日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影(45)

2024年08月28日 08時05分12秒 | Weblog

 理恵子は、親友の奈津子さんの言う通り、進学のため遠く離れる織田君との交際も、これからは自由に出来なくなると考えると、心の中に穴があいた虚しいような心境で、自分の部屋に入るとベットに横たわり腕枕をして壁に貼られた織田君の写真を見つめながら心の整理をした。
 思いを巡らせながらも、昼間、飯豊山麓のスキー場で思いっきり滑り、静寂な雪に囲まれた窪地の中で考えた様に、この際、織田君の勉学に迷惑にならないためにも、また、自分自身の自立のためにも、自然な形で別れることがベターだと彼女なりに決心した。

 心が決まるとベットから起き上がり、早速、壁に貼られていた彼のユニホーム姿の写真をはずし、これまでに勉強を教えてくれたときに彼が書いたノート類やプレゼントされた各種のマスコット等を、小さな木箱に丁寧に仕舞うと部屋の棚の奥にしまいこんだ。

 そのあと机にむかい、雪椿の薄い模様が印刷された便箋に、文案を深く慎重に考えることもなく、頭の中をよぎる想い出と、その時々に感じた余韻で胸が詰まりながらも、思いつくままに一気にペンを走らせ、頬に流れる涙をタオルでしきりに拭いながら、別れの手紙をしたためた。
 織田君に手紙を書くなんてことは、いままでに一度もなく、書きながら自分でも妙な気持ちになった。

  『織田君、大学合格おめでとう。 君の合格が何故か自分のことの様にうれしいです。
  けれども、目出度い合格にもかかわらず、これが私達のお別れになるなんて、人の運命はなんと皮肉なんでしょうねぇ。
  昨日、奈津子さんや江梨子ちゃん達とスキーに行き、冷たい雪にまみれて冷静に君との今後の交際を考えた末、色々迷いや悩み、それに人に言っても理解してもらえない寂しさを全て承知の上で、君とのお別れを自分一人で考えた末の結論なのです。 いまも寂寞感で心が潰されそうです。
 それでも、わたしが決意した理由は、奈津子さんが「恋人の卒業とお別れは、自分達が一人歩きする第一歩でもあるので、全て前向きに考えて頑張りましょうよ」との一言で目覚めたからです。
  人前をはばからずに、春の陽差しの中で、大声で君の野球を応援をして、あとで君に恥ずかしいからこれからはやめてくれと、笑いながら怒られたこと(本当は、嬉しかったのでしょう~、本心はどうだったの?)
  夏休みに、わたしの家族と飯豊山麓の奥深い温泉に旅行したとき、靄のかかる夕暮れ時に散歩に出た際、ゴウゴウと音をたてて流れる渓谷にかかる高い吊り橋の上で、揺れて怖がるわたしを君の太く逞しい両腕で私を包み込む様に抱擁して、さりげなくキスをしてくれたとき、わたし、文章ではとても表現できない、身が崩れ落ちるような生まれて初めての感動を覚えたわ。
 想い起こせば数えきれない程の楽しい想い出を残してくれ、わたしが女性として確実に成長していることを自覚させてくれた君に、お別れの寂しさがあるとわいえ、感謝の気持ちで胸が一杯です。
  どうか、東京に行かれても、都会の若くて綺麗なチョウチョに手を握られないようにくれぐれも注意してね(半分はやきもちかもしれませんが、本当に心配しております(フフッ)君ならば大丈夫と思っておりますが・・。
  心に湧き出る想い出と感動をそのままに書きとめましたが、本当に有難うございました。
 お体には気をつけてくださいね。 理恵子より 』

と、書き終えると、母親の鏡台から一寸拝借した薄い口紅を唇に塗り、自分の名前の下に軽くキスのサインをして、白い封筒に入れて宛名をかかず糊ずけして、機会をみて渡すべく机にしまいこんだ。

 まだ二人は蒼いときに巡り逢い、蒼いままに恋をしたが、心ならずも別離を心に誓う悲しみを、窓越しの雲間に見え隠れする早春の朧月に向かい、亡き母を偲び、涙目で「これからも、わたしを見守ってくださいね」と手をあわせて祈った。 月も泣いている様に見えた。
 居間に戻ると、節子母さんは一人で針仕事をしていたが、その脇に座り炬燵に入った。 彼女は理恵子の表情から胸中は充分過ぎるほど、自身の若き日の経験から察しがつき、顔を見ずに「人の前では泣かないことよ」と言いながら熱い紅茶をいれてくれた。  
                  
