日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (44)

2023年02月23日 04時58分54秒 | Weblog

 大助は、成績優秀でクラス委員をしている隣席の和子が、何故自分に親切にしてくれ、交際を求めてくるのか理由が良く判らないので戸惑っていたが、均整のとれたスマートな容姿と、彼の好む顔立ちであるため、それなりに内心では喜んでいたが、奈緒や他の同級生達が深入りするなとゆう忠告が頭にこびり付いていて、不思議な思いがしてならなかった。
 彼が、普段、勉強中に接する限り彼女が自分に特別な感情を抱いているとは、これまでに感じたことは無く、クラスでも評判の美人で世話好きなところがあり好感を抱いていても、自分には遠い存在のオンナノコ位にしか思っていなかった。

 それだけに、彼女の希望で帰校途中神社境内での出来事で、心の中が モヤモヤ とした気持ちで自宅に帰った。 何時もは遅く帰る姉の珠子が先に帰宅していて、一生懸命に布団干しや洗濯をしており、大助は「ただいまぁ~」と声をかけると「あっ お帰りっ」と返事をしてくれたが、表情は余り機嫌が良くない様に見え、何時も自分に対しては小言ばかり言って五月蝿い姉だが、何か面白くないことでもあったのかなぁ。と、自分も落ち着かない気分だけに姉の表情が気になった。

 大助が、自室に入るや間髪をいれず珠子が入って来て
 「大ちゃん、洗濯するから下着やシャツ等全部籠に入れて出しなさい」
といった後、不機嫌な声色で
 「あぁ~ あんたの部屋は臭いはネェ~」「窓を開けて空気を入れ替えなさい」
と、苦い顔をして言いながら敷布を剥ぎ取る様にして持っていった。
 彼にしてみれば、モヤモヤ した気分から抜け出したく、姉に和子のことを相談しようと思っていたが、とてもそんな雰囲気ではなく、言われたままに疲れもあり モタモタ と下着を着替えているとき、何時の間にか来ていたのか、縁側から小学生のタマコが、隣家の黒いシャム猫を抱えて顔を覗かせ、目を丸くして哀れむような顔で
 「大ちゃん また、何か悪いことをして、お姉ちゃんに叱られているの?」
 「こんな時間に裸になって・・」
と、彼を庇うように言ったので、彼は、また、こんなときに限って遊びに来るなんて。と、苦々しく思い
 「タマちゃん 僕、今日疲れているし、姉ちゃんに相談したいこともあるんで、明日来いよ」
と物憂げに返事をしたところ、姉が「早くしなさい」と言って顔を出したところに、健ちゃんも出前の曳き肉類を届けに来て顔を合わせ、からかい半分に
 「大助っ! もう自分のものくらい自分で洗濯しなければだめだなぁ~」
と、珠子の機嫌をとるかのように笑いながら兄貴ぶって言うと、タマコも折角遊びに来たのに断られた腹いせに、珠子と健ちゃんに告げ口する様に、大助の顔を覗き見ながら
  「アノネェ~ イチャオカナ~。 大ちゃん 今日学校の帰り道にお宮様の境内で、綺麗なオネイチャンと コソコソ 逢っていたんだョ」
  「わたし友達と チャント ミチャッタ モ~ン」
  「大ちゃん 見られて コマッタ 顔をして、わたし達を追いかけて来たが、皆で走って逃げてしまったヮ」
と、お喋りしたので、健ちゃんは
  「オイ オイッ 大助ッ! トウトウ お前奈緒ちゃんを差し置いて他に彼女ができたのか?」
と険しい顔をして言ったので、呆れて立ちつくしている姉に、大助が慌てて
  「姉ちゃん タマコちゃんの話はオーバーで同級生の和子さんだよ」
  「僕に、部活の体操は危険で大怪我をしたら大変だから、担任の先生に退部して元の野球部に入る様に話すので承知しておいて・・。と、ゆうだけの話だよ」
と正直に話すと、健ちゃんも
  「俺もそう思うよ」「サーカスみたいなことはよせ」
と口添えしたあと
  「ホレッ 奈緒ちゃんも心配していたぞ」
と、余計なことを喋ったので、珠子が  
 「大助 友達が多いことは良いが、余りあっちこっちのオンナノコに手をひろげないでょ」
 「いい気になっていると、変な噂が広がり母さんも心配するし・・」
 「高校受験を控え、第一その額の絆創膏も見場が悪いし、皆が言うとおり忠告するのも無理はないゎ」
と、きつい調子で話すと、健ちゃんも
 「最もだ、やめれっ! やめてしまえ」
とあいずちをうち、タマコも敵討ちしたような顔で
 「ソウヨ サーカスに入るなんてワタシ キライダヮ」
と一人前に言うので、大助も、タマコに「チエッ お前までが・・」と恨めしそうに言うと、タマコは
 「お爺ちゃんにもイッテヤルワ」
と、ひるまず抵抗して口答えしたので、大助はあの喧しい爺さんに言われてはかなわんと思い、急にタマコをおだてて
 「タマちゃん、オマエハ カワユイヨ、だから爺さんには言わんでくれ」「オレガ シカラレタラ オマエモ カナシイダロウ」
と小さい声で優しく言って機嫌をとり、何とかその場を収めた。

