日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

山と河にて (18)

2023年09月26日 04時37分57秒 | Weblog

 大助は、美代子と別れて帰宅した夜、彼女の身辺に起きた複雑な事情を思案して、彼女の行く末を心配するあまり、精神的な疲労と寂寞感から、家族に詳しい内容も説明せずに自室に引きこもり床に入ったが、思考が整理出来ず寝付かれないままに真剣に考えた。
 それは、経済的に未熟な自分では、今は、彼女を幸せな生活に導けないが、彼女が自分を信じて献身的に尽くしてくれる愛情と、老医師であるお爺さんの自分に寄せる期待に背かぬ様に努力することで、何時の日かは、彼女の夢を叶えてあげることが、自分に与えられた男の責任だと堅く心に誓った。

 彼が寝静まったころ。 母親の孝子は娘の珠子を部屋に呼んで、お茶を飲みながら静かな声で、美代子の家庭事情から、二人が別離したことを教え、大学生になったとはいえ、我が子ながらよく厳しい環境に耐えて一切表情に表さずに頑張っている姿が、誰しもが通る道であるにせよ、その原因が相手の家庭崩壊であることに、母親として可哀想でならなく、心の中では何時も大助に詫びていると心境を話し、姉としても弟の心情を理解して優しく接っして欲しいと語った。
 珠子は母親の話を聞いているうちに、何時の日かは弟も美代子と互いに大きな心の傷を残さずに自然に別れ、自分を姉の様に慕ってくれる奈緒と交際してくれば、互いに幼馴染であり我が家の事情を知りつくしているだけに、自分も心おきなく嫁ぐことができると、胸の中で秘かに思っていたが、まさか、こんなに早く美代子と別離するとは思いも及ばず、聞いているうちに弟が不憫になり、目を潤ませて「わかったゎ」と、俯いて声を落として一言返事していた。

 孝子は、そのあと、最近、気にかけている珠子の結婚話について
 「ところで、お前と永井さんとの交際は続いているの?。母親として、この様な話にしつこく立ち入るのは遠慮していたが・・。何時も気にしているのよ」
 「あなたには、いちいち話をしてくれないが、遂、先ごろも、先方の親御さんからの依頼だといって、知り合いの区会議員の人が、わたしに、是非、お逢いして話を聞いて欲しいと打診があったが、仕事にかずけてそのままにしてあるゎ」
と、話たので、珠子は
 「高校卒業後も、時々、休日に逢うこともあるが、本人からそれらしきことを言われたことはないゎ」
 「それに、介護の仕事にもやっと慣れてきたので、お相手が永井さんに限らず、今、結婚なんて考えたこともないゎ」
と、答えると、孝子は、少し気落ちしたよに
 「そうなの、わたしは、二人の間である程度話が進んでいるのかしらと思っていたゎ」
 「あなたも、そろそろ適齢期だし、わたしや大助に拘らずに、自分が自信もてる人がいたら真剣にに考えてね」
 「わたしは、てっきり、永井さんと一緒になるのかなぁ~。と、勝手に想像していたが」
 「永井さんは、お前と同級生で成績もよかったし、ある程度、彼のことを知り尽くしている訳だし、第一、母親として娘が近いところにいるとゆうことは、何かと安心感があるゎ」
 「彼も、家業の自動車販売の営業マンとして、話方も優しくて如才ないし、人当たりも柔らかく、好青年だと思うが・・」
と、母親としては、たまに見かける彼に好印象を持っていることを話していた。
 珠子は、高校2年生の春、彼の家で親が不在中に、彼から、強く拒むのを無視されて半ば強引に貞操を奪われて屈序的な思いをさせられ、それ以後暫くの間、彼に凄く嫌悪感を覚え憎んだこともあったが、それが今では、自分でも不思議なくらい、彼の巧みな誘いに乗って、いけないことだと思いつつも、彼の強い求めに応じて何回か肌を重ねる毎に、彼に愛情を感じ始めたが、高校を卒業後は自然と別れて逢うこともなくなっていた。
 勿論、高校時代の彼との深い交際は、母親に内緒にしていた。

 珠子は、母親と話終えて自室に戻り、ベットに腰掛けて彼と旅行したときのスナッピ写真を見ながら、最近、彼の愛用の高級外車で奥多摩方面にドライブしたときに、優しく気を使ってくれる態度に、過去の苦い想い出を忘れて、時間のたつのを忘れるくらい楽しんだことがあった。
 その際、彼は手を握って散歩し景色を説明する合間に、これまでに、同級生や取引先の若い女性と5・6人くらいsexプレイをしたが、誰とも1~2度sexして交際を絶つたが、誰からも文句を言われたこともなく、特別に印象に残った女性もいない等と、聞きもしないのに、自慢する風でもなく、あっけらんとした顔で平気で話をしていたこともあるが、珠子にしてみれば、その時、この人は女性をどの様に考えているんだろう、単なる性の捌け口位にしか考えていないのかしらと、内心驚いて無言で聞いていたが、不思議に嫌悪感を覚えなかったのも、彼の優しさに自分が溶け込んでしまっていたためかとも考えた。
 そして、女性関係のだらしなさは大嫌いだが、もし、この人と結婚した場合、自分ならばこの人の女癖を深い愛情を注いでやることで直してあげられかもと、妙な母性愛みたいな自信が湧いてきたりして、彼に対する愛情と嫌悪感が交差し、これが女の業の悲しさかしらと心が迷い悩んだ。
 この様なことを考えたのも、寝る前の母親の話の中で、美代子さんの父親も愛人を作っていることで、彼女の母親のキャサリンが離婚を決意してイギリスに美代子を連れて帰国する原因の一つであると聞かされ、男性は社会的地位や経済に関係なく、多かれ少なかれ、人生の中で女性関係で問題を抱えるものなのかしらと思うと、結婚に自信が持てなくなったりもした。

 珠子は、母親から突如結婚の話をもちだされて数日後、永井君がドライブに誘いに来て遊んだ日の夕方、彼の母親の手造りの夕食を御馳走になった後、母親が愛想よく「二人でお話して行きなさい」「親の前では自由にお話出来ないでしょうから・・」と薦められたが、母親の在宅中に彼に抱かれるのも嫌だと警戒心が閃き、一度は帰る旨告げたが、母親も彼も色々言って帰そうとしないので、夕飯をご馳走になったあと仕方なく彼に導かれて二階の彼の部屋にお邪魔したことがあった。
 彼は、窓際の回転椅子に腰掛て窓辺に足を乗せていたが、やがて綺麗に敷布が敷かれたベットに珠子を座らせて、仕事の話に交えて
 「僕は君を幸せにする自信が全くないのに、お袋は、君と一緒になれって、ことあるごとに喧しく言い張って困っているんだよ」
と、相変わらず聞く人の心に忍び寄る様な優しい話方で愚痴っていた。

 


 
 

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山と河にて (17)

2023年09月23日 02時19分30秒 | Weblog

 大助は、帰京の車中、窓外に広がる越後平野の田園風景と、残雪をいただいて晴天に映える青い山脈を眺めながら、美代子が用意してくれた海苔巻き寿司をほおばり、彼女と過ごした休日の出来事を色々と思い出して感慨にふけっていた。
 彼女は、朝、自分が気ずかぬうちに起きて朝食と昼の海苔巻きを用意してくれ、なんとなく心に漂った不安をユーモアな語り口で不安をかき消してくれ、長い別れの寂しさを億尾にも出さず、あくまでも自分の意志を貫く逞しい精神力と、時折、見せる気弱く感受性の烈しい彼女に、今更ながらその一途な気持ちがたまらなく嬉しかった。
 
 しかも、目標を定めて得心したら、家庭内の複雑な問題を少しも顔に出さず、目標に向かって励む精神の強さは、確かに自分を超えるものがあると思った。
 それに、死線を幾度と無く越えて老境を迎えた老医師が、孫娘の幸せを願い人生の全てを賭ける覚悟を、気迫ある言葉で聞かされたとき、老医師の話を理解したあと落ち着いていた彼女も、やはり母親のアングロサクソンの血統のなせる業かと思いをめぐらせ、それに反して、心に思いながら老医師に対し満足に答えられなかった自分が未熟者だと、様々な出来事と重ねて思い起こした。
 そんな彼女が、髪や瞳の色が異なっても、自分の好みのスタイルであり、清楚で献身的な性格は、自分には過ぎるほどで好感のもてる女性だと改めて考えているうちに東京に着いた。

 夕方、人混みを分けて池上線の駅を降り、踏み切りを渡ったとき、突然、背後から中学1年生になったミツワ靴店のタマコが大助の尻を叩き
 「大ちゃん、元気ないわネ。ナニを悩んで俯いて歩いているのょ?」
と人前をはばからずに大声で呼び止めたので、彼は少しビックリして振り向き
 「別に悩んでなんかいないさ」「それより、タマちゃんこそ、今頃、なんの用事でここにいるの?」
と返事をすると、彼女は後ろを振り返り顎をしゃくりながら迷惑そうな顔で、トボトボと歩いて来る祖父を見て
 「お爺ちゃんの散歩の相手をしている途中ょ」「何時もわたしが相手なのでいい加減嫌になってしまうゎ」
 「それよりも、大ちゃん、ワタシに嘘を言ってはダメョ」
 「暫く逢っていないけれども、大ちゃんの表情を見れば、ワタシにはすぐ大ちゃんの気持ちがわかるゎ」
と、相変わらず核心を突く様なことを、いたずらっぽい笑い顔をして聞くので、彼は話を避けるように当たり障りのないように思いつきで話題を変えて
 「タマちゃんも、中学生になったら急に綺麗になったなぁ~」「浴衣姿が凄く似合うよ」
と、褒めてやったら、彼女もはにかんだ顔をしておとなしくなった。

 確かに、タマコは小学生の時と比べて、背丈も伸びて細身になり髪を伸ばし始め、首筋も幾分白くなった様で、小学生の頃まで、毎日の様に自宅の庭で無邪気に戯れて遊んでいたときの面影が影をひそめていたが、親しそうに話かけ、彼の癖を見抜いて会話の真偽を率直に言い当てる洞察力は相変わらずで、大助も彼女の問いかけにしばしば戸惑うこともあった。
 二人がとり止めもないことを話しているところに、お爺さんが杖を突いてやってきて「おぉ~、大助君か、久し振りだなぁ~。すっかり大学生の風格が出て逞しくなったなぁ」と声をかけたので、彼女が
 「今、駅前で大ちゃんを拾ったのょ」
と言ったあと、慌てて口に手を当て
 「いや、ワタシを待っていてくれたのょ」
と、自分勝手な理屈で言い直すと、お爺さんは笑みを浮かべて
 「そうか、それは有り難いことじゃ」「頬髭も立派で、すっかり防衛大生になり格好いいわ」
 「どうだ、たまには、そこの居酒屋で一杯やろうじゃないか」
と声をかけてくれたが、彼が「僕、旅行からの帰りで・・」と、やんわりと断ったが、タマコも一緒になって
 「少しぐらいいいでしょう。久し振りに大ちゃんとお話ししたいゎ」
と言って、彼の手を引き無理矢理店に連れ込んでしまった。