  

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蒼い影(44)

2024年08月22日 02時58分37秒 | Weblog

 節子さんが話し終えて自室に入ると、理恵子達三人は、また掘り炬燵に足をのばして仰向けに寝そべり、江梨子が冴えない顔で
 「私 小島君に悪いことをしてしまったわ。どうしようかしら」
と、節子さんの話に強く刺激されて溜め息をついた。  
 理恵子と奈津子は、自分達のこれから先の親しい先輩である彼氏との別れが近いことで、寂しさや不安で頭が一杯のところに、江梨子が困った様に呟やいたので、二人は勝手に思い巡らす架空の世界から急に現実に戻り、気性の勝った奈津子が
  「江梨ちゃん あなた本当は、机を並べている隣席の小島君に親しみを感じているんでしょう?」
と言うと理恵子も
  「そうよ 毎日机を並べていれば、そうなるのが自然だわ」「私も、あの子にはどことなく好感がもてるわ」
  「江梨ちゃん 本心はどうなの?」      
と、二人で口を揃えて聞くと、江梨子は両手を手枕にして天井を見ながら小声で
  「お二人さんとも いやねぇ~」「そんなにずばり聞かないで~」
と、顔を少し赤らめてフフッと笑いながら
  「それは、嫌いではないわ。何しろ毎日隣で無駄話しをしたり、たまには足を軽く蹴りあったり、お弁当を覗きこんだりしておかずを交換したりしていれば、他の人達よりも親近感が湧くわ。 ね~ そうでしょう。」
と答えたあと、口調を強めて
  「だからと言って、貴女達の様に恋人としての感情はないわ。普通の友達よ」
  「本当のことを言うと、彼、ときどき家に遊びに来ているが、ひょうきんで愛想がよいので、そのためか、わたしより母親や妹に好かれているのよ」
と、正直に話すと奈津子は
  「み~んな その様な単純なことから恋がはじまるのよ」
と、少しばかりこの道では先輩らしく、別れの近い自分達とは反対に、これからの江梨子が羨ましく思えた。
 奈津子は少し間をおいて        
  「ねぇ~ 理恵ちゃん、江梨ちゃんのために、野球部の先輩で彼氏の織田君から次のキャプテンになる大島君に、小島君を是非正捕手として使う様にたのんでよ」
  「あの子。一年中補欠として頑張って来たのだし、今回のことで、また、補欠では可哀想よ」
と言し出し、理恵子も
 「そうだはね。江梨ちゃんのためにも、わたし、精一杯織田君を設得するわ」
と、二人の意見が一致した。
 理恵子にすれば、暫く逢っていない織田君と話が出来る絶好の機会と思った。

 そのあと参人は、誰が言うともなく
 「ねぇ~ 今度の日曜日は、予報では晴れて気温も上がるとゆうことだし、この際、厄払いしてツキを取り戻す意味でスキーに行かない」と、理恵子にとっては苦い思い出でではあるが、揃って遊びに行くことに決めた。

 日曜日の朝は予報通り快晴で、理恵子は出掛けに節子さんから注意を受けた後、駅で三人が待ちあわせ、郊外のスキー場に向かった。  
 小高い山頂にたどりつくと、三人揃ってわざと自分達の技術では無理な急斜面を滑って、雪煙がサット舞い上がり、わざと転倒して雪の中に身をしずめた。  まるで白いお化けの様に新雪にまみれたが、冷たさが心を洗ってくれてるように思えた。
 雪の中から覗く景色は、白銀の山々が陽を浴びて青空に白く輝いており、山の下のほうにはゴマをまぶした様に街が展望された。
 大地をおおった厚い雪に、弾力のある若い身体を沈めてゆくのは、今の自分達にとって最高のストレス解消であり、凹地に入ると、厚く白い雪の起伏のほかになんにも見えず、孤独感が襲ってくるが、理恵子は、いまここに織田君がいてくれて、強く抱きしめてキスをしてくれたらなぁ~。と、あられもない欲望を覚えた。
 そして、この様な欲望が心に湧き出るのは、決して恥ずかしいことではない。と、これまで一年を通じてお互いに育んできた純真な恋を確信すればこそ、自然のことと思つた。
 おそらく、他の二人も、とりわけ情熱的な奈津子も、そんな欲望にかられているのではないかとも思った。

