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saderのエッセイ館

saderは自然の中を旅するのが好きです。
四季折々自然が持つ“蠱惑の魅力”を『エッセイ館(やかた)』へとどけます。

馬見丘陵の“河津桜”

2020-03-05 16:06:29 | Weblog
かかりつけの「中村歯科医院」はJR王子駅近くの川合町にある。今日、3月4日(水)は歯の定期健診を受ける日なので出かける。
橿原市に歯科医院が無いわけではないが、“怖いことも、痛い目にも合ってない”し、最初にお世話になって、もう40年余りになるから、車の運転免許証を返上するが鬼籍に入るまで通うことに決めてある。
その途中には、自然を生かして上手に作られた馬見丘陵公園と竹取公園がある。往路、車から霧雨に煙る丘陵に並ぶ紅色の花の並木が目についた。医院をはなれるとき院長が、あれは“河津桜”だと教えてくれた。因みに院長は、もともと風景写真家でもあるが、今は、野鳥に軸足を置いてるように伺っている。
雨の中、2台しか停まっていない馬見丘陵公園の駐車場に車を入れ、カメラは持ってないし、使ったことのないスマホの撮影機能で撮る方法を思案していると、前方から見たことのある風貌の人物が歩いてくる。昔、大峰・台高山脈の写真を撮り歩いた「フォトクラブ大峰」の沢登のエキスパート、Y氏だった。聞けば、木工の技術書を探しにきたので、ついでに馬見丘陵公園を周遊してきたという。
“河津桜”が綺麗なのは、この丘陵付近だと教えてもらい、桜並木を丘の上まで行ってきました。雨の中、いっそう色も艶やか、満開に近い花を独り占めでした。(小さい写真はクリックで拡大)

高見山の霧氷

2020-02-21 17:16:57 | Weblog
テレビの天気予報は2月18日(火)の夕方から日本海側は勿論、西日本や太平洋側にも雪が降り、関東では朝の通勤時間にかけて積雪の可能性もあると告げていた。
 
天気予報通りなら、奈良近郊の山にも積雪があり、明日、2月19日(水)は〝晴れ“のはず、この冬(暦の上では春ですが・・)、近くの山で霧氷を見ることができるラストチャンスになりそうだ。
まだ山に〝コロナウイルス”は来ていないだろうし、出会う人の数も少ないハズだから安心して???・・・・。
 
起床したとき、空に星が見えなかったので、日の出の撮影は期待できないと判断、家を出る時間を少し遅くして出発しました。東吉野役場付近の気温-4℃、杉谷付近から少し雪が現れたが新品のスタッドレスタイヤがしっかり、食いついている。旧バス道のトンネルを出たところで4WDにギヤチェンジ、快適に上り着いた駐車場。誰もいないと思っていたのに車が4台も止まっていた。
東の空は明るくなっていたが、樹林の道は薄暗く、日が昇っていないのかと思っていたら、急に雲間から雪面に光が差し込み、周囲をピンク色に染めあげた。
明るくなった霧氷の林を過ぎ、ベンチのある広場にでたら三脚をかまえ、撮影している人達がいた。一息いれて、その近くまであがってゆくと「フォトクラブ大峰」の人達でした。日の出を狙って5時には、もう、ここに居たとのこと。
「上へ行きます」と挨拶して山頂へむかいましたが、ブナ林の九曲折れを抜け、三峰山・飯高町方面の展望が開けるあたりで、彼らに追いつかれた。先へゆく彼らの上空に青空がひろがり、山頂部の霧氷が美しい。今年、一番の天候と霧氷にめぐまれました。
霧氷が風に落ち始めるまでの時間、山頂の展望を思いのままにすることができた。小峠から大峠へラウンドすると言う、彼らと別れ一足先に下山しました。
帰路、木津峠から振り返る高見山の上空に、もう青空はなかった。(小さい写真はクリックで拡大)

