日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (5)

2024年09月30日 04時04分53秒 | Weblog

 江梨子と小島君は、不安な気持ちで臨んだ就職試験の前夜、思いもよらぬ会社の接待を受けたが、案内役の阿部さんの正直で優しい話振りに引きずりこまれて、それまで抱いていた不安と緊張感も薄れて気持ちが楽になり、また、夜景が眺められる豪華なレストランでの雰囲気にも次第に馴染んで思う存分夕食をすませた。

 部屋に戻った江梨子は、ワインの飲みすぎか
 「暑いわ~、着替えるから一寸の間、外を見ていてね」
と小島君に言って、彼が窓際で夜景を見ていると、彼女はクローゼットを開いて鏡を覗きながら、さっさと着替えをはじめたが、少し間を置いて、小島君が
 「もう いいかぁ~」
と言いながら振り向くと、彼女は
 「まぁ~だだよぅ~」
と言いながら着替え中であったが、彼はチョット振り向いた際、一瞬、見てはいけないものを見た驚きで、思わず
 「アッ!ゴメ~ン」
と言って謝りながら、慌てて手の掌を顔に当てたが指の隙間から、彼女のスカートを脱ぐ艶かしい姿態や、清潔感に満ちたシュミーズの裾から覗いて見える白い大腿部をチラッと見てしまった。 
 彼は、再度、興味と興奮が入り交ざった複雑な思いで外に目をやっていたら、彼女が「終わったわ」と言う声で振り向くと、急いで着替えを終わった彼女に対し恐る恐る、彼らしく素直な感想を素朴な表現で
 「江梨ッ お前のフトモモは、男を悩ます色気に満ちていて、以外に白いんだなぁ~」
 「初めてナマで見たが、脛に比べて適当に肥えていて、とてもセクシーでビツクリしたよ」
と声を弾ませて興奮気味に言いつつ、更に続けて、余計なことにも、思わず
 「その胸の大きさは、本物か? まさか偽物ではないんだろうな」
と、照れ隠しもあり一気に喋りだしたので、彼女は「このバカッ!」と言いつつ
 「いま、そんなことを言っている場合じゃないでしょう!」
と怒りだしたが、顔は恥かしそうに穏やかで、内心は好きでたまらない彼に、思わぬことから自身の体の隠れた部分を褒められて喜んでいる風でもあった。

 江梨子は、着替えが終わると、冷蔵庫からジュースを取り出して二人で飲みながら、明日の面接のことなどを相談し、小島君に
 「わたし達の人生の出発点なのだから、真剣にやってよ」
 「出発前のお母さんの話なんかに甘えないでよ」
 「この就職難のご時世だから、いくら親戚が経営する会社と言っても、田舎の平凡な高校卒で特技もない、わたし等が、そんなに簡単に就職出来るとは思はないわ」
 「だけど、ここまで来た以上、やるだけやってみようよ」
等と話かけて彼を励まし、彼が「判っているよぅ~」と、けだるそうに返事をして、隣に用意された自分の部屋に戻ろうと立ち上がった途端に、彼女は小島君が普段より一層愛おしくなり彼の胸に抱きつき熱いキスを交わして別れた。

 翌朝、時間通りに阿部さんが車で迎えに来てくれたので、昨晩の夕食の話などをしながら大森駅近くの会社に向かった。
 面接会場の前に用意された控え室に案内されると、すでに20名位の希望者が緊張した面持ちで腰掛けており、皆んな大学卒業生らしく自分達より年長者で、見渡したところ女性は3名しかおらず、それぞれが無言で冷え冷えとした部屋の雰囲気であった。
 案内係りは阿部さんで、一通り面接の要領を説明したあと、定刻の10時に始まり、一番最初に小島君が呼ばれ、彼は江梨子に右手を軽く上げてニコッとし、さして緊張した顔つきもせず何時も通りの表情で面接室に入って行った。  
 江梨子は、果たしてどんなことを聞かれているんだろうか。と、心配して待っていると、彼は5分位で面接室から出て控え室に顔を出すや、江梨子の方を見てニヤッと笑い廊下の隅の方に行ったので、彼女は追いかけて行き小声で「どうだった?」と聞くと、彼は小さい声で
 「家庭環境のことや、お前と一緒に来たことしか聞かれなかったよ」
と答えたあと、一層、声を細めて
 「それにな。社長らしき人が、君の指は細くて器用そうだな。そぉゆぅ指は機械の組み立てに適しており、それに女性を悦ばせる指だよ。と、訳のわかんないことを言って、ほかの役員達を笑わせていたよ」
と、右手の掌を彼女の胸の辺りに出して指を開いて、自分でも改めてシゲシゲと見ながら彼女にもホレッ見てみろよ。と、いわんばかりに指を屈折しながら、簡単に面接の模様を話したので、江梨子は拍子抜けして
 「ソレッテ ナニヨッ!そんなこと、どうでもいいのよ」
と不機嫌そうに言って、出された指をビシッと叩いて引っ込ませ、周囲に気配りしながら小声で
 「なんだか変ね?」「田舎者で、適当にからかわれて来たんじゃないの?」
と悲しそうな顔をしたが、小島君は気にしている風もなく
 「そんなことないさ。流石に一流会社は、受験者のいいところを観察しているよ」
 「俺、控え室は嫌なので、階下のロビーで少し勉強することがあるんで、そこで待っているからな」
 「お前 俺達の将来がかかっているので頑張れよ」
と言って足取り軽く歩いて行ってしまった。
 彼女は、そんな後ろ姿をみて、なんか頼りない風だが、その反面、物事に動じない楽天家なのかなぁ~。と、高校時代の陽気で、どこかひょうきんな性格で、級友に好かれた彼のことを思い浮かべた。

 江梨子は、何時まで待っても自分の番が回ってこないので痺れを切らして、阿部さんに聞いてみたら「順番は最後になっています」と教えられ、ムッとして「ねぇ 阿部さん何とか順番を早くしてくれませんか」と昨晩の雰囲気から甘えて頼むと、阿部さんはニヤッと笑って「承知しました。受付を担当している女性は秘書課勤務で社長に気にいられているので頼んでおきます」と言ってくれた。 
 江梨子は小島君のところに行くと、彼は長椅子に仰向けになってスポーツ新聞で競馬の記事を熱心に読んでいたが、彼女から順番を聞くと
 「遅い番だなぁ~」「結果は、大体想像できるよ」
 「まぁ~ 切角来たのだから、久し振りに逢う叔父さんだから社長と思わず、気楽に話をしてくればいいさ」
と、新聞から目を離さず人ごとの様に言ったあと、思いだしたかの様に
 「それよりも、今晩の宿どこにする。気楽に飯が食えるところがいいなぁ」
 「折角、東京に来たので、明日は中山競馬場に行って、万一不合格となったときに備えて軍資金を作るんだ・・」
と、入社のことは、そっちのけで半ば諦めた感じで話したので、彼女は彼の気楽な話に呆れつつも、或いはそうなるかもしれないと、昨晩の元気は消えて自信をなくしてしまった。

 そんなところに、阿部さんが慌てて飛んで来て「小林江梨子さん、呼ばれましたのですぐ来てください」と告げられたので、小島君が「レッツ ゴー」と声を発して、気合を込めて彼女の尻を思いっきり叩いたので、彼女が「イタイワネェ」と、彼の頭を軽く叩きかえして、急いで面接室に行った。