 思い切り遊んで帰宅した理恵子は、母の節子さんから
 「たった今、織田君がお母さんと一緒に来て、大学入試センターでの試験に合格した。と、わざわざ御挨拶に来たのよ」
織田君は「理恵ちゃんは?」と聞くので、「友達とスキー場に遊びに行きましたわ」と返事をしておいたは。と言ったあと、「なにか貴女に伝えたいことがある様な様子だったわ」と付け加えた。
 理恵子は、それを聞いて内心嬉しい様な反面、寂しいがなにか訳のわからない胸騒ぎを覚え、入浴後、夕食をすませると自室に入り、ベットに横たわって、壁に貼った織田君の写真を見ながら、今後の織田君との関係をどうするかを真剣に考え込んだ。

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蒼い影(43)

2024年08月15日 03時59分02秒 | Weblog

 理恵子達三人にとって、今日は全てが考えていることと反対の所謂ツキのない日で、学校を午前中で退校して、理恵子の家で炬燵に入り、思い思いにお昼時間の出来事を勝手に語りあっていたところに、節子さんが、「ただいまぁ~」と声をかけて帰宅したので、三人は予想もしない早い帰宅に慌てて炬燵から抜け出し、恥ずかしげに姿勢を正して「お帰りなさい。お邪魔しております」と手をついて丁寧に挨拶すると、節子さんは
  「まぁ~ こんな時間に、どうしたの?」「今日は、早退日ではないでしょう」
と、炬燵の上に無造作に広げられた弁当などを見ながら不審な顔をして尋ねたので、理恵子が
  「今日は、もう~ 何もかも滅茶苦茶よ」「ねぇ~ お二人さん」
と返事をして、その日のお昼時間の出来事を話しだしたら、節子さんは、フフッと苦笑いを浮かべて、
  「貴女達の気持ちも判るが、その様なことで早退するなんて、まだ幼いのねぇ~」
  「これから、上級生に進むと、もっと色々なことがあるわ」
と、自分も炬燵に足を入れて並んで座り、三人に対し同じ目線で
  「江梨子ちゃんは、偶然とはいえ、いい実習をしたのね?」「小島君は、さぞ痛い思いをしたでしょうねぇ~」
と、睾丸が急所であることを簡単に説明すると、理恵子と奈津子が、口を揃えて「あらぁ~ そうなの、ちっ~とも知らなかったわ」と言いながら口を抑えて恥ずかしそうにクスクスと笑った。

 節子さんは、ベテランの看護師らしく、前々から理恵子に常識として話しておこうと思っていたことを、この際、丁度良い機会であると思い
 「貴女達、女性にとってとても大切なことなのですが、HPVと言うことを聞いたことあるでしょう?」
と語りかけたら、三人が「保健の時間に教えられたことがあるが、詳しいことはよく判らないわ」と、返事をするので、この年頃で難しい医学的なことは無理と思いつつ、要点だけをかいつまんで

  「あのねぇ 女性特有の、子宮癌とか子宮頸癌とゆう病気のことは、判りますよねぇ~」
  「今は、乳がんと並んで三人に一人が癌になると言はれている時代で、病院にも多くの人が訪れるわ」
  「勿論、検診の人もおりますが、中には手遅れで手術をする人もいるわ」
  「原因は、ヒトパピローマウイルスと言うウイルスが、感染して発症するのよ。これは男女に関係なく、皮膚や粘膜につくウイルスで、主な原因は無用心で感情的なその場の雰囲気での性のまじわりで発症し、特にパートナーが複数の場合、その感染率は高いと言はれているのよ」
  「最近は、若い中学生の患者も多いので、よく覚えておくのね」
  「貴女達は、その様な危ないことはしていないと思うが・・」
と、説明すると、三人は半ば恥ずかしいのか顔を伏せながらも真剣に聞きいっていた。