三重県側から「三峰山」へ

2020-02-11 10:43:48 | Weblog
2月6日の朝、窓から西の方を眺めたとき、葛城山の頂き付近が今年初めて白くなっていたので、この冬一番の冷え込みと伝えられた2月7日(金)、三峰山にも霧氷ができるかも・・・、と期待して出かけました。
三重県側“月出の里”からの林道の崩落個所は「新道峠コース」と「ゆりわれコース」までの道の修理が終わり、三峰山登山が可能になったと聞いていたので“月出の里”を目指しました。
木津峠(こつとうげ)トンネルを抜けると高見山が正面に姿を現しますが、残念!山頂付近の一部しか白くなっていません。
この時点で三峰山の霧氷は期待できないと分かりましたが、里山の村の名残をとどめる「月出の里」は案内所から眺めるだけでも満足できる。久しぶりに雰囲気に触れたくて訪れました。村の案内所で一休みにてから獣除けのゲートを通過、道が崩落していた中央構造線の上までくると、高見山から伊勢辻山方面への台高山脈の稜線が一望できる。稜線に雪は、ほとんど見られない。
「新道峠コース」駐車場を通りすぎると、広い駐車場が作られていて、ここが「ゆりわれコース」駐車場になっていた(以前の「ゆりわれコース」駐車場は工事中で2月7日(金)現在、通行止めになっています)。
先客のいない貸し切り状態の駐車場からミツマタの木が蕾をつけている「ゆりわれコース」取付きへゆく。よく整備された道には“小さな丁標識”が立てられていました。
人工林を抜け、自然林になるところに取付から十丁を示す標識と道標があった。冬枯れで葉を落としたブナ林やリョウブの疎林が九曲折(つずらおれ)に続く道からは高見山が眺められ、尾根を東側へ回り込むあたりまで来ると飯高町を俯瞰できた。上空が開け、八丁平への尾根南端へ出るあたりから、薄っすらと雪が残っていた。先行者は無く、八丁平まで新雪を踏んで歩くことができた。 
少し早い昼食をとる登山者グループで賑わう八丁平に雪は無く苔むす地肌が出ていた。霧氷の付いていないシロヤシオの際を通って山頂へでる。どこかの登山グループが作ったのだろうか?“小さな雪だるま”が木の枝に並んでいた。
見下ろす曽爾火山群には薄日すら射さず、どんより鉛色にしずんでいる。人影の消えた山頂を辞し、誰に出会う事も無く下山しました。
帰路、昭和34年の伊勢湾台風の影響で発見され、日本国内では最大級の規模を有するという、中央構造線「月出露頭」(平成19年に「日本の地質百選」に選定)に立ち寄ってみました。ここは、補修工事が、まだで散策路は立入禁止になったままでした。(小さい写真はクリックで拡大)

台高山脈・令和の明神平

2020-01-24 16:16:45 | Weblog
2020年、令和になって最初のお正月「フォトクラブ大峰」の厳冬期撮影会合宿に参加させて頂きました。1月2日(木)5時起床、お雑煮で簡単に朝食を済ませて、念のため「フォトクラブ大峰」の皆さんのLin交信内容を覗いてみる。Linの交信内容を見る限り、主力メンバーは11時頃に大又登山口を出発になると予測、9時に大又登山口に着くよう、家をでる。
食料・飲料(全てアルコール)・燃料を若い人達が担荷(ぼっか)、12月に荷上してくれているので個人装備と行動食、撮影機材だけを担荷すればよいのでザックは14㎏チョイ程度。これなら彼らの2時間前にでれば追いつかれることは無いだろう。
大又登山口までの路面に雪は無く、新品のスタッドレスも活躍の場面はなかった。道中から見上げた稜線は真っ白、霧氷は着いているようだった。9時20分、到着した駐車場は満車、かろうじて一番奥に隙間を見つけることができた。
旧林道終点ゲートの連絡箱に登山届を入れ、傾斜の増した坂道をゆくが横嵓谷出合の広場まで雪もなく道も凍結していなかった。旧馬酔木山荘跡へ沢を渡り返したあたりで足元に薄く雪がみられ、最初の下山者に出会った。みなかみ山荘跡で休んでいたらキワダサコへ向かって進み、行き詰っている人がいた。「国見山へ直登ですか?」と聞いたら「明神平へ行きます」と言う。ここ「みなかみ山荘跡」からは、右へ少し下り気味に沢を渡るため、雪があると、ときどき直進して左のキワダサコへ入ってしまう人がいる。
ほとんど凍結していない明神滝で休んでいたら幕営装備と思われるザックを背負った50歳代ぐらいの二人組に追いつかれた。聞けば明神平に幕営するのが目的で、定着してピークハントするわけではないらしい。明神滝の上からは樹林帯、5度目の沢の横断を終わればブナ、ヒメシャラ、リョウブなど落葉樹の九曲折(つずらおれ)のpromenadeだが、もうバテ気味で周囲の霧氷を撮るのにカメラを引きずり出すのが精いっぱい。水場で1㍑の水を加えたら更に足取りがさらに重くなり、明神平にたどり着いたのは11時半を過ぎていました。12月に荷上げしたとき、整理清掃したと聞いていたが、その後、誰かが入ったのか、小屋の中は食片や包装紙が散乱、かなり散らかっていた。幸い管理人のM氏が荷上してくれた新品の石油ストーブとカセットコンロは無事だった。昼過ぎには「フォトクラブ大峰」のメンバーも到着した。
久しぶりに霧氷の森や遠く、金剛・葛城山脈を展望、前山や水無山など思い思いの撮影ポイントに散らばり、撮影を楽しみました。空模様はイマイチ、夕焼けの色も良くはなかったが、それなりに満足して宴会モードに( ^ω^)・・・。夜は残念ながら星は見えず、星景写真の撮影はできなかったようでした。  
3日の朝、桧塚奥峰、笹ヶ峰・奥の迷峰、薊岳など、それぞれの目的地へと出かけました。朝焼けは、そこそこ綺麗で霧氷を薄いマゼンタに染め、雲の切れ間からは青空も垣間見ることができました。
5日頃まで滞在するメンバーと別れ、ブナ、ヒメシャラ、リョウブのpromenadeを下るザックに霧氷がカラカラと乾いた音をたて、落ちてきた。(小さい写真はクリックで拡大)