 その日の夕食時、珠子が母親に大助の出来事を話したら、母親の孝子が
 「お前 調子に乗っておかしなことをしないでおくれよ」
 「片親の場合、普通に暮らしていても人様にあらぬことを言われるのが世間とゆうものだよ」
と説教めいて話をし、続いて珠子が
 「大助ッ あんた、お手紙を貰った美代子さんに返事をだしたのかネ」
と聞いたので、彼はおかずの焼いた鰯を頭からかぶりつきモグモグした口調で
 「どんな風に書けばよいか考え中だよ」「姉ちゃん 下書きを書いてくれないかなぁ~」
と答えたところ、珠子は情けなさそうな顔で
 「中学生にもなったら、その位のこと自分で考えて書きなさい」「そをゆうところが幼いのょ」
 「美代子さんが丁寧にお手紙をくれたのに、愚図愚図して・・、おまけに同級生と道草してるなんて」
と言って撥ね付けられてしまった。

 彼は、心の中で、今日は ナニモカモ ツキノワルイヒダ と観念して、さっさと自室に戻って、布団にひっくりかえって腕枕して天井を見ながら、美代子のことを考えていた。
 遠い地にいる、彼女の無邪気で健康的な明るいところが、和子や奈緒の誰よりも好きで、夏の日のことを想い出すほどに逢いたい気持ちにかられ、それだけに、生まれて初めて経験する心を寄せるオンナノコへ、素直に自分の気持ちを伝える手紙の内容に拘り、下手に書いて軽蔑されて嫌われたらと思うと、ペンを持っても文章が先に進まなかった。
  

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河のほとりで (43)

2023年02月17日 06時59分57秒 | Weblog

 校庭の銀杏も黄色さを増し始めた晴れた日は空気が澄み渡り、教室の窓から眺める浮雲の流れる青空は気持ちを明るくさせてくれる。 
 大助は、額の傷も大部癒えていたが、朝、母親の孝子が「もう~少しで瘡蓋もとれるヮ」と言いながら念のためにと絆創膏を張り替えてくれた。

 3時限目の国語の時間に、担当の教師が会議のため30分早く授業を打ち切り、残りの時間は自習と告げて教室を出て行ったので、大助は教科書の間に挟んでおいた、美代子からの手紙を取り出して改めて読み直し、返事をどの様に書こうかと思案していたところ、隣席の和子が急に足先を強く踏みつけたので思わず「痛てぇ~」と声を上げたら、その隙に彼女は手紙を取り上げて服のポケットに仕舞い込んでしまった。
 彼は「和ちゃん返してくれよ」と、彼女の腕を掴んで言ったところ、和子は
 「わたしの身体に触れないで」「さっきから熱心に読んでいたが、一体、誰からのお手紙なの・・。アヤシイ オテガミノヨウネ」
と言って(フフツ)と笑って答え返そうとしないので、互いに言葉で揉めていた。
 
 その揉め事に他の生徒が気付き、後ろの席から女生徒の黄色い声で
 「あぁ~可愛想に、大助蛙が和子大蛇に呑み込まれそうだヮ~」
と叫ぶと、他の女生徒が興味混じりに大声で
 「オネガ~イ イジメナイデ」 「大助 頑張れ~」
等と口々に勝手に思いつきで大声で囃し立てると、和子は立ちあがって
 「皆さん 面白半分に騒がないでください。大助君と私の問題ですので」
と毅然とした口調で騒音を静止すると、普段、クラス委員として皆をまとめ、時には相談にも乗ってやり、場合によっては教師にも堂々と皆の意見や要望を言う彼女には、クラスの男子も含め誰もが一目置いており、静まりかえったところで、彼女は声は小さいが透き通る様な声で
 「わたしは、大助君に対し、大怪我をしないうちに体操部を退部しなさいとアドバイスしているので、変に誤解しないでください」
と説明した後、着席すると大助に
 「部活が終わった4時頃に、お宮様の境内に来てネ」「君に色々とお話したいことがあるので・・。必ず来てょ」
と堅い表情で告げると、そのまま素知らぬ顔で教科書に赤い線を引いて自習していた。
 大助も、彼女が相手では何も言えず「判ったよぅ~。手紙は返してくれよ」とだけ返事して、それ以上何も喋らなかった。