 面接室には、中央の大きい机を前に白い椅子カバーの掛けられた大きい回転椅子に、上半身が殆ど隠れて胸から上が漸く見える、髪は薄いが丸顔にチョビ髭をはやし黒縁眼鏡を掛けた、見慣れた顔の叔父の社長が、殊更に作った様な厳めしい顔つきで、まるで自分を睨めつけるかの様に座り、その左右に二人ずつ役員らしき人達が並んでいた。
 江梨子が丁寧に礼をして促されて部屋の中央に用意された椅子に座ると、社長は途端に鼻髭を撫でながら、緊張している江梨子の表情を見てとるや、彼女の心をときほごす様に気配りして、母親と家族のこと、それに最近の村の人達の様子などを、愛しい姪に話掛けるように静かな声で聞き、面接室の雰囲気を和らげてくれた。

 社長より年配の痩身で白髪混じりの専務らしき人が「この会社の何処に魅力を感じておりますか」と質問をはじめると、社長は「専務ッ!そんな形式的なことは、どうでもよいっ!」と一喝して質問を遮り、自ら先ほどの話に続けて、江梨子の母親の会社に対する感想等を優しく聞いたあと
  「君は、すでに売約済みとのことだが、お相手は田舎の人かね」
  「当社の筆頭株主である姉が許可する位だから、さぞやハンサムだろうね」
と聞いたので、彼女は咄嗟に母が自分達のことまで細かく連絡しているなと察し、この際、卒直に話しておこうと決心して
  「本日、一番最初に面接させて戴いた小島達夫君です。 父母も一緒になることを賛成して大喜びしております。勿論、小島君の両親も賛成しております」
  「なので、小島君が不採用なら、私も辞退して田舎には帰らず、何処かで二人で働いて一生を過ごす覚悟です」
  「父母や妹の友子、それに先祖の墓守り、山林や家屋敷の保存など一切を、叔父様・・・いや、社長様、どうぞ宜しくお願い致します」
と答えてお辞儀をすると、社長はまだ子供だと思っていたが、意外に大人で並々ならぬ決意を堂々と披瀝したので、驚いて益々体を机の下に沈めこみ、うめく様に
 「江戸の敵は長崎か。とんでない爆弾娘をよこしたもんだ」「それにしても、母親によく似たもんだ」
と、小声で独りごとの様にブツブツ呟いていた。

 受付入り口にいた秘書らしき、細身で面長の上品な女性がクスッと笑った以外、他の役員達は皆なが押し黙って、一瞬、部屋が凍りついたようにシーンとなり、正直に答えた江梨子も、頭の中がボゥ~として、面接試験であることをすっかり忘れて仕舞い、キョトンとした顔で呆然と役員達を見回していた。  

  


  

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河のほとりで (4)

2024年09月25日 03時20分33秒 | Weblog

 理恵子達同級生三人は、進学や就職のため連れ立って一緒に上京した。
 江梨子は東京駅で列車から降りた途端一瞬ドキッとし足がすくんた。
 広い ホームの人混みの中ほどで、マイクで自分の名前を連呼しながら、”歓迎”の大文字の下に”二人の名前”を並べて墨書した、紙のプラカードを高だかと掲げて目をキョロキョロして辺りを見回している社員を見つけ、予想もしていなかったことにビックリするやら恥ずかしやらで、理恵子や奈津子の手前顔を曇らせてしまった。
 江梨子は、列車から降りると内心怒りを覚え不機嫌な顔をして、迎えの若い社員と簡単な挨拶を交わしていたが、小島君は最初ひとごと思ってボヤットしていたが、そのうちに目をこらしてよく見ると間違いなく”達夫”と書かれているので、唖然として言葉も出なかった。
 彼女達は生活に慣れたら日にちを見計らって後日再開することを約束し、互いに「頑張ろうね」と明るい顔でエールを交換して別れた。

 小林江梨子と小島君は、一抹の不安を抱いて出迎えの社員に促されるままに、会社が手配した自動車に乗せられ蒲田駅近くのホテル前に到着して降りると、運転してきた若い社員の阿部さんが、広いロビーに彼女等を案内し、普段から大事な顧客を案内して慣れているのかカウンターで宿泊手続きをすますと戻ってきて、彼女に部屋の鍵を渡し
 「お部屋はボーイがご案内します。夕食の6時30分にお迎えにあがります」
と言って爽やかな笑顔を残して帰っていった。
 二人はボーイの案内で5階の部屋に行くや、部屋は隣どうしに2室用意されており、中に入ってみるや、TVは勿論、高級ベットに冷蔵庫等調度品が備えられた豪華な部屋に圧倒されてしまったが、ボーイが説明を終わって出てゆくや、彼等はお茶を飲みながら眺望の良い窓から景色を見ていたが、そのうちに彼女が
 「面接試験に来たわたし達をこんなに接待すなんて、この会社は一体どうなっているんだろうね。チョット不気味だわ」
と呟くと、小島君も不安な表情で
 「そうだよなぁ。江梨ッ 怒るなよ。僕の予想では明日は恐らく<ハイッ  ご苦労様でした。御両親様に宜しく>と慰められ、一言でお払いだな」
 「それにサァ~。アノプラカードを見て、俺達いくら親が認めている仲だといっても、果たして一緒になるかどうか確率的には極めて低いしなぁ」
とボソボソとした声で答えると、江梨子は少し肩をおとして元気なく頷いていたが、少し間をおいて気を取り直したのか沈んだ声で
 「そんなぁ ~ ”林”と”島”の一字違いじゃない。いずれ”島”になるんだから、そんなこと、どうでもいいわ」
と突き放したあと、予め考えていたかの様に、落ち着いて
 「でも、君が言う様になったら、わたし、社長に対してきっぱりと、<田舎者に対し、ご丁重なおもてなしをして頂きまして誠に有難う御座いました。母にも早速電話で御丁寧な接待をして頂きましたと報告したあと、入社は難しいようです>と、社長さんの前で電話を借りて言ってやるわ」
と、採用されない以上、社長が叔父でも、へりくだるのは嫌なので皮肉の一つでも言って、さっさと会社を出て、二人で大坂か名古屋にでも行って働きましょうよ。と、普段強気な彼女らしく小島君を励まし、うなだれている彼に対し、その次の行動について計画していることを力強く話すと共に、併せて抜け目なくあくまでも一緒になることを念を押していた。 
 彼女は、母親がどんなに心配しても、今更、田舎になんか帰る気がしないわ。と、語気鋭く言い出だし、それでも不安なのか冷蔵庫からビール瓶を出すとコップに注いで一気に飲むとベットに寝転んでしまった。

 約束の時間に阿部さんが現れ、階上のレストランに案内してくれたが、窓際の眺めの良い席に座らされると、阿部さんが注文のためか席をはずした隙に、小島君がまたもや江梨子の耳元で小声で
  「江梨ッ 洋食かな?」「俺 今晩くらい定食屋で思いっきりカツ丼を食べようと思っていたのにさぁ・・」
  「田舎者の俺なんて、洋食なんて食べ方もマナーも判らんし嫌だなぁ~」
  「もう、腹もペコペコだし、神経が クタクタ に疲れてしまったたよ」
と、言い出したので、江梨子も
  「わたしだって、洋食の作法なんて判んないわ」
と返事をしたあと、部屋での不安な話しの尾を引いているのか、都会の夜景を見ながら不機嫌そうな顔で捨て鉢気味に
  「いいのよ、こうなったら旅の恥は掻き捨て言うじゃない、そんなに心配することないわ」
  「見渡したところ、お客さん達の中で若いのは私達だけだし、若者らしくマナーを気にすることなく、食べたいものから、ドンドン自由に食べるのよ」
  「わたしも その様にするからさ。君もそうしてね。クヨクヨしてないで、しっかりしてよ」
と、ナプキンを胸に掛けて平気な顔をしていた。