奈良県の明神山

2020-01-13 10:12:59 | Weblog
令和元年も押し迫った12月22日(日)「エスカルゴ山の会」が奈良県の明神山で納山山行をするというe-mail連絡を頂いていたので当日、天気予報は当初の雨から”曇りのち雨”に変わっていたこともあり、参加させて頂きました。
出かける前、朝一番に念のため、実施計画の内容に変更が無いかPCで確認しようとしたがトラブルが発生、いやア~な予感はしたが、催行担当者に電話確認を入れずに家をあとにしました。
集合時間には少し早かったので途中、天神山麓に住む姪の家へ立ち寄り、正月の酒をとどけてから、集合場所のJR 王子駅南口へと向かいました。
事前に聞いていた駐車場に車を入れ、近くのファミリーレストランでコーヒーを飲みながら待ちましたが、集合時間になっても誰も姿をみせない???、集合場所を間違えたのかと思い担当者に電話を入れたら”中止“にしたとの事、いやア~な予感が的中でした。
しばし逡巡したが、せっかく来たのだから歩くことにして大和川を渡り、対岸のガードをくぐる。畠田方面への広い車道にでると、マラソンの誘導をするボランティアの方が数人立っていた。道路を歩きたくないので道を横断し、対面の階段をあがり、学校の東側から住宅街を抜けて畠田古墳群へ。そこから明神4丁目の団地のスーパー「ヤオヒコ」へむかいました。
スーパー「ヤオヒコ」の南側、公園横にある朱塗りの鳥居をくぐって坂道を直進、道なりにゆけば明神山への舗装林道へ続いている。車止めのゲート辺りから振り返ると矢田丘陵がすぐ近くに見える。鳥居から40分ほどで山頂の明神山自然の森展望台に着く。
社が祭られる山頂は、標高からは想像もできない素晴らしい大展望が広がっています。まさに360度、遮るものはありません。残念ながら今日は曇天、いまにも雨が降りそうに周囲の山々に雨雲がたれこめ、視界をわるくしています。是非、もう一度、晴れた日に訪れたいと思う。
早めの昼食をすませた正午を過ぎ、気温が一段と低くなったのを感じ、下山の途につきました。スーパー「ヤオヒコ」前からJR 王子駅南口へのバスが丁度あったので、これに乗車、往路2時間近く歩いたが帰りは、乗車時間わずか7分でした。駐車場を離れるころ、雨が本降りになっていました(小さい写真はクリックで拡大)















