日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影(30)

2024年06月26日 04時36分08秒 | Weblog

 理恵子は、母の胸元をかきむしる様に散々泣き明かした後、節子から
 「あなたも、高校生でしょう。もう、泣くのはいい加減にして、理由をきちんと話してごらんなさい」
と諭されるや、泣くのを止めて嗚咽混じりにボソボソと断片的に、同級生の奈津子と江梨子からクラス会のの模様について、同級生が忠告の意味で自分に対し、織田君と葉子さんの二人が、來春から東京の同じ大学に進学すれば必然的に親密になる。と、話あっていたことを知らされてショックを受けた。と、しどろもどろに話した。
 節子は少し考えこんだあと、理恵子に対し厳しい顔つきで、自分が経験したことを頭に描きながら
 「あのねぇ。 もう20年くらい前のことだけど、当時、自宅に下宿して教師をしていた、お父さんといずれ近いうちに結婚することになるのかなぁ。と、勝手に思い込み、そうなったときの楽しい夢を見て、その様になれば嬉しいなぁ。と秘かに思っていたわ。
 ところがお父さんが転勤するとゆうことで、その夢もあっけなく砕けてしまい、それからは付近の山や川を見るのも嫌になり、その思いを断ち切ることを心に誓い、東京の看護師学校に行くことにしたのよ。
 それから10数年を過ぎて、偶然にも貴女の亡くなられたお母さんの紹介で、お父さんさんと一緒になることができたが、女の一生には男の人とは別に、嬉しいことよりも悲しい出来事のほうが沢山あるのものなのよ」
と、自分自身の歩んできた人生を簡潔に話しをして
 
 「理恵ちゃんにも、これから思いもつかない悲しく辛いことが起きると思うけれど、それを乗り越えることで、大人の知恵がつき精神的に成長するものなのよ」
と、勇気ずけて、更に

 「母さんは、織田君は女性に対して、そんなにフラフラと気持ちを変える人とは思えないわ」
 「やはり、野球で鍛えた精神的な逞しさと、母親の仕事を助けているためか、自分の生活を見つめる厳しさがあると思うわ」 
 「だからこそ、家に来たときは大事にしてあげているのよ。 母さんの気持ちを判ってくれるはね」
と話すと、理恵子は納得したのか、少し元気を取り戻し「母さん 有難う」と泣きはらした顔をタオルで拭いて、鏡台を覗き込んだあと、再び節子さんの側に座り手を強く握りしめたので、節子は諭すように
 「勝手な思い込みで悩んだり、急いで無理な交際は禁物よ」
 「その道理をきちんとわきまえておくことね」
 「そのためにも、自分の心も身体も大切にする様に普段から心がけるのよ」 
と話し終えると、看護師らしくバックから安定剤のリーゼを1錠渡した。 
 節子は自室に入ると、先に床に横たわっていた健太郎の側に添い寝して、理恵子との会話を簡単に話すと、彼は
 「いや~ 大変だったね。 御苦労さん。 年頃の娘は心理的に難しいね。学校教育の範囲を超えているからなぁ」
と呟き、その労をねぎらうや、節子は彼の腕を軽く抓り
 「実の親子でなくても、理恵ちゃんの気持ちは痛いように判るわ」
 「私も、あの年代の頃、貴方に散々泣かされたので・・」
 「ねぇ~ あなた、そのときのことを覚えていらっしゃる」
 「あのとき、わたし、自分で勝手に夢を見ていたのかも知れないが、それまでのことを全て忘れるために、親の反対を押し切り東京に出る決心をしたのよ」
 
と、これまでに何度か話したことをむし返して話を続けると、彼は
 「もう その話はやめてくれ給え」「君もわかる通り、今とは時代も違い、それにお互いに若すぎて意思の疎通が欠けていたのが、ことの始まりで、今、こうして身体を接していられることに感謝しているよ」
と言うと、節子も
 「そうねぇ~、幸いに悪い夢でなくてよかったわ。貴方の心をくすぐる思いでいたずらを言ったまでよ」
と苦笑して話をやめてしまった。
 こんな他愛ない話を交すなかにも、彼等中年夫婦は互いに愛を確かめているのである。 

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蒼い影(29)

2024年06月23日 06時58分17秒 | Weblog

 クラス委員会のあった数日後。 理恵子が自宅で予習をしているところに、珍しく奈津子と同級生で同じ吹奏楽の部員である江梨子の二人が突然訪ねてきた。
 
 江梨子は、小柄で黒縁の眼鏡をかけているが、成績も上位で何しろ小才がきき、その愛くるしい喋りでクラスの人気者である。
 彼女は、奈津子の男勝りの積極的な性格とは似合わないが、何故か仲が良く、何時も一緒に行動していることが多い。

 めったに訪ねてきたことがない二人の来訪で、理恵子は、また、劇の話かと思い、一寸、うんざりした気持ちになったが、それでも親しい奈津子なので平静を装って
 「あらっ! 珍しいわね。 父母が留守ですが、どうぞ上がってください」
 「たいした、おやつも無いけれど・・」
と、内心落ち着かない気持ちで居間に案内した。

