日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

(続) 山と河にて 10

2023年12月30日 04時07分12秒 | Weblog

姉妹編 「河のほとりで」・「雪の華」・「山と河にて」に続くあらすじ} 
 地方の医院で裕福に育った美代子は、所謂、英系のハーフなるがゆえに中学・高校時代、厳しい批判や差別に悩みながらも、抜群の運動神経を発揮して水泳では常に県大会で入賞するほど逞しく、培われた忍耐力で数々の苦難を凌いできた。
 そんな彼女も中学2年生の夏に、街を縦断する河で水泳中に起きた偶然の出来事から、東京から知り合いに遊びに来ていた、城大助の陽気で優しい思いやりのある態度に、何時しか自然と心を惹かれて恋に落ち、高校時代を通じて華やかな青春を満喫して過ごし、逢う瀬を重ねる毎に二人の淡い恋を深めていった。
 高校卒業直後の春。家庭の事情とはいえ街を離れて、母親のキャサリンの故郷であるロンドンに移住したが、初秋に帰国後、地元の医療福祉関係の大学に進学して日々を送っていたが、大助に対する思慕の念を片時も忘れず胸に秘めていた。
 里の山々が紅葉に染まりはじめたころ、中学時代から友達の寅太から、大助が新潟大学にいる、と、知らされ、急遽、寅太の案内で大助のもとに駆けつけたところ、彼女の想像を遥かに超えた惨めな生活振りに驚いてしまい気が動転してしまった。

 美代子は、大助がお爺さんに対し、穏やかな口調で新大に転学した経緯を簡潔に説明し終わって、老医師のお爺さんが「男のロマンだなぁ」と感嘆したところ、彼女は大助の説明をなんとか理解したものの、昼間見た悲惨な生活の影が強く脳裏をよぎり、理想と現実の乖離の大きさから、それまで精一杯堪えていた思いが、お爺さんの意外な一言で気持ちを押さえきれなくなり
  「お爺さん!なに感心しているのよ。そんな悠長なことを言っている場合でないわ」
  「男のロマンだなんて、恰好のいいことを言って・・」
  「今にも倒壊しそうな隙間風の入る狭い部屋で、自炊しているのょ。このままでは、必ず栄養失調で病気になり、場合によっては死んでしまうかも知れないわ」
  「そんなことにでもなれば、わたしの人生も破滅してしまうのよ」 
と、お絞りを握り締めて強い口調で、心中を大袈裟に表現して反論した。
 大助は、彼女の少し誇大過ぎる話をやめさせようと、彼女の肘をひぱったが、彼女はそれを振り切り、ブルーの瞳に怒りを込めて、自分の話しに感情を煽られるかの様に、益々興奮し
  「男の人にもロマンがあるなら、女のわたしにもロマンがあるわ」
  「わたし、もう、彼との幸せな生活を夢見ることに絶望し、自殺してしまいたく、その場で観念したゎ」
  「そのため、いけないと思いつつも、咄嗟に身近にいるパパに電話して来てもらい、ホテルで相談したゎ」
と一気に心情を吐露したが、流石に、母親の前では、養父の愛人である静子さんが同席し、自分の心境を理解して、アドバイスしてくれたことを口に出すことは控えた。

 お爺さんは、美代子の顔を見つめ腕組みして黙って聞いていたが、その表情はそれまでとうって変わって険しくなり、養父の話が出たときは目が怒りを込めて鋭くひかり、彼女は勿論、キャサリンも大助も、その威圧感に梳くんで黙ってしまった。
 皆は、重苦しい雰囲気に包まれ、お爺さんが美代子を怒鳴りつけるのではないかと恐れていたが、しばし間をおいて意に反し、お爺さんは静かな口調で、美代子を諭す様に
  「美代子や、家族との約束を破って正雄に会ったことは、精神的に大人に成長してない何よりのあかしだ。
  「そんなことでは、とても大助君の嫁さんにはなれんわ。大助君も迷惑であったと思うよ」
  「ワシが、大助君の行動や生活振りをを聞いて、男のロマンと言ったのは、お世辞ではない」
と話したあと、お爺さんの人生観を語り始めた。それは

 人間の幸福感には、大別して”正しい生活”と”幸せな生活”の二通りあり、”正しい生活”とは自分の信念に基ずいて、艱難辛苦に耐えて行動し、理想を実現しようと、ひたむきに努力することであり、”幸せな活”とは親や家族を思い平穏に安定した暮らしを送ることだ。
 普通の人々は後者を選ぶであろうし、特にオナゴはその傾向が強い。それはそれで良いと思うよ。然し、意志の強い男ほど、その様な平和な生活を実現することを希求はするが、それは生きるための手段と考え、起伏の激しい長い人生の過程では、自分の信念に生きる目的がなければ、優勝劣敗の激しい人生競争や困難に打ち勝てず、生き甲斐を見つけられないのだ。
 よく考えてみろ。今から60数年前の戦争で、若い兵士は、皆、国家や家族を守ることを目的に、自己の意に反しても手段として戦い、信念を貫いて任務を遂行し、戦場で潔く死んでいったのだよ。
 ワシは、その様な意味で、大助君の行動をロマンと言ったのだが、これは若いときにしか出来ない勇気のいることで、老いた身から見て、実に羨ましく素晴らしいことだと、心底から思ったからだ。と、話して聞かせた。

 美代子は、不満そうな表情で黙って聞いていたが、自分の真意が思う様に伝わらないのがもどかしく、お爺さんに対し、叱りつけられるのは覚悟して
  「お爺さん。また、古い話を持ち出して、わたしを誤魔化そうとするが、わたし、そんなお説教を今更聞きたくないゎ」
  「大助君には、彼女が出来たらしいのょ」「寅太君が、現場を見つけて教えてくれたの」
  「わたし、その彼女には絶対に負けないわ。そのため、今日、やっと捕まえた大助君を、誰がなんと言おうと、今度は絶対に離さないゎ」
  「正雄父さんは、順序を踏んで大助君の家族の了承をいただければ、新潟市内の空いているマンションを提供し、経済的援助も惜しまない。と、おっしゃってくれたゎ」
  「わたし、一人で大助君の家に伺い、彼のお母様に実情をお話して、わたしの考えを理解していただくわ」
  「わたし、そこで大助君のお世話をしながら、一緒に暮らすつもりなの。いいでしょう」
と本音を言って、自分の考えを理解して欲しいと必死に訴えた。
 お爺さんとキャサリンは、彼女の言い分を黙って聞いていたが、驚いたのは大助の方で
 「美代ちゃん、それは駄目だよ。それこそ僕の生活が滅茶苦茶になってしまうよ」
 「さっきも言ったとおり、現在の僕は姉の珠子夫婦に経済的に大部分をお世話になっており、実情は違うが、母も姉達も僕を信じて勉強させてもらっているので、それをいきなり・・」
と、強い口調で説明すると、彼女は涙混じりに
 「大ちゃん。お母さん達に隠れて、幾ら勉強のためとはいえ、今の生活をしているなんていけないわ」
 「身体を壊したら全てが終わりょ」
と真剣な眼差しで反論していたが、母親のキャサリンが
 「美代子。あなたどうして自分中心に物事を進めようとするの」
 「あなたの気持ちも判らぬ訳でもないが、正雄先生にお逢いしたことは、母さんとしては凄くショックで悲しくなったわ。でも済んでしまったことは言わないゎ」
 「けれども、もう大学生でしょう。今後のこともあり母さんの立場も考えて欲しいわ」
 「もっと落ち着いて考え、皆が納得する方法で、大助君が勉強に集中できる環境を考えましょうよ」
 「母さんとしては、お爺様や節子さんと相談して、大助君や美代子も納得するように考えてみるわ」
と、彼女をいさめながら静かに諭すと、お爺さんはテーブルを叩いて
 「キャサリンの言うとおりだ。幸い連休だし一日二日急ぐこともなく、じっくりと考えることにしよう」
と言って、話を遮ってしまった。
 
 美代子も、自分の考えを判ってもらえたと思い、大助の横顔を見ながら、それ以上話しだすことをやめてしまった。
 大助とお爺さんは、彼女がおとなしくなったことで、目を見合わせてヤレヤレといった顔つきで、お互いにコップをカチンとつき合わせてオンザロックを飲み始め、キャサリンは食事の用意にキッチンに去ったが、夫々が思わぬ美代子の嵐に遭遇して、楽しさも半分といった思いであった。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(続) 山と河にて  9