 節子さんは、普段、理恵子に対し気になっていることを一気に話すと、堅くなった雰囲気を和ませるためにも話題を変えて「小中学生のころの異性に対する憧れと言うか片思いと言うか、その頃の淡い切ない思いが、今は少し型を変えて大きくなった様なもので、これから巡り来る恋が本当の恋なのよ」
  「それには、お互いに立場を理解し、そして健康をおもいやり、自分達の出来る範囲内で協力することが大切だと思うわ」
  「その様な交際を続けて行くうちに、成熟した恋が実るものなのよ」
  「決して自分の我侭で、焦ることは禁物よ」
と話をしたあと、理恵子の顔を見て  
  「理恵ちゃん!成人になるまではキスまでよ。 お母さんと約束してね。 貴女の愛が永遠に変わりなく誇れるものであると、自分で一生信じられるためにもね」
  「それが幸福の原点なのよ」「例え経済的に苦しいときがあってもね」
と、自分の過ぎ去りしさまざまな想い出を心の中で回顧しながら、厳しい言葉も交えながらも優しく話してやった。

 別れの季節でもある三月は、誰しもが未来に描く希望と現実の寂しさや不安が入り混じる季節でもある。 

  

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蒼い影(42)

2024年08月13日 02時47分35秒 | Weblog

 江梨子は、きのうの朝、通学列車の改札口で偶然に出会って気軽に「お先にどうぞ」と親切に声を掛けてくれた、隣町の高校生である清楚で清々しい感じのする学生服姿の上級生らしき人と、将来、交際できたらいいなぁ~。と、秘かに胸にとめていたが、今朝、早めに改札口に行っていたら、今朝は同級生らしき明るい感じのする女性と笑いながら軽く会釈して、自分の前を通り過ぎて行ったので、夢も一晩で儚く挫けてしまい、気分が冴えないまま登校した。

 興味も湧かない3時限目の数学も終わり、席を並べている小島君も
 「あぁ~ やっと終わったか。 さっぱり理解できないが、腹だけは一人前で、えらく腹がへったなぁ~」
と江梨子の顔を見ながらニコッといたずらっぽく笑いかけたとき、後ろ席の奈津子が耳うちする様に
 「理恵ちゃんが、おかずを沢山もつてきているよ」「隅の方で三人で食べようよ」
と、小声で教えてくれたので、彼女は奈津子について行き、教室の隅で理恵子の開いたご馳走を見ながら
 「凄く豪華だなぁ。理恵っ!これどうゆうこと?」
と言いながら自分達のお弁当を開いて食べ様としたとき、覗きに来た男子生徒にまじって、ひょうきんで愛想の良い小島君が「わぁ~ すげぇ~」と言うや遠慮なく鳥の唐揚げを口にほおばったので、江梨子が「なにするのよぅ~」と言うなり、左手を伸ばして小島君を払いのけ様としたところ、運悪く江梨子の拳が小島君の金的に当たり、小島君が「う~ん いてぇ~」としゃがみこみ、これを見た男子生徒がパチンコの真似よろしく「チ~ン ジャラジャラ~ 大当たり!」と叫んで冷やかしたところ、大柄で次の野球部のキャプテンに指名されている大島君が大声で、小島君を取り囲んでいる者達に
  「馬鹿野郎! これはストライクだ。 見事! 江梨子 みごとだ」
と叫び返し、小島君を抱えて上下に3回位ドスンと落とし、痛みが引いたのか逃げ様とする小島君を捕まえて
 「お前は、捕手落第だ」「江梨子の軟投を満足にキャッチ出来ない様では、とても硬式の捕手は無理だな。次を見つけなければ~」
と、ブツブツ言っていたら、離れた席からこれを見ていた女子生徒が
  「素敵! まさにキューピットだわ」「江梨ちゃん おめでとう~」
と歓声を発し、他の女性徒も黄色い笑い声を教室中に響かせて拍手したので、大島君はそれを聞いて不機嫌になり
 「なんだ その拍手は! ふざけんなよ、本当に痛いんだぞぅ~」「女のお前等には一生判らんが」
と、むきになって言と、女性徒の中から
  「あら~ キューピットが当たると言うことは、将来、二人が結ばれて幸せになると、昔から西洋では言はれているのよ」「知らないの?」
と、返事を返し、またもや大きな歓声と拍手が起きたが、この騒ぎを鎮め様と、奈津子が
  「皆さん お昼の時間なので静かにしましょうよ」
  「小島君 痛い思いをさせて御免ね」「江梨ちゃんも、悪意があってしたのではなく、あくまでも偶然の出来事なので、許してあげてね」
  「わたし達だって、将来、お産をするときには、痛くて苦しむらしいんだから」
  「神様は あくまでも公平だわ」
と言って皆を静かにさせると、理恵子と江梨子に対し
  「切角の楽しみなお昼も、滅茶苦茶になってしまったわ」「午後からは、たいした授業もないので帰へりましょう」
と言って、理恵子の持参したお惣菜を急がしく食べ終わると自分達のお弁当は食べずにしまいながら、二人を促してバックを整理して教室を出てしまった。

