日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影(46)

2024年09月03日 06時02分55秒 | Weblog

 3月も終わりころに近ずくと、雪国も日中気温が上がり、たまに雲ひとつない快晴の日も多くなり、各校でも卒業式がはじまる。  
 季節は本格的な春の訪れを告げ、人々の心もうっとうしい長い雪の日々から開放されて明るくなる時期でもある。 
 この様な心理は雪国に住む人達にしか味わえない気分である。 然し、学生達にとっては悲喜こもごもの別れの季節でもある。

 卒業式をまじかに控えた、晴れた日の昼下がり。 
 理恵子は、奈津子さんと江梨子さんの三人で、何時もの雑談場所である校庭の端にある石碑のところで、春の陽光を浴びて気持ちよさそうに雑談で和やかに過ごしていたが、理恵子が
  「ね~え 卒業式の前に、あなたは彼氏に何をプレゼントするの?」
と、奈津子さんに聞いたところ、奈津子さんは
  「私達、この先のことはどうなるかわからないし、バレンタイデーにチョコレートを交換しているので、気持ちだけになるかも知れないが、わたしの手造りの稲荷寿司と海苔巻き寿司を、明日のお昼に渡すわ」
と、如何にも強気な彼女らしく答えるので、理恵子も
  「わたしも、お小遣いも少ないし、それに織田君も派手なことは嫌いなので、そうするわ」
と賛成した。

 二人の会話を聞いていた江梨子は
 「貴女達、羨ましいわ。わたしには、彼氏なんていないし、つまらないわ」
と溜め息をついて言うと、すかさず奈津子が
 「江梨ちゃん、なに、言っているのよ」
 「貴女は私達より晩成の様だけど、小島君にお寿司を作って上げるのよ。 私の見るところ、貴女達は結講お似合いで、きっと素晴らしい恋が芽ばえると思うわ」
 「そして、もっと自分の気持ちをはっきりと小島君に伝えるのよ。私達も、応援するわ。ガンバッテ!」
と返事をすると、江梨子も小島君と一年間机を並べ、お互いに他愛もない会話や戯れを通じ、彼の茶目っ気や機転の素早さに心を惹かれていたいたことは事実なので、奈津子のアイデアに便上して、お寿司をご馳走することにした。  
 江梨子も、元来は話上手で性格的にも積極的なところがあり、この際、小島君の気持ちを確かめたいと考えていたところなので、奈津子の提言には素直に反応し頷いた。

 翌日3時限が終わると、理恵子は素早く織田君を廊下に呼び出し「これ食べてぇ」とお寿司の包みを差し出し、織田君が「お~ サンキュウ。 そのうち遊びに行くからな」と気持ちよく受けとってくれたが、心の中では思考が混乱していて、軽く手を握り早々と教室に戻ると、奈津子も冴えない顔をして席に戻っていた。
 一方、江梨子は弁当包みを開くと隣席の小島君が
 「江梨!お前の弁当すげえ~な。 海苔巻きお寿司なんて、今日は何か目出度いことでもあったのか?」
と首を伸ばして弁当を覗きながら言ったので、江梨子は、すかさず別に包んできた弁当包みをバックから取り出して彼の前に差し出し
 「ハイッ! 君の分も作ってきたわ。よかったら食べて・・」
と言って首をすくめて軽く笑うと、小島君は
 「オイ オイッ!珍しいことをするな。やっぱり春だからテンションが上がっているのかなぁ」
 「僕は、いつも、江梨は僕より勉強熱心で見所のある女性だと思っていたよ。お袋に似て優しいんだなぁ」
と言いながら、自分の弁当をしまい、軽く頭を下げて恭しくお寿司を手にとると、江梨子が「へんなお世辞ね。やめてよ」と返事をすると、小島君は片目をつぶって悪戯ぽくウインクしながら
 「こんなに親切にしてもらっても、君を恋焦がれたりする様なことはしないから心配しないでくれよ」
と言ったので、江梨子も負けずに「誰も心配なんかしていないわよ・・」と答えながらも、小島君の嬉しそうな笑顔をみて、彼女の心の中に存在する母性本能を満たしてくれた様に嬉しかった。

 江梨子は、下校時に思いきって小島君に
 「今日は、日本晴れで暖かく風もないので、これから河原の砂浜を散歩しない?」
と誘いかけると、小島君は
 「う~ん それも良いけれど、一体、今日はどうなっているんだい?。わかんねえなぁ」
と聞き返すので、江梨子は
 「な~んにも、特別に意味なんてないわ。ただ、しいて言えば、君に将来のことで、少しばかりお話したいことがあるの。聞いてくれる?」
と再度謎めいたことを言うと、小島君は怪訝な顔をして
 「あまり難しいことは聞くなよ。お前は小柄なくせに頭の回転が速いので、一寸、気になるけど・・。行くか」
と返事をしたので、彼女は
 「アラッ 随分の御挨拶ね。 でも、わたし、前から考えていたことがあるので、出来たら今日聞いてもらいたい気分なの」
 「それに、母さんも妹も早く君に話しなさい。と、五月蝿いくらい言っているし・・」
と答えると、小島君も江梨子の心意をいぶかりながらも、春の陽気に浮かれて河原でのデートも悪くはないと誘いに応じて、校舎の遥か下の方に眩しく光る河に二人で戯れながら歩んでいった。

 河辺にたどり着くと、二人は岩影にバックを置くと早速素足で河辺の砂浜を歩きだしたが、暫くすると、どちらともなく自然に手を繋ぎあっていた。
 江梨子の髪の毛が二人の気持ちを象徴するかの様に、心地よい微風に優しく揺れていた。
 温もりのある河辺の砂に足跡を残しながら、江梨子は小島君の勢いに離れない様に彼の手を強く握って引きずられるようにして、二人は戯れながら・・

 

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蒼い影(45)

2024年08月28日 08時05分12秒 | Weblog

 理恵子は、親友の奈津子さんの言う通り、進学のため遠く離れる織田君との交際も、これからは自由に出来なくなると考えると、心の中に穴があいた虚しいような心境で、自分の部屋に入るとベットに横たわり腕枕をして壁に貼られた織田君の写真を見つめながら心の整理をした。
 思いを巡らせながらも、昼間、飯豊山麓のスキー場で思いっきり滑り、静寂な雪に囲まれた窪地の中で考えた様に、この際、織田君の勉学に迷惑にならないためにも、また、自分自身の自立のためにも、自然な形で別れることがベターだと彼女なりに決心した。

 心が決まるとベットから起き上がり、早速、壁に貼られていた彼のユニホーム姿の写真をはずし、これまでに勉強を教えてくれたときに彼が書いたノート類やプレゼントされた各種のマスコット等を、小さな木箱に丁寧に仕舞うと部屋の棚の奥にしまいこんだ。

