日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (4)

2022年08月27日 04時38分54秒 | Weblog

 理恵子達同級生三人は、進学や就職のため連れ立って一緒に上京した。
 江梨子は東京駅で列車から降りた途端一瞬ドキッとし足がすくんた。
 広い ホームの人混みの中ほどで、マイクで自分の名前を連呼しながら、”歓迎”の大文字の下に”二人の名前”を並べて墨書した、紙のプラカードを高だかと掲げて目をキョロキョロして辺りを見回している社員を見つけ、予想もしていなかったことにビックリするやら恥ずかしやらで、理恵子や奈津子の手前顔を曇らせてしまった。
 江梨子は、列車から降りると内心怒りを覚え不機嫌な顔をして、迎えの若い社員と簡単な挨拶を交わしていたが、小島君は最初ひとごと思ってボヤットしていたが、そのうちに目をこらしてよく見ると間違いなく”達夫”と書かれているので、唖然として言葉も出なかった。
 彼女達は生活に慣れたら日にちを見計らって後日再開することを約束し、互いに「頑張ろうね」と明るい顔でエールを交換して別れた。

 小林江梨子と小島君は、一抹の不安を抱いて出迎えの社員に促されるままに、会社が手配した自動車に乗せられ蒲田駅近くのホテル前に到着して降りると、運転してきた若い社員の阿部さんが、広いロビーに彼女等を案内し、普段から大事な顧客を案内して慣れているのかカウンターで宿泊手続きをすますと戻ってきて、彼女に部屋の鍵を渡し
 「お部屋はボーイがご案内します。夕食の6時30分にお迎えにあがります」
と言って爽やかな笑顔を残して帰っていった。
 二人はボーイの案内で5階の部屋に行くや、部屋は隣どうしに2室用意されており、中に入ってみるや、TVは勿論、高級ベットに冷蔵庫等調度品が備えられた豪華な部屋に圧倒されてしまったが、ボーイが説明を終わって出てゆくや、彼等はお茶を飲みながら眺望の良い窓から景色を見ていたが、そのうちに彼女が
 「面接試験に来たわたし達をこんなに接待すなんて、この会社は一体どうなっているんだろうね。チョット不気味だわ」
と呟くと、小島君も不安な表情で
 「そうだよなぁ。江梨ッ 怒るなよ。僕の予想では明日は恐らく<ハイッ  ご苦労様でした。御両親様に宜しく>と慰められ、一言でお払いだな」
 「それにサァ~。アノプラカードを見て、俺達いくら親が認めている仲だといっても、果たして一緒になるかどうか確率的には極めて低いしなぁ」
とボソボソとした声で答えると、江梨子は少し肩をおとして元気なく頷いていたが、少し間をおいて気を取り直したのか沈んだ声で
 「そんなぁ ~ ”林”と”島”の一字違いじゃない。いずれ”島”になるんだから、そんなこと、どうでもいいわ」
と突き放したあと、予め考えていたかの様に、落ち着いて
 「でも、君が言う様になったら、わたし、社長に対してきっぱりと、<田舎者に対し、ご丁重なおもてなしをして頂きまして誠に有難う御座いました。母にも早速電話で御丁寧な接待をして頂きましたと報告したあと、入社は難しいようです>と、社長さんの前で電話を借りて言ってやるわ」
と、採用されない以上、社長が叔父でも、へりくだるのは嫌なので皮肉の一つでも言って、さっさと会社を出て、二人で大坂か名古屋にでも行って働きましょうよ。と、普段強気な彼女らしく小島君を励まし、うなだれている彼に対し、その次の行動について計画していることを力強く話すと共に、併せて抜け目なくあくまでも一緒になることを念を押していた。 
 彼女は、母親がどんなに心配しても、今更、田舎になんか帰る気がしないわ。と、語気鋭く言い出だし、それでも不安なのか冷蔵庫からビール瓶を出すとコップに注いで一気に飲むとベットに寝転んでしまった。

 約束の時間に阿部さんが現れ、階上のレストランに案内してくれたが、窓際の眺めの良い席に座らされると、阿部さんが注文のためか席をはずした隙に、小島君がまたもや江梨子の耳元で小声で
  「江梨ッ 洋食かな?」「俺 今晩くらい定食屋で思いっきりカツ丼を食べようと思っていたのにさぁ・・」
  「田舎者の俺なんて、洋食なんて食べ方もマナーも判らんし嫌だなぁ~」
  「もう、腹もペコペコだし、神経が クタクタ に疲れてしまったたよ」
と、言い出したので、江梨子も
  「わたしだって、洋食の作法なんて判んないわ」
と返事をしたあと、部屋での不安な話しの尾を引いているのか、都会の夜景を見ながら不機嫌そうな顔で捨て鉢気味に
  「いいのよ、こうなったら旅の恥は掻き捨て言うじゃない、そんなに心配することないわ」
  「見渡したところ、お客さん達の中で若いのは私達だけだし、若者らしくマナーを気にすることなく、食べたいものから、ドンドン自由に食べるのよ」
  「わたしも その様にするからさ。君もそうしてね。クヨクヨしてないで、しっかりしてよ」
と、ナプキンを胸に掛けて平気な顔をしていた。

 阿部さんが戻ってくると、まもなく料理が運ばれてきたが、阿部さんは座るとすぐに
  「いやぁ~ 僕までご馳走にあずかり申し訳ありません」
  「僕は、結婚して3年目ですが、こんな綺麗なレストランに一度はワイフを連れて来たいと日頃思っていますが・・」 
  「なにしろ給料が安いので、今晩はお陰様で夢みたいですわ!」
と、ニコニコ笑いながら愛想よく気さくに話だしたので、二人は阿部さんの一言で気が楽になり、三人が気侭に食事を始めると、江梨子もやっと笑みを浮かべて
  「そうなのですか、私達、こんな立派なお店に入ったことはないし・・」
  「阿部さんも大変なのですね」  「奥様もお勤めなのですか?」
と、ワインを遠慮なく飲んだせいか饒舌になり、三人は会社の話などに感心がなく、専ら都会の生活の話をしながら、珍しい料理に目を奪われて夢中になって食べながら愉快に会話がはずんだ。 
 江梨子はその間に、どうせ会社のおごりならと考えたのかボーイを手招きして呼び「お土産にするので、いま戴いているワインを一本、綺麗な包装紙に包んで袋に入れておいてください」と注文した。 
 食後、別れ際に感謝の意を込めて、それを阿部さんに渡すと彼は遠慮したが、江梨子の強い勧めで恭しく受け取り、江梨子が
  「奥様と二人で、お飲みになって下さい」
  「なんと言っても、妻は御主人様のさりげない思いやりが、一番嬉しいものなのですよ」
と、大人びいて気分よさそうに話すと、阿部さんも嬉しそうに「明日は9時にお迎えに上がります」と言い残して深々と頭下げ明るい笑顔を残して帰って行った。

 小島君は、江梨子の如才ない行動をみていて、部屋に戻るころになって、今日の出来事は全て彼女の母親の仕組んだことだ。と、やっと気ずき、それにしても、彼女も母親同様に勝気で機敏な態度に感心してしまった。
  

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河のほとりで (3)

2022年08月24日 04時18分40秒 | Weblog

 理恵子は、江梨子達と手を握りあって再会を約束して別れたあと、用心深く周囲に気配りして駅の正面口を出ると、毎年夏休みに家族揃って飯豊山の麓にある自宅に遊びに来ていて、すっかり顔馴染みになり気心の通じ合った城珠子と大助が出迎えに来ていたので少し不安な気持ちが和らいだ。
 彼等は、母親の節子と同郷の城孝子の子供達で、都会生活に不安を覚える理恵子にとって、今後いろいろとお世話になる下宿先の姉と弟である。

 明るく闊達な中学生の大助が、姉の制止を気にすることもなく理恵子に近よってきて愛想よく笑いながら
 「天気も良いし、宮城付近を散歩して行きましょうよ」
 「きっと、昨夜の雨に洗われて松の緑が綺麗だと思うので・・」
と、普段は何かと小言を言う姉の顔を横目でチラッと見ながら素早く理恵子の大きなバックを持ってやると、理恵子と珠子を誘って歩き出したが、何時のまにか理恵子の左手を握って手を振り、楽しそうに二重橋方面に向かった。

 理恵子は、乾いた舗道にコツコツと心地良く響く靴の音に都会にきたんだなぁ。と、田舎より1ヶ月くらい早い春たけなわの心地よい風と行き交う人々の群れに、都会の雰囲気を肌身に実感しながら、中学生のときの修学旅行以来、久し振りに二重橋を見て
 「大ちゃんの言う通り、緑が本当に鮮やかだわ」
 「田舎の方は、今頃、やっと、遅れて来た春が終わりかけたばかりで、松や杉の葉はこんなに鮮やかな緑色に輝いていないわ」
と呟いたら、大助が
  「理恵姉さんも、眩しいくらいに輝いているよ。 それに背も高くスタイルが良いので、こうして手を繋いで宮城前を揃って散歩できるなんて、まるで夢みたいだよ」
  「ホラッ!すれ違う人達が、次々に僕達の方を羨ましそうに振り向いて行くよ」
  「キット、僕達が背も高くスマートなので、素晴らしい恋人どうしのアベックだと思っているんだろうなぁ・・」
と、理恵子の顔をチラッと覗きこみ、片目を神経質にパチパチさせてウインクして話しだしたら、珠子が
  「大ちゃん、誰も振り向いていないわ」
と呟くと、彼はシマッタと思ったのか
  「今日の珠子様も、松の緑のせいか何時もよりず~と美しく見えるよ」
と、またもや、片目でウインクしたので、珠子は
 「松の緑とか修飾語は余計よ」「黙っていれば可愛いんだけれど・・」
と言って、理恵子と二人して声を上げて笑いだした。

 乾いた歩道に響く革靴の音が、雪国から来た理恵子には心地よく聞こえ、大助のユーモアに満ちた話が緊張気味の気分をやわらげてくれ明るい気分になった。 
 三人は日比谷公園を通り過ぎて道角のモダンな造りの喫茶店の前に差し掛かると、大助が珠子に
  「姉ちゃん! 僕たちで、理恵子さんの第一次歓迎会とゆうことで、アン蜜を食べてゆこうよ」「僕 喉が渇いちゃったし、いいでしょう」
と言って、珠子が返事をしないうちに、こじんまりしたお洒落な喫茶店にさっさと入り、窓際の景色の良く見える席を見つけて二人を手招きして呼び、ニヤット笑いながらアン蜜を注文してしまった。
 珠子は、理恵子に対し
 「今日の大ちゃんは、あなたに逢えて嬉しいらしく、いつもにもなくテンションが上がっているわ」
と、笑いながら弟の屈宅のない行動の素早さを説明していた。

 夕方の5時ころ、池上線の久ケ原駅近くの自宅に着くと、母親の城孝子が玄関先に出てきて零れそうな笑みを浮かべて出迎えてくれた。
 理恵子が下宿する城家は、駅からそれほど離れていない、閑静な住宅街にあり、少し古風だが低い生垣に囲われ、狭いながらも庭には、芝生がありキンモクセイやサルスベリの木が植えられている。 
 城孝子は40歳代半ばで、理恵子の母親である節子と同郷で、同じ高校に通い2年後輩だが、高校卒業後、節子を頼り上京して看護学校に通い、資格取得後は節子と同じ都立病院に看護師として勤めているが、3年前に夫を胃癌で亡くし、一人で珠子や大助を育てている気丈な人である。

 珠子は、高校2年生で、母親の孝子に似たのか背丈はあまり高くないが、色白で丸顔に笑ったときの笑窪が可愛く、温和な性格であるが、毎日母親に代わり家事をしているせいか芯は強い。 大助はおそらく亡くなった父親に似たのであろう、同級生の中でも細身だが背丈は高い方で、時々、夕食後の家族団らんの際に、珠子が冗談交じりに
 「大ちゃんと背丈が逆ならばよかったのに・・」
と、背の高い同性に憧れる愚痴をこぼすことがあるが、母親に背丈ばかり高くても、頭が悪くては良いお嫁さんになれないのよ。と、はぐらかされているが、勉強は一生懸命で成績も良く、大学への進学をめざしている。  それに反し、弟の大助は中学1年生だが、どうも勉強にはあまり熱が入らない様だが、運動神経は抜群で学校や町内の球技大会には積極的に参加している、明るく陽気な人懐こい性格で、町内の若者達からも好かれている。

 理恵子は、挨拶したあと自分にあてがわれた2階の部屋に案内されたが、事前に節子母さんが来ていて荷物などを整理しておいてくれたため、部屋は整然と整えられていた。
 隣の部屋は、珠子が利用することにしたので、二人で何でも工夫して自由に使う様にと、孝子から親切に説明された。 
 孝子は説明の合間に冗談めかして
 「近頃、妙に色気ずいてきた大助は、下の部屋に寝かすので・・」
と言って意味ありげに笑っていた。

 孝子小母さんの心尽くしの手料理で夕飯を済ませ、皆がくつろいでお茶を飲みながら、思い思いの雑談を交わしている途中で、大助は珠子と理恵子が隣合った二階の部屋を使用すると聞いて羨ましく思い、つまらなそうに
 「あぁ~ 今夜から、姉ちゃんに就寝中に腹を蹴飛ばされなくて助かるなぁ~」
と皮肉まじりに悪戯ぽく話した。
 以前、隣に寝ていた珠子が夜中に突然彼の腹に足を勢いよく乗せたので、彼はビックリして姉の足をそ~っと彼女の布団に手で押し戻したら、いきなり珠子が 
 「コラッ! H ナコトヲスルナッ!」
と怒り、拳骨で殴られたエピソードを話して、皆を笑わせていた。
 珠子は照れ隠しに
 「理恵子さん、彼は漫画の読み過ぎで混同しているのょ。わたしこそ、汗臭い大助と別の部屋になるので嬉しいゎ」
と、懸命に弁解していた。

 理恵子は、そんな二人を見ていて、話の真偽はともかく、姉弟がいることが羨ましく思えてならなかった。

 

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河のほとりで

2022年08月22日 04時10分41秒 | Weblog

 "光陰矢の如し"と言われているが、平穏な地方の生活では、山並みの彩りが季節の変化を知らせてくれる。 
 人々は静かに流れ行く時の中で、先達から受けずいた生活習慣に従い歳を重ねてゆく。 

 山上理恵子は、実母の秋子を癌で亡くし、実母が生前親しく交際し信頼していた山上健太郎・節子夫妻の養女となり育てられていた。 
 そんな理恵子は、3年間親しく交際していた同級生の原奈津子や小林江梨子と一緒に、泣き笑いの中にも数知れぬ思い出を残し、先輩の織田君に対し心に芽生えた蒼い恋心を胸に秘めて、高校生活を無事に卒業した。 
 開業医院の長女である奈津子は、親も認めている先輩で医学生の彼氏のあとを追って東京の大学へ進学するが、理恵子は両親の勧めで東京の美容専門学校へ、江梨子は親戚の経営する会社に就職へと、夫々に未来に希望を抱いて進むことになった。
 彼女等は示し合わせた様に、3人とも憧れていた東京に揃って上京することを喜んでいた。

 理恵子は、当初、義母である節子の職業である看護師になることを強く希望していたが、3年生に進級したころから何度となく、節子から
  「貴女は一人娘だし、お父さんの希望する様に、貴女の亡き母である秋子さんの経営していた美容院を継ぐためにも美容師に進んでもらいたいわ」
  「お父さんも、その考えがあったればこそ、今までお店の経営を裏面でお世話してきたのだし、いま勤めている美容師さん達も、それを望んで頑張っているのよ」
  「看護師も、白衣姿で外見は美しく見えるが、見た目以上に体力や精神的に厳しい職業で、将来、お店を継がなければならない貴女には、看護師になることは賛成できないわ」
と、事ある毎に説得され、その都度、彼女も亡き母の遺影を見ては、自分の進路を考えてきたが、卒業を控え、やはり節子母さんの考えに従うべきであると思う様になった。
 それにつけても、都会生活の憧れは強く、一度都会の雰囲気にふれてみたいと、父母に対し自分の考えを卒直に話した末に、地元から通学できる美容学校への進学を強く勧める母親の意見にやんわりと逆らい、渋々ながらも賛同してくれた健太郎の承諾を漸く得て、節子と同郷で彼女の高校や看護師の後輩で交際のある、都内に住む知人の家に下宿して通学することを条件に、東京の学校に行かせて貰うことになった。
 節子母さんの忠告は自らの経験を通して若い娘が都会に出れば、予期しない様々な誘惑の罠があることを心配してのことであると、彼女は充分に理解していた。

 理恵子にしてみれば、高校生のとき淡い恋心を抱いた織田君が、東京の大学に進学してからは、地元で乾物商店を母親一人で営む母親に、なるべく学資で迷惑をかけたくないと、休日はアルバイトに精を出しているため、正月とお盆にしか帰らないので、必然的に逢う機会が少なく、そのためか二人の間の感情も薄れて行く様な不安が常に脳裏をよぎり、そのことが心配で上京することに強く拘った。
 健太郎や節子は、理恵子の成長に伴い心の悩みを、普段の生活を通じて充分察しており、話し合いの都度、あくまでも自分の操は自分の将来の幸せのために自分で守ることを言い聞かせておいた。
 理恵子は、その様な話になると、きまって、母親から、時々、若き日のことを愚痴ともつかぬ話を何度も聞かされており、悲恋の苦しみを身にしみて判り、自分は母親の様に廻り道は絶対にしたくないと心に決めていた。

 理恵子は普段の会話を通じてそれとなく知った、父の健太郎が新任教師として地元の高校に赴任してとき、母親の節子の家に下宿していたことから、高校生であった節子は日常の生活を通じて、いつしか担任の健太郎に思慕の念を抱き淡い恋を覚えたが、やがて彼の転勤に伴い別離をを余儀なくされ、誰にも話せない苦い失恋の悲哀を味わい、思いを振り切るために意を決して地元を離れて上京した話を想いだし、そんなとき母親の顔を見ながら、真剣な目つきで瞳を輝かせて、自信満々に
  「お父さん達、わたしを心配してくださることは、本当に有り難く、また、凄く嬉しいことですが、わたし、例え織田君相手でも、そんなに軽率な行動は絶対にとりませんので、わたしを信じて欲しいわ」
と、自分が考えている人生の価値観を説明して、親子の間で堅く約束した。
 事実、時々風呂場の鏡で見る自分の体が外形的には大人の身体に映っていても、精神的には自分でもそんな肉体交渉をする勇気はないと考えていた。 勿論、時折目にする週刊誌などで、性に対する知識を知り、欲望と興味を引くことはあっても、自分にとっては未だ別世界の様に思え、父母に自信をもつて約束ができた。
 美容学校の入学許可通知を受け取ると、理恵子は早速電話で織田君に「近いうちに、わたしも上京することになったわ」と連絡すると、彼は「おぉ! そうか それは良かったなぁ~」と、一ヶ月振りに交わす電話に素直に喜んでくれた。
 

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美しき暦(50)

2022年08月16日 04時26分30秒 | Weblog

 
 理恵子は、朝食後、節子さんが丁寧に用意しておいてくれた制服で装い、前に書いて白い封筒に入れておいた織田君宛ての手紙と、奈津子さんと一緒に求めた、岡本孝子作詞作曲の”夢をあきらめなめないで”のCDを、紫色の小さい風呂敷に包んて学校に向かった。
 節子さんが見送りに出た玄関先で小さい風呂敷包みをチラツトとみて「理恵ちゃん、それなぁ~に」と聞いたが、笑い顔を作り説明することもしなかった。
 登校の道すがら、織田君と逢うのは、この日が最後になるかも知れないと思うと、寂しい気持ちにもなったが、好天のためか、それほど気落ちすることもなく登校できた。

 教室に入ると、皆が、進級と春休みを楽しみにして賑やかに、親しい友達とお喋りしていて騒々しいほどで、若い男女の熱気が満ち溢れていたが、理恵子達三人は、静かな廊下に出て式終了後の予定について話しあった。
 奈津子は、前からの約束でこれまでに何度も訪ねている彼氏の山田君の家に招かれているので。と、午後からの行動を三人でとれないことを申し訳なさそうに話しだすと、江梨子からも同様に、母親と小島君の家にお邪魔することになっている。と告げられ、理恵子は自分一人だけが特別な予定もなく取り残された様で、二人が羨ましい気にもなった。
 おそらく、織田君も上京準備のために忙しいと思うのでデートすることを遠慮し、母と高校生時代の想い出話しを話あって過ごそうと思った。

 式が終了すると、織田君が式場の後部席にいる理恵子のところに来て、周囲を気兼ねして小声で
 「お前、昼から友達と逢う約束でもあるのか?」
と聞いたので、彼女はつまらなそうに
 「奈津ちゃんと江梨子は、それぞれに約束があるみたいだが、わたしは何にもないので家に帰るわ」
と答えると、彼は
 「よし、わかった」「僕も部活の連中と30分位話しをしたら、そのあと公園に行き弁当を食べよう」
 「校門の前で待っててくれ」
と、一方的に告げて同級生の方に行ってしまった。
 理恵子は、弁当など用意してこなかったが、思いかけなく誘われて空腹など忘れて、約束した時間を見計らって校門のところに行くと、奈津ちゃんと出会い、彼女が「一人にしてごめんね」と言っているとき、丁度、織田君が色々詰め込んだとみえ大きなバックを背負って息を切らせて飛んできて
 「やぁ~待たせて、すまん、すまん」
と理恵子に言うや、そばに奈津子がいることに気付き愛想よく彼女に
 「奈津子 これからも理恵子と仲良くして頑張れよ。理恵は寂しがりやで我儘なところがあるので頼んだぞ」
と声をかけ、奈津子も
 「織田君、卒業と大学合格おめでとう」「東京に行っても理恵ちゃんを忘れないでね」
 「これから、山田君のところに行くの」
と、少しはにかんで笑いながら返事をして去って行った。

 二人だけになると、織田君は「天気も暑いくらいで気持ち良いし、公園に行こう」と校舎裏の小高い公園に向かって歩き出したので、理恵子もなにも話かけることなく彼の後ろに黙って付いて坂道を登って行った。
 途中、小川の岩陰になっているところに、フキノトウが三っばかり黄色い花を開いていたので彼女は
 「ねぇ~ 一寸、待っていてぇ」
と織田君に声をかけて、グミや猫柳の枝をかき分けて小川の淵に降りて行き、摘みとったフキノトウの花びらを一枚ずつ剥がして水に浮かべて流しながら、あぁ~、皆も、このように思い思いに別かれて流れて行くんだなぁ~。と、春とゆう明るい季節の裏側の寂しさを思い巡らしていたところ、織田君が「なにしてんだい」と声を掛けたので、彼女は甘えるような声で
 「ねぇ~ その蕾のついた猫柳の小枝を二本位とってぇ」
と催促して、とってもらうと手を引かれて道にあがり、公園に辿りついた。

 椅子に腰掛けながら、織田君が海苔巻きの握り飯を一個理恵子に渡すと、二人して遠景を眺めながら食べ、ペット入りのお茶を二人で交互に飲んだが、二人の間に不潔感は全く感ぜず自然に飲み合いしたことが、理恵子にとって、土手を上がるとき握られた手の感触とあわせ、このなにげないことが凄く嬉しく思えた。
 そのあと、暫く話し合うこともなく彼は景色を名残惜しそうに眺めていたが、理恵子が小さい声で
 「これ、東京に行ったら見てね」
と言って風呂敷包みを恥ずかしそうに渡すと、織田君は
 「なんだい? 何か重要なものか? まぁ~ いいや、その通りにするよ」「有難う~」
と言いながら頭を下げて、さも恭しく受け取るとバックに仕舞ったが、理恵子が猫柳の蕾を見つめながら
 「この花が、わたしの部屋で咲く頃には、織田君も東京の人になっているんだわねぇ~」
と独り言の様に呟くと、彼は
 「そんなセンチなことを言うなよ」「夏休みには、また、逢えるので、そんなに感傷的になるなよ」
 「こんな晴天でも、夕方からは珍しく雪が降るとゆう予報だぜ」
と言って、理恵子を抱き寄せてキスをしてくれたが、理恵子は嬉しさと悲しさとで我慢しきれなくなって涙が頬に零れ落ちるのをこらえきれなかった。

理恵子は帰宅後、廊下のソフアに身を沈めて、これまでの想い出を巡らせながら、沈んだ気持ちで庭先を見ていたら、織田君の言う通り、細い名残り雪が庭の松の木の間をチラチラと風に舞っていた。                

(完) 続編「河のほとりで」 



 

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美しき暦(49)

2022年08月14日 10時55分30秒 | Weblog

 関東からは、花便りが聞こえて来るとゆうのに、雪国では3月末になっても雨や曇りの日が多く天候は冴えない。
 理恵子も、天候に合わせたかの様に心が落ち着かず、なにをしても気が晴れないまま修了式前の日々を送っていた。
 
 そんなある日。 昼食後のお喋りしているとき、奈津子さんから
 「ねぇ~ 明日の土曜日に、久し振りに新潟に遊びに行かない。なんだか、気分がパァッと晴れないので、気分転換にさぁ~」
と声を掛けられたので、理恵子は直ぐに同調し
 「わたしも、そうなのよ。色々買いたい物もあるし、デパートでお食事もしたいしさぁ」
と賛成した。
 理恵子は奈津子の顔を見て、きっと幾ら気が強いと言っても、やはり自分と同じ様に彼氏と離れることで彼女なりに先行きなどで悩んでいるんだなぁ。と、表情から察した。

 翌日の朝、理恵子は母親の節子さんに
 「奈津子さんと新潟の街に遊びに行きたいので、お小遣いを少しいただけません?。少しはあるけど、足りないの」
と話をしたら、節子さんから「何か買い物でもするの」と言われたので
 「う~ん 下着なんかも・・」
と言いかけたら、節子さんは
 「アラッ 貴女の下着類は、普段着や運動着などと一緒に、わたしなりに普段気配りして充分揃えてあるわ」
 「何か、気に入らないもでもあるの?」
と言われ返事に窮していたら、新聞を読んでいた父親の健太郎が
 「母さん 一年間の成績も良かったし、たまに奈津子さんと一緒に息抜きに行くのもいいんじやぁない。奈津子さんと一緒なら心配いらないよ」
と言いつつ財布から札を取り出して
 「ホラッ これで思う存分遊んできなさい。帰りが余り遅くならない様に注意してね」
と言って機嫌良く一万円札を2枚渡してくれた。

 翌日も雨模様であったが、約束の時間に駅で待ち合わせて急行に乗り新潟に向かった。
 新潟まで、約一時間かかる列車の中で、奈津子さんは、先日、江梨子から直接聞いたと言って

 江梨子は来年高校卒業後、小島君と二人で彼女の親戚の人が経営する東京の会社に就職するんだって。 
 彼女達、この前、川辺でデートしたとき二人で約束して、彼女の家に行き例の調子で母親に小島君を改めて紹介すると同時に、自分達の希望を聞き入れてくれなければ、二人で家出をすると大袈裟に言ったら、母親は吃驚してしまったが、気を取り直して
 「なんとか、希望をかなえる様にするから、今後、決して家出なんて物騒なこと言わないでおくれ。頭がおかしくなりそうだよ」
 「それに、小島君は三男だし、この家にお婿さんに来て家を継いでもらえるように、小島君の家にお邪魔して頭を下げてお願いしてみるが、お前のお嫁さんとなると、こりゃ、就職問題より大変だわ」
と宥められたらしいが。と、幾ら現実的な江梨子でも自分の生活の為にはやるもんだなぁ~。と、感心してしまったわ。
 小島君は、彼らしくおとなしく話を聞いていたらしいが・・・

と話したあと、奈津子は、それにしても、わたし達完全に追いぬかれてしまったはね。と、急速に燃えあがった二人の行動の素早さに苦笑いしあった。

 新潟駅につくと、二人は街の中央にあるDパート内を見てあるいたあと、食堂でコーヒーを飲みながら、奈津子が
 「ねぇ~ 理恵ちゃん、織田君に何かプレゼントするの?」
と聞いたので、理恵子は
  「そうねぇ~ 毎日考えているんだけど、迷ってしまうわ」「奈津ちゃんは、どうするの?」
と逆に聞き返したところ、自分同様に迷っていると答えたが、丁度、そのとき、店のBGで夏の甲子園の高校野球のとき演奏された”夢をあきらめないで”とゆう軽快な曲が流されていて、奈津子は
 「わたし、この歌詞が大好きで、いまのわたし達にピッタリだわ」「織田君も、野球をしていたし、いいんじゃない・・」
と言いだし、理恵子も地区予選の応援のとき吹奏楽で演奏して覚えていたので
 「そうねぇ~ メロデーは好きだが歌詞が、いまのわたしには、一寸、自分の心を余りにも正直に表現していて、織田君に心の隅まで覗かれる様で恥ずかしいわ」
と、このCD贈ることにためらった。 それとゆうのも歌詞の中に

 ♪ いつかは 皆 旅立つ  それぞれの道をあるいていく
     あなたの夢を あきらめないで  熱く生きる瞳がすきだわ・・
とか
 ♪ 切なく残る痛みは  繰り返すたびに 薄れていく
     あなたが選ぶ全てのものを  遠くにいて信じている

と、岡本孝子の作詞が、理恵子の心には、寂しく映るのが気になった。
 奈津子は、そんな理恵子の心境を痛いほど理解できたが、自分とて同じ心境だが、いつかこのCDを聞いてくれれば必ずや自分を思いだしてくれるであろうと思いつめて、渋る理恵子を強く促して、音楽ショップに入って行った。
 
  
 

 

 

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美しき暦(48)

2022年08月08日 04時41分22秒 | Weblog

 江梨子は、家につくと玄関前でもじもじしている小島君を見て外に出ると
 「ねぇ~ 勇気をだしてよ」「何時も通りに遠慮しないで入りさないょ」
と言いながら、彼の背中を押すようにして促すと彼も覚悟を決めて
 「なぁ~ あまり余計なことを喋るなよ」、
と言って玄関を入った。
 江梨子の家庭は、村でも昔から続く家柄で、杉木立に囲まれた家も大きく、母親の指導と依頼で親戚や縁故のある人々が夫々に木材関連の事業を経営しているためか経済的にもこの地方では裕福な方である。
 
 家に入るやいなや、陽気でお喋りな中学3年を卒業したばかりの妹の友子が、彼を見るなり大きい声で
 「わぁ~ 姉ぇちゃん、小島君を連れてきたわ~」「全然、男の子に、もてないと思っていたのに、以外だわ~」
と言いつつ、小島君の方を見ながら無理に連れらて来たのを見破るかの様に叫んだので、江梨子は
 「んゥ~ン 五月蝿いはね。あんたは、奥に行っていて。大事な話しがあるんだから・・」
と無理矢理追い払い、彼を広い座敷に案内した。

 友子の声を聞きつけた母親の幸子が、勝手場の手を休めて和服にかけた白いエプロンで手を拭きながら、ニコニコと笑顔でいそいそと座敷に顔を出し、小島君を見るなり正座して
 「よく来てくださいましたこと」「何時も、江梨子が我侭を言っては、貴方にご迷惑をかけているらしいですが、親として、ほれ、この通り謝りますので、どうか勘弁してやってください」
 「なにしろ、わたしに似て・・」
と、畳に丁寧に頭を下げつつ語りかけると、江梨子は
 「母さん、そんなことどうでもいいわ」「それになによ、初対面でもないのに・・」
と話を中断させて
  「母さん、わたしにも、この通り恋人がいるのよ」「母親として、娘も人並みだと安心したでしょう」
と彼を紹介して、同級生で一年間隣どうしで席を並べていたこと等を手早く説明して
  「どう~ぉ 背も高く、筋肉質で、野球の選手なのよ」「将来、或いは背の高い子が生まれるかも知れないわ」
  「お母さんの子としては、素晴らしい恋人に恵まれたと、きっと親戚の人達に自慢ができるわ」 
  「わたしの、一年間の努力の賜物よ、褒めて欲しいわ」 
  「いまも、河原でデートしながら、これからのことを相談してきたの」
と、一方的に話たあと、母親に考える余裕もあたえず、友子が気を利かせて運んできたジュースを飲んで一息つくと、母親の
  「どう~りで、朝からお寿司を作ったりして、珍しいこともあるもんだと思っていたが」 
  「江梨子、それで時々遊びに来ていて顔見知りなのに、改めて恋人だと言うが、一体、二人の関係は、何処まで進んでいるんかね」
と聞き返すと、江梨子は
  「母さん、いきなりそんなことを聞くのは失礼よ」「わたし、その様な母さんを見られたと思うと、娘として恥ずかしくなってしまうわ」
  「もっと、上品にしてよ。役員をしている会社の話とか話題は沢山あるでしょう」
と母親に注文をつけたあと、堅くなっている小島君の膝をポンとひと叩きをして、彼女の持論を雄弁に展開し始めた。

 その内容は、二人とも大学進学の意志はなく、高校卒業後は、都会に出て会社に勤めながら、街のセンスを身に付け、やがてはこの地に戻り花嫁修業をし、やがて彼と結婚して、この家を継いで親の老後の面倒を見る考えだが、その条件として、いまは、凄い就職難の時代なので、東京の叔父さんが経営する会社に確実に就職できるように、いまから根廻しして欲しい。
 勿論、小島君も同じ会社に入れるように、そこは母さんの腕で、わたしの希望が適う様にうまくやって欲しい。
 叔父さんは、母さんの弟で、経営手腕はあるが、女性問題で何度か母さんに助けてもらったことがある。と、たまに自分も母さん達の会話を断片的に聞いて知っていること。
 それに、本来は、叔父さんがこの家を継ぐ順序なのに、長兄が死亡したときに、親戚の人達や叔父との相談で、猛烈な恋愛中の母さんを無理矢理に別れさせて田舎に帰したこと。
 それらのために、叔父は母さんに頭が上がらないこと。

等、持てる知識を総動員して速射砲の様に喋りまくり、小島君がもう止めろと江梨子の尻を指先でつっつくも、彼女は意に介せず話終えると
  「母さん 私達の気持ちと将来の生活設計が判ったでしょう」
  「わたしの、一生のお願いだし、これで皆が幸せになれるわ、そぅ~でしょう」
と、話を閉めくくると、母親の幸子さんは目を丸くして
  「お前とゆう子は、自分勝手であきれたわ」「だいたい、小島君の家の事情もあるだろうしさ」 
  「そんなに、ことがうまく運べるとは思えないわ」
と、江梨子の熱情に圧倒されて、まともに返事が出来ないでいたところ、江梨子は、母親にとどめを刺す様に
  「若し、わたし達の希望が適わなかったら、わたし達、家出するかもしれないわ?」
と、念を押し、目が三角の様になって焦点が現実と合わなくなった母親が
  「江梨子ッ! 恋人の紹介だけだと安心していたが、お前の突飛な話に驚かされて卒倒しそうだよ!」
  「急に成長するのも良しあしだね」「お父さんに相談してみるよ」
と返事をするのが精一杯であった。 
 何時の間にか顔を出した友子は
 「姉ぇちゃん、良くやった!大賛成だわ!。わたしも安心してお嫁にゆけるわ」
と拍手してその場の雰囲気を和ませた。

 小島君も、ハラハラ・ドキドキして自分が想像もしないことまで、如何にも二人で相談して訪問した様で一言も口を挟まずにいたが、その反面、女性は男性より生活感覚が遥かに先を行っているのだなぁ~。と、感心し、帰りの列車の時間も近く、早々と逃げ出す様に家をでた。
 駅まで送ってきた江梨子は
 「小島君、いきなりわたしの理想を喋ってしまい、御免ね」
 「わたし、何時の日か、この道を君と二人で歩ける日の来ることを楽しみにしていたの」
と歩きながら機嫌よく話していたが、小島君が彼女の勝手だが将来を見つめた突飛な話を聞かされて不安におののいているのも構わず、小島君の手を力強く握って、満ち足りた気分で足取りも軽く歩いていた。
 
  

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