日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

(続) 山と河にて 18

2024年01月31日 02時29分54秒 | Weblog

 老医師と熊吉爺さん達は、囲炉裏端に用意された、お膳に盛られた御馳走を見て顔をほころばせ、好物のイワナの塩焼
きや魚卵の澄まし汁を肴に、秘かに作った自家製の白い濁り酒を満足そうに酌み交わしながら四方山話に花を咲かせていた。
 熊吉爺さんは、気分良く酔って饒舌になり、不動明王の祭祀に初めて参列し緊張気味な寅太達に対し
 「お前達は、中学生時代、街や学校での厄介者であったが、最近は見違えるほど真面目になり、街中のものも感心しておるわ」
 「昔は暴れたもんだからなぁ。変わればかわるもんだわい」「これも、お不動様のお陰だ」
と、愛想よく話しかけた。 寅太は古傷に塩を擦りこめられた様に、眉毛を逆八の字にして不機嫌な形相をして、イワナの塩焼きをつっいて食べながら聞いていた。 
 相棒の三郎も渋い顔をして、わざわざ少し横を向いて熊吉爺さんの視線を避け、美代子に頼んで山鳥の鍋汁をかけてもらった丼飯を勢よくほおばって旨そうに食べて鬱憤を晴らしていた。 
 そのうちに、寅太は業を煮やして
 「熊爺さん、そんな話はよしてくれ」
 「だいいち、黄色いジュースと白いドブロクでは話の釣り合いがとれないやぁ」
と、文句を言うと、見かねた美代子が強い調子で
 「熊吉お爺さん、彼等は、今では私の最も信頼できるお友達よ」
と言って、彼等を庇い、熊吉の話を遮ってしまった。

 熊吉爺さんは、彼女の剣幕に押されて黙ってしまい、代わって老医師が普段とは異なる静かな口調で、熊吉の話を受け継ぎ
 「お前達は、これから街を背負って立つ若い衆で、ワシ等が大いに期待しているので頑張ってくれよ」 
 「世の中では、若い時、不勉強で乱暴者と言われた者が、成長すると案外おとなしくなり立派になるもんで、お前達の恩師である山崎社長や施設長も喜んでいるぞ」
 「学校の成績なんて参考程度で、あてにならんもんだよ。勉強が出来なかった者が、社会に出て成功している例は幾らでもあるよ。勿論、その反対もな」
 「今日は、ご苦労であった。この御馳走はそのお礼だよ。たんと食べてくれ」
と何時に無く笑顔で言ったあと
 「それでだなぁ。丁度良い機会だから、お不動様について話しておこう。将来はお前達がワシ等に代わって祀ることになるんだかなぁ」
と、前置きしたあと 
 
 「富士山を初め、全国の山々の頂上には神社や祠があるだろう。これは、佛経が日本に渡来する以前から、人間は太陽と火に畏怖を感じて崇めてきたことに由来し、先祖様が代々に亘り山の神として敬ってきた暦史があり、お不動様は飯豊山の守護神で、麓の村や街の安穏と豊作を守護してるんだよ」
 「仏の最高位である大日如来の化身とも言われているんだ」 
 「怖い形相をしているのは、温和な仏様の教えでは判らぬものに、如来に代わって教えを説くためなんだ」
 「お前達のことを言っているんじゃないから誤解するなよ」
と、渋い顔をしている寅太と三郎の心の中を察して注釈したあと、なおも続けて
 「これから、おいおい地元の伝統や慣習を学んで、ワシ等の跡を立派に受け継いでくれ」
と、上機嫌で話した。

 老医師はそのあと「少し酔いが廻って来たので、ワシ等は母屋に戻るから、君達で多いに食べて遠慮なく話し合い、大助君とも親交を深めてくれたまえ」と言い残して、蜀蝋を消し仏壇の扉を閉じて整理すると、茶室の古屋から老人達は茶室から出て行ってしまった。 
 老医師は、大助のために、若い者同志で自由に話す機会を与えてやろうと内心気配りしていた。

 熊吉爺さんが、酔っておぼつかな足取りで入り口に出ると、愛犬のポインターが熊吉の酒の臭いを嫌い欅の幹の陰に後ずさりしたが、見送りに出た寅太を見るや近寄ろうとしたので、彼は慌てて部屋に戻り、鍋から山鳥の肉片を少し皿にとりポインターの傍に行き「コラッ お前待っていたのか」と言いながら肉片を与えた。
 ポインターは喜んで尾を振り前足を揃えて彼に寄ろうとしたが、熊吉が手綱を引張っていたので、悲しげな声を出していた。
 ポインターは、寅太に小さいころから何度もいじめられても懲りずになつき、何時も”コラッ コラッ”と呼びつけられていたので、自分の名は”コラッ”と覚え込んでいるらしく、熊吉爺さんと寅太が狩猟に行くときには必ずお供していた。 
 或る時。ポインターは、熊吉の鉄砲が外れて山鳥を撃ち損ねたが、銃砲の発射音とともに威勢よく雑木林に飛び込んでいったものの、獲物の山鳥が落ちていなく、仕方なくそばにいた、青大将をくわえて来たが、寅太が怒って、蛇の尻っ尾を握って振り回しポインターを叩き「この役立たず」と怒鳴られ、尻をこっぴどく蹴られて、再び、森の中に飛んでいったが、遂に獲物は見つからず、尾を垂れて悲しげな表情で戻ってきたが、熊吉が「俺の狙いが外れたらしい」と言ったので、彼はポケットから好物の煮干をくれて頭を撫でてやったことがあった。
 ポインターにしてみれば ”コノオッサン、自分に似て敏捷で少し凶暴性があり注意を要するが、なにしろ命名主であり、たまには煮干を御馳走してくれたり、抱いて頬々ずりして可愛いがってくれるので、無愛想な熊吉飼い主より、猟師としては見所があるわ” と思っているのかも知れない。

 美代子は、残った寅太と三郎に向かい、引き越の手助けのお礼を言ったあと
 「折角、マスターが料理を作ってくれたのに、お年寄り達はあまり召し上がらず、御馳走も沢山あるので、この際、此処で久し振りに同級会をしましょうよ」 
 「大助君と一緒にゆっくりとお話する機会も滅多にないと思うので・・」 
 「囲炉裏を囲んで話合うなんて、喫茶店と違いロマンチックな雰囲気で素敵じゃないの」
と、声をかけると、三郎も「中学卒業以来、そんなこともなかったしなぁ」と即座に賛成し、寅太は
 「今日は、爺さんにもっと嫌味を言われると覚悟していたが、そんなこともなくヤレヤレだなぁ」
と、霧が晴れた様に笑顔を取り戻した。 大助も皆が笑顔で賛成したので気が楽になり
 「いやぁ 今日は本当に有難うございました」「君達の温かい友情には心から感謝するよ」
 「どうやら、この街の若い衆の仲間入りさせてもらえそうなので、無礼講でご馳走になりましょう」
と言って、四人は赤々と炭火が燃える囲炉裏を囲んで和やかに会食が始まった。 

 賄いの小母さんやお手伝いのお婆さん達も顔を出して、一緒になり「お赤飯も沢山炊いてあるわ」「看護師さんにもおすそ分けしてあげるわ」「後始末は、私達がしますので気にしないでね」と言ってくれた。
 美代子は、大助が村の人達と愉快そうに会話を交し話が弾む雰囲気が嬉しくて溜まらず、早速、お椀に魚卵の澄まし汁をよそって寅太や三郎のお膳に乗せたが、何故か自分と大助のお椀には魚卵を避けて山鳥や豆腐キノコ野菜類の具の沢山入った汁を乗せた。 
 これを見ていた寅太が
 「大ちゃん、イワナの卵の汁は、年に二度くらいしか食べられない珍品だよ」
と薦めたが、すかさず美代子が
 「ダメョ 無理に薦めないで」「よく珍品のフグの刺身で命を落とした人がいると言うんじゃない」
 「大ちゃん、絶対に食べないでね」
と言って、真鱈の煮付けやカキのフライをお膳に並べてしまった。
 寅太は、苦々しく
 「大ちゃん 美代ちゃん相手では、天下の名品を一生食べられず、先が思いやられ可愛そうだな」
と同情し、三郎の顔を覗きこんで
 「駐在所の三男坊もいるし、少しくらい酒を飲んでも心配ないので、美代ちゃんウイスキーを飲ましてくれよ」
 「アルコールが入ると味覚が良くなり魚卵の汁も刺身も一層旨くなるので・・」
と催促すると、彼女は
 「いいわ、いま、お爺ちゃんのウイスキーを持って来るからね」
と機嫌よく返事をして母屋から、氷と一緒に持ってきた。

 寅太は、今日ばかりは多少破目をはずしても、老先生に叱られることはないと、アルコールの勢いもあり、三郎に対しドスの効いた声で
 「おいッ!ラーメン屋にいる真紀子に電話して来る様に言ってくれ」
 「この際、彼女にも美代ちゃんを見習って、もっと、俺に優しくして欲しいんだ」
と、強い口調で言うと、三郎は「嫌だよ。自分の彼女くらい自分でよべよ」とにべも無く断ったが、美代子が
 「いいわ、わたしが電話してお誘いするわ」
と言ったあと、寅太の肩を叩きながら
 「寅ちゃん、恋心はお付き合いの中で自然に芽生えるもので、焦ることはないゎ」
と、先輩ぶって話すと、大助は
 「自然か・・」
 「中学生時代の夏、河で転びそうなところを思いがけず助けて、偶然、水着の肌を抱いたからなぁ」
と感慨深げに回想して呟き笑っていた。
 美代子は、大助の数年前の確かな記憶に答えることも出来ず、彼の膝を軽く叩き、そんな恥ずかしい話をしないで。と、言わんばかりに彼の顔をチラット覗き見て、当時を思いだして懐かしんでいた。
 寅太も三郎も「ヘ~ッ そんなことが恋の始まりか」と答えてニンマリしながら妙に納得していた。