2023年12月27日 03時04分50秒 | Weblog

 老医師は、玄関口で挨拶もそこそこに済ました大助を、満面の笑顔で手を引いて居間に連れて行ってしまった。
 やがて、お茶では物足りなくなったのか、老医師が大声でキャサリンに愛飲のウイスキキーと氷を持って来る様に催促し,機嫌のよい声にキャサリンも心が和らいだ。何を話しあっているのか二人の愉快そうな明るい笑い声が、病院の入り口にいる美代子と朋子にも廊下の空気を揺るがすように聞こえて来た。

 気が抜けた様に入り口の廊下に座り込んでいた美代子は、看護師の朋子さんから
 「美代ちゃん。恋人が訪ねて来たとゆうのに、なによ、そんな青ざめた顔でしゃがみ込んで・・」
と、声をかけられ受付の部屋に連れて行かれた。
 親しい朋子の説得に少し落ち着きを取り戻した美代子は朋子に対し、今日の出来事を涙混じりに愚痴を零していたところ、今度は老医師が大助を連れて二人揃って風呂場に行く姿が目にはいった。
 美代子は、その様子を見て思わず立ちあがり
 「お爺ちゃん!わたしが流してあげるから、余計なことをしないでょ」
と声をかけると、お爺さんは
 「男同士で裸で話しあうんだ」
 「大泣きして大助君を口説いたオナゴは口出しするな。情けないヤツだ!」
 「お前の仕事は、下着と浴衣それに晩酌のつまみをきちんと用意することだ!」
と言って、彼女の言うことを無視して、さっさと二人で風呂場に向かって何やら愉快そうに話あいながら、大助は美代子を振りかえって、バイバイと手首を振ってにこやかに笑って嬉しそうにお爺さんの後について行ってしまった。

 美代子は、朋子さんに一部始終話し、続けて恨めしげに
 「それなのに、今度は、お爺ちゃんが、私から大助君を奪い取り、大助君も何を考えているのか・・、さっぱり判らなくなったゎ」
 「あのねぇ。大助君には恋人がいるらしいのょ」
と愚痴ったあと
 「今晩こそ、お爺さんやママに、わたしの思いを話して、例え叱られ反対されたら、家を飛び出しても、わたしの考え通りに、大助君と二人で生活するゎ」
と、涙を流して同情を求める様な表情で心のうちを話したところ、朋子さんは
 「う~ん、美代ちゃんの気持ちは良く判るが、いざ現実となると難しいわねぇ~」
 「けれども、偶然とはいえ、大助君に巡り合えたので、良かったでない」
 「恋の道のりは平坦ではないゎ」
 「彼に恋人が居るなんて、美代ちゃんの思いすごしょ。大助君はそんな人には見えないゎ」
と、溜め息混じりに答えて慰めた。 
 彼女が、着替えの下着類を脱衣場に持ってゆくと、浴場内では大助が事情を話しているのか、お爺さんが「そうか、そうか」と満足そうに返事をしているのが聞こえてきた。 
 彼女は耳を澄ませて扉越しに、二人の話し声を聞いていて、自分が身を焦がすほど心配していることをよそに、男の人達の神経はどうなっているんだろう。と、益々、これから、どのように話したらよいのか、頭の中が混乱して、その場に暫く佇んでしまった。
 
 キャサリンが、忍び足で脱衣場に様子を見に来て
 「美代ちゃん、おつまみの料理を用意したので、座敷に運んで」
と声をかけたので、美代子は浮かぬ顔で、居間のテーブルにイワナの焼き物や山菜のサラダ等を並べ終えた頃、二人はシャツ姿で部屋に戻ってきて、大助が額の汗を拭いながら
 「わぁ~ 珍しく凄いご馳走だなぁ。イワナなんて久し振りだわぁ」
と言いながら座ると、美代子は大助の左側に長い脛を横崩しにして、わざと彼の胡坐に脛が接する様に座り、オンザロックを作ってあげたが、お爺さんが
 「俺にも作ってくれ」
と言ってコップを彼女の前に出すと、素っ気無く
 「ご自分でお作りになったら」
と澄ました顔でコップを押し返し、大助の顔を横目でツラット見て「イワナの頭を取りましょうか」と言いながら皿を引き寄せた。
 お爺さんは
 「オイオイ イワナは頭が一番美味しいんだ」
 「この我儘娘が!普段、小遣いをせびるときは猫なで声で言い寄るのに、大助君が来るとワシを無視して、これだから・・」
とブツブツ言いながら自分でオンザロックを作っていた。
 川蟹の味噌汁やご飯を運び終えて席に座ったキャサリンが、この様子を目に見て
 「美代子。なによ、その態度は。大学生でしょう、母さんも恥ずかしくて情けなくなるゎ」
 「お爺様にも、お作りになってあげなさいょ」
 「大助君がお出でになると、途端に甘えて・・」「そんなことだから、お爺様や母さんが心配するのょ」
と注意すると、彼女は
 「何時もママがしてあげてるでしょ」「お爺様は、ママのお造りになったのが一番すきなのよ」
と冷たく言い放って全く取りあわなかった。
 大助と老医師は、そんな母娘の話に構わず話を続けていた。
 美代子は、美味しそうに食べている大助の横顔を覗き、彼の胡坐の膝にわざと手を当てて、早く話を切り出しなさいよと言わんばかりに促すと、大助は箸を休めてお絞りで口を拭き
  「お爺さんには、先程、お風呂の中で僕の近況を大体お話しましたが、小母さんと美代ちゃんには初めてなので、改めてお話致しますが」
と、言葉を選びながら簡潔に話し出した。

 『実は、防衛大の指導教官から、君の勉強目的から医大の編入試験を受けてみろ。と、の話があり、僕も好きな化学を将来にわたり深く勉強したいと思っていたので、家族とも相談のうえ、防衛医大や新潟大の編入試験を受験し、幸いどちらも合格しましたが、経済的には厳しいが、新大医学部に将来専攻したい科目があり、秋に新大に編入しました』
  『母親も、高校卒業時、経済的理由で京大の理学部に合格しながら進学できなかったが、今では、珠子姉も結婚して、少しはゆとりも出来たので、お前の好きな大学に進みなさいと言ってくれ、義兄の昭二さんも、出来る限りの応援するからと薦めてくれ、多額の入学金も用意してくれたので、幸い奨学金も受けられ、生活の保障された寮と違い最低限の生活ですが、何より自分が自由に使える勉強の時間が多く取れて、精神的には充実した勉強をしております』
  『美代ちゃんには、お爺さんの言つけを守り連絡をせず、それに、イギリスにいるもんだと思っていたから・・』

と説明したところ、キャサリンは大助の話しを聞いて、納得して
 「そうでしたの、若いのに目的意識をちゃんとお持ちになっていらして立派ですゎ」
と一言漏らして感心していたが、初めて事情を知った美代子は、彼の行動力の激しさにビックリし、お絞りをいじりながら、昼間見た部屋の状態を思い浮かべ、現実の生活と考えていることの乖離の大きさに、言葉もなく目を潤ませ俯いて聞き入っていた。
 お爺さんは、浴場で聞いていたためか納得した平静な顔で聞いていたが、大助の話が終わるや
  「大助君、男のロマンやな」 「あらゆる困難を克服して、自分の信念を貫く考えは、若者の特権だよ。素晴らしいことだ」 
  「若いうちは、理想に燃えて頑張るんだね」 「為せば成るもんだよ」
と、益々、大助が自分の孫の様に思え、目を細め喜色満面で褒めていた。
 美代子は、それまで考えていたことを言葉にだす威勢をそがれてたが、それでも気持ちを奮い立たせ、老医師と大助の会話に反発する様に 小声で
 「冗談でないゎ。大助君の生活はまるで地獄よ」
 「わたし、今度こそ自分の考えを通させていただくわ」
と呟いて反抗したが、心の中では、さしあたり明日からどうすれば良いのか。と、お絞りをいじりながら思案し、二人の顔を眺めた。
 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(続) 山と河にて 8

2023年12月24日 02時40分20秒 | Weblog

 美代子が、何も語らず腕組みしている大助を、兎に角、いったん飯豊町に連れて帰るべく、懸命に促していたところ、正雄とともに部屋に戻って来た静子が
 「美代子さん、貴女のお悩みと、これからのことについての考えをお聞きしましたゎ」
 「私も、そのお考えに賛成で是非協力させていただきますが、私のマンションでは何かと精神的に抵抗感があると思いますので、あくまでもお父様の所有するマンションと理解してくださいね」
と、思いやりのある言葉をかけてくれ、続いて正雄が
 「順序を踏んで冷静に話を進め、普段通りに勉強するんだよ」
 「転居することについては、お爺さんやキャサリンの考えもあり、又、相談しましょう」
と口添えしてくれ
 「皆で、レストランで夕食を食べようか」
と誘ってくれた。 
 