 阿部さんが戻ってくると、まもなく料理が運ばれてきたが、阿部さんは座るとすぐに
  「いやぁ~ 僕までご馳走にあずかり申し訳ありません」
  「僕は、結婚して3年目ですが、こんな綺麗なレストランに一度はワイフを連れて来たいと日頃思っていますが・・」 
  「なにしろ給料が安いので、今晩はお陰様で夢みたいですわ!」
と、ニコニコ笑いながら愛想よく気さくに話だしたので、二人は阿部さんの一言で気が楽になり、三人が気侭に食事を始めると、江梨子もやっと笑みを浮かべて
  「そうなのですか、私達、こんな立派なお店に入ったことはないし・・」
  「阿部さんも大変なのですね」  「奥様もお勤めなのですか?」
と、ワインを遠慮なく飲んだせいか饒舌になり、三人は会社の話などに感心がなく、専ら都会の生活の話をしながら、珍しい料理に目を奪われて夢中になって食べながら愉快に会話がはずんだ。 
 江梨子はその間に、どうせ会社のおごりならと考えたのかボーイを手招きして呼び「お土産にするので、いま戴いているワインを一本、綺麗な包装紙に包んで袋に入れておいてください」と注文した。 
 食後、別れ際に感謝の意を込めて、それを阿部さんに渡すと彼は遠慮したが、江梨子の強い勧めで恭しく受け取り、江梨子が
  「奥様と二人で、お飲みになって下さい」
  「なんと言っても、妻は御主人様のさりげない思いやりが、一番嬉しいものなのですよ」
と、大人びいて気分よさそうに話すと、阿部さんも嬉しそうに「明日は9時にお迎えに上がります」と言い残して深々と頭下げ明るい笑顔を残して帰って行った。

 小島君は、江梨子の如才ない行動をみていて、部屋に戻るころになって、今日の出来事は全て彼女の母親の仕組んだことだ。と、やっと気ずき、それにしても、彼女も母親同様に勝気で機敏な態度に感心してしまった。
  

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河のほとりで (3)

2024年09月25日 03時19分01秒 | Weblog

 理恵子は、江梨子達と手を握りあって再会を約束して別れたあと、用心深く周囲に気配りして駅の正面口を出ると、毎年夏休みに家族揃って飯豊山の麓にある自宅に遊びに来ていて、すっかり顔馴染みになり気心の通じ合った城珠子と大助が出迎えに来ていたので少し不安な気持ちが和らいだ。
 彼等は、母親の節子と同郷の城孝子の子供達で、都会生活に不安を覚える理恵子にとって、今後いろいろとお世話になる下宿先の姉と弟である。

 明るく闊達な中学生の大助が、姉の制止を気にすることもなく理恵子に近よってきて愛想よく笑いながら
 「天気も良いし、宮城付近を散歩して行きましょうよ」
 「きっと、昨夜の雨に洗われて松の緑が綺麗だと思うので・・」
と、普段は何かと小言を言う姉の顔を横目でチラッと見ながら素早く理恵子の大きなバックを持ってやると、理恵子と珠子を誘って歩き出したが、何時のまにか理恵子の左手を握って手を振り、楽しそうに二重橋方面に向かった。

 理恵子は、乾いた舗道にコツコツと心地良く響く靴の音に都会にきたんだなぁ。と、田舎より1ヶ月くらい早い春たけなわの心地よい風と行き交う人々の群れに、都会の雰囲気を肌身に実感しながら、中学生のときの修学旅行以来、久し振りに二重橋を見て
 「大ちゃんの言う通り、緑が本当に鮮やかだわ」
 「田舎の方は、今頃、やっと、遅れて来た春が終わりかけたばかりで、松や杉の葉はこんなに鮮やかな緑色に輝いていないわ」
と呟いたら、大助が
  「理恵姉さんも、眩しいくらいに輝いているよ。 それに背も高くスタイルが良いので、こうして手を繋いで宮城前を揃って散歩できるなんて、まるで夢みたいだよ」
  「ホラッ!すれ違う人達が、次々に僕達の方を羨ましそうに振り向いて行くよ」
  「キット、僕達が背も高くスマートなので、素晴らしい恋人どうしのアベックだと思っているんだろうなぁ・・」
と、理恵子の顔をチラッと覗きこみ、片目を神経質にパチパチさせてウインクして話しだしたら、珠子が
  「大ちゃん、誰も振り向いていないわ」
と呟くと、彼はシマッタと思ったのか
  「今日の珠子様も、松の緑のせいか何時もよりず~と美しく見えるよ」
と、またもや、片目でウインクしたので、珠子は
 「松の緑とか修飾語は余計よ」「黙っていれば可愛いんだけれど・・」
と言って、理恵子と二人して声を上げて笑いだした。

 乾いた歩道に響く革靴の音が、雪国から来た理恵子には心地よく聞こえ、大助のユーモアに満ちた話が緊張気味の気分をやわらげてくれ明るい気分になった。 
 三人は日比谷公園を通り過ぎて道角のモダンな造りの喫茶店の前に差し掛かると、大助が珠子に
  「姉ちゃん! 僕たちで、理恵子さんの第一次歓迎会とゆうことで、アン蜜を食べてゆこうよ」「僕 喉が渇いちゃったし、いいでしょう」
と言って、珠子が返事をしないうちに、こじんまりしたお洒落な喫茶店にさっさと入り、窓際の景色の良く見える席を見つけて二人を手招きして呼び、ニヤット笑いながらアン蜜を注文してしまった。
 珠子は、理恵子に対し
 「今日の大ちゃんは、あなたに逢えて嬉しいらしく、いつもにもなくテンションが上がっているわ」
と、笑いながら弟の屈宅のない行動の素早さを説明していた。

 夕方の5時ころ、池上線の久ケ原駅近くの自宅に着くと、母親の城孝子が玄関先に出てきて零れそうな笑みを浮かべて出迎えてくれた。
 理恵子が下宿する城家は、駅からそれほど離れていない、閑静な住宅街にあり、少し古風だが低い生垣に囲われ、狭いながらも庭には、芝生がありキンモクセイやサルスベリの木が植えられている。 
 城孝子は40歳代半ばで、理恵子の母親である節子と同郷で、同じ高校に通い2年後輩だが、高校卒業後、節子を頼り上京して看護学校に通い、資格取得後は節子と同じ都立病院に看護師として勤めているが、3年前に夫を胃癌で亡くし、一人で珠子や大助を育てている気丈な人である。