 会話が弾んでいるうちに、美代子の誘いで真紀子と受け付けの朋子さんに手の空いている若い看護師たち数名が嬉しそうに笑顔で入ってきて一層賑やかになると、寅太も酔いもてつだい滅多に見せない笑顔で益々上機嫌になり、美代子に
 「この街にも美人がこんなにたくさんいたのかぁ」 「美代ちゃん、三郎に一人くらい彼女を紹介しやってくれよ」
 「それに、大助君には街の青年会長になっもらいたなぁ」「俺は大助君の命令には絶対に従い、どんなことでも手伝うので・・」
と言うと、一同が手拍子を打って「それがいいわ」と賛意を示すと、大助は慌てて手を振って「それはダメだよ」と笑って返事していた。
 美代子は、大助が早くも若い人達と仲間になっている様子を見て、日頃、心に思い描いていることで嬉しくなり、寅太の肩をたたき彼の発想に感謝し、温かい友情を感じて軽く頭を下げて思わず両手をにぎった。
 寅太は、常に一目おいていた彼女の突然の態度に慌てて手をひっこめ、大助に向かいニコッと笑っていた。


 
 
 

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(続) 山と河にて 17

2024年01月28日 03時02分58秒 | Weblog

 中秋の朝早く、大助達が寅太の運転する車で新潟へ向かう車中で寅太は、出発前に病院の入り口脇で老医師から指示を受けていたとき、その直立不動の姿勢を休日出勤してきた若い看護師達に見られ、また、何かやらかして叱られていると勘違いしてか、彼女達が首をすくめてクスクスと笑っていたことが、癪に触り、三郎に対し
 「いやぁ あの若い看護師達の冷ややかな目には参ったなぁ」「でも、結構美人だぜ」
 「お前、いっそうのこと、美代ちゃんから、あの看護師の中から恋人を紹介してもらえよ」
と言うと、三郎は
 「とんでもねぇ~や。ゴメンだな。恋人なんて面倒でいらんよ」
 「お前も大助君も、彼女に振り回されてテンテコマイしている様子を見ていると、俺はイヤだなぁ」
 「施設に入っている昔の娘で沢山だ。皆、俺のことをイケメンだ。と、言って可愛がってくれるからなぁ」
と、にべもなく言い返すと、寅太が
 「当たり前だ。施設では若いのはお前一人だからなぁ」
と、呆れて答えると、美代子は三郎を庇って
 「サブチャン、彼女がいれば、普段色々と面倒をみてもらえ、毎日が楽しいものよ」
と言いながら大助の顔を覗くと、彼は自分の今後の生活のことで頭が一杯で、姉の珠子に簡単に電話したときの声から、きっと怒っているだろうな。と思い、彼等の話も碌に耳に入らず知らん顔をしていた。  

 寅太は、中学時代、老医師のお爺さんに年中叱られていたことが、どうしても頭から離れず、そのため出発前に、美代子の服装に文句をつけ、それでも腹の虫が治まらず、運転中も
 「夕方、慰労してくれると言っていたが、俺は御免だぜ。爺さんは苦手で息苦しくなるよ」
と言うと、美代子は
 「寅太君。お爺さんは、昔、教育委員をしていた癖で口五月蝿いが、心の中では君達の事を心配し、今では君達の努力している姿勢に感心しているゎ」
 「だからこそ、君達を信頼して今日の仕事をお願いしたのょ」
 「最も、春から初夏にかけて、君達が山菜やイワナを採ってきてくれるので、案外、好印象の効果ポイントを稼いでいるかも?」
と、機嫌を直して欲しく懸命に説明していた。 
 剛直で頑張りやの寅太は
 「チエッ! 美代ちゃん、大助君がいるからといってお世辞を言ってらぁ」
と素っ気無く答えていたが、不良仲間だった三郎も、年寄りの習性とわいえ、寅太同様に中学時代の悪童振りを言はれるのが何より嫌だった。

 彼等が、大助の住んでいた古びたアパートに到着するや、ダンボール箱を皆で部屋に運び入れ、大助は寅太の手助けで布団袋に布団を入れて荷造りしていたが、綿入れの衣類を見て、寅太が
 「これは室内用のアノラックか?」
と珍しそうに広げて見ていると、食器類を整理していた美代子が聞きつけて
 「大ちゃん、それってなぁに」
と聞いたので、大助は
 「あぁ~ それはチャンチャンコと言って真綿入りの上着だよ」
 「今では、東京でも余り見れなくなったが、夜勉強するとき体が冷えない様にと、最近、奈緒ちゃんが送ってくれたんだよ」
 「彼女は和裁が上手なので・・」
と、さりげなく正直に答えたところ、 彼女は
 「そぉ~、奈緒ちゃんの手造りなの・・」
と言って、一瞬、嫉妬心から寂しそうな表情をして顔を曇らせたが、直ぐに
 「わたしも、和裁を練習し、早速、作ってあげるゎ」
と言うと、三郎が冷やかし気分で
 「無理、無理だよ。 ミシンしか使ったことのない美代ちゃんに、和裁なんて出来るかなぁ?」
と、言うと
 彼女は自信なさそうに
 「賄いの小母さんや看護師の朋子さんに教えてもらうゎ」
と、勝気な性格をあらわに出して返事をしていた。

 図書棚を整理していた三郎が、突然、宝物を発見した様に素っ頓狂な声を上げて「アッタ アッタ!」と、アルミ製の空の菓子箱をいじり出して写真を見ていたので、傍にいた美代子も三郎の声に刺激されて覗き込むと、中には女学生からの暑中見舞いやスナップ写真が無造作に入っていたので、彼女は三郎から菓子箱を取り上げて、一枚一枚を丁寧に見ていたが、数枚を素早くバックに仕舞い込んでしまった。 
 三郎が咄嗟に険しい顔をして
 「美代ちゃん、そんなことやめろよ」
と注意すると、彼女は
 「これが、私の本日の最大の目的よ」
と言って、大助に悟られない様に口に指を当て黙っていてと合図した。

 整理や荷造りが終わり、図書や衣服類を詰めたダンボール箱を車に積み込み、布団袋や大きい箱には荷札をつけて運送屋に電話したあと、簡単に部屋の掃除を終わると、大助が「浜辺が近いから、そこに行って昼飯にしようや。」と、言ったので、皆も大助の提案に賛成して砂浜に行き、四人は輪になって座り昼食を取ることにした。 
 美代子が広げたお握りや惣菜の入った重箱を見て、三郎が
 「いやぁ 豪華だなぁ・・。こんな昼食は久し振りで、施設では見られないわ」
 「病院って、結構上等な飯を食べているんだなぁ」
と感心していると、寅太がポットの湯を持参のカップ麺に注ぎ、食欲旺盛な彼等はカップ麺をお汁代わりにして、皆が雑談しながら食べた。
 
 快晴で風も柔らかく、波が音も無く打ち寄せる渚の風景は、彼等の山里では見られず、彼等の心を和やかにしてくれた。
 浜辺のロマンチックな気分に浮かれた寅太が
 「あの部屋も整理したら、そんなに悪い部屋でもないわ」
 「俺も一人で、あんなところで気楽に住みたくなったわ」
と、とっぴなことを言ったので、三郎も「俺も、そうしたいなぁ」と同調すると、美代子は慌てて
 「そんなことを言わないでぇ」
と言って、大騒ぎしてやっと自宅に来ることを説得した大助の心境を慮って話を遮ってしまった。

 アパートに戻ると、美代子は予め聞いていた大家さんのところに行き部屋代等を精算して戻って来ると、大助が
 「何処に行っていたんだ」
と聞いたので
 「部屋代を精算してきたゎ」
と答えると、彼は「そんなこと・・」と渋い顔をして「あとで返すから」と言うと、彼女は
 「駄目ょ。お爺さんの言いつけなので」
と、さも当然の様な顔をしていた。
 雑談をしているうちに運送屋が来たので依頼したあと、寅太が「早く帰ろう、帰ったあとまた荷物を二階に運ぶ仕事もあるし」と、話すと皆が頷き帰途についた。

 途中、美代子が繁華街の薬局の前で、車を止めさせて
 「わたし、貴方達に攣られて食べ過ぎたので胃薬を買って来るから、一寸、待っていてね」
と言い出し薬局に入っていった。 
 寅太は怪訝な顔をして
 「美代ちゃんはそんなに食べていないのにおかしいなぁ」
と言っていたが、直ぐに彼女が元気良く戻ってきたので、詳しいことも聞かずに一目算に田舎に向かって車を走らせた。
 すると今度は三郎が、有名電気店の看板を見つけると
 「オイ 寅ッ! 俺も、今流行のスマホを買いたいので止めてくれや」
と言い出し、寅太も「俺も買い替えたいや」と言うと、美代子が「そんなもの田舎の電気屋にもあるわ」と言うのも聞かず、二人は車を止めて店に飛び込んでしまった。
 彼等は、美代子から貰った小遣いで最新のスマホを買うことを朝から相談し楽しみにていた。

 大助は、美代子と二人になると
 「さっき、薬局にいったのは、朝、ヤケグイして腹でも具合が悪いのか」
と聞くと、彼女は
 「違うわ。大ちゃんには関係ないことっ!」
 「女の買い物に、いちいち口をはさまないでょ。大事なお土産ょ」
と、澄ました顔で答えたので、大助はおおよそのことを察して、彼女の用意周到な大人びいた考えを改めて思い知らされ
 「フーン 君の勇気には恐れいったよ」「初めての買い物で恥ずかしかったろう」
と言うと、彼女は少し顔を赤らめて
 「だから、知らない店で買ったのょ」
と、朝、キャサリンから、昨夜、大声を出して叱られたことから、母親の誤解を解くために、春に別れるときに肌を許したことを告白し、その際、忠告されたこと等を簡単に説明すると、大助は「う~ん」と溜め息を漏らし渋い顔をして
 「話して良いこと。と、悪いことくらい考えて話せよ」
 「幾ら親子でも、僕達のプライバシイが全て明らかになる生活は嫌やだなぁ」
と言うと、彼女はバックの紐をいじりながら俯いて申し訳なさそうに
 「判っているゎ。でも、ママに聞かれれば嘘もつけない場合もあるゎ」
と弁解し、続けて、か細い声で
 「それに、何時かは大ちゃんの赤ちゃんを産むときには、ママの手助けが絶対に必要なので・・」
 「ママは、良かったわね。と言って、内心は安心していたみたいだわ」
と、悪びれずに答えていた。
 今度は、、大助が返事に窮し
 「まだ、5年も6年も先のことを先走って考えるなよ」
 「人の運命なんて、そんな先のことなど正確には予測できる訳ないし・・」
と言うと、彼女は途端に気色ばんで瞳に力をこめて、彼の腕にしがみつき
 「作夜は、突然変異して、散々いたぶっておいて、今度は言葉でいじめるなんて、昨日から少し変だゎ」
 「わたし、もう、大ちゃんの女なんだから・・」
 「どんなに辛いことがあっても、決して離れずについて行くゎ」
と言って涙を拭っているところに、彼等がニコニコと笑いながら戻って来る姿をみて、大助は
 「ヤメタ ヤメタッ!そんなこと、とっくに覚悟しているからこそ、君の言う通りに素直に飯豊町に行くんじゃないか」
と語気を強めて答え、腕に絡めた彼女の手を振りほどいてしまった。美代子は
 「勝手なことを言ってゴメンナサイ」
小さく呟いて涙を拭っていた。

 病院に帰ると、庶務係りの人から「老先生の指示で、まだ、患者がいるので、母屋の脇の入り口から荷を運んで下さい」と言われ、彼等は脇の玄関から荷を運び出したが、大助の使用する部屋の前で、美代子が
 「部屋には入れず、前の廊下に積んでおいて」
と言ったので、三郎が
 「美代ちゃん、遠慮するなよ」「二人で住む部屋を、貧しき俺達に参考までに見せてくれよ」
と、悪戯ぽい下心から不平を漏らすと、彼女は襖の前に立ちはだかって、襖を両手で押さえ
 「わたしの部屋は隣よ」「変な想像をしないでょ」
と言って三郎をたしなめていた。 

 荷を運び終えたころ、庶務係りの人が
 「今日は、お不動様の祭日で、村の古老も来ておられるので、離れの茶室に早く行ってください」
 「皆さん、お待ちですから」
と教えてくれたので、大助達は美代子の案内で茶室に連れて行かれた。
 寅太は、朝の老医師の話と違い、堅苦しいことが嫌なので茶室に入ることを躊躇っていたが
 入り口前で、顔馴染みの居酒屋のマスターが「俺も急遽呼ばれて料理を作っているが・・」「今日は大変だったなぁ。爺さんも褒めていたぞ」「さぁ 腕によりをかけて作ったので遠慮なくご馳走になれよ」と声を掛けてくれたので、彼は少し気持ちが楽になった。

 美代子が先頭になり、茶室に入ると、広い黒光りした板の間に、藁で作られた座布団代わりの敷物が並べら老人達が座っていた。 部屋の中央には大きな囲炉裏が仕切られ炭火が赤々と燃え、東向きに黒塗りの仏壇があり、中央の金箔の扉を開いた中には、不動明王の立像が祀られており、大き目の蝋燭に火が燈され香が焚かれていた。
 お爺さんは、二人の古老同様に紋付羽織姿で、彼等が席につくのを見届けてから、仏壇の前に用意された紫色の厚い座布団に座ると、恭しく頭を三度垂れ、次に祭壇前にしつらえた紅白の縄で囲われた須弥壇に細かく刻んだ護摩木を重ねて焚き、重々しい口調で『佛説聖不動経 爾時大会 有一明王・・』と、老人三人が気持ち良さそうに声を揃えて長々と経典を唱和し、最後に『ナマ サンマンダ バサラダン カン』と呪文らしきことを唱えて、礼をして囲炉裏端に戻った。 

 大助も寅太も、何がなんだか訳が判らずに茶室の隅に座っていたが、お爺さんは「皆様、本日はご苦労様でした」と挨拶のあと、大助を指差し
 「この青年は、現在、新大医学部に通っている、今時、珍しいほど思想堅固な青年で、故あって、本日から我が家に寄宿することになりましたが、どうぞ宜しく御鞭撻ください」
と紹介した。
 二人の古老は大助の顔をシゲシゲト見てコソコソと話していた。
 お爺さんは、美代子に対し寅太達にお悟られないように小声で 
 「キャサリンは、山上節子さんと二人で、今朝、大助君の家に説明するために上京して留守なので、お手伝いしなさい」
と指示すると、彼女は一瞬緊張したが、話の結果が心配にもなり、大助にはその場では教えなかった。
 村では狩猟の名人と称されている熊吉爺さんが、自分の跡継ぎと勝手に思いこんでいる寅太に対し
 「噂には聞いてはいたが、美代子の婿さんか」
と小声で聞くと、彼は「そんなこと、俺には判んねぇや」と、ぶっきらぼうに答えると、美代子が
 「小父さん、わたし達は友達で、婚約者ではありませんゎ」
 「最も、人の運命は、将来、どうなるか判りませんが・・」
と、きまり悪そうに答えたあと、引っ越しの手伝いに着用したジーパン姿にエプロンで身支度すると、賄いの小母さんやお手伝いの人と一緒になって調理場から、料理が盛られた一人用のお膳を黙々と運んでいた。
 美代子は、最後に調理場から山鳥の肉と白菜や葱と豆腐にキノコ等の鍋料理を、重そうに両手でつるを持って鍋ごと調理場から運んでいるときでも、キャサリンのいない心もとない不安と、それに東京の様子が気になって仕方なかった。
 大助と寅太達は遠慮気味に箸を運んでいたが、美代子は老人達の盛り付けやお酌に大忙しで雑念を忘れてしまった。
 

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(続) 山と河にて 16

2024年01月22日 04時42分33秒 | Weblog

 大助は、お爺さんが隣の大座敷で毎朝恒例の勤行のために打ち鳴らす、心地よい余韻を残して流れる鐘の音で目を覚ますと、美代子が何時起きたのかわからなかったが、枕元に用意してあった下着を着替え、廊下の藤椅子に腰掛けて窓外の松の大木をボンヤリと眺めていると、美代子が
 「アラッ 起きていたの」
と言いながら機嫌良さそうに爽やかな笑顔で入ってきて
 「枕元に用意しておいた下着を着替えたでしょうね」
と声をかけたので、彼は
 「アァ 今、お爺さんの鳴らす鐘の音を聞いて起きたところだよ」
と答え、彼女に促されて洗面所に向かった。 
 彼は、彼女のあとについて廊下を歩きながら、彼女のタイトスカートでクッキリと引き締まった魅力的な腰の曲線に魅せられて、昨夜の余韻が甦り、深い意味も無く悪戯っぽく軽くタッチしすると、彼女は振り返って
 「Hッ! アサカラ ナニヨ」
と言って、彼の手を払ったが目は笑っていた。
 彼女は、薄手の白い丸首セーターを着て黒のタイトスカートに紫色のソックスを履き、長い金髪を纏めて首の横に垂らし、白いエプロンをまとって洗濯物を抱え、見るからに溌剌として清楚な感じを漂わせていた。

 その朝、彼女は眠っている彼に悟られないように静かに床から抜け出すと、キッチンに行き入院患者の朝食の準備をしていた賄いの小母さんに挨拶して
 「今日、大助君の引越しにお手伝いに行くので、お昼のお弁当を作りたいんだけど・・」
と言うと、小母さんは
 「マァ~ エプロン姿が似合うゎ。すっかり若奥さんみたいだわね」
 「好きな人が来ると、女はこうも変わるもんかねぇ~」
と、彼女に見とれて笑いながら言うと、彼女は
 「イヤネェ~ 冷やかさないでよ」
と恥ずかしそうに答え、小母さんの傍らに並んで、アドバイスを受けながら、梅チソをまぶした海苔巻きのお握りや稲荷寿司に卵焼きと鮭の焼き身に昆布巻きと漬物やレタス等を用意して重箱に綺麗に詰めて、麦茶をポットに注ごうとしたとき、キャサリンにダイニングに来る様にと呼ばれた。

 美代子が、タオルで手を拭きながらダイニングに行くと、キャサリンは不機嫌そうな顔で、彼女にとげとげしい声で
 「昨夜は、なによっ!」 「あなたの声は感高く廊下に響き、深夜に悲鳴を上げるなんて恥ずかしくないの」
 「大助君が好きで、全てを承知の上で彼の部屋に入ったのでしょうに・・」
とテーブルを拭きながら小声で小言を言い、更に黙している彼女に諭す様に
 「大学生でしょうに。 生理のことは母さんが細かく言はなくても・・」
 「初めてのときは、女性は肉体的な構造から多少の痛みは仕方なく我慢するものよ」 
 「母さんは、昨夜、あなたの声を耳にして、恥ずかしさと情け無さで毛布をかぶってしまったゎ」 
 「赤ちゃんを産むときは、もっと痛く切ないものよ」
と、いきなり説教されたので、彼女は思いがけない咄嗟の説教に返す言葉もなく、少しの間、俯いて黙っていたが、なおも、キャサリンが
 「そんな子供みたいな幼稚さでは、大助君に嫌われてしまい、母さんもあなたの面倒を見切れないゎ」
と追い討ちをかける様に言はれたので、彼女は俯いたまま気まずそうに小声で
 「母さん、何か勘違いしているんだゎ」 
 「昨夜は、わたしの悪戯書きを彼に見られてしまったので、思わず大声を出して、彼から取り返したのよ」
 「わたし達、春にお別れするとき永遠の愛の契りを結んでおり、ご心配なさらないで・・」 
 「わたし達、母さんが想像なさるようなことは、とっくに卒業し、もう、立派な大人なのょ」
と抗弁した。
 キャサリンは、彼女の返事を聞いて唖然として、顔を少し赤らめ 
 「そぅなの~」
と、彼女から顔をそらして弱々しい声で返事したあと
 「それにしても、貴女には、何時もハラハラ ドキドキさせられて、母さんも心配が尽きないゎ」
と言って、不安と安堵が入り混じったような複雑な顔をして俯き、美代子から顔を背けてテーブルを拭きながら
 「避妊だけは、貴女の責任で忘れないようにしてよ」
と小声で注意していた。

 お爺さんは、ダイニングに顔を出すと、二人の様子を見て
 「なんだ美代子。また不始末して朝から説教されているのか」
と言って一寸睨んで椅子に腰掛けると、続けて大助も入ってきて、二人はお爺さんの勧める自家製の梅干を口に含んだあと、キャサリンの注ぐ緑茶を美味しそうに飲んでいた。   
 美代子は早速朝飯をキッチンから順次運んできて揃えると、皆が揃って箸を運んだが、大助が小魚の佃煮をかざして
 「これは美味しいわ。久し振りだなぁ」
と言って食べると、お爺さんは
 「大助君、これはヤマメといって川の最上流にいるんだよ」
 「初夏のころ、寅太が捕ってきたものだが、寅は裏山を自分の庭の様に熟知していて、時期になると必ず持って来てくれるんだ」
 「落ち着いたら、君も一緒に行き、とって来なさい」
 「自然に親しむことは楽しいことだよ」
と話かけているので、彼女はお爺さんの説明が長く、壁掛けの時計を見ながら、大助の食事に邪魔と思って業を煮やし
 「お爺さん、朝の読教のとき打つ鐘は、下手な消防団員が火の見櫓の鐘を無茶苦茶に叩いているようで、大助君には迷惑だゎ」
と皮肉を込めて言いながら、何時もと違い、ご飯を勢いよく食べるので、大助が見かねて
 「美代ちゃん、今朝は沢山たべるんだね」「今日、君がする仕事はたいしてないよ」
と言うと、彼女は、朝、キャサリンから説教されたことが面白くなく
 「ヤケグイヨッ」 「オンナハ タマニワ コンナコトモ アルワ」 「大ちゃんには関係ないので、沢山食べてね」
と答えると、キャサリンは箸を置きながら、呆れて「威張ってるぅ~」と溜め息を漏らすと、お爺さんは
 「大助君。この子は、たまにこんなことがあるが、今後は、彼女の教育を君にも任せるので、失礼なことがあったら、防大式に遠慮なくビンタをくれて、身体で覚えさせてくれ給え」
と、打鐘のことを皮肉られたのが癪に触り言い返していた。 彼女は、そんなお爺さんの話を意に介さず
 「彼はそんな野蛮な人ではないゎ」
と言って、口答えしながら黙々と箸を運んでいた。
 大助は、そんな会話を耳にし、やはりこの家は美代子を中心に生活が廻っているんだなぁ。と、思いながらも、荷物整理のことに頭をめぐらせていた。

 朝食後、お茶を飲みながら、お爺さんは、大助に
 「朝晩、布団の上げ下げは大変なので、今日、業者を呼んでベットを用意しておくから」
 「机と書棚等は、費用は用意するから、美代子と相談して使いやすい物を選んで、あとで店に行き注文してくれんか」
と言うと、美代子は間髪をいれず
 「ベットは、照明つきの ダブル ヨッ」
と語気を強めて口を挟み、渋い顔をするお爺さんが
 「お前のは自分の部屋にある物を使えばよいでないか」「すぐその様に勝手なことを言うんだから・・」
と言うと、彼女は
 「イイカラ ワタシノユウトウリニシテョ」
と、無理矢理注文をつけていた。
 大助は「和室で布団のほうが、頭が休まるのでいいんだが・・」と、率直に答えていた。 
 お爺さんは、彼の意見に頷きながらも、彼女の話を無視して
 「座敷にベットは似つかわしくないが、春になったら、君の都合で、美代子の洋間を改築工事して使用してもよいが・・」
 「美代は、君の居間と離れた別の部屋に移すつもりだわ・・」
と言いかけたところ、賄いの小母さんがダイニングに顔を出して「お友達が見えましたゎ」と、寅太達が迎えに来たことを告げた。

 皆が、玄関に出ると、お爺さんは愛想よく
 「おぉ 寅太に三郎。今日は日曜で休みだろうが、御苦労だが大助君のため応援頼むよ」
と言うと、寅太は
 「お爺さん、いちいち社長に電話しないでくれよ」
 「先生から電話があると、社長は緊張してしまい、帰り際に、明日はきちんと遅れずに医者ドンにゆけよとか。朝は早くから電話をしてきて、モタモタしないで早く行け。と、言ってきて、五月蝿くてかなわんわ」
と返事をすると、三郎も寅太の話に便乗して
 「施設長も、お前また悪さしたのか。と、心配して、俺言い訳に困ってしまったわ」
と付け足した。 
 お爺さんは、スマンスマンと珍しく彼等に頭を下げていたが
 「お前達は、中学時代暴れん坊で街中に迷惑をかけたが、今では街中でも評判の模範青年になり立派なもんだ」
 「晩飯は、御馳走するからな」
と言って笑っていた。
 彼等は、何時もは小五月蝿い老先生にしては珍しい褒め言葉以上に、作晩、美代子から貰った多額の小遣いのことが嬉しく、休日返上の手伝いに気合を入れていた。
 寅太は、美代子の服装を見て
 「美代ちゃん、そんな綺麗な服装で、何しに行くんだい」「埃で汚れるし、遊びでないんだよ」
と注意すると、彼女は大急ぎで部屋に戻り、緑色の7分袖のワイシャツにグレーのトレパンに着替えて来た。

 中秋の山麓の朝は冷えていて、玄関先に出ると、鰯雲がまばらに見えるが快晴で、空気は冷えていて大助は思わず肩をすぼめたが、良く晴れ渡った秋空に、細い綿屑の様なものがキラキラと朝日に照り映えている光景を見て珍しかったので、美代子に
 「ほらっ あの光って見えるもんはなんだろうなぁ」
と聞くと、彼女は
 「あぁ~ あれは蜘蛛のイトが寒風に切れて舞い上がり、上昇気流に乗って空を浮遊しているのょ」 
 「この地方では”雲迎え”と、お年寄りが言っているが、雪の季節が近いことを知らせてくれるらしいのょ」
と、飯豊山の麓に位置する田舎町の風習を教えてくれた。
 大助は、空気が澄んで遠くの山並みが青く望め、刈り遅れた稲の穂先がたれる自然が残る田舎の風景が好きで、引越しの煩わしさを一瞬忘れて、清々しい気持ちになった。

 
 

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(続) 山と河にて 15

2024年01月17日 08時29分11秒 | Weblog

 大助は、美代子がイギリス滞在中に書き溜めたラブレターを読み終えると、今日、突然降って湧いたような巡るましい出来事で神経が疲れ、枕元のスタンドを薄暗くして横臥し浅い眠りに誘われウトウトしていた。 
 暫くすると襖戸を静かに開けて美代子が部屋に忍び込むようにして入って来るや、彼の脇にソーッと添い寝して足首を重ねたが、彼は彼女の足先の感触でハット気がつき目が覚めたが、知らんふりして背を向けたまま横臥していた。
 彼女は、彼の足先は温もりがあり気持ちが良いので、そのまま、暫く触れていていたが、突然、大助が背を向けたまま、けだるい声で
 「ヤァ~ 君の足は冷えてるなぁ~」
 「今日のことで頭がのぼせあがっているから、血液の循環が悪いのかなぁ」
と小声で言ったので、彼女は彼が眠っているとばかり思っていたので、一寸、ビクッとし
 「アラッ、大ちゃん、眠っていなかったの?」
と答えたが、彼は仰向けになり、そのまま何も答えず二人の間に沈黙のときが流れた。

 美代子は、半年振りに、大助と一緒に床の中で身体を触れあったのに黙っている彼がもどかしくなり、彼の胸に顔を寄せて、
 「ねぇ~ 今日のこと、まだ怒っているの?」
 「わたしも、大ちゃんと偶然逢えた嬉しさと、荒れたお部屋の状態を見て悲しくなって、深い考えもなく思いつきのまま勝手なことをして、悪かったゎ」
 「でも、そうするしか、他に方法が思い浮かばなかったので、御免なさいんね ユルシテエ」
 「でも、今、こうしていられるのも、結果的には間違っていなかったと思うゎ」
と呟いた。 
 彼は黙って聞いていたが、彼女が執拗に頬を指先で突っつくので、眠そうな重い口調で
 「今迄、勉強していたのか」 「感心だなぁ。勉強は難しいか?実習もあるんだろう」
 「さっき、風呂に突然入って来たとき見たが、君は一段と成長して大人ぽくなり、脛も春先から伸びた様だが、相変わらずお茶目で、面食らってしまったょ」
と答えると、彼女は彼の返事の内容に安堵して、彼の胸に伸ばした手先に力を込めて寝巻きの襟元を引張り
 「お爺ちゃんやママと、明日からの大ちゃんを交えた暮らし方や部屋の準備等を話し合っていたの」 
 「お爺ちゃんは余程嬉しいらしく、寝酒もきいて饒舌になり、上機嫌で、引越しには気心が知れた寅太や三郎がいいなぁ」と、勝手に決めて、早速、山崎社長と施設長に電話をかけて応援を頼んでいたゎ。
 「でも。ママは、わたしが勝手にパパと会ったことが気に入らず不機嫌で、まだ子供なのね。と、呆れていたゎ」
 「お風呂のことも、恋人同士なら普通のことと思うゎ。大学のお友達も、皆、恋人に尽くすことで愛を確かめ感じているのょ」
 「大ちゃんが、真面目と言うか、理性が強く堅すぎるのょ。それとも、女心が判らないのかしら・・」
と一気に話したあと 
 「ネェ~、わたしを抱きしめて何でも良いから話してよ。黙っていてはつまらないわ」
 「わたし、どの様にされても喚かないから、大ちゃんの好きな様にして・・」
と言って、彼の腕を引張って無理矢理、彼を自分の方に向かせてしまった。

 大助は、彼女と顔を合わせると抱きしめて、いきなり、風呂場のときと違い激しくデープ・キスをすると、彼女も待ち焦がれていたように、彼の首に腕を絡めて積極的に応えたが、彼はそのあと再び身体を離して仰向けになり、一向に次の行動を示なさいないので、彼女は恥じらいを隠して、自分で前縛りの帯をといて彼の懐に顔を擦り寄せ
 「ネェ~、どうしたの。春、お別れする前の夜は、お互いに凄く感激したのに・・」
 「やっぱり、大学に彼女がいるの?」
と囁くと、彼は話したくないような口調で、彼女の頭越に
 「いる訳ないだろう。執念深いなぁ」
 「僕は、男としての評価はC級だよ」 「だから、知識も能力も欠けていて、ダメオトコだよ」
と答えたので、彼女は草食系とか肉食系とは聞いたことがあるが、C級なんて表現を初めて耳にしたので、意味が理解できず 
 「ナニョ ”C級”って。なんのこと?」 
 「医学生の間で、そんな自虐的な表現が流行っているの?初めて聞いたゎ」
と聞き返すと、彼はスタンドをつけて、枕元の紙袋をガサゴソとかき回し、さきほど読んだ”大助の評価書”を取り出して、顔の上で広げ、小声で皮肉ぽく”性的知識・行動評価C”と、その部分だけ言葉に力を込めて読みだしたので、彼女は慌てて、ウッカリ入れておいた落書を抜き取っておくことを忘れ、シマッタ! と気ずき、思わず大声で 
 「イヤ~ッ! ヤメテェ~ 」
と金きり声で叫んで半身起き上がるや、彼から落書のレターを強引に取り上げ、破いて屑篭に捨ててしまった。

 大助は、その声に驚き思わず起き上がり、彼女を抱き寄せて口を手の掌で押さえ
 「コラッ!夜中にそんな大声をだすな。僕が、嫌がる君と無理矢理SEXを強要しているみたいでないか」
と怒って、再び、横になって背中を向けてしまった。

 彼等の部屋から廊下ずたいに3部屋離れているキャサリンの部屋に、美代子の甲高い悲鳴が深夜に聞こえて来たので、キャサリンは思わず赤面して毛布をかぶり、大学生にもなったとゆうのに娘の幼さを嘆き、彼女に対する性教育の至らなさと、大助の心境を心配して、胸の動悸が暫くのあいだ治まらなかった。

 大助は、背中にしがみつきシクシク泣いている美代子に
 「なんで、泣いているんだ。泣くこともないだろう」
と声をかけ、彼女の泣き崩れている姿態を見ていて、にわかに性欲が身体中に漲りだし、寝巻きや下着を脱いで素裸になると、はち切れる様な性の本能で、接吻したあと、下着の上から乳房に手を触れて柔らかく愛撫すると、彼女は嫌がる素振りもせず「スタンドを消してぇ」と言って手を伸ばして消すと、暗闇の中、両手で顔を覆って隠し静かにして、彼の為すままにしていた。
 大助は燃え盛る欲望を抑えきれず、半ば強引に彼女の寝巻きやパンテイを剥いでシュミーズとシャツをまとっただけの半裸身にすると、スタンドをつけて部屋を明るくし
 「君の全身を生で見てみたいわ」
と言ってシュミーズをたくし上げ、乳首を口に含んだところ、彼女は再び手を伸ばしてスタンドを薄暗くし、捲り上げられたシュミーズの裾で顔を隠し
 「いきなり、どうしたとゆうのよ」
 「女はみんな同じよ。見てもしようがないでしょう」
 「そんな乱暴をしないでぇ。大ちゃんらしくないゎ」
 「明るいところはイヤッ!スタンドを消してよぅ~」
と泣き声で嫌がり
 「アァ~ッ、乳首に歯を当てないで。痛いわ」
とうめいた。 

 大助は、見てはならないものを興味深々と眺め、赤裸々に晒された彼女の裸身をシゲシゲと見ながら、何も答えず、本能の慄くままに、胸や腹部を感触を確かめる様に柔らかくさすり、やがて大腿部から陰部に手を移し指先で秘所を優しくまさぐると、ほどよく繁ったオワシスはヴァルトリンシ腺の泉で潤っていた。 
 美代子は、恥ずかしさのあまり横向きになって腰を引き、声を殺して「オネガイ ヤメテョ~」と泣いて拒んだ。
 彼は、そんな彼女の言葉にお構いなく力任せに仰向けにすると、彼女のあられもない姿態に益々興奮して、まさぐる指先を緩めることなく続けた。
 彼女は耐え切れない羞恥心から強引な愛撫を拒もうとする心と、未知の性感に無意識に反応する体と心がバラバラになって悶えた。
 彼はその姿態をみていて、堪えきれずに燃え盛るオオジサマを夢中でオヒメサマに挿入すると、瞬間、彼女は少し呻いて身体をのけぞらせたが、すぐに彼の首に片腕を絡めて顔を彼の横顔に当てて、言葉にならない声を小さく発していた。 
 彼には、そんな彼女が必死に声を殺して耐えている様子が健気に思えた。   
 それは、若く経験の浅い彼等には性愛以前の幼ない戯れにも似た自然な行為であった。

 大助は、突如、彼女の興奮している感情を無視して、一方的に身体を離してオオジサマを抜去し、慌ててテッシュに数千の子孫を放射し、そのあと仰向けになり、深く息をしたあと
 「あぁ~ 気分がさっぱりした」
 「君の肌は弾力性があり、それでいて柔らかく滑らかで、僕が想像していた通り肌が綺麗で魅力的だわ」
 「さっき風呂で乳房を触ったときは、もっとふくよかに感じたが、お湯の浮力のせいかなぁ」
 「それでも、搗きたての小さい白い大福にアンコをチョコット乗せた様で、凄く可愛いかったよ」
と、一人ごとの様に呟くと、彼女は訳も判らずに、スタンドを消すと
 「勉強のし過ぎょ。浮力なんて・・」
と愚痴り、彼の顔を両手で軽く挟んで
 「そんなことないゎ。人並みだゎ」  「オンナノカラダハ オトコシダイョ」  「ダイチャンノ セキニンダワ」
 「それよりも、なんで急に離れるのょ」 「わたしの身体に不満なの?」「ヤッパリ ”C” ナノカシラ」
と、下着をつけながら皮肉風にブツブツ言っていたが、終えたばかりの戯れを思いだしてか
 「”超A型”に訂正するわ。それに肉食系もいいところ猛禽類だゎ・・・」
と、彼に対する夜の評価を、興奮の冷め遣らぬ余韻の残った思いで呟いていた。
彼はフフンと苦笑して
 「マタ ボクノ セキニンカ ヨ」  
 「春のときの様に、後々、君がニンシンするのを心配するのはもうコリゴリだからさ」
と言ってフフッと笑った。
 彼女は、予め用意していたバスケットから蒸しタオルを出して「拭いてあげるゎ」と言って、オオジサマに愛しげに触れていたが、その最中、オオジサマに詫びるように、か細い声で
 「コンド チャントヨウイスルカラ ゴメンナサイネ」
と小さく呟きながらも、貴重品を扱う様に丁寧に始末していた。

 美代子は、隣の自室に戻る気になれず、疲れから軽い鼾をかいて気持ち良さそうに眠っている大助の脇に寄り添うと、彼の横顔をみていて、わたしは彼に心の底から愛されているんだわ。と、改めて思い直し、イギリスから帰国以来、彼に逢えぬまま、やるせない思いでいた心の霧がすぅと消え去り「ウレシカッタヮ」と囁いて、夢の世界に誘われた。

 

 

 

 



 
  

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(続) 山と河にて 14

2024年01月13日 06時29分27秒 | Weblog

 大助は、美代子に案内されて階段を上がり、毎年遊びに来ては泊まらせてもらっている2階の広い12畳の座敷に入ると、すでに暖かそうなフックラとした布団が用意されていた。 
 部屋の床の間には”月落ちて烏啼き・・”の七言絶句の見慣れた漢詩が掛けられ、中庭の松の大木が枝先を窓際の廊下の近くまで伸びている、落ち着いた雰囲気の部屋である。
 この部屋の南隣は美代子が使用している洋式の部屋である。 隣りの部屋は家の中央に位置した12畳の座敷で、東側には煌びやかに装飾された大きな仏壇と少し小さい仏壇が並んで設けられ、反対側の隅の棚には木彫のキリストの十字架像、その脇にマリア様の優しい眼差しの絵画が飾られた部屋になっている。案内されて泊り慣れた部屋は、この両側に挟まれている。
 美代子は、枕もとのスタンドを用意したあと、自分の部屋から紙の手提げ袋を持って来て、彼に
 「わたし、下でかたずけものをして来るので、よかったら退屈凌ぎに、これを読んでいてぇ~」
と言って、彼の枕元に置いて階下に下りていった。

 大助は、一人になると障子戸と窓ガラス戸を開けて廊下に出て、深呼吸をして揺れる心を落ち着けたあと、用意された寝巻きに着替えると床にはいった。
 腕枕しながら天井を見ていると、春の終わり頃、初めて接した彼女の肌の柔らかさを想い出して感慨に耽っていた。
 そのあと、気分を紛らわせるため、紙袋の中を見ると、丁寧に束ねられた封書が詰っており、一通を開いて花模様入りの便箋を見ると、彼女が言い残していった通り、イギリスに滞在中に書き連ねたが、お爺さんの厳命と、彼が在学していた防衛大の規則から、出すことも叶わなかった、彼女らしい情熱と思慕の篭った文章のラブレターであった。

 大助は、今日の予期しなかった出来事と、彼女の強い意思によって思いがけず問題が発展し、その結果、明日からの生活に思いを巡らせ、考えが纏まらないままに、紙袋の中の手紙を次から次へと興味半分に読んでいたが、半分位目を通したところで、改めて彼女の心のうちを覗き見るような興味深々な、彼の関心を強く惹きつける便箋書きを見つけた。 それは、彼女にしては少し乱暴な文字で

 『 大助君の人物評価書
  性格・健康  血液型〇型 優しく思いやりがあり、理性強烈・頭脳明晰・運動神経抜群
           身長170位 体重70Kg 頑健・筋肉質
  家庭環境   父病死。 母と姉の3人家族 家は閑静な住宅街にあり、芝生の庭付きの  
           都会風の立派な建物である
           家族円満で母親は、看護師長の節子さんと同郷で、二人は高校・看護師を
           通じて先輩・後輩の間柄で親しみやすい感じだが、姉の珠子さんは性格
           強そうで家事を引き受けている。 
           デモ セイイッパイ ツクスヮ 
  彼との出会い 中学2年生の夏休み。節子小母さんの家に家族一同で遊びに来ていたとき、彼と出逢い、
           大河で水泳していて岸に上がるとき、足をコケで覆われた石で滑らせ、よろめいた際、
           彼が何のためらいもなく、咄嗟にわたしを抱きかかえてくれ、
           わたしも彼に無意識に抱きついたが、後日、互いに初めて異性の肌に触れ
           たといって躊躇いも無く笑って話あったが、このときの印象が今でも強烈に残っている。 
            コノトキノ デキゴトガ コイニ ハッテンスルトハ マリアサマ ノ オミチビキ カモ
  彼との恋愛  中学生の頃から、ハーフのため身体的差別を受けて、何度も泣いては頑張って来たが、
           彼はその様な肌色のことなど一切気に留めず、わたしの我儘を受け入れてくれる抱擁力
           がり、逢瀬を重ねる毎に、彼を慕う心が燃えてきた。 
           アァ~ ハヤク アイタイ
  今後の問題点  日本人を祖父に持つとはいえ、外見は三世の異国人である私を、彼は何の躊躇いもなく
           強烈な知性と理性で、わたしを優しく受け止めてくれる。この様なことは今までに一度もなかった。 
           ”初恋は結ばれない”と言う日本の諺とジンクスには絶対に負けないぞ。
           お互いに長男・長女の一人っ子であることが、珠子さんはじめ周囲の人達の言う通り 最大のネックでる。
            デモ ワタシハ カレヲ ココロノソコカラ アイシテイル
           けれども、彼の幼馴染の奈緒さんが、目下の最大の恋のライバルである。
           彼女は珠子さんと実の姉妹の様に仲良く、彼の家庭に馴染んでいるので・・・。
            彼の理性と知性は強烈で、北欧の同年代の男性に比べて、女性の身体に歳相応に興味を持つが
           行動が伴わず、わたしに接するときは、遠慮しているのか消極的で、極めて不満である。 
            ワタシガ イケナイノカシラ
  総合評価   全てにおいて、私には過ぎる人で「A」 ※性的知識・行動は「C」と判定する  』

 最後の※印は赤ペンで書いてあった。
 大助は、読み終わるとフフッと軽く一人笑いをして、何か心がいらつくことがあって乱暴な文字で書いたのかなぁ。と、イギリス滞在中の彼女の生活振りを想像した。
 そう言えば、咄嗟の反応で、初めて水着姿の異性の肌を抱きしめ、あとで思い出し赤面したときの印象を鮮明に覚えており、彼女もそのとき同じ印象を持ったのか。と、当時のことを思い出すと、出会いの運命の不思議さを改めて考えた。
 彼は評価書なるものを封書に戻して手提げ袋に放り込み、昼間の神経の疲れから眠くなって、スタンドを薄暗くした。

 暫くして、薄暗い部屋に、美代子が帯を前結びにした寝巻き姿で襖を静かに開けて
 「アラッ モウ オヤスミニナッタノ」
と小声で囁きながら入ってくると、彼の布団に滑り込むようにして静かに入ってきたが、眠っていない彼には、入念に寝化粧し長い髪から漂う香りが心地よく寝床の中に漂い疲労感を癒してくれたが、直ぐに男心を迷わせる怪しげな雰囲気に包まれた。

 

 
           
       

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(続) 山と河にて 13

2024年01月10日 03時08分30秒 | Weblog

 老医師が、大助と暫く振りに再会した機縁等を愉快そうに雑談し終えて、機嫌よく部屋を去ると、美代子は待ちかねていたように、彼に
 「わたし、どうしても自分の考えをお爺さんに判って貰いたいので少しオーバーに言うので、大ちゃんも遠慮せずに考えていることを話してネ。頑張ってよ」
 「お爺さんの顔を見ていて、大ちゃんが反対しなければ大丈夫だわ。わたし自信が湧いてきたわ」
 「なにしろ、お爺さんは君と一緒にいたいのよ」
と話すと、大助は
 「美代ちゃん、僕達の生活を大事にするなら、少し落ち着いて考えてくれよ」
 「若し、お爺さんが納得してくれなければ、本当に家を出るつもりかい?」
 「大体、僕が君の稼ぎで勉強できるとも思っているんかい。そんなこと、とても出来ないわ」
と答えると、彼女は怒りを込めた目で
 「わたし本気よ。パパも応援してくれると言っていたじゃない。ねぇ~真剣に考えてよぅ~」
と、泣き出さんばかりに言い張るので、彼は
 「僕の考えでは、お爺さんは僕達に悪いようにはしないと思うなぁ。あまり先走って心配することはないよ」
と冷静に答えているところに、キャサリンが呼ぶ声がしたので、美代子が案内して応接間に行き、お爺さんとキャサリンに対面して並んでソフアに腰を降ろした。

 美代子は、大助の手の甲に自分の手の掌を重ねていたが、興奮と緊張のあまり薄く汗ばんでいた。
 ところが、彼等の想像に反して、お爺さんは優しい顔つきで、二人を諭す様に静かな口調で話を切り出した。
 彼女は、若し、お爺さんが自分の願いを聞き入れてくれなければ、家出して養父に窮状を助けてもらう覚悟を胸に秘め、緊張した面持ちで、お爺さんの顔を凝視していたが、静かな語り口に肩の力が抜けしてしまった。
 大助は、これまでの経緯から話の筋をおおよそ察しており、普段の落ち着いた顔をしていたが、頭の中では、むしろ母の孝子に現状をどのように話せば良いのか迷っていた。 

 お爺さんは、二人の顔を見ながら、時々、お茶を口に含ませ、時折、キャサリンの顔を見て気遣いながら
  「大助君。 先程からキャサリンと、さしあたり厳しい冬を間じかに控え、君の生活のことについて相談していたが、美代子の話は少し大袈裟とも思うが、雪深い慣れない土地での自炊生活は想像以上に大変であり、この際、君の母親と親しい婦長の山上節子さんにお願いして、キャサリンと一緒に君のお宅に伺い、事情をよく説明してもらって、この冬は、この家で生活して勉強に励み、美代子と一緒に大学に通学してもらうのがベターだ。と、ワシ等は考えたんだが。どうかね?」
  「君が将来、美代子を嫁さんに貰ってくれるかどうかは、今は別問題で、君の将来を束縛仕様なんて微塵も考えておらず心配しないでくれ給え」
  「何時の日か、ワシ等と美代子の願い通りに、君が美代子と一緒になってくれれば、それは非常に有り難いことだが。兎に角、今は朝晩、君と顔を合わせることが、このワシにとって唯一の楽しみなんだよ」
  「御覧の通り、我が家には男がおらず、老いたワシには、気脈を通じて話す相手がいなく寂しくてならないんだ」
  「老人は皆そうだと思うが・・」
  「無論、ワシの願いなんだから、生活費はワシに負担させてもらい、場合によっては学資の一部を負担することもやぶさかではないよ」
  「この歳になり、病院の理事長なんて本当はしたくなく、物欲や金銭欲もなくなり、子供心に先祖帰りして、気儘に余生を送ることが夢なんだ」
  「こんな老人の他愛ない申し出は、君の自尊心を傷つけることは百も承知で言っているんだが、ワシは君が中学生の頃から遊びに来るたびに情が移り、まるで、自分の孫の様に君の成長を楽しみしているんだ。この老人の心情を判ってくれるかな?」
と話して、一息入れると、キャサリンが
  「大助さん、お爺様の気持ちを判ってやってください。私どもの勝手なお願いを是非理解していただきたい。と、私も心からお願い致しますゎ」
  「その代わり、貴方の勉強の妨げにならないように、美代子には、やたらと貴方のお部屋に行かないよう、また、我儘勝手な行動を慎むことを、私がきつく注意しておきますから」
  「美代子も、貴方の傍で緊張した生活をすることで、彼女も必然的に大人に成長すると思いますし・・」
と、老医師の日頃の心の癒しと美代子の教育のためにも・・。と、言葉を継ぎ足した。

 美代子は、それまで、おとなしく黙って聞いていたが、お爺さんが自分を庇って、我がことの様に老いの心境を巧みに話してくれたので、内心、彼の心を傷つけないお爺さんの知恵の素晴らしさに感心していたが、キャサリンの話には、自分が子供扱いされているようで反抗心が胸をよぎった。 
 けれども、お爺さんの思いやりのある話に心を奪われ、彼がこの家に住むとゆうだけで満足し
  「お爺さん、そのお考え素敵だわ。わたし大賛成だわ」
  「わたし、お爺さんとママの言うことを聞いて、大助君の勉強の邪魔にならない様に、勉強と家事のお手伝いに努力するわ」
と言って、いままでになく神妙な顔をして頭を深く下げた。
 大助は、話が終わったとみるや、美代子の手を払って、テーブルに両手をついて丁寧に頭を下げ
 「お爺さん、まるで夢のような恵まれたお話で、簡単にお受けしてよいかどうか、今、僕の一存で決められませんので、母とも相談してからお返事させてください」
 「決して、男のロマンが挫けたといった小さい問題ではなく、僕を支えてくれている姉夫婦のこれまでの苦労も考えなくてはなりませんので」
と答えると、美代子は大助の顔を見つめ、明確な返事を躊躇っている彼の態度がもどかしく、彼女はまたしても自分の心を抑えきれず、大助の言い分は理解しつつも、彼の大腿部を力一杯叩き、左腕を引張って、張りの有る声で
 「大ちゃんの、立場や考えも良くわかるが、もう、冬が目前に迫ってきているのょ。慣れない雪の中での生活は、君が想像している以上に大変なのよ」
 「わたしの、願い通りだゎ」 「グズグズ シナイデヨ」
 「取り敢えず、お母様には電話でお話して説明し、詳しいことは、早急に、節子小母さんとママに君のお宅にお邪魔させてもらって理解してもらえばいいわ」
と言い張って譲らず、彼を困らせてしまった。
 大助にしてみれば、自分が希望し専行する学科があるので転入学したのに、それなのに母や姉達が、美代子に逢いたいばかりに転校したんでないかと疑われることが一番嫌なことで、彼女との再会は偶然の出来事であることを知って欲しいと心を痛めていた。

 美代子は、電話を掛けることを渋る大助の手を引いて電話口に連れて行くので、見かねたキャサリンが
 「美代ちゃん、そんなに急ぐもんではないゎ」
 「大助君にも、色々お考えがあるでしょうに・・」
と引き止めると、彼女は
 「お母さん!なに呑気なことを言っているのよ」
 「寅太君の話では、大学に彼女がいるらしいのょ」
 「わたしの、人生がかかっているので、口をはさまないでよ」
と、一気に嫉妬心を爆発させると、お爺さんは途端に部屋中に響くような大声で
 「この我儘娘!。今時、たとえ彼女の一人や二人いても不思議でないわ。お前にもボーイフレンドがいるだろう。良く考えてみろ」
と怒鳴りつけるると、美代子もお爺さんに負けず劣らず大声でワーと泣き出し、大助とキャサリンはそれまでの平穏な部屋の空気が一瞬乱気流が起こったように、部屋の雰囲気が一変し驚いてしまったが、少しおいてキャサリンが美代子に優しく
 「美代ちゃん、大助君と寅太君のどちらを信頼するの。母さんは大助君だわ」
 「だからこそ、お爺さんが言われたことに賛成したのよ」「あなたも大学生らしく振舞って欲しいわ」
と諭すと、彼女もやっと冷静さをとり戻したが、それでもはやる心を抑えきれず無理矢理、彼を電話口に連れて行ってしまった。

 大助は、彼女の剣幕に押され、彼女の話を否定するのも面倒になり、彼女が電話機の番号をプッシュしたので、仕方なく渋々受話器を受け取って、母親に刺激を与えない様に気遣いながら、要領を得ないことを話しだすと、彼女は受話器を取り上げ、その都度頭を垂れながら、丁寧に時候と帰国した挨拶を話したあと
 「今日。大ちゃんと、友人の知らせで思いがけずお逢いしましたが、あまりにも・・」
と言いかけたとき、大助は美代子から、再度、受話器を取り上げて、代わった姉の珠子に対し、電話をかけた理由を簡単に話したが、困惑したような姉の明確な返事を聞かないうちに、美代子が再び受話器をとり、少し緊張して振るえ気味だが、優しい声で
 「お姉さん、あとで詳しいお話は節子小母さんと母から説明に上がります。これからは、わたしが、彼のお世話を一生懸命にさせていただきますので、御心配なさらないで下さい・・」
と自信たっぷりに話すと電話を切り、彼の顔を見て満足そうに肩をすくめクスッと笑った。

 キャサリンは、美代子の強引な仕草に、母親としての恥ずかしさで身が縮む思いがしたが、大助が娘の性格を知り尽くしているためか、鷹揚に接していたので胸をなでおろした。
 それに反し、お爺さんはフフッと軽く笑って二人の様子を眺めていた。  
 美代子は、応接間に戻ると、機嫌よく
 「明日、彼の荷物を運ぶゎ」
 「山崎社長と駐在さんに電話して、寅太君と三郎君にも、お手伝いして欲しいとお願いしておいてね」
と、お爺さんに言い残すと、彼を二階の部屋に連れて行ってしまった。

 お爺さんは、キャサリンと二人になると、独り言の様に
 「美代子は、大助君が来ると、どうしてあぁ能天気が強くなるのかなぁ」
 「君も、薬剤師の仕事もあり忙しいのに、そのうえ、美代子の躾けにも心を配らなければならず、ワシもそれとなく気配りするが・・」
と言って、キャサリンを慰めながら、今後の生活について語りあった。
 キャサリンは、お爺さんの話しかけに頷きながら、お茶を入れ替えていた。

 キャサリンは、美代子の燃えたぎる溌剌とした様子に嬉しさの反面、若い二人だけにチョッピリ不安を覚えながらも、娘が少しずつ自分の手から離れて行く複雑な思いにかられた。
 それにもまして、美代子が正雄に逢ったことが頭の隅からはなれず、悲しく寂しい思いに心をいためた。

 何気なく窓外を見ると、月明かりに照らされた庭の柿の葉が柔らかい木枯らしに吹き晒されて、一枚二枚と枝から離れヒラヒラと舞っていた。

 

 
  

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(続) 山と河にて 12

2024年01月07日 02時37分29秒 | Weblog

 美代子は、ラーメン店で寅太と三郎に礼を言って帰宅する道すがら、大助の腕に手首を絡めて甘えていたが、自宅の玄関前に来ると立ちどまり大助に念を押す様に、普段の強気な彼女に戻り
 「明日は、わたしの家に引越しするのょ。わたしも、お手伝いするゎ」
と、彼の腕に絡めた手に力を込めて、当たり前のことの様に、こともなげに言うので、彼はとっぴなことを急に言はれ
 「エッ!そんなこと誰が決めたんだい」「僕は、そんなことは頭の中に全然ないよ」
と返事をすると、彼女は言葉に力を込めて
 「わたしが、決めたことょ。いいでしょう」
 「これから、お爺ちゃんとママに、わたしの堅い決心を説明するの」 
 「大ちゃんも、わたし達の幸せのために、お爺さんに対する説得を応援してね」
と、平然とした顔で答え、彼に反論の隙を与えなかった。 
 彼は、彼女に逆らって感情を刺激して、玄関で言い争っていることを街の人に見られた場合みっともないと思い、考えが纏まらないまま 
 「アァ~ァ、トウトウ、今晩、美代ちゃんの婿さんになる約束をするのか」
 「珠子姉さんや母さんにも相談してないのに・・」
 「学業を諦めて一緒になるなんて・・。若過ぎる僕達のことを聞いて凄くビックリするだろうなぁ」
 「僕。正直、将来に自信がもてないや」
と、大きな溜め息をつき、彼女の独断的な言葉にあきれて本気とも冗談ともつかない一人ごとを呟き、星がチラチラと瞬く更け行く秋の夜空を見上げながら、感傷的な気分で小声で呟いたら、彼女は再び正面に立ち塞がって止まり、彼の両手首を力強く押さえ、顔を見つめてブルーの瞳を光らせ、彼を勇気ずける様に
 「チガウノ! チガウノヨ。わたしが、大ちゃんのお嫁さんになるのっ!」
 「引越しは、君の勉強第一に環境を整えるための一時的なものょ」
 「病院の跡継ぎなんてことは、わたしには関係ないことだゎ。余計な心配をしないでね」
 「あくまでも、自分達の幸せを築くためで、どんなに辛いことがあっても耐えて、何処までも君について行く決心を前から決めていたの」
と、自分の描く世界を既定のものと決めつけ、澄ました顔で
 「わたし、将来、例え、大ちゃんが新米のお医者さんで安いお給料でも、わたしも、なんでもして働いて、二人が幸せになれる様に頑張るゎ」
 「泣き言なんて絶対に言はないゎ」
と、彼女の描くロマンを真剣な眼差しで話した。
 彼は、自分達の置かれた立場を超えた彼女の飛躍的な話に、会話をするほどに頭が混迷してしまった。 

 彼等が帰宅すると、お爺ちゃん達はキャサリンと居間で話し込んでいたが、大助の顔を見るや、お爺さんは
 「大分冷えただろう、一風呂入って身体を温めてくればいいさ」
と話したので、美代子はすかさず「わたしも、一緒に入るゎ」と便乗して、彼の背中を押して風呂場に向かったので、キャサリンはビックリして
 「まぁ~、呆れた子だゎ」「恥ずかしくないのかしら」
と小声で愚痴を漏らすと、お爺さんは
 「好きな様にさせておきなさい」 「無理に引き止めて五月蝿く騒がれても困るので」
 「それに、春先も一緒に入っていたし、今時の子供の考えはワシには判らんわ・・」
と、大事な話をする前だけに気をつかっていた。

 大助が、先に湯船に身体を沈めていると、美代子は
 「湯加減はどうを。わたしも入るわょ」
と言うが早いか、さっさと湯船に入り、彼の左側に身体を摺り寄せて、胸に当てていたタオルから手を離し、彼女の癖で、彼の腕に手を絡ませ、甘える様に頬を肩に寄せ、足を思いっきり伸ばしたので、彼も春休みに何度も一緒に入ったが、やはり久し振りに触れる彼女の柔らかく滑らかな肌に本能がうずき、照れ隠しに
 「オイオイ また足が長くなったようだなぁ」
と言うと、彼女は
 「そんなことないゎ」「それより、大ちゃんの体こそ筋肉質で逞しくなって、わたし、頼り甲斐があり、嬉しいゎ」
と言いながら、彼の胸毛を悪戯ぽくチョコット引張ったので、彼は
 「コラッ イテェ~ヨッ」
と言って彼女の手を払った。
 大助は、美代子が股間に手を伸ばすのを警戒して、タオルを当てて用心すると、彼女は、もたれかかるようにして耳もとで、フフッと笑ったあと、囁く様に
 「私達が中学生のころ、大ちゃんが、体操で両手足を怪我して入院している病院にお見舞いに行ったおり、オオジサマを摘んで、し尿瓶にオシッコをさせてあげたことを覚えている?」
と聞くと、彼は
 「覚えているさ」
 「君が看護師を病室から追い出して、いきなり乱暴にオオジサマを摘むから痛かったし、まさか、そこまでするとは思わなかったので、恥ずかしさを通り越して驚いてしまったよ」
 「でも、我慢していて漏れそうだったので助かったが、手際のよさに、やっぱり、医者の娘だなぁと感心したよ」
と返事すると、今度は
 「じゃぁ、春休みが終わり、お別れする前の夜、わたしの人生で一番大切なものを、大ちゃんに捧げたときのことわ?」
と、恥ずかしさを隠す様に悪戯ぽく聞くので、彼は
 「う~ん、微妙な質問だなぁ。 初めての経験で夢中だったので、よく覚えていないやぁ」
と、わざと、あいまいな返事をすると、彼女は指先で彼の鼻先をピンと突っき
 「うそつきぃ~、わたしが、妊娠するんでないかと、翌朝、さかんに心配していたくせに」
と言って、その夜の出来事を想い出したのか、懐かしそうにクスクスと笑った。

 湯船から上がり、彼女が彼の背中を洗い出したが
 「アラッ 背中にも産毛が少し黒く生えているゎ」
 「さっき、お爺さんと一緒に入ったのに垢が出るゎ。二人で何をしていたのょ」
と言ったあと、彼女は糸瓜に変えて軽石で軽くこすり始めたが
 「アラ~ッ 垢がでるわ、でるわ、面白いほど」
 「大体、新潟にいるときは満足にお風呂にはいっていたの」
とブツブツ言いながら擦ったあと、シャンプーで流し終えると、小声で
 「前も洗ってあげましょうか」
と言ったので、彼は自分で洗うといって、ヘチマを取り上げ
 「美代ちゃんの、背中も洗ってやろうか」
と言うと、彼女は
 「ダメ ダメ、お尻を触りたいんでしょう」
と悪戯っぽく言って、慌てて湯船に入ってしまった。 彼は
 「チェッ! 親切に言ってあげたのに」
と言いながら、湯船の中でタオルの上から乳房を軽く触ると、彼女は拒否反応を示さず、目を閉じて静かにしていた。

 お風呂から上がり居間に戻ると、お爺さんは待ち草臥れていた様に
 「随分、長い湯だなぁ」
と呆れたように言うと、美代子が
 「お爺さん、さっき、大ちゃんとお風呂に入って彼の背中を洗ってあげたの?」
 「わたしが、洗ってあげたら垢が幾らでも出るので、思いきって軽石でこ擦ってあげたゎ」
と言うと、お爺さんは「そんな乱暴なことをして」と渋い顔をしたが、彼女は
 「アノネ 彼の腿や脛は勿論胸毛が濃く背中にも薄く毛があり、彼の先祖は熊襲かしら」
 「だけど、皮膚が厚く、鍛えられていて、とっても頼もしかったゎ」
と、聞かれもしないことを喋ると、キャサリンが
 「美代子ッ!貴女何を言うのよ。母さん目から火が出るくらい恥ずかしいわ」
 「貴女は、大学生にもなって、体ばかり大人になって脳は全然成長していないのネ」
 「人の体のことについて、余計なことを言うもんではないのよ」
 「これでは、大助君が居所を連絡しないのは無理もないゎ」
 「大助君が、貴女から逃げても、母さんは知りませんからネ」
と注意すると、彼女は舌をペロリと出して首を竦め、彼の顔をきまり悪そうに覗いた。
 お爺さんは、孫娘の率直な話に苦笑しながら、大助の平然としている顔つきに安心して、彼と冷えたビールを飲みながら、寅太達の様子を聞いていた。
 