 学校を出ると、参人は行く当てもなく、江梨子が「私のために御迷惑をかけて済みません」と、歩きながら詫びると、理恵子も
 「そんなこと ないわ」「わたしも 朝からお母さんが何時もと違い、化粧や服装がなんとなく派手で気になって仕方ないのよ」
 「或いは、私の失敗が原因で、昨夜、お父さんに嫌味を言はれて実家に帰ってしまったのかと心配で・・」
と言うと、奈津子が「以前、わたしの家でも、そんな騒ぎがあったわ」と答え、続けて
 「寒いので、一層のこと理恵ちゃんの家にでも様子を見ることに行きましょうか」
と言い出し、理恵子も「そうしてくれる」「暖かいカップ麺で、お昼をやり直しましょうよ」とゆうことで理恵子の家に向かった。

 広い理恵子の家は人けがないと寒く、居間に入るや江梨子が堀炬燵の炭火を広げ、奈津子は温風器をつけて台所に行き、お湯を沸かしている理恵子のそばで
 「随分綺麗に方付いているわね」「やっぱりり 理恵ちゃんの言う通り本当なのかしら?」
と話あっているときに、突然、江梨子が「炬燵の上に置き手紙があるわ」と叫んだので、理恵子が急いで来て、手紙を見ると父の字で「診療所に定期検査に行き、場合によっては老先生と囲碁をして来る」としたためてあり、三人は「お父さんも、やけくそで面白くないのかしら」「いや そうでない 心配要らないわ」と勝手な想像を言いながら、熱いカップ麺を食べて胃が満たされたあと、掘り炬燵にそれぞれが足を伸ばして座布団を枕代わりに三人が高い天井を見つめながら横に寝そべり、奈津子が
  「江梨子にも とうとう恋人ができちゃったのか」
  「小島君とは 結構お似合いかもよ」 「江梨ちゃんの気持ちは どうなの?」
と聞くので、江梨子は
  「嫌いでもないが、そんなに好きでもないわ」
  「あの子 時々授業が退屈になると、わたしに(今度デートしようか)とか(彼氏いるのか)などとメモをそっとよこし、考えていることがいまいち判らないので・・」
と返事をすると、理恵子が
  「わたし達、まだ子供なのかしら?」
  「織田君も、桜の花びらが散る頃には、東京に出て行ってしまうし、そのあとはどうなるか判らないし、最近、今後のことを色々考えているの」
と呟き、それに同調する様に奈津子も「わたしも、おんなじことを考えているわ」と返事をしたあと
  「今日は どん底ね」「明日から何か良いことがあるといいけれどもね」
と答え、三人揃って起き上がると奈津子が
  「とにかく悩んでいても仕様がないわ」「さぁ 前向きに考えて、がんばろ~っと」
と落ち込んでいる二人を勇気ずけた。
  




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蒼い影(41)

2024年08月10日 03時23分12秒 | Weblog

 節子は苦悩を胸に秘めたまま、大学病院を辞職すべく家を出かけた。
 その前に、朝風呂から上がって機嫌の良い健太郎に対し、恐る恐る話しかけた退職の話が、予期に反し、実家の年老いた母親を招いて面倒をみてはどうかと言はれて、日頃、健太郎が考えている実母に対する思いやりの深い家族愛について、昨夜の熱い愛の触れ合いにもまして、涙だが出そうになるほど感激し「貴方にそこまで甘えても、本当に宜しいのでしょうか」と聞き返したところ、健太郎が眼光鋭く厳しい顔つきで、これまでに聞いたことのない意外なことを話しだした。

 それは、理恵子の実父は新潟で平穏な家庭を営んでおり、娘さんも二人いる。
 彼は、新潟市内の中小企業に勤め、亡き秋子さんと夫婦であったが、理恵子が二歳のころ、店の美容師と恋愛関係に陥り、秋子さんと離婚して家を出て村を離れたが、自分はその後、毎年八月の末になると、彼の強い要望で二人だけで秋子さんに内緒で逢っていた。
 彼も、歳を経るに従い、学校が春や夏休みのとき身を隠して校外で部活する、実の娘の無邪気な顔を見るにつけ、理恵子に対する慕情がつのり、何度か秋子さんに秘密にして逢わせて欲しいと懇願されたが、わたしは、秋子さんの心情や理恵子の心理などを考え、父親としての心情は理解出来るが、逢うことは絶対にだめだと強く拒絶してきた。
 秋子さんも亡くなる寸前まで私に対し、理恵子が成人になり自分でことの是非を判断できるまで逢わせないで欲しい。と、私に何度も念を押していたので、理恵子も実父は病死したものと今でも信じている。
 
