日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

雪に戯れて (4)

2023年03月30日 03時09分36秒 | Weblog

 大助は、なかなか寝付かれないので、皆が寝ついたと思って忍び足で風呂場に行き、お湯を温めて身を沈め手足を思い切り伸ばし、窓から見える庭の松に掛かる冷気を放つ様な満月を気分よく眺めていたら、突然入り口戸から珠子が顔を覗かせて、迷惑そうな顔つきで
 「こんな時間に・・」「夕方入ったでしょうに。ガス代が無駄だゎ」
と小声で言ったので、彼は慌てて咄嗟の思いつきで
 「姉ちゃんも一緒に入ればいいさ」
 「筋骨逞しい男性の肉体を、月明かりで拝めば、精神的にもリラックスしていいんじゃない」
と駄洒落を飛ばしたら、彼女は
 「コノ バカッ! 頭がお可笑しくなったみたいだわネ」
と戸を閉めながら怒った声で
 「明日、精神科に行ってきナッ!」「少し位勉強したからといって・・」
と言い放って戸を勢いよく閉めてしまった。 
 彼は姉の小言などいつものことと意に介せず、湯船の中から
 「姉ちゃ~ん、腹もへったので食パンとチョコレートそれに暖めた牛乳を用意してくれよなぁ~」
と大声で叫んで頼んだあと、汗をビッショリかいて気分が清々しくなったところで風呂から上がり、キッチンに行くと注文通りパン等を用意しておいてくれたので、それを食べながら、姉も、ことあるごとに五月蝿く文句を言うけれど、案外優しい思いやりがあるわ。と思い嬉かった。

 彼は、夜食を食べながら美代子達三人のことをあれこれ考え部屋に戻ると、取り敢えず、美代子と奈緒にはクリスマスカードに”信頼”入試突破”と書き、美代子には確かな当てもないのに 『正月休みにスキーに行くことを楽しみにしております』 と小さい字で書き添えた。
 姉に美代子の手紙を見せたあと、美代子との交際について、母親や珠子に交際することは難しいと言われたことは、文章で表現することは誤解の元になると思い、逢った時に話をしようと考え、わざと書かなかった。

 例年にない酷暑が過ぎたあとだけに、多摩川堤防や河川敷のススキやコスモスが咲き乱れた秋日和は体感的に足早に過ぎ去り、期末試験が終わったころには、時折、木枯らしが吹く初冬の音が聞こえて来た。
 美代子の住む街も、周囲を取り巻く高い山脈の峰々も、すっかり冠雪に覆われ、学校や公園のある丘陵も、たまに霜柱が立ち薄い氷結が白く彩られる日が訪れていた。

 冷たい風の吹く日の午後。美代子は白い毛糸の襟巻きを首に巻きつけ緑色のオーバーの襟を立て帰宅する道すがら、期末試験を終えて気分が楽になった同級の女生徒達が、仲の良い男子生徒の腕にすがってハシャギながら楽しそうに歩いている姿を見るにつけ、彼女には親しい男子生徒もおらずチョッピリ羨ましく思ったが、その様なときは”自分には大助君がいるヮ”と心の中で呟き自からを励まして寒い道を急いで家路についた。
 
 帰宅して、診療所の受付のカウンターの前に差し掛かると、病院では一番若い受付担当の朋子さんが
 「アッ 美代ちゃん、お帰りなさい」
 「キャサリン先生は、これから若先生の会合のお供でお泊りで新潟にお出かけょ」 
 「老先生の発案で少し早いが慰労会をやろうとゆうことで、お料理は仕出し屋さんから取り寄せ、節子小母さん御夫婦も来られるのョ」
 「クリスマスには早いが、皆さんでご馳走を頂くなんて久し振りなので嬉しいヮ」
と笑顔で教えてくれた。
 彼女は朝登校時キャサリンから何も聞いていなかったので、突然何かあったのかと思い、母親のキャサリンの部屋に行き声をかけてソット忍び足で部屋に入った。
 キャサリンは鏡台の前で振り向きもせず
 「アラッ お帰りなさい。試験はどうだったの」
と返事をしながら、鏡台に向かい入念にお化粧をしていた。

 鏡に映る美代子を見たキャサリンは
 「美代子。貴女、もう背丈がそれ以上に伸びない方がいいヮ」
 「貴女の背丈につりあう男の人は少なく、将来、お嫁入りの邪魔になるし・・」
と、化粧しながら背後の彼女を鏡の中に見て呟やいたので、彼女は
  「いいわよ。私、もっと伸びてやるわ。別にバレーボールの選手になるつもりも能力もないが、もう、私と一緒になってくれると堅く心に決めた人がいるので・・」
 「彼も背が高くてスマートな、頼り甲斐のある男の子で、心配なんか全然していないヮ」
と自信満々に答えて、甘える様にキャサリンの背後で中腰になり、両手をキャサリンの肩に置いて鏡を覗きこみ、化粧中のキャサリンの顔を覗き込んで、鏡に映る顔をジーット凝視して自分の顔と見比べていたが
  「お母さんの顔と私の顔、面長の輪郭や切れ長の目に淡いブルーの瞳、それに薄くて冷たい感じのする唇の形など、全てがよく似ているので、幾ら親子でも、わたし不思議な感じがするヮ」
  「わたし、お父さんに似ているところが、全然、無いみたいだヮ」「どうしてなのかしら?」
と何気なく言ったところう、キャサリンが
  「わたしに似ていて嫌なのかネ。親子なら当たり前でしょ。」
と、少し険しい顔をして返事をして、そのあと
  「神様のなさったことで、母さんには判らないわ。神様に聞きなさいょ。おかしなことを言う子ね」
と返事をし、続けて
 「きっと、貴女を身ごもったとき、母さんの女としての命の火が、一番烈しく燃えさかっていたからでしょう」
と付け加えた。 美代子はキャサリンの耳もとで囁く様に小声で
  「それって具体的にどんなことなの?。 わたしを生んだあと、兄弟がないとゆうことは、情熱が冷めてしまったとゆうことなの?」
  「わたし、兄弟が欲しかったヮ」
と、普段思っていることを思いつくままに率直に話したあと、続けて
  「何時も思うのだが、お母さんて、余りにもお父さんに対して遠慮気味で自主性がないことが、わたしには物凄く不満だし、お母さんが可愛そうに思えるときがあるわ」
  「何故、もっと主婦として積極的に自分の意見を話さないの?」
と、彼女にしてみれば、大助君の手紙のことで家族が大激論となり、お酒の酔いもあり、お爺さんが仕舞いには癇癪を起こして
 「こんな診療所なんていらんわ」
 「医師として人様の健康管理も大切だが、自分の足元を見つめることも、老いた身には、それ以上に大事だわ」
 「老人は精神的に目的を失うことが一番老け込むんだよ」
と怒ってしまったことがあったが、その時以来、父親の態度や自分に対する考え方が気になっていたので、それ以後、心の中に抱いていたモヤモヤを一気に吐き出す様に話してしまった。
 母親の化粧した白い顔が少し薄赤味を帯びて、表情が強張っていくのが美代子にはハッキリと見てとれ、自分では普通のことと思っていたことも、何か母の心を傷つけてしまったのかと心配になってしまった。

  


 

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雪に戯れて (3)

2023年03月27日 03時24分27秒 | Weblog

 大助は、田舎で過ごした夏休みに偶然知りあって交際をしていた、英国系の同じ歳の美代子から貰った手紙を、姉の珠子に巧みに散歩に誘いだされて、初冬の多摩川べりで渋々ながらも見せてしまった。  

 その日の夕食後。 姉から内容を聞いていたらしい母親の孝子が
  「母さんは、病院で一度しかお逢いしていないが、別に外国人だからとゆう訳ではないが、美代子さんは裕福なお医者さんの娘さんであることだし、これから珠子やお前の高校・大学への進学を考えると、情けないことだが母さん一人の稼ぎでは経済的にも楽でもなく、それに彼女と満足に交際するお小遣いも渡せないし、お前達二人が寂しい思いをしてもと思うと、心配にもなるわ」
と、布巾をいじりながら静かに話すと、珠子も母親に同調するかの様に、話の内容が自分にも触れる微妙な問題だけに、俯き加減に目を伏せて遠慮気味に小さい声で
  「大ちゃんも、まだ、この先の進路がはっきり判っていないし、美代ちゃんとお友達でいられるうちは良いとしても、もしもよ、その先に進んだらネェ~、一寸、わたしも、心配になるわ」
と、彼が美代子さんと交際することに積極的に賛成できない気持ちを話した。