9。

令和元年の御堂筋イルミネーション

2019-12-27 15:28:54 | Weblog
12月8日(日)御堂筋の銀杏並木は、まだ黄金色の葉を落とさずにいると聞いて、イルミネーションを見に出かけました。
銀杏並木が最も綺麗な薄暮の時間帯を狙ってゆく予定でしたが、少し出遅れてしまい、地下鉄の心斎橋駅から御堂筋に出てみたら、すっかり暗くなっていました。今年のイルミネーションは白が多い感じですがブルーと紫色も混在して綺麗でした。
今日は孫娘とのデート、ちょっと無理をして予約しておいた日航ホテルのLes Célébritésで食事をしてから御堂筋を難波まで歩きました。途中、インバウンドで溢れかえる心斎橋筋へ入り、道頓堀川の“ヒッカケ橋”を通って、孫娘に喧噪の町を社会見学をしてもらいました。 
色とりどりのネオンがゆらめく道頓堀の川面を行き交う観光の川船、大阪らしいにぎやかな音楽が聞こえる地上をはなれ、地下へと降りて家路につきました(小さい写真はクリックで拡大)。


奈良公園の残り紅葉

2019-12-19 11:57:17 | Weblog
例年より10日ほど遅いと言われていた奈良公園の紅葉ですが、11月20日頃には見頃を迎えていたようです。私達が撮影に出かけた12月3日(火)は紅葉も終盤でナンキンハゼやニセアカシヤは葉を落としていました。
奈良町の商店街を通り、興福寺の境内、五重塔の横から春日大社一ノ鳥居へでて、林の中を浮御堂の方へむかうと、まだ十分綺麗なモミジが点在していて、鹿の群れが初冬の陽だまりで、のんびり座り込み長閑な感じでした。
浮御堂池の南端に大きな銀杏の木があり、少し風が吹くと木の葉を散らしていた、その下に若い中国人女性が二人、よほど気に入ったのか、子供みたいに何度も落ち葉をすくっては風にまき散らして喜んでいましたが、その先、橋のたもとでは、マンダリンが飛び交い、プロ写真家とおぼしき人がウエディングドレスとタキシードのカップルを撮影していました。
飛火野をはなれ、東大寺に近づくと、浮御堂周辺とは打って変わり、インバウンドの世界、日本人は探さないといないぐらいです。
二月堂近くの銀杏の巨木も北京語を話すプロ写真家のグループが占領、ここでもウエディングドレスとタキシードのカップルを撮影していました。撮影が終わるのをしばらく待ちましたが、いっこうに終わる気配がないので大仏殿前の鏡池をへて、大仏池へむかい、焼門前から家路につきました(小さい写真はクリックで拡大)。

奈良県長谷寺の秋

2019-12-10 15:06:27 | Weblog
奈良中和の秋は大峰・台高山脈の紅葉時期から、ひと月いじょうも遅い。11月21日(木)朝、晴れ渡った空をみて出かけたいと思ったが雑用が方ずいたら10時を過ぎてしまった。
近場の山でも出かけるには遅すぎる、久しく訪れていない秋の長谷寺を訪ねてみることにしました。長谷寺までの道中、それほど人が多いようには感じなかったのは、時間的に遅かったからで、お寺近くの駐車場はすでに、どこも満車、少し離れた場所しか空いていませんでした。
門前町の通りは人が多く、賑わっていましたが、聞こえてくるのは外国語で北京語、広東語が圧倒的に多い感じでした。山門に掲げられた“もみじ祭り”の幟がベストシーズンで人出が多いことを象徴していたが境内は広いので、さほどの混雑は感じられなかった。冬には冬牡丹が両側に咲く登廊(のぼりろう)の途中から北へ外れると遠く紅葉する室生の山々が眺められ、本堂までのモミジも紅葉がすすみ、見頃をむかえていました。
本堂のポカピカに磨き上げられた内舞台を北側から眺めると、弘法大師像にお参りする人がシルエットになり、内舞台に映り込む紅葉の色彩と見事なコラボレーションを演出。撮影のベストポイントになっていました。定番写真ではありますが思わずシャッターを切ってしまうところです。
本堂の舞台に立って望む景色、何度も眺めてきたはずなのに何故か、いつも新鮮に見える景色でした。(小さい写真はクリックで拡大)

