久しぶりに推理小説を読んだ。
小泉喜美子という人の「弁護側の証人」である。
帯には「過去に入手困難になり、お問い合わせ殺到だった究極の一冊 最後の数ページ、物語は180度ひっくり返る」とあったので、それに心を動かされた・・・というわけでは、もちろんない。
このような過剰な誘い文句が書かれている場合、たいていのものは、実はたいしたことがないからだ。
そして読み始めてみて、最初に思ったことは・・・
とにかく読みづらい。
後で知ったことだけど、この作品は1963年のものらしい。
文庫本には「2009年4月25日 第一刷」とあったので、単純に「ああ、15年前のものか」と思っていたのだけど、実際にはもっと前のものだった。
だから読みにくかった、という部分もあるかも知れないが、全体的に言えることは、文章が下手すぎる。
特に「これはいったい誰のことなんだ?」という書き方が随所にある。
「被告」という言葉にしても、後半になると、これは最初の被告とは違うのか、それとも同じなのかわかりにくい上に、「被告人」という言い回しまで出てくるので、それがいったい誰を指しているのかわかりにくかった。
ネタバレになるが、主人公は元踊り子の女性だが、彼女が大金持ちである財閥の息子と結婚することになったものの、その父親(義父)が殺され、その犯人として息子が逮捕されて、裁判の結果死刑判決が出る。
その後、主人公は夫の無実を証明するために奔走するのだが・・・最終的に犯人は、やっぱり夫でした、という話だ。
これも後で知ったことなのだが、この小説が「叙述トリックの先駆け」と言われているらしい。
そして、どうやら途中で「被告」というのが、夫から妻に代わり、そしてまた夫に戻る、という表現になっているところが、それに該当するらしい。
いつの間にか被告が妻になっていた時には、正直言って驚いた。
叙述トリックによって「この発言の主は、実は○○でした」と思わせるような流れにはなっていないわけだ。
少なくとも、私としては、そんな風には読み取れなかった。
だから、終盤になって「これはいったい誰のことを言っているんだ?」となるのである。
要は、作品として単純に面白くないわけだ。
それよりも、読みづらいと思った一番の理由は・・・
所々にわけのわからない比喩が出てきて、これがまた苦痛とも言えるレベルで意味不明だったことだ。
例えば、こんな表現が出てくる。
「あんたの灼けただれた胃袋が酒だとうなずくような飲み物は、もうこの地球上には生のガソリンしか残ってないわよ」(P46)
ここは、何度か読み返したのだけど、いまだに意味がわからない。
だいたいガソリンはアルコールではないので、これを「飲む」という表現で使うこと自体理解できない。
もしかして、「ガソリンは強烈なアルコールみたいなものだから、それくらいの刺激がないと胃が納得しない」という意味で使ったのだろうけど、イメージがまったく湧かない時点で、表現者としては失格だろう。
「まるで、苦労してこわごわ家まで持ち帰ってきたババロア・ケーキの箱の上に、たくあん石を載せるようなものではないか」(P157)
「まったく意味のないことを言ってしまった」という意味なんだろうけど、唐突に「たくあん石」が出てきたものの、これまたまったくイメージが湧かない。
「それは、老いた、やせこけたカマキリが熊に立ち向かっていのを見守るような・・・」(P171)
「あるいは、警部補の推理に反して、まったくの外部からの侵入者?妖怪か火星人かピーターパン?」(P190)
「検事はどうしてあんなしぶい顔をしているのだろう。まったく、発情期のスカンクと鉢合わせしたみたいな顔だ」(P209)
小学生の時、国語の先生が作文の時間に「お父さんから雷が10個落ちるくらい怒られた」という文章を書いた同級生に対して「君は一度に雷が10個も落ちたのを見たことがあるのか」と言い、「そういういいかげんな表現をしてはいけない」と指導していたのだが、これに該当するのが上記の3つだ。
まず、熊に対してカマキリが立ち向かう姿は、見たことがないし、想像もできない。
さらに「老いた」とか「やせこけた」という表現は、カマキリに対して普通使う形容詞ではないと思うので、余計な言葉だと思う。
次の「妖怪・火星人・ピーターパン」というのも、どうしてここに毛色の違う者たちが唐突に意味もなく羅列しているのか理解できず、違和感しかない。
最後の「発情期のスカンク」は、逆にマニアックすぎて、かえって違和感がある。
どうしてここにスカンクが出てくるのか、という問題はこの際置いておいて、単にスカンクだけでもいいのに、わざわざ「発情期」という言葉を使っている。
いちおう調べてみると、スカンクは発情期を迎えると、オスがメスに対して臭い屁をアピールするのだそうな。