 寅太と三郎は、昼をカップラーメンで過ごし物凄く空腹を覚えていたが、立派なホテルでのレストランでの食事をした経験がなく面倒な作法も嫌で、自分達は部屋で気楽に思う存分食べたいと、瞬間的に閃いて、二人は口を揃えて
 「大ちゃんと、美代ちゃんは、先生と一緒にレストランに行けばよいさ」
 「俺達は、悪いけど部屋で食べたいなぁ」
と遠慮気味に言ったところ、大助も
 「僕も、折角、御馳走になるなら、美代ちゃんとは別に君達と部屋で食事したいなぁ」
と寅太達にあわせて言ったところ、静子が彼等の気持ちを察して、すかさず
 「そうですねぇ。お部屋に食事を用意させますので、お話ししながら、ごゆっくりと召し上がりなさいネ」
と言ってくれたので、美代子は
 「わたしも、お食事どころでなく、今晩、どうしても飯豊町に大助君を連れて帰るため、煮え切らない彼を寅太君達と説得したいので、お部屋で戴きたいわ」
 「お父様と小母様は、どうぞレストランでお食事をなさって来てください」
と、彼等に同調したので、正雄は少しつまらなそうな顔をしたが、静子に言われて仕方なく、彼等の言い分を聞きいれた。

 美代子は、お爺さんと母親のキャサリンに早く話をして、養父の正雄が教えてくれた生活を一刻も早く実現したい気持ちにかられ
 「お父さん、悪いけど食事後は、直ぐに家に帰へらせてもらいますので・・」
と返事をすると、静子が
 「帰宅後は、皆さんに判って戴く様に落ち着いてお話するんですよ」
 「わたしが申し上げることでもありませんが、あなた達にとっては大事なお話ですので、お爺様の御機嫌を損ねては、話が前に進みませんので、私達とお会いしたことは言わないで下さいネ」
と、微笑みながら諭し
 「これ少しばかりですが、お友達と自由に使って下さいネ」
と、白い郵便封筒を差し出し、尻込みする彼女に押し付けるようにして渡すと、美代子の両手を握り丁寧に頭を垂れた。
 彼女は、静子の終始控えめで謙虚な態度に接し、それまで、父を奪った静子に抱いていた本能的な嫌悪感が不思議に拭い去り、何か救われた思いがした。 

 美代子が懸命に思いを大助に話しているうちに、部屋には彼等の希望通りに、二の膳つきの豪華な和食が運ばれてきて用意されると、寅太達は海鮮料理に目を奪われて勢いよく食べ始めた。
 美代子は、大助をやっとの思いで口説きおとすと、寅太達に早く食事を済ませるようにせかせ、三郎が不満そうに
 「こんな御馳走は一生に一度しかお目にかかれないのに・・」
と恨めしそうに呟くと、彼女は
 「サブちゃん。そんな顔をしないでょ。後で御馳走するので許してネ」
と謝り、大助の気持ちが変わるのを恐れて、彼等をせかせてホテルを出ると、一目算に飯豊町目指して暗くなった国道を走り出した。
 彼女が途中で
 「寅太君。悪いけれど何処か駅に寄ってくれない」
 「わたし、幾らなんでも化粧を直し、気分を落ち着けて家に帰りたいゎ」
と言い出し、彼は国道沿いの小さな駅前で車を止めた。
 彼女が駅のトイレに行っている隙に、寅太は運転中に思い巡らしていた、老医師に対する自分達の行動を少しでも判ってもらいたく、それには話方になんとなく関西弁交じりの愛嬌がある、山崎社長から予め老医師に電話をして貰った方が話がスムースに進むと思い、携帯で
 「社長、遅くなって済みません」
 「いやぁ、予想外の問題が起きて、大学の売店の方は正雄先生に継続させていただく様に取り繕いましたが、田舎の病院の方は老先生相手では俺には自信がなく、これから俺が説明に行くが、社長からやんわりと連絡して、ご機嫌を取っておいてくれ、頼みますよ」
と話すと、社長は要領をえず聞き返したので、彼は
 「美代ちゃんと大助君のゴチャゴチャのあおりだよっ!」
と、寅太の持ち前の短気を爆発させて面倒くさそうに電話を切ってしまった。

 化粧を直した美代子が現れると、寅太は美代子に振り回されたことに半分ヤケクソ気味に
 「美代ちゃん、チョット手入れするだけで綺麗になるもんだね」
と皮肉まじりに冷やかすと、彼女は
 「なに、お世辞を言っているのよ」
 「大助君を連れてゆくのに、泣いてクシャクシャになった顔を見せられないでしょう」
 「お爺さんに、どの様に話せば良いのか、頭の中が混乱しているゎ」「君達も応援してょ」
 「失敗したら家出か、本当に自殺しか方法がないゎ」
と、真剣な眼差しで答えていた。
 これを聞いていた三郎が
 「オイオイ マタカヨ」「家に辿り着けば俺達はお役ゴメンだな、少なくとも俺はだよ」
と悪戯ぽく言うと、大助と寅太が揃って
 「サブちゃん。 最悪の場合い、お前が道ずれでないと、美代ちゃんや俺達は寂しよ」
と、からかうと、三郎は
 「幾ら美人相手でも、もう、勘弁してくれや」
 「俺にも、将来、恋人と巡り合うチャンスが充分にあるし、それに、俺を頼りにしている施設のお婆ちゃん達が嘆き悲しむよ」
と、ムキになって抗弁していた。
 彼等は、三郎の純情な話に声を出して大笑いし、束の間、重い気分を紛らわせていた。

 街灯がポツンポツンと灯る暗い夜道を走り続けて、やっと、門前が明るく照らされた病院の入り口に着くと、寅太は
 「大助君、やはり君達の話に俺達が混じることは良くないよ」
 「俺達は、真紀子の店で待っているので、二人で行けよ」
と、急に態度を変えて言い出すと、美代子も大助に
 「貴方のことなので、そうしましょうよ」
と言って、何も答えない彼の手を引いて車から降りた。 
 大助も寅太達を巻き添えにしたくなく、彼女に従い渋々と車から降りて改装された病院の外観を見回しながら重い足取りで正面口に歩き出した。
 美代子は、寅太と三郎に
 「貴方達、これで夕食を食べて行ってね」「私が持っていると、お爺さんに怒られるので・・」
と言って、静子から渡された封筒をバックから出して渡し
 「お爺さんが、私達の考えを承知してくれなかったら、それこそ本気で家を飛び出して来るから助けてネ」
と、険しい顔つきで病院の中に消えて行った。
 三郎は、小遣いを貰って浮かれた気分で
 「オイッ 寅っ。俺の予感では案外爺さんも納得して一件落着だと思うよ」
 「お前も、真紀ちゃんに会いたいだろうし、店に行って大盛りラーメンをたべろよ」
 「俺は、カツ丼はゴメンだよ」「昨日、野っ原で食べたカツ弁は縁起が悪すぎたわ」
と、話の成り行きを心配している寅太に気楽に話しかけた。
 寅太も、流石に精神的に疲労し、三郎の誘いに素直に従い、通い慣れた恋人の真紀子の勤めるラーメン店に向かった。

 美代子が、病院の入り口で「お母さん、ただいまぁ~」と力なく声をかけると、老医師のお爺さんが白衣姿で飛び出してきて、眉毛を八の字にして満面に零れんばかりの笑顔で両手を広げ
  「やぁ~、大助君。君が訪ねて来ると、さっき山崎社長から電話があり、まさかと思いつつイマカ イアマカと白鳥の様に首を長くして待っておったんだよ」
と迎えてくれ、響き渡るような大声で、母親のキャサリンや賄いの小母さん達を呼びつけた。
 大助は、上がり口で直立の姿勢で「ご無沙汰致しておりました」と最敬礼して挨拶すると、お爺さんは
 「まぁまぁ、そんな丁寧な挨拶はいいがねぇ」「はよう、上がりなさい」
と、彼の手をとらんばかりにして院長室に案内して連れて行ってしまった。
 これを傍らで見ていた美代子は、あっけに取られて呆然としていたが、キャサリンが
 「美代ちゃん、なに立ちすくんでいるの。途中電話もせずに・・」
 「どんな事情かは判りませんが・・。早く支度を整えて大助君のお相手しなさい」
と声をかけたが、そんな母娘の話に構わず、それ迄仕事が遅れていて不機嫌なお爺さんが、急に様変わりして機嫌を直し
 「仕事どころじゃないわ」
 「懐かしいお客さんが訪ねて来てくれたので、はよう、ご馳走を用意して、失礼の無い様に準備しろ」
と言い出し、皆が慌ててしまった。
 