「高見山」令和元年の初霧氷

2019-11-29 12:22:37 | Weblog
週間気象予報で11月15日(金)は大陸の寒気が日本列島を覆い、冬型の気圧配置になると知らせていた。もしかしたら、三方を川に囲まれた独立峰で霧氷の名所、高見山は今年最初の霧氷をつける可能性があるのでは・・・。
11月15日(金)早朝、空を見上げると満点の星、前夜、念のため用意しておいたザックを車に積んで高見山へむかいました。静まり返った高見峠に着いたのは4時過ぎ、気温はマイナス3℃、体が慣れていないうえ、まだ脚力にも反射神経にも自信がもてない。山頂まで休憩を入れないと登り切れないだろうから、1時間はかかってしまうと考え、少し早めに出発しました。
ベンチがある中間地点のススキの広場に着いて振り返ると、台高山脈の山影が黒く波打ち、ようやく三重県側の空が白み始めていましたが、ヘッドランプを外すのは山頂に着いてからになりそうだった。
ブナの樹林帯を抜け、低木灌木帯へでると、木々の梢がライトの光にキラキラ光り、馬酔木の葉が小さな霧氷で縁取りされていた。
頂きが見えるたりで山頂付近をヘッドランプの光が動くのが見えていたが、主稜線へでると人が二人いるのがハッキリ分かった。霜柱で白く凍てついた地面をキックステップで滑らないよう用心して神社の横までゆくと、堺から日の出を見に来たという若者二人が迎えてくれました。
山頂部だけでしたが今年初めての小さな霧氷ができていました。風があるので体感気温はマイナス8~9℃ぐらい、じっとしていると、手の指先、つま先の感覚がなくなり、日の出までの30分ほどの時間が長く感じられた。ようやく陽が昇り始めたが霧が邪魔して、思うような色彩にはなってくれませんでした。
堺から来た二人は、日の出をスマホで撮影していましたが、満足したのか「温泉は、何時からですか~」と聞いて、車を置いてある平野へと下ってゆきました。それを見送って下山しました。(小さい写真はクリックで拡大)


多武峰談山から御破裂山へ

2019-11-22 17:22:06 | Weblog
11月11日(月)多武峰談山神社の紅葉がどの程度進んだのか見て、談山(かたらいやま)から御破裂山(おはれつやま)へ行ってみた。談山神社の境内にある十三重塔の西側から山道を登ってゆくと小さな鞍部にでる。右へ50㍍ほど行くと談山である。ここは中臣鎌足(なかとみのかまたり)と中大兄(なかのおおえ)(天智天皇)、大海人(おおあまのみこ)(天武天皇)が蘇我入鹿(そがのいるか)を暗殺する計画を練ったとされる所で、山頂の広場に石碑が立っています。
ここから鞍部へもどり、そのまま山腹を直進すると林道にでる。林道の突き当りに鳥居があり、階段が続いていて、その上が御破裂山の山頂ですが、山頂部は藤原鎌足の墓になっているので三角点は踏めません。鳥居の右側から山道を展望台へ行くことはできますが、残念ながら樹木の生長で展望は得られませんでした。
御破裂山からは林道を戻るようにたどり、民家の横のT字路へ出たら右へ進み、増賀上人の墓とされる念誦崛(ねずき)を訪ねてみる。この辺りは、かつて多武峯奥の院と呼ばれた紫蓋寺(しがいじ)の寺域だったとのことで、明治維新の頃までは念仏常行堂、地蔵堂、鐘楼、僧坊などが建ち並んでいたという。今は廃墟となって石垣や石段が、名残をとどめている。因みに、増賀上人は平安中期の僧ですが俗世間を嫌って念仏三昧の内に入滅したから墓に念誦崛の名前がついたそうです(念誦崛はケルンのように石を積み上げたドーム型)。
念誦崛からは再び林道にもどって、万葉展望台へむかいました。左に万葉展望台への道標が現れたら下がり気味の道をゆく、途中、個性的な三体の石仏がある高家(たいえ)への分岐を見送ると、道の中央に石柱が立つ小広い十字路にでる。直進すれば万葉展望台、左へゆけば石舞台、右へゆけば飛鳥寺方面です。展望台へ上がると金剛・葛城山に雨雲が・・・・。1時間ほどで明日香は雨になりますから大急ぎで飛鳥寺方面へと下りました。(小さい写真はクリックで拡大します)