 そのあと机にむかい、雪椿の薄い模様が印刷された便箋に、文案を深く慎重に考えることもなく、頭の中をよぎる想い出と、その時々に感じた余韻で胸が詰まりながらも、思いつくままに一気にペンを走らせ、頬に流れる涙をタオルでしきりに拭いながら、別れの手紙をしたためた。
 織田君に手紙を書くなんてことは、いままでに一度もなく、書きながら自分でも妙な気持ちになった。

  『織田君、大学合格おめでとう。 君の合格が何故か自分のことの様にうれしいです。
  けれども、目出度い合格にもかかわらず、これが私達のお別れになるなんて、人の運命はなんと皮肉なんでしょうねぇ。
  昨日、奈津子さんや江梨子ちゃん達とスキーに行き、冷たい雪にまみれて冷静に君との今後の交際を考えた末、色々迷いや悩み、それに人に言っても理解してもらえない寂しさを全て承知の上で、君とのお別れを自分一人で考えた末の結論なのです。 いまも寂寞感で心が潰されそうです。
 それでも、わたしが決意した理由は、奈津子さんが「恋人の卒業とお別れは、自分達が一人歩きする第一歩でもあるので、全て前向きに考えて頑張りましょうよ」との一言で目覚めたからです。
  人前をはばからずに、春の陽差しの中で、大声で君の野球を応援をして、あとで君に恥ずかしいからこれからはやめてくれと、笑いながら怒られたこと(本当は、嬉しかったのでしょう~、本心はどうだったの?)
  夏休みに、わたしの家族と飯豊山麓の奥深い温泉に旅行したとき、靄のかかる夕暮れ時に散歩に出た際、ゴウゴウと音をたてて流れる渓谷にかかる高い吊り橋の上で、揺れて怖がるわたしを君の太く逞しい両腕で私を包み込む様に抱擁して、さりげなくキスをしてくれたとき、わたし、文章ではとても表現できない、身が崩れ落ちるような生まれて初めての感動を覚えたわ。
 想い起こせば数えきれない程の楽しい想い出を残してくれ、わたしが女性として確実に成長していることを自覚させてくれた君に、お別れの寂しさがあるとわいえ、感謝の気持ちで胸が一杯です。
  どうか、東京に行かれても、都会の若くて綺麗なチョウチョに手を握られないようにくれぐれも注意してね(半分はやきもちかもしれませんが、本当に心配しております(フフッ)君ならば大丈夫と思っておりますが・・。
  心に湧き出る想い出と感動をそのままに書きとめましたが、本当に有難うございました。
 お体には気をつけてくださいね。 理恵子より 』

と、書き終えると、母親の鏡台から一寸拝借した薄い口紅を唇に塗り、自分の名前の下に軽くキスのサインをして、白い封筒に入れて宛名をかかず糊ずけして、機会をみて渡すべく机にしまいこんだ。

 まだ二人は蒼いときに巡り逢い、蒼いままに恋をしたが、心ならずも別離を心に誓う悲しみを、窓越しの雲間に見え隠れする早春の朧月に向かい、亡き母を偲び、涙目で「これからも、わたしを見守ってくださいね」と手をあわせて祈った。 月も泣いている様に見えた。
 居間に戻ると、節子母さんは一人で針仕事をしていたが、その脇に座り炬燵に入った。 彼女は理恵子の表情から胸中は充分過ぎるほど、自身の若き日の経験から察しがつき、顔を見ずに「人の前では泣かないことよ」と言いながら熱い紅茶をいれてくれた。  
                  
  

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蒼い影(44)

2024年08月22日 02時58分37秒 | Weblog

 節子さんが話し終えて自室に入ると、理恵子達三人は、また掘り炬燵に足をのばして仰向けに寝そべり、江梨子が冴えない顔で
 「私 小島君に悪いことをしてしまったわ。どうしようかしら」
と、節子さんの話に強く刺激されて溜め息をついた。  
 理恵子と奈津子は、自分達のこれから先の親しい先輩である彼氏との別れが近いことで、寂しさや不安で頭が一杯のところに、江梨子が困った様に呟やいたので、二人は勝手に思い巡らす架空の世界から急に現実に戻り、気性の勝った奈津子が
  「江梨ちゃん あなた本当は、机を並べている隣席の小島君に親しみを感じているんでしょう?」
と言うと理恵子も
  「そうよ 毎日机を並べていれば、そうなるのが自然だわ」「私も、あの子にはどことなく好感がもてるわ」
  「江梨ちゃん 本心はどうなの?」      
と、二人で口を揃えて聞くと、江梨子は両手を手枕にして天井を見ながら小声で
  「お二人さんとも いやねぇ~」「そんなにずばり聞かないで~」
と、顔を少し赤らめてフフッと笑いながら
  「それは、嫌いではないわ。何しろ毎日隣で無駄話しをしたり、たまには足を軽く蹴りあったり、お弁当を覗きこんだりしておかずを交換したりしていれば、他の人達よりも親近感が湧くわ。 ね~ そうでしょう。」
と答えたあと、口調を強めて
  「だからと言って、貴女達の様に恋人としての感情はないわ。普通の友達よ」
  「本当のことを言うと、彼、ときどき家に遊びに来ているが、ひょうきんで愛想がよいので、そのためか、わたしより母親や妹に好かれているのよ」
と、正直に話すと奈津子は
  「み~んな その様な単純なことから恋がはじまるのよ」
と、少しばかりこの道では先輩らしく、別れの近い自分達とは反対に、これからの江梨子が羨ましく思えた。
 奈津子は少し間をおいて        
  「ねぇ~ 理恵ちゃん、江梨ちゃんのために、野球部の先輩で彼氏の織田君から次のキャプテンになる大島君に、小島君を是非正捕手として使う様にたのんでよ」
  「あの子。一年中補欠として頑張って来たのだし、今回のことで、また、補欠では可哀想よ」
と言し出し、理恵子も
 「そうだはね。江梨ちゃんのためにも、わたし、精一杯織田君を設得するわ」
と、二人の意見が一致した。
 理恵子にすれば、暫く逢っていない織田君と話が出来る絶好の機会と思った。

 そのあと参人は、誰が言うともなく
 「ねぇ~ 今度の日曜日は、予報では晴れて気温も上がるとゆうことだし、この際、厄払いしてツキを取り戻す意味でスキーに行かない」と、理恵子にとっては苦い思い出でではあるが、揃って遊びに行くことに決めた。

