日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (30)

2022年12月25日 11時07分45秒 | Weblog

 中学2年生の美代子の家庭は、祖父が軍医上がりの、村に古くからある診療所である。
 彼女の父正雄は、父が南の外地インドネシアで終戦を迎えたとき、その外科技術をイギリスの軍医に見込まれてイギリスに渡り、ロンドン大学病院で外科学を助手として研修や私生活を助けてくれた、イギリスの婦人グレンと結婚して生まれた一人息子だが、戦後、一家で帰国して日本で医学を学び、現在、大学病院に外科医として勤務している。 
 一方、母親のキャサリンは、診療所の老医師の妻グレンの姪で、イギリスの大学で薬学を勉強中に恋人が空軍士官としてイラクに派遣され戦死したが、その時、すでに恋人の胤を宿していて悲嘆にくれていたのを、老医師が妻グレン姉妹と相談して、生活環境を変えることが精神的に大事であると考え、日本に帰国する際同伴して来て、やがて生まれる子供は自分達が育てることにし、結果、生まれた美代子をグレンが医師の経験を生かして育てた。
 キャサリンは、やがて同じ屋根の下に暮らす必然性から長男正雄と結ばれた。
 義父が老齢となり診療が困難になったため、2年前から新潟市から美代子と共に夫の正雄に連れ添い村に移住して診療所の薬剤師として、雪深い村で慣れない生活に苦闘しながらも、家族を懸命に支えて暮らしている。
 最近では、正雄の強い要望で診療所に招いた看護師長の節子さんが、唯一心おきなく話せる友人で、年令的にも近く姉妹の様に交際し頼りにしている。
 夫の正雄は、週1回診療所で老医師と共に診察しているが、大学病院に勤めている間は、大学から随時派遣されてくる医師と共に老医師は問診中心に診療を続けていた。

 理恵子の母、節子は健太郎の教え子で年齢差はあるが、健太郎が秋田に勤務中に彼女の生家で下宿していたときからの思慕の念を貫いて、やがて、彼女の高校の先輩であった理恵子の亡母秋子が世話をして、健太郎と結婚したのを機に、東京での看護師生活に終止符を打ち、帰郷して大学病院に勤めていたが、結腸癌を手術後の夫の健太郎の健康状態が心配になり、また、或る同僚医師との交際が同僚間でありもしない噂になったのが嫌になり、大学病院を退職して家庭に入ったが、診療所を拡充したこともあり、夫と親交のある老医師や元の上司である美代子の父親正雄に嘱望されて、診療所の十数名の看護師のまとめ役として勤務する様になった。 
 彼女は出産経験がないためか、実年齢より若く見え、肌が白くて細身でもあり、性格的に静かで温和な印象を周囲の人達に与えるため、出身地の秋田になぞらえて、典型的な秋田美人として近隣や勤め先で評判が良い。 
 大学病院時代に、理恵子の亡母を看取ったところから、亡き秋子先輩の遺言により理恵子を健太郎と共に養女として迎え、深い愛情の中にも厳しい躾をもして、理恵子が亡母のあとを継いで美容師になり、亡母が残した美容院を継ぐことを、誰よりも楽しみにしている。
  (大助と美代子をとりまく人間模様は前編「蒼い影」参照)

 

 物語は戻るが・・
 
 大助は、1年振りに訪れた理恵子の故郷である田舎町の駅頭で、思いもかけず迎えられた美代子に無理矢理車に乗せられると、母親のキャサリンが運転する車で川沿いに曲がりくねった道を進みながら、濃い緑色に染まった山々に時折見える白樺の美しい並木や、ゆったりと流れる濃紺の川に掛かる赤い鉄橋を何度も繰り返して渡りながら診療所に向かったが、途中、母親のキャサリンが美代子に対し
 「美代子、あんたお爺さんに似て、そんなに男の子みたいな話し方をしないでょ。お母さん、恥ずかしくなってしまうヮ」
 「大助君、気に留めないで下さいネ」
と話すと、彼女は
 「お母さん、隔世遺伝でしようがないでしょう~」「学校では普通のことょ」
と反論していたが、確かに美代子は大助の目から見ても、自分の知る範囲のオンナノコに比べて勝気で少し我儘に思え、東北訛りが混じった明るく屈託のない話しぶりには違和感を感じず、むしろ昨年河で泳いだり盆踊りで遊んだ印象から親近感を覚えていた。