 二人は、理恵子の出した紅茶とケーキを口に運びながらも、落ち着いた雰囲気の広い居室や高い天井等を見ながら
 「理恵ちゃん 恵まれた生活をしているのね。羨ましいわ」
と、奈津子が一通り挨拶らしきことを話したあと、江梨子が遠慮がちに紅茶のスプーンをいじりながら理恵子の顔から目をそらす様にして、重い口調で
 
 「理恵ちゃん わたし達、理恵ちゃんに言うべきかどうか迷ったのですが、奈津ちゃんが理恵ちゃんと親友である以上、わたし達の聞いたことを貴女に正直に話したほうがいいわよ。と、言うことで、お邪魔したのですが・・」
と、話を切り出し、続けて奈津子が今度は理恵子の目を見つめながら
 
 「実は、先日のクラス会のあと、理恵ちゃんが教室を出たあと男子生徒達が盛んに、理恵ちゃんと織田君のことを、想像逞しく噂さ話しをしていて、一部の女子も混じりワヮワァ~と興味半分に騒いでいたので、江梨子と二人で
 「理恵ちゃんと織田君は、わたし達の知る限り皆さんが想像するほどの仲ではないわ。噂話は二人には迷惑この上ないのでやめていただきたいわ」
と、説明しておいたが、彼等は織田君のイケメンぶりと理恵子では攣り合いがとれず、理恵子が遊び相手にされているだけで、いつかは泣かされることになるよ、君等が親友なら理恵子に注意しておいたほうがいいぞ。と、まるで、わたし達の説明を無視するので、奈津子が思いあまってヒステリック気味に
 「あなた達 なんの根拠があってそんなことをおしゃるのですか?」
と、問いつめると、彼等は
 「そんなに聞きたいなら、言いたくないが・・」
と言いながら、いつもボスと皆から一目おかれているD君が男子生徒を代表して、もったいぶって
 
 「奈津子も江梨子も、本当はきずいているのに、理恵子の前で知らぬ振りをしているのではないのか」
と前置きして、おもむろに、いかにも確信ありげに
 「織田はなっ!葉子と来年東京の大学に進学するので、もし、二人とも合格したら、お互いに近くに住んで、生活相談や勉強の情報交換をすることを約束しているとのことだぞ」
 「そうなれば、葉子は秀才であるから、自然と織田は葉子を頼りに近つき、きっと恋愛に発展すると考えるのが火を見るより明らかだ」
 「我々は織田にやきもちを感じている訳ではないが、そうなったら理恵子が惨めだろう」
 「我々は、同級生としての思いやりから、それを心配しているのだ」
 「君達も、親友と言うのなら人ごとと思わず、理恵子が深い傷を受けないうちに助けてやれよ!」
と、自信たっぷりに話すので、奈津子は相手が先輩で確かに成績も良い葉子さんだけに、言われてみれば、或いはそんなこともありうるかもしれないと、なんだか反論する気持ちにもなれず、江梨子に相談したら
 「彼等の言うことにも一理あり、ここは勇気を出して理恵子に話しておいたほうが良いと思うわ。理恵子が悲しむかもしれないが、わたしには、理恵子が納得してくれれば、織田君が本当に葉子さんを好きで頼りにしているかどうか確かめる奇策があるわ」
と言うことで、前触れもなく来宅した目的を説明した。

 理恵子は、二人の話を聞いていて、呆然として零れ落ちそうな涙を精一杯こらえながらも、内心では、そう言えばこれまでにも、時々、織田君と葉子さんの間柄について悪い噂話しは聞いていたけれども、織田君の優しい態度にすっかり安心しきっていただけに、話を聞いたとたん心臓がドキドキ波打つ様に激しく動揺して、自分でも、いま、どうすればよいのか頭の中が真白くなり返事することもできなかったが、奈津子が
 「理恵子。人の噂さ話しで落ち込むことなんかないわ」
 「兎に角、江梨子さんと相談して真実を確かめるから、あなたは我慢して暫く普段通りにしていてね」
 「早急に確認方法を考えて、あなたに連絡するわ。わたし達を信頼して任せてくださいね」
と、言い残して帰って行った。

 理恵子は、その日の夕方は食事をする元気もなく、夕食時、両親から
 「理恵子 今晩はどうしたのだ」
と、声をかけられたが返事も出来ず、自室に閉じこもると、あとを追うように母親の節子が部屋に入って来て
 「学校でなにか嫌なことでもあったの?」
 「お母さんは、おおよその見当がつくが、いちいち何かあったからと言って、メソメソしていては、大人になれないわ」
と、傍らに寄り添って髪をなでてくれた。 理恵子は何も答えずに、節子の胸に顔をうずめて泣きじゃくってしまった。

 泣きながらも胸の中では「織田くん~」と名を呼べば、今にも、彼が飛んで来てくれる様な気持ちにもなり、うちひしがれた自分が一層悲しくなった。
 

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蒼い影(28)

2024年06月19日 03時15分28秒 | Weblog

 越後の北外れに位置する山里にも、例年になく11月14日に初雪が降った。 健太郎にとって、このようなことは、この地に長年生きていて珍しいことだ。 今では人も振り向かない熟した柿の実と雪の白さが好対象で清楚な風景をかもしだしてくれる。