 お爺さんは、店のママさんと機嫌よく焼き鳥でお酒をのんでいたが、大助とタマコはカウンターでケーキを突っきながらジュースを飲んで大学の寮生活を話題にしながらも、大助が
 「タマちゃん、中学生になったら彼氏ができたか?」
と、からかい気味に聞くと、彼女はムッとして
 「恋バナは飽きて卒業したが、お爺さんが喧しくて出来る筈ないでしょう!」
 「判っているくせに、そんなこと聞かないでょ」
と言ったあと、声を落として
 「アノネェ~。大ちゃんにコッソリ教えてあげるが、お爺さんはネ。大ちゃんみたいに頭が良くて健康な人でなければ絶対に許さんからな・・」
 「大ちゃんなら歳の差も丁度良いが、お前では相手にされんだろうなぁ」
と、顔を赤らめて祖父の話をまじえてモジョモジと遠慮気味に返事をしているところに、同級生で店の娘の奈緒が、調理場の暖簾を分けてチョット顔を覗かせて
 「アラッ! お帰りなさい。田舎は楽しかったでしょね。美代子さんは元気だった?」
と言ってジュースを注ぎ足してくれたが、タマコはすかさず
 「ナニネェ・・!。あの青い目の彼女のところにデートに行ってきたの?」
と、目を光らせて大声で叫んだので、大助は
 「オイオイ。そんなに大きな声で言うなよ。爺さんに聞こえたらまずいからなぁ・・」
と言ったあと、タマコちゃんの手前奈緒に対し、健ちゃん達に大袈裟に話されてはまずいと思って
 「う~ん、色々とあって、そんなでもなかったよ」
と答えると、奈緒ちゃんは
 「そうなの、遠距離恋愛って難しいのね」
と、彼に同情するように伏目がちに溜め息をついて、それでも、美代子のことを聞きたい顔をしたが、タマちゃんに遠慮して奥に入ってしまった。

 奈緒は、大助の姉の後を追うように、高校を卒業後、福祉関係の短大に進学したが、姉の珠子とは姉妹の様に親しくしており、大助が美代子とのお別れのため田舎に行ったことを珠子から聞かされており、それなりに同情していた。

 大助は、家に帰ると、夕食後、珠子が待ちかねていた様に
 「美代ちゃんは、元気だった。二人してどの様に過ごしたの?」
 「大学生らしく考えて行動して、泣かせる様なことはしなかったでしょうね」
と聞き出したので、彼はそっけなく
 「近く、母親とイギリスに行くらしいよ」
と、美代子の複雑な家庭事情や出生の秘密、ましてや、美代子と肌を合わせたことなどを説明せずに、愛想もなく簡単に答えて
 「僕、疲れたし、明日学校に帰ると、また、厳しい生活が始まるので、先に寝かせてもらうよ」
と言ったところ、珠子は
 「そんな簡単に話されても、美代ちゃんはどうなったのか、全然わからないわ。もっと、きちんと話しなさいょ」
と、彼を睨みつける様に詰問したが、母親の孝子が
 「珠子や。大助も疲れている様だし、今、一部始終聞かなくてもいいじゃない。いずれ、ゆっくりと教えてもらえば・・」
と言って、大助に部屋に行く様に促した。
 珠子は「母さんは、何時も、そうなのだから・・」と不満そうな顔をして呟いていた。

 母親の孝子にしてみれば、同郷で先輩である節子さんからの電話で、診療所の家庭内の事情を聞いており、二人の恋愛関係も、これまでの交際を見ていて知っているだけに、この度の旅行は、大助にとって初めて経験する胸の痛みが容易に理解でき可哀想に思えてならかった。
 その一方、二人が別離することにより、時が流れるに従い、二人の熱も自然と冷えて心の傷も癒され、いずれは、家庭的にも親しく交際し、幼い頃から仲良くしている奈緒に大助の心が傾いてくれれば・・。と、秘かに願っていた。


 

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山と河にて (16)

2023年09月19日 02時02分29秒 | Weblog

 大助は、隣室の広い座敷にある豪華な仏壇の前で、お爺さんが朝の勤行である読経の際に鐘を打つ音で目を覚ましたが、隣に寝ていたと思っていた美代子がおらず、枕もとの水を一口飲んで、そのまま、再び腕枕をして仰向けになり、桜の小枝を巧みに張り巡らした天井を見つめているうちに、昨夜のことを想い出し、その余韻の残った頭に、もしやと一抹の不安がよぎった。

 お爺さんの読経が終わると、美代子が薄青色のカーデガンと黒のロングスカートに白いエプロンをまとった姿で襖を開いて入って来て、枕元に膝をついて布団の襟元に手をおくと、少しハニカミながらも明るく爽やかな笑顔で
 「目が覚めているの?。そろそろ起きてよ。お爺さんも待っているゎ」
と言いながら
 「ハイッ! 下着を着替えてね。ズボンもアイロンをしておいたゎ」
と言って、何の屈託もなく差し出したので、大助も「ヨシッ 起きようか」と自分に号令をかけるように立ち上がって、彼女に背を向けて寝巻き姿で立ち上がり着替えしようとしたら、彼女がフフッと小声を漏らし
 「ワザワザ わたしに背を向けることないでしょうに・・」
と、寝巻きの裾を引張ったが、彼はその手を払いのけて素早く着替え終わると、彼女の後について洗面場に行った。

 洗顔後、鏡を覗いて頬髭を撫でていると、彼女が素早く剃刀を用意してくれたので、彼は彼女の顔を見てニコット笑って受け取り剃り始めたところ、彼女が
 「大ちゃんの頬髭は濃くて凄く似合うわ」
と言いながら、傍らでタオルを手にして立っていたが、大助の表情が冴えない様に見えたので
 「どうかしたの?。何んだか浮かぬ顔をしているゎ」
と言ったが、彼は「別に・・。傍についていなくてもいいよ」と言って髭剃りを終わってタオルを手にすると、彼女が声を落として
 「大ちゃんも、いざとなると、お別れが名残り惜しいの?」 「わたしは、やっと心の整理が出来たゎ」
と普段の強気な彼女の返事に、彼は「判ってないなぁ。君は心配にならない?」と、小声で自信なさそうに尋ねたので、彼女は
 「なにがよ。見た通りで普段となにも変わりないゎ」
と答えたので、彼は大人びいた直接的な表現に躊躇い、一寸思案し間を置いて、以前、姉の珠子が居間に置き忘れた婦人雑誌で興味深く見た時に覚えのある英単語で
 「まさか、pregnancy(妊娠)することは無いだろうなぁ」
と、不安そうに言うと、彼女は大助の横顔をシゲシゲと見つめて
 「朝からなに言っているのよぅ」 「そんなこと、わかるはず無いでしょう。神様に聞いてょ」
と答えたあと、落ち着いた態度で恥ずかしそうに小声で
 「ワタシ ソウナッテモ ヘイキヨ」
と澄ました顔をしてエプロンをいじりながら小さい声で答えると、大助の心配を気にもかけず
 「もしもょ。恵まれたら、髪や瞳の色が黒い、大ちゃんに似ます様にと、マリア様にお祈りするゎ」
 「そして、イギリスで大学を休学してママと大事に育てるの」
 「きっと、祖母やママも祝福してくれ、楽しい日の連続で寂しさを紛らわせると思うけれど、そんな、お伽噺みたいな夢は訪れないと思うけれど・・」
と言ったあと、現実的な彼女に戻り
 「だから、大ちゃんは、そんな心配をしないで、一生懸命に勉強に励んでね」
と言いながらニコット笑ってクリームを用意してタオルを差し出した。
 大助は、彼女が澄ました顔で平然と答えたので、彼は
 「その様にならないことを願っているが、もしものときは連絡してくれょ」
と答え、更に
 「君は日本のサッチャーだなぁ。その意志の強さは、まるで鉄の女だわ」
と言うと、彼女は
 「違うゎ。わたしは、れっきとした大和撫子だゎ」
 「万が一、その様なことになっても、連絡はしないゎ」
 「だって、君の勉強が疎かになり、それに珠子姉さんに叱られてしまうゎ・・」
 「君が大学を卒業して、わたしと正式に婚約したときに会わせてあげるゎ」「楽しみにしていてね」
とフフッと笑って言ったあと
 「朝からこの様なお話は相応しくないゎ。やめましょうょ」
と返事をしたので、大助は言うべきことは言ったし、彼女の陽気で茶目っ気な返事に呆れて、不安な気分も吹き飛んでしまい、彼女の返事に攣られて「アッ!と、驚く為五郎か・・」と冗談を言って二人でキッチンに向かった。

 朝食後、お茶を飲みながら、お爺さんが機嫌の良い笑顔で
  「大助君、この度の休暇は、我が家の恥を聞かされて不快な思いをさせて済まんかったな」
  「昨晩は、美代子が我侭を言って困らせなかったかね」
  「この子も、出生の秘密から始まって兄弟もなく、可哀想な子なんだよ」
  「そのため、君が見えると内弁慶が爆発して、人が変わった様にはしゃぐからなぁ~」
と言ってお茶をひと口含んだあと、更に
  「お陰様で、ワシは責任の幾分かは果たせたと勝手に思ってひと安心したよ」
  「君の返事を聞いて、人生最後の努力目標ができたよ。老人は、目標があれば益々元気になるもんだ」
と謝辞に続いて、美代子に将来を託した覚悟のほどを示すように
  「美代子が、君にとって相応しい嫁さんになる様に、ワシが全責任を持って、今後の教育と環境作りをするから、君も勉強に励んでくれたまえ」
  「但し、このことは、当分の間、君とワシそれにキャサリンだけの事にして胸に秘めておいてくれ給え」
と話していた。 
 美代子は神妙な顔をして二人の会話を聞いていたが、その表情には満ち足りた幸せが漲り、お茶を注ぎ足しながらも彼の気持ちをきずかっていた。

 お爺さんの話が終わった頃、前の晩にお爺さんから大助を駅まで送ってくれるようにと頼まれていたた寅太が車で迎えに来てくれ、玄関先で皆に挨拶をしたあと
  「美代ちゃんは、僕と一緒に駅の見える裏山で、大助君を見送ろうよ」
  「大助君。 君を駅に送ったあと裏山に行き、僕は習ったばかりの手旗信号で、美代ちゃんは目立つように赤い傘を振るから、汽車の窓から見ていてくれ」
と、予め考えてきた計画を言ったら、美代子は「わたしも、駅まで行くわ」と言いだしたが、お爺さんが
  「寅太や。 是非、その様にしてくれ」
  「何しろ、駅でメソメソされては、みっともないし、大助君も後味悪いだろうしな」
と、美代子の心の動揺を見透かして、寅太の思いがけない名案に賛成し、険しい顔つきで決めてしまった。
 美代子は、恨めしそうに寅太の脇腹を指でこずいていたが、大助に
 「海苔巻きと稲荷寿司のお弁当を用意しておいたわ」
と言って、お爺さんが用意してくれた旅費と
 <君の真実の愛を確かめられて舞い上がるほど嬉しかったゎ。それに、これからの生活に勇気ずけられたゎ>
と、朝、家事の合間に大急ぎで書いたラブレターの入った白い封書を一緒に渡して、手を握ると
 「寂しいけれど、仕方ないわね。でも、君から今度こそは本当の勇気を貰い頑張るわ」「お体だけは注意してよ」
と言って俯いていた。
 寅太は、駅に向かう途中、大助に
 「健ちゃんには、年賀状しか出してないが、宜しく伝えてくれよ」
 「夏になったら、皆で、渓流釣りに行くことを楽しみに待っているよ」
 「美代ちゃんも、何時ものことだが、君が帰ると急にしよげかってしまい、見ていて可哀想だが、まぁ同級生だし精一杯面倒を見るから心配しないでくれなぁ」
 「それにしても、遠距離恋愛は大変だなぁ。現在の僕には全然関係のないことだが・・」
と、大助に同情する様に、自分の商売話に絡めて、にこやかに喋っていた。