 美代子は予想外の出来事に母親に説明する言葉を失い、それまでの緊張していた気持ちが一挙に抜けて、上がり口の廊下に崩れる様に腰を降ろすと、看護師の朋子さんに肩を叩かれ
 「美代ちゃん良かったわネ。先生は山崎社長から電話を貰うと、急にソワソワし出して、時計と睨みっこしながら待っていたのよ」
と事情を知らされると、やっと我に帰り気力を取り戻したが、心の中では、お爺さんは、やっぱり大助君が好きなんだなぁ。と、大助の本意が理解出来ないまま半ば嫉妬の気持ちで、昼間の出来事を思い出して、大騒ぎした自分が情け無くなってしまっった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(続) 山と河にて 7

2023年12月18日 05時03分45秒 | Weblog

  美代子達は、新潟駅近くにある高級ホテルに入ると、広い座敷の中央に置かれた大きいテイブルを挟んで座った美代子に、養父の正雄はにこやかな顔をして
 「やぁ~ 暫く見ないうちに、大学生らしく立派な女性に成長したねぇ」
 「急な電話で驚いたが、さぁ~ ここに来て、どんなこでもよいから遠慮せずに話してごらん」
 「美代子も判る通り、今の私には出来ることは限られているが、それでも私に出来ることなら精一杯のことをしてあげるから」
と、優しい言葉を掛けられ、彼女が心の落ち着く間もなく、医師らしく「少し顔色が冴えないが・・」と言葉を繋いだ。 

 彼女は、久し振りに対面した父に、懐かしさと憎さが入り混じった複雑な思いを抱いたが、高ぶった気持ちを抑えられず、養父である正雄に対し、青ざめた顔で、いきなり
 「わたし、本当に生きる力を失ってしまったゎ」
と返事をしたあと、小声で
 「あまりにも惨めな話で、初対面の小母様がおられては話しずらいゎ」
と言うと、座敷の隅みに座っていた、静子は
 「それもそうね。私は席をはずして控え室におりますゎ」
と答えた。 
 正雄が、静子の顔を見ながら、美代子に対し
 「この人は大学病院の精神科の医師で、医学部の講師をしているんだよ」
と紹介してくれたが、静子は正雄の引き止める言葉を遮り
 「貴方。若い女性の心理は微妙で、今は、会話をする環境が大切なのよ。用事が御座いましたらお呼びくださいね」
と言って、美代子に向かい丁寧に礼をして部屋から出るべく立ち上がった。
 静子は、部屋から立ち去る前に入り口に座りなおし、彼女に向かい
 「美代子さんが、久し振りにお父様とご相談する問題の根源は、私にも責任があると自覚しております。解決の方策は私なりにも考えておりますので、貴女に対する償いの意味で、少しでもお役に立てれば私も嬉しいですゎ」
と、言葉を残して去った。

 美代子は、正雄に対し家庭崩壊の原因となった養父に対する皮肉をこめて
 「お父さん、何故、一人でお出でにならなかったの」
 「小母様は、私になんの関係もなく、お逢いすることはママとお爺様に悪いゎ」
と文句を言った。 
 正雄は苦笑いして
 「そうだったね。まぁ、彼女も医師として、それなりに貴女のことを気にしているので、私からも謝るよ」
と言って軽く頭を下げた。
 正雄は
 「それで、問題の核心は大助君とのことかね」
と、外科医らしく単刀直入に聞き出したので、美代子は、感情がこみ上げてきて涙を流しながら、声を絞って一気に
  
  「そうよ。お爺さんの言いつけでイギリスに行っている間に、わたしに何の連絡もなく、防衛大から新大に編入し、挙句の果てに、わたしを見放して恋人をつくっているのょ」
  「そこにいる同級生の寅太君が教えてくれて、今日、大助君のお部屋を突然お訪ねしたら、何時、倒壊するかも知れない、古くて汚れた狭い部屋にいるんですもの。わたし、ビックリして気が動転し目が眩んでしまったゎ」
  「彼が、どうして家族にも嘘を言ってまで、こんな落ちぶれた生活をしているのかと思ったら、彼の急な様変わりな生活を見て、もう、わたしの人生も完全に破滅してしまったゎ」

と、涙声交じりに口元にハンカチをあてて悲痛な思いを話したところ、寅太が突然声を張り上げて
 「美代ちゃん。部屋のことはともかく、恋人のことは、美代ちゃんの勘違いだよ」
 「三郎のヤツが勝手な想像で言ったことで・・」
と口を挟むと、三郎が
 「いや、寅が間違いなく言ったんだよ」
と反論した。 
 正雄は、苦笑いして彼等の話を制止させ、静かに
 「美代ちゃん、大助君が隣にいるんだから、直接確かめれば済むことでないかね」
と言うと、彼女は
 「大助君が、ここで新しい恋人がおりますなんて言う訳ないでしょう。そんな簡単に白状するほど安ぽい男でないゎ」
と言って、ハンカチで涙を拭い大助の顔を見ると、彼は疲れた様な表情で腕組みして無言でいた。

 正雄は、美代子の心情や大助の微動もしない態度から総合的に判断して、それ以上細かい話を聞くことを止め
 「美代ちゃん、どうすれば気が済むのかね」
と、彼女に意見を求めると、彼女は、冷たいお絞りで顔を丁寧に拭いて、気持ちを落ち着かせ、暫く間をおいて考えを整理したのか、俯いて恥じ入る様に静かな声で
  「若し、大助君の心に、わたしに対する愛が以前の様に残っているならば、彼を今の状態で放置しておくことは、見るに耐えないので、わたし、大学をやめてホステスになってでもお金を稼ぎ、普通の生活をさせて勉強させたいゎ」
  「勿論、一緒に暮らして面倒をみてあげたいの」
  「お爺さんも、母さんも、皆が、大助君のことを知っているのに、わたしに隠しているみたいなので、わたし、もう、誰をも信用しないゎ」
   「わたし、もう、怖いものはないし、自分の信念を貫いて、彼と生きて行くことに決めたの」
と、目に涙を溜めて悲痛な心情を一気に告白した。

 正雄は、美代子の表情を観察しながら黙って聞いていたが、彼女の話が終わると
  「美代ちゃん、おおよそのことは判ったよ」
  「大助君との関係は二人で落ち着いて話合いなさい」
  「今まで通り良き交際が継続するならば、静子のマンションが空いており、それを利用すれば良いと思うし、生活費や学費も援助させてもらう心ずもりはあるが・・」
  「だから、ホステスになるなんて大人げないこと考えずに、美代ちゃんも、今迄通りに学業を続けなさい」
と諭す様に話して、少し間を置いて
  「けれども、よく考えて御覧なさい」
  「大助君は、私達やお爺さんもキャサリンも、社会的には何の繋がりもなく、冷たい言い方だが、社会的には他人であり、美代子の友達とゆうだけで、経済的援助をすることは、常識に反し、逆にその様なことは、相手の人達の名誉を傷つけ、極めて迷惑なことなんだよ。やはり、順序を踏んで大助君の家族やお爺さんとキャサリンの了解を得てからでないと、出来ないことは理解できるね」
  「お父さんは、将来、美代子の望む通りに大助君と結ばれ、田舎の病院を継ぐことになろうとも、或いは大助君の実家に嫁ぐことになっても、それは、君達が決めることで全く異存はないよ」
  「お爺さんもキャサリンも、お父さん同様に、美代子が幸せになるためなら反対はしないと確信しているよ」
と説得して、静子と話してくると言い残して部屋を出て行った。

 美代子は、大助の手を握り締めて
 「これから、お爺ちゃんのところに行きましょうょ」
と言ったが、大助が返事を躊躇っているので、彼女は業を煮やして
 「ウ~ン ジレッタイ! ゼッタイニ ツレテユクカラ・・」
と、きっぱりとした声で告げた。 
 寅太も三郎も美代子の毅然たる強い言葉に誘発されて、口を揃えて
 「大助君。正雄先生の言うことは最もであり、ここ一番は、やっぱり老先生しか頼れる人はおらず、美代ちゃんの言うことを聞いてやれよ」
 「老先生も、俺の見るところ、大助君のことが気に入っている様だし・・」
 「たとえ、怒っても、きっと、君達のためになる様なことをしてくれる。と、思うがなぁ」
と声をかけたが、またしても、三郎が解決の道が見えた安心感から
 「そうだなぁ。寅の言うとおりだよ」
 「俺達も余計なおせっかいをしたと、こっぴどく怒られるかもしれんが・・」
と、寅太の意見に合わせて口を挟み、続けて
 「やぁ~ これで、あの来るときに見た冷たそうな黒く濁った川に飛び込んだり、車の中の練炭でお陀仏にならんで済んだゎ」
 「正雄先生は、やっぱり神様仏様だなぁ~」
と余計なことを喋って一息ついた。
 一方、寅太は真剣な面持ちで溜め息混じりに
 「もう一山あるなぁ。お爺ちゃんは頑固で、俺も苦手だし、話の仕様によっては、俺が余計なお世話をしたと、怒鳴りつけられ、挙句の果て店は病院に出入り禁止なんてことになったら、店が潰れ、俺は失業者になるかもしれんからなぁ」
と、独り言を呟いて、陽気な三郎とは反対に、彼なりに心配の種が尽きなかった。