 日曜日の朝は予報通り快晴で、理恵子は出掛けに節子さんから注意を受けた後、駅で三人が待ちあわせ、郊外のスキー場に向かった。  
 小高い山頂にたどりつくと、三人揃ってわざと自分達の技術では無理な急斜面を滑って、雪煙がサット舞い上がり、わざと転倒して雪の中に身をしずめた。  まるで白いお化けの様に新雪にまみれたが、冷たさが心を洗ってくれてるように思えた。
 雪の中から覗く景色は、白銀の山々が陽を浴びて青空に白く輝いており、山の下のほうにはゴマをまぶした様に街が展望された。
 大地をおおった厚い雪に、弾力のある若い身体を沈めてゆくのは、今の自分達にとって最高のストレス解消であり、凹地に入ると、厚く白い雪の起伏のほかになんにも見えず、孤独感が襲ってくるが、理恵子は、いまここに織田君がいてくれて、強く抱きしめてキスをしてくれたらなぁ~。と、あられもない欲望を覚えた。
 そして、この様な欲望が心に湧き出るのは、決して恥ずかしいことではない。と、これまで一年を通じてお互いに育んできた純真な恋を確信すればこそ、自然のことと思つた。
 おそらく、他の二人も、とりわけ情熱的な奈津子も、そんな欲望にかられているのではないかとも思った。

 思い切り遊んで帰宅した理恵子は、母の節子さんから
 「たった今、織田君がお母さんと一緒に来て、大学入試センターでの試験に合格した。と、わざわざ御挨拶に来たのよ」
織田君は「理恵ちゃんは?」と聞くので、「友達とスキー場に遊びに行きましたわ」と返事をしておいたは。と言ったあと、「なにか貴女に伝えたいことがある様な様子だったわ」と付け加えた。
 理恵子は、それを聞いて内心嬉しい様な反面、寂しいがなにか訳のわからない胸騒ぎを覚え、入浴後、夕食をすませると自室に入り、ベットに横たわって、壁に貼った織田君の写真を見ながら、今後の織田君との関係をどうするかを真剣に考え込んだ。

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蒼い影(43)

2024年08月15日 03時59分02秒 | Weblog

 理恵子達三人にとって、今日は全てが考えていることと反対の所謂ツキのない日で、学校を午前中で退校して、理恵子の家で炬燵に入り、思い思いにお昼時間の出来事を勝手に語りあっていたところに、節子さんが、「ただいまぁ~」と声をかけて帰宅したので、三人は予想もしない早い帰宅に慌てて炬燵から抜け出し、恥ずかしげに姿勢を正して「お帰りなさい。お邪魔しております」と手をついて丁寧に挨拶すると、節子さんは
  「まぁ~ こんな時間に、どうしたの?」「今日は、早退日ではないでしょう」
と、炬燵の上に無造作に広げられた弁当などを見ながら不審な顔をして尋ねたので、理恵子が
  「今日は、もう~ 何もかも滅茶苦茶よ」「ねぇ~ お二人さん」
と返事をして、その日のお昼時間の出来事を話しだしたら、節子さんは、フフッと苦笑いを浮かべて、
  「貴女達の気持ちも判るが、その様なことで早退するなんて、まだ幼いのねぇ~」
  「これから、上級生に進むと、もっと色々なことがあるわ」
と、自分も炬燵に足を入れて並んで座り、三人に対し同じ目線で
  「江梨子ちゃんは、偶然とはいえ、いい実習をしたのね?」「小島君は、さぞ痛い思いをしたでしょうねぇ~」
と、睾丸が急所であることを簡単に説明すると、理恵子と奈津子が、口を揃えて「あらぁ~ そうなの、ちっ~とも知らなかったわ」と言いながら口を抑えて恥ずかしそうにクスクスと笑った。

 節子さんは、ベテランの看護師らしく、前々から理恵子に常識として話しておこうと思っていたことを、この際、丁度良い機会であると思い
 「貴女達、女性にとってとても大切なことなのですが、HPVと言うことを聞いたことあるでしょう?」
と語りかけたら、三人が「保健の時間に教えられたことがあるが、詳しいことはよく判らないわ」と、返事をするので、この年頃で難しい医学的なことは無理と思いつつ、要点だけをかいつまんで

  「あのねぇ 女性特有の、子宮癌とか子宮頸癌とゆう病気のことは、判りますよねぇ~」
  「今は、乳がんと並んで三人に一人が癌になると言はれている時代で、病院にも多くの人が訪れるわ」
  「勿論、検診の人もおりますが、中には手遅れで手術をする人もいるわ」
  「原因は、ヒトパピローマウイルスと言うウイルスが、感染して発症するのよ。これは男女に関係なく、皮膚や粘膜につくウイルスで、主な原因は無用心で感情的なその場の雰囲気での性のまじわりで発症し、特にパートナーが複数の場合、その感染率は高いと言はれているのよ」
  「最近は、若い中学生の患者も多いので、よく覚えておくのね」
  「貴女達は、その様な危ないことはしていないと思うが・・」
と、説明すると、三人は半ば恥ずかしいのか顔を伏せながらも真剣に聞きいっていた。

 節子さんは、普段、理恵子に対し気になっていることを一気に話すと、堅くなった雰囲気を和ませるためにも話題を変えて「小中学生のころの異性に対する憧れと言うか片思いと言うか、その頃の淡い切ない思いが、今は少し型を変えて大きくなった様なもので、これから巡り来る恋が本当の恋なのよ」
  「それには、お互いに立場を理解し、そして健康をおもいやり、自分達の出来る範囲内で協力することが大切だと思うわ」
  「その様な交際を続けて行くうちに、成熟した恋が実るものなのよ」
  「決して自分の我侭で、焦ることは禁物よ」
と話をしたあと、理恵子の顔を見て  
  「理恵ちゃん!成人になるまではキスまでよ。 お母さんと約束してね。 貴女の愛が永遠に変わりなく誇れるものであると、自分で一生信じられるためにもね」
  「それが幸福の原点なのよ」「例え経済的に苦しいときがあってもね」
と、自分の過ぎ去りしさまざまな想い出を心の中で回顧しながら、厳しい言葉も交えながらも優しく話してやった。

 別れの季節でもある三月は、誰しもが未来に描く希望と現実の寂しさや不安が入り混じる季節でもある。 

  

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蒼い影(42)

2024年08月13日 02時47分35秒 | Weblog

 江梨子は、きのうの朝、通学列車の改札口で偶然に出会って気軽に「お先にどうぞ」と親切に声を掛けてくれた、隣町の高校生である清楚で清々しい感じのする学生服姿の上級生らしき人と、将来、交際できたらいいなぁ~。と、秘かに胸にとめていたが、今朝、早めに改札口に行っていたら、今朝は同級生らしき明るい感じのする女性と笑いながら軽く会釈して、自分の前を通り過ぎて行ったので、夢も一晩で儚く挫けてしまい、気分が冴えないまま登校した。