 珠子は、高校2年生で、母親の孝子に似たのか背丈はあまり高くないが、色白で丸顔に笑ったときの笑窪が可愛く、温和な性格であるが、毎日母親に代わり家事をしているせいか芯は強い。 大助はおそらく亡くなった父親に似たのであろう、同級生の中でも細身だが背丈は高い方で、時々、夕食後の家族団らんの際に、珠子が冗談交じりに
 「大ちゃんと背丈が逆ならばよかったのに・・」
と、背の高い同性に憧れる愚痴をこぼすことがあるが、母親に背丈ばかり高くても、頭が悪くては良いお嫁さんになれないのよ。と、はぐらかされているが、勉強は一生懸命で成績も良く、大学への進学をめざしている。  それに反し、弟の大助は中学1年生だが、どうも勉強にはあまり熱が入らない様だが、運動神経は抜群で学校や町内の球技大会には積極的に参加している、明るく陽気な人懐こい性格で、町内の若者達からも好かれている。

 理恵子は、挨拶したあと自分にあてがわれた2階の部屋に案内されたが、事前に節子母さんが来ていて荷物などを整理しておいてくれたため、部屋は整然と整えられていた。
 隣の部屋は、珠子が利用することにしたので、二人で何でも工夫して自由に使う様にと、孝子から親切に説明された。 
 孝子は説明の合間に冗談めかして
 「近頃、妙に色気ずいてきた大助は、下の部屋に寝かすので・・」
と言って意味ありげに笑っていた。

 孝子小母さんの心尽くしの手料理で夕飯を済ませ、皆がくつろいでお茶を飲みながら、思い思いの雑談を交わしている途中で、大助は珠子と理恵子が隣合った二階の部屋を使用すると聞いて羨ましく思い、つまらなそうに
 「あぁ~ 今夜から、姉ちゃんに就寝中に腹を蹴飛ばされなくて助かるなぁ~」
と皮肉まじりに悪戯ぽく話した。
 以前、隣に寝ていた珠子が夜中に突然彼の腹に足を勢いよく乗せたので、彼はビックリして姉の足をそ~っと彼女の布団に手で押し戻したら、いきなり珠子が 
 「コラッ! H ナコトヲスルナッ!」
と怒り、拳骨で殴られたエピソードを話して、皆を笑わせていた。
 珠子は照れ隠しに
 「理恵子さん、彼は漫画の読み過ぎで混同しているのょ。わたしこそ、汗臭い大助と別の部屋になるので嬉しいゎ」
と、懸命に弁解していた。

 理恵子は、そんな二人を見ていて、話の真偽はともかく、姉弟がいることが羨ましく思えてならなかった。

 

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河のほとりで

2024年09月22日 04時09分04秒 | Weblog

 "光陰矢の如し"と言われているが、平穏な地方の生活では、山並みの彩りが季節の変化を知らせてくれる。 
 人々は静かに流れ行く時の中で、先達から受けずいた生活習慣に従い歳を重ねてゆく。 

 山上理恵子は、実母の秋子を癌で亡くし、実母が生前親しく交際し信頼していた山上健太郎・節子夫妻の養女となり育てられていた。 
 そんな理恵子は、3年間親しく交際していた同級生の原奈津子や小林江梨子と一緒に、泣き笑いの中にも数知れぬ思い出を残し、先輩の織田君に対し心に芽生えた蒼い恋心を胸に秘めて、高校生活を無事に卒業した。 
 開業医院の長女である奈津子は、親も認めている先輩で医学生の彼氏のあとを追って東京の大学へ進学するが、理恵子は両親の勧めで東京の美容専門学校へ、江梨子は親戚の経営する会社に就職へと、夫々に未来に希望を抱いて進むことになった。
 彼女等は示し合わせた様に、3人とも憧れていた東京に揃って上京することを喜んでいた。

 理恵子は、当初、義母である節子の職業である看護師になることを強く希望していたが、3年生に進級したころから何度となく、節子から
  「貴女は一人娘だし、お父さんの希望する様に、貴女の亡き母である秋子さんの経営していた美容院を継ぐためにも美容師に進んでもらいたいわ」
  「お父さんも、その考えがあったればこそ、今までお店の経営を裏面でお世話してきたのだし、いま勤めている美容師さん達も、それを望んで頑張っているのよ」
  「看護師も、白衣姿で外見は美しく見えるが、見た目以上に体力や精神的に厳しい職業で、将来、お店を継がなければならない貴女には、看護師になることは賛成できないわ」
と、事ある毎に説得され、その都度、彼女も亡き母の遺影を見ては、自分の進路を考えてきたが、卒業を控え、やはり節子母さんの考えに従うべきであると思う様になった。
 それにつけても、都会生活の憧れは強く、一度都会の雰囲気にふれてみたいと、父母に対し自分の考えを卒直に話した末に、地元から通学できる美容学校への進学を強く勧める母親の意見にやんわりと逆らい、渋々ながらも賛同してくれた健太郎の承諾を漸く得て、節子と同郷で彼女の高校や看護師の後輩で交際のある、都内に住む知人の家に下宿して通学することを条件に、東京の学校に行かせて貰うことになった。
 節子母さんの忠告は自らの経験を通して若い娘が都会に出れば、予期しない様々な誘惑の罠があることを心配してのことであると、彼女は充分に理解していた。

 理恵子にしてみれば、高校生のとき淡い恋心を抱いた織田君が、東京の大学に進学してからは、地元で乾物商店を母親一人で営む母親に、なるべく学資で迷惑をかけたくないと、休日はアルバイトに精を出しているため、正月とお盆にしか帰らないので、必然的に逢う機会が少なく、そのためか二人の間の感情も薄れて行く様な不安が常に脳裏をよぎり、そのことが心配で上京することに強く拘った。
 健太郎や節子は、理恵子の成長に伴い心の悩みを、普段の生活を通じて充分察しており、話し合いの都度、あくまでも自分の操は自分の将来の幸せのために自分で守ることを言い聞かせておいた。
 理恵子は、その様な話になると、きまって、母親から、時々、若き日のことを愚痴ともつかぬ話を何度も聞かされており、悲恋の苦しみを身にしみて判り、自分は母親の様に廻り道は絶対にしたくないと心に決めていた。

 理恵子は普段の会話を通じてそれとなく知った、父の健太郎が新任教師として地元の高校に赴任してとき、母親の節子の家に下宿していたことから、高校生であった節子は日常の生活を通じて、いつしか担任の健太郎に思慕の念を抱き淡い恋を覚えたが、やがて彼の転勤に伴い別離をを余儀なくされ、誰にも話せない苦い失恋の悲哀を味わい、思いを振り切るために意を決して地元を離れて上京した話を想いだし、そんなとき母親の顔を見ながら、真剣な目つきで瞳を輝かせて、自信満々に
  「お父さん達、わたしを心配してくださることは、本当に有り難く、また、凄く嬉しいことですが、わたし、例え織田君相手でも、そんなに軽率な行動は絶対にとりませんので、わたしを信じて欲しいわ」
と、自分が考えている人生の価値観を説明して、親子の間で堅く約束した。
 事実、時々風呂場の鏡で見る自分の体が外形的には大人の身体に映っていても、精神的には自分でもそんな肉体交渉をする勇気はないと考えていた。 勿論、時折目にする週刊誌などで、性に対する知識を知り、欲望と興味を引くことはあっても、自分にとっては未だ別世界の様に思え、父母に自信をもつて約束ができた。
 美容学校の入学許可通知を受け取ると、理恵子は早速電話で織田君に「近いうちに、わたしも上京することになったわ」と連絡すると、彼は「おぉ! そうか それは良かったなぁ~」と、一ヶ月振りに交わす電話に素直に喜んでくれた。
 