 放課後の部活を終えて帰り支度をしていると、早くも教室内の騒動を耳にした部活の先輩部員から廊下で
 「お前。 これから和子に呼ばれてお宮様に行くのか」
 「彼女は、頭も良いし心臓も強いから、余り深入りしない方がいいぞ」
 「少し位美人だといっても、女生徒の心は移ろいやすく、お前の先が思いやられるなぁ~」
と、親切に教えてくれたが、彼にしてみれば、もう自分達の話が広がっているのかと、その速さに驚いた。
 
 大助はバックを背にして浮かぬ顔で一人で校門を出ると、同級生の4~5人の女生徒が待ち伏せしていたが、その中にいた奈緒が
 「和子さんは、悪い人ではないが、思い込みの強いところがあるので、友達としては最高だが、それ以上のお付き合いは君には無理ょ」
とコッソリと忠告してくれた。

 大助は、部活の体操の後で疲れもあり、体も心も重い気分で普段は通らない道をトボトボと歩いて、お宮様の境内に行くと、和子が先に行っていて、コンクリート製の椅子に腰掛け、彼を見つけると手招きして
 「こっち こっちョ」「そんなに肩を落として、元気がないわネ」「隣に腰を降ろしなさい」
と命令調に言ったので、彼女に少し間を空けて腰を降ろすと、和子は
 「ねえ~ 君の私生活に立ちいって悪いけど、美代子さんとゆう人と君はどんな関係なの」  
 「恋人なの?。それとも単なるお友達なの?」
 「お手紙の内容から、わたし無性に気になるので教えてくれない」
と聞くので、彼は
 「毎年、夏休みに家族で遊びに行く田舎の中学生だよ」
 「村の診療所の娘さんで、英国系の二世さんだが、水泳が上手で県大会にも出るくらいで、大きい河で一緒に泳ぐと僕より速いよ」
と、正直に答えて手紙を返すように頼むと、彼女も素直に返してよこし、何時もと違い沈んだ声で
  「その人、綺麗でしょうね」「君、秘かに淡い恋をしてるんでない?」
と、何時もの強気な和子らしくなく伏目がちに聞くので、大助も意外な雰囲気を感じて
  「それは、金髪で青い瞳をしていて無邪気で可愛いが、遠く離れていて滅多に逢えず、それに医者の娘さんと僕とでは、どう考えても釣り合いが取れず、僕、まだ、恋とか愛とか面倒なことは好きでないんだ」
  「彼女も綺麗で頭もいいんだなぁ。と、逢うたびに感心しているが、君も彼女と同じ様に、僕には高峰の花だよ」
と、素直に答えると、彼女は
  「ソウカシラ お手紙の内容から判断して、わたしには、お互いに恋心を抱いている様に思えてならないヮ」
と言ったあと、急に俯いて、か細い声で  
  「それでも、わたし美代子さんとゆう方に負けない様に努力するヮ」
  「君と席を隣り合わせたときから、自分でもよく判らないが、君と良い意味で親しいお友達になってほしいと思うようになったの。わたしの気持ちワカッテ ・・。 決して御迷惑はかけないヮ」
と一言ごとに言葉を選ぶように話終えると、少し間をおいて顔をあげ大助の目を見ながら
  「そんなことから、余計なお節介かも知れないが、君が体操で大怪我をするんでないかと心配でたまらず、担任の教師に退部させるようにお願いしたゎ」 
 「君のためを思ってしたことなので、承知しておいて・・」
と、今度は瞳を輝かせて、自分の考えをはっきりと話した。
 大助は、思わぬ話の展開に「う~ん」と呟いてうめいた後
 「和ちゃん 驚かすなよ」「僕なんか、とても君の相手は無理だょ」
と返事をするのが精一杯だった。