 そんなある日の午後。 理恵子のクラス委員会が久しぶりに開催された。 1年3学級から選ばれた生徒で演じる劇の内容が論議され、劇中で主役がキスをする場面があり、他の演技論では静かに進行していたが、この話になった途端俄然騒々しくなり、普段でも強気で会議をリードする奈津子が
 「皆さん 真面目に考えてください」「小説や映画の世界では、わたしたちと同年齢の人達が極自然にしているでしょう」
 「あくまでも、劇中のこととはいえ、見る人に感動を与える様にするには、どの様に演技するか考えてください」
と、発言するや、女子生徒より少ない男子の中から
 「そんな場面はカットしろ。 大体風紀上よくない」「僕は嫌だよ!」
と、野球部でいかにも体育系の大柄で女子生徒に人気のあるAが意見を述べると
他の男子生徒も
 「俺もそんなの恥ずかしくて出来ないわ。 誰が主役か知らないが、指名されたヤツは可哀想だよ」
とAの意見に対して口々に賛同の意見を発言すると、いつもは吹奏楽部で3~4人で女子に囲まれ息を殺しているBが
 「大体、この生徒の中で本当にキスした者がいるのかい」
と、追いうち的に反対論を言うや、奈津子やほかの女子生徒が口々に
 「誠に最もらしい意見ですが、実際は違うでしょう」
 「きっと、大部分の男子生徒の皆さんは、程度の差こそあれ、経験がお有りでは無いでしょうか」
と、反対論に対し薄笑いをこめて反論すると、奈津子が冷静な語り口で
 「それは、劇中のことですので、唇が触れる程度で良いと思いますが」
 「この部分を除くと劇がなりたちませんので、賛成してください」
と、男子を設得すると、奈津子の真剣さに圧倒されてゴヤゴヤと言い合っていたが、Aが渋渋立ち上がり強い語気で男女を圧倒する様に
 「それなら、このクラスで最も背が高く、どちらかと言うと美人の部類に属すると思う、我々の眼で見て見栄えのする理恵子と、バスケット部のCを推薦したいと思いますが・・」
と、言うや、突差に理恵子が大きい声で
 「例え劇とはいえ、わたしは拒否します」
と反論して
 「わたしは、友愛、いや間違えました。 友人と恋人の区別が判りませんが、職業とする俳優さんとは異なり、自分の操は将来巡りあえるかも知れない大切な人のために守るのが女の最低限の義務だと思うし、また、自分の幸せに連なるものと考えるからです」
と、その理由を述べるや、またしても、教室中が騒然となり、中には
 「理屈は理解出来るが、織田君とは大丈夫なのか?」「色々噂は聞いているけど」
 「歌の台詞じゃないけれど、♪ 夢を信じちゃいけない。と、いった私が夢を見た。 なんてならない様に、同級生として心配しているよ」
と、ひょうきん者の男子が皮肉ぽく言うと、奈津子が
 「事実であろうがなかろうが、人を中傷することは謹んで下さい」
 「この問題は、後日、先生と相談のうえ、また、打ち合わせすることに致しましょう」
と、討論を打ち切りクラス会を閉じた。

 下校途中に奈津子が追いかけて来て
 「理恵ちゃん ごめんなさいね」
 「わたしの議事進行がまずく、不愉快な思いをさせて本当にすいませんでした」
と詫びるので、理恵子はクラスの中でも信頼している奈津子だけに、会議中の発言にショックを受けたが、そのときの心の中のモヤモヤを晴らすかのように
 「奈津子さん、わたしの方こそ貴女に御迷惑をかけて申し訳けないと思っております」
 「正直にお話しいたしますと、先週、家族と織田君の四人で山奥の温泉へ旅行に行きましたが、そのとき、散歩途中の釣り橋の上で橋が揺れるのが怖く、無意識のうちに織田君の胸にすがりつき、どちらからともなく、唇を寄せ合いましたわ」
 「織田君は黙ってわたしを抱きしめていましたが、わたしわ、膝から崩れ落ちそうに感動とゆうのかしら言葉で表現できない興奮を、まるで体中に電気が走った様に感じたわ」
 「今日の発言を聞いて、そのときのことが重なり、意識的に自己否定をする様なことを言って仕舞い、私こそ貴女にご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
と告白すると、奈津子は
 「わたしにも、理恵ちゃんと似たようなことがあったわ」
 「お互いに、その様なことは自分の胸に秘めておきましょうね。 そうすることが、相手の人に対する礼儀だし、また、私達の美しき暦となると思いますわ」
と、心が静まることを話してくれ、理恵子も奈津子の思いやりがとても嬉しく思えた。

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蒼い影(27)