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美しき暦(50)

2024年09月20日 03時34分15秒 | Weblog

 
 理恵子は、朝食後、節子さんが丁寧に用意しておいてくれた制服で装い、前に書いて白い封筒に入れておいた織田君宛ての手紙と、奈津子さんと一緒に求めた、岡本孝子作詞作曲の”夢をあきらめなめないで”のCDを、紫色の小さい風呂敷に包んて学校に向かった。
 節子さんが見送りに出た玄関先で小さい風呂敷包みをチラツトとみて「理恵ちゃん、それなぁ~に」と聞いたが、笑い顔を作り説明することもしなかった。
 登校の道すがら、織田君と逢うのは、この日が最後になるかも知れないと思うと、寂しい気持ちにもなったが、好天のためか、それほど気落ちすることもなく登校できた。

 教室に入ると、皆が、進級と春休みを楽しみにして賑やかに、親しい友達とお喋りしていて騒々しいほどで、若い男女の熱気が満ち溢れていたが、理恵子達三人は、静かな廊下に出て式終了後の予定について話しあった。
 奈津子は、前からの約束でこれまでに何度も訪ねている彼氏の山田君の家に招かれているので。と、午後からの行動を三人でとれないことを申し訳なさそうに話しだすと、江梨子からも同様に、母親と小島君の家にお邪魔することになっている。と告げられ、理恵子は自分一人だけが特別な予定もなく取り残された様で、二人が羨ましい気にもなった。
 おそらく、織田君も上京準備のために忙しいと思うのでデートすることを遠慮し、母と高校生時代の想い出話しを話あって過ごそうと思った。

 式が終了すると、織田君が式場の後部席にいる理恵子のところに来て、周囲を気兼ねして小声で
 「お前、昼から友達と逢う約束でもあるのか?」
と聞いたので、彼女はつまらなそうに
 「奈津ちゃんと江梨子は、それぞれに約束があるみたいだが、わたしは何にもないので家に帰るわ」
と答えると、彼は
 「よし、わかった」「僕も部活の連中と30分位話しをしたら、そのあと公園に行き弁当を食べよう」
 「校門の前で待っててくれ」
と、一方的に告げて同級生の方に行ってしまった。
 理恵子は、弁当など用意してこなかったが、思いかけなく誘われて空腹など忘れて、約束した時間を見計らって校門のところに行くと、奈津ちゃんと出会い、彼女が「一人にしてごめんね」と言っているとき、丁度、織田君が色々詰め込んだとみえ大きなバックを背負って息を切らせて飛んできて
 「やぁ~待たせて、すまん、すまん」
と理恵子に言うや、そばに奈津子がいることに気付き愛想よく彼女に
 「奈津子 これからも理恵子と仲良くして頑張れよ。理恵は寂しがりやで我儘なところがあるので頼んだぞ」
と声をかけ、奈津子も
 「織田君、卒業と大学合格おめでとう」「東京に行っても理恵ちゃんを忘れないでね」
 「これから、山田君のところに行くの」
と、少しはにかんで笑いながら返事をして去って行った。

 二人だけになると、織田君は「天気も暑いくらいで気持ち良いし、公園に行こう」と校舎裏の小高い公園に向かって歩き出したので、理恵子もなにも話かけることなく彼の後ろに黙って付いて坂道を登って行った。
 途中、小川の岩陰になっているところに、フキノトウが三っばかり黄色い花を開いていたので彼女は
 「ねぇ~ 一寸、待っていてぇ」
と織田君に声をかけて、グミや猫柳の枝をかき分けて小川の淵に降りて行き、摘みとったフキノトウの花びらを一枚ずつ剥がして水に浮かべて流しながら、あぁ~、皆も、このように思い思いに別かれて流れて行くんだなぁ~。と、春とゆう明るい季節の裏側の寂しさを思い巡らしていたところ、織田君が「なにしてんだい」と声を掛けたので、彼女は甘えるような声で
 「ねぇ~ その蕾のついた猫柳の小枝を二本位とってぇ」
と催促して、とってもらうと手を引かれて道にあがり、公園に辿りついた。

 椅子に腰掛けながら、織田君が海苔巻きの握り飯を一個理恵子に渡すと、二人して遠景を眺めながら食べ、ペット入りのお茶を二人で交互に飲んだが、二人の間に不潔感は全く感ぜず自然に飲み合いしたことが、理恵子にとって、土手を上がるとき握られた手の感触とあわせ、このなにげないことが凄く嬉しく思えた。
 そのあと、暫く話し合うこともなく彼は景色を名残惜しそうに眺めていたが、理恵子が小さい声で
 「これ、東京に行ったら見てね」
と言って風呂敷包みを恥ずかしそうに渡すと、織田君は
 「なんだい? 何か重要なものか? まぁ~ いいや、その通りにするよ」「有難う~」
と言いながら頭を下げて、さも恭しく受け取るとバックに仕舞ったが、理恵子が猫柳の蕾を見つめながら
 「この花が、わたしの部屋で咲く頃には、織田君も東京の人になっているんだわねぇ~」
と独り言の様に呟くと、彼は
 「そんなセンチなことを言うなよ」「夏休みには、また、逢えるので、そんなに感傷的になるなよ」
 「こんな晴天でも、夕方からは珍しく雪が降るとゆう予報だぜ」
と言って、理恵子を抱き寄せてキスをしてくれたが、理恵子は嬉しさと悲しさとで我慢しきれなくなって涙が頬に零れ落ちるのをこらえきれなかった。

理恵子は帰宅後、廊下のソフアに身を沈めて、これまでの想い出を巡らせながら、沈んだ気持ちで庭先を見ていたら、織田君の言う通り、細い名残り雪が庭の松の木の間をチラチラと風に舞っていた。                

(完) 続編「河のほとりで」 



 

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蒼い影(49)

2024年09月16日 11時52分30秒 | Weblog

 関東からは、花便りが聞こえて来るとゆうのに、雪国では3月末になっても雨や曇りの日が多く天候は冴えない。
 理恵子も、天候に合わせたかの様に心が落ち着かず、なにをしても気が晴れないまま修了式前の日々を送っていた。
 
 そんなある日。 昼食後のお喋りしているとき、奈津子さんから
 「ねぇ~ 明日の土曜日に、久し振りに新潟に遊びに行かない。なんだか、気分がパァッと晴れないので、気分転換にさぁ~」
と声を掛けられたので、理恵子は直ぐに同調し
 「わたしも、そうなのよ。色々買いたい物もあるし、デパートでお食事もしたいしさぁ」
と賛成した。
 理恵子は奈津子の顔を見て、きっと幾ら気が強いと言っても、やはり自分と同じ様に彼氏と離れることで彼女なりに先行きなどで悩んでいるんだなぁ。と、表情から察した。

 翌日の朝、理恵子は母親の節子さんに
 「奈津子さんと新潟の街に遊びに行きたいので、お小遣いを少しいただけません?。少しはあるけど、足りないの」
と話をしたら、節子さんから「何か買い物でもするの」と言われたので
 「う~ん 下着なんかも・・」
と言いかけたら、節子さんは
 「アラッ 貴女の下着類は、普段着や運動着などと一緒に、わたしなりに普段気配りして充分揃えてあるわ」
 「何か、気に入らないもでもあるの?」
と言われ返事に窮していたら、新聞を読んでいた父親の健太郎が
 「母さん 一年間の成績も良かったし、たまに奈津子さんと一緒に息抜きに行くのもいいんじやぁない。奈津子さんと一緒なら心配いらないよ」
と言いつつ財布から札を取り出して
 「ホラッ これで思う存分遊んできなさい。帰りが余り遅くならない様に注意してね」
と言って機嫌良く一万円札を2枚渡してくれた。