 そんな時、小学生のオンナノコ4~5人がワイワイ騒ぎながら近付いて来て、その中に靴屋のタマコがいるのを見つけると、大助は思わず
 「アッ! イケネエ~ ヤカマシイコガ キタワ~」
と言って、神社の後ろに隠れようと立ち上がった途端に、タマコも大助を見つけ駆け足で近くに来ると怪訝な目つきで二人を見回して
 「ダイチャン オンナノコトフタリデ ナニシテルン ネエ~?」 「ワタシヲミテ アワテタリシテ オカシイヮ」
と言ったあと、いきなり
 「ミ~チャッタ ミチャッタ 珠子お姉ちゃんに イッチャオ~トッ!」
と叫ぶと、大助の引きとめるのを振り切り仲間と一緒に一目算に駆け足で逃げて行ってしまった。
 大助はその後ろ姿を見ながら
 「チエッ ツイテネェヤ。また姉貴に文句を言われるなぁ」
と独り言の様にブツブツ呟くと、和子も不意の出来事に心が動揺し、彼の呟きが強烈に胸に刺さり慰める言葉を失ってしまった。
  

 

 

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河のほとりで (42)

2023年02月13日 06時36分46秒 | Weblog

 透き通るように澄んだ青空の晴れた日の午後。 毎年恒例となっている町民・商店街合同の親睦リクレーションである野球大会が、小学校内のグラウンドで開催されことになった。
 今年は、事前の打ち合わせで老若男女混合でソフトボール試合をすることになり、秋の柔らかい日差しのもと、町内会長である80歳の呉服屋のご主人が実行委員長でアンパイアーも兼ね、ホームベースの前に4チームが色とりどりの服装で整列して、会長の挨拶を聞いた。
 いざ、開始前になると、会長は一同を見回したあと事前の想定になかった、小学生以下はゴロの投球とする旨突然ルールの変更を説明したあと、更に各町内の女子4名ずつは八百長を避けるために他の町内の女子と入れ替わることにする。と、突然言出だし、1丁目の女子の珠子・奈緒・タマコに保育園のママさんは、2丁目のチームの女子と入れ替えられた。
 観衆の人達は、そのアイデアに盛んな拍手を送って歓迎したが、男子の選手は気心の知れた女子達が離れることに会長に猛然と抗議したが、会長は取り澄ました顔で頑として拒否した。
 そのため、珠子達は2丁目のチームに移り、1丁目の健太や昭二それに大助と対戦することになった。

 観衆の声援の中、試合は順調に運び、同点で最終回の6回裏になり、この回先頭打者の小学6年生のタマコがフォアボールで不服そうな顔をして、ピッチャーの昭ちゃんに「ヘタクソ~ ツマンナイワ~」と叫んで1塁ベースに駆けて行き、2番打者の奈緒が打席に立ってショートを守る大助に対し、透き通った明るい声で
 「大ちゃん そこに打つわヨウ~」
と叫んで2球めの直球を予告通り見事に打ち返すと、普段、守り慣れている大助は見事にトンネルのエラーをして舌を出して苦笑いするや、キャッチャーの健ちゃんに
 「コラッ! 大助 真面目にやれ」
と気合をかけられた。 観衆の主婦達が
 「大ちゃん いい男! それでいいのよ」
と、手拍子混じりに応援だか冷やかしだか判らぬ声援をあびせた。
 一方、2塁に向かったタマコがニンマリ笑って、大助に
 「大ちゃん 奈緒ちゃんが好きで、わざとエラーをしたの?」「大ちゃんは、オンナノコに甘いんだから・・」
と、何時も自分が遊んでもらっている手前、可愛い嫉妬心で大助の尻の辺りを叩き眩しそうな目つきで笑っていた。

 珠子が3番目に打席に立つと、健ちゃんが先日の珠子と昭二の出会いを自分の発案で合わせたが、昭ちゃんの女性に気弱い性格と、デート当日の緊張感と無理に飲ませたアルコールが原因で、予期しないハプニングで失敗したこともあり、気の小さい昭ちゃんに対し、人前もはばからず
 「イイカッ 昭二! 今日は思い切り彼女の内腿付近すれすれに内角を狙い速球を投げろ。わかったか!」
と気合をかけると、昭ちゃんは大勢の観衆の前で赤面しながら小首を振ってうなずき手指で丸を作り笑ったが、これを聞いた珠子が
 「昭ちゃん デットボールは嫌ょ」「ちゃんと投げてネ」
と言い返したので、昭二もどうしたらよいか迷ったが、1球目は彼の本来の速球を外角に投げて見送りのストライクを取ったが、健ちゃんが
 「この バカヤロウ~ 内角ダッ!俺のサイン通り彼女の内腿を狙って投げろ」
 「お前は、俺のサインを無視するから彼女に振られてばかりいるんだ」
と大声で叫ぶと、観衆の中から
 「健ちゃん 無茶したら、今度から、あなたのお店に行かないわよ」
と痛烈に反撃されたが、勝気な健ちゃんは、野球となるとテンションが上がり、主婦達の声援や野次等耳に入らず、昭ちゃんのマウンドに駆け寄ると、彼に細々と指示してホームベースに戻り次の投球を待ち構えたが、根が真面目な昭ちゃんは相手が好きな珠子となると、打席の彼女の顔を見ただけで、健ちゃんの指示も忘れてしまい、2球目をスピードを落とした直球をまっぐ投げたところ、彼女も運動神経が抜群に優れており、難なく打ち返した。
 