 従って彼女は私達以外に、この世で心から頼れる人のない可哀想な子であるが、君が家庭に入ることによって、心の成長過程にある理恵子を、今以上に成人教育することは男の私には不可能なこともあり、彼女の面前で日夜、君が母親の介護をする様子を見せて実地に教育することは、それこそ生きた教育であり、やがてはその幸せは或いは私達に帰ってくることになるかも知れず、そのために、君が退職すると言い出したので、わたしの日頃考えていることを話したのだ。
と、何処までも先行きの深い家族愛を話してくれた。

 節子は、その話を初めて聞かされて、驚くと共に今まで以上に理恵子が愛おしくなり、健太郎の考えていることを自分が努力することで少しでも実現することが、健太郎に嫁いできた自分の本当の務めであると、経済的な幸せ以上に大切なことであると思った。

 そんな話を聞かされ、瞬間的な丸山先生との魔が差した様な不倫に苦しんだ、自分の女の業に悲しみを覚える反面、何処までも家族の絆の深さを思い知らされ、一層、退職の意をつよくした。

 なるべく同僚に顔を合わせない時間帯を選んで病院の教授室に向かう途中、二階の階段の上がり口で、教授室から出てきた丸山先生に偶然出会い、ハッと緊張していると、彼は緊張した面持ちで
  「先日は、大変失礼致しました。 貴女を傷付け申し訳なく思うと同時に、恥ずかしくて合わせる顔がありません」
  「今、教授から君が退職するとゆうことを聞きましたが、全て私の浅はかな行動の結果で、責任を充分に感じております」
  「今後、君に逢って君を惑わすことのない様に、地方の病院に転勤させてもらう様に教授にお願いしてきたところです」
と言って深く頭を下げられた。

 節子は、偶然とはいえ、顔を合わせるのを避けていた丸山先生に出逢わしたことに、再び心の底に何か運命的なものを感じて考えが纏まらないままに
  「先生 わたしは、家庭的事情で退職することにしたのです」
  「先生には何の責任も御座いませんわ。 わたしの方こそ、年甲斐もなく取り乱して大変申し訳なく思っております」
  「ただ あの瞬間 先生を本当に心の底から愛したことは、偽りでないことを信じてください」
  「然し、わたしとしては、主人の療養と娘の教育が、いまの私にとって一番大切なことであると、時間をかけて考えた末の決断ですので、どうか心を痛めないで下さい」
  「良くも悪くも今となっては前向きに考え、私達にとって人生の貴重な出来事であったと、胸の底に秘めておきましょう。 正直、女であることの幸せを感じましたゎ」
  「奥様と幸せになられることを、祈っております」
と、返事をしているところに、昼食休みを終えた看護師達が近寄って来たので、お互いに軽く会釈して別れたが、節子の心の底に未練がましく別離の悲哀がよぎった。

 教授室に入り、家を出るとき電話しておいたとおり、退職の理由を簡潔に述べて辞表を提出すると、教授は温和な表情で
 「理由は理解出来ましたが、たったいま、丸山先生も地方への転勤を申し出てきたが、あまりにも偶然なので、大変失礼なことを尋ねますが、二人の間に何か問題でも発生したのですか?」と聞かれたので、あくまでも家庭の事情ですと説明すると、教授も納得したのか
 「君の御主人の健康は、私の父親が診察しているので、時折、聞いて承知しておりますが」
 「まぁ~ 余りにも急なことですので、医学部長に相談してみますが、君は手術チームにとって必要な看護師なので、有給休暇も大分あり、良く考えてくれたまえ」
と言いつつ辞表は預かることを告げられた。
 教授の父親が診療所で健太郎の定期検査をしていてくれる関係で事情も判り、何とか急な申し出を聞いてくれたが、自分を必要と話してくれる教授の親切さが心にしみて嬉しかった。


 

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蒼い影(40)