 孝子は、母親らしく現実的な話をしたあと、鴨居に掛かっている亡夫の写真を見つめて、二人に言い聞かせる風でもなく、一人で昔日を懐かしむかの様に
  「珠子が、保育園に入った頃だったかしら、その頃、近所でもあり、お父さんと妙にウマも合って親しくしていた、駅前の居酒屋さんの御夫婦が2歳位の奈緒ちゃんを連れて遊びにきては、お酒を飲んでご機嫌なお父さんが炬燵に入りながら、自分のドテラの懐に大助と奈緒ちゃんを胡坐の上に一緒に抱え込んで、まるで双子の赤ちゃんの様に楽しそうにあやしていたところ、珠子が<ワァ~ パパ、カンガルー ミタイダァ~>と面白がっていたことがあったが・・」
  「それがねェ~。年が過ぎるのは、早いものだネ」
  「その奈緒ちゃんも、来年はお前と一緒に高校に進むんだろう」
  「母さんは、あの子の我慢強さと控えめな態度が好きで、立派な娘さんに成長したもんだと、見るたびに感心しているよ」
  「少しのんびりしているお前には、あの子の様な辛抱強い性格の子が似合い、お友達としては母親として安心して見ていられるんだがネェ~・・」
と、彼に対して日頃抱いている思いを呟いたあと
  「珠子は、どう思うかネ」「若い者同志、母さんとは違った考え方もあるだろうし・・」
と、か細い声で言ったので、珠子は
  「それは、母さんの意見として、私や大助には貴重なお話と思いますが、美代子さんのお手紙を拝見するかぎり、彼女は中学生のわりに、しっかりとした自分の考えを持っており、大助のことも信頼している様だし、難しい問題だわネ」
  「大体、大助は奈緒ちゃんと美代子さんの、どちらが好きなの?。正直に話してくれない」
と大助に率直に聞くと、彼は澄ました顔つきで
  「どっちだと聞かれても返事のしようがないわ」「○×試験じゃあるまいし」
  「美代子さんは、スクリーンから抜け出してきたような、金髪と力の篭った青く澄んだブルーの瞳が魅力的で、時々、意志を押し通す頼もしさを示すが、何故か僕を信頼してくれ、話をしていると遠い宇宙の彼方に誘いこまれるように、僕を未知の世界に連れて行ってくれる様な不思議な魅力がある人だよなぁ」
  「それとは反対に奈緒さんは、何時もコッソリと僕に対する校内の噂話や町内の行事を教えてくれ、この前なんか、病院へ見舞いの人達がいないことを確かめてから花を持ってきたり、クリスマスには小さいツリーで部屋を飾るから遊びに来てね。と、ソット告げてくれたり、兎に角、目立つことは嫌がる人だが、たまに先輩達の健ちゃん達から自分を庇ってくれる気遣いのあるところもあり・・」
  「今、どっちと言われても、二人とも僕にはない良いところがあり、どっちも◎だよ」
  「ついでに言うと、靴屋のタマコちゃんも、あの人なっこいオチャメなところがとっても可愛いし遊んでいても退屈しないし・・」
と、思いつくままに答えたら、珠子が、あきれ返ったように
  「母さん、大助にはタマコちゃんが一番お似合いと思うわ」
  「美代子さんや奈緒さんとは、精神的に差がありすぎて、何だか話を聞いているとコンニャクみたいにフニャフニャしていて、とらえどころがないわ」
  「わたし、今晩のところ、大助のことを真面目に考えることが嫌になってしまったわ」
とシャジを投げた様に言って、大助の額を指で突つき
  「コラッ!いい気になって、彼女達の心を傷つけないようにしてョ。それだけが心配だわ」
と、彼を睨みつけるように不機嫌な顔をして言い捨て自室に行ってしまった。
 母親の孝子も、珠子につられてか、初めて聞く大助の話に深く溜め息をついていたが、人ごとの様に答えて茶菓子を食べることに余念がない大助に対し、きつい口調で
  「嫁入り前の、珠子がいるんだし、調子に乗ってとんでもないことをしでかさないでよ」
と、一言注意したあと、物足りなさそうな顔をして台所に行ってしまった。

 大助は、部屋に戻ると、やっぱり手紙を見せたことが失敗だったかなと思い、机に肘を突いて顎を乗せ、壁に貼ったプロ野球選手や氷上のスケート選手のグラビア写真を見ながら、女の子との付き合いは周りが五月蠅く面倒なもんだ。自分にはタマコちゃんが気楽でいいやと、自分なりに納得しながらも、美代子と奈緒の顔が脳裏にチラツキ勉強する気にもなれず、布団に潜り込んでしまった。

  

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雪に戯れて (2)

2023年03月23日 04時16分40秒 | Weblog


 母子家庭の城家では、母親の孝子が看護師として勤めているので、朝晩の家事等は高校生の珠子が殆ど取り仕切っており、剽軽で明るい性格の大助は日頃小言を言われながらも、そんな姉の珠子には頭が上らず素直に従っている。 

 珠子は、大助から渋々渡された美代子さんからの手紙を一通り読み終えると、彼女らしく
 「これからは、外国の人と、お友達になることも視野が開けて素晴らしい経験になるわネ」
 「夏休みに河で遊んでいる様子を見ていて、いずれこうなるかもと薄々想像していたわ」
と言いながら手紙を封筒に丁寧にしまって彼に返してくれたが、大助にしてみれば予想に反し穏便に済んだことに、ホットした安堵感から気持ちもほぐれ、珠子の話しかけにも上の空で、彼女の立膝の黒いフレアスカートから品良く伸びている脛をチラッと見ていて、直感でひらめいた艶かしい印象を、彼らしくユーモアたっぷりに
 「姉ちゃんのナマアシも、色が白く太からず細からずで、健康的でミリキテキだなぁ~」
 「但し、裏表の区別がつかない上半身を別だよ」
と軽口をたたいたところ、彼女は途端に険しい目で彼を睨みつけ
 「ナニヨッ! その言葉遣い イヤラシイ」
 「そんなことでは、美代子さんとのお付き合いは、トッテモ無理だわ」
と、彼の頬を叩く素振りをしたところ、彼が「ウエ~ッ! 危ない」と顔をそむけて彼女の手をよけたたために、抱いていたシャム猫のタマの頭に軽く手が当たってしまった。 
 驚いたタマがギャア~と呻いて、彼の横で気持ちよさそうに仰向けに寝そべって飴を口に含んでいた、タマコの胸の上に飛び乗ったので、タマコもビックリしてタマを抱いて起き上がり、目を丸くして
 「また 大ちゃん悪戯を言って叱られたの・・」
と呟いた。
 珠子は慌てて
 「タマコちゃん御免なさいネ」「大助がエッチなこと言うから注意したのョ」
と弁解しながら立ち上がり「さぁ~帰りましょう」と言って先になつて歩き出してしまった。

 草むらを踏み分けて堤防に上ると、珠子のうしろから小声で、大助が不満そうに
 「お昼奢ってくれる約束だろう」
と催促すると、珠子は振り向きもせず
 「この次にしましょう。家でラーメンを作ってあげるヮ」
 「混んでいるお昼どきに、猫をつれて入れるお店はないゎ」
と、つれない返事をしたので、タマコちゃんが俯いて小声で
 「わたし タマと一緒に外でまっているヮ」
と言ったが、珠子は
 「いいのョ、わたしの家に来なさい」
 「大ちゃんは、肉屋の健ちゃんのところで、チャーシュウーを買って来てェ~。 それと八百屋さんの昭ちゃんのところで、ネギとシナチクにホウレン草を買ってきてネ」
と言いながら早足で先に行くので、彼は後ろから
 「チエッ ウソツキ! 人を騙すなんて悪いわ~、手紙を見せるんじゃなかった」
 「昭ちゃんのところには、姉ちゃんが行くとサービスしてくれるよ」
と皮肉交じりに返事して、タマコちゃんを連れて肉屋の健ちゃんの店に向かった。
 彼にしてみれば、昭ちゃんが姉に普段から好意を抱いていることを、これまでに何度も健ちゃんから聞かされ、ことあるごとに二人の間の提灯持ちをさせられているので、気を利かせたつもりで言い返した。

 健ちゃんのお店に行くと、鉢巻姿の威勢の良い健ちゃんが
 「お~ぉ! 今日は昼間からお揃いでデートか」「お前達は、気楽で羨ましいよ」
と声を掛けてきたので、オシャマなタマコが
 「お兄ちゃん違うのョ。珠子姉ちゃんが、大ちゃんを食堂でお昼を奢ると言って散歩に連れ出したのに、大ちゃんが、つまらぬことを言ったばかりに、猫にかずけて、お家でラーメンを作るから・・・と」
と不満そうに告げ口をしたところ、健ちゃんは
 「そうか、そうか、珠子さんには逆らわぬことだな。なにしろ城家の神様だからなぁ」
 「ホラッ さわらぬ神に祟りなしと言うだろう」 
 「それよりも、大助! お前、入院している時に、金髪の綺麗な女優さんから面倒をみてもらったそうだナ。 町内に話しがパ~ット広がって評判になっているぞ」
 「いい気になって、外人さんに深入りすると、あとで泣き面に蜂だぞ」
と、日頃、町内では兄貴分らしく振る舞っているので大声で注意していると、そこに、健ちゃんの行きつけの居酒屋の娘さんで、大助とは同級生の奈緒ちゃんが、夕方の仕入れの註文にやって来て、健ちゃんの話を聞きつけて
 「アラッ 外国の女性でもいいじゃない」「大ちゃん、素敵なことョ」
と、大助の肩を持ち、健ちゃんには
 「健ちゃんは、彼女がいないから、大ちゃんにヤキモチを焼いているのよ」
と口添えして返事に窮している大助を助けてくれた。
 けれども、その顔は心なしか何時もと違い心なしか寂しそうに大助には見えたので、自分を庇ってくれた彼女が何時もよりいとおしく思えた。
 健ちゃんが、タマコに同情して揚げたてのコロッケを彼女に差し出すと、彼女が抱いていたタマが油のにおいを嫌ったのかタマコちゃんの首筋に顔をすりつけてまとわりついたので、健ちゃんは「オイ オイ 俺まで嫌うなよ」と言って苦笑いしていた。