 ところが、これがこともあろうに、昭ちゃんの前に強烈なバンドになり、彼は顔面に当てて捕球しそこねて零してしまい、ホームに向かって駆けて来るタマコを見て慌てて拾い上げてキャッチャーの健ちゃんに剛速球で返球したが、3塁ベースから駆けてくるタマコが、手を横に振りながら黄色い声を張り上げて
 「健ちゃ~ん アブナ~イ アブナイッ ソコヲ ドイテ~!」
と叫んで駆けて来た。 彼女の脇には観覧席から飛び出した子犬がシッポを振って追いかけて来た。 健ちゃんは何事かと一瞬ビックリして、昭ちゃんからの返球を不覚にも落球した隙に、彼女は見事生還して観衆から「タマちゃん 上手 上手」と拍手で迎えられ、得意満面の笑顔で皆の席に戻った。
 そのため、2丁目のチームが勝ちと会長から宣告されたが、収まらないのは1丁目の健ちゃんで、昭ちゃんや大助に<お前等が下手糞だから負けてしまったんだ>と気合を入れていたが、珠子から
 「健ちゃん 遊びだからそんなに興奮しないでぇ~」
と慰められると、彼も珠子には昭ちゃんにもまして、心の底で彼女に惚れているので、素直に彼女の言うとおり矛を収めて、全員が笑いと興奮のうちに無事試合は終わった。

 終了後、表彰式に移りチームが整列したところで、会長の閉会の挨拶後、表彰式に移りチームを纏めて会を和やかに盛り上げた殊勲者として珠子の名を読み上げて簡単な表彰状と、観衆の茶菓子の残りを集めて急ごしらえの賞品を袋に入れて渡し
 「次の時はもっと豪華な賞品を用意いたしますから・・・、何を希望されますか?」
と謹厳な顔で聞いたので、珠子は、いたずらっぽく
 「会長さんの様に真面目で、一生懸命に働くイケメンの青年を希望いたしますゎ」
と答えると、会長は怪訝な表情を浮かべて一瞬返事に戸惑ったが、すかさず健ちゃんが大声で
 「ヨシッ! 昭ちゃんできまりだ」「会長さん、次の機会には僕の親友の昭二君の背中に大きい熨斗をつけてきますので、何卒宜しく オネガイ シマ~ス!」
と、大声で野次を入れると、皆が爆笑して盛大な拍手を送った。
 健ちゃんの、こんな友達思いの咄嗟に出る機知に富んだユーモアが、多くの人に愛され店が繁盛することに繋がっている。
 奈緒も、苦手な和子に気兼ねなく、大助と思う存分話あえたので、この上なく上機嫌であったことは言うまでもない。

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河のほとりで (41)

2023年02月10日 06時32分46秒 | Weblog

 健太は、思いがけないハプニングから、珠子と昭二の出会いに失敗したことで気落ちして、大助を伴い顔見知りの居酒屋でママを相手に半ばヤケザケを飲んで雑談をしていた。
 健ちゃんの図太い声を聞きつけ、暖簾の隙間から顔を覗かせた、大助と同級生である奈緒が、カウンター席にソット近ずき大助の脇に座り、二人でジュースを呑みながら普段学校では話せない同級生達の噂話しを熱心に話込んでいた。
 奈緒は、同級生でクラス委員をしている葉山和子に遠慮して、普段、近くで話せない大助に対し、この時とばかり、胸に秘めていたクラス内の大助に対する噂話を喋り出し、大助も予想もしない自分に対する評価を聞いてビックリし心を曇らせた。
 
 奈緒が語るところによれば
 和子は、自分から進んで担任教師に申告して大助と席を隣合わせたことを非常に喜んでおり、彼の額の絆創膏に付いても、体操部に部活を変更させた教師や先輩達を凄く恨んでおり、若し彼が大怪我をしたら大変だと気にかけ、退部して元の野球部に戻るように盛んに説得しても、彼が言うことを聞かず悩んでいること。 それと、授業中に<今度、多摩川園に遊びに行こう>と書いたメモを渡しても、返事も書かずにそのままソット返してよこすので、彼の気持ちが掴めないといった愚痴を、親しい女生徒にこぼしている。と、和子の心境を細かく話してくれた。
 