 美代子と大助は彼等の話を聞いていたが、美代子は少し元気を取り戻し、大助の腕を引張って
 「ねぇ~。そうしましょうよ。お爺さんは怒らないと思うゎ」
 「若し、私達の立場を理解せず癇癪を起こしたら、今度こそ、わたし本気で家を飛び出してやるわ」
 「でも、お爺さんは、わたしのことより、貴方のことをずぅと可愛いがっているので・・」
と、どうしても彼を連れて帰るべく、しきりに催促していた。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(続) 山と河にて 6

2023年12月09日 04時22分21秒 | Weblog

 秋の夕暮れは早く、美代子達が屋外に出ると夕闇で薄暗かった。

 寅太が運転する車は、家並みが関散な町を通り抜けて、ビルの乱立する市内の中心部に入ると、街灯とビルから漏れる明かり、それに彩りの綺麗な店舗のネオンやイルミネーションに街頭が華やかに照らされ、人々が群れて華やいでいた。
 寅太は、後部座席に乗った大助と美代子の様子に気配りしていたが、助手席の三郎が
 「明るいところに出ると少しは気も晴れるなぁ」「オイ 寅っ。これからどうなるんだ」
と声をかけると、彼は憮然として
 「そんなこと、俺にも判らんよ」
と答えたので、三郎は
 「話が段々と悪い方に進んで行くみたいで・・、昨日は高いカツ弁を食ってしまったわ」
と悔やんで、溜め息混じりに呟いた。

 美代子は、無言で正面を見ている大助の左腕に両手を絡ませ、縋りつくように身を寄せて顔を近ずけ、小声で
  「何を考えているの?」 「何時から新大に転校して来たの」
  「どうして連絡してくれなかったのょ」 「春にお別れしたときと違い、随分、冷たくなったわネ」
と矢継ぎ早に話かけたが、彼は一言も答えず、時折、急なカーブに差し掛かると、彼女の腕を払いのけて抱える様に彼女を支えていた。 
 そのとき、彼は化粧水か香水かわからないが、春に別れて以来久し振りに、彼女の長い髪に漂う懐かしい香りを感じ、思わず抱きかかえる腕に力がはいった。
 彼女は無言の彼がもどかしくなり、気分がエスカレートして、Yシャツの袖を軽く引張るようにして
  「ねぇ~、新しい恋人ができたの?」
  「やはり、黒い髪の日本の女性が好きなの?」「はっきり言ってょ」
  「自分勝手にわたしを捨てるなんて卑怯だゎ」「失恋した、わたしが、どんなショックを受けているか、わかる?」
と、執拗に返事を催促していた。

 大助は、又、ここで美代子に泣き喚かれては、運転している寅太に迷惑になると思い、重い口を開いて
  「美代ちゃん、僕の心境はいずれ詳しく話すつもりでいたが・・」
  「現在の僕は、奨学金と家庭からの仕送りに頼る倹約生活と、遅れている勉強を取り戻すことで精一杯なんだよ」
  「そんな僕が、貴重な時間を潰してまで、いま、正雄先生に逢わなければならない理由がわかんないよ」
  「正直、気分が重いよ」
  「僕にとっては、他人同様に何の関係もない先生に、私生活等話す気は毛頭ないよ」
  「恋人なんて出来る訳ないだろう」「第一、今の僕にはそんな悠長な心の余裕は全然ないし・・」
と、素っ気無く答えた。

 彼女は、やっと口を開いた彼の話を黙って聞いていたが、彼の話が終わると、冷ややかな目つきで彼を見つめて
  「嘘言わないでょ。貴方に恋人が居ることは寅太君からちゃんと聞いたゎ」
  「白いミニスカートの綺麗な人に、サッカーで痛めた膝を丁寧に手当てして包帯を巻いてもらい、嬉しかったでしょう」
と、嫉妬をまじえ、しつこく絡んで来たので、彼もいい加減うんざりして
  「誰から聞いたか知らんが、くだなぬ妄想はよしてくれ」
  「突然とはいえ、久し振りに逢えたとゆうのに・・」
  「半年離れていたくらいで、君も随分変わったなぁ」
  「今まで築き上げた二人の信頼関係はどうなってしまったんだい」
と、今の美代子には、何を話しても所詮無理で理解は得られないと諦めて簡単に答えた。

 車が、信濃川をまたぐ橋を渡っているとき、寅太は大助達の話を聞きつけ
  「美代ちゃん、俺、そんなこと言った覚えはないぜ」
と口を挟むと、三郎が
  「いや、俺も確かに聞いたよ」「大助君の新しい恋人か単なる友達かは知らんが・・」
と美代子の言葉に口裏を合わせたので、寅太は
  「お前、また、余計なことを言う」
と怒った声で言うと、三郎は
  「オイオイ 怒るなってば」「ハンドルを切り間違えて河にドブンでは、本当にお陀仏になってしまうわ」
と、彼を宥めていた。 

 信濃川の水は黒く澱んでゆっくりと流れており、時々、欄干の街灯の光がチカチカッと漣の波頭に反射し、三郎の目には暗黒の凄く冷たい不気味な世界に映った。

やがて、大助の道案内で新潟駅に近接したホテルに到着すると、寅太が
  「サブ お前、口が達者だからフロントに行って手続きして来い」
  「宿帳の名前なんか適当でいいわ」
と、やけくそ気分で言い付けた。 
 三郎は、車から降りると「う~ 冷えるわ」と言いながら、背中を丸めてホテルに飛び込んでいった。

 三郎は、フロントで申込書を渡されると誰の名前にするか少し躊躇したが、”城大助”と書いて出し、案内係りに導かれて3階の部屋に皆の先頭にたちエスカレーターに乗った。 
 彼は初めて入った立派なホテルの雰囲気に気分が高揚して、廊下に敷かれた絨毯の感触を確かめるように気分良く歩きながら、案内係りの若い女性に
 「あんた制服が良く似合い綺麗だねぇ」「あんたの恋人は幸せだわ」
と軽口をたたいていたが、案内の彼女から
 「お連れさんの、あのスタイルの美しい金髪の娘さんは、お友達ですか」
と、逆に聞かれて返事に窮し
 「う~ん、俺の中学時代の同級生だが、顎鬚のある彼氏の恋人だよ」
 「今日は彼女の風向きが悪く機嫌を損ねて、今 大事件勃発で困っているんだよ」
 「これから、彼女の親御さんに宥めてもらうんだが、場合によっては・・」
と言って口を閉ざしてしまった。
 案内係りの女性は、それ以上深く聞きくこともなく
 「大学の田崎先生は、このお部屋を時々お仕事でご利用になられますが、先程、お着きになっておりますゎ」
と言って、部屋の前に来ると手の掌で部屋を案内すると、可愛い笑顔でニコッと会釈してくれ、三郎も訪ねて来た目的を忘れたかの様に陽気に笑って「サンキュウ」と答えた。

 部屋の入り口で誰が先に入るか一寸揉めたが、美代子が押し出される様に和室の部屋に入ると、座る間もなく入り口に立ったままの彼女を見て、養父の正雄が床の間を背にして大きい漆塗りのテーブルの前に座ったまま
 「やぁ~。よく来てくれたね。どうかなと少し心配して待っていたところだよ」
と優しく笑顔で迎えてくれた。
 美代子は返事をすることもなく、部屋の隅に座っている、黒いスーツ姿の細身で眼鏡をかけ上品な雰囲気を漂わせた中年の女性に目を引かれた。
 美代子は、見知らぬ女性が顔をあわせるや、即座に座布団をはずして畳に両手をついて、丁寧に静かに頭を下げているのを見て、美代子はギクッと驚いた表情をしたところ、正雄が「家内の静子だよ」と紹介してくれた。 
 美代子は、初めて見る養父の愛人に、またしても心の落ち着きを失っなてしまった。