 寅太は、駅から帰って来ると、美代子に
 「さぁ~、山に行こうぜ。前もって頼んでおくが、絶対に泣かないでくれよ」
 「美代ちゃんに泣かれると、若し、街の人達に会ったとき、あの悪餓鬼がいじめたのかと勘違いされても困るので・・」
と、中学時代の評判を気にして冗談を言っていたが、美代子は不機嫌そうな顔をして
 「君が、突然、予想もしないことを言うから、お爺さんもその気になってしまい、もし、涙が零れたら君のせいよ」
と、半ば悔しそうな表情で答えていた。

 皐月晴れで、清々しいそよ風が吹いている裏山で、寅太は
 「大助君も頬髭を伸ばして、如何にも防衛大生らしくなって恰好よくなったなぁ~」
 「早く、婿さんに貰えよ」「美代ちゃんの父親は医者どんで、神経が細かく僕は苦手だが、大助君なら上手く操縦すると思うよ」
 「僕は、応援を惜しまないから・・」
と、美代子が、近いうちに家庭の事情でイギリスに行くことも知らず、勝手な想像をして彼女の気持ちを振るい立たせていた。

 寅太は、芝生に座り小さい草花を摘んで美代子と取りとめもない話をしている間も、遥か丘陵の下の方の駅に目をそらさずにいたが、列車が駅に近ずくと「アッ! 来た来たっ!」と、声を張り上げて立ち上がり、用意してきた手旗で「バイ・バイ」と一発送ったあと、続けて「ナ・イ・テ・ナ・イ」と懸命に何度も同じ信号を送っていた。 
 美代子も寅太に攣られて赤い傘を広げて頭上で横に何度も振っていたが、寅太は気合が乗ってきて草叢を掻き分けて前に進むと、手旗信号がもどかしくなったのか、聞こえるはずもない遥か遠くの駅に向って思わず
 「お~い、泣いていないから心配するなぁ~」「俺も、東京サ行きたいよぅ~」
と、この場の禁句を思わず大声で叫んでしまった。 
 美代子は、寅太の叫び声に誘発されたのか、それまで精一杯堪えていた涙で目を潤ませて「イワナイデェ~」と背後で叫ぶと、寅太は
 「俺が泣いていないと叫んだんだよ」
と、苦し紛れな弁解をしたが、美代子は顔をタオルで隠して、その場にしゃがみ込んでしまった。
 彼も、咄嗟の出来事に狼狽し、この場の扱いに慣れてなく弱り果て、ボソボソとした太い声で
 「ちゃんと、見送ったし、良かったじゃないか。泣くなんて、約束違反だぜ」
 「やっぱり、駅に行かないで正解だったなぁ~」
と言いながら、八つ当たり気味に周りの草叢を手旗でなぎ倒していたら、蜂の巣を突っいてしまい
 「シマッタ! 蜂ダッ!逃げろっ!」
と叫んで、彼女の手を咄嗟に握って引張り、そのまま、好機とばかり、人目を避けるように神経を張り巡らせて、やっとの思いで診療所に連れ帰った。

 春の日差しは眩しいほど照り輝き、丘陵の萌える草原の明るさとは反対に、寅太も美代子の感情に感化されたのか、美代子と別れたあと診療所を出ると、友を見送った心の虚しさから妙な寂しさがしてならなかった。

 

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山と河にて (15)

2023年09月16日 01時27分39秒 | Weblog

 大助は、浴槽から上がり脱衣場に行くと美代子も後について上がってきたが、長湯したうえに戯れた興奮で、汗が拭いても拭いても湧き出る様に皮膚を濡らし、美代子が見かねて自分のバスタオルで背中を拭いてくれたが、その時、大鏡に彼女の裸体が映っているのがチラット見えたので、大助は本能をそそわれて、彼女を抱きしめて可愛い桜色の乳首にキスをしたところ、彼女はビックリして「イヤッ! ヤメテェ~」と叫び声をあげ、慌ててバスタオルで上半身を隠して後ずさりしたので、彼は自分のとった衝動的な行動と恥ずかしさが、ない交ぜになって複雑な思いで振り向きもせずに
  「チェッ! さっきは、すきな様にして、といったくせに・・」 「コレダカラ ワカンナイナァ~」
と文句を言うと、彼女は少し間をおいて
  「ゴメンナサイ」 「ナゼカ ジブンデモワカライヮ」
と申し訳なさそうに小声で言ったあと
  「誰もいないから、浴衣を着ないでバスタオルを肩にかけて、リビングに行っていてね」
  「氷水が用意してあるわ」
と呟いていた。

 大助は、返事をすることもなく、さっさと、リビングに行き、頭にタオルを乗せて氷水を飲をのみ、TVのスイッチを入れてニュースを見ていたが、やがて美代子も髪をタオルで包んで、額の汗を拭きながらも、襟元をきちんと合わせた浴衣姿で、リビングに現れ「なにか食べる?」と聞いたが、彼は気持ちが落ち着かず、先程の、彼女の態度に不満もあり
  「お腹は空いていないが、ぐっすり眠りたいし、睡眠薬代わりにウイスキーの水割りを飲みたいので少しくれないかな」
と、愛想の無い言い方で催促すると、彼女は戸棚からウイスキーの瓶を取り出して作りはじめ様としたが、彼は瓶を引き寄せて自分で薄い水割りを作って飲んだ。 
 大助は、高鳴る気持ちを少しでも落ち着かせようとする反面、チョコット見た桜色の乳首に言い知れぬ興味と興奮を覚え、彼女同様に心が大きくゆらいでいた。
 
 美代子は、氷水の入ったコップを手にテーブルを挟んで彼の前に静かに腰かけたが、心なしか青白い顔をして何も言わず俯いていたので、大助が
  「湯当たりしたのかね。顔色が青ざめているよ。君も早く横になって休んだ方がいいよ」
と声をかけると、彼女は
  「チガウハ シンパイシナイデ」 「サッキハ トツゼンノコトデ ビックリシテシマイ ワルカッタワ ゴメンナサイネ 」
と、悲しそうに小声で答えたので、彼は
  「もう、その話はやめてくれ。 君が女性として本能的に反射して言ったことを、まともに受けた僕が悪かったよ」
  「陽気に誘われ調子に乗って、山や河のほとりで遊びすぎて、君も疲れているんだよ」
  「別に怒ってなんかいなさ。気にするなよ」「折角、逢えて楽しく過ごしたとゆうのに・・」
  「もう、本当に最後のデートになってしまったけれど、そんな顔をしないで元気をだせよ」
と慰めたが、彼女は答えることもなく氷水を一口含んだあとチョット間をおいて彼の顔を見つめて、か細い声で
  「お布団は、二階のお部屋に用意しておきましたので、ゆっくりお休みになってね」
  「わたしも、後片付けをしてからお部屋に行きますので・・」
と言ったので、彼は美代子の顔色から察して
  「有難う。でも、君は自分の部屋で休めばいいさ。もう沢山話したことだし、そのほうが休めるよ」
と返事をしながら、飲みかけのコップを手にして立ち上がると、以前、遊んで慣れ知った二階の部屋に行き、廊下の椅子に腰掛けて中庭の池を見ながら水割りを飲み干したあと、布団の上に仰向けに伏せて天井を見ながら、朝、出かける時、姉の珠子から
  「彼女の心を傷つけない様に注意するのよ。判ったわネ」
と、いつになく強い調子で言われたことを思い出し、今日の出来事と合わせて色々と思案してしまった。

 大助は、湯上りと興奮で体があついため、部屋のサークラインを消し、枕もとのスタンドも薄明かりにして、下着をつけずパンツに寝巻き姿で布団の上に大の字に横になり
  <浴槽の中で、美代子が望んだこととはいえ、乳房を思う存分さわり、彼女も嫌がらずに興奮して息を弾ませていたのに・・。と、自分では彼女も納得していたと思っていたが、遂、浴槽の中での彼女の言葉をまともにうけてしまい、いけなかったなぁ。と、反省すると共に、あの乳房に触れたときの感触や、鏡の中に映った彼女の姿態が脳裏から離れず、モヤモヤした気分で、その時のことを思い起こすと、興奮が甦ってきて、なかなか寝つけなかった。

 時がどのくらい流れたのか、思案に草臥れてウトウトしかけたとき、部屋の襖がスーット開いて彼女が忍び足で枕元に近ずいて来て、しゃがむと
 「ワタシモ イッショニ ヤスマセテ。 イイデショ」
と小声がしたので、大助は彼女の細い声を聞いてハットして横になったまま「ウ~ン」と、迷った様に返事をして彼女を横目で見ると、長い髪の毛を束ねて片方に垂らし、大学生とは思えない艶かしい容姿で青い瞳をチラット光らせ、きちんと帯を締めた寝巻き姿で、手にはバックを提げて、背中の側に寄ってきて静かに座るや、彼の肩にそっと手を当てて、泣き入るような細い声で
  「ネェ マダ オコッテイルノ ヤメテヨゥ」 
  「ワタシ モウカクゴヲキメテイルノ ホントウニ ドノヨウニサレテモ ワメカナイワ」 
と、小さい声で言いながら、大助の返事を待たずにスタンドを消すと、彼女は帯を解いて床に入ってきてしまった。
 
 大助が、背中を向けたまま無言でいると、彼女は大助の背中に顔を寄せて
  「明日、お別れすると、もう、なが~く、お逢いできないのよ。心が凍りつく様な寂しさがしてならないの」
  「ねぇ~、なにか言ってよ」
と言うので、彼は重い口を開いて
  「その思いは僕も同じだよ」
  「今更、そんなセンチなことを言うなよ。僕達に与えられた運命なのだから、耐え忍ぶ以外に方法はないさ」
と、眠気もあり、なんか悟ったような気の無い返事をすると、彼女は
  「ねぇ、こっちを向いてよ」
と言って、彼の肩を軽く揺さぶりながら 
  「ワタシ マジメナキモチデ イッテイルノョ」
と、背中をつっきながら消えいる様な細い声で言いながら、彼の腕を手繰って自分の方に向かせたので、彼も覚悟を決めて
  「本当にいいのかい。あとで後悔して泣かないでくれよ」
と言うと、彼女は小さい声で
 「ナニモイワナイデ・・。 スキニシテイイヮ」
と答えたので、大助は彼女の言葉に刺激されて眠気も覚めて、先程来の興奮が一層燃え上がって自制心を抑えられず、寝巻きを脱ぎパンツ一枚になると、彼女もあわせるように寝巻きを素早く脱いで下着だけになり、彼の体にピタリと身体を寄せて、うずくまるようにして、彼の胸に顔を当ててしがみついてしまった。
 大助も、彼女が真剣な思いであると知ると
 「これでは身動きできず、どうしよもないわ」
と言いながら、無理に体を離してスリップの上から滑らかで柔らかい肌の背筋を優しく撫でてやった。
 大助は美代子を抱いているうちに興奮がましてきて自然と自制心が薄れ、彼女のスリップをたくし上げて、薄明りの中であらわになった乳房をいじりながら
 「さっき、湯船の中で見たときより小さいようだなぁ。浮力のせいで大きく見えたのかなぁ。不思議だなぁ」
と、独り言を呟いていたら、彼女は
 「ソンナコトナイヮ」
と消え入るような細い声で答えるや、恥ずかしさのあまりシャツを下げてしまった。