 興味も湧かない3時限目の数学も終わり、席を並べている小島君も
 「あぁ~ やっと終わったか。 さっぱり理解できないが、腹だけは一人前で、えらく腹がへったなぁ~」
と江梨子の顔を見ながらニコッといたずらっぽく笑いかけたとき、後ろ席の奈津子が耳うちする様に
 「理恵ちゃんが、おかずを沢山もつてきているよ」「隅の方で三人で食べようよ」
と、小声で教えてくれたので、彼女は奈津子について行き、教室の隅で理恵子の開いたご馳走を見ながら
 「凄く豪華だなぁ。理恵っ!これどうゆうこと?」
と言いながら自分達のお弁当を開いて食べ様としたとき、覗きに来た男子生徒にまじって、ひょうきんで愛想の良い小島君が「わぁ~ すげぇ~」と言うや遠慮なく鳥の唐揚げを口にほおばったので、江梨子が「なにするのよぅ~」と言うなり、左手を伸ばして小島君を払いのけ様としたところ、運悪く江梨子の拳が小島君の金的に当たり、小島君が「う~ん いてぇ~」としゃがみこみ、これを見た男子生徒がパチンコの真似よろしく「チ~ン ジャラジャラ~ 大当たり!」と叫んで冷やかしたところ、大柄で次の野球部のキャプテンに指名されている大島君が大声で、小島君を取り囲んでいる者達に
  「馬鹿野郎! これはストライクだ。 見事! 江梨子 みごとだ」
と叫び返し、小島君を抱えて上下に3回位ドスンと落とし、痛みが引いたのか逃げ様とする小島君を捕まえて
 「お前は、捕手落第だ」「江梨子の軟投を満足にキャッチ出来ない様では、とても硬式の捕手は無理だな。次を見つけなければ~」
と、ブツブツ言っていたら、離れた席からこれを見ていた女子生徒が
  「素敵! まさにキューピットだわ」「江梨ちゃん おめでとう~」
と歓声を発し、他の女性徒も黄色い笑い声を教室中に響かせて拍手したので、大島君はそれを聞いて不機嫌になり
 「なんだ その拍手は! ふざけんなよ、本当に痛いんだぞぅ~」「女のお前等には一生判らんが」
と、むきになって言と、女性徒の中から
  「あら~ キューピットが当たると言うことは、将来、二人が結ばれて幸せになると、昔から西洋では言はれているのよ」「知らないの?」
と、返事を返し、またもや大きな歓声と拍手が起きたが、この騒ぎを鎮め様と、奈津子が
  「皆さん お昼の時間なので静かにしましょうよ」
  「小島君 痛い思いをさせて御免ね」「江梨ちゃんも、悪意があってしたのではなく、あくまでも偶然の出来事なので、許してあげてね」
  「わたし達だって、将来、お産をするときには、痛くて苦しむらしいんだから」
  「神様は あくまでも公平だわ」
と言って皆を静かにさせると、理恵子と江梨子に対し
  「切角の楽しみなお昼も、滅茶苦茶になってしまったわ」「午後からは、たいした授業もないので帰へりましょう」
と言って、理恵子の持参したお惣菜を急がしく食べ終わると自分達のお弁当は食べずにしまいながら、二人を促してバックを整理して教室を出てしまった。

 学校を出ると、参人は行く当てもなく、江梨子が「私のために御迷惑をかけて済みません」と、歩きながら詫びると、理恵子も
 「そんなこと ないわ」「わたしも 朝からお母さんが何時もと違い、化粧や服装がなんとなく派手で気になって仕方ないのよ」
 「或いは、私の失敗が原因で、昨夜、お父さんに嫌味を言はれて実家に帰ってしまったのかと心配で・・」
と言うと、奈津子が「以前、わたしの家でも、そんな騒ぎがあったわ」と答え、続けて
 「寒いので、一層のこと理恵ちゃんの家にでも様子を見ることに行きましょうか」
と言い出し、理恵子も「そうしてくれる」「暖かいカップ麺で、お昼をやり直しましょうよ」とゆうことで理恵子の家に向かった。

 広い理恵子の家は人けがないと寒く、居間に入るや江梨子が堀炬燵の炭火を広げ、奈津子は温風器をつけて台所に行き、お湯を沸かしている理恵子のそばで
 「随分綺麗に方付いているわね」「やっぱりり 理恵ちゃんの言う通り本当なのかしら?」
と話あっているときに、突然、江梨子が「炬燵の上に置き手紙があるわ」と叫んだので、理恵子が急いで来て、手紙を見ると父の字で「診療所に定期検査に行き、場合によっては老先生と囲碁をして来る」としたためてあり、三人は「お父さんも、やけくそで面白くないのかしら」「いや そうでない 心配要らないわ」と勝手な想像を言いながら、熱いカップ麺を食べて胃が満たされたあと、掘り炬燵にそれぞれが足を伸ばして座布団を枕代わりに三人が高い天井を見つめながら横に寝そべり、奈津子が
  「江梨子にも とうとう恋人ができちゃったのか」
  「小島君とは 結構お似合いかもよ」 「江梨ちゃんの気持ちは どうなの?」
と聞くので、江梨子は
  「嫌いでもないが、そんなに好きでもないわ」
  「あの子 時々授業が退屈になると、わたしに(今度デートしようか)とか(彼氏いるのか)などとメモをそっとよこし、考えていることがいまいち判らないので・・」
と返事をすると、理恵子が
  「わたし達、まだ子供なのかしら?」
  「織田君も、桜の花びらが散る頃には、東京に出て行ってしまうし、そのあとはどうなるか判らないし、最近、今後のことを色々考えているの」
と呟き、それに同調する様に奈津子も「わたしも、おんなじことを考えているわ」と返事をしたあと
  「今日は どん底ね」「明日から何か良いことがあるといいけれどもね」
と答え、三人揃って起き上がると奈津子が
  「とにかく悩んでいても仕様がないわ」「さぁ 前向きに考えて、がんばろ~っと」
と落ち込んでいる二人を勇気ずけた。
  




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蒼い影(41)

2024年08月10日 03時23分12秒 | Weblog

 節子は苦悩を胸に秘めたまま、大学病院を辞職すべく家を出かけた。
 その前に、朝風呂から上がって機嫌の良い健太郎に対し、恐る恐る話しかけた退職の話が、予期に反し、実家の年老いた母親を招いて面倒をみてはどうかと言はれて、日頃、健太郎が考えている実母に対する思いやりの深い家族愛について、昨夜の熱い愛の触れ合いにもまして、涙だが出そうになるほど感激し「貴方にそこまで甘えても、本当に宜しいのでしょうか」と聞き返したところ、健太郎が眼光鋭く厳しい顔つきで、これまでに聞いたことのない意外なことを話しだした。

