「裁判傍聴記」と聞いて、まっさきにこめろんぐさんを思い出し、それで購入したようなものなのですが。
結構笑えて、ちょっとしんみり、ちょっと考えさせられる、北尾トロさんの本です。
裁判長!ここは懲役4年でどうすか文藝春秋このアイテムの詳細を見る |
トロさん、傍聴マニアのお友達ができて良かったですね。(マジで。)
私的にイチバン大好きな槇原敬之のアルバム「君は僕の宝物」に収録されている、「三人」という曲があります。
歌って生きていこうと決めて上京してきた「僕」は、エンジニアの先輩と暮らし始める。やがて、先輩の彼女も一緒に、三人で暮らすことに。
それは三人で暮らす家を離れた今でも、辛いときには「僕」を助けてくれる、楽しい宝箱のような日々。
そして時は流れ、三人で暮らした家は人手に渡るらしい。
さようなら、「僕」のはじめての東京。でも僕らは変わらないよ。
ってな、内容の歌詞です。
で、その中に以下のような歌詞があるのですが。
〝1年と少し経ったあと
新しい居候が来たと
言われて少し淋しくなったけど
そいつは大きな耳と目と
長いヒゲのかわいいトラネコ〟
この中の「新しい居候」なのですが、私はてっきり、先輩か彼女の友達なりが居候するようになったと「僕」が想像して、それをなんとな~く淋しく感じたのかな、と解釈していたのですよ。
でも、夫とこの曲の話をしていたら、「僕」は「居候」を、彼女に赤ちゃんが出来たと想像したんじゃないかと解釈したらしいんです。で、「僕」は彼女にほのかな思慕を寄せていたので、少し淋しくなったんじゃないかと。
私的には、彼女のことはあくまで家族のように感じていたんじゃないかと思っていたので、少しビックリだったのですが(この曲に恋愛感情が絡んでいるとは思わなかった!)・・・言われてみれば、そういう解釈もありだなあ、歌詞の解釈っていろいろなんだなぁ、と思った次第です。
他の解釈もあるかもしれませんね。
このブログを見てくださっているマッキー好きの皆様は、どう解釈されましたか?