 美代子は、必然的に、次におこることを予期して緊張し、時々、怯えてか、少し身体を強張らせ、かすかに震えていた。
 大助は本能の火が燃え盛り、彼女を少し離して、ゆっくりと唇を合わせたあと、再度、彼女のスリップとシャツをたくし上げて、ぎこちない手付きで乳房を思う存分愛撫してから下腿部へと手を廻わし、初めて手に触れる異性の陰部に興味と興奮が入り混じった気持ちで、すがりついている彼女の気持ちを慮ることなく、パンティーに手をかけて脱がせても拒むこともなく、両手で顔を覆い素直に応じていた。
 大助は意の趣くままに秘部をまさぐり、初体験の畏怖に怯えて、目を閉じて小刻みに震えている彼女を強引に仰向けにして身体を重ねると、下半身が自然と秘部に触れ挿入した瞬間、未成熟な女体はヴァルトリンシ腺でうるおうこともなく痛むのか苦痛の表情をし、首を少し上げて呻くように「アッ ヤメテェ~」と反射的に小さく呻いて首を振り腰を引いて、のけぞる素振りをしたので、彼は思わず「イタイ・・」と声を掛けると、彼女は「ダマッテェ」と小さく呻きながらも、片腕を彼の首に浅く絡めたので、彼は彼女の肩を抑える様に肘で抱えてコイッスすると、彼女は小刻みに首を振って悶えたために、彼は腕にまとわりついた乱れた長い髪の毛をソット振りほどき、悶える彼女の姿態に益々興奮し、あとは旺盛な性欲に任せて夢中で要領を得ないまま、初めて知った陰部の緊縛感が齎す性的快感から女体の性の不思議さに酔いしれて、夢中になって気分のおもむくままに息を乱して彼女を抱きしめた。

 その夜。 美代子は自からの意志で大助と離れることのない念願の夢を託し、彼の為すがままに身を委ねて、18歳の春を捧げた。
 
 彼女は初体験の身体的苦痛に耐えながらも、心は目的達成感からやすらぎ、大助と永遠の愛の契りを結んだ嬉しさで心が一層安らいだ。
 彼女は抱かれたあとの、けだるい余韻にひたりながらも、心の中で、大助は異人種の自分の体を違和感も不満もなく心に受け入れてくれたかしら。と、少し不安がよぎったが、お爺さもイギリス人と結婚して家庭を築いたので心配することないわ。と、自問自答して安心すると、軽い鼾をかいて眠っている彼に寄り添ったまま安らいだ心地で「コレデイインダヮ」と彼の背中に顔を当てて呟やくと、彼の寝息に誘われる様に眠気をもようし
 いつしか、新緑の野原をそよ風に髪を靡かせながら、彼と手を繋いで柔らかい山の青草を素足で踏んで、希望に満ちた山の彼方に向かって駆けて行く、夢想の世界に吸い込まれるようにはいった。
 

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山と河にて (14)

2023年09月13日 03時28分06秒 | Weblog

 大助は川辺に立って、遠くに霞む残雪に映える飯豊山脈の峰々を、種々な想い出を浮かべながら眺望し、そのあと小石を何度か河に投げては眼前をゆったりと流れる河を凝視し感慨深げに
  「この河で、無邪気に水泳をしていたとき、美代ちゃんと初めて知りあったが、あれから4年過ぎたのか・・。時の流れは振り返ると早く感じるもんだなぁ~」
  「あの時。君が河底の石に躓き足を滑らせて、僕に咄嗟に抱きついたが、その時の、君の体の柔らかい感触を今でも覚えているよ」
  「それに・・。毎年、夏休みに理恵子さん達と水泳しり織田君達と河蟹やカジカを取ったりして遊んだのが、今となっては、懐かしい想い出だなぁ~」
と言いつつ美代子の隣に腰を降ろすと、彼女の指を一本ずつ手にとって見ていて
  「透明なマニュキアは健康的で綺麗でいいなぁ~」「女子大生は、皆がしているのかい?」
   「爪が細長い人は、性格が理想追求型と聞いたことがあるよ。美代ちゃんは、そうかも知れないなぁ~」
と呟くと、彼女は急いで手を引っ込めて立て膝の裏に隠し、大助の質問に答えることもなく
  「そうねぇ~、わたしも覚えているわ。あの時は本当に無邪気で咄嗟に飛びついたが、男の子の肌に直接触るなんて初めての経験で、あとで凄く恥ずかしい思いをしたわ。それが恋に発展するなんて、あのころは、思いもよらなかったわ」
  「あの頃の大ちゃんは、少し細身だったが筋肉質で凄くがっしりしていて、男の人は見かけによらずやっぱり違うんだわぁ。と、その時のことが強く印象に残っているわ」
  「それが、今では、明けても暮れても何事につけ、君のことが気になるなんて、男女の縁は不思議なものね」
と、自分の心に強く印象ずけられた感想を感慨深く話していたが、やがて杉の木立近くの草原に腰を下ろすと

 「けれども、なんといっても私にとって素晴らしい想い出は、ミッションスクールの堅苦しい高校生活から開放されて、大ちゃんのお友達と一緒に、苦しい思いをして富士山に登山したこと。それに、二人だけでの富士の湖畔での散策や、箱根の乙女峠や十国峠を巡り歩いたこと。。」
 「あぁ~と、それから、江ノ島海岸の渚に残した二人の足跡を時々振りかえって見ながら、春の温もりを素足に感じて、お互いに思わず手を大きく振って笑いあって歩んだこと等、想い出せば切りがないほど楽しい旅行をしたことが、わたし達の恋を確かなものに育んだと思うわ」
と話しながら、周りの雑草の中からクローバーを摘んでは
 「ホラッ 四葉のクローバーがあったわ」
と言って摘むと、彼のシャツのポケットにさし、当時のことを細々と思い浮かべては、懐かしそうに話していた。
 大助は、彼女の話に無言でうなずきながら聞いていて、再び、彼女の手の掌を指先でなぞりながら
  「そうだねぇ~。愉快なこともあったが悩んだことも沢山あったよなぁ。上手く言えないが恋愛と言うものは、ハッピーエンドで終わる恋愛小説と違って、見えない運命に翻弄されて悩みのほうが多いようだな」
  「けれども、全ての経験が、僕達にとっては、かけがいのない貴重な経験であり、きっと、何時かは僕達にとって美しき青春の暦になると思うよ」
と答えたら、彼の言葉に素直にうなずく彼女が、いつもより一層可愛いく思えて、抱き寄せてキスをし白いうなじをそっと指で撫でたら、首をチョコットすくめたが、後れ毛が葦原からそよぐ川風に優しく揺れていた。

 大助は、立ち上がると大きく背伸びしたあと、美代子に言い聞かせるでもなく、一人ごとのように
  「この河のほとりに立っていると、この河は、僕達に沢山の想い出と幸せを与えてくれたよなぁ~。もう、二度と訪れることがないと思うと、少し寂しい気持ちになるなぁ~」
と、周囲を眺めまわして感慨深そうに呟くと、美代子も立ち上がって彼の後ろに立って、彼の感想にあわせる様に、小声で
  「わたしも、そう思うわ。そして、この三本の大きな杉の木の精霊が、わたし達を見守り幸せに導いてくれたと思うの。この杉の木には感謝の気持ちで胸が一杯になるわ」
と言って、杉の大木に向かって、恭しく拍手を打って深く一礼していた。 
 終わると、彼に向かって
  「そうね。わたし、この河の岸辺に立っていると、明日からどのくらい永い期間か判らないけれど、家の事情で離れ離れになるなんて、本当だとはとても思えないわぁ」
と言って、寂しそうな表情をして大助の顔を見つめた。

 二人は、帰りの道すがら、大助の希望で山上健太郎先生と節子さんのお宅と、理恵子さんの勤める美容院に立ち寄り、玄関先で挨拶だけして診療所に帰った。
 家に入ると、賄いの小母さんが
 「お爺さんは、少しお酒に酔ったらしく、上機嫌で、先に休むと言って、寝室に行かれたわ」
と教えてくれたので、、美代子は
 「小母さんもお疲れでしょう。あとは、私が始末するのでお帰りになって休んで下さい」
と、労いの言葉をかけると、小母さんは
 「そうさせて頂きましょうか。お風呂も温めてありますから」
と言っていた。

 美代子は、家に入るなり
 「大ちゃん、もう一度、お風呂に入って河風で冷えた体を暖めたら」
と言って、彼をお風呂場に案内してタオルを用意して渡すと、彼は
 「今度は、ゆっくりと入らせてもらうから、さっきみたいに、飛び込んで来ないでくれよ」
と返事をして衣類を脱ぎかけると、美代子は
 「最後の晩と言うのに、随分、イジワルネ」
と言ったあと、彼の言うことを聞かない振りをするように
 「わたし、二階のお部屋にお布団を敷いてくるわ」「そのあと、若しかしたら入るかもょ。わたしのすきにさせてぇ」
と言って、フフッと含み笑いを残して脱衣室を出ていった。

 大助は、今度は美代子も来ないだろうと足を伸ばして、窓越しに見える竹林を眺めながらのんびりして、今日の出来事などを思い巡らしていたら、意に反して、彼女が入ってきて
  「大ちゃん、お願いだから、オコラナイデョ。 わたし、明日お別れと思うと少しの時間でも一緒にいたいの」
  「わたし、気持ちを整理しようと一生懸命に努めているが、時々、わたしって生まれ落ちたときから、何故こうも家庭の事情に振りまわされるのかと思うと、やりきれない寂しさと悲しみで、頭の中が真っ白になってしまうくらいだわぁ」
と言いながら、身体にタオルを巻いて浴槽に入ると、恥じらいながらもソロリと、彼に身体をすり寄せてきたので、大助は
  「う~ん。その気持ちは痛いほど判るが、それにしても聞き分けのない大学生だなぁ~」
  「今度こそ、僕も我慢の限界を超えて、好きな様にするかも・・、それでも、本当にいいのかい」
と彼女の顔を見ないで言うと、彼女は積極的に脛を大助の伸ばした足に絡め、腕を彼の首筋に回してピッタリと彼に寄り添い、耳元で囁くように
  「イイヮ ダイチャンノ スキナヨウニ シテ」 
と囁いた後、目を閉じたので、彼はチョコット接吻したあと、美代子の胸に巻いてあるタオルをゆっくりと剥ぎ取って、彼女の乳房を気の趣くままに愛撫して、例えようのない柔らかい感触に男の本能を満たしていた。
 美代子も、初めて湯船の中で経験する、大助の指先に少し力のこもったギコチない不慣れな愛撫に、やがて女の官能を刺激されたのか、小刻みに呼吸を弾ませて、彼のなすままに身をゆだねていた。