 健ちゃんは、仕事を終えると、時折、お気に入りの居酒屋に行き、娘の奈緒ちゃんのことは知り尽くしており、おとなしく自分の気持ちを必要以上に押さえ込む性格で、何かにつけ彼女が密かに大助に思いを抱いていることを承知しているので、大助と奈緒が仲良く交際してくれれば良いがと、ことあるごとに思っており、奈緒のけなげな大助思いの言葉に、彼も一瞬返す言葉を失ってしまった。
 健ちゃんにしてみれば、自分としては一生懸命に、珠子と昭ちゃん、それに、大助と奈緒を上手く結びつけてやろうと、機会を見つけては励んでいるが、どうも考え通りに事が運ばないので、居酒屋のママさんからも「自分のこともできないで・・」と、常に冷やかされて酒のツマミニされているが、彼にはそんなことを全然気にしない剛毅なところがある。
 けれども、真面目で世話好きなところが町内や商店街で人気をはくしている。

 

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雪に戯れて (1)

2023年03月21日 05時54分56秒 | Weblog

 庭の銀杏の葉が黄色に色ずんだ初冬の日曜日の昼前。
 大助は暖かい陽の差し込む部屋で期末試験の準備に追われていたところ、姉の珠子が廊下に続く物干場で洗濯物を干しながら機嫌よく独り言で
 「大ちゃん 朝から勉強するなんて珍しいわネ。何時もその調子で勉強してくれればいいんだけれども・・」
 「折角、洗濯物を干したのに、大ちゃんの気紛れで、お天気が崩れなければよいが・・」
と廊下の窓越しに空を見上げて心配そうにブツブツ言っていたが干し物を終わると、いきなり彼の部屋の襖戸をあけたので、彼は不機嫌そうな顔つきで
 「姉ちゃん 勝手に部屋に入らないでくれよ」「僕、入院中に遅れた勉強をしているんだから」
 「試験の成績が落ちたら姉ちゃんのせいだぞ。後で、僕を怒らないでくれよ」
と不機嫌そうに答えて教科書とノートを閉じてしまった。
 
 珠子は彼の傍らに座り
 「大ちゃん そんなにムキになって反抗しないでョ」
と言って、彼に
 「アノネ~ わたし、母さんから頼まれたのだけれども、この間、美代子さんから来たお手紙、どんなことが書いてあったの?。あとで教えてくれると約束したでしよう」
と、珠子にしてみれば普段話しかけるよりも優しく聞いたところ、彼は
  「普通の内容で殊更教えることもないさぁ~」
と、素っ気無い返事をしたが、珠子はなおも執拗に
  「そんなに、機嫌を悪くしなでョ」
  「母さんは、この前、病院でお見舞いに来られた美代子さんの母親にお逢いしたとき、以前から聞いていたことでもあり当たり前のことかもしれないが、彼女の母親が外人さんで容姿といい話し方などに気品を漂わせいたことにビックリしてしまい、あなた達の関係がどの程度なのかよく聞いておいて。と、頼まれたので・・」
  「わたしが、ヤキモチで聞くのではないヮ。誤解しないでョ」
  「母さんにしてみれば、親として子供に対する観護責任の手前、当然のことと思うゎ」
  「お天気も良いし、近くの多摩川に散歩に行きながら教えてョ」
と誘い出そうとすると、彼は
  「また、母さんにかずけて、観護責任なんて・・、そんな難しい言葉を使って」
  「なんか、僕達の付き合いを疑っている様で気が進まないなぁ~」
と、欠伸をしながら返事をしたが、珠子も粘り強く説得して
  「お昼に、大ちゃんの好きなカツ丼をおごるヮ」
と口説いて、なんとか散歩に出かけることを承知させたが、彼は手紙のことが気になり、珠子に対し
  「姉ちゃん 条件があるんだ。若し、内容が気に食わぬといって、僕に当たり散らさないでくれよ」
  「ケチをつけて拳骨で殴られては嫌だからなぁ」
  「一応、平和的に話す証人として、タマコちゃんを連れて行ってもいいだろう」
と注文をつけて、遊び仲間のミツワ靴店の娘で小学生のタマコちゃんを誘い出して揃って出かけた。 
 電話で誘いを受けて退屈していたタマコちゃんは意味もわからず、久し振りに大ちゃん達と揃って散歩に行けるのが嬉しく、愛用の布袋にお菓子を入れて終始機嫌よく付いてきた。
 ご丁寧にも彼女になついている隣家の黒猫のタマを抱えて・・

 初冬の河原には、柔らかい日差しが一杯に漲っていた。 
 水涸れのした流れは川底の地形に従って、或るところでは流れが幾筋にも別れ、ある所ではそれが一つになって溶け合って、太く細く銀色の帯を曳きながら、はてしもなく流れくだっていった。
 冬一番の吹き去ったあとの、温もりを感じる晴れた日とはいえ、浅瀬の砂利は日差しがほの白く怪しげに淡く照り映えており、ススキの穂も色あせて、やがて寒風が肌をさす厳しい冬の訪れることを暗示しているかの様であった。
 三人は草原を見つけると腰を降ろし、互いに気持ちを推し量って少しの間語ることもなく景色に見とれれていた。
 一直線にはしってる堤の歩道上には人がまばらに通っており、河を隔てた対岸の堤防越しには、遠く濃い緑の樹木に包まれた中に川崎市郊外の住宅街の屋根が黒や赤色に眺望でき、風も感じられない、のどかで静かな風景であった。

 ころあいをみはからって、珠子が「お手紙見せてぇ」と手を差し伸べたので、大助はおもむろに
  「美代子さんが内緒にしておいてと書き添えてあるのに、幾ら姉でも見せるのは少し罪悪感を感じるなぁ~」
と呟きながらポケットから渋々と封書を出して渡すと、彼女は気持ちがはやって素早く便箋をだして読み始め
  「綺麗な文字で文章も凄く上手だヮ」
と感心しながら読んでいたが、一通り読み終えると
  「大ちゃんのことで、美代子さんの家では大騒ぎになったみたいだわネ」
  「それと、”クライマックス” と言う場面は具体的にどんなことなの?」
と目を合わせることもなく聞いたので、彼は
  「美代ちゃんは、性格的に忍耐強く、それに外人特有の少しオーバーに話したり表現するところがあるので、改めて説明することもないさ」
  「それに、相部屋の患者さんもいたことだし、変に頭を回さないでくれよ」
と、タマコちゃんからシャムネコを抱き寄せて頭をなでて遊びながら答えたが、珠子が
  「ウ~ン 大ちゃんの言うことも信用できるが、わたしの勘から、一寸、信じられないところもあるヮ」
  「本当は、隣の患者さんの隙を盗んで、キス くらいしたのではないの?」
  「キスしたからと言って、姉ちゃんは悪いとは言わないけれど、あの子を本当に好きなの」
と、疑い深い目で彼の顔を覗き見して、なおもしつこく聞くので、彼は
  「ほれ!始まった。姉ちゃんじゃあるまいし、自分の体験に照らして同じように考えないでくれよ」
と反論すると、珠子は少し顔を赤らめて
  「わたしを、巻き込んだ話をしないでョ。いまの大ちゃんの様子から、私の勘が外れているとは思えないヮ」
  「母さんには言はないが、わたしや母さんが心配するのは、仲良くすることはお互いに良いことだと思うが、もしもよ、仮に恋愛にすすんだとき、あなた達はどちらも跡継ぎの長男長女だし、それと、どう考えても経済的にも釣り合いが取れないし、いずれは将来お互いに心に深い傷を残して泣いて別れる破目になることが判りきっているので・・」
と言いながら
  「それに、文章も文字も上手で、お前より頭がよほどいいし・・。なんか釣り合いが取れないと思うが・・。まぁ、今のうちはいいかも」
と呟いて再度読みなおしていたが、彼にしてみれば姉としては物分りのよいことを言ってくれたので、一難去った思ってホット深く溜め息をついた。
 彼等の会話を聞いていたタマコちゃんが、興味深々と小声で
 「ラブレターって、どの様に書くのかなぁ?」
と言って、手提げ袋からチョコレートを出して大助に渡し、眩しそうに彼の顔を見て呟いていた。
 大助は、タマコちゃんに
 「お姉ちゃんが昼飯を奢ってくれるので、お前何が食べたい?」
と、姉と平穏に会話が出来た証人になってくれたこと。と、何時も遊びに来るとお菓子を持って来て呉れるので、そのお礼をかねて機嫌よく話掛けて彼女を嬉しがらせていた。

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河のほとりで (50)

2023年03月17日 07時40分55秒 | Weblog

 大助が、初めて異性に思慕を抱いた美代子に対し、お見舞いに対する返礼の手紙を出してから数日後、母親等と夕食後の寛いだ和やかな雰囲気でお茶を飲みながら、とりとめもない雑談をしていたとき、姉の珠子が
 「ア~ッ! そうだわ、大ちゃんにラブレターが来ていたヮ」
と言って、茶箪笥の引き出しから白い封書を取り出して笑いながら渡してくれた。
 
 彼が、どうせ遊び仲間のミツワ靴店のタマコちゃんからの悪戯の手紙かと思い、フーンとたいして気も無い返事をしながら、手紙の裏面を見ると美代子からであったので、彼も母親の前だけに少しきまり悪そうな顔をして、内心、なにもわざわざこんな時に出さなくてもと、姉も意地が悪いなぁ~。と、思いつつも言い訳がましく
 「美代ちゃん 僕が出した手紙の返事を随分早く出してくれたもんだなぁ~」
と、照れ隠しにわざと平然を装い開封することもなく脇に置いたが、母親の孝子が
 「お前も成長したもんだネ~」「お前は勿論のこと我が家にとっては、あのお嬢様とは全てにおいて釣り合いの取れない人と思うけれど・・」
 「これから先どうなるんだねぇ。心配になるゎ」
と呟いて溜め息混じりにお茶を一口飲むと、珠子が
 「アラッ お母さん、そんな言い方は大ちゃんが可愛想だヮ」
と、何時もとは逆に庇ってくれたので、大助も普段は自分に対し文句ばかり言っている姉にも、優しい思いやりの心があるんだなぁ~。とチョッピリ嬉しく思った。
 