 それは、理恵子の実父は新潟で平穏な家庭を営んでおり、娘さんも二人いる。
 彼は、新潟市内の中小企業に勤め、亡き秋子さんと夫婦であったが、理恵子が二歳のころ、店の美容師と恋愛関係に陥り、秋子さんと離婚して家を出て村を離れたが、自分はその後、毎年八月の末になると、彼の強い要望で二人だけで秋子さんに内緒で逢っていた。
 彼も、歳を経るに従い、学校が春や夏休みのとき身を隠して校外で部活する、実の娘の無邪気な顔を見るにつけ、理恵子に対する慕情がつのり、何度か秋子さんに秘密にして逢わせて欲しいと懇願されたが、わたしは、秋子さんの心情や理恵子の心理などを考え、父親としての心情は理解出来るが、逢うことは絶対にだめだと強く拒絶してきた。
 秋子さんも亡くなる寸前まで私に対し、理恵子が成人になり自分でことの是非を判断できるまで逢わせないで欲しい。と、私に何度も念を押していたので、理恵子も実父は病死したものと今でも信じている。
 
 従って彼女は私達以外に、この世で心から頼れる人のない可哀想な子であるが、君が家庭に入ることによって、心の成長過程にある理恵子を、今以上に成人教育することは男の私には不可能なこともあり、彼女の面前で日夜、君が母親の介護をする様子を見せて実地に教育することは、それこそ生きた教育であり、やがてはその幸せは或いは私達に帰ってくることになるかも知れず、そのために、君が退職すると言い出したので、わたしの日頃考えていることを話したのだ。
と、何処までも先行きの深い家族愛を話してくれた。

 節子は、その話を初めて聞かされて、驚くと共に今まで以上に理恵子が愛おしくなり、健太郎の考えていることを自分が努力することで少しでも実現することが、健太郎に嫁いできた自分の本当の務めであると、経済的な幸せ以上に大切なことであると思った。

 そんな話を聞かされ、瞬間的な丸山先生との魔が差した様な不倫に苦しんだ、自分の女の業に悲しみを覚える反面、何処までも家族の絆の深さを思い知らされ、一層、退職の意をつよくした。

 なるべく同僚に顔を合わせない時間帯を選んで病院の教授室に向かう途中、二階の階段の上がり口で、教授室から出てきた丸山先生に偶然出会い、ハッと緊張していると、彼は緊張した面持ちで
  「先日は、大変失礼致しました。 貴女を傷付け申し訳なく思うと同時に、恥ずかしくて合わせる顔がありません」
  「今、教授から君が退職するとゆうことを聞きましたが、全て私の浅はかな行動の結果で、責任を充分に感じております」
  「今後、君に逢って君を惑わすことのない様に、地方の病院に転勤させてもらう様に教授にお願いしてきたところです」
と言って深く頭を下げられた。

 節子は、偶然とはいえ、顔を合わせるのを避けていた丸山先生に出逢わしたことに、再び心の底に何か運命的なものを感じて考えが纏まらないままに
  「先生 わたしは、家庭的事情で退職することにしたのです」
  「先生には何の責任も御座いませんわ。 わたしの方こそ、年甲斐もなく取り乱して大変申し訳なく思っております」
  「ただ あの瞬間 先生を本当に心の底から愛したことは、偽りでないことを信じてください」
  「然し、わたしとしては、主人の療養と娘の教育が、いまの私にとって一番大切なことであると、時間をかけて考えた末の決断ですので、どうか心を痛めないで下さい」
  「良くも悪くも今となっては前向きに考え、私達にとって人生の貴重な出来事であったと、胸の底に秘めておきましょう。 正直、女であることの幸せを感じましたゎ」
  「奥様と幸せになられることを、祈っております」
と、返事をしているところに、昼食休みを終えた看護師達が近寄って来たので、お互いに軽く会釈して別れたが、節子の心の底に未練がましく別離の悲哀がよぎった。

 教授室に入り、家を出るとき電話しておいたとおり、退職の理由を簡潔に述べて辞表を提出すると、教授は温和な表情で
 「理由は理解出来ましたが、たったいま、丸山先生も地方への転勤を申し出てきたが、あまりにも偶然なので、大変失礼なことを尋ねますが、二人の間に何か問題でも発生したのですか?」と聞かれたので、あくまでも家庭の事情ですと説明すると、教授も納得したのか
 「君の御主人の健康は、私の父親が診察しているので、時折、聞いて承知しておりますが」
 「まぁ~ 余りにも急なことですので、医学部長に相談してみますが、君は手術チームにとって必要な看護師なので、有給休暇も大分あり、良く考えてくれたまえ」
と言いつつ辞表は預かることを告げられた。
 教授の父親が診療所で健太郎の定期検査をしていてくれる関係で事情も判り、何とか急な申し出を聞いてくれたが、自分を必要と話してくれる教授の親切さが心にしみて嬉しかった。


 

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蒼い影(40)

2024年08月07日 02時58分29秒 | Weblog

 節子は、重苦しい思いに反して、改めて健太郎の愛を強く確しかめると、翌朝は早く静かにベットを抜け出して、昨晩のお風呂の弱火を再度強くして入浴した。
 安らいだ気持ちで風呂場の窓越しの竹林の上に見える雲間の月を眺めて、思わず心の中で亡くなった理恵子の実母である亡き秋子さんに語りかける様に
 「お陰さまで、3人は元気で過ごしていますので安心してくださいね」
 「理恵ちゃんが、たまには元気が余って私達を驚かせますが、それも彼女が心身ともに成長している証しと考え、健太郎と小言を言いながらも、内心は今後の成長を楽しみにしております」
 「貴女のおられる世界は季節に関係なくお花が咲き揃っていますか?寒くはありませんか・・」
と囁いた。

 風呂から上がり、化粧鏡に映る自分の表情を食い入るように見ていて、揺ぎ無い自信を確かめたあと、何時も以上に入念に化粧をして心を引き締め、暖めておいた居間の堀炬燵に炭をたすと、昨日から決心していた退職願いをなんの躊躇もなく毛筆で丁寧に書き、茶箪笥の引き出しにしまうと、物音に気ずいた理恵子が起きてきて 目を擦りながら
 「母さん、早くから何をしているの?」「それに何時もと違う綺麗なお洋服を着て・・。何時もより派手なお化粧をして。。」
と、不思議そうな顔で聞くので「なんでもないのよ。貴女が心配することはないわ」と返事をすると、彼女は急に節子に寄りかかり、なをも母親の腕に縋りついて、母親のいつもにない態度が理解出来ないとみえて
  「ねぇ~ 今朝の母さんは少し変だわ?」
  「わたしの失敗で、夕べ父さんと何かあったの? 簡単で良いから○か×かで答えてぇ」
と聞くので、節子は「貴女 母さんに対しておかしな聞き方をするのね」と問い返すと、理恵子は
  「学校では皆が使っている聞き方よ。この方が答え易いでしょう」
と執拗に聞きただすので、節子も、ああそうか、これも選択式の授業の習慣かと半ば納得して「○だったわ」と指で丸を作って笑うと、理恵子は薄笑いを浮かべて
  「あぁ~ 良かった」「わたし 夕べの父さんの不機嫌な態度から、わたしが川にスキーごとダイビングしたことで、母さんにブツブツ小言を言っているのかなと心配していたわ」
  「まぁ~ 母さんの言葉を割り引いても△かな。でもよかったわ」
と溜め息をつく様に安堵してフフッと笑って納得していた。
 節子は、こんなやり取りの中にも、夫婦の関係に自然に立ち入ってくる理恵子が、精神的にも成長していることを心の中で密かに感じた。