 そんな話をした後、奈緒は大助の耳元に顔を寄せて、小さい声で
 「ネエ~ 大ちゃんは和子さんをどう思っているの?」
 「和子さんは、君の事を大分好きみたいよ」「大ちゃんも、ホントウハ  カズコサンヲ スキナンデショウ!」
と、瞳を輝かせ肘で彼の腕を突っきながら、半ば嫉妬交じりに執拗に聞くので、彼はコップをいじりながら
 「和子さんは、綺麗だし頭も良いので僕なんて眼中にないよ。ヨワッチャウナー~」
 「僕は、隣席だし普通に接しているだけだよ。口五月蠅い連中の噂話だろう」
 「機会があったら、僕が、彼女に特別な感情を抱いていないことを、皆に話しておいてくれよ」
と返事をしたら、奈緒は声を殺して
 「ダメダメッ! そんなことを、わたしが話したら和子さんに苛められてしまうは。ほかの人に頼みなさいヨ」
と、全く聞き入れず、大助も困ってしまった。

 奈緒が熱ぽく話すのを部分的に聞いていた、健ちゃんが
 「おいッ!大助。 お前も学校でヤキモチを焼かれ大変だな」「まぁ~ 男もヤキモチを焼かれるうちが花だよ」
 「昭ちゃんも、せめて、お前の半分位色男なら、今日あたり俺も苦労せずにすんだんだがなぁ~」
と、からかっていた。 
 大助は、思いもかけぬ奈緒の裏話に、遂に、とばっちりが自分のところにきたかと嫌な気分になったが、そんな雰囲気を大助の顔から察した奈緒は
 「大ちゃん、やっぱり和子さんの言うことを素直に聞いたほうが良いと思うゎ」
 「彼女は、先生にも大胆に自分の意見を言うし、先生も彼女に大しては一目置いているので、彼女に頼んで大怪我をしないうちに体操部をやめるべきょ」
と、絆創膏をみながらしみじみと話をしていた。
 奈緒も、普段の暮らしの中で互いに行き来している彼に親しみを感じているが、中学生になってからは、和子の手前遠慮しているのである。

 家に帰ると、一足遅れて田舎から帰っていた理恵子が
 「大ちゃん、ハイ これ美代子さんから預かってきたヮ」
と言って、珠子の前で白い封筒を差し出したので、大助はニコット笑いながらも少し照れて「なんだろうなぁ~」と受け取ると、珠子が冷たい視線で彼の表情を見つめて
 「きまってるじゃない、ラブレターだわョ」
 「今からこんなことでは、相手がお金持ちの娘さんだけに先が思いやられるゎ」
と少し溜め息混じりに話すと、理恵子が
「大ちゃん いいのょ。お友達に好かれるてゆうことは、あなたがそれだけ魅力的だとゆうことなので、その長所を伸ばすことネ」
「あとで差し支えなかったら、お手紙に書いてあることを教えてネ」
と言って、彼を庇って笑っていた。
 理恵子も、織田君と久し振りにゆっくりと逢えたことで機嫌がよく、大助の目にも理恵子が、ひと夏を越したとゆうだけで、いやに落ち着きを増し大人っぽくなり眩しく見えた。

 大助が、自分の部屋で早速手紙を開いて読んだところ、その内容は
 
 『青空の下で君と河で水泳をしたことが、今でも頭にこびりついていて懐かしく思いだされる。
 そして、二人で仰向けに並んで手を繋ぎ、河に浮かんで流れに身を任せて、青空を眺めていたとき、白い小さな雲がちぎれて離れてゆくのをみていて、私の胸の中で、あの雲の様に君と離れるなんて絶対に嫌だと思ったこと。
 また、盆踊りの最中、君がお年寄りや子供達に引きずりこまれて、わたしから時々離れてしまってヤキモキさせられて少し寂しい思いをしたこと。
 それに、お爺ちゃんが、今でも、<我が家にオトコノコがいればなぁ~>と君の事を思い出して呟くと、母のキャサリンが悲しい顔をして目を伏せるが、父が<一層のこと、大助君を養子に貰うか>と冗談を言い返し、一瞬、私も、そうなればと胸をトキメカセて数秒間の夢にしたるが、そんなこと実現できる筈もなく、今でも君のことが我が家の話題になっている家庭内の様子など。
 最後に、冬休みに約束通り必ずスキーをしに来てくれることを楽しみにしていること。
 裏山の草原には小さい野菊が咲き乱れ、白樺の幹も白さを増して、アケビも実を結び始め、白いススキの穂につがいで群れ飛ぶ赤トンボを眺めていると、君を懸命に追い駆ける、自分の姿を映しだしている様に思えること。
 リンドウの咲く初秋は、誰しも人恋しくなるらしく、自分の心境を判って貰えるかしら・・。』