 孝子や姉が口を揃えて
 「大ちゃん 此処で読んでくれない」
と催促したが、彼は
 「そんなことは美代ちゃんに対して悪いよ。プライベートなことに口を挟まないでくれょ」
と返事をすると、二人は案外素直に
 「それもそうネ もう子供でもないんだし」
と渋々ながら承知してくれたが、そこは責任感の強い珠子らしく
 「あとでいいから、必ず教えてョ」
と念を押すことを忘れなかった。
 彼女にしてみれば、大助と美代子の年齢からして、誰れもが経験する一過性の淡い恋愛かと考えながらも、それでも感情的にのめり込まない様にとの、姉としての姉弟愛からであった。

 大助も、自分と同年代である美代子の少しませた様な、それでいて控えめながらも自己主張の強い性格を知っているだけに、美代子の心の中を覗き見る様な興味心と、なにか知れないが少しばかりの畏怖心で、部屋に入ると寝床に横たわり、早速、薄い桃色の便箋に丁寧な文字で書かれた手紙を、心が吸い込まれるように読み始めた。

 『大助君、お便り嬉しく読ませて戴きました。
  例年の様に、寒くなるこの季節になると、近くの湖沼に訪ねて来る北の旅人である白鳥の様に、いや、それ以上に首を長くして待ちかねていた君のお手紙を、やっと手にすることが出来て、心が舞い上がるほど嬉しさで胸が一杯になりました。
 突然のお見舞い、それも肌色の違う私がお訪ねしたことで、病室がとんだハプニングになった様ですが、相部屋の小父さんも気さくな応対をしてくれたとのことで、初対面の人とわいえ情けの深さに感謝しながらも、あまりにも滑稽な様子が目に浮かび、思わず笑ってしまいました。
 それにしても、君から信頼されていることを確信したクライマックスの場面を、君のお友達に対し、英会話のジョークで巧みに伏せてくれた小父さんの機知に救われた思いです。

 この嬉しさを、私一人の胸に収めておくのは勿体無いと思い、夕食時に、お爺様や両親に見せてあげたところ、お爺様は
 「ウ~ン 美代子を信頼してユーモラスに書いてあるところは上手いもんだ」
 「夏の盆踊りの時も、素直で人なっこい子だと思ったが、確かに、あの子は人に好かれる才能を有しており、わしの孫であったらなぁ~。と、思うことが屡々あるよ」
と、眉毛を八の字にして珍しく非常に喜んでおりました。
 ところが、父が晩酌のお酒のせいもあったのか
 「お爺さん、思うことは御自由だが、若しですよ、将来、恋愛から結婚へと発展した場合、実際にこの診療所を継ぐとなると、幾ら美代子が好きだ。と、ゆうだけでは、この先どうでしょうかね」
と口を挟んだところ、これが原因でお爺さんと父との話がエスカレートしてしまい、終いには、頑固一徹なお爺さんは癇癪を起こして
 「美代子が好きで幸せになれるなら、こんな診療所は廃業しても構わないわ!」
と言いだし、二人の口論をなんとか静めようと、母のキャサリンが一生懸命に
 「私が男の子を生まなかったことがいけなかったので申し訳ありません」
と泣いて謝っていましたが、私の将来が原因とはいえ、まるで冬の嵐が突然リビングに襲来した様に大荒れとなり、しまいには、話題が私から離れて診療所の問題にエスカレートしてしまい、怖くなって自分の部屋に逃げ出してしまいました。

 椅子に座り、窓越しに見える丘の下にチラチラと灯る静かな街明かりを眺めていて、女に生まれた私が、この家にとって、そんなにいけないことなのかしら。と、思うと無性に寂しくなり、こんな時こそ、君に傍にいて欲しいと思い涙が零れてとまりませんでした。
 けれども、窓越し見える夕闇に霞んだ山々の遠い彼方には、きっと私達の幸せがあると思い直し、それならば尚一層勉強をして、将来、医学部に入って父を見返してやるわ。と、自分に言い聞かせ、それにつけても、凄いプレッシャーが覆いかぶさり、君の心の支えなくしては、私の願望も挫けてしまいそうですので、私達に芽生えた”蒼い恋”が必ず実ります様にと、今、祭壇のマリア様の前に、やっとの思いで書き上げた、このお手紙と君から頂いたお手紙を揃えて供えマリア様のお力添えを願い、お祈り致しました。

 恥ずかしい愚痴話になり、お返事にもなりませんが、今の私には君にしかこの苦悩を訴える人もおらず、君だけを頼りに学習に励み、差別による嫌がらせをはじめあらゆる困難に挫けずに頑張っていることを、決して忘れないでくださいネ。
 冬休みに、君と二人だけで、スキーで白い山野を自由に滑りまくり、君に思いっきり甘えたいと、今からその日の来るのを楽しみにしております。
 お母様と珠子姉さんにも宜しくお伝えください。 
  ”中身は絶対に内緒ョ”
 今度は明るいお便りを出させていただきます。 美代子 』

 大助は、繰り返して読んだあと、まだまだ古い生活習慣の残る田舎の町で、差別や偏見それに家庭的なプレッシャーの中で、彼女なりに生活目標を貫く精神の強さに感心しながらも、自分の存在が話題の中心になっていることに心が揺らぎながらも、美代子の寂しそうな顔が頭をよぎって寝付かれない夜を迎えた。 (完)

 続編 「雪に戯れて」
   
 

 

 

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河のほとりで (49)

2023年03月13日 04時53分32秒 | Weblog

 『 美代子さん、この前は遠路お見舞いに来てくださいまして、大変有難う御座いました。
  貴女のことについては、夏休みに山や川で楽しく過ごしたことを、日頃、走馬灯の様に懐かしく想いだしていただけに、予想もしてなかった突然の訪れに、テレパシーと言うのか、或いは、君が日頃熱心に信仰しているマリア様の姿絵を思い浮かべて、心の中で秘かに祈れば夢や願望も叶うもんだなぁ。と思い、心が舞い上がるように嬉しかったです。

 東京も、最近は朝晩冷え込み、校庭や神社の境内等も落ち葉が重なり、晩秋を実感します。 お陰様で全快では有りませんが、なんとか退院できて通学しております。
 貴女の街を取り囲む飯豊山脈の高い峰々も冠雪をいただいていることと思います。
 得意のスキーの季節も近ずいて来て、準備に余念が無いことでしょうね。
 僕も、スキーは好きですが、街場にいると人工的なゲレンデでのスキーですので、どうしても人混みになりますが、自然の山野を自由に滑るスキーのほうが、本能的に自由に行動できるので、どんなに素晴らしいことかと羨ましく思います。

 貴女が帰られたあと、僕の野球仲間や同級生達が入れ替わるように尋ねて来て、看護師から聞いたらしく、金髪の若い美人が見舞いに来ていたと聞いてビックリして、代わる代わる細かいことを聞いてくるので、僕も、詳しいことを説明することは、貴女に御迷惑かけると思い適当に返事をしておきましたが、彼等は僕の話に納得せず、僕も彼等の興味混じりとはいえ鋭い問いかけに返答に窮してしまいました。
 そんな時、相部屋の患者の小父さんが、笑いながらも遠慮気味に話し出したので、僕も、本当のことを言われては嫌だなぁ~。と、心配していたところ、小父さんは、想像以上に思いやりとウイットに富んでおり、退屈紛れもあり、笑いながら大袈裟に
  「何でも映画のロケの合間に、お見舞いに訪れたらしいですが、彼と同じ位の年頃の、細身で背の高い金髪の美人で、勿論、青く澄んだ瞳の中にも意志の強さを象徴するかの様にテキパキとお世話しており、ワシも、近くで見る外国人の女優は初めてで、スクリーンで見るのとは全然美しさが違うもんだなぁ。と、ビックリして会話を聞いていたよ」
 「だけど、反対側を向いていたので、何をしていたかは判んないなぁ」 
と、皆に説明していましたが、貴女も顔見知りの健ちゃんが皆の制止も聞かずに真剣な顔つきで
  「大助と、どんな話をしていたか?」
と、小父さんに執拗に聞いていましたが、小父さんは
  「そんな私的なことを無理に聞くもんでないよ」 
  「彼等二人は、小声でニコヤカに話していたが、勿論、英語で話していたので、教養のないワシには内容なんてまるっきり判らんよ」
と、恍けて返事をすると、彼等は
 「それもそうだなぁ~」「けれども、大助に英会話ができるんか?」
と、半ば呆れかえったよな顔をして、その後は、僕にも詳しいことを聞くこともなく、適当に冷やかして帰って行きましたが、一時は部屋中が賑やかになり看護師さんが心配して覗きに来た程でした。

 来春の受験勉強を頑張ってください。 僕は、未だに進学校を決めておりませんが、家庭的なことも考えて、なんとか公立高校に合格すべく、部活も止めてねじり鉢巻で今までの遅れを挽回すべく頑張ります。
 