 そんな美代子を、大助が彼女の肩を押してテーブルを挟んで先生の正面に無理矢理座らせ、自分達は部屋の隅に並んで座った。 
 正雄先生は
 「大助君、久振りだね。遠慮しないで前に来なさいよ」
と手招きして声をかけてくれ、美代子も
 「大助君、貴方の問題だゎ」「わたしの隣に来てっ」
と言って立ち上がり彼の前に来て、彼の手を引張り促すと、寅太も「大ちゃん、前に座れよ」と小さい声で耳うちした。
 大助は、正座して姿勢を正しテーブルに両手をついて丁寧に頭を下げて一礼し、正雄先生に挨拶したが、言葉はなかった。
 三郎も、遂、先程までの陽気さから一変して、流石に大学の先生は貴賓があるわいと感心して座敷の隅に寅太と並んで座り、緊張していた。

 皆が落ち付きを取り戻したころ、暖かい紅茶とケーキが運ばれて来ると、正雄が
 「さぁ~ 暖かいうちに頂ましょう」
と言って先に口をつけると、静子は、にこやかに優しい語り口で
 「皆さん、どうぞ召し上がってください」「今晩は、ことのほか冷えましたからねぇ」
と、挨拶を兼ねて雰囲気を和ませる様に気ずかってくれたが、静子の控えめな態度にも目は美代子からそらさず、問題の核心を把握している様であった。
 静子は、道すがら夫の正雄からおおよそのことを知らされ、自分の存在が彼女に大きな影響を与えたことを自覚し、いま、自分なりに影となって彼女にして上げられることは何か。と、年代こそ差があれ、同性として、愛に傷ついた心の痛みは嫌とゆうほど経験しており、それだけに、彼女の直面している問題に対し、自分のとった行動の償いとして、彼女の希望を出来うる限り叶えて上げるにはどうすればよいのか。と、来る道すがら色々と思案にくれていた。

 広く、畳も新しい座敷の和室は、赤黒く磨かれた太い杉造りの床柱に欅で造作された床の間には、偶然か或いは正雄の注文か、美代子を諭すかの様に、かって今様太閤と持て囃された郷土の偉人、田中角栄の”人生只管 忍耐努力”と墨書された掛け軸が掛けられ、サークラインが煌々と照らす明るい座敷の雰囲気とは反対に、彼等の心は緊張と不安で暗く沈んでいた。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(続) 山と河にて 5

2023年12月06日 06時21分58秒 | Weblog

 寅太が、美代子を連れて突然訪れたことで、異様な雰囲気に包まれた薄暗い部屋の空気を破る様に、大助がポツリと小声で
 「寅太君、階下でお湯を沸かしてきてくれないか。お茶でも飲もうや」
と口火を切ると、寅太は予想外の大助の言葉に緊張感がほぐれ一瞬の安堵感から反射的に
 「ヨシキタ!。ヤカンはどれを使ってもいいんだな」「急須と茶碗はあるんかい」
と返事して、勢いよく立ち上がり、三郎を連れて部屋を出て階下の共同炊事場に行った。

 階下の流し場に行くと、三郎が寅太の顔をジロジロと眺めまわして
 「なんだ、 殴られたアザや傷跡がないが・・」
と呟くと、彼が
 「これからだよ、コレカラダッ!」「俺一人より二人の方が、間隔があいて、少しは大助君の力もやわらぐので痛くないだろうしな」
と答え、薬缶をレンジにかけると、三郎にむかい
 「さぁ 勇気を出して、お湯が沸いたら薬缶を持って来い」
 「その後、ダンボールの箱を部屋に運んでくれ」「大助君の拳骨の嵐に対する防御用だ」
と言いつけ炊事場から出て行ってしまった。
 三郎は、寅太の後ろ姿に向かい、捨てせりふの様に
 「お前から先にやられろよ」
 「俺はお付き合いで来ただけなので、お前がノックアウトされたら、場合によっては逃げるぜ」
と、ブツブツ言いながらお湯が沸く間に、車からダンボール箱を降ろしていた。

 美代子は、二人だけになると、大助の膝に蹲るように飛びつき、それまで精一杯堪えていた思いを堰を切ったように
  「大ちゃん、これは イツタイ ドウユウコトナノ」 「わたしのことを、キライニ ナッテシマッタノ」
  「お爺ちゃんが、貴方の勉強の邪魔になるから連絡は一切負かりならんと言ったことを、貴方も聞いていたでしょう」
  「貴方も、わかっている筈だゎ」「わたしは、約束をちゃんと守り、貴方を信じていたのに・・」
  「離れていて寂しいときは、出すことも叶わぬラブレターを書いては、机の上に積み重ね、気を紛らわせていたのょ」
  「それなのに、こんなことになって仕舞い・・。貴方と家族や周りの人に騙されていたようで悔しいゎ」
と、彼の胡坐の間に顔を埋め、肩を小刻みに震わせて、彼のジーパンを掻き毟り乍ら泣き喚き
  「家庭の事情からとはいえ、やっぱりイギリスに行ったのが間違いだったのネ」
と、言っているところに、入り口戸がガタビシと開く音がしたので、反射的に彼から跳ね除ける様に離れると、寅太がヤカンを下げ、三郎にダンボールの小箱を持たせて部屋に入って来た。
 大助は、そんな彼女のわめきを無視するかの様に、彼女に
 「お茶を入れてくれ」「茶碗はあるもので間に合わせてくれ」
と言うと、彼女は
 「そんな悠長な気持ちになれる訳ないでしょう。嫌だゎ」
と言って横を向いてしまった。 

 寅太は咄嗟に
 「大ちゃん、コーラやジュースのペットボトルを持ってきたので、これにしようや」「サブ!。箱から出せ!」
と言うと、用心深く入り口近くに座っている三郎が箱からジュース類を取り出し
 「アッ! カップ麺もあるぜ」「折角、お湯を沸かしてきたので、食べようや」
 「どうせ寅のヤツが、店から適当に都合してきたもんだろうから遠慮はいらねえや」
と言うと、寅太が
 「馬鹿を言え、 社長は細かくてそんなことは出来ないわ」
 「でも、俺が時々、かすめて家に運んでいると、薄々気ずいているかもな?」
と返事をしながらカップ麺の蓋を開けはじめた。
 三郎は、なおも寅太に
 「嘘いえ、片思いの真紀子にプレゼントして気を引いているんでないか?」
 「悲しき片思いだなぁ」
と、なんとか大助を怒らせない様にと気をつかい、寅太をからかって雰囲気を和らげ様と無駄口をたたいていると、大助も
 「腹も減っていたので、丁度いいや、ご馳走になるか」
と言ったので、三郎は、大助の返事にホットして緊張感が少しほぐれ手際良く準備した。

 美代子は、自分の悲しみを意に介さない様な彼等の振る舞いを見ていて、呆気にとられ、本当に自分は家族や彼等からも無視され、大助からも完全に見放されたと思いこんで、目が眩み思考がとまってしまった。

 彼等が、雑談しながら賑やかに食べたり飲んだりしている隙に、彼女は悲しみと不安で思考能力を失い、バックから携帯を取り出すと、本能的に、普段は家族から通話を堅く禁じられている大学病院の医局に勤務する養父の正雄医師に電話をかけた。
 美代子は、少しでも今の自分の心境を理解してくれ、身近にいる頼れる人を求め、咄嗟に思い浮かべた義父に電話してしまったのである。
 看護師の取次ぎで直ぐに電話に出た慌て気味の正雄医師に、 美代子は小声ながらも半ばヒステリックに
  「アッ お父さん、美代子よ」 「わたし、大助君や家族にも見放されて、もう生きて行く気力が無くなってしまったゎ」
  「これから信濃川に飛び込むか、煉炭で自殺するゎ」
  「小学生のときからず~っと、金髪とか青い目の異人さんと虐められ続けても、必死に頑張って来たが、もう、その気力も消え伏せて、蝉の抜け殻みたいに心が空っぽなってしまったゎ」
と、大助が部屋から引越す意思がないと呟いたことで全てが終わったと思い、老医師から出掛けに指示されたことをすっかり忘れ、思いついたままに話すと、彼女の会話を小耳に挟んだ三郎はビックリして、カップ麺を足元に落とし「アチッチ~」と叫び
 「こりゃ、殴られるなんて生易しいもんでないわ」「道ずれでお陀仏だとょ」
と、寅太に耳うちすると、彼はコーラの入ったペットボトルで三郎の頭を叩き
 「何を馬鹿を言っているんだ」
 「折角、逢わせてあげたのに、そんな筈ある訳ない、間抜けなお前の聞き間違いだっ!」
と一喝して、彼女の顔をチラット見ると、凍りついた様な表情で青ざめており、青い瞳が異常に光っていることに畏怖を感じ、大助に向かい顎をしゃくって彼女を見れと合図すると、大助は彼女の通話を聞いていたらしく
 「サブちゃん、俺の失敗で申し訳ないなぁ」
 「河は冷たいので、暖かい煉炭のほがいいか?」
と、美代子の手前真面目な顔つきで冗談を言ってからかった。
 