 等々と、誰に見られても恥ずかしくない様に大分気を使って書いていることが容易に判り、彼も安心した。
 
 夕食後、大助が皆から請われてあっけらかんと平気な顔をして美代子からの手紙を出すと、皆が順番に手紙を読んだあと黙っていたが、ただ、母親の孝子が
 「家とは大分開きがあり、将来、どうなるんだろうかね」
と一人で気をもんでいると、珠子が
 「母さん、心配ないわよ」「つかみどころの無い大助なんて、いずれは愛想を尽かされて相手も本気になれず、別れることになるんだから・・」
と口添えすると、大助は
 「チエッ これでも姉ちゃんのために健ちゃん達と随分神経を使っているんだぜ」
と口答えすると、珠子は、すかさず
 「アッ 判った。お昼の出来事、ヤッパリお前が仕組んだことだわね」
と言って、彼の頬を軽く抓っていたが、昼間の出来事を知らない理恵子が
 「小母さん、若いうちは相手の家の資産や職業それに国籍なんて全然関係なく、お互いに気心が通じれば楽しいものょ」
 「私が見るところ、大助君は、おっとりしており診療所の家族にも好かれ、美代子さんは情熱的で明るい性格でお似合いのコンビと思うゎ」
と、母親の孝子に心配することはないと、美代子の立場を細かく説明して安心させていた。

 大助にとっては、この夏は美代子対しほのかに抱いた”蒼い恋”を除けば、遊び友達のタマコちゃんに文句を言われるや、鉄棒に失敗して額に怪我をするは、同級生の間で予期もしない噂話をされるは、おまけに、珠子姉ちゃんと昭ちゃんのことで、健ちゃん達の騒ぎに巻き込まれるといった、酷暑以上の熱い思いをさせられ、忙しく過ごした夏休みの終わりであった

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河のほとりで (40)

2023年02月07日 03時41分02秒 | Weblog

 昭二の瞼の痙攣は、相変わらず眼瞼がパチクリと続いていた。なんとも奇怪な表情である。
 豪胆な健太も、昭ちゃんの一生を左右する重大な場面で、彼の眼瞼が連続してピクピクする異様な様子を見ているうちに、彼が気の毒になり、このまま痙攣が続いたらどうしようと流石に心配になってしまった。
 大助は、彼等のそんな騒ぎにも無感心に刺身定食を旨そうに食べていたが、珠子が余り心配するので横目で顔をチラット覗いたら幾分青ざめていたので、姉を連れ出す約束は果たしたが、このまま知らぬ振りをしているのもどうかと思い、昭ちゃんに対し
  「僕、前に本で読んだことがあるが、逆立ちして血流を良くすれば治ると書いてあったが・・」
  「ハタシテ ドウカナア~」
と、確信なんて全くないが、咄嗟の思いつきで喋ったところ、健ちゃんも
  「そうかも知れんなぁ~」
と自信なさそうに呟いて同調したので、大助の助言だけに珠子も怪訝な顔をしていたが、昭ちゃんは、この際、何でもしてやろうと考え、必死の形相で、いきなり立ち上がると上着を脱ぎネクタイをはずし靴を脱ぐと、壁に向かい逆立ちをはじめた。
 
 昭二は、運動神経が抜群に優れているだけに、両足を揃え背骨がまっすぐピーンと反り返り、見事な釣り合いを保っていた。 しかも、息が長く乱れず、まるで逆さに生まれた人間の様にその姿勢は微動だにしなかった。 
 奇妙な光景を見た食堂の中の客達が、彼の見事な逆立ちを余興と勘違いしたのか拍手をまじえて微笑を浮かべ、昭ちゃんの逆立ちを眺めていたが、健ちゃんはその素晴らしい筋肉の躍動を見て安心したのか、調子に乗り
  「昭ちゃん、うまいぞ!」 「そのままテーブルの廻りを歩け!」「治るかも知れんぞ」
と気合を入れると、彼を見ていたピアノの演奏者も調子に乗って軽快なマーチを演奏し、昭ちゃんは顔面を紅潮させながら演奏のリズムに合わせて、自分達のテーブルの周囲を一周して席に戻り、荒い息をつきながら椅子に腰を降ろした。 
 昭ちゃんの痙攣は、一向に治まる気配はなかったが、彼の逆立ちが芸人のアトラクションと思ったのか、外人の御婦人がウエイターに千円紙幣を3枚チップとして渡し、昭ちゃんに届けたほどだった。
 