 指先がまだ完全に治癒しておりませんので、見苦しい文字になりましたが、お礼を兼ねて近況をお知らせ致しました。
 御家族の人達にも宜しくお伝えください。』

 美代子は、ミッションスクールの見学を終えて、大助君のお見舞いから帰ると、見違えるほど表情が明るくなり、母親のキャサリンの手伝いも積極的にやり、お爺さんの老医師も元気な孫娘の様子を見て我が意を得たりと笑顔をこぼしていた。
 彼女の日常生活にも少し変化が生じ、今までに無かったことだが、門前の郵便受けを覗く習慣が身につき、帰郷後一週間位過ぎたころ、郵便受けを覗いて自分宛の郵便がないことに落胆して二階の自室に入ると、キャサリンがあとを追い駆ける様にして美代子の部屋に顔を出して微笑みながら
 「美代ちゃん、貴女に嬉しいことがあるヮ」
と言って彼女の表情を見つめたので、彼女が
 「お母さん、なによ。 そんなにじらさないで早く教えてョ」
と催促すると、キャサリンは胸元から大事そうに一通の封書を取り出し「ほら 大助君からョ」と、彼女が待ちに待った手紙を渡してくれたので、彼女は
 「ワァ~ ヤットお返事をくれたゎ」「わたし、必ずお便りを出してくれると信じていたの」
と言って、窓際の椅子に腰掛け机の上に置くと、少しの間、はやる気持ちを落ち着けるかの様に封書の宛先を眺めていたが、その様子を見ていたキャサリンが「あとでお母さんにも見せてネ」と言うと、彼女は
 「ウ~ン 内容にもよるヮ」「お母さん、私が大助君の生理現象を手伝ったことは、お爺さんやお父さんに言って無いでしょうネ」
と、帰りの列車の中で約束したことを念を押して確かめたところ、キャサリンも「勿論だヮ」と返事してくれたので「お母さん、有難う」と笑って答えていた。

 美代子も、大助君からの手紙を前にして、窓越しに照り映える飯豊山脈の白い峰を眺め気持ちを落ち着かせ、おもむろに開いて食い入るように繰り返し読み終えると、大助同様に夏の蒼い恋の想いが鮮明に甦り、彼のはにかんだ様な優しい笑顔が脳裏をよぎり、手紙に頬ずりして「大助君 ありがとう」と呟いたあと、高揚した気持ちで何度も頬ずりしていた。

 
 

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河のほとりで (48)

2023年03月09日 04時27分44秒 | Weblog

 大助が美代子の介助でやっと排尿を終わり、フーッと息を大きくはいて
 「あぁ~ お陰様で、さっぱりしたわ。さっきは膀胱が破裂して、もう命の終わりかと思ったよ」
 「イヤナコトをさせて済まなかったネ」
と、あっけらかんとした顔をして、お礼のつもりで照れ隠し気味に大袈裟に言うと、彼女は初めての体験からか興奮して、彼のオオジサマをジーット見つめて神経を一点に集中し、彼の言葉も耳に入らないのか答えることもなく、少し慌てて独り言を呟くように、小声で
  「アレッ モウ オワッタノ」 「チョット マッテテ サキノホウヲ テエシュ デ フクカラ」
と言って、テエシュペーパを取り出そうとすると、彼は落ち着いた声で
  「いいんだよ。男は2~3回サキッポを軽く振れば・・」
と教えると、彼女は不思議そうな顔をして
  「アラ ソウナノ オトコノヒトハ ズイブン ケイザイテキニ デキテイルノネ」
と返事をしながら、彼のオオジサマを摘んで振ったが、強く振ったたために、彼が
  「痛テテッ!、そんなに力を入れて振るなよ」 「水道のホースでないんだから・・」
と、悲鳴に似た声で注意すると、彼女はまたもや慌て気味に真剣な顔をして
  「アラッ!ゴメンナサイネ」
と言いながら、オオジサマをパンテイに仕舞いながら
  「わたしの顔にも一滴当たったみたいだヮ」
と苦笑し、タオルで拭うと
  「ダイチャン オオジサマノトコロノ ケガフサフサト ハエテイテ モウ リッパナ オトナダワ 」 
  「イツゴロカラ ハエハジメタノ」
と恥ずかしそうに顔を見ることもなく小声で聞くと、彼は
  「中学1年生になった頃からかなぁ~」「チョロチョロット ナ」
と苦笑いして答えると、彼女も
  「ワタシモ ソノコロ ダワ」
と呟くように小声で答えていた。
 二人は、無邪気で清らかな気持ちで、性に対する興味と探求心をまじえて、他愛もない会話を交わしていた。

 美代子は、生まれて初めての作業を終えると、備え付けの濡れたタオルで顔と手を拭き、仰向けに寝た大助に顔を近ずけて、彼の唇に自分の唇を軽く当てたあと、耳元で囁く様に
  「わたし、君から信頼されていることが判り、どんな言葉よりも心に強く響き、とっても嬉かったヮ」
  「わたしが帰ったあと、看護師さんなら仕方ないが、ほかのオンナノコには絶対に触らせないでネ」
  「君のオオジサマに触れたのは、わたしが最初の人になったのョ。なんだかトクをした様な妙な気持ちだヮ」
  「この次は、きっと、ワタシガ キミノアカチャンヲ ウムトキダハ」 「フフッ ショウライガ タノシミダワ~」
  「イイワネッ!、今日のこと決して忘れないでョ」「あぁ~ やっぱり来てよかったヮ」
と、青い瞳を輝かせて、本当に嬉しそうに感激した言葉を頭に閃くままに小声で言ったので、彼はビックリして
  「オイオイ そんな先のこと等わかんないや」
  「僕だってそうさ、難しい愛情やsexの問題を抜きにして、初めて僕のオチンチンに触れたのが、美代ちゃんだったとゆうことは、一生の爽やかな思い出になると思うんだ」
  「お互いに大人になりかけているんだよ」 「精一杯に青春をたのしんで生きようよ」
と答えると、彼女は大助の胸の上に片手をソット置いて、彼の心の奥に強く印象が残ることを願い、優しい口調ながらも言葉を選びながら、彼と、そして自身にも言い聞かせるかの様に
  「ソンナ ココロボソイ コトヲ イワナイデョ」 
  「私達のことは、マリア様が決めた通りになのよ」
  「どんなことがあっても、二人で協力して私達の前に立ちはだかるゲートを乗り越える努力をして、必ず一緒になる夢を実現するのよ」
  「イイワネ ガンバリマショウ」
と一気に言いきったあと、隣のベットに小父さんがいることに気ずき、慌てて気まり悪そうに
 「長い時間、お恥ずかしいことをしていて済みませんでした」
 「わたし、気が動転していて、小父さんがいらっしゃることをすっかり忘れてしまい、ゴメンナサイネ」
と丁寧に礼を言うと、小父さんは
 「イヤイヤ 退屈な入院生活の中で思いがけず、美しい青春映画のワンシーンを見ている様で、ワシまでも楽しかったよ」
 「君達、恋人どうしかね」 「今時、珍しい純情で陽気な、素晴らしいカップルで感心したよ」
 「会話にユーモアもあって、相性も抜群のようで、将来、きっと君達の願いとおり希望に満ちた明るい未来が必ず訪れるよ」
と笑いながら機嫌よく返事をしてくれた。

 美代子が、し尿瓶を持って平然とした顔で廊下に出て、皆に「さぁ~どうぞお入り下さい」と言ってトイレの方に歩いて行くと、廊下では業務を終えた孝子がキャサリンと話あっており、理恵子と珠子は離れて雑談していたが、美代子の様子を見て、皆が、唖然として言葉をかけるのを忘れてしまった。 
 同級生の和子も奈緒も、美代子の自信に満ちた様子を見て、大助が自分達から遠ざかって行くようなチョット寂しい気持ちになった。 
 彼女等が部屋に入るなり、珠子が
 「大ちゃん、お見舞いにいらっしゃった美代ちゃんにオシッコの始末をさせるなんて・・」
と問いかけると、大助は平然と
 「別に、たいしたことはしていないよ」「咄嗟のことで仕方なかったんだよ」
 「嘘だと思うなら、隣のおじさんに聞いてごらん」
と、彼は澄ました顔つきで返事をして
 「姉ちゃん、喉が渇いたので柿をむいてくれよ」
と言うと、珠子は大助の返事に呆れてしまい
 「わたしより、美代ちゃんにしてもらったほうがいいんでないの」
と皮肉ぽく答えると、大助は
 「チエッ! 姉ちゃん、いちいち僕達のことで、皮肉を言うのはやめてくれよ」
 「僕は、入院患者なんだから、もっと親切にしてくれよ」
と反論すると、理恵子が
 「そうなのよネ。わたしが、剥いてあげるヮ」
と言って柿を剥き始めたところに、美代子が帰ってきて様子を見ていて、四つ割りにした柿を楊枝で刺して大助の口に入れてやり、自分も口に入れて「この柿美味しいわネ」と言って微笑んだ。
 キャサリンは、部屋の隅に立ってハラハラしながら娘を見つめていたが、美代子が機嫌よく大助君に気配りしながら、面倒を見ている仕草を眺めて娘の成長振りをまの当たりに目にし、内心、連れて来て良かったと思った。

 皆が、大助を中心に話込んでいると、二羽の白い鳩が窓辺の淵に止まり、首をせわしげに傾げながらキョロキョロと辺りを見回していたので、美代子が
 「ネェ~何か鳩にくれる餌がない?」
と大助に聞いたので、彼は「其処に塩豆があるよ」と教えると、彼女は手の掌に豆を乗せて差し出すや、一羽が素早く手の掌に飛びつき豆をくわえると揃って飛び立っていってしまったが、ご丁寧にも彼女の掌に白い糞のお土産を残していってしまった。
 彼女は「アラッ 嫌だわ」と言うと、大助が茶目っ気たっぷりに
 「それを顔に塗ると肌が白くなるらしいよ」
と冗談を言うと、彼女は
 「それなら、大ちゃんの顔に塗ってあげましょうか」
と言い返しながら
 「あの鳩、恋人のつがいかしら、仲がよいわネ」
と呟くと、理恵子さんが
 「大ちゃんと美代ちゃんみたいだヮ」
と言って微笑んだ。 間髪をいれず珠子が
 「私には、後を追いかけて行くのが大ちゃんみたいに見えたヮ」
と、美代子をかばって口添えすると、皆がクスッと笑ったので、大助は
 「チエッ! またかぁ~、どっちでもいいさ」
と言ってタオルケットで顔を隠してしまった。