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山と河にて (13) 

2023年09月09日 03時40分27秒 | Weblog

 山の懐に囲まれた街では、春の夕暮れは陽が峰々の端に沈むのが早くても、晴れた日は空が明るく、時の過ぎ行くのを感じさせない。
 大助と美代子は、大川に架かる赤く塗装された橋の袂に差し掛かると、彼女の案内で堤防の階段を手を繋いで降りて行き、河川敷に作られた広い公園のお花畑に着いた。
 町内の老人倶楽部の有志が丹精こめて手入れしているお花畑は、中央の芝生を囲むように、真紅のサルビヤ・黄色nマリンゴールド等色とりどりの小さい花が植えられ、その外側を小道を挟んで、ボタンやチュウリップにツツジの花畑となっている。 
 愛好家の人達が長年の知恵と経験を生かして手入れしているため、ボタンとチューリップは赤・色・紫と色とりどりに植えられ、山ツツジが花びらを大きく開いて春を謳歌している様に咲き誇り、一面が憩いの公園となっている。

 大助が一人ごとに
 「牧場のある裏山の男性的な雄大な景色とは異なり、この公園は花の香りで満ち溢れ、まるで、少女の絵本にあるお伽噺の世界にいるようだなぁ」
と呟くと、聞きつけた美代子が
 「そうね、少女はともかく女性的な雰囲気が漂っているわね」
と、彼に答える風でもなく感想を漏らしていた。

 二人が、綺麗な花々に癒されて、遂、先程まで、お爺さんと話しあっていたときの興奮からさめて、ゆっくりと散歩していると、服装から観光客らしい中年の女性達数人とすれ違った。
  その中の一人の上品な感じのする和服姿の人が、美代子にそっと近ずいて来て、遠慮気味に小声で
 「あのぅ~ 外国から観光に来られたのですか?」
 「肩まで伸ばした綺麗な金髪と、端整で清楚なお姿がとっても美しく、お花畑に非常にお似合いですゎ」
 「宜しかったら御一緒に写真を撮らせていただけませんか。旅の記念にしたいと思いまして・・」
と声をかけてきたので、美代子は、見知らぬ人から思いもかけないことを突然言われてビクッとして、本能的に素早く大助の後ろに身を寄せて、代わって返事をしてと言わんばかりに背中を突っついたので、大助は
 「いやぁ、お褒め戴いて恥ずかしいですが、僕達ただの友達なのです」
 「彼女は地元に住む大学生で、少し神経質で気が弱く、人の前に出ることを好まないので、折角ですが・・」
と、実際とは反対の表現で丁重に断ったところ、相手の小母さんも
 「そぅ~なのですか、余りにも美しく、若しかして、外国の女優さんが、お忍びで散歩されておられるのかと思いまして、大変失礼致しました」
と丁寧に頭を下げて微笑んでいた。

 小母さん達と離れると、美代子は公園を抜けた先のグミの茂る河原の中に立つ杉の大木の方に大助を導いて行き、握っている大助の手に力をこめて引張り
  「ナニヨッ! 友達だなんて嘘言って。 わたし達、婚約者なのよっ!」 
  「それに、気が弱く人前に出られないなんて・・よく言うわね」
と、彼の答弁が気に入らず、横顔を眺めながら不服を漏らしていたが、大助は、彼女の文句がましい態度を全然気にすることもなく、彼女の手を握りなおして、軽く振りながら、気分よく
  「女優さんとデートか。お世辞にしてもそんな風に見えるのかなぁ。嬉しいことを言ってくれわ。女優さんと手を繋ぎ、綺麗なお花畑でデートできるなんて、僕も満更捨てたもんじゃないな。光栄の至りだよ」
と軽口をたたいていたら、彼女は手を離して歩くのを止め、彼の耳朶を軽く引張って、青い瞳に怒りをこめて見つめたので、大助は、シマッタ、また、まずいことを言ってしまったかと思い
  「嘘も方便だよ。大学生なんだから自分で断ればよかったじゃない。僕に言わせておいて・・」
  「正直、美代ちゃんは綺麗過ぎるんだよ」
  「僕、時々、チラット思うことがあるんだが、その美しい容姿が人様からあらぬ妬みをかい、いつか、生活の障害になりわしないかと、心配になることがあるんだよ」
と、またもや、大袈裟な表現で言うと、美代子は少し気落ちした寂しそうな面持ちで、俯いて首を横に振って
  「なんで、そんな心にもないことを言うの。 わたしなんて、これまで、自分が美人だなんてチットモ思ったこともないし、大ちゃんに、そのようなことを言われると、逆に髪の毛や瞳の色等から劣等感を感じてしまうわ」
  「それこそ、私がイギリスに行ってしまうと、大ちゃんは、わたしから都合よく逃げてしまうんでないかと自信が揺らぎナーバスな気持ちになってしまうわぁ」
といったあと、バックから出したビニールを敷いて、杉の根元に腰を降ろしてしまった。

 大助は、寄り添う様に腰を降ろすと、美代子の背中を軽く叩いたあと、俯いている彼女の顎の辺りに手を当てて、自分の方に向かせ、慰めるように
  「ほれ、僕が言った通り、やっぱり気が弱いでないか。美人であることも心配の種だが、その気の弱さの方が、今の僕にとっては、それ以上に心配だよ」
  「そんな気持ちでイギリスに行ったら、ノイローゼになってしまうんでないかなぁ~」
  「これまでに、二人で培った果てしない青春の夢を諦めることなく、勇気を持って頑張りぬくんだよ」
  「それしか僕達には道なしだ!」
  「何時もの様に強気になれよ。内弁慶では大人になれないぜ」
と力を込めて話し、続けて
  「それに、もう言う機会が無いから、ついでに言っておくが、さっきから、しきりに婚約者なんて口にするが、僕はお爺さんが君のためにあの決断を下すなんて、お爺さんの生涯を賭けた覚悟を聞かされた思いで、僕もそれに答えるべく僕の考えを率直に話した訳で、お爺さんと君の母親それと僕達だけの秘め事で、社会的には公に出来ない成熟した言葉でないんだよ」
  「誤解しないでくれよ。僕の信念はお爺さんに話した通りで、何年たっても変わることはないから」
と話すと、彼女は俯いて聞いていたが、改めて大助の決意をきいて自信を取り戻し、静かに
  「わかったわ。どんなことがあっても君を信じ、わたしも自分を大事にして頑張るゎ」
  「ダイチャンも休みを利用して一度イギリスに飛んで来てくれない?。一昼夜で来れるゎ」
  「祖母も君に是非お逢いしたいといっているので・・」「凄く喜ぶと思うゎ」
と小声で答たので、彼は河に小石を投げながら
 「うぅ~ん。気持ちは山々だが、それは無理だよ。先立つものがないからなぁ」
と笑って返事をした。
 彼女は、自分の置かれた立場全てを観念しているのかそれ以上無理を言わず、河風に揺れる髪の毛を、バックから取り出したゴム輪で束ねていた。

 大助は、話終えて芝生を摘む彼女の仕草を見ていて、うなじが綺麗に剃られているのを見るや
  「あっ! うなじが凄く綺麗で清潔感があり、艶っぽいわぁ~。僕、そおゆう隠れたところを綺麗にしておく女性が大好きだよ」
  「誰にしてもらうの?」「度々、美容院にゆくのも時間も費用も不経済だしなぁ~」 
と言いながら、いたずらっぽく
  「女子大生のバックて、いったい、ナニを入れておくんだい。 カット綿かね?」
と、雰囲気に浮かれて、またもや、興味混じりに冗談言いながら、彼女がゴムを取り出すときに開いたバックを覗き見しようとしたら、彼女はバックを急いで閉じて脇に隠し、肘で大助の脇腹をこずいて
  「大ちゃんも、たまにはエッチなことを想像して言うのね」 「教えられないわ」
と言いながら少し元気を取り戻し、はにかんだようにニコッと笑ったあと、中を見られない様に用心深く横に置いたバックをチョコット開いて、チューインガムを出して大助に渡した。

  

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山と河にて (12)

2023年09月06日 02時44分47秒 | Weblog

 大助の挨拶を聞いて、老医師は彼の沈着冷静な態度と返事に少し驚き、顔の前で手を振りながら困惑した顔つきで
 「大助君、誤解しないでくれ給え」
 「ワシは、君と美代子の交際に水を差す気持ちは毛頭ないが、君に対し、我が家の内情を隠し通すのもワシの気性に反し、純真な君の将来にとって参考になればと思って、恥を忍んで話したまでで、君には一切責任は無いので気にしないでくれ」
と、慌ててシドロモドロに答えた。

 美代子は、頑固なお爺さんが覚悟し、母親も承知のこととはいえ、思いもしなかった自分の出生と今後の行く末に目が眩むほど驚いてしまったが、彼の自信に満ちた返事で気を取り直して、それなら尚更のこと大助の考えを確かめたい思いにかられながらも、二人の話を注意深く聞きながらも、彼が肝心なことを話し出さないので、お絞りの布巾をたたんだり広げたりして落ちつかな気持ちでいた。
 大助は、そんな彼女の気持ちにお構いなく、中学生の頃から遊びに来る度に、盆踊りや渓流釣り等で可愛いがってくれた、お爺さんの気持ちは心に染みており、自分の存在がこの家の混乱の原因になっていると察したので、美代子の言う通り、この際、自分の考えを正直に話をしようと決心した。 

 大助は、お絞りで顔を一度拭いて気分を改め
  「お爺さん、お話はよく判りましたが、僕の考えも是非聞いてください」
  「まだ、学生の身分で自活能力も無い者が言うのも生意気かも知れませんが、お話を聞いていて自分自身に問うたのですが、僕は、美代子さんが大好きですし、それは、単に彼女の容姿が綺麗で魅力的であると言うだけではなく、僕より強い独立心があり、将来、結婚を許していただけるなら、彼女を幸せにすることを誓いますので、大学卒業後、美代子さんを僕のお嫁さんになることを認めて下さい」
  「その節は、母親と姉を同伴して、改めてお願いに上がりますので」
と、思いきって話した。

 彼が話し終えて頭を下げると、お爺さんは満面に笑みを浮かべ
 「まぁ~ まぁ~。大助君。孫娘の美代子を、そこまで思ってくれる君の気持ちは、ワシも本当に嬉しく、勿論、異存なんてなく、むしろワシの願っていることだよ」
 「このお転婆で気の強い娘をなっ!」
と返事をしたところ、彼女はお爺さんを睨めつけて
  「お爺さん!大助君が真面目にお願いしているのに、お転婆娘だなんて言って、彼の真面目な話を茶化さないでよ」
  「私をお嫁に下さいと、直接はっきりと言われたことは勿論初めてですが、天にも昇るほど嬉しく、彼の言葉がマリア様のお告げの様に聞こえましたわ」
  「わたし、この先、どんなに苦しいことや、気持ちがくじけそうな時があっても、大助君となら力を合わせて、きっと、これからの人生を上手に乗り越えてゆける自信が今迄以上に湧きましたわ」
と言ったあと、大助に両手をついて丁寧に頭を下げ、顔を赤らめ、目を潤ませて
  「大助さん、お話をお聞きし、わたし、貴方の申し出を喜んでお受けするわ」
  「その日の訪れるのが、永くなっても、遠く離れた地で、少しでも貴方の色に染まるように、わたしも頑張って勉強に励みますわ」
と言うと、突然、肩を震わせ嗚咽して泣き崩れてしまった。