2024年08月07日 02時58分29秒 | Weblog

 節子は、重苦しい思いに反して、改めて健太郎の愛を強く確しかめると、翌朝は早く静かにベットを抜け出して、昨晩のお風呂の弱火を再度強くして入浴した。
 安らいだ気持ちで風呂場の窓越しの竹林の上に見える雲間の月を眺めて、思わず心の中で亡くなった理恵子の実母である亡き秋子さんに語りかける様に
 「お陰さまで、3人は元気で過ごしていますので安心してくださいね」
 「理恵ちゃんが、たまには元気が余って私達を驚かせますが、それも彼女が心身ともに成長している証しと考え、健太郎と小言を言いながらも、内心は今後の成長を楽しみにしております」
 「貴女のおられる世界は季節に関係なくお花が咲き揃っていますか?寒くはありませんか・・」
と囁いた。

 風呂から上がり、化粧鏡に映る自分の表情を食い入るように見ていて、揺ぎ無い自信を確かめたあと、何時も以上に入念に化粧をして心を引き締め、暖めておいた居間の堀炬燵に炭をたすと、昨日から決心していた退職願いをなんの躊躇もなく毛筆で丁寧に書き、茶箪笥の引き出しにしまうと、物音に気ずいた理恵子が起きてきて 目を擦りながら
 「母さん、早くから何をしているの?」「それに何時もと違う綺麗なお洋服を着て・・。何時もより派手なお化粧をして。。」
と、不思議そうな顔で聞くので「なんでもないのよ。貴女が心配することはないわ」と返事をすると、彼女は急に節子に寄りかかり、なをも母親の腕に縋りついて、母親のいつもにない態度が理解出来ないとみえて
  「ねぇ~ 今朝の母さんは少し変だわ?」
  「わたしの失敗で、夕べ父さんと何かあったの? 簡単で良いから○か×かで答えてぇ」
と聞くので、節子は「貴女 母さんに対しておかしな聞き方をするのね」と問い返すと、理恵子は
  「学校では皆が使っている聞き方よ。この方が答え易いでしょう」
と執拗に聞きただすので、節子も、ああそうか、これも選択式の授業の習慣かと半ば納得して「○だったわ」と指で丸を作って笑うと、理恵子は薄笑いを浮かべて
  「あぁ~ 良かった」「わたし 夕べの父さんの不機嫌な態度から、わたしが川にスキーごとダイビングしたことで、母さんにブツブツ小言を言っているのかなと心配していたわ」
  「まぁ~ 母さんの言葉を割り引いても△かな。でもよかったわ」
と溜め息をつく様に安堵してフフッと笑って納得していた。
 節子は、こんなやり取りの中にも、夫婦の関係に自然に立ち入ってくる理恵子が、精神的にも成長していることを心の中で密かに感じた。


 理恵子は、登校の準備をしながら
 「わたし 今朝は早く学校にいって、奈津ちゃんや江梨ちゃんに対し、スキー場で迷惑をかけたお礼をしてから、織田君に言わない様に口止めしなくちゃ」
と言いながら節子から渡された白い布に包まれた弁当を見て
 「母さん、今日は量が凄く多いみたいだが、これどうゆう意味?」
と言うので、節子は
 「奈津子さんと江梨子さん達の分も余計にお惣菜を作っておいたわ。皆で食べなさい」
と言うと理恵子は「母さん、有難う!」と笑って受け取ると、バイバイと手を振り襟巻きをして出かけて行った。