2024年06月12日 03時39分03秒 | Weblog

 秋の気候は変わりやすい。 渓谷沿いの奥深い山里ではその変化が激しい。

 理恵ちゃんと織田君が、ポチを連れて宿から近い深い渓谷に架かる釣り橋の付近に散歩に行くと言うので、健太郎は「余り遅くならないうちに帰る様に」と注意して送り出した。

 彼等が出かけたあと、節子さんが
 「あなた 露天風呂に行かない。 今時分なら人もいないと思うし・・」
と誘うので、健太郎は
 「うぅ~ん、でも釣り帰りの人がいるかもしれないよ」
 「幾ら夫婦でも、僕は嫌だなぁ。大体、お腹に癌の手術痕もあるし、気がすすまないなぁ~」
と返事をして
 「どうしても君が入りたいと言うなら、貸切り風呂があいているかどうか聞いてくるよ」
と言うと、彼女は
 「切角、来たのですし、きっと夕闇の露天風呂はロマンチックと思うわ。ねぇ、入りましょうよ」
と切望するので、彼は「それなら女将に聞いてくるよ」と言って帳場に行き聞いたところ、女将さんは愛想よく「丁度、いま、あいたところだわ」と教えてくれたが、そのとき、女将さんが
 「そう言えば先生。最近、再婚なされたとのことですね」
 「亡くなられた奥さんは、温泉が好きで先生の釣りのお供をしては、よく来ておられましたが・・。新しい奥さんはどちらの方ですか」
と聞くので、そう言えば再婚以来初めて訪ねたことでもあり、また、渓流釣りにきたときお世話になることを考えると、ある程度話をしておいた方が都合が良いかなと思い、彼は再婚した経緯について

 秋田の生まれで、 実は僕が高校の教師として独身で下宿していた家の娘さんだよ。
  彼女の先輩が、わたしの近所で美容院を経営していて、私の一人生活を見かねて彼女を紹介してくれたのですが、正直、教え子でもあり、歳の開きもあるので最初は遠慮したのですが、互いに話し合ううちに、下宿当時、彼女の親御さんも、将来は、わたしを彼女の婿さんにと考えていたらしく、彼女もその気でいたところ、その後、転勤やらその他互いの人生に紆余曲折があり、彼女は東京に出て看護師になり、仕事に没頭して一人で過ごしていたいたところ、彼女の先輩が強く勧めてくれて、昨年の秋に結婚しましたわ。 
 ところが不幸なことに、その先輩が今年の春に癌で亡くなり、そのときの遺言で娘を養女にして育てて欲しいと希望したこと。それに、妻も先輩の子供さんでもあり、わたしたちの恩人でもあるので、是非そうしましょうと言うので、いまではわたしたちの大切な子供なのです
 ついでに言えば、男の子は娘の先輩で、家庭教師をしてもらっていますが、娘とは非常に仲が良く、私の見るところ、どうやら今のところ、娘の片思いとしか思われませんが・・。と、布団の配置を考慮して説明しておいた。

 健太郎が先に露店の岩風呂に入り、古ぼけた街灯のような薄明かりを通して冷えた月夜に、釣りに通う度に眺めていた夕闇に霞む山並みを懐かしく見ていたところ、いつの間にか入ってきた節子さんが、彼の左側に忍び寄る様に近付いてきて、髪の毛をタオルで巻き上げてつつんだあと、毎夜、彼女の癖である片足を彼の伸ばした足の上に重ねながら
 「あなた 本当に良い湯加減だわねぇ」
 「こうして、貴方と二人きりで温泉に入ることは、わたしの永い間の夢だったの。いま、こうしてあなたの腕にすがりついて、お湯にしたるなんて、本当に幸せで夢を見ている様だわ」
と、いかにも嬉しそうに呟いていたが、彼が湯を通して品良く見える乳房にそっと手を触れると、彼女は恥ずかしそうに「フフッ」と小さく声を発して、静かに私の手を乳房から離し
 「だめよ 珍しくも無いでしょうに・・」
と微笑みながら囁き、左肩に頬を添えて
 「ね~え 理恵ちゃんは本当に可愛いわね。本当にわたしが生んだようだわ」
と言うので、彼は
 「いや~ぁ 湯の中でかすかに見える君の乳房も可愛いよ」
と返事をすると、彼女は「話を交ぜ返さないで」と言いながら、タオルを前に当てながら立ちあがり、渓谷の流れの音のする湯船の端に歩きだした。 
 彼は首まで湯につかって妻とはいえ初めて見る、ぼんやりと灯る明かりに映りだされた湯気に霞む、白い背筋が通った裸体の後ろ姿が、まるで油絵で見るビーナスの様に彼の目に映り、これが我が妻かと疑う様な上品な艶やかさを感じさせた。

 色白の彼女が、長く湯にはいっていたためか、更衣室の蛍光灯の光に薄い桜色の肌をまぶしく照しながら浴衣を着て部屋に戻ると、理恵ちゃん達も早くに帰ったらしく
 「わたし達も、体が冷えていたので、今、お風呂で暖めてきたのよ」
 「お父さん達は長湯だわねぇ」「お二人で、具合でも悪くなったのかしらと心配していたのよ」
と、半ばあきれたように言いながらコーラを飲んでいた。
 健太郎は悪戯っぽく
 「あんたがたも、一緒に入ってきたのかねぇ?」
と、からかうと、理恵子は顔を赤らめて「まさかぁ~」とムキになって答えていた。 

 襖を挟んで、節子さんと理恵ちゃんが一緒に床を並べて寝ることにしたが、床の中で理恵ちゃんが小声で「釣り橋の途中で揺れが怖く、織田君にすがりついたら、織田君がわたしを抱きしめてくれたが、織田君の体温の暖かさがわたしの胸に伝わり感激して、思わずチョットとキスしてしまったわ」
と、そのときの興奮が収まらないのか、節子さんに囁いていた。
 節子さんは「そう~なの」と言ったきり、それ以上聞こうともしなかった。
 男性軍は昼間の疲れのためか、会話の声もなくすぐに眠ったようだが、節子さんは二人のそのときの情景を想像して、或いは二人は恋をしているのかなぁ。と、思いながら理恵子の成長振りが嬉しく思えた。

 窓外の渓谷の音が心地よい子守唄のように聞こえ、今日一日が皆に幸せをもたらしてくれたことを神仏に感謝して眠りについた。

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蒼い影(26)

2024年06月09日 10時52分21秒 | Weblog

 晩秋の夕暮れは早い。 小高い丘陵に位置する森に囲まれ棚田が緩やかに傾斜する農村の午後5時ころには陽が沈みうす暗くなる。 静まりかえった村中の杉や椿等の木立に囲まれた家々に明かりが灯ると、夕闇の中で人々がいきずいていることを確かめさせてくれる。 
 刈り取られた稲田をかすめる風も肌寒く感じ、近いうちに遥かな飯豊山脈にも冠雪を見ることであろう。 庭の落ち葉が秋の終わり告げる季節である。

 健太郎は、そんな10月末の金曜日の夕食後。 窓越に月を掠める淡い雲に見とれて紫煙を楽しんでいたところに、節子さんも家事を終えてお茶を運んできて脇に座り、ひとしきり今日の病院でのできごとを話したあと、きっと理恵子のいれ知恵とは思うが
 「ね~ あなた。 さっき理恵ちゃんが急に思いつめた様に、明日、皆で山の温泉に行かない? 明日はお休みでしょう。 いいじゃない。」
と言い出だしたので、彼は「急に また なんで明日なの?」と怪訝な表情で尋ねると、節子は
 「紅葉も今が盛りで綺麗だろうし、それに日頃のストレス解消よ!」
と返事をしたあと、続けて
 「織田君も、普段親切に勉強を教えてくれるので、そのお礼も兼ねて誘ってもいいでしょう。 きっと楽しい旅行になるわ」
 「明日の天気もよさそうだし、理恵ちゃんの考えていることもそれとなく判るので、多感な娘心も満たしてやりたいと思い、いいことね。と、勝手に約束してしまつたが、貴方も賛成してくださるでしょう」
と、少し遠慮気味に話したところ、健太郎も彼女の話を理解して快く承知をしたが、温泉地は自分に任せてくれるように答えた。

 二人は予め準備を整えていたらしく、翌朝、織田君が見えると愛犬のポチをも連れて健太郎の運転で県境の枝折峠にむかった。
 途中、助手席の理恵ちゃんが
 「お父さん どっちに行くの。温泉地の方と方向が違うみたいだわ」
と聞いたので、健太郎は「時間が充分にあるので織田君とアケビや山葡萄を採って行こうと思うんだ」と、昨晩考えた日程を答えて峠の麓に車を止めた。 
 収穫されてわずかに残る柿畑の連なる道を進んで杉並木の坂道に差し掛かるや、若い二人はポチを先頭に健太郎達より先に明るい笑い声をにぎやかに振りまきながら進んでいったが、健太郎と節子は落ち葉を踏み分けながら、昨年の秋に、この峠を歩んで頂上で結婚することを約束しあったことや、その後、秋子さんを見送り理恵子を養女に迎えたことなど、結婚前には予想もしなかった数々の出来事を語りあいながら、ゆっくりと彼等のあとに続いた。

 頂上につくや、彼等は要領よくビニールを敷き休憩場所をつくり、理恵ちゃんが茶目っ気たっぷりに織田君に 「此処は、お父さん達の出会いの記念すべき場所よ」と説明しながら
 「わたしたちも、そんな場所になるかしら」「織田君 どう思う」
とニヤット笑いながらジュース缶の蓋をとって渡したが、織田君は何時も理恵ちゃんに皮肉混じりにやりこめられているので、またか、と薄笑いを浮かべて飲み終わるや雑木林の方に一目散に駆け出して行き、その後を理恵ちゃんとポチが慌てて追いかけていった。
 節子さんは、健太郎も少し遅れて彼等のあとを追いかけて行くと、石碑の前に作った場所で過ぎ去りし懐かしき思い出を回想して留守番をしていた。
 織田君はさすがに体育系の青年らしく動作が機敏で森の中をポチともぐりこんでいったが、理恵ちゃんは藪が嫌いで芝生のところで風景写真を撮ったり押し花にする紅葉の落ち葉を拾っていたが、時折、ポチが藪から出てきて理恵ちゃんの様子を伺ったあと、また、ガサゴサと藪をかき分ける音のする織田君の方に駆けて行き、ポチにとつては我が世の春と思わんばかりに駈けずり回っていた。
 ほどなくして織田君が藪から戻ってきて、籠に入れたアケビや葡萄を理恵ちゃんの前に差し出すと、理恵ちゃんは「こんなもの、たべられるの?」と怪訝な顔をして言うので、健太郎が「春のウドと並び秋の山菜の王者だよ。帰ったらアケビは天麩羅に葡萄はワインにしてあげるから、覚えておくんだよ」と教えたが、傍から織田君が
 「そんなことを知らない様では、将来、嫁さんにはなれないな~」「山郷に暮らす人達は皆知っていることだよ」
と、理恵ちゃんの鼻先に葡萄を当ててからかっていた。
 理恵ちゃんは「そんなこと無いわ」と悔しそうな顔をして反論していた。 
 実際、山で育つた子供達は皆が知っていることだが、山遊びに慣れない理恵ちゃんには無理もないことで、好感を寄せる織田君に言はれただけに、その一言が思わぬショックとなり健太郎の目には可愛そうに思えた。

 夕方、飯豊山麓の温泉に着くと、秋の行楽客や登山客で満員であったが、馴染み客の健太郎に女将さんが、十二畳の広間を空けますので。と、部屋を用意してくれたので、夜は中央を屏風で仕切りして貰うようにお願いして、部屋に案内してもらったが、理恵ちゃんは心配そな顔をして、節子さんになにやら小声で聞いている様であったが、節子さんの説明で安心していた。
 食堂は全員が集合する部屋で、卓上に並べられた料理の前に座るや、織田君が
 「やぁ~ 珍しい岩魚の刺身に焼き魚か。 それにアケビの天麩羅もあるわ」「鍋は茸に山鳥だよ!」
と真から楽しそうに話し
 「理恵ちゃん こんな料理は東京の銀座の料亭でも、おそらくお目にかかれないだろうな」
と感嘆したあと、隣り席に座った理恵ちゃんに
 「岩魚とゆう魚は山の高いところに棲息していて、縄張りが強く、虫を食べているんだよ」
 「今では、幻の魚と言われ、夏、水がかれると沼地を鰭を使い歩くらしいんだ」
 「街場で見かける岩魚は養殖らしいが、ここのは天然ものだよ」
と説明していた。 
 理恵ちゃんは、怪訝そうな顔つきで聞いていたが、健太郎達が美味しそうに食しているのを見届けてから安心したのか、漸く箸をとり「本当だ!織田君よく知っているのね。美味しいわ」と、織田君の知識に敬意を表したのか、自分の刺身を半分織田君の皿に分けてやっていた。 その仕草がはにかむ様にういういしく微笑ましく見えた。

 

 

 

 
 

 

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蒼い影(25)

2024年06月09日 10時51分33秒 | Weblog

 久しぶりに、懐かしい顔が揃って、賑やかに踊りくるつた盆踊りが過ぎると、峠の細道のススキが、透き通る様な澄んだ青空の下に白い穂波を揃え、柿が黄色みを帯び始める頃になる。 山に囲まれた小さな街も人々が少なくなり、静けさを取り戻す。
 理恵子も、2学期の勉強に追われ、先輩の織田君も野球の部活を後輩に譲り、来春の大学受験の準備にいそしむ毎日が繰り返される。

 そんな秋日和の土曜の午後。 勤務先の病院が休日で家にいた節子と健太郎の二人が、笑顔交じりに楽しげに庭の草花の手入れをしていたところに、織田君が自転車から降りてきて、にこやかに「おじさん こんにちわ~」と明るい声で挨拶すると、それを聞きつけた理恵子が自室の窓から顔を覗かせて「いまごろ、なによ~」と声をかけたので、彼は
 「やぁ~。そこまでお袋に頼まれ配達に来たから、ついでに寄ってみたんだ。寄せてもらってもかまわないかい?」
と答えると、理恵子は不機嫌そうに
 「かまわないけどサ~、配達の帰りなんて・・。なぜ、そんなウソをつくの?」
 「本当は、わたしに会いたくてまっすぐ来たんでしょう?・・」
と今度は薄笑いを浮かべて嬉しそうに言うと、織田君は
 「お前、もっと社交的になれよ・・。本当はね、ふっと、期末試験前のお前さんが、不得手な数学の勉強で苦しんでるだろうなぁ~。と思って助けてやろうと思いわざわざやってきたんだ」
と答えながら、縁側に腰をおろして靴を脱ごうとすると、理恵子が「さぁ~ どうぞ」と言わないうちに「 入れてもらうよ」と言って、入り慣れている理恵子の部屋にはいってしまった。
 二人のそんなやり取りを笑いながら聞いていた節子さんが
 「理恵子も君の来るのを待っていたのかもしれないわ。遠慮なさらずに、ビシビシ教えてネ」
と声をかけた。

 理恵子の部屋は、勉強机と本箱それに風景画の額や菊の花瓶などで飾られているが、机の上には辞書やノートと教科書、それに挟みや爪きり、かじりかけのリンゴにチョコレート、ペンなどがこぼれ落ちそうに載っていた。
 織田君は雑然としている机を見るや呆れたように
 「何時来ても、ニキビ臭い部屋だなぁ~」
と言うや、理恵子は大急ぎで机の上をかたずけながら
 「仕方ないじゃないの」「発育盛りで、体から出る分泌物が盛んなんですもの・・」
 「けれども、嫌なにおいをさせる毛虫も、今に素晴らしいチョウになるんだから・・」
 「織田君の部屋だって、きっと男になりたての青臭い匂いで充満してるんでしょう」
と負けずにブツブツ反論していた。

 ひとしきり勉強を終えた二人が、庭に面した洋間に移り、長椅子に理恵子が織田君の左隣に並んで腰を下ろし、節子さんが用意してくれたお菓子を食べながら紅茶を飲み、裏庭の小さい滝から流れ落ちる池を無言で眺めていたとき、理恵子が
  「ねぇ~ 織田君。今日は大切な相談があるんだけれど、聞いてくれる?」
と、織田君の左手の上に右手を乗せて、黒く輝く瞳で目を見つめたので、彼は少し緊張して急にその場の空気が冷え込んだ様な雰囲気になり「また 急に なんだい。 驚かすなよ!」と半ば座りなおして答えると、理恵子は
  「ありきたりの返事にならない様に、英語のリーダーを訳すように上品な調子で言いますからネ」
と言ったあと
  「ミスター織田君! アナタハ ワタシヲ スキデスカ?」
  「ソレトモ アナタハ 葉子サンニ ココロヲヒカレテ イルノデハナイデスカ?」
と、日本語に慣れない外国人の様に妙な発音と言葉使いで聴きながら、いきなり、右腕を織田君の首に絡め、少し陽に焼けた均整の取れた長い右足の脛を、スカートから惜しげもなく投げ出す様に、織田君の左足の脛に寄せて顔を近ずけて来たので、織田君も驚きながら質問にまともに答えられずに
  「うぅ~ん いきなり難しいことを聞いてくるなぁ~」
と、もじもじしていると、理恵子は自分の質問を楽しむかの様に、更に続けて追い討ちをかける様に、今度は、両腕を織田君の首に絡めて、耳もとで囁くように  
  「ワタシガ スキナラ ソノ理由ヲ 述べナサイ」
と、ますます難解なことを聞いてくるので、織田君も
  「それは、ほかの人よりも好きだけれど・・。ただし、時々、同級生の前で平気で僕にものを言いつけることを除けばなぁ~」
と、苦し紛れながらも、親近感をこめて、ある程度真実に近い答えをすると、理恵子は
  「ほかの人よりとか、条件付きなんかでは、つまんないわ~。もっと はっきり男らしく答えてよ~」
と、心臓に手を入れてくる様にせまってきたので、彼は今迄にない理恵子の甘えたしぐさより、理恵子の生足に気をとられ、足をさすりたい衝動に駆られ、いや、もっと、スカートから覗く両膝の間に手を入れてしまいそうな、男の本能にかられたが、グッと理性で気分を押さえつけて
  「今日は どうしたとゆうんだ」
と、両腕を振り解くようにして体を少し離して
  「お前 今日は少し変だぞ! 高一にしては、少しませているわ!」
と顔をしかめて言うと、理恵子は
 「アテンション・プリーズ(気をつけなさい)」
 「ワタシタチノ 会話ハ オーソドックス(正統的)ナ外交用語デナサルベキデス」
と、真面目くさって返事をしているところに、ドアをノックする音がして節子さんが部屋の扉を開けて顔を覗かせ、二人のたじろいだ様な後ろ姿を見てとり、一瞬戸惑ったが入り口に立ち止まり、笑顔で何事も気ずかなかった様に「もう そろそろ時間よ」と声をかけたので、理恵子は跳ね除けるように急に彼から離れ「今日は 楽しかったわ」と、いかにも満足そうに笑顔でいいながら、彼に「また 色々と教えてね」と言って、母親の節子さんの目を眩ます様に椅子から立ち上がった。  

  

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蒼い影(24)

2024年06月05日 02時27分01秒 | Weblog

 雪深い農村では、近年、正月には帰郷する人達はすくなくなり、その代わり遅れた成人式をも兼ねて8月の夏季休暇に帰る人達が多くなつた。
 交通機関の発達といえばそれまでだが、やはり生活が合理的になつたのであろう。
 学校も職場も休みが終わる8月の下旬ころともなると、近隣の集落の盆踊りの笛や太鼓の音が夕闇が迫る頃盛んに聞こえる様になつた。 
 農村では、盆踊りも単に郷愁を誘うだけでなく、若い人達の大事なコミュニケーションの場でもある。
 歳老いた集落の人達には、この盆踊りも故事にならつた氏神様への感謝の奉納でもある。 それなるが故に、故郷の伝統が守られているのである。

 この集落の盆踊りがもようされる日、節子さんも大学病院の仕事を休み、午前中に亡き秋子さんの経営していた美容院に行って、後ろ髪を少しアップして見るからに涼しげな姿で帰ってきた。 
 そして、昼食後、理恵子に
 「貴女も、早く美容院にいつて来なさい。 なんでも夕方頃には混み合います。と、美容師のお姉さんが言ってたわ」
と話すと、理恵子は甘え声で
 「ねぇ~ お母さん。私、今晩はジーンズを履いてゆきたいのだが? いいかしら・・」
と、節子さんに尋ねると
 「貴女 そんなことはやめて!」「ちゃんと 母さんや美容院の姉さん達と揃いの浴衣を用意しておいたので」
 「あのねぇ~ 村の人達が、理恵ちゃんが山上の家に入り私達の子供になったらどんな生活をしているのだろうと、みんなが言葉に出さないが心の中で見ていることを忘れないでね」
と諭すと、理恵子は小首を振りだだをこねる様に
 「だってぇ~ お友達と話あって盆踊りの途中から、いま 都会ではやっているニュー・ダンスをすることになっているんだが・・」 「浴衣では 一寸 膝が上がらず無理よ」
と返事をしたが、節子さんが
 「そんな姿で参加したら、私がお父さんに叱られてしまうわ」
 「来年からは 理恵ちゃんの好きな様にさせるので、今年だけは母さんの話をきいて・・」
と説得すると、理恵子も何とか理解して美容院に出かけて行った。

 理恵子は、半年前に住んでいた以前の自宅である美容院に入るや、顔馴染みの美容師さん達が口を揃えて
 「まぁ~ いらっしゃい。少し見ないうちに随分大きくなつたわね」
と言いながら早速注文を聞きながら仕事に取り掛かったが、二人の美容師さんたちが、理恵子の注文なんか耳に入らないのか
 「理恵ちゃんも背が高いから、お母さんと同じ様に少しアップにしてみようかしら」
 「きっと お母さん同様に細身で面長だから似合うわ」
と二人で言いながら髪をいじりはじめたが、理恵子は何も言わずに任せることにした。 
 彼女は出来上がった髪型を鏡で覗いてみたら案外自分でも気に入り、お姉さん達に最近の生活ぶりを雑談風に挨拶代わりに話して店をでた。 
 帰り際に覗いた自分の住んでいた部屋が模様換えせずにされていたことに、美容師さんたちの思いやりがとても嬉しかった。

 家に帰り、節子さんに「凄く 綺麗になったわ」と褒められたので、お姉さん達の優しい心使いの余韻が残っている気分で
 「ねぇ~ お店のお姉さん達二人がわたしの髪をいじりながら、貴女のお母さんも嫁いで来てから肌の艶がとても滑らかになり、随分と綺麗になつたわね」
 「女性はやはり結婚しなければだめみたいだわね~」
と話あっていたが、聞いているわたたしには意味がよく判らない話をしていたこと、それでも お母さんが綺麗になつたと言われれば、私も嬉しかったわ。と、美容師達の仕事中の話をしたあと
 「女性はなぜ、結婚すると肌が綺麗になるの?」
と不思議そうに聞くので、節子さんも一寸返事に窮したあと、看護師らしく
 「ほらっ 女の人たちは、赤ちゃんを産むと皆が綺麗になるでしょう」
と、難しい理屈抜きで思いつきの返事を突差にすると、彼女は
 「ふ~ん だけど お母さんは赤ちゃんを産んでないでしょう?」
と答えたので、節子さんは
 「あのね~ 貴女もいずれお嫁さんになれば、自然に判ることよ」
と答えて夕飯の支度に台所に行ってしまった。
 節子は心の中では、高一の理恵ちゃんには、生理的な難しい話はまだ早いと考えた。

 鎮守様での櫓作りの準備から帰った健太郎は、二人のいかにも涼しげな髪型と浴衣姿に満足して、晩酌を楽しみながら饒舌に、櫓の上で診療所の老先生が得意の尺八でなく、にわか仕立ての横笛の練習をする様が、若衆の人気を誘い、とても面白かったこと、それにダンスが飯より好きな居酒屋のマスターが、夜店の仕事を奥さんや店員に任せて、あれこれと準備に奔走していたこと等を話し彼女達を笑わせていた。

 節子が理恵子を手伝わせて、いつもより時間をかけて料理した夕食を楽しく済ませ、陽が落ちて夕闇が迫るころ、美容院の姉さん達が迎えに来たので、村の中ほどにある鎮守様に向かい、笛や太鼓の音が風に乗って聞こえてくる農道を、カラコロと下駄の音を気持ちよく響かせて、5人が揃って団扇を手に雑談をしながら歩んだ。
 健太郎は道々歩きながら、初めて家族として一緒に連れだって歩む理恵子の気持ちを思いやって、肩に手をかけて夜空に煌く小さい星を指差し
 「あの星は一際明るく瞬いているが秋子母さんかなぁ。それとも、あんたの胸の中のときめきかなぁ」
と囁いたら、節子さんが
 「両方と思うわねぇ。きっと貴女の成長振りを見て喜んでいらっしゃるのよ」
と言葉をついで彼女の顔を覗き見て微笑んでいた。
 理恵子は、父は織田君と公園で遊んだことを節子さんから聞いているのかなぁ。と、思いつつも
 「わたしも、お母さんの言う通りと思うけれども、お父さんの言われた最後の言葉は意味がよくわかんないわぁ」
と小さい声で答えたが、内心では織田君に浴衣姿を見て欲しいとゆう気持ちが一瞬胸を掠めた。
 稲田を渡ってくるそよ風が、時折、節子さんの髪をいたずらぽく優しく揺らし、健太郎には彼女がいつにもまして優雅に見えた。

 

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