 お爺さんが大助と話しの途中、ベルリン大学の話しを持ち出したり、また、キャサリンと美代子をイギリスに帰すことにした理由は、キャサリンと前の晩に相談した結果、彼女の意見を汲みいれて、二人は若く今の恋愛が一過性の愛でなく、将来にわたり深い絆で結ばれるかどうかを確かめたいと考えたからである。
 キャサリンは、美代子に自分が辿った様な悲しい人生を歩ませたくないと只管願っていたので、大助の快活な性格と健康に恵まれた体格は、美代子にとって願ってもない相手であることは、彼が訪れるたびに、二人の間柄を見ていて、その都度、是非そのようになればと秘かに願っていた。
 しかも、日常の相談相手である節子さんからも折りにふれ、美代子さんにとっても好ましい青年であり二人がこの先仲良く交際を続けて欲しい。と、聞かされていた。

 大助とお爺さんは、美代子の様子を見てビックリして、暫く無言でいたが、お爺さんが
 「美代子。なにも泣くことは無いじゃないか」
 「いまは、まだ、大助君が自分の考えを正直に話してくれただけで、万事、大助君が卒業したあとのことなんだし・・。しょうのない娘だ」
と泣き止める様に話すと、彼女はお絞りで顔を拭きながら、お爺さんに向かって
  「お爺さんには、若い娘の気持ちがわからないのよ」  
  「涙が勝手に出るんですもの仕方ないゎ」
  「わたしにとっては、形式的なことは、どうでもいいの」 
  「わたし、永い間、耐えに耐えてヤットこの瞬間、大助君の コンヤクシャニ なったのょ。嬉しくて胸が張り裂けそうだゎ」
と、彼女の何時もの癖で、お爺さんに甘えて無理に抗弁していた。 
 お爺さんは、途端に強気になった彼女に呆れて
 「大事なところで大泣きしよって、ワシを驚かせ困った娘だ。その癖はなんとかならんか。この内弁慶が・・」
 「婚約者なんて勝手に決めよって、それは両家で約束を交わした後のことで、一人前の女になったら言うことだ。まだ、話の段階だっ!」
 と小言を言ったら、彼女は
 「アラッ わたし只今から大助君のイイナズケとして恥ずかしくない生き方をしますわ」
 「今後はお見合い等一切お断りいたしますので、パパにもよく話しておいてくださいね」
 「私の人生を勝手に決めるなんて人間らしくなく、この前の様な大騒ぎはコりゴリしたわ」
と口答えしたので、お爺さんはそれから先は言わぬが花と黙ってしまい、間をおいて大助に向かいニコット笑みを浮かべて
 「部屋の中が、春日和になったと思ったら、急に氷柱を建てたようにひんやりしたりして、この娘にはウッカリものが言えないわ。全く・・」
と愚痴を零していたが、彼女は大助の話を聞くまで深刻な表情していたのとは一変して、普段の彼女に戻り、お爺さんの愚痴を無視して素知らぬ顔をして、機を見計らってキッチンに行きキャサリンに話しの内容を報告し、用意してくれている料理を見て座敷に運ぶや、大助が
 「ご馳走が沢山あるなぁ。僕、思っていることを全て話たら急にお腹が空いてしまったわ」
と催促すると、お爺さんも「そうだよなぁ~」と、あいずちを打ったので、彼女は素早く慣れぬ手付きでキャサリンの心のこもった料理を皿に盛り付けた。
 彼女は、二人が御飯を勢よく美味しそうに食べている姿を見ていて、大助君も思いきって話して、お腹が空いたのかしらと思うと、彼の此処一番での男らしい神経の太さが一層頼もしく思えた。

 お昼御飯を食べ終えると、お爺さんは座敷の梁に飾ってあった額縁入りの一枚の写真をはずして、大助に
 「これは、昨年の初夏に、あの暴れん坊の寅太達が飯豊山に登山した時に撮ったものだが、この紫色の小さい花は”イイテ ゛リンドウ”といって、この飯豊山の頂上にしか咲かない高山植物で非常に珍しい花なんだよ」
 「お土産代わりと言ってはなんだが、記念に差し上げるから、勉強や鍛錬で疲れた時に眺めて、この地を想い出してくれ給え」
と言って差出し、そのあと美代子が大事そうに柔らかいビニールの包装紙にくるんで風呂敷に包んでいた。
 お爺さんはその仕草を見ていて、美代子も普段と違い扱いを丁寧に心がけていることに、少しは自分の気持ちを理解しているようだと思い心が安らいだ。

お爺さんは、考えていたことの全てを話した安堵感から
 「外は風もなく暖かいので、河のほとりにある、公園のボタン畑を散歩して来るがいいよ」
 「今が盛りで、この町の名物にもなっているんだよ」「節子さんにも挨拶してなぁ」
と言ってくれたので、彼も、もう、この街を訪れることもないと思い、この間まで、自宅に下宿していた美容師の理恵子さんにも会って行きたいな。と思い、服を着て出掛け様と玄関に出ると、美代子が、長い髪をターバンで止めて、白いワイシャツに水色のカーデガンを着て黒いスカートで身支度してサンダルを履いて、いかにも大学生らしい清楚な姿で玄関先でキャサリンと並んで立っており
 「わたしも連れて行ってぇ~」
と甘えた声で言うので、彼が
 「いいけれども、顔に涙の跡がついているんでないかい?」
と冗談を言うと、彼女は
 「なに言っているのよ、ちゃんと洗って薄く化粧をしてきたわ」
と言って、彼の靴を揃えていた。

 街の中央を流れる河までは、診療所から緩い下り勾配の坂道の先にあり、道脇の歩道を並んで歩いて行ったが、家並みの途切れたところに来ると、彼女は彼の腕に手を絡めてきたので、彼は
 「裏山と違い、人通りがあるので、恥ずかしいから離してくれよ」
と言うと、彼女は
 「わたし、平気よ。ダッテ コンヤクシャ ナノヨ」
と、チラット彼の横顔を見て耳元で囁き、行き交う人に恥らうこともなく、澄ました顔で軽く会釈を交わしていた。

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山と河にて (11)

2023年09月06日 02時41分32秒 | Weblog

 老医師は苦渋の思いで大助に対し家庭内の話しをした日の夜。
 京都から帰る途中で夫の正雄を新潟に残して一人で帰宅したキャサリンに対し、昨日、家庭内の事情をある程度大助に説明したことを話したところ、キャサリンから予想もしないことを告白された。

 キャサリンが、今迄に見せたこともない悲しい顔で語るには
 
 『 昨年夏頃から、日々の暮らしの中で、なにかにつけ、夫の正雄の態度が冷たく感じる様になり、はしたない話で口にもしたくありませんが、この際、私達夫婦の関係について本当のことを知っていただくために、敢えてお話いたしますが・・。
  夫とは日常の会話も少なく味気ないもので、夜の生活も一方的に自分の性欲を満たすだけの、しかも、屈序的な体位を要求し、こばむと力ずくで半ば暴力的に無理やりsexを求める様に変化してきたので、どうしたのかしら、若しかして私達の愛情が薄れ、率直な表現で済みませんが、わたしの身体に飽きて愛人でも出来たのかしら。と、思いこむ日々が続いております。
 いけないことかも知れませんが、或る日、グンゼの下着に白い木綿の糸を気ずかれないようにチョコッと刺繍して着せておいたところ、度々、刺繍のない同じグンゼの下着を着てくることがあり、わたしは、これを見たとき以来、彼に対する信頼と尊敬の念、それに愛情も次第に薄れてきて、互いに日常の仕事や暮らし等の会話も事務的になり、温もりのない味気ない生活になり、ただ、彼の求めに身体を任せるだけの、心と体がバラバラな生活となって仕舞いました。  
 それ以後は、只管、美代子の卒業のみを楽しみに、仮面夫婦として忍従の日々を過ごしておりました。
 幸い美代子が、ミッションスクールを卒業した今では、彼が私に愛想を尽かし、何時、離婚を申し渡されても、それを受け入れる覚悟が出来ております。
 お爺様には大変申し訳ございませんが、もうこれ以上忍従の生活を続けることは精神的にとてもできません。
 節子さんにも相談いたしましたが、答えが見いだせないのです。
 できれば邦<英国>に帰させて戴き、老いた母親のお世話をしながら、美代子の実父である愛しき人の墓守をして、人生をやり直したいとも考えております』

 と、涙ながらに聞かされた。 
 老医師は、正雄の度重なる外泊と二人の会話の少ない生活等から薄々と冷え切った様な関係を感じていたが、キャサリンの告白を聞いて、この夫婦が完全に修復し難い破滅の道を辿っていると悟った。
 老医師は、その夜床に入ると、これを契機に、己のよる歳並みとあわせ、かねてより考えていた診療所の閉鎖と併せ、キャリンと美代子をイギリスに帰すべきか、今後の生活どうするかを真剣に考えた。

 翌朝、お爺さんは、昨夜熟考の末覚悟した結末をキャサリンに話して、彼女の了解を得たあと、朝食後、大助と美代子に対し、改めて昨日の話の続きを、一層、精魂をこめて話を続けた。
 キャサリンは、大助と美代子の普段の交際振りから、また、お爺さんの覚悟を知らされたことから、話しの結末をおおよそ察して、家庭内のことをさらけ出される恥ずかしさから、同席しない方が話がスムースに話が運ぶと考えて、大助に対し
 「美代子をどうぞ宜しくお願いいたしますね。貴方なら私も何の心配もなく安心してお任せ出来ますわ」
 「今後ことについては、全てを本人とお爺様にお任せしておりますので・・」
と丁寧に挨拶すると座をはずして、調剤室で看護師の朋子さんから、きのうの二人の様子を聞き安心し、キッチンに行き昼食の準備に勤しんだ。

 お爺さんは、さして緊張した顔もせず、普段の口調で
 
 『 ところで、大助君。昨日も話した通り、君もある程度察しがついたと思うが、所謂、世間で言うところの、家庭崩壊じゃ。 外見上は平穏に見えるこの家庭も、悲しいことに、一皮剥ければ、あっけなく崩れてしまった。
 般若心経で言うところの”色即是空”で、因縁で形成されている万物は実態がないもので、形あるものは、いずれ消滅して無となり、全てのものは仮の姿で存在するだけであり、思えば誠に自然の理だな。 
 神社に祀る神様のことを、権現と言うとおり、宗教上、この場合の権は仮と同義語だよ。
 また、歴史的にも、強大な軍事国家旧ソ連が、常食のジャガイモのスープを国民が満足に与えられないと言った経済破綻から消滅した様に、古今東西、栄枯盛衰は世の習いだ。
 家庭内の諸問題についても、社会や個人の価値観の変遷に伴い、同じことが言えると思う。
 人様がどの様に言おうとも、ワシは生涯をかけて信仰してきた仏教の教えから現実を見つめて、この様に観念した。諦めと違い諦観だなぁ』