 そのあと、彼女に対し落ち着いた声で、宥めるように
 「美代ちゃん、何を勘違いして喚いているんだい」「電話の相手は誰だ?」
 「下手な脅しは止めてくれよ」
と注意をしたが、彼女は冷静さを完全に失っていて、大助の言葉も耳に入らず、ヒステリックに義父の正雄医師と会話を続け、義父の問い掛けに答えるように、早口で
  「何処に居るなんて言えないゎ」「凄く荒れて汚い、薄暗い寂しい部屋にいるの」
  「警察に110番してパトカーに来られても近所迷惑だゎ。よしてょ」
  「お友達の手配で、大助君を半年振りに捕まえ、いま一緒に居るゎ」「彼のお友達とも・・」
と、泣きながら思いつくままに震えた声で悲痛な思いを訴えていた。 

 彼女の電話の内容から、ただならぬ事態と知った正雄から、新潟駅前のワシントンホテルの三階の座敷に部屋を用意させるから至急来いと返事があったらしく、彼女は少し間を置いて考え、渋々と「ワシントンホテル? 行くゎ」と、弱々しい声で答えていた。
 彼女は、携帯をきった後、大助に
 「パパょ」「わたし冗談でなく本気ょ。もう相手は誰でもいいの」
 「わたし達が、こんな破滅的なことになったのも、家を出たパパや大ちゃんにも責任があるゎ」
と言って、彼の注意も聞き入れないほど興奮しており、彼も説得の仕様がなかった。
 寅太や三郎も話が段々拗れて行くことに、最早、自分達では手の施しようがないと観念して無言で二人を見つめていた。

 大助は、美代子の電話相手がわかると
 「正雄先生は苦手だなぁ」「大体、僕達の交際に反対していたんだろう」
と、美代子に文句を言った。
 寅太は、正雄先生は病院の売店への出入りを紹介してくれた恩義もあり、此処で無碍に同伴を断ったら、それこそ山崎商店は本当に倒産してしまうかも知れないと思い、益々、厄介なことになってしまったと、板挟みになり困惑してしまった。

 美代子は、彼等の思惑も気に留めず、ここで大助君を放したら、もう絶対に彼と逢えないと思いこんでおり、涙で崩れた化粧も直すこともなく、長い金髪をゴムで束ねながら、寅太達にきつい口調で
 「貴方達も一緒に行ってね」「もう誰も怖くはないゎ」
と言って、三人をせきたててホテルに向かう決心をさせた。
 大助は、気落ちして悄然としている彼等に
 「ケッ・セラ・セラだなぁ。なんとかなるさ」
と言って軽く苦笑いしていた。

 大助は、階段をゆっくりと下りながら、車に向かう途中、寅太に対し
 「気が進まないが、今はこの場を取り繕う人は正雄先生しかおらず、僕は何も話すつもりはないよ」
 「最後は、飯豊に行って、お爺ちゃんの老先生に逢って話す以外に方法はないだろうなぁ」
と、草臥れた様に話し、寅太も
 「彼女の荒れ様は普通でないなぁ。一緒に行くから元気を出せよ」「俺も、最後は爺さんしかいないと思うよ」
と答え、彼の肩を軽く叩いた。
 三郎は、ついて行くのもいいが、もし話がより一層拗れた場合、そのあと本気で車ごと信濃川にドブンかと心配になり、動作が鈍くなり、寅太から
 「度胸のないヤツだなぁ」「今更、泥舟から逃げ出す訳にはゆかんだろう」「潔く腹を決めろ」
と気合を掛けられていた。
 三郎は、寅太の言葉に追い討ちをかける様に、強張った表情の美代子から
 「大助君は、もう、完全にわたしを見限り、御一緒してくれないゎ」
 「悲しき恋の終わりよ」
 「でも、サブチャンと一緒なら、あの世でも面白くお相手してもらえ、わたし、少しは気が楽だゎ」
と、冗談か本気かわからない、ヤケッパチ気味の言葉を掛けられて、尚更心細くなり
 「俺、水泳は得意でないなしなぁ」
 「閻魔様は人間の死者第1号と聞いたことがあるが、俺はドザエモン第1号か。父ちゃん泣くだろうなぁ」
と、ブツブツ言いながら皆の後ろに従って外に出た。

 浜から吹きつける寒い風は、薄暗い街灯の傘を揺らしており、三郎の心を一層寂しくさせた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

(続) 山と河にて 4

2023年12月03日 04時20分29秒 | Weblog

 中秋の飯豊山麓の街は、秋雨がシトシトと降っていて少し肌寒い日であった。
 土曜日の昼頃。 美代子と三郎の二人が、約束通り山崎商店の入り口脇の軒先で、一つの傘の中で身を寄せる様にして話し合うこともなく、なにか怯えるようにして佇んで寅太の車が現れるのを待っていた。 
 すると、山崎社長が突然店から出てきて二人を見つけ
 「いやぁ、二人揃って珍しいねぇ、店の中に入ればいいさ。何か特別の買い物かね?」
と声をかけたので、三郎は正直に
 「これから新潟に行くので、寅太の車に乗せて行ってもらうんだ」
と返事をしているところに、寅太が空のダンボール箱を抱えて出てきてワゴン車に積み込んだ。
 彼は社長に平然とした顔つきで
 「大学に定期配達に行ってきます」
と作業予定を話すと、社長は美代子達の顔をキョロキョロ見ながら、寅太に
 「診療所のお嬢さんを乗せ、お喋りしていて事故を起こさない様に気をつけろよ」
と一言注意し、首をすくねて怪訝な顔をし店に入ってしまった。

 山崎社長は、前日の晩、老医師からの電話で、美代子の恋人が新大にいるらしいことを知らされ、若し本当に大助が新大にいたならば連れて来て欲しいと頼まれ、この日の寅太達三人の行動を承知していたが、老医師から堅く口外することを禁じられていたので、持ち前のひょうきんな性格から、彼等には恍けて声を掛けていたが、反面、寅太の話が違っていた場合、寅太の軽はずみなお喋りが、老医師や美代子を騒がせて商売に災いすることを内心では心配していた。 
 美代子も、寅太から思いがけないことを知らされてから思考が乱れ、昨晩の落ち着きのない態度から老医師とキャサリンに咎められて隠しとおせず、思いきって話したところ、意外にも老医師も晩酌のさかずきを宅上に落とすはど驚いて彼女以上に興奮し、キャサリンに対し、寅太の話が事実であった場合、自宅に呼び寄せることを一方的に決め付けて、粗相のない様に気配りすることを言いつけていた。
 キャサリンも突然のことに半信半疑ながらも、イギリスから帰国後の美代子の覇気のない生活態度を見ていて、もしも、自宅で二人が同棲することになったときのことを思うと、少なからず不安を覚えたが、確たる自信もないまま老医師の指示に素直に返事をしていた。
 美代子もお爺さんの話しに勇気ずけれたが、彼等には口外しないことを約束した手前努めて平静を装っていた。

 寅太は、朝出勤すると、社長が何時もと違って、何やら緊張した面持ちであることを見抜いて、老医師に話がバレタと直感し、今更、彼女に文句を言っても仕様がないと観念して、美代子の強気な性格から大助がいれば、強引に大助を説得して、彼の居室を整理して彼もろとも荷物を運んで来る様になると、想像たくましく考え、その時の用意にとダンボール箱を用意していた。

 寅太は新潟に向かう車中。 美代子も三郎も、これから起きることをあれこれ想像して黙っていたので、彼等の気持ちをほごすために
 「社長は関西出身で、腰が低く如才ないが、あれでいて結構計算が細かく五月蝿くてかなわんわ」
 「大学の売店も、美代ちゃんのお父さん、正雄先生に調子よく頼んで紹介してもらったんだ」
と愚痴をこぼすと、三郎が
 「アノ センコウ(先生)愛嬌のある関西弁訛りで憎めないが、あれでいて中々気が許せないんだよな」
 「中学3年の英語の期末試験で、問題が全然わからず、仕方ないのでローマ字で名前だけ書いて、余白にお世辞たらたらと 
 「山崎先生は優しくて大好きだ!」
 「今度、ヤマメを採ったら一番先に奥様にお届けします」
と書いて答案を提出したら、数日後、廊下に呼びだされ
 「オイッ!、試験は良く出来ていたぞ」
と、俺の肩を抱えて褒めてくれたが、修了式後、成績表を見たら、体育を除き全て<可>で
 「親父に、無駄飯を食いやがって、このざまはなんてゆうことだ。と、こってりと油を絞られたよ」
 「勿論、ヤマメは届けなかったが、それでも、いまの職場に補助員として推薦してくれたので、親父もセンコウに感謝し、喜んでいたわ」
と、社長の感想を想い出して話すと、三人は愉快そうに笑った。