  

 
  

 




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河のほとりで (47)

2023年03月06日 04時20分46秒 | Weblog

 美代子は、心配と不安感で落ち着かない気持ちのまま電車を乗り継いで駅を降りると重い足取りで、大助の入院している都立病院の付近に差し掛かると、珠子が美代子の動揺している気持ちを感じとって、彼女の気持ちを静めるために喫茶店に案内した。 皆がコーヒーを美味しそうに飲みながら互いに近況を笑顔でお喋りしていたが、彼女だけは出されたコップの冷や水を元気なさそうに一口飲んで黙りこくっていた。
 
 彼女は出発の朝、外科医である父親から
 「怪我をした状況から判断して、多分、捻挫だけと思うので、1週間位で腫れがひき歩行できると思うよ」
と聞かされていたが、それでも心配でならなかった。
 キャサリンが、理恵子と珠子に対し家庭内の近況の雑談にまじえて、美代子の横顔を見つめながら
 「この子は、普段、運動部に所属しているためか、家でも私がハラハラするくらい強気なのですが、この様なときになると途端に借りてきた猫みたいにおとなしくなり、内弁慶なところがあるんですョ」
と笑いを交えて話すと、理恵子が美代子を庇うように
 「わたしも、高校時代に節子母さんから同じようなことをよく言われましたゎ。この歳ごろのオンナノコは皆そうなのよネ」
と笑いながら答えていた。 
 美代子は、家庭内のことを言われるのを嫌い、キャサリンの口元に手を当てる仕草をして不機嫌そうな顔をして、それ以上自分のことを話してもらいたくないとゼスチャーをしたので、理恵子と珠子は
 「美代ちゃん、そんなに緊張しないでネ」「夏休みに一緒に過ごしたことで、貴女と大助君のことは良く判っているゎ」
と口を揃えて元気ずけると、美代子は、はにかんだ笑顔を浮かべて返事をすることもなく軽くうなずいていた。

 大助の病室は3階の整形外科の二人部屋で、交通事故で足を骨折した老人と相部屋であった。
 美代子は、珠子と理恵子の後についてキャサリンの背に隠れるようにして広い廊下を静かに歩いて病室の近くに来ると、そこには大助の母親の孝子を囲むようにして、大助の住む町内の若者のリーダーをしている健太と昭二がなにやら話込んでいたが、その近くに美代子とは顔を合わせたことのない、大助と同級生の和子と奈緒の二人が佇んでいた。
 和子は、彼女を見た瞬間、以前、授業中に大助あてのラブレターを彼から強引にとって見たことのある噂の人だと直感し、金色に近い髪の毛と青く澄んだ瞳に細面の背丈の高いスラリトした容姿に目を奪われて、同級生にもいる外国人と違って一際美しく見える美代子に、挨拶の礼をするのを忘れてハット驚いて半ば嫉妬気味に奈緒の肩をたたいていたが、奈緒は珠子や大助から薄々美代子のことを聞かされて知っており平然とした表情をしていた。

 美代子は、彼女等二人以上に、和子の均整のとれた容姿、人の心を射るような力強く、それでいて聡明で理知的な感じの黒く輝いている瞳と、取り澄まし冷淡に感じる大人びいた態度に圧倒されて、一瞬ギクッと心が動揺した。
 彼女は心の中で、大助君にはやっぱり恋人がいたんだゎ。道理でいくら待っても返事がないはずだ。と思いこみ、それまでの大助の病状の不安感と重なり気持ちが萎えてしまった。 
 キャサリンが理恵子の紹介で孝子に、初対面の挨拶と夏休み中に仲良く遊んでもらい、本人は勿論祖父も大変喜んでいたことなどを、時折、笑顔をまじえて丁寧に話しているあいだ中も、美代子は和子を意識してチラッと覗き見てはキャサリンに寄り添い不安感が益々増幅し落ち着かなかった。
 キャサリンも、そんな彼女に気ずいて、時々、彼女の手を強く握り励ましながら、孝子に対し美代子の強い希望でお見舞いに伺ったことを話していた。
 孝子は、キャサリンの上品で貴賓ある雰囲気を漂わせる態度と丁寧な話しに押され、その都度、言葉少なに頭をたれて頷き、大助の母親であることに恥ずかしさを覚えた。

 二人が挨拶を終えると、珠子が先になり一同が病室に入ると、彼は昼寝を終えた後で、枕を背中に当てて半身を起こして窓越に外を見ていたが、美代子を見つけると予めわかっていたとはいえ、慌ててベットにもぐり掛布で顔を半分くらい隠してしまった。  
 美代子はキャサリンの背中に隠れるようにしてその様子をみていたが、そのうちに彼女の持ち前の勝気が心に燃え上がって意を決したのか、キャサリンがお見舞いに上がった訳を優しく説明しているにも拘わらず、キャサリンの前に出て説明を途中で遮り、ベットの脇に近寄り丸椅子を引き寄せて彼の傍に座り、彼が作り笑いの顔をしながら伏目がちに、小声で
  「やぁ~美代子さん、久し振りだネ」 
  「お手紙の返事を出すことを気に掛けていたが遂々出し遅れて悪かったね。御免なさい」
  「たいした怪我でもないのに、わざわざ遠いところからお見舞いに訪ねて来てくれて、有難う」
と、やっとの思いで挨拶すると、美代子は途端にハンカチで口元を押さえ目に涙を浮かべて無言で、大助の額の絆創膏を見詰めていたあと、順次、毛布から投げ出した足と両手の包帯姿に目を移し、緊張した顔で声を絞り出す様に
  「あの若い彼女等は、君の親しいお友達なの?」
と言ったあと、ボクシングの選手のように手と足首にまかれた包帯姿に気を奪われて、お見舞いの言葉を失い、半ば呆れ気味に、さめた声で
  「大助君、なんで乱暴な運動をするのョ」「君、将来、オリンピックの選手になるつもりなの」
と、険しい顔つきで語りかけたあと、青い瞳を光らせて怒りを込めた様に、彼の目を睨む様に見つめながらお見舞いに来た理由について
  「節子小母さんから、君のことを教えられたとき、わたしが、どんな気持ちになったか、わかる?」  
  「手紙のお返事は、何時まで待ってもくれないしサ!」
  「それだけに、わたし、もうビックリしてしまって、頭がおかしくなり泣いてしまったヮ」
  「まさか、君の頭から私のことが消えて仕舞ったとは思いたくないし・・」
  「毎日、学校から帰ると部屋の窓から、山や河を眺めては、君と過ごしたことを想いだしているのに・・」
と、母や理恵子達が傍にいるのも気にかけず、和子にも自分の存在を知らせるかのように、日頃の鬱憤を一気に晴らすかの様に、矢継ぎ早に話していると、それまで、黙って聞いていた大助が重い口を開いて
  
  「美代ちゃん、君の気持ちは痛いほど判っているよ」「けれども、一寸、まってくれ」
  「君に、緊急で大事なお願いがあるんだ」
と告げたあと
  「悪いけど、母さん達と姉ちゃんや理恵さん達、皆、少しの間、廊下に出て行ってくれないかなぁ~」
と言うので、皆が、二人だけで話したいのかなぁ。と思って、怪訝な顔をしながら廊下に出た。
 
 一人残った美代子が
  「なによ、皆さんを病室から無理に出して、大袈裟に大事な話って・・」
  「まさか、絶交宣言ではないでしょうネ」
と、彼女も彼の同級生の和子と家族同士で親しくしている奈緒のことが凄く気になり負けずに大袈裟な表現で返事をすると、彼は幾分青ざめた顔で
  「それはとんでもない誤解だよ。ただの同級生だよ」
と答え、急ぐように
  「あのぅ~ オシッコをしたくて、さっきから我慢していたら膀胱が破裂するんでないかと思うくらい下腹が痛くなって・・」
  「看護師の小母さんは呼び鈴を鳴らしても忙しくて直ぐ来てくれないんだよ」
  「悪いけれど、君が手伝ってくれよ」
と、包帯でグルグル巻かれた両手を出して、
  「これでは、自分でパンツからオチンチンを引き出せないんだよ」
  「滅多に顔を合わせることのない君なら、恥ずかしさも一時的だからなぁ」
と、あっけらかんとした顔で言うので、美代子はビックリして
  「ナニネェ~ ワタシガ オシッコヲ テツダウノ ソンナノ イヤダヮ~」
と一端は断ったが、彼は緊張した顔で
  「看護師の小母さんは乱暴で嫌なんだ。まさか理恵子や姉貴とか、同級生のオンナノコに頼む訳にもいかないし・・」
  「君が手伝ってくれないなら、此処に漏らしてしまうから・・」
  「僕の生命の緊急事態だとゆうのに頼みを聞いてくれないなら、君との今後の付き合いも真剣に考え直すよ」
と真面目くさった顔で言うので、彼女は最後の言葉で心を大きく揺らし
  「そんなことになったら、わたしの人生が滅茶苦茶なってしまうゎ」 
  「イイワ キミガ ソノキナラ オテツダイスルワ」
と、大助に見限りられたら自分の人生は破滅してしまうと驚天動地の心境に陥り、錯乱した思考の中で即座に意を決すると、彼の切実な懇願に反射的に答えた。 