 『この診療所も、ワシが英国から帰国し東京の勤務医をえて、故郷に恩返しするつもりで開業したが、家庭が崩壊した以上、ワシは引退する予定だ。 
 いずれは、市や県の意見を聞いて、正雄が継続するか他人様が継承する様になるかは、これからの問題として、ワシは売却処分する腹で、ワシ名義の動産・不動産売却で得る資金は、全てキャサリンと美代子の生活や教育資金に当てる考えだ。
 そうすることによって、ワシが先見の思慮もなく作り上げた、この家庭の崩壊に対する責任を果たす覚悟だ。
 帰国後、仕事の忙しさにかまけ、家庭内のことに目配りせず、成り行きに任せ、正雄とキャサリンを一緒にさせたことが、ボタンのかけ違いで誤りとなり、今日、その因果が結果として現れたのじゃ』

 『そこで、大助君! 君が勉学に勤しんでもらうために、美代子が周囲にいたのでは気が散り、君の為にもならんし、また、母子別々では可哀想なので、キャサリンと二人で英国に移住させることにした。
 キャサリンの母親も年老いて、この際、介護を必要としており、また、美代子も英国で大学に入り直し、例え一人でも生きられる様に腕に職をつけられる、好きな学部で勉強させるつもりだ。
 ワシのこの考えには、勿論キャサリンも同意し亡妻のダイアナも草葉の影からきっと喜んで賛成してくれると思う』

 『まぁ~ 君と美代子の恋愛は何処まで進展しているのか詳しいことは判らんが、傍目には好ましく見え、恋仲を裂くと言うことは残酷に思うかも知れんが、今はイギリスなんて一昼夜で行き来でき、盆と正月の休みを利用して会える時代で、耐えることも大事な人生勉強だ。
 ワシも若い時、俘虜として帰国など絶望的な環境の中で懸命に生きてきた。
 今度こそ、正雄やキャサリンと違い、ワシも熟慮を重ねて決断したので、君達も今迄通り、ワシの真意を理解して、それぞれの道を悔やまぬ様に、輝いて歩んでくれ給え』

と話して同意を求めたあと、つい口を滑らせて
 
 『大助君も立派な体格をしており、時には、若さに任せて、有り余る精を発散さえることが、例えあったとしても、”精力善用”で、のめり込まないことだな。 
 終戦時。わが国最後の陸軍大臣となり敗戦の責任をとり自決した阿南陸軍大将は、”一穴大臣”として妻以外に手を出すことなく有名であったが、いまでは、不倫は美徳とか言って有名になった俳優さんもおるが、医学的にも健康な男子なら、一度や二度は男の勲章だよ。
 ましてや、今時は昔と違い、姦通罪もなくなり、男女平等をはき違えて貞操の価値観が薄れ、売春防止法のないベルリンでは、大学の女子学生の中で高額な学費念出のため売春しているとのニュウスを耳にする御時勢だわなぁ~』

 と、苦渋の胸のうちを話した安堵感と緊張気味の大助の心を和らげる思いから、勢い余って話が脱線するや、美代子は顔面蒼白となり涙声で首を横に何度も振りながら、お爺さんの腕を思いっきり叩いて、抓りあげ
  「お爺さんっ! 私達、真面目に聞いているのに、なんて、とんでもないことを大助君に話すの」
  「わたし、その様な猥らなことは絶対にイヤだわ」
  「大助君が、そんなことをするのをお認めになるなら、わたし、一人になっても東京で職を探して生活するわ」
と、声に怒りをこめてヒステリックに言って話を遮ってしまった。 
 大助は、それまで、神妙な面持ちで、腕組みして聞いていたが、突然、彼女が胡坐をしていた大助の足先を横崩しにしていた足先で突っき、不安そうな目で彼を見つめて、早く自分の考えを話してよ。と言わんばかりの硬直した表情をしたので、彼はハットして美代子の顔を見て動揺していることを察知するや、明確な考えも浮かばないまま正座に座り直して姿勢を正し、はっきりとした口調で
  「お爺さん、お話の趣旨はよく判りました。僕の存在が原因になっていると思いますが大変な御迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
  「事情はよく理解できましたが、心の整理をするためにも少し時間を下さい」
と、畳みに両手をついて頭をさげた。
 美代子は、彼の落ち着いた態度と返事に、この先どうなうかは判らないが、なんとなく彼の信念はゆるぎないないもと思い、それ以上話すこともなく必死に気持ちを静めていた。
 
 

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山と河にて (10)

2023年09月03日 03時08分41秒 | Weblog

 大助と、お爺さんが談笑していたとき、大きな笑い声に誘われる様に、賄いの小母さんが
 「先程、寅太君が山から採ったばかりだが、大助君に食べさせてくれと言って、ヤマウドを持って来てくれたわ」
と、胡麻和えした葉と素切りしたウドを皿に乗せて味噌と一緒に運んで来た。 
 お爺さんは、それを見て、益々、上機嫌になり顔をくしゃくしゃにして、彼に
 「これは、山菜の王者だ!。 天然ものは香りが強いが凄く旨いんだよ」
と言って彼に薦めた。
 美代子は、彼がお爺さんに調子を合わせてビールを呑んでいて、必死に頼んだ肝心なことを言い忘れてしまわないかと、一寸、心配になったが、二人が愉快そうに笑って話している様子を見ていて、まるで、実の祖父と男の孫のようで、和やかな雰囲気が羨ましくもあり、とっても嬉しかった。

 彼が、洋上でのカッター訓練で尻の皮が剥けるほど先輩から厳しい指導を受けていると話すと、お爺さんも
 「ワシも軍医に成り立てのころ、自分より若い士官に同じ様にしごかれたわ。痛かったなぁ」
と渋い顔をして、その当時のことを想いだしてか感慨深げに笑って話し、美代子に
 「美代っ!徳利が空になってしまったわ、お酒を持ってきてくれ」
と言い付けたので、彼女は二人の尽きぬ話と飲酒で、彼が酔ってしまっては大変だと思って、痺れを切らして
  「お爺様、随分、楽しんでおられますが、大切なお話の方は、どうなさいますの」
と言うと、お爺さんは彼女の顔をジーット見つめていたが、途端に何時もの謹厳な顔つきになり
  「わかっとる! 男が重大な決意を話す前に、精神を高揚させているのじゃ」
と、彼女にお酒に酔った言い訳みたいな理解しがたいことを言ったあと、着物の襟を整え座り直して姿勢を正し、テーブルに両腕を開いて拳をつき、彼に改めて軽く会釈したので、彼もお爺さんの改まった態度を見て慌てて座り直して、お爺さんに会釈を返すと、お爺さんは、
  「大助君、実は、君と不肖な孫娘の美代子のために、”玄冬期”のワシが恥を忍んで、是非、君に話しておきたいことがあるんじゃ」
  「話に不愉快を覚えることがあるかも知れんが、ワシの人生最後の願望なので、我慢して聞いて欲しいんだ」
  「美代子も、途中で泣きっ面をしないよう心を引き締めて、真面目に聞くんだよ」
  「そして、この話は当分の間、そうだな、4年間位は、絶対に他言無用で君の胸に仕舞いこんでおいて欲しい、決して正雄は勿論君の両親にも話さないでくれ。頼んだよ」
と前置きしたあと、お爺さんは穏やかな顔に戻り、胡坐をかいて語り始めた。

 お爺さんは、静かな語り口で、美代子を巡る家庭内の事情について、彼に対し話した内容は

 『 実は、美代子は息子の正雄医師の実子でなく、母親のキャサリンが恋人の胤を宿した直後、美代子の実父であるその恋人が、イラク戦争でイギリス空軍のパイロットとしてイラクに派遣された際、不幸にも味方の誤射で戦死してしまったんだ。 
 当時、ワシはロンドンで外科医として勤務し、周囲の人の勧めで、ワシの助手をしていた亡妻のダイアナと結婚して過ごしていたが、キャサリンの母親がダイアナの妹であり、相談の結果、ワシが日本に帰国するに際し、ダイアナの強い意志でキャサリンを連れて帰国した。 その後、同じ屋根の下に住む息子の正雄とキャサリが結婚して間もなく美代子が生まれ、ダイアナが一生懸命に育てた。 
 やがて、美代子を正雄の養子として入籍し、暫く東京におったが、故あってワシの故郷であるこの飯豊の街に移り、今日に至っているんだよ。
 従って、当然のことながら従兄妹同士の結婚なので遺伝の関係もあり正雄には子供が無いのだ。
 まぁ、外から見れば診療所を営み、庭も広く生活も豊かに見えるかもしれんが、正雄はワシに似て我が強く、一方キャサリンは心に生涯の傷を負っているためか、正雄に自分の意見をはっきりと言へず、唯一、山上君の妻君である看護師の節子さんに対し悩みを相談して、美代子の成長だけを楽しみに過ごしているが、最近、診療所の跡継ぎを巡り正雄とキャサリンの意見が異なるらしく、家庭内が何かと冷たい雰囲気が漂っていて、ワシもこの歳になり診療所や美代子のことで毎日悩みぬいているんだ。
 なにしろ美代子については、ワシと妻のダイアナが全ての責任を負うと母親のキャサリンの親族に啖呵を切って連れてきた責任があるからなぁ。』

  『ところが、君もわかる通り、美代子も東京のミッションスクールを卒業して、正雄の強い考えで地元の大学に進学したが、まもなく、正雄が自分の弟子である研修医を、この診療所の跡継ぎをとの考えから、美代子やキャサリンに詳しい説明もなく招待して勝手に見合いさせたが、このことから、予想もしなかった問題が起きてしまった。
  それは、正雄の熱心な経営方針は、それなりに理解出来るが、余りにも自己中心主義で、当事者の意見を無視したことが原因なのだ。』
  
  『もう少し詳しい話をすると、ワシのうがった見方かも知れんが
 相手の青年も美代子を見て俗に言う一目ぼれと、青年の両親も美代子と結婚させれば、いずれは診療所の経営者となれると安易に考えたことも、見合いの理由だと思うんだ。 
 見合い直後、青年が高級車に乗って美代子に遊びに行こうと誘いに来て、正雄の言いつけで、美代子も気も進まないままイヤイヤながらドライブに出かけたが、出先の海浜の岩陰で、美代子に抱きつき強引に接吻をしようとしたらしく、美代子は拒否して猛烈に抗議し、相手の頬を平手打ちして、大声で悲鳴を上げたところ、付近で網の修理をしていた漁師の若衆が悲鳴を聞いて驚き駆けつけて、美代子から事情を聞いたあと問答無用で彼を殴りつけ、携帯で110番したためにパトカーがやって来て、簡単に事情聴取後、美代子はパトカーで近くの駅まで送ってもらいタクシーで帰宅してしまったことがあったんだ。』