 昭二はウエイターが持ってきた紙幣を見て「バカニスンナ!」と怒り、床に投げ捨てると、健ちゃんが
  「オイッ! そんなに短気をおこすな。落ち着け」
と言って紙幣を拾い上げると、彼は
  「健ちゃん!お前が約束通りサインを守らないからだ」「お前のコーチも当てにならないんだなぁ~」
とボヤクと、健ちゃんは
  「まだ、折角の食事が終わらないうちに、早くサインをだすからだよ」
と苦し紛れの返事をしていたが、これを聞いた珠子が呑気に構えていた大助に
 「大ちゃん、なんか変な空気ネ」「昭ちゃんの、あのウインクのサインはなんなの?」
 「一体、本当はどうゆうことだったの?」
と、少し睨めつける様に話したので、大助は
 「知らん、シラン!、僕に聞いても判らんよ」
と、努めて平静を装って答えたが、内心ではとんだハプニングがおこって困ったことになってしまったと思い、二人の掛け合い漫才みたいな出来事にチョッピリ不安がよぎり、後で真相がばれて、そのとばっちりで、珠子に叱られなければよいがと心が動揺した。
 
 珠子は、大助の今日の案内に不信感を抱き、少し険しい顔つきで、健ちゃんに対し
 「健ちゃん。わたし、折角の御招待ですが、一寸、あなた方の態度はおかしいゎ」
 「昭二さんの、あのウインクの意味はなんですの?」
と聞いたので、健ちゃんは平常心を失い
  「いや~ あれは、僕と大ちゃんに消えてなくなれとゆう、事前に打ち合わせておいたサインですが・・」
と、バカ正直に裏話をしどろもどろに答え、更に
  「あいつ、自殺しなければ良いが・・」
と付け足すと、彼女は
 「あなた達、テーブルの下で盛んに足を動かして蹴りあっていたでしょう」
と追求するので、彼は
  「そんなところまで判っていたのですか」
  「僕と大助が、なかなか退席しないので、昭ちゃんは業を煮やして、とうとう筋肉痙攣を起こしてしまったんですよ」
と、大助にしてみれば案外たやすく白状してしまう健ちゃんに呆れてしまったが、彼女が
 「やっぱり、あなた達には、友情が不足しているみたいだゎ」
と告げて溜め息をもらした。 昭ちゃんは
 「済みません、気分を悪くしないで下さい」
と頭を何度も下げて謝っていた。
 珠子は、おぼろげながらも、彼らの心意を理解して
 「私達、時々、お店で顔を合わせることですので、これからも仲良くしてゆきましょうョ」
と言ってニコット笑った。
 これを機に、その場が再び和やかな雰囲気になったので、二人よりも大助はホット安心して
 「健ちゃん、帰ろう~」と言って促すと、健ちゃんも、今が潮時と思い素直に「そうだなぁ~」と力なく返事をして、大助と二人して食堂を出た。
 危うく昭ちゃんに焼き鳥にされるのを免れた、入り口の鸚鵡が羽を広げて元気良く「コンニチハ・・オハヨウ・・」と鳴いていた。

 ホテルの食堂を出ると、健ちゃんが
 「いやぁ~、また、お前に借りを作ってしまったなぁ~」 「それにしても、珠子さんは、頭が良すぎるわ」
 「お前も、毎日、あの調子でやられては大変だなぁ~」
と、大助に同情しながら、彼の行きつけの駅前の居酒屋風の食堂の前に差し掛かると、健ちゃんは
 「大助!今度は俺が奢るよ」「娘の奈緒と遠慮なく喋ればいいさ・・」
と言って、店の暖簾を威勢よく払いのけて入り、カウンターに二人してならんだ。
 彼らの姿を見つけるやママさんが
 「アラ~ッ いらっしゃい。健ちゃん、昼間から少しアルコールが入っているみたいだわネ」
と愛想よく迎えてくれたが、大助の額の絆創膏を見て
 「アラ アラ いい男が台無しネ」
と話し始めたところに、大助と同級生の娘の奈緒が暖簾の隙間から顔を覗かせて、母親に
 「大助君は体操の選手よ」「クラスの人気者で、わたしなんか近くにも寄せてもらえなのョ」
と、大袈裟に話すと、母親のママさんも
 「フ~ン 奈緒ッ、お前と大助は赤ちゃんの時から、大助君の父親に一緒に抱かれて、まるで双子の様に育ったとゆうのに、中学生にもなると、そんなもんかねェ~」
と呆れたように言って二人の顔を見ていた。

 

 

 
 

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