 朝風呂から上がって来た上機嫌の健太郎が、お茶を飲みながら節子を見て
 「何だ! 今朝は何時も以上に入念に化粧して・・それに洋服も・・」
と怪訝そうな顔をして聞くので
  「貴方 わたし御相談があるのですが、怒らないでくださいね」
  「わたし 今日限りで大学病院を退職し様と思いますの」
と話を切り出すと、健太郎は
  「急に また どうしたと言うことかね」
  「言いにくいが、やはりスキー場で、人間関係で問題でも起きたことが原因かね」
と聞くので、節子は伏し目がちに丸山先生との悪夢を振り払うかの様に、勇気をだして
  「違いますわ!。わたし、貴方の療養生活や、理恵子の発育盛りの精神的成長等をそばで見守りたいとゆう、平凡なことですが普通の主婦としての生活に入りたいのです」
と、精一杯の思いで告げると、健太郎は暫く黙して考え込んでいたが、最後には彼らしく
 「君と結婚するときにも言ったと思うが、どのような理由があろうとも、君の考えを尊重するよ。君がそれで幸せを感じるならば・・」
 「だけど 僕から一つだけお願いがあるのだが、平凡で刺激のない生活に慣れて、近所の人達の様にはなって欲しくないんだ」
 「そのために、可能な限り勉強をして、世間の流れに巻き込まれずに、君らしい生活を見つけだして欲しいと思うのだが・・」
 「それこそ、急な思いつきだが君が勤めをやめるとゆうなら、この機会に君の母さんを秋田から呼んで暫くここに居てもらってはどうかね」
と言ったあと、少し間をおいて
 「看護も介護も君の専門であり、秋田の母親を妹さん夫婦に任せ切りにしておくのも、僕としても気が引けるので、この際、暫くの間、ここに来てもらっては・・」
と普段と変わらぬ顔つきで言うと、節子の目は的を得たように輝きだし、彼女には予想もしない実母に対する思い遣りのある嬉しい返事を貰い、子供の様に早く母親に逢いたくたくなり、何処までも自分の考えを通してくれる健太郎の先行きを見通す優しい思いやりに、一層の深い愛情を心にしみいる様に感じた。

 節子は、出掛ける前に田崎教授に訪問の趣旨を電話で簡潔に話すと、病院に到着後同僚に見られないように気配りして、お昼休みに教授にお逢いできる様に時間をみはらかって家を出た。 
 病院に行く間も、丸山先生との山頂での出来事がしきりに頭を掠めた。 
 そして、忘れようとしても心の奥深く潜んでいる、あの瞬間的な出来事とはいえ、丸山先生に愛を感じたことは、決して偽りではないことも・・


 

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蒼い影(39)

2024年08月05日 02時11分37秒 | Weblog

 節子は、紅茶を飲みながらも健太郎への報告について思いを巡らして苦悩したが、結局入浴中に散々考えた通り、やはり自分の胸の奥に仕舞いこんでおくことが、家族の平穏な生活を続けるうえで一番良いと決心した。
 更に、丸山先生に一瞬の間でも愛を感じたことは否定出来ないが、現実に帰ったいまは、今後、どの様なことがあっても彼に会わないとも心に誓った。
 
 久しぶりに一緒に入浴したときの理恵子の何の屈琢もないニコッと笑った笑顔を見たとき、やはり、この子が一人前になるまでは、健太郎の力を借りて育てる責任が自分にはあり、それが自分達夫婦の幸せにつながり、ひいては、自分の若き日からの夢であった健太郎との憧れの生活を今以上に充実できるものと確信し、そのためにも暫くの間寂しく辛い思いをしても、罪の償いとして大学病院を潔く退職して専業主婦として二人に精一杯尽くすことが、自分に与えられた天命であると自覚し堅く心に誓った。

 節子は、あと片付けをしたあと寝室に入り、いつもの様に、健太郎の側に添い寝すると、眠っているとばかり思っていた健太郎は、何か考え事をしていたらしく目を覚ましていたので、叱られることは充分に覚悟し恐る恐る
 「今日は わたしの不注意から御心配をおかけして済みませんでした」
と、腕に縋り小声で詫びると、健太郎は全てを見透かしているかの様に
 「理恵子が、幸い足を折らなくてよかったなぁ」
 「君に、今更詳しいことを聞いても、済んでしまったことは仕方ないし、また聞きたくもないよ。仮にでも、僕との間で取り返しの出来ないことでもあったら、お互いに心を痛めることだしなぁ~・・」
 「兎に角、何時も言っているように、どんな場合でも、常に、自分を大切にする様に心がけることだね」
 「手術に臨む医師を見ている君なら、僕が改めて言うことでもないが・・」
と、教師癖の抜けない口調で語り、その言葉が節子には一言ひとこと胸に針が刺さるように聞こえたが、彼が深入りを避けている様にも思えた。
 節子も、「はい 注意しますわ」と、彼が意に反して優しく返事をしてくれたので、それこそ、改めて健太郎のおおらかな心の広さを心底に深く感じ、病院を退職することなどは、明日ゆつくりと時間をかけて説明することにして、その夜は、自分から積極的に肌着を脱ぎ健太郎に肌を摺り寄せて愛を求め、何時にもまして濃蜜な愛を感じて、燃え盛る自分の体から健太郎を離したくなく両手で抱きしめ、嬉しからこみあげる涙を枕カバーでぬぐった。   

コメント
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