 翌日も雨模様であったが、約束の時間に駅で待ち合わせて急行に乗り新潟に向かった。
 新潟まで、約一時間かかる列車の中で、奈津子さんは、先日、江梨子から直接聞いたと言って

 江梨子は来年高校卒業後、小島君と二人で彼女の親戚の人が経営する東京の会社に就職するんだって。 
 彼女達、この前、川辺でデートしたとき二人で約束して、彼女の家に行き例の調子で母親に小島君を改めて紹介すると同時に、自分達の希望を聞き入れてくれなければ、二人で家出をすると大袈裟に言ったら、母親は吃驚してしまったが、気を取り直して
 「なんとか、希望をかなえる様にするから、今後、決して家出なんて物騒なこと言わないでおくれ。頭がおかしくなりそうだよ」
 「それに、小島君は三男だし、この家にお婿さんに来て家を継いでもらえるように、小島君の家にお邪魔して頭を下げてお願いしてみるが、お前のお嫁さんとなると、こりゃ、就職問題より大変だわ」
と宥められたらしいが。と、幾ら現実的な江梨子でも自分の生活の為にはやるもんだなぁ~。と、感心してしまったわ。
 小島君は、彼らしくおとなしく話を聞いていたらしいが・・・

と話したあと、奈津子は、それにしても、わたし達完全に追いぬかれてしまったはね。と、急速に燃えあがった二人の行動の素早さに苦笑いしあった。

 新潟駅につくと、二人は街の中央にあるDパート内を見てあるいたあと、食堂でコーヒーを飲みながら、奈津子が
 「ねぇ~ 理恵ちゃん、織田君に何かプレゼントするの?」
と聞いたので、理恵子は
  「そうねぇ~ 毎日考えているんだけど、迷ってしまうわ」「奈津ちゃんは、どうするの?」
と逆に聞き返したところ、自分同様に迷っていると答えたが、丁度、そのとき、店のBGで夏の甲子園の高校野球のとき演奏された”夢をあきらめないで”とゆう軽快な曲が流されていて、奈津子は
 「わたし、この歌詞が大好きで、いまのわたし達にピッタリだわ」「織田君も、野球をしていたし、いいんじゃない・・」
と言いだし、理恵子も地区予選の応援のとき吹奏楽で演奏して覚えていたので
 「そうねぇ~ メロデーは好きだが歌詞が、いまのわたしには、一寸、自分の心を余りにも正直に表現していて、織田君に心の隅まで覗かれる様で恥ずかしいわ」
と、このCD贈ることにためらった。 それとゆうのも歌詞の中に

 ♪ いつかは 皆 旅立つ  それぞれの道をあるいていく
     あなたの夢を あきらめないで  熱く生きる瞳がすきだわ・・
とか
 ♪ 切なく残る痛みは  繰り返すたびに 薄れていく
     あなたが選ぶ全てのものを  遠くにいて信じている

と、岡本孝子の作詞が、理恵子の心には、寂しく映るのが気になった。
 奈津子は、そんな理恵子の心境を痛いほど理解できたが、自分とて同じ心境だが、いつかこのCDを聞いてくれれば必ずや自分を思いだしてくれるであろうと思いつめて、渋る理恵子を強く促して、音楽ショップに入って行った。
 
  
 

 

 

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蒼い影(48)

2024年09月11日 05時11分43秒 | Weblog

 江梨子は、家につくと玄関前でもじもじしている小島君を見て外に出ると
 「ねぇ~ 勇気をだしてよ」「何時も通りに遠慮しないで入りさないょ」
と言いながら、彼の背中を押すようにして促すと彼も覚悟を決めて
 「なぁ~ あまり余計なことを喋るなよ」、
と言って玄関を入った。
 江梨子の家庭は、村でも昔から続く家柄で、杉木立に囲まれた家も大きく、母親の指導と依頼で親戚や縁故のある人々が夫々に木材関連の事業を経営しているためか経済的にもこの地方では裕福な方である。
 
 家に入るやいなや、陽気でお喋りな中学3年を卒業したばかりの妹の友子が、彼を見るなり大きい声で
 「わぁ~ 姉ぇちゃん、小島君を連れてきたわ~」「全然、男の子に、もてないと思っていたのに、以外だわ~」
と言いつつ、小島君の方を見ながら無理に連れらて来たのを見破るかの様に叫んだので、江梨子は
 「んゥ~ン 五月蝿いはね。あんたは、奥に行っていて。大事な話しがあるんだから・・」
と無理矢理追い払い、彼を広い座敷に案内した。

 友子の声を聞きつけた母親の幸子が、勝手場の手を休めて和服にかけた白いエプロンで手を拭きながら、ニコニコと笑顔でいそいそと座敷に顔を出し、小島君を見るなり正座して
 「よく来てくださいましたこと」「何時も、江梨子が我侭を言っては、貴方にご迷惑をかけているらしいですが、親として、ほれ、この通り謝りますので、どうか勘弁してやってください」
 「なにしろ、わたしに似て・・」
と、畳に丁寧に頭を下げつつ語りかけると、江梨子は
 「母さん、そんなことどうでもいいわ」「それになによ、初対面でもないのに・・」
と話を中断させて
  「母さん、わたしにも、この通り恋人がいるのよ」「母親として、娘も人並みだと安心したでしょう」
と彼を紹介して、同級生で一年間隣どうしで席を並べていたこと等を手早く説明して
  「どう~ぉ 背も高く、筋肉質で、野球の選手なのよ」「将来、或いは背の高い子が生まれるかも知れないわ」
  「お母さんの子としては、素晴らしい恋人に恵まれたと、きっと親戚の人達に自慢ができるわ」 
  「わたしの、一年間の努力の賜物よ、褒めて欲しいわ」 
  「いまも、河原でデートしながら、これからのことを相談してきたの」
と、一方的に話たあと、母親に考える余裕もあたえず、友子が気を利かせて運んできたジュースを飲んで一息つくと、母親の
  「どう~りで、朝からお寿司を作ったりして、珍しいこともあるもんだと思っていたが」 
  「江梨子、それで時々遊びに来ていて顔見知りなのに、改めて恋人だと言うが、一体、二人の関係は、何処まで進んでいるんかね」
と聞き返すと、江梨子は
  「母さん、いきなりそんなことを聞くのは失礼よ」「わたし、その様な母さんを見られたと思うと、娘として恥ずかしくなってしまうわ」
  「もっと、上品にしてよ。役員をしている会社の話とか話題は沢山あるでしょう」
と母親に注文をつけたあと、堅くなっている小島君の膝をポンとひと叩きをして、彼女の持論を雄弁に展開し始めた。