 三郎は調子に乗り
 「寅太。お前が余計な話をしたばっかりに、俺も巻き添えで犠牲になって殴られるのか?」
 「大助君も防衛大学にいたので体力があり、顎の骨が粉々になるくらい殴られ、痛てぇだろうな」
と言って、頬をさすっていた。
 美代子は、それまで神経が張りつめていたが、三郎の気楽な話に誘いこまれて、思わずフフッと声を出して笑ったあと
 「そんな乱暴はさせないから心配しないで」
と言うと、寅太が
 「美代ちゃん、男の世界はそんなに甘くないんだよ」
と、元ならず者の番長らしく厳しい顔で答えていた。

 寅太は、売店に荷を運んだあと
 「さて、度胸を決めて行くか」
と、自分に言い聞かせる様に一人語を呟いて、助手席で待っていた美代子に対し
 「お爺さんには、本当に言ってないだろうな」
と念を押して確かめると、美代子は
 「寅太君、御免なさい。わたし、自分の気持ちを、どうしても抑えることが出来ず、お爺さんとママに話しちゃったわ」
 「お爺さんは、唸って目ばかりギョロギョロさせて、怒っているのか喜んでいるのか、なにも言わなかったが、ママは、人違いかも知れないが、美代子は自分で確かめなければ納得しないでしょう」
 「母さんは、人違いと思うけれども・・」
 「あとで、社長さんにお礼をしておくわ」
と、昨晩の家庭内の様子を話した。
 三郎は後部の席で緊張気味な声で
 「俺も、そんなことだろうと思っていたわ」
 「昼に店前で、センコウ(社長)の顔を見たとき、なにかあったなぁと、すぐに判ったわ」
 「寅太。今頃、そんなことをボヤイテも仕様がないさ」
 「お前は、若い女の子にやけに甘すぎるよ」「女心はそんな単純でないと思うよ」
 「それより、俺は主犯でないんだから、大助君にお手柔らかにして欲しい。と、言ってくれよな」
と、これから起きるであろう大助の制裁に備え、自己防衛の弁解に余念がなかった。

 配達を終えた寅太は車を大学の校庭脇に止めて辺りを見廻したが、夕暮れ時で、生憎小雨模様で校庭も霞んでいて見透しも悪く、チョコット見て誰もいないことを確かめてから、美代子に堰かされて一目算に走って海岸通りを通り過ぎ、市内とはいえ家もまばらな漁村風の部落に入り、古びた二階建ての木造アパートの前で車をとめた。
 寅太は、二人が下車する前に車中で
 「いいか、どんなことがあっても、美代ちゃんは喚いたり、大声で泣いたりしないこと」
 「三郎は車の中で、おれが合図するまで待機していること」
 「何しろ、板壁一枚で隣室と仕切られ、流しやトイレは共同使用で階下にあり、俺が調べたところ学生2名と派遣社員5名位で、若い人ばかりで時間的に皆部屋にいると思うので、声が漏れると不審がられて、大助君に迷惑をかけるので、充分気をつけてくれよ」
と、慎重に注意をして、先になりアパートの入り口に向かった。

 美代子は、彼の話を聞いているうちに、アパートの古い木造建物と併せて、自分の想像を遥かに超えた現実を目の前に、大助君の生活が惨めであることに胸を痛め、精一杯堪えていた涙が頬を伝い流れ落ちるのを懸命にハンカチで拭い、それでも、久し振りに逢える胸のときめきと、訳の判らない不安が交差して心がチリジリに乱れ、なんでこんなことになってしまったのか。と、答えが見つからないまま、寅太の後ろについて行った。

 美代子は、出掛けるときスカートを履いていたが、老医師に「ジーパンに運動靴を履いて行け」。と、忠告され封書に入った現金を渡された。 キャサリンからは大助君や寅太達の前で取り乱さないようにと、きつく注意されていた。

 美代子は、お爺さんの指示に素直に従がって支度を整えて来ており、忍び足で一歩足を運ぶ度にミシミシッと音を立てる木造の階段を上がって、表札もない大助君の部屋の前まで恐る恐る辿りついた。 

 寅太が板張りの入り口戸の隙間から小さい声で
 「寅太だ。居たか?」
と声をかけると中から
 「寅太君かぁ。あぁ~いたよ」
と、まぎれもなく大助の声で返事がしたので、寅太は
 「定期便で大学の売店にきたので、ついでに覗いてみた」「入ってもいいか」
と言うと、大助の低音で特徴のある「あぁ~」と言う声が返ってきたので、美代子は、懐かしい声に一瞬ホット安堵し、彼に手を引かれて緊張した顔つきで、彼のあとに続いて部屋に足を踏み入れた。

 大助は、昼間でも薄暗いので机上のスタンドをつけて、鉢巻姿で参考書やノートが周囲にうず高く積まれた中に埋もれる様に座り勉強中であった。
 彼は、寅太の背後に美代子がいたので驚いて
 「アッ!美代ちゃん、どうしたんだ!!」
と言って、しばし絶句したあと、寅太に
 「こんな姿を見せたくないので、あんなに堅く約束したのに・・」
と言って、寅太に弁解するかの様に、美代子を鋭い目つきで睨んで文句を言ったあと
 「まぁ~ 連れて来てしまった以上、今更、怒っても仕様がないわ」
 「ポカンとつっ立つていないで、空いている所に適当に座れよ」
と機嫌の良くない声で言った。

 大助は、頬髭の手入れこそ春先に別れた時の様に綺麗に整えていたが、顔や腕などは日焼けして精悍な体格をしていたが、長袖のシャツにジーパンを履き、彼等を見ても笑顔をみせず、胡坐をかいて腕組みし、言葉を捜している様に無言でいた。
 美代子は、そんな大助君に、話かける言葉も見つからないまま、彼に飛びつきたい衝動に駆られたが、8畳間に布団は敷かれたままで、質素な整理ダンスと小さな中古冷蔵庫、それに多くの図書が雑然と部屋を占めており、彼の前に寅太が座っていては、近寄る隙間がなく、寅太が正座して頭を畳みにつけて
 「俺が、美代子に同情して勝手に連れて来てしまったので、全て俺の責任であり、どんな制裁でも受けるから、彼女を攻めないでくれ」
と、平謝りしていた。
 彼女は、入り口近くにペタンと腰を降ろし、呆然として部屋の周囲を見回すと、建物が古く歪んでいるためか、ガラス窓の脇をベニヤ板で隙間を塞いであり、衣類籠や図書が雑然と置かれて、テレビ脇の食器籠にお茶碗が入れてあるのを見て、荒れた部屋模様に愕然として体中から力が抜けて、涙が零れ落ちて心が崩れ落ちそうになった。

 大助は、寅太の謝罪の言葉を聴いたあと、沈んだ声で
 「君を攻める気持ちは毛頭ないよ」
 「全ては、僕が倹約第一をモットウーに我儘勝手にしていることで、それこそ家族にも内緒で適当に言っており、僕に近ずけない様にしているんだ」
 「でも、こんな生活が何時までも続くとは思っておらず、何時かはバレルと覚悟はしていたよ」
と言って、やっと、軽く笑って話しだし、続けて
 「まさか、寅太君に、この鉄壁な陣地を先陣を切って攻撃され突破されるとは思わなかったなぁ~」
 「僕の完全な敗北だよ」
と、防衛大に在学していた頃の奇妙な表現で話したが、その顔が美代子には不気味に見えた。

 寅太は、予想に反した言葉をかけられ、面食らって
 「イヤイヤ、そんな言って貰うと返す言葉もなく、約束を破った自分が恥ずかしく勘弁してくれや」
と、何遍も頭を丁寧に下げていた。
 大助と寅太が、苦笑いしながら話していると、車の中で待機していた筈の三郎が入り口に顔を覗かせて
 「あんまり遅いのでどうしたかと心配になって見にきたが・・」
と言って、寅太の顔を覗きこんで
 「寅っ。ノックアウトされていたかと思ったが、大丈夫のようだな。安心したよ」
と言うや、顔にハンカチを当てて泣き崩れている美代子を見て
 「美代ちゃん、泣きに来たんではないだろう」「このあと、俺達はどうすればいいんだい」
と、忌々しげに声をかけると、彼女は三郎の首に巻いてあるタオルを取って顔を覆い泣き止むことがなかった.

 秋の夕暮れは早く、窓の外にはポツントと電柱に吊るされた街灯が小雨の夕闇に寂しく灯っていた。

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする