30年前の今月。
私は生まれて初めての海外旅行でドイツに行った。
専門学校に通っていた頃、本屋で見た 『朝日旅の百科/ドイツ』 の表紙になっていたノイシュヴァンシュタイン城に一目惚れ
20歳で都内の商社で働き始め、長距離通勤に耐えつつ必死で貯金。
22歳と8ヶ月にして、とうとう夢が実現・・・
初めての機内食! 最初に寄った、北京国際空港。どことなく閑散としていた。
ツアー旅行には興味なかったので、せめて片言だけでも・・・ と、ラジオの 『NHKドイツ語講座』 でドイツ語を独学。
職場では当時 『海外業務部』 という、英文タイプとテレックス(←死語)を担当する部署の一員だった。
海外からの手紙の分配も、仕事の一部。 どの部にまわせばいいかわからない手紙は、開封して読んでみなければならない。
ある日、ドイツ人男性から個人名と個人の住所で手紙が来た。
内容は、「英語とドイツ語の翻訳が必要であればお手伝いできます」 というもの。
バイリンガルな男性が、仕事のチャンスを模索して世界中の商社に送った手紙のうちの一通らしい。
ドイツに知り合いが欲しいと思っていた私は、彼に手紙を出した。
彼 -クラウス- はペンパルになってくれた。
デトヴァンク村の教会 ローテンブルクのマルクト広場 プレーンラインとジーバース塔
ローテンブルク、マルクス塔とレーダーアーチ 観光馬車 クリンゲン門近くの市壁
初めての海外旅行でようやくドイツの土を踏めることになった私のため、
南部のミュンヘン郊外に住むクラウスは、奥さんのハイジと、
フランクフルト空港まで私を迎えに来てくれた。
ミュンヘン郊外の家に向かう途中、ちょっと寄り道して、ロマンティック街道でも有名な町ローテンブルクも見せてくれた。
全然下調べしておかなかったのが悔やまれたが、なるほどかわいらしい町だった。
ローテンブルクのちょっと手前にあるデトヴァンク村の教会(St. Peter and St. Paul's Church)にも、「有名だから」 と寄ってくれた。
(当時はリーメンシュナイダーの聖十字架祭壇があったことなど露知らず・・・ )
クラウスとハイジのマンションの通路 キッチン ダイニング・エリア
少し階段を下りると、 右手に居間エリア。
私が泊めていただいた部屋。 普段はクラウスの書斎らしい。 窓からの眺め。
私が初海外旅行で使ったのは、当時流行していた 『格安航空券』 のなかでも一番安かった、南回りのパキスタン航空。
それでも往復で18万円だった。
成田を飛び立ってから、北京、バンコク、カラチ、ダマスカス、カイロに数時間ずつ(給油でもしていたのか?)立ち寄った。
カラチでは飛行機の乗り換えもした。
フランクフルトに到着したのは、成田を離れて30時間後くらいだったと記憶している。
(・・・・・ 若かったからできたこと、今じゃムリだわ ・・・・・ )
フランクフルトに着いたのは土曜日で、正午前頃だった。
クラウスとハイジは早朝に家を出て、フランクフルト空港まで来てくれたことになる。
その日はローテンブルクに寄った以外は、クラウスとハイジの住むミュンヘン郊外へとひたすらドライブ。
翌日の日曜日は二人でミュンヘンを案内してくれた。
日曜日だからお店はほとんど閉まっていたけれど。
女神バヴァリア(Bavaria)像と、空洞になっている内部に入って上って見えた眺め。 オクトーバーフェストの後片付けがまだ続いていた。
カールス門。 ここからホコ天ショッピング・ストリートのノイハウザー通りが始まり、マリエン広場まで約1kmつづく。
新市庁舎は、グロッケンシュピールという仕掛け時計で有名。 時間になって動き出す人形を見上げる人々。
旧市庁舎と、 有名なビアホール、ホフブロイハウスと、 聖ピーター教会(St. Peter's Church)の塔上からの眺め。
マリエン広場。 聖母教会(Frauenkirche)。
ヴィクトリアエン市場(Victualienmarkt)。
ナショナル・シアター・ミュンヘン(National Theatre Munich)と、テアティナー教会(Theatine Church)と、エングリッシャーガルテンにある日本式茶室 『閑松庵』。
二人は共働きだったので、月曜日から金曜日まではいよいよ一人旅。
ミュンヘン中央駅から列車に乗り、フュッセンに無事到着。
フュッセンをさっくり歩いたあと、バスでノイシュヴァンシュタイン城により近い、シュヴァンガウ村に向かった。
観光案内所が閉まる前に着いて、その晩の宿を紹介してもらった。
牧歌的な車窓の風景。 フュッセン駅。
駅から町の中心へと向かう通り。 ホーエス城の中庭。
レヒ川。 ファサードの壁画がすごい建物は、聖霊施療教会だったんですね。
間の一日でゆっくりお城見物できるよう、シュヴァンガウには2泊。
紹介してもらった “ホテル・ペンション ハンゼレヴィルト” は、贅沢ではないが清潔で快適だった。
洗面台とシャワーつきの部屋。 翌朝、窓からノイシュバンシュタイン城が見えた!
宿にチェックインしてから、黄昏れる風景の中、カレンダー写真でお馴染みの聖コロマン教会(St. Colomanskirche)を見に行った。
絶景の中にたたずむ、聖コロマン教会。
日没前の、幻想的なひととき。
宿はレストランも兼業していたので、夕食はそこで “ハンガリー風グーラッシュ・スープ” をいただいた。
塩辛すぎたのを今でも覚えている。
翌朝、窓からノイシュバンシュタイン城が見えて感激。
(Hotel-Restaurant Hanselewirt、30年後の現在も健在のようです。)
≪ 後編につづく ≫