 その内容は、二人とも大学進学の意志はなく、高校卒業後は、都会に出て会社に勤めながら、街のセンスを身に付け、やがてはこの地に戻り花嫁修業をし、やがて彼と結婚して、この家を継いで親の老後の面倒を見る考えだが、その条件として、いまは、凄い就職難の時代なので、東京の叔父さんが経営する会社に確実に就職できるように、いまから根廻しして欲しい。
 勿論、小島君も同じ会社に入れるように、そこは母さんの腕で、わたしの希望が適う様にうまくやって欲しい。
 叔父さんは、母さんの弟で、経営手腕はあるが、女性問題で何度か母さんに助けてもらったことがある。と、たまに自分も母さん達の会話を断片的に聞いて知っていること。
 それに、本来は、叔父さんがこの家を継ぐ順序なのに、長兄が死亡したときに、親戚の人達や叔父との相談で、猛烈な恋愛中の母さんを無理矢理に別れさせて田舎に帰したこと。
 それらのために、叔父は母さんに頭が上がらないこと。

等、持てる知識を総動員して速射砲の様に喋りまくり、小島君がもう止めろと江梨子の尻を指先でつっつくも、彼女は意に介せず話終えると
  「母さん 私達の気持ちと将来の生活設計が判ったでしょう」
  「わたしの、一生のお願いだし、これで皆が幸せになれるわ、そぅ~でしょう」
と、話を閉めくくると、母親の幸子さんは目を丸くして
  「お前とゆう子は、自分勝手であきれたわ」「だいたい、小島君の家の事情もあるだろうしさ」 
  「そんなに、ことがうまく運べるとは思えないわ」
と、江梨子の熱情に圧倒されて、まともに返事が出来ないでいたところ、江梨子は、母親にとどめを刺す様に
  「若し、わたし達の希望が適わなかったら、わたし達、家出するかもしれないわ?」
と、念を押し、目が三角の様になって焦点が現実と合わなくなった母親が
  「江梨子ッ! 恋人の紹介だけだと安心していたが、お前の突飛な話に驚かされて卒倒しそうだよ!」
  「急に成長するのも良しあしだね」「お父さんに相談してみるよ」
と返事をするのが精一杯であった。 
 何時の間にか顔を出した友子は
 「姉ぇちゃん、良くやった!大賛成だわ!。わたしも安心してお嫁にゆけるわ」
と拍手してその場の雰囲気を和ませた。

 小島君も、ハラハラ・ドキドキして自分が想像もしないことまで、如何にも二人で相談して訪問した様で一言も口を挟まずにいたが、その反面、女性は男性より生活感覚が遥かに先を行っているのだなぁ~。と、感心し、帰りの列車の時間も近く、早々と逃げ出す様に家をでた。
 駅まで送ってきた江梨子は
 「小島君、いきなりわたしの理想を喋ってしまい、御免ね」
 「わたし、何時の日か、この道を君と二人で歩ける日の来ることを楽しみにしていたの」
と歩きながら機嫌よく話していたが、小島君が彼女の勝手だが将来を見つめた突飛な話を聞かされて不安におののいているのも構わず、小島君の手を力強く握って、満ち足りた気分で足取りも軽く歩いていた。
 
  

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蒼い影(47)

2024年09月07日 03時50分59秒 | Weblog

 昼下がりの河辺は、そよ風が心地良く吹き、セイター姿の二人は「いやぁ~、今日は暑いくらいだなぁ」と話し合いながら川岸の砂地を目標もなく、ひたすら歩き続けた。
 小島君と江梨子の足跡がくっきりと、漣に洗われた波うち際の綺麗な砂地に整然と残され、遠くの街並みが青く霞んで見えた。 二人は語らずとも素足を通じて感じる温もりで感情を高ぶらせ、待ち望んでいた春が確実に訪れてきたことを肌身で感じた。

 暫く歩み続けたあと、江梨子が「ね~ 少し休みましょうよ」と声をかけると小島君も「そうだな~ 俺もそう思っていたところだ」と答えて、乾いた砂地に腰を降ろしたが、しめし合わせた様に、二人とも両手を後ろに回して反り返る様な姿勢で素足を投げ出した。

 小島君は腰を降ろすと早速いたずらぽく、足先で江梨子の足首を撫でる様につっくと、江梨子は小島君の顔を覗きこむ様にニヤッと笑い、今度は逆に小島君の足先を軽く蹴飛ばして離すと
  「ねぇ~ 私の足ってどんな感じ?」「少しは色気があるかしら」
と、初めて異性の裸足に触れた感じを、彼はどの様に思ったのか興味深げに聞いてみたくなり尋ねたところ、彼も初めてなのか苦笑いしながら
  「江梨子。お前の足は以外に柔らかいんだな。 もっと筋肉質だと思っていたが・・」
  「それに、顔の色と違い白っぽいのでなんだか可愛い感じだよ」
と答えたので、江梨子は
  「チョット~、比較対象が違いすぎるわ。わたし自信はないけれど肌も白いと思うけれどなぁ」
と、足を褒められたついでに余計なことまで説明してしまった。
 自分自身も、母親に似て小柄だが、少し陽に焼けた顔を除けば全身の肌色が女性として見劣ることはないと日頃思っているので、自信を持って彼に強く印象付けておきたかった。

 そんな話から気持ちが和らいだのか、江梨子は、身体を起こし小島君に対し真面目な顔を付きで、彼の目を見ながら、少し甘える様な話し方で
  「ねぇ~ 今日これから、私の家に寄っていって~」
  「わたし、両親から、恋人が出来たら必ず連れてくるんだよ」
  「親としても、お前が好きになった人を一目見ておきたいんだよ」
と、日頃、言われていることを話したら、小島君は、少し驚いた様に
  「チェッ! また 始まったか。珍しく河に誘うなんて、どうもおかしいと思ったわ。断っておくが、俺 お前の恋人なんかでないぜ」
  「それは、時々、君の家に遊びに行っているが、今日はなんだか君の家に行く気にならないんだ」
  「お昼にお寿司を貰ったときから、なんか変な予感がしたんだ。予感だよ!」
と、一発で拒否されたが、江梨子はそんな返事が返ることは充分に計算していたので、間をおかずに
  「あのねぇ~ 親友も恋人も、たいして違いはないと思うがなぁ~」
  「わたし、こうして河辺でお話をしていると、普段の小島君と違って、もっと親近感が湧いてきて、君の性格にとっても魅力を感じたわ」
  「あんたは わたしのことどう思っているの?」「はっきり言って頂戴。 好きそれとも嫌い?」
  「この場で正直に答えてよ~」「若し少しでも好きだと思ってくれるならば、今日はどうしても家に来てょ」
と、小島君に迫ると、彼は予期もしていなかった話の展開に、どの様に答えれば良いのか考えが纏まらず、砂をいじりながら、顔を合わせることなく
  「どこが好きっだって言われたって。。。」
と答えたあと
  「俺達 まだそんな深い関係ではないと思うが・・」
と言いつつも、目の前にある江梨子の胸が気になり
  「お前の白いセーターの二つのこんもりと盛りあがったところを触ってみたいなぁ~」
と笑いながら言うと、江梨子は
  「胸は駄目! 第一、セーターが汚れたら、このセーターを狙っている妹の友子にとられてしまうわ」
と、妹にかずけてやんわりと断り、その代わりか小島君に胸が合わさる位に身を寄せて、彼の顔近くで目を閉じたところ、彼も躊躇なく唇を軽く触れて
  「これで いいんだろう~」
と、羞恥心を隠すようにブッキラボーに、江梨子の両肩を押しのけるようにして離すと、江梨子は
  「いいわ わたし達の神聖な儀式は終わったわ」
  「さぁ~ これから家に行きましょう」「母も君との交際を望んでいただけに、娘にもやっと恋人が出来たのかと安堵して大歓迎してくれるわ」
と、一方的に決めて立ちあがるや、スカートの砂を払い、ついでに小島君の尻のあたりをポンポンと軽くたたいて砂を払い落とすと、バックを置いた岩陰の方に向かい、今度は彼の腕に手を絡めて戻った。

