、懇意にしている診療所の老医師に聞いたら、被害届の提出は、あなた達に聞いてくれとの事で、お邪魔に上がった次第ですが、如何が致しましょうか」
と、訪問の趣旨を丁寧に説明したので、昭二と六助は、意外な展開に唖然として聞きいっていたが、健ちゃんは、酒と熊汁の油で舌の回転が効いているのか
「旦那さん、お騒がせして済みませんでした」
「この様な問題は都会でも多く、全ての原因は、親も教師も権利ばかり主張して肝心の義務をないがしろにしている教育の欠陥が齎した結果で、政治家や社会そして家庭で、人の絆が希薄化している社会的現象と思いますわ」
「あの子達も、その意味では一種の社会的な被害者で、勿論、本人達の自覚の欠如もありますが、環境さえ整えてやれば、充分に立ち直れると思いますが、被害届等私の責任で連れの被害者に出させませんわ」
「旦那さんの胸にしまっておいてください」
「それが、この街にとっての平和であり、治安を預かる貴官の最高の任務ですわ」
と、自衛隊口調で、彼の持論を滑らかに展開して、日頃、昭ちゃんのために、満足に大助の姉の珠子さんを上手く口説けない、口下手な健ちゃんにしては、上手に答えていたので、二人は感心しながらも危惧していたことが一転して明るい雰囲気になり、再度、熊汁に神経を集中した。
健ちゃんは、安堵したのか気分よく駐在さんに熊汁を勧めたが、勤務中とのことで遠慮して帰って行ったが、宿のお婆さんは、ヤレヤレといった顔つきで再び部屋に来ると
「お前さん達は立派な青年だと褒めて帰っていったよ」
「このお酒はお礼だと言って置いて行ったが」
と酒瓶を差し出しすと、六助が冗談交じりに「ほれ、これ迷惑料だよ」と言って熊汁を出したら、お婆さんは美味しそうに一緒になって食べていた。
お婆さんは、鍋に白菜や葱と豆腐を継ぎ足しながら、六助の質問に対し
「アァ~ 朝、訪ねて来たオバコ(娘さん)かネ~」
「あの子は村の診療所の娘さんで中学生だが、村だけでなく周りの町でも評判のオバコ(娘)で、綺麗だけでなく水泳もカッパの様に得意で県の大会にも出るくらいに上手なんだよ」
「母親も美人で遺伝なんでしょうネ」「顔立ちも細面で目元や薄い唇がよく似ており・・」
「なんでもイギリス人とかで、旦那(御主人)も大学病院の医者どんで、老医師の子供さんで、ホレッ 俗によく言うハーフなんですよ」
「お爺さんが歳をとり、生まれ故郷であるこの村に、若旦那と3年位前からこの村に移ってきましたが、こんな田舎でよく辛抱しておられるなぁ~と村人達皆が感心しておりますわ」
「孫さんも、学校を終えれば、いずれは都会にお嫁さんに行ってしまうのでしょうが、そうなると、凄く可愛がっていたお爺さんや、この村の人達も花のない寂しい村になってしまうでしょうねぇ~」
「うまいあんばいに、お婿さんでも迎えてくれれば結構なんですけれども、そんな都合の良い具合には、世の中ゆきませんですものぇ~」
と、お婆さんは村人達の願望を込めて答えていた。
健ちゃん達は、食事後、床を並べて寝たが、彼は
「大助の奴、どんな縁か知らんが、俺に内緒で意外な娘と付き合っているんだなぁ~」
「まぁ~中学生だし、多くの人と友達になるのは結構だが、俺は心配なことがあり頭が痛いわ」
とブツブツ言っていたら、隣に寝ている六助が
「そう言えば、スキー場で大助が怪我したとき、その傍らで、あの泣きじゃくっていた姿は尋常ではないな」
と健ちゃんの話に同調し、昭ちゃんに
「先輩は、どのように思うか」
「ひょうっとして大助の出方に因っては、お前、珠子さんと一緒になった場合、先輩とあの娘さんが義兄弟にならんともかぎらないし・・」
「英会話は大丈夫か?」
と話かけると、健ちゃんは二人に対し少し怒ったような声で
「バカヤロウ~! 呑気なことを言っているな」
「俺は、例え、大助が゛あの外人の娘さんと恋愛したら黙ってはいないわ」
「確かに歳のわりに背丈も高くスタイルも抜群で、俺等の周りではチョット見かけない美人だが、綺麗だと言うだけで、仮にも、将来、二人が一緒になっても幸せにはならんわ」
と、酒の勢いもあり強い調子で言うと布団をかぶってしまった。
昭二と六助は、健ちゃんが何でそんなにムキになって怒るのか意味がわからず、顔を見合わせて、その後は話し合うこともなかった。