だから、発情期のスカンクは要注意、というのは理解できたが、だとしたら「しぶい顔」どころの騒ぎではないと思うので、やはり形容詞として使うのには相応しくないと思う。
ということで、この手の表現がやたらと出てくるのだけど、この作者はこういう使い方を「気の利いた表現」とか「センスのある表現」とか思っていそうだが、読んでいると、ものすごい違和感があるので、つい二度見してしまう。
要は、「センスねえなあ」と思ってしまうわけだ。
なので、ミステリーとしても「いったい何が起こっているの?」という展開で、「これのどこが面白いの?」と思うような内容だった上に、随所に意味不明な比喩が出てくるので、とにかく読みにくくて、最後は唖然とするばかりだった。
ネットでの批評を見ても、絶賛と批判と両極端な感じ。
批判の方は、私のほぼ同じような感想を持っているようだけど、かなり厳しい言葉もあった。
「文章の主語が不自然なほど不明確、多用される意味不明な比喩表現、トリック云々の前に読むのが苦痛でした」
「文章が壊滅的に下手すぎ、ページを捲る度に苦痛を伴い、最終的にトリックなどどうでもよい状態でラストを迎えることになるのが残念」
一方の絶賛している人の声を見ると、まあ似たようなものが並ぶのだけど、私が思うに、この人たちは「読んでいてわけがわからなくなった」というのを「見事な叙述トリック」と思っているようだ。
「叙述トリック」というのは、読んでいて錯覚してしまう書き方をしているものだと思うのだが、錯覚ではなく「読んでもよくわからない」というのは、トリックでも何でもないと思う。
この作品で言えば、途中で被告が夫から妻に代わったのはわかった。
それは、読めばそのようになっていることがわかったからである。
ただ、それがなぜそうなったのかが、読み返してもわからなかったのである。
先日見た「ある閉ざされた雪の山荘で」にしても、とにかく「ドンデン返し」であれば何でも喜ぶ人がいる。
だけど「じゃあ、何でそうなったの?」という問いに対する回答が何もないようなドンデン返しなんて、ただ最後に「えい、やっ!」でひっくり返しただけじゃないのか、と思うわけだ。
以上、久しぶりに読んだ推理小説の感想でした。
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小泉喜美子という人の「弁護側の証人」である。
帯には「過去に入手困難になり、お問い合わせ殺到だった究極の一冊 最後の数ページ、物語は180度ひっくり返る」とあったので、それに心を動かされた・・・というわけでは、もちろんない。
このような過剰な誘い文句が書かれている場合、たいていのものは、実はたいしたことがないからだ。
そして読み始めてみて、最初に思ったことは・・・
とにかく読みづらい。
後で知ったことだけど、この作品は1963年のものらしい。
文庫本には「2009年4月25日 第一刷」とあったので、単純に「ああ、15年前のものか」と思っていたのだけど、実際にはもっと前のものだった。
だから読みにくかった、という部分もあるかも知れないが、全体的に言えることは、文章が下手すぎる。
特に「これはいったい誰のことなんだ?」という書き方が随所にある。
「被告」という言葉にしても、後半になると、これは最初の被告とは違うのか、それとも同じなのかわかりにくい上に、「被告人」という言い回しまで出てくるので、それがいったい誰を指しているのかわかりにくかった。
ネタバレになるが、主人公は元踊り子の女性だが、彼女が大金持ちである財閥の息子と結婚することになったものの、その父親(義父)が殺され、その犯人として息子が逮捕されて、裁判の結果死刑判決が出る。
その後、主人公は夫の無実を証明するために奔走するのだが・・・最終的に犯人は、やっぱり夫でした、という話だ。
これも後で知ったことなのだが、この小説が「叙述トリックの先駆け」と言われているらしい。
そして、どうやら途中で「被告」というのが、夫から妻に代わり、そしてまた夫に戻る、という表現になっているところが、それに該当するらしい。
いつの間にか被告が妻になっていた時には、正直言って驚いた。
叙述トリックによって「この発言の主は、実は○○でした」と思わせるような流れにはなっていないわけだ。
少なくとも、私としては、そんな風には読み取れなかった。
だから、終盤になって「これはいったい誰のことを言っているんだ?」となるのである。
要は、作品として単純に面白くないわけだ。
それよりも、読みづらいと思った一番の理由は・・・
所々にわけのわからない比喩が出てきて、これがまた苦痛とも言えるレベルで意味不明だったことだ。
例えば、こんな表現が出てくる。