 余り気の進まぬ様な小島君に対し、家路に向かう途中、江梨子は
 「わたしには、将来についてのある計画があるの」「それには、是非君の協力が必要なのよ」
 「もしかしたら、君も、わたしと一緒に幸せになれるかもよ」
 「わたしの、恋人であるとゆうことを忘れないでね」
と、少し戸惑う小島君を振るい立たせようと念を入れて話しかけながら、頭の中では母親の希望に応えて自分が描く将来の生活設計を、どうしても実現しようと、夢に向かい走りだした。
 小島君は心の中で、彼女の母親の紹介で就職の話は有り難いが、彼女のことなので話に面倒な尾ひれがつくかもと、ヤッパリ嫌な予感が的中した。と、不安な気持ちで重い足取りで彼女についていった。          
 
 陽も傾きかけ西日を受けて歩く二人のあとを、二つの青い影が追って来た。
 こんな現実的な生活意欲旺盛なところが、母親似と、しばしば周囲の人から言われている江梨子なのだ。

 

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蒼い影(46)

2024年09月03日 06時02分55秒 | Weblog

 3月も終わりころに近ずくと、雪国も日中気温が上がり、たまに雲ひとつない快晴の日も多くなり、各校でも卒業式がはじまる。  
 季節は本格的な春の訪れを告げ、人々の心もうっとうしい長い雪の日々から開放されて明るくなる時期でもある。 
 この様な心理は雪国に住む人達にしか味わえない気分である。 然し、学生達にとっては悲喜こもごもの別れの季節でもある。

 卒業式をまじかに控えた、晴れた日の昼下がり。 
 理恵子は、奈津子さんと江梨子さんの三人で、何時もの雑談場所である校庭の端にある石碑のところで、春の陽光を浴びて気持ちよさそうに雑談で和やかに過ごしていたが、理恵子が
  「ね~え 卒業式の前に、あなたは彼氏に何をプレゼントするの?」
と、奈津子さんに聞いたところ、奈津子さんは
  「私達、この先のことはどうなるかわからないし、バレンタイデーにチョコレートを交換しているので、気持ちだけになるかも知れないが、わたしの手造りの稲荷寿司と海苔巻き寿司を、明日のお昼に渡すわ」
と、如何にも強気な彼女らしく答えるので、理恵子も
  「わたしも、お小遣いも少ないし、それに織田君も派手なことは嫌いなので、そうするわ」
と賛成した。

 二人の会話を聞いていた江梨子は
 「貴女達、羨ましいわ。わたしには、彼氏なんていないし、つまらないわ」
と溜め息をついて言うと、すかさず奈津子が
 「江梨ちゃん、なに、言っているのよ」
 「貴女は私達より晩成の様だけど、小島君にお寿司を作って上げるのよ。 私の見るところ、貴女達は結講お似合いで、きっと素晴らしい恋が芽ばえると思うわ」
 「そして、もっと自分の気持ちをはっきりと小島君に伝えるのよ。私達も、応援するわ。ガンバッテ!」
と返事をすると、江梨子も小島君と一年間机を並べ、お互いに他愛もない会話や戯れを通じ、彼の茶目っ気や機転の素早さに心を惹かれていたいたことは事実なので、奈津子のアイデアに便上して、お寿司をご馳走することにした。  
 江梨子も、元来は話上手で性格的にも積極的なところがあり、この際、小島君の気持ちを確かめたいと考えていたところなので、奈津子の提言には素直に反応し頷いた。

 翌日3時限が終わると、理恵子は素早く織田君を廊下に呼び出し「これ食べてぇ」とお寿司の包みを差し出し、織田君が「お~ サンキュウ。 そのうち遊びに行くからな」と気持ちよく受けとってくれたが、心の中では思考が混乱していて、軽く手を握り早々と教室に戻ると、奈津子も冴えない顔をして席に戻っていた。
 一方、江梨子は弁当包みを開くと隣席の小島君が
 「江梨!お前の弁当すげえ~な。 海苔巻きお寿司なんて、今日は何か目出度いことでもあったのか?」
と首を伸ばして弁当を覗きながら言ったので、江梨子は、すかさず別に包んできた弁当包みをバックから取り出して彼の前に差し出し
 「ハイッ! 君の分も作ってきたわ。よかったら食べて・・」
と言って首をすくめて軽く笑うと、小島君は
 「オイ オイッ!珍しいことをするな。やっぱり春だからテンションが上がっているのかなぁ」
 「僕は、いつも、江梨は僕より勉強熱心で見所のある女性だと思っていたよ。お袋に似て優しいんだなぁ」
と言いながら、自分の弁当をしまい、軽く頭を下げて恭しくお寿司を手にとると、江梨子が「へんなお世辞ね。やめてよ」と返事をすると、小島君は片目をつぶって悪戯ぽくウインクしながら
 「こんなに親切にしてもらっても、君を恋焦がれたりする様なことはしないから心配しないでくれよ」
と言ったので、江梨子も負けずに「誰も心配なんかしていないわよ・・」と答えながらも、小島君の嬉しそうな笑顔をみて、彼女の心の中に存在する母性本能を満たしてくれた様に嬉しかった。

 江梨子は、下校時に思いきって小島君に
 「今日は、日本晴れで暖かく風もないので、これから河原の砂浜を散歩しない?」
と誘いかけると、小島君は
 「う~ん それも良いけれど、一体、今日はどうなっているんだい?。わかんねえなぁ」
と聞き返すので、江梨子は
 「な~んにも、特別に意味なんてないわ。ただ、しいて言えば、君に将来のことで、少しばかりお話したいことがあるの。聞いてくれる?」
と再度謎めいたことを言うと、小島君は怪訝な顔をして
 「あまり難しいことは聞くなよ。お前は小柄なくせに頭の回転が速いので、一寸、気になるけど・・。行くか」
と返事をしたので、彼女は
 「アラッ 随分の御挨拶ね。 でも、わたし、前から考えていたことがあるので、出来たら今日聞いてもらいたい気分なの」
 「それに、母さんも妹も早く君に話しなさい。と、五月蝿いくらい言っているし・・」
と答えると、小島君も江梨子の心意をいぶかりながらも、春の陽気に浮かれて河原でのデートも悪くはないと誘いに応じて、校舎の遥か下の方に眩しく光る河に二人で戯れながら歩んでいった。

 河辺にたどり着くと、二人は岩影にバックを置くと早速素足で河辺の砂浜を歩きだしたが、暫くすると、どちらともなく自然に手を繋ぎあっていた。
 江梨子の髪の毛が二人の気持ちを象徴するかの様に、心地よい微風に優しく揺れていた。
 温もりのある河辺の砂に足跡を残しながら、江梨子は小島君の勢いに離れない様に彼の手を強く握って引きずられるようにして、二人は戯れながら・・

 

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