 彼女は早速、枕元に据えつけられた消毒液や器具等の入った戸棚から、自宅の診療所で見慣れた医療用のゴム手袋を取り出して手に装着すると、隣のベットの老人に
 「あのぅ~ おじさん。誠に勝手なお願いで失礼ですが、ちょっとの間反対側に向いていてくれませんか。彼が排尿したいと言っておりますので・・」
と、これも聞きなれた看護師口調で言ったあと、躊躇することなくベットの下から尿瓶を取り出してベットの脇に据えつけ、彼を横向きにさせてタオルケットをめくり、彼が
  「パンツの前のボタンをはずして、僕のオチンチンを引張り出し尿瓶にサキッポをいれるんだよ」
と指示したので、彼女は手術に臨む看護師の様に厳粛な顔をして、興奮しつつも言われた通りにすると、烈しい尿意で硬直したオチンチンのサキッポを摘み、尿瓶の入り口に入れて「イイワヨ」と合図すると、小水は勢い良く尿瓶の中にほとばしった。 
 少し泡を含んだ澄んだ黄色い液体がみるみるうちに尿瓶の目盛りをあげて行った。

 美代子は、はじめて見る男性の生理現象を目の前にして、恥らうことを忘れて、目を光らせて尿瓶を見つめていたが、終わった頃を見計らい、そこは診療所育ちの娘らしく
  「勢いの良いオシッコだわ」「少し臭いがするけれど、綺麗な黄色で、腎臓は異常なしだゎ」
と言ったあと  
  「アラッ もう終わったの」 「オオジサマサマガ シボンジャタワ ダメヨ」 「ビンカラハズレテ モレテシマウワ」  
と、鋭い観察眼で注意深く見守りながら、尿瓶の外に漏らさないように気配りしていた。

  

 

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河のほとりで (46)

2023年03月04日 04時07分07秒 | Weblog

 奥羽山脈に連なる飯豊山の麓にある、村の診療所である田崎家の夕食時に、美代子の姿が見えないので、老医師が晩酌の杯を置いて怪訝そうな顔で、キャサリンに対し「美代子はどうしたんだ」と、聞いたので、キャサリンは答えにくそうに渋々ながら
 「お爺様と主人にお話して、どうしても御承知して頂きたいたいことがあるの。と、顔をこわばらせて言張って、私を部屋にも入れてくれず、言うことも聞いてくれないんです」
と、寂しそうな表情で話したあと顔を伏せて恐るおそる、美代子が怪我で入院中の大助君のお見舞いに上京したいと言い張っている。と,簡単に訳を話すと、晩酌をしていた老医師と養父の正雄の二人は、顔を見あわせて小首をかしげて断片的にキャサリンから事情を聞いていたが、美代子の我侭に困惑気味のキャサリンと、美代子の考えに深い溜め息を漏らした正雄に対し、老医師は表情を崩さず険しい顔になると
 「よしっ。判った。キャサリン!あなたが美代子を連れて大助君のところに行ってきなさい」
とキャサリンに指示して、彼女の我儘に憤怒のためか震える手で晩酌を続けた。
 お爺さんも、話しを聞いていて、内心では大助のことが気になって決然と言いはなったのである。
 予期に反し、お爺様が即決で美代子の希望を聞き入れてくれたので、キャサリンは夫のお酌をしながら顔を見て、次に何が起こるのだろうかと少し心配になってしまった。

 キャサリンは彼女の部屋の前で
 「美代ちゃん、お爺さんが東京行きを許してくれたわょ」
と言うと、彼女は「エッ!ホントウ ウレシイ」と返事をして、部屋から出しなに「お母さん、有難う~」と声をかけて階下のリビングに素早く階段を駆け下りていってしまった。
 自分の席に腰をおろすと、テーブルに両手をついて丁寧に頭を下げ
 「お爺さん、私の希望をかなえてくれて、嬉しいワ」
と言うと、老医師は
 「まぁ~、お前も色々と悩みを抱える歳になったもんだなぁ~」
 「兎に角、夕飯をきちんと頂きなさい」
と言って、皆が揃って夕食を始め、食事がすむとお茶を呑みながら、お爺さんは三人に対し真面目な顔つきで
  「わしの信仰する法華経に”三乗方便 一乗真実”と言う教えがあるが、美代子が大助君をお見舞いに行きたいとゆう心は、それなりに心が成長した証で、単なる遊び心でなく親友の怪我を思いやる真実の心と思うよ」 
  「正雄もキャサリンも親の立場で、美代子の上京に対して思うところはあると思うが、彼女に素直に育って欲しいと思う願いは、わしと同様であると思うが・・」
  「まぁ~、佛経典の難しいことは後で話しすることにして、今は気持ちよく美代子を行かせてあげよう」
  「大助君は、ワシの見る限り、間違いなく素直で真面目な子である」
  「あの盆踊りのとき、年寄りや小学生等に自然に溶け込んで行く様子を見ていて、彼は相手の年令や言葉使いなどで人を差別することなく、誰とでも明るい表情で話し合えるなんてことは、まだまだ古い因習の残る田舎では普通に出来ることではないわ」
  「二人の将来については、今後、二人が成長した暁に、お互いに決めれば良いことで、我々は静かに見守り助言し、二人が正しい方向に進んで欲しいと願うだけだ」
と許可した理由を述べたあと
  「但し、ワシが許可するには条件がある。それは、キャサリンが同伴して来年進学を志望しているミッションスクールの場所の確認や内容を事前に担当者から聞き施設を見学することを第一義とし、大助君の城家には絶対にお邪魔しないこと。お見舞い品は病院で差し上げることだ」
  「これだけは、絶対に守っておくれ。田崎家として城家には未だ表見的に直接関係ないことだし」
  「ホテルは、何時も正雄が使う品川のホテルに予約しておくことだ」
と言ったあと自室に引き上げてしまった。
 美代子は、父の正雄と母のキャサリンに対してもテーブルに両手をついて無言で丁寧に頭を下げて、零れ落ちる涙を手で拭い食事を簡単に済ますと部屋に戻って行った。
 リビングに残った正雄はキャサリンに「君も美代子の部屋に行き準備をしなさい」と言って肩を軽く叩き
 「お爺さんも、今日は、以外に物分りがいいので驚いたよ」
 「まぁ~、お爺さんの言うことは最もで、美代子も僕達の手から少しずつ離れて行く歳になったのだなぁ・・」
と呟いて部屋に戻った。
 キャサリンは、夫のなにげない言葉に、美代子が成長するにつれ必然的かもしれないが、外見的に彼女の心が異性に傾きはじめ離れて行く様子を見て、かねてから考えていた現実が身に迫ってきたことを思い知らされて少し寂しさを感じたが、思いがけなく問題が処理出来て、後方付けをしながらもホットした気分で明日の予定を考えていた。

 すると、お爺様が再びリビングに出てきて、節子さんのご主人に電話で、愉快そうに
  「いやぁ~ 夕飯はお済かネ」「当家は、孫の爆弾娘が何時破裂するのかとヒヤヒヤしながら晩酌をしたので、酔いも醒めてしまったよ」
  「君は、豊富な教師経験から女学生を扱うのはベテランで、今度、孫の美代子のことで色々ご指導をお願いするわ」
  「思春期になると、盆栽と同じで下手にいじくると一生根性の曲がった人間になってしまうので、元教師とはいえ君の長年のご苦労を今更ながら痛感していますわ」
と、美代子が大助君をお見舞いに上京するに至った事情を話していた。
 健太郎の傍らで聞いていた節子は、自分が美代子に頼まれて教えたこととはいえ、彼女の希望通りに問題が解決されたことに心が休まった。

 日曜日の翌朝は曇りであったが、美代子はキャサリンの薦めもあってグレーのスーツと黒のスカートに薄緑色のコート姿で黒のパンプスを履き、中学生らしい落ち着いた容姿であった。
 彼女は、最初、赤色の上下で派手な衣服を着たかったが、キャサリンに注意されて素直に中学生らしい衣服にした。
 新潟で新幹線に乗ると早速小さいアルバムを取り出して夏休み中に撮った大助とのスナップ写真を見ていたり、窓外の流れ行く景色を見ながら物思いにふけっていた。
 キャサリンが、ころあいをみて彼女に
 「貴女、大助君を好きな気持ちは、母さんにも良く判りますが、この先どうなるの?」
と、キャサリンなりに二人が共に跡継ぎの立場で、将来結ばれる可能性が低いことを心配して、何時の日か、別離の悲しい思いをしない様にと思って、さりげなく聞いたところ、美代子は
 「大助君は、唯一、わたしの悩みを優しく受け止めてくれる兄の様な気がするの」
 「お話しや仕草にユーモアがあり・・それに タマニハ ムネヲ キュント サセテクレルヮ」
 「ウーン 一口で言へば、とにかく、わたしを思いやってくれるので・・ スキダワ」
 「永くお付き合いしたいと思っているが、大助君の考えもあるし・・。ウーン サキノコトワ ワカンナイヮ」
 「今日、お逢いできるだけで、ワタシ スゴクウレシイノ」
と、景色に見とれながら、途切れ途切れであるが思いつくままに感想をまじえて屈託なく返事をするので、夫の正雄に指示されたとはいへ、それ以上聞くことは、今の美代子の夢を砕くようなことになると思い聞くのを遠慮した。