 『その晩方のことだが、美代子は帰宅後、なにも話さなかったことから、家族が何時もの様に夕食の食卓についたが、その最中に、青年の親御さんからの抗議の電話を正雄が聞いて食卓に戻るや、美代子に対し
 「美代子ッ! とんでもない恥をかかせたな」「一体、あの青年をどう思っているんだ」
と怒鳴って聞きただしたので、美代子は落ち着いた態度で
 「特別な感想なんてないわ、あの痩せて青白く、目ばかりギョロギョロしている人は、わたし、だいッ嫌い」
 「もう、二度と家に寄せないで。わたし、彼と婚約する気持ちなんて更々ないわ」
と返事をしたところ、正雄が
 「生意気言うなっ!」「診療所と、お前の将来を考えてしてやったことだ」
と言うや、いきなり美代子の頬に強烈なビンタを加えたので、美代子は
 「お父さんのバカッ!」「母さんや、わたしの考えも聞かずに勝手に仕組んでおいて・・」
 「わたし、お人形ではないわ」
と叫んで蹲ってしまい、驚いたキャサリンが夫に抱きついて泣きながら
 「お父さん、許してやってください」
 「美代子は彼女なりに考えもあることだし・・」
と懸命になだめたが、正雄は興奮して、なおも、美代子に殴りかかろうとしたので、ワシが見かねて正雄に対し
 「医師でもある父親がみっともないことをするなっ!」「ワシにも考えがあるわ」
と怒りつけて、その場を治めたが、正雄は泣き崩れるキャサリンに
 「君の教育が悪いから、こんな我侭な子供になってしまったんだ」
 「君は、今夜から、別の部屋で寝ろっ!」「君には、愛情なんか全然感じて無いよ」
と、冷たい言葉を浴びせて寝室に行ってしまい、その数日後、家を出てしまった。
 詳しいことは判らないし、また、知りたくもないが、どうも大学に愛人が居るらしいんだ。』

 『まぁ、ざっと話すと誠に情けない家庭崩壊の実情で、大助君には直接関係のないことかも知れんが、美代子の気持ちを察すれば、君達の楽しそうな交際をみていて、ワシなりに二人の相性は抜群で、若い君に言うのも失礼だが、ワシの人生最後の願いで不肖の美代子を将来嫁に貰って欲しいんだ。
 君の家庭の事情もあるだろうし、答えを急ぐ訳ではないが・・。
 場合によっては診療所もたたんで、その資金を君と美代子に託しても構わんと覚悟をしているんだよ。』

 そこまで話した途端、美代子は自分の出自と想像以上に家庭の内情が崩壊していることを知り、感極まって大声を上げて泣き出したので、お爺さんと大助は驚いて話をやめてしまった。
  大助も美代子のヒステリックな態度に驚き、反射的に彼女を抱き寄せ
 「君だけでないよ、人は誰しも皆心に悩みを抱えて生きているんだよ」「僕にしても同様だよ」
 「けれども、君と僕も、互いに信頼して揺ぎ無い信念で、目的意識を持って忍耐強く努力して過ごして行けば、必ず、僕達にも幸せが訪れると僕は確信しているよ」
 「僕の言ってることを判ってくれるだろう」「今迄通り、二人で頑張ろうよ」
と、冷静に話しかけると、彼女も大きく頷き彼の両手を握りやっと泣き止んだ。

 そのあと、大助はお爺さんに向かい自分の考えを話そうとしたら、お爺さんは右手の掌をあげて遮り
 「大助君、あとの話はキャサリンが明日帰って来るので、彼女もまじえて明日話すことにしたいが・・」
 「美代子の興奮振りは尋常でなく、ワシも話をする気力が萎えてしまったわ」
と言ったあと
 「いやぁ。恥を忍んで思うことの全てを話したら、精神的に疲れたわ。寝室で横になりたいので、あとは、二人で好きな様にして過ごし、君も折角の休日を楽しんで行ってくれないか」
と言ってテーブルに目を落とし、静かな口調で
 「美代っ!。大学生なんだから、我儘を慎み落ち度のないように、大助君のお世話をしてあげるんだよ」
 「機会があったら、全ての事情を知っている節子さんに、キャサリンが歩んできた若き日の話を聞くがよい。必ずお手本になるよ」
 「キャサリンも、耐え忍んで信念を貫き、今の生活を築いたが、実に素晴らしい女の生き方だと、常日頃、ワシは感心しているわ」
と、孫娘を優しく諭す様に告げると部屋を立ち去った。
 大助は、お爺さんの後ろ姿を見て、何時も見ている頑固で老齢だが勇ましい面影が消え伏せて寂しい影を漂わせている様に見えた。

 

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山と河にて (9)

2023年09月01日 03時18分47秒 | Weblog

 大助は、風呂場から逃げるようにして居間に戻ると、お爺さんは新聞を見ていたが、彼の顔を見るや
 「おやっ!早かったね」「また、美代が悪ふざけでもしたのかね」
と苦笑して言ったので、彼は額の汗を拭きながら
 「いやぁ~、突然、美代ちゃんが飛び込んできたので、僕、魂消てしまったよ」
と返事をして、浴場での出来事を正直に話そうとすると、美代子が浴衣姿で冷えたジュースを持ってきて、彼の話を途中から聞き、彼を睨めつけるようにして
 「余計なことを、喋らないのっ!」
と話を遮ったところ、お爺さんは追い討ちをかける様に
 「大助君、美代は恥ずかしがらずに、君の背中を流したかね」
と言ったあと
 「ワシが言いつけたんだが、迷惑だったかな」
 「もう、二人とも子供でなく、中学・高校と長い間、仲良く交際しているので、ワシは構わんと思うがな」
と、からかうように悪戯ぽく言って、眉毛を八の字にして目を細めて笑っていた。
 美代子は、我が意を得たりとばかりに、風呂場での愛くるしい顔とうって変わって急に大人っぽい顔で
 「ほれ、みなさい。お爺さんは、私達のことを、ちゃんと理解してくれているのよ」
と澄ました顔で言って大助を見てニコット微笑んだ。

 お爺さんは立ち上がると
 「ワシは、着替えをしてから行くから、君達、そのままでいいから、先に座敷に行っていなさい」
と言って居間を立ち去り、大助が座敷に行こうと立ち上がったら、美代子が彼の浴衣の帯を引張って、今度は深刻な顔つきで
  「大ちゃん、お願いがあるの」 「お爺さんが、色々と家庭内のことをお話をするけれど、気にしないでね」
  「間合いをみて合図をするから、そうしたら、ここが大事なところなので、貴方も覚悟決めて思いきってお爺さんに答えてよ」
と言い放つと、怪訝な顔をしている大助に対し言葉に力を込めて
  「それは、お爺さんに対し、将来、美代子を僕のお嫁さんに下さい。と、はっきり言ってねっ!」
と、頼んでいるのか強要しているのか、瞳を光らせて「判ったわね」と念を押して話したので、彼は思いもかけない彼女の求に驚いてしまい
  「美代ちゃん、そんな大事なことを急に言われても、母や姉にも相談していないし、 それに、僕達にとって長い先の遠い話なのでとっても無理だよ」
と、困惑した表情で答えると、彼女は一変して悲しそうに表情を曇らせて、今度は哀願する様に
  「お爺さんのお話を聞けば、わたしが、今、人生の岐路に立たされていることが判るわ」
  「どうしても、助けて欲しいの」「わたしの言うことを聞いてくれなければ、わたし、死んでしまうかもよ」
と、必死に頼むので、彼はいまにも泣き出しそうな彼女の肩に両手を乗せて、諭すような口調で優しく
  「美代ちゃん!、僕も、大学卒業後、自活できる様になったら、君と一緒になりたいと母や姉を説得して、お爺さんに対し正式にお願いしたいと考えているんだよ」
  「この考えは、嘘やその場かぎりの偽りで無く、僕の正直な気持ちであることは、美代ちゃんも普段の突き合いから判ってくれていると思うんだけど・・」
  「今日のところは、お話をよく聞いて、自信を持って答えられる日が来たら、必ず、君の期待に添える返事をするから、僕の立場も考えて欲しいわ」
  「僕だって、必ずその日が訪れることを心から望んで頑張っているんだょ」
と答えると、彼女は、目から大粒な涙を流して、両手の掌で顔を覆い隠して
  「大ちゃん、有難う!、嬉しいわ。わたし、どんなに永くなっても待つわ。けれども、お爺さんも、その言葉を聴きたがっているし、貴方に、わたしとお爺さんの運命がかかっているのよ」
  「だからこそ、両親が留守のときを選んで、わざわざ、来ていただいたのよ」
と、真剣な眼差しで、何時もの前向きな彼女に戻り、自分の意志を貫く力に漲った彼女に甦った。
 大助にしてみれば、これは、想像してきた以上に大変なことになったと思いつつも、将来は将来として、彼女が好きであることには変わりがないので。と、思案しているとき、お爺さんが
 「はよう、来なさい。何をぐずぐずしているんかね」
と、呼ぶ声がしたので、彼は彼女に対し
  「君の話は承知したよ。それにしても顔を拭いて来てくれよ」 
  「僕が、意地悪して泣かせたみたいで、嫌だから・・」
と言って、重苦しい不安な気分で座敷に向かった。

 大助が、座敷に顔を出すと、お爺さんが自分と対面する席を指図したので、丁寧に一礼して座ると、美代子も入ってきてテーブルの隅に座った。 
 お爺さんは、上品な着物に羽織を羽織っており、大助に
 「また、美代子にゴチャゴチャ言われていたのかね」
と言ったあと、美代子の顔を見て
 「何だ、お前のために大事な話をしようとしているときに、そんな情けない泣きっ面をして」
 「そんなことで、これからの山あり谷ありの困難な人生を、一人前に生きていけるかね」
 「大助君のお荷物になってしまうんでないか」
 「普段はワシに文句ばかりつけるお転婆なのに、いざとなったら・・」
と、美代子の泣きはらした顔をみて、自分も張り切っていた自信が萎えそうになったが、そこは百戦錬磨のお爺さんらしく、眉毛を逆立てて我が意を奮い立たせて厳しく諭した。
 彼女は俯いてタオルで顔を半分覆い、小声で
 「違うわ。お爺さんに関係ないことなので・・」
と精一杯虚勢を張って返事をしていた。

 お爺さんは、少し間を取って気分を直すと
 「さぁ さぁ~ 大助君の希望通り、仕出し屋に上等な魚料理を用意させておいたので、鬼のいぬ間に何とかやらで、遠慮なく食べてくださいよ」
 「まだ、未成年者で、一寸、気が咎めるが、まぁ~、飲んでも飲まなくてもいいから、一献ビールを注がせてくれ」
 「一人で飲んでも旨くないからなぁ~」
と言いつつ、彼女が遠慮気味に差し出したコップを受け取るとビールを注いでくれたので、彼もお爺さんの杯にお酒を恭しくついだ。
 美代子は、赤ワインを用意していたが、彼は大学のコンパで先輩の誘いでビールを飲んだことが度々あるので、お爺さんの相手をしながら、度胸を決め込んでビールの入ったコップを口にはこんだ。
 お爺さんは、彼の呑みっぷりを見ていて
 「ほぅ~、君も、なかなかいけるね。その体格に相応しく飲みっぷりがいいわ」
と嬉しそうにして手酌で呑みながら、彼の防大での規則と時間に追われる厳しい日課を感心しながら聞いていたが、お爺さんは、彼の若者らしい快活な話に誘いこまれて、自分の若き日の軍隊生活を重ねて想いだしてか、興味深そうに聞いていては、時々、二人が愉快そうに談笑しときには手を打って大声で笑っていた。
 二人の様子を見ていて美代子も自然と心が和らいだ。
 

  

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