 大助は、白壁の診療所前で美代子に促されて下車すると、広い庭に植えられた松やサルスベリと林檎と銀杏などの樹木を取り囲む様に、雪国らしく椿やさつきが綺麗に手入れされた生垣の中央に敷き詰められた石畳を、美代子に導かれて懐かしい思いで見回しながら歩んだが、彼女は診療所脇の母屋の玄関から入らずにずに、わざと診療所の入り口から大助を連れて入ると、見え覚えのある受付の若い看護師の朋子さんから悪戯っぽく
 「患者さんは、何処の具合が悪いのですか?」
と笑いながら声をかけられると、朋子さんの冗談に乗せられ美代子の茶目っ気な仕草に誘われて、普段の陽気な彼に戻り、笑みを返しながら右手の人差し指を頭に当てると、朋子さんは
 「アノゥ~ うちでは脳神経科はありませんが・・」
と、二人の関係を薄々知っているので、わざと冗談でからかう様に答えていると、その会話を聞きつけた老医師が診察室から飛び出してきて、満面に笑みを浮かべて両手を広げ、大きな声で
 「やぁ~ 暑いさなかよく来てくれた。 君が訪ねて来るのを楽しみに待っていたんだ」
 「患者の手当てを終えると直ぐ行くから、冷たいお茶でも飲んで休んでいてくれ」
と話しかけられたが、美代子は、そんな祖父の話を無視する様に
 「ハイッ! 患者さん、2階の診察室に行きましょうネ」
と、病院の娘らしく見様見真似で覚えた口調で、大助の手をとり階段を上がり始めた。 
 こんなやり取りを見ていた待合室のお年寄りの患者さん達も、普段見られない若い二人の余りにも愉快な即興劇に声を出して笑いだしてしまった。

 美代子は、2階の自室に大助を案内すると、大助は窓際の椅子に腰掛て、稲田を渡って吹き渡ってくる涼風を気持ちよく肌に感じながら、久し振りに見る飯豊連峰の峰に掛かる白雲をみていたが、時折、部屋を見渡すと、成る程、裕福な暮らしをしているらしく、立派な家具や調度品が並べらているが、カーテン越に見えるベットには寝巻き類が雑然と放りなげられて、机の上も図書や文房具で雑然としていたが、冷たい紅茶を運んできた彼女が
  「大助君、ベットの方は見ない様にしていてネ」「わたし、これから涼しいワンピースに着替えるので」
  「大助君も、シャツを脱ぎランニグだけになさいョ」
  「切角の機会ですもの、遠慮しないで快適な気分で過ごしましょうょ。 ネッ!」
と、彼の目を気にすることもなく、さっさと着替えをはじめてしまった。

 彼女が着替えを終えたころ、母親が
 「美代子、お座敷に飲み物やお菓子を用意したヮ」
と言って彼女の部屋に顔をだすと
 「アラッ イヤダッ!」「こんな乱雑なお部屋にお客様を案内して・・」
 「美代子も、少しは母さんの気持ちを考えてョ」
と小言を言ったが、大助は
 「小母さん、この部屋は美しい山並や野原の景色が眺められ、コンクリートで固められた都会では味あえない気分で、それに涼しい風も流れて、まるで猛暑なんて別の世界みたいで、僕、ここで結講ですよ」
と、見たまま感じたままを正直に答えたら、美代子は大助に
  「お母さんの言うことを聞かないと、母さんとわたしが、五月蝿いお爺さんに叱られるので、座敷に行きましょ」
  「君のことを誰よりも気にしている、お爺さんに機嫌を損なわれたら、お祭りのお小遣いにも影響するので・・」
と言って、大助を家の中ほどにある綺麗に整理された広い和室に連れていった。

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