 正午ころ、東京駅について少し歩いたところで、理恵子と珠子の二人が出迎えに来ていた。 
 美代子は秘かに来たつもりなので、恥ずかしさもあり、ビックリして母親の後ろに身を隠そうとしたが、理恵子が「美代ちゃん、元気そうネ」と笑顔で挨拶すると、珠子が後を継いで
 「弟も手足は包帯でグルグル巻きにされているが、口だけは相変わらず達者で元気にしているわョ」
 「今日、美代子さんがお見舞いに立ち寄ると教えたら、こんな無様な格好でこまったなぁ~。と、本当は堪えきれないほど嬉しいのに、わたし達の手前心にも無いことを言っていたゎ」
と説明してくれた。
 キャサリンと美代子が上京するについては、その裏で健太郎が節子に指示して、彼女達が戸惑うことのない様にと、理恵子に連絡しておいたことは言うまでもない。

 

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河のほとりで (45)

2023年03月02日 03時12分20秒 | Weblog

 穏やかな秋日和が続く土曜日の昼下がり。
 美代子は、午前中の診療業務を終えた節子が職員の控え室に戻り昼食の終わるのを、廊下の片隅でもどかしそうに待ち構えていたが、節子が入口に顔をのぞかせるとサット素早く近ずき
 「小母さん、少しお話をしたいことがあるので、裏山に散歩に行きませんか」
と誘い、二人は診療所の裏手に続く丘陵の公園に出かけた。 
 彼女は、語ることもなく道すがら節子に甘えて腕を絡ませて寄り添う様にして、初秋の温もりのある陽ざしを心地よく受けて、白樺林の木漏れ日を縫うように通り過ぎると、村の愛好家が丹念に手入れし咲き揃ったコスモスの花弁を撫でながら、時々、節子の顔を覗き見して視線が合うとニコット笑みを浮かべ、小高い丘陵の坂道をススキの穂波がそよ風に揺れてなびくのを掻き分けながら、ゆっくりと歩いて公園に辿りついた。
 
 節子は、道すがら彼女にもたれかかれて歩いているとき、5年前に悲哀と苦節を経て、健太郎と結ばれて間もない頃。
 二人だけの秘め事として、彼が結婚記念にと植樹することを内心では察していたが、彼の照れ隠しの言い回しで、冬場スキー愛好家の道標だと言って丘陵の道脇に植樹した3本のヒマラヤ杉が、大きく育ち蔦の弦が絡まっている姿を見て、その後、養女の理恵子と同じ道を何度か散歩したときのことを想いだしていた。
 理恵子は、そのころは美代子と背丈も同じくらいで、生まれ育った生活環境が普通の子供達と異なるにも拘わらず、その様なことを臆尾にも出さず、性格的にも明るく、その反面、内弁慶であるが忍耐強いところが、二人とも似通っており、それだけに美代子が可愛いかった。

 公園から眺望する飯豊山脈は、透き通った青空の中に峰の稜線をくっきりと浮かべ、周囲のススキの穂波も柔らかい陽に白く照り映えて、二人の心を和ませてくれた。
 節子が、美代子に言うとでもなく
 「何時見ても、ここの景色はとっても素晴らしいはネ」「こんな晴れた日に散歩をすると、気持ちが晴々れするゎ」
と呟いて、両腕を広げて大きく深呼吸をして背伸びしたあと両足を投げ出すようにして野原に腰を降ろすと、彼女もニッコリ笑い返して、真似して足を延ばして小首をかしげ
 「わたしも、この様な静かで眺めの良いところにいると、モヤモヤした気分が一変に晴れるゎ」
と答えながら、遠慮気味に節子の脇に腰を降し、肩にもたれかかるように身を寄せていた。 
 節子は、彼女の甘えた仕草や表情から察して、何か悩み事でもあって誘い出したものと直ぐに判り、優しく肩を抱き寄せて囁くように
 「美代子ちゃん、ご両親にも言えないことでもあるの?。それとも来年の進学のこと・・」
 「貴女の年頃には、色々と思い悩むことがあることは、私も理恵子を育ててみてよく判るゎ」
と話を向けると、彼女は節子から身体を少し離して、しゃがみこんで顔を見られない様に伏せ、周囲の草を摘みながら、少しの間、黙り込んでいたが、意を決したのか再び節子の傍らに身を寄せて、節子の手をとり白く細い指をいじりながら、俯いて恥ずかしそうに
 「あのねぇ~ この様なことをお聞きしてよいかどうか迷ったのですが、やっぱり小母さんにお聞きする以外に方法はないと考えて、思い切ってお誘いしたのですが・・」
と言って、不安そうな表情をして少し声を静めて不安そうな表情で
 「理恵子さんが東京に帰られるとき、大助君へのお手紙を託して差し上げたのですが、毎日、楽しみにお返事を待っているのに、全然音沙汰がないので、どうしたのかしらと、日を追う毎に不安な気持ちになってしまったの」
 「やっぱり、遠く離れていると、夏休みに二人であんなに楽しく過ごしたことも、あれっきりのことで、わたし達のお付き合いは終わってしまったのかしらと思うと、寂しくて一人で泣いていることもあるゎ」
 「小母さん、彼のことを知っていたら少しでも良いから教えてくれませんか?」
と、弱々しく聞くので、節子は大助君の状況を考えると、一寸、返事をするのを躊躇ったが、彼女の心情を思うと正直に答えた方が良いと思い
  「そうなの~ 貴女の大助君を思う友情は良く判るゎ」
  「あなた達にとっては、今が、人生で一番美しく輝く青春ですものネ」
と答えた。
 そのあと、節子は毎週金曜日の夜に娘の理恵子に対し近況を知るために、夫の健太郎か自分が電話をかけているが、一昨晩の理恵子の話では、大助君が部活の機械体操の時間に、鉄棒で大車輪の練習中に手を滑らせてマットに転落し、その際、両手首と右足首を強烈に打って、そのまま救急車で母親の勤務する病院に入院している。と、理恵子から聞いたままに正直に教えてやったところ、彼女は途端に
  「イヤッ~! ドウシヨウ」 「わたし、頭がおかしくなりそうだゎ」
と小声で呟くと、みるみるうちに青い瞳に涙を一杯に浮かべて、節子に抱きつき肩を小刻みに震わせ嗚咽をあげて泣き出してしまった。

 暫くして泣き止むとハンカチーフで涙を拭い、青ざめた顔で節子の手を強く握り
  「小母さん、わたし、明日、大助君のところにお見舞いに行き、自分の目で状態を確かめてくるゎ」
  「両親やお爺さんが、わたしの東京行きをなんと言うか判らないが、例え反対されても、わたし一人でも病院を訪ねてゆくゎ」
と、彼女が秘める強気な性格を表に出して、きっぱりと意思表示をしたが、それでも思いあぐねたように
  「大助君は、どうしてそんな危険な部活を選択したんでしょうネ」
  「普段、わたしが近くにいたならば、絶対にそんな危ない部活には入れさせないゎ」
  「例え、わたしの忠告を強く拒んで、余計なお世話だと怒って、はたかれる様なことがあっても、絶対にやめさせるゎ」
と、誰に言うとはなしに、遠くの山を見ながら一人ごとの様に呟いたあと
  「これから帰って、お爺様やママに相談するわ」「小母さん、教えてくれて有難う御座いました」
  「小母さんが、正直にお話をしてくれて、わたし、いま自分のやるべきことがはっきりと判り、気持ちがすっきりしたゎ」
と話した。節子は、 彼女の強烈な意志を込めた返事に、少し慌てたが
 「多分、捻挫だと思うので、そんなに思いつめないで落ち着いて考えてみるのネ」
と諭して、彼女の気持ちが落ち着いたところで、二人は公園をあとにした。
 
 節子は、秋を告げる山野の風景に魅せられて、来るときの晴々とした気持ちが、美代子の心情を察するあまり、同じ道を戻る足取りが重くなり、ススキの穂に戯れて飛び交うアカトンボが何時もの年より数が少なく寂しく思えた。
 美代子は、節子と反対に悩みが払拭されたのか機嫌よく  ♪更け行く秋のよ 旅のそらの・・  と、口ずさみながら野菊の茎を振りながら足取り軽くあるいていた。
 節子は、自分が高校卒業後に経験した、健太郎に対する失恋の苦しみから逃れるように故郷を捨てて一人上京したことと重ね合わせて、美代子のこととはいえ、寂しく苦しかった青春時代の想いが走馬灯の様に甦ってきて一抹の寂寞感が心を漂い気持ちが揺らいでいた。

 節子は、診療所に帰ると直ぐに美代子の母親キャサリンに一部始終を話すと、彼女は思いあぐねていたかの様に
 「優性遺伝と言うのでしょうかねぇ」
 「ご承知の通り、あの子は思い込むと意志が強いと言うのか強情と言うのか、遠い昔に亡くなった実の父親に似て、自分の主張を引っ込めないところがあり、それはそれで、これから兄弟の無い女性が生きてゆく為には必要かもしれませんが、最近、益々、その傾向が強くなり、私もどうすればよいのか迷っているんですょ」
 「私は、あの子の気持ちは理解出来ますが、果たして、お爺様と主人がなんと言うか、結局、お前の教育が悪いからだと、また、私が叱られることでしようネ」
と困惑した表情で、彼女に訴える様に返事をした。 
 節子は、これまでにキャサリンの日常生活を取り巻く周辺で何か問題が起こると、その度に彼女から愚痴を聞かされ、その都度、同年代のキャサリンの立場を思いやって相談相手になっていた。
 そんな彼女等の生活と異なり、自分が後妻とはいえ、娘のころから慕っていた元恩師の健太郎と結ばれて、日頃、優しく愛されている幸せを心の中でしみじみと感じた。
 
 



  
 

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