 理恵子は、登校の準備をしながら
 「わたし 今朝は早く学校にいって、奈津ちゃんや江梨ちゃんに対し、スキー場で迷惑をかけたお礼をしてから、織田君に言わない様に口止めしなくちゃ」
と言いながら節子から渡された白い布に包まれた弁当を見て
 「母さん、今日は量が凄く多いみたいだが、これどうゆう意味?」
と言うので、節子は
 「奈津子さんと江梨子さん達の分も余計にお惣菜を作っておいたわ。皆で食べなさい」
と言うと理恵子は「母さん、有難う!」と笑って受け取ると、バイバイと手を振り襟巻きをして出かけて行った。

 朝風呂から上がって来た上機嫌の健太郎が、お茶を飲みながら節子を見て
 「何だ! 今朝は何時も以上に入念に化粧して・・それに洋服も・・」
と怪訝そうな顔をして聞くので
  「貴方 わたし御相談があるのですが、怒らないでくださいね」
  「わたし 今日限りで大学病院を退職し様と思いますの」
と話を切り出すと、健太郎は
  「急に また どうしたと言うことかね」
  「言いにくいが、やはりスキー場で、人間関係で問題でも起きたことが原因かね」
と聞くので、節子は伏し目がちに丸山先生との悪夢を振り払うかの様に、勇気をだして
  「違いますわ!。わたし、貴方の療養生活や、理恵子の発育盛りの精神的成長等をそばで見守りたいとゆう、平凡なことですが普通の主婦としての生活に入りたいのです」
と、精一杯の思いで告げると、健太郎は暫く黙して考え込んでいたが、最後には彼らしく
 「君と結婚するときにも言ったと思うが、どのような理由があろうとも、君の考えを尊重するよ。君がそれで幸せを感じるならば・・」
 「だけど 僕から一つだけお願いがあるのだが、平凡で刺激のない生活に慣れて、近所の人達の様にはなって欲しくないんだ」
 「そのために、可能な限り勉強をして、世間の流れに巻き込まれずに、君らしい生活を見つけだして欲しいと思うのだが・・」
 「それこそ、急な思いつきだが君が勤めをやめるとゆうなら、この機会に君の母さんを秋田から呼んで暫くここに居てもらってはどうかね」
と言ったあと、少し間をおいて
 「看護も介護も君の専門であり、秋田の母親を妹さん夫婦に任せ切りにしておくのも、僕としても気が引けるので、この際、暫くの間、ここに来てもらっては・・」
と普段と変わらぬ顔つきで言うと、節子の目は的を得たように輝きだし、彼女には予想もしない実母に対する思い遣りのある嬉しい返事を貰い、子供の様に早く母親に逢いたくたくなり、何処までも自分の考えを通してくれる健太郎の先行きを見通す優しい思いやりに、一層の深い愛情を心にしみいる様に感じた。

 節子は、出掛ける前に田崎教授に訪問の趣旨を電話で簡潔に話すと、病院に到着後同僚に見られないように気配りして、お昼休みに教授にお逢いできる様に時間をみはらかって家を出た。 
 病院に行く間も、丸山先生との山頂での出来事がしきりに頭を掠めた。 
 そして、忘れようとしても心の奥深く潜んでいる、あの瞬間的な出来事とはいえ、丸山先生に愛を感じたことは、決して偽りではないことも・・


 

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蒼い影(39)

2024年08月05日 02時11分37秒 | Weblog

 節子は、紅茶を飲みながらも健太郎への報告について思いを巡らして苦悩したが、結局入浴中に散々考えた通り、やはり自分の胸の奥に仕舞いこんでおくことが、家族の平穏な生活を続けるうえで一番良いと決心した。
 更に、丸山先生に一瞬の間でも愛を感じたことは否定出来ないが、現実に帰ったいまは、今後、どの様なことがあっても彼に会わないとも心に誓った。
 
 久しぶりに一緒に入浴したときの理恵子の何の屈琢もないニコッと笑った笑顔を見たとき、やはり、この子が一人前になるまでは、健太郎の力を借りて育てる責任が自分にはあり、それが自分達夫婦の幸せにつながり、ひいては、自分の若き日からの夢であった健太郎との憧れの生活を今以上に充実できるものと確信し、そのためにも暫くの間寂しく辛い思いをしても、罪の償いとして大学病院を潔く退職して専業主婦として二人に精一杯尽くすことが、自分に与えられた天命であると自覚し堅く心に誓った。

 節子は、あと片付けをしたあと寝室に入り、いつもの様に、健太郎の側に添い寝すると、眠っているとばかり思っていた健太郎は、何か考え事をしていたらしく目を覚ましていたので、叱られることは充分に覚悟し恐る恐る
 「今日は わたしの不注意から御心配をおかけして済みませんでした」
と、腕に縋り小声で詫びると、健太郎は全てを見透かしているかの様に
 「理恵子が、幸い足を折らなくてよかったなぁ」
 「君に、今更詳しいことを聞いても、済んでしまったことは仕方ないし、また聞きたくもないよ。仮にでも、僕との間で取り返しの出来ないことでもあったら、お互いに心を痛めることだしなぁ~・・」
 「兎に角、何時も言っているように、どんな場合でも、常に、自分を大切にする様に心がけることだね」
 「手術に臨む医師を見ている君なら、僕が改めて言うことでもないが・・」
と、教師癖の抜けない口調で語り、その言葉が節子には一言ひとこと胸に針が刺さるように聞こえたが、彼が深入りを避けている様にも思えた。
 節子も、「はい 注意しますわ」と、彼が意に反して優しく返事をしてくれたので、それこそ、改めて健太郎のおおらかな心の広さを心底に深く感じ、病院を退職することなどは、明日ゆつくりと時間をかけて説明することにして、その夜は、自分から積極的に肌着を脱ぎ健太郎に肌を摺り寄せて愛を求め、何時にもまして濃蜜な愛を感じて、燃え盛る自分の体から健太郎を離したくなく両手で抱きしめ、嬉しからこみあげる涙を枕カバーでぬぐった。   