「あんたの灼けただれた胃袋が酒だとうなずくような飲み物は、もうこの地球上には生のガソリンしか残ってないわよ」(P46)
ここは、何度か読み返したのだけど、いまだに意味がわからない。
だいたいガソリンはアルコールではないので、これを「飲む」という表現で使うこと自体理解できない。
もしかして、「ガソリンは強烈なアルコールみたいなものだから、それくらいの刺激がないと胃が納得しない」という意味で使ったのだろうけど、イメージがまったく湧かない時点で、表現者としては失格だろう。
「まるで、苦労してこわごわ家まで持ち帰ってきたババロア・ケーキの箱の上に、たくあん石を載せるようなものではないか」(P157)
「まったく意味のないことを言ってしまった」という意味なんだろうけど、唐突に「たくあん石」が出てきたものの、これまたまったくイメージが湧かない。
「それは、老いた、やせこけたカマキリが熊に立ち向かっていのを見守るような・・・」(P171)
「あるいは、警部補の推理に反して、まったくの外部からの侵入者?妖怪か火星人かピーターパン?」(P190)
「検事はどうしてあんなしぶい顔をしているのだろう。まったく、発情期のスカンクと鉢合わせしたみたいな顔だ」(P209)
小学生の時、国語の先生が作文の時間に「お父さんから雷が10個落ちるくらい怒られた」という文章を書いた同級生に対して「君は一度に雷が10個も落ちたのを見たことがあるのか」と言い、「そういういいかげんな表現をしてはいけない」と指導していたのだが、これに該当するのが上記の3つだ。
まず、熊に対してカマキリが立ち向かう姿は、見たことがないし、想像もできない。
さらに「老いた」とか「やせこけた」という表現は、カマキリに対して普通使う形容詞ではないと思うので、余計な言葉だと思う。
次の「妖怪・火星人・ピーターパン」というのも、どうしてここに毛色の違う者たちが唐突に意味もなく羅列しているのか理解できず、違和感しかない。
最後の「発情期のスカンク」は、逆にマニアックすぎて、かえって違和感がある。
どうしてここにスカンクが出てくるのか、という問題はこの際置いておいて、単にスカンクだけでもいいのに、わざわざ「発情期」という言葉を使っている。
いちおう調べてみると、スカンクは発情期を迎えると、オスがメスに対して臭い屁をアピールするのだそうな。
だから、発情期のスカンクは要注意、というのは理解できたが、だとしたら「しぶい顔」どころの騒ぎではないと思うので、やはり形容詞として使うのには相応しくないと思う。
ということで、この手の表現がやたらと出てくるのだけど、この作者はこういう使い方を「気の利いた表現」とか「センスのある表現」とか思っていそうだが、読んでいると、ものすごい違和感があるので、つい二度見してしまう。
要は、「センスねえなあ」と思ってしまうわけだ。
なので、ミステリーとしても「いったい何が起こっているの?」という展開で、「これのどこが面白いの?」と思うような内容だった上に、随所に意味不明な比喩が出てくるので、とにかく読みにくくて、最後は唖然とするばかりだった。
ネットでの批評を見ても、絶賛と批判と両極端な感じ。
批判の方は、私のほぼ同じような感想を持っているようだけど、かなり厳しい言葉もあった。
「文章の主語が不自然なほど不明確、多用される意味不明な比喩表現、トリック云々の前に読むのが苦痛でした」
「文章が壊滅的に下手すぎ、ページを捲る度に苦痛を伴い、最終的にトリックなどどうでもよい状態でラストを迎えることになるのが残念」
一方の絶賛している人の声を見ると、まあ似たようなものが並ぶのだけど、私が思うに、この人たちは「読んでいてわけがわからなくなった」というのを「見事な叙述トリック」と思っているようだ。
「叙述トリック」というのは、読んでいて錯覚してしまう書き方をしているものだと思うのだが、錯覚ではなく「読んでもよくわからない」というのは、トリックでも何でもないと思う。
この作品で言えば、途中で被告が夫から妻に代わったのはわかった。
それは、読めばそのようになっていることがわかったからである。
ただ、それがなぜそうなったのかが、読み返してもわからなかったのである。
先日見た「ある閉ざされた雪の山荘で」にしても、とにかく「ドンデン返し」であれば何でも喜ぶ人がいる。
だけど「じゃあ、何でそうなったの?」という問いに対する回答が何もないようなドンデン返しなんて、ただ最後に「えい、やっ!」でひっくり返しただけじゃないのか、と思うわけだ。
以上、久しぶりに読んだ推理小説の感想でした。
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