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(続) 山と河にて 11

2024年01月03日 09時48分48秒 | Weblog

 老医師であるお爺さんは、美代子の切羽詰った話と表情を見ていて、孫娘の誇大すぎる悲壮な話と思いつつも、内心では彼女の心情を理解出来き、余りにも自己中心的な考え方に困惑を覚えた。
 その一方、中学生の頃から可愛いがっていた、大助を自分のそばに置いておきたい願望もあり、考えも纏まらないままに「よしっ、ご飯にしよう」と言って、彼女の話を遮り、キャサリンに夕飯の用意を催促して用意させ、皆が食卓についてキャサリンが大助君のお茶碗に御飯を盛り付けようとしたとき、彼女は
 「ママッ!大ちゃんのことは、私がするからいいゎ」
と言って、キャサリンからお茶碗をとり上げて、自分で不慣れな手つきでご飯をよそって、祖父や母の目をチラット見て恥ずかしそうに大助に差し出した。
  お爺さんは、その様子を見ていて、思い込みの強い彼女の性格から、彼女の言い分を否定すれば、このあと、何をしですかと思うと心配でならなかったので、美代子と大助の気分を察して、食事の雰囲気を和らげるべく、冗談交じりに大助に対し
 「君もとんだ災難に遭遇してしまったなぁ。寅太のヤツ、余計なことをしやがって、またもや、ワシにテロを仕掛けよったわ」
と、苦笑いして言うと、彼女が
 「ナニヨ ヤブイシャガ」「娘心も ワカラナイデ」
と、ムキになって小声で呟いたが、お爺さんは彼女の話など意に介せず
 「大助君。君が今日、突然、訪ねてきてくれたのでワシは嬉しいが、もう帰る汽車もないので、今晩は此処に泊まっていってくれ」
 「君の勉強と生活環境、それに我が家の爆弾娘の始末については、あとで、キャサリンと相談して、君と君の家族に迷惑をかけない様に、なんとか知恵を絞って考えるから」
と言うと、彼女は大助の肘を指で突っきニコット笑って、<大ちゃん、判ったでしょう。>と、言わんばかりに満足そうな顔をしたが、大助は明日からのことが心配になり、彼女には目もくれずに黙々とご飯を口に運んだ。 
 彼女は大助の空になったお茶碗を見て、今度は山盛りに御飯をよそうと
 「今日、お昼も満足に食べていなし、ホテルでのお食事も喉に通らなかったでしょうに・・、沢山食べてネ」
と言って渡した。 
 お爺さんとキャサリンは、彼女の嬉々とした姿となんとなく頼りない手つきだが、彼に対し馴れ馴れしい態度、それを自然に受け入れている大助の健康的で旺盛な食欲と、二人の意気のあった態度に、彼等は、すでに友達関係の域を完全に超えていると改めて悟り、深みにはまらねば良いがと思う心配と、飾ることもない和やかで嬉しそうな様子に、安堵して見とれていた。

 母親のキャサリンは、美代子の言い分を黙って聞いていて、内心、大助の体からほとばしる健康な若者男の匂いが美代子の幻想を豊かにし、チョットした大助の声のリズムが美代子の聴覚をウットリとさせ、彼女の愛情はそうゆう未熟であるが、青い果実の様に旺盛な成長力を秘め、彼に身も心も献身的に捧げて尽くす、清純な娘心を愛しげに思った。
 彼女は、美代子のそのプラトニックな愛情は、信仰する神マリヤ様にすがる心に通じ、彼女が趣味のピアノに求める心にも通じていると思い、その清純さと意思の強さが、大助君にも何処か通じるものがあると感じとった。
 彼女は、それにしても二人が中学生のころ河や裏山で遊んでいた、あのあどけない頃に比べて随分と大人っぽく成長したもんだと、我が身の環境の悲劇的な変化や、自分も歳を重ねていることを忘れて、彼等が頼もしく思えた。

 大助と美代子が、食事後、食堂で待機している寅太と三郎に話の結果を連絡すべく家を出るとき、お爺さんは大助に
 「麓の街は日が落ちると急に冷えるので、ワシのアノラックを着て行きなさい」
と言って、美代子に用意させた。
 美代子は、今晩は大助が家に泊まってくれるのが嬉しく、彼の腕に手を絡めて機嫌よく、寅太の待機しているラーメン屋に向かった。
 彼女は、歩きながら大助に
 「ねぇ~、わたし達にとっては常識的で普通のことが、何故こんなに面倒なの?」
と話しかけたが、彼は今日一日の突然の予期しなかった出来事に、今後のことが心配になり、返事をしなかったので、彼女は、絡めている腕を揺さぶり
 「大ちゃん、怒っているの?」「なんとか返事をしてょ」
と催促したので、彼は
 「美代ちゃんの我儘勝手な行動には、僕、返事の仕様がないよ」「お爺さんも困っているだろなぁ」
と呟くと、彼女は本来の強気に戻り
 「そんなことないゎ」「君が見えたことで、あれで結構喜んでいるのょ」
と、彼の心配を気にもとめず
 「明日からは、大ちゃんの引越しに頑張るゎ」
と、またもや、誰も決めてはいないことを自分勝手な思い込みで明日自宅に引っ越しすると言いだし、彼も内心あきれ返っていたところ、町の馴染みのお婆さんに出会い「オヤオヤ 美代子さん、お婿さんと一緒に何処サ行くのかね」と声をかけられ、彼女は「お婆ぁ~さん、冷えてきたので、風邪を惹かないようにしてね」と挨拶し、お婿さんと言ってくれたことが嬉しく
 「ほらみなさいっ!大ちゃん、町の人達は、わたし達のことを、当然のことの様に思っているのょ」
と、益々、上機嫌で彼の横顔を覗きこんで青い瞳を輝かせていた。

 店に入ると、寅太と三郎は、ビール瓶を脇に置いて餃子とラーメン丼をテーブルに残したまま何やら話しこんでいたが、美代子の話を聞くと、三郎が
 「あぁ~、やっぱり心配しただけ無駄だったか」
 「寅のヤツ。何時、爺さんから呼び出しが来るかとビクビクしていて、今晩ばかりは真紀子に、<シッカリシナサイ>と逆に励まされていたよ」
と、相変わらず呑気なことを言ったあと、急に白い封筒を出して
 「美代ちゃん、さっき貰った封筒の中味を見たら、10万円も入っていたので、幾らなんでも全部貰う訳にはいかんわ」
 「折角だら美代ちゃんの好意に甘えて、寅太と1万円だけ貰っておくわ」
と言って封筒を差し出したので、美代子は、昼間大騒ぎをさせた手前もあり、それに、何より想像に反して家庭内が荒れずに、自分の思う様に話が進んだこともあって
 「いいのよ。そのお金を持って帰れば、お爺さんとママに対し、わたし、良心が咎めるゎ」
と返事をして大助の顔を覗き込んだら、大助は
 「美代子の言う通りで、何よりも君達に大迷惑を掛けて、下手すると地獄へ行く寸前だったので、僕のお金でないが、まぁ美代子の気持ちと思って、いただいておけばよいさ」
 「考えてみれば、正雄先生も、君達の奮闘努力のお陰で、美代子に久し振りに逢えたことだし・・」
と言って笑っていた。
 三郎は引っ込みがつかなく躊躇していたが、寅太は三郎を見て顎でしゃくり
 「こいつは、長生きするよ」「それにしても、お爺さんが怒らずによかったなぁ」
と一言呟いて苦笑すると、三郎は大金を貰った嬉しさもあり、大助に
 「今晩は汽車もなく帰れず、泊まりだろう」
 「そうなれば、今夜は村で一番の美人を抱きしめて、今度は昼間と違った意味で、うんと彼女を泣かせてやってくれよ」
と、相変わらず調子に乗ってへらず口をたたいたので、寅太は「このスケベ野郎っ!余計なことを言うな」と言って、本気で彼の頭に拳骨を一発くらわせた。
 三郎は「チエッ!今日は最後まで運がついていないわ」と首をすくめていた。
 美代子は、三郎を慰める思いで悪戯っぽく
 「サブチャン お心遣いしてくれて有難う。君が今日一番の福の神ょ」
と言って大助と寅太の顔を見て笑っていた。

 お爺さんとキャサリンは、彼等が出掛けたあと、大助が静かに勉学に勤しむ方法や美代子のことについて話あった。
 キャサリンは、これから厳しい冬を迎える大助君の生活環境と、美代子の彼を慕う心情を調和させるには、先行きのことはともかく、取り敢えず、春まで大助君に家から通学してもらい、その代わりに、美代子には、大助君の迷惑にならぬように、自分の部屋で一緒に寝てもらうことにして、いずれ節子さんの協力をえて大助君の家族の了解を得るしかない。と、珍しく自分の考えをはっきりと述べた。
  キャサリンは、二人をその様にさせることにより、美代子が自分の手元で生活の実技と、礼儀や作法を、自然と身につけ、大人の女性として成長することを願い考えた。
 お爺さんも、キャサリンの意見に異存なく
 「ヨシッ!善は急げだ。明日は日曜だし、業者に頼むのも仰々しいので、寅太と三郎に手助けしてもらうように、山崎社長に頼むことにしよう」
と即座に納得し、彼等が帰宅したら説明しようと機嫌よく答えた。

 大助と美代子は手を繋いで家路に向かい、ススキの穂がそよかに揺れる河沿いの堤防の道をゆっくりと歩き、大助が薄黒く霞んで見える対岸の3本杉を見て指差し
 「春に別れるとき、あの杉の木立に祈った美代ちゃんの敬虔な気持ちは、どうなってしまったんだい?」
 「遠く離れても、二人で頑張ろう。と、神様に祈ったんでないのかい」
と、何気なく呟くと、彼女は気分が高揚しているのか、立ち止まって彼に抱きつき、声を細めて
 「そんな意地悪言はないでぇ」
 「今、こうして大ちゃんと歩けるのも、あの杉の霊が、わたし達を見守っていて下さるからょ」
と、彼の背中に廻した手に力を込めて答え、顔を近ずけて目を閉じたので、大助は自然と唇を合わせると、彼女の燃え盛る情熱が熱く伝わってきて、肩まで垂らした髪にアマリリスの様な香りが漂っていた。

 飯豊山脈の峰々の端にかかる、中秋の半月も明るく、星屑もまばらな今宵は、月の光が二人の蒼い影を照らし、そよ風が美代子の長い髪を微かにゆらしていた。
 

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