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蒼い影(37)

2024年07月24日 03時13分01秒 | Weblog

 節子は、不意を突かれた咄嗟の出来事であり、丸山先生の力強い腕力に抱き抱えられて抵抗も虚しく強引に唇を奪われたあと、彼の膝の上に仰向けにされたことに、なんの抵抗も出来ず、唯、両手先で丸山先生の胸の辺りを押す様にして「先生 いけませんわ」「およしになって下さい」と言いながら、かろうじて首を左右に振り続けたが、彼の燃え盛った情熱は彼女の必死の抵抗を無視して、脂ぎった顔と肉の厚い唇に弄ばれた。  
 節子は、もがきながらチラッと見た彼の黒々と光る深い目がギラギラと光って見えて、一瞬、獣に襲われているかの様に不気味さを覚え猶更抵抗力を喪失した。

 節子は、何度も繰り返されるキスの度に、本能的に首を振って拒もうとしたが、だが、愛欲をたぎらせた彼の圧倒的な体力は、節子の微力な抵抗を苦もなく押しつぶしてしまった。
 彼は、何度か繰り返すキスをしながら、やがてセーターの上から彼女の乳房をもみほぐすように優しく時には強く愛撫し、彼女はその都度「あっ・・・あぁ・・」と悶えて身をよじりながら、か細い声をあげてもがいた。
 彼女は、硬く閉じた唇に彼の舌先を感じると、口ずけされるままに、心の中で「いけない・・いけない・・」と思いつつも、彼の手慣れた愛撫に理性が薄れてゆき、時間が経過するほどに、自然にそれを受け入れ失伸した様に目を閉じ両手から力が抜けていった。
 彼女は、年令に比して経験の浅い知識で、それまで病弱な健太郎との性の営みが普通と思っていたのとは違い、彼の力強く半ば一方的であるが強引な愛撫を受けたことで、女盛りである彼女の身体に潜んでいた性の本能が無意識のうちに覚醒し、意思とは反対に身体全体に反応して、これまでに願望は勿論経験したこともない、屈強な男らしい激しい愛に酔いしれて思考能力も薄れてしまった。

 ほどなくして、彼が離れると、節子は上半身を起こして彼の胸に顔を摺り寄せて、両手を彼の首に廻し、すすり泣く様な声で「先生 わたし、いけないことをしてしまったわ」と呟くと、彼は、彼女の顔を両手の掌で優しくなで涙を拭いながら
  「山上さん 本当にすみません」
  「僕は、先生が病院にこられたときから、非常に関心を持ち読けていましたが、自分の欲情を抑えきれずに、貴女の人格を犯してしまい、いま、良識を一番大切にすべき医師として、大変恥ずかしい思いで一杯です」
と、静かに言いつつも、その目は、欲望を遂げた征服の歓びに燃える目の色で、節子の目をいじらしそうに見つめていた。
 その言葉が言い終わらないうちに、再び、節子を抱きしめデープキスをしながら再度セーターの上から乳房を柔らかく愛撫し始めたが、彼女も、今度は抵抗することもなく彼のなすがままに任せていた。 
 その間にも、途切れ途切れに言葉をつないで
  
  「先生 奥様の御様子はいかがですの・・」
  「わたし、この様に力強く愛されたことは、生まれて初めてですわ」
  「わたしなら、きっと先生の愛情をしっかりと受け止められると思いますわ・・」
  「若し、許されるなら、このまま全てを捨てて、何処かに二人で逃げ出して、静かに過ごしたいと、先程、一瞬思ってしまいましたわ」
と、心と体がバラバラになった非現実的なことを、うわずった声で口ずさみ、このまま、時が止まってくれればと願いつつ、風の音も聞こえない静寂な幽玄の世界の中で、これまでに想像したこともなく、ましてや経験したこともない、その激しい愛に悶えて身を焦がしていた。 

 彼は、じっと節子の目を見つめながら
 「私も、貴女と一緒に暮らせたならなぁ。と、勝手なことを考えていましたが・・。だが、私達は人生に未経験な若者ではないのですから、それには順序を踏んでゆかなければなりませんね」
  「然し、その順序も現実的には受け入れられない至難のことでしょう」 
  「私は、社会的に許されないことを、自分勝手な欲望の赴くままに、貴女の平穏で幸せな家庭と人生を乱してしまい、後悔の思いで胸が一杯です」
と、彼女の大腿部に手を置いて、うなだれて自信なく小声で語り
  「それにしても、今日は、かねてからの願望が叶い良かったです」
  「貴女が何時の日か、このことが原因で責めを負うことになるとしたならば、私は逃げたり事実を否定したりせず、男らしく責任を一身に負います」
と、冷静に返答をするので、彼女も暫く間をおいて、心を落ち着かせて現実に戻り、ゆっくりとした口調で
 「その様なことがあれば、お互いに人生の破滅に繋がり、それに、わたくしにも責任の一端がありますので、家族に対し心苦しい日々が続くと思いますが、それに耐えて、ご迷惑かけないように努めますわ」
 「今後、人様が貴方のことをどの様に批判しようとも、先生が好きになりましたわ」
 「わたしも、一瞬とわいえ、女として最上の歓びを感じましたのですから・・」
と返事をして、またもや、軽く肩を両手で抱かれたとき、下の川べりの方から「誰か来て・・。助けてぇ~」と悲鳴が聞こえてきた。

 それは、江梨子からの悲鳴にも似た叫び声で
 「理恵ちゃんが、川の淵の雪が崩れて川に落ちゃったの・・!。 大至急助けに来て!」
との連絡で、丸山先生は今までの雰囲気が一変したかの様に、キリッとした顔で急に立ち上がりスキーを履くと、節子さんに「君はゆっくりと、木にぶつからない様に降りて来てください」と告げるや、大柄な体格に似合わず軽い身ごなしで、木々の間を巧みに回転技で滑り抜け、素早く目的の場所を目指して滑り降りていった。 
 節子は、興奮が冷め遣らない口に、純白の冷たい雪を一口飲み込むと、その歯に染み渡る冷たさで幾分心の平静さを取り戻し、真昼の夢から覚めたように現実の世界に戻って、何度か転倒しながらも、川の淵に滑り降りていった。

 丸山先生は川の淵にたどり着くと、すぐにスキーをはずして川に飛び降り、理恵子の股に首を入れて自分の肩に乗せて肩車すると、川淵の雪に身を寄せて、上にいる人に引きずりあげるように大声で叫んで指示をし、理恵子が上がるのを見届けると、自分は川下の岩を利用して小枝につかまり上がって来た。

 理恵子を、皆でバスの中に入れると、先生は「お~い! 車のヒーターを最高にして、毛布でバスの真ん中を仕切れ」と号令して、にわか作りの脱衣場を作ると、節子さんに対し「理恵子の濡れたスラックスを脱がせ、毛布で腰から下をぐるぐる巻いてください」と指示して「一寸、見たところ骨折や捻挫はない様です」「これからすぐに、御自宅に送りますので・・」と、早口で告げると、カーテンをはずさせ、運転手に道順を地図で指示していた。

 節子は、理恵子になにも言わずに、携帯で手短に健太郎に事情を説明して、お風呂を沸かしておく様に頼んでいた。
 彼女は、理恵子の青ざめた顔で震えながら「お母さん 心配かけてすみません」と言うのを聞きながら、心の中では突発的な出来事であるにせよ、自分の犯した不倫に対する神仏の咎めかしらと。か、自身の情けなさ、或いは女の業の深さ等を次ぎ次と思いめぐらせて考えながら、帰宅後のことが心配で心が落ち着かず、自分を信じてくれている純真な理恵子に答えることが出来なかった。
    


  

 

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蒼い影(36)

2024年07月17日 03時10分54秒 | Weblog

 短い秋も終わりのころ。 スキー場に勤める人達の間で、今冬はエルニューヨの関係で雪が少なく困ったのもだと、冬季の貴重な収入源を心配する声が聞こえてくるが、季節の巡りは確実で、12月中旬になると全国的に寒波が襲来し、4日間連続で降雪をみて、周辺の山々は見事に白銀の世界と化した。

 節子の勤める大学病院でも忘年会の際に、天候次第では正月休みの期間中に、体力増進と親睦を兼ねて、例年通り同好会で飯豊山麓のスキー場に行くことにした。
 その際、今回はバスを借り切るので、可能な限り家族や友人を誘って幅広い交流を図ることを計画しているので、大勢で賑やかに行いたいと案内されてた。

 節子も、雪国の秋田育ちで、学生時代は毎冬同級生達とスキーに興じて出かけていたほどである。
 理恵子も、この地方の子供達同様に小学校入学前からスキーで遊んでおり、技術はともかく滑り慣れたもので、早速、普段から親しい同級生の奈津子と江梨子に連絡して、揃って行くことにした。
 織田君にも連絡したが、入試前の貴重な時間でもあり、それに店の手伝いもあり遠慮すると断られ、健太郎もマーゲン・クレイブスの予後安静中でもあり、体力を考え参加を遠慮したが、二人には機嫌よく参加する様にすすめた。

 当日の朝。 何時になく冷えたが幸い細い雪が舞いスキーには絶好の日和となり、理恵子は母親の真似をして、首や顔に雪焼け防止のクリームを入念に塗り、節子の手編みの白色のセーターに黒色のスラックスを履いて、帽子だけは節子と青と緑とに分けたので、かろうじて区別が付くほどであった。
 理恵子は近頃、なにかと母親である節子の真似をしたがるので、健太郎も娘心とはこんなものかと、今更ながら感心すると共に、血筋の違う親子がこれほどまでに親しく自然に接していることが嬉しく、かつ、養女となってから短い期間にも拘わらず二人の絆の強さが微笑ましく思えた。

 まもなくして、奈津子と江梨子も訪ねてきが、奈津子は赤色のセーターに赤色の、江梨子は紺色のセーターに黄色の、それぞれに毛糸の帽子をかぶっていたので、それを見た健太郎が思わず「まるで交通信号の様だ!」と笑いながら声を出したら、理恵子が「なに 言っているのよ~、偶然かもしれないが安全祈願だし、第一、皆なが個性的で素敵だわ」と口答えしながらも、夫々が帽子を見て笑いあっていた。

 スーキー場に到着すると、青年医師である丸山先生が如何にも上級者らしく
 「此処は本格的に設備されたスキー場ではなく、山間には杉や欅の大木があり雑木も多いし、それに新雪なので表面が柔らかいので、滑降に気をとられて樹木に衝突しない様に注意して下さい。 若し、事故発生のときは、近くにいるリーダーが大声で位置を知らせ、なるべき多くの人達が現場に急行し救護して下さい」
と、一通りの注意をした後、顔見知りのグループ毎に別かれて山の上に向かった。

 理恵子達は、中腹まで上るとキャーキャーと歓声を発しながら、途中で転倒しながらも雪煙を舞い上がらせて競うように下に向かって楽しそうに滑って行った。

 節子は、短い時間滑ったあと、山の中腹あたりの大きな杉の木の傍で一人でたたずみ、子供達の楽しそうに滑降する様子を見ていたが、何時の間にか丸山先生が近ずいて来て
 「もう少し上の杉木立の方に遊びに行きましょう」「ウサギの足跡を訪ねて登るのも面白いですよ」
 「運がよければ、白い野ウサギが見られるかもしれませんよ」
と、親切に誘ってくれたので、一瞬、本能的に誘いの言葉に躊躇いを覚えたが、無理に断る返事も浮かばず、促されるままに、丸山先生の後について登っていった。

 丸山先生は、巧みに木々をよけながら先に進んでは、途中後ろを振り返り節子が追いつくのを待ち、暫く走り廻ったあと
  「疲れたでしょう、少し休みましょう」
と言って、雪を踏みしめたあとスキーをはずし腰をおろしたので、節子も丸山先生から少し間隔をとって腰をおろし
 「先生は、お若く鍛えぬいた逞しい体格をしていらっしゃるだけに、登坂するスキーもお上手ですね」
 「本当に、ウサギが沢山いるようですね。足跡を沢山見ましたわ」
 「こんな素晴らしく静かな自然の中に身を置くのは、学生時代以来で本当に久し振りですわ」
と、丸山先生の優しい心遣いで案内してくれたことにお礼を言った。

 丸山先生は「僕は、学生時代に一人で気晴らしに、よく来たものですよ」と言いながら、節子の傍らに摺り寄ってきて、並んで腰を降ろすと、周囲を気にすることもなく、いきなり太い腕を節子の肩に廻して、優しくなだめる様に
  「山上さん、そう警戒なさってはいけません」
  「私が、どんな人物か色々な機会に嫌なほどお聞きになられていると思いますし、また、貴女が健全な家庭の主婦でおられることも承知致しております」
と言いながら、不意に両腕で力強く節子の上半身を抱え込み、頬をすり寄せてキスをしようとしたので、節子は「先生 いけませんわ」と小声で言って、顔をそむけて彼の両腕から逃れようともがいたが、抱擁する腕力の強さに抵抗も虚しくそれも叶